MZDと黒神




けっしてさがさないでください 



と、書かれた紙がテーブルに一枚。
最初の目撃者、影は急いで主の元へと走った。
主は朝が弱く、突然入室すれば機嫌を損ねるとは判っているが、今はそれどころではない。

「マスター!!!さんがいなくなりまシタ!!!」

俊敏な動きで布団を撥ねつけた黒神は、即座にの自室へと走った。
シーツの上には寝巻だけが転がっている。
黒神はウォークインクローゼットを開け、服の減り具合を確かめるが、特に変化はない。
登校の際に持っていく鞄もそのままである。
ただ、だけが忽然と姿を消していた。

「……影、お前は気づかなかったのか」

普段、眠りを必要としない影は消灯後は闇に溶けこんでおり、が目を覚まして部屋から出る度に彼女の様子を見守っている。
要は監視である。
が黒神の目を逃れ、変な行動を起こそうとしていないか、他の者の所へ行かないかを影に命じて見張らせているのだ。

「昨夜マスターと言葉を交わしたサンは自室へ行き、その後部屋からは出ておりまセン」

申し訳御座いませんと、影は頭を下げた。
の動きに気付けなかったことは謝罪で済む話ではない。
しかし黒神は怒りを鎮め、努めて冷静に考えた。

「……つまりは部屋から直接転移した。しかも俺たちに気づかれぬように。
 服を持ちだしていないと言う事は、宿泊する気は無いのかもしれない。
 しかしそれも、そう俺たちに思わせる策略かもしれない」

黒神は思案する。が身を置く場所はいくつか候補がある。しらみつぶしに探せばきっと。

「行くぞ。ついてこい」

影は黒神の足元に溶け込み、彼と同化した。











黒神が一番最初に訪れたのはKKの家だ。
古びたアパートの二階、音も無く部屋の中に現れる黒神にKKはさほど驚く事無く片手を上げた。

「よう。久しぶりだな」
は」

悠長な挨拶を遮り、無意識に殺気を放ちながら尋ねる黒神にKKは察した。
余計な事はいい。欲しい情報だけを求めている。

「嬢ちゃんは見てねぇよ。会う予定もねぇし、俺んとこにきた形跡もゼロだ」

力を持つ者からの疑いの眼差しをまともに受けているというのに、KKは一切たじろがない。
KKの出方を窺っていた黒神は、やがて眼を逸らした。

「……判った。邪魔したな」

次の場所へと転移しようとしたところ、KKは呼びとめた。

「嬢ちゃんが来たら知らせりゃいいんだろ」
「……すまない」

小さな呟きを残し、黒神は消えた。











「ま、マスター!さすがにソレは……」
「容赦なんざ必要ねぇ」

黒神は背後でおろおろとする影に構わない。

「どうせ奴に何を聞こうともはぐらかされるだけだ。
 だったら最初から敵意を持って接する。とりあえずぶっ壊す」

バチバチと稲光のような閃光が手のひらに現れる。
黒神が目の前の巨城を見据えている間、全てを呑みこむ悪意が膨らんでいく。
神にかかれば、聳え立つ城を破壊することなど造作もない。

「しかし、それではモシ城内にさんがいた場合大変な事になってしまいマス!!」

手の闇は増殖を止めた。
影の指摘に黙った黒神は城内へと転移した。転移先はヴィルヘルムの目の前。
産み出した闇を握りしめた拳の数センチ先にはヴィルヘルムの胸がある。

「……は何処だ」

ヴィルヘルムは動けない。
微動だにすれば、言の葉を紡ぐことなく葬られる。
そうと判っていても、ヴィルヘルムは黒神に素直に屈する事が出来ない。

「貴様には礼節というものが零れ落ちているようだ」
「早く答えろ。俺の気が長くない事は知っているだろ」

元々ヴィルヘルムのことが大嫌いな黒神は、いつ殺しても構わないのだ。
破壊の力を凝縮した光が少しでもヴィルヘルムに触れれば、痛みを感じる暇も無く無に帰還する。

「私に聞かずとも、娘の気配を探るがいい。まぁ、傲慢な神でもあの娘を探る事は」
「余計な事を言っていると、テメェの頭ごとぶち抜くぞ」

の情報を一切言う様子がないヴィルヘルムに業を煮やした黒神は、手のひらを天井に向け、圧縮した力を放った。
光は頑丈な城の壁を容易く壊していき、二人の元に破片が容赦なく落下する。

「魔族如きが、俺様に逆らってんじゃねぇよ」

はらはらと落ちる破片の雨の中、ヴィルヘルムの整った顔が歪んだ。











「チッ。手がかりゼロじゃねぇか」

ただの石くずと成り果てた城を背に黒神は舌を打った。
ここに立派な城が建っていたなんて、この光景を見れば誰も信じる事が出来ないだろう。
影は石屑の山にすいませんすいませんと謝りながら主人について行く。

今度は休日を楽しむ学生たちの元へ訪れ、一人一人にの居場所を尋ねた。



家の手伝いをするサイバーは言う。
「え?またどっかいったのかよ。俺は何も聞いてねぇなぁ」

部屋の掃除をするサユリは言う。
「知らないです。金曜日も特に何も言っていなかったので……すみません」

CDショップで視聴するニッキーが言う。
ちゃんといられてたらこんなとこいねぇよ!!!」

駅のホームで立っているリュータが言う。
「いえ、俺バイトだからまだ駅までしか歩いてないし。勿論一人で」

が普段関わっている学生達は皆の行方を知らなかった。
探してみるとは言っているが、見当すらつかないと言っている。
あまりの収穫のなさに黒神は眉間に皺を寄せ、見えるもの全てを睨みつける。
このままでは無差別に壊しかねないと危惧した影は、提言した。

「別の方の所へ行きまショウ。もしかしたら人間ではない相手の所かもしれまセン」

その言葉に更に気を悪くした黒神であったが、今はとにかくの情報が少しでも欲しいと、自分が知ると交流がある者のところへと順に転移していった。


例えば、ジズ。

「ひぃっ!?わ、私は何も企んではおりませんよ!?」

次に淀川ジョルカエフ。

嬢は私が喰ら……。い、え、ぬわんでもありません……ええ、真実で御座います。ですので、どうか、ご容赦を……」

そういえばと、DTOの所へも。

「なんだって!?が!?
 まず警察か!?それとも、何か別の?え、何もしなくていいのか……?」

望みは薄いだろうと思いながらもジャックの元へ。

とは一週間以上会っていない……。いないのか?
 捜索が必要なら今の任務を破棄して協力する」



誰に聞こうとも、の行動を知る者はいなかった。
他の生き物を探す時と同様に、の生の気を探ってみるが無反応。

不安は止まらない。黒神の頭には最悪のケースばかりが思い浮かんでいる。
勝手に部屋を抜け出した
そのまま外へ飛び出し、知らない何かに襲われて怪我をした。
または襲われた。または帰宅困難な状態であるとか。
黒神はあの日の事を思い出す。
を失ったあの日を。

幸せが崩壊したあの日のことは、が蘇った今でも大きな傷として黒神に深く刻まれている。
次に彼女が死を迎えた場合、前回同様に繋ぎとめることが出来るかは神ですら判らない。
出来ないことが少ない黒神は"出来ないこと"をひどく恐れている。

「……マスター…………」

影は自分の主に寄り添う。
影は自分を象る主以上のものにはなれない。
出来るのは、ただ寄り添うのみ。

は。。どこ。……」

判らない。見つからない。会えない。いない。
どこだ。どこへ。
見えない。邪魔だ。邪魔だ。邪魔だ。

遮蔽物があるのが悪い。
遠くを見渡せないから、が見つからないんだ。

そう思った黒神は呟いた。
「邪魔な物は消せばいい」と。

それはすべきではない。と、影は知っていた。
知っていたが、彼は影だった。
主の意向には基本的には逆らえない。
ましてや、という枷を失い、純粋な破壊の神に戻りかけている今の状態では。

「まずはこの一帯の見通しを良くしよう」

黒神が指揮者のように、手をあげた。
振り下ろそうとしたその時、行く手を阻む、何か。

「黒神!」

黒神は息を呑んだ。そして我に返った。

「色んな奴に話は聞いた。……がいないんだって?」

驚いていた黒神の表情がみるみるうちに歪み、眉尻を大きく下げた。
言いたいことがありすぎてまとまらなかった黒神は、
何度も口を開いた後、一言だけ呟いた。

「……が」

ぽん、と不安げな黒神の頭の上に置かれた手のひら。

「大丈夫だって。オレも協力する。オレ達二人が組めば怖いもんなんてなんにもねぇよ」

自信に満ちた力強い言葉を放つMZD。
その根拠はどこにあると、普段ならそしるはずの黒神が、こくりと頷いた。

「……すまない」

兄が差し出す手を、黒神は取った。
協力を求め、彼を頼った。それを見てMZDは息を呑んだ。
一瞬重なる、MZDについて回っていた頃の黒神の姿。

MZDは笑みを浮かべる。

「当たり前だろ。はオレたちの家族なんだからな」

「まず」と言って、の探し方についてMZDは方法を提案する。
それを静かに頷いて、思案する黒神。
MZDは不謹慎ながらも喜んだ。まるで普通の兄弟のようだと。

二人は惜しみなく神の力を使った。
対となっている彼らが揃えば、出来ない事なんて何もない。

しかしそれでも、は見つからなかった。
時は夜中になっていた。このままでは失踪から一日が経過してしまう。

「手を尽くしているのにどうして……。次はどうすれば」
め……。お転婆なのも程ほどにしてもらいたいぜ」

MZDはが残したという紙をもう一度手に取った。

「……つーか、なんで決して探さないで下さいなんだろ。
 お前とオレが心配するってのが判ってこんな書き方してんだろうけど、普通に心配するっての」
「お金を一切持っていないというのに……は今日、食事を取ったんだろうか。
 お腹を空かせて倒れたりしてないだろうか」

心配を原動力に想像力は加速する。
頭を抱える黒神を見て、MZDは舌打ちをしたくなった。
神よりも自由を愛する彼女は、いったいどこへ行ってしまったのかと。

すると突然、がたんと、ダイニングテーブルが揺れ、その上に置かれている花瓶がカタカタと鳴った。
突然の物音に、MZDと黒神の心臓が大きく鼓動した。
いったい何があったのかと、テーブルへ近づくと、へたんと座り込むの姿が。
疲労困憊の様子を見せる彼女は、何故か体操服を着用している。

!!」

一目散に駆け寄った黒神は床に手をついて溜息をついている彼女を抱きしめながら声を張り上げた。

「今何時だと思っている!!こんな遅くまで何処へ行っていた!!
 ……心配したんだぞ」

無事で良かったと、黒神は彼女の頭を撫でまわしてやる。
そんな様子を見ながら、MZDは力の無い表情を浮かべてまま座っているに言った。

「書置き。こんな文章じゃ逆効果だろ。黒神すっげー心配してたんだぞ。
 オレだってそうだ。朝からずっといないなんて、事故や事件に巻き込まれたんじゃないかって思っちゃうだろ?」

そう言って、MZDは黒神ごとに腕を回した。
その時。三人を光がすっぽりと飲み込んだ。
MZDと黒神が力の干渉を拒絶するが、時既に遅し。

三人は何もない闇の中へいた。
そして、腕の中にいたはずの少女が、いない。

?!」

腕をすり抜けた少女の名を黒神は叫んだ。
すると、くすりくすりと笑う声。
黒神は声の方を睨む。しかし、宙に浮いた焔が照らした声の主を見て、黒神は破壊の力を収めた。

「……さて、これでようやく始められるよ」

焔は声の主であるを包んだ。

「二人ともちゃんと前、見ててね。絶対だよ!」

少女を呑みこんだ焔が消え、闇が舞い戻ったかと思うと、二人の目の前で何かが発光している。
そして鈴虫やコオロギのような高音が鳴り響く。
二人は瓜二つの顔を見合わせた。

「はっぴばーすでーとぅーゆー!!お誕生日おめでと!!」

全長百メートルのHappy Birthdayという文字が、赤や白、青や黄色、緑といった様々な色に変化する。
羽根を震わせた音はちゃんとメロディーを奏でている。

「遅くなってごめんね。作業がちょっと難航しちゃって」

てへへと照れた様子で言うは、MZDと黒神の間に割り込んで手を取った。

「……おめでとう。これからも宜しくね」

やり遂げたという達成感では嬉しそうであるが、二人は未だ、状況が飲み込めずにいた。

「え……?……な、なんで……?誕生日だって……なんで、知ってるんだ?」

光に照らされた黒神は混乱しながらも、疑わしげにMZDを見るが、MZDは大きく首を振っている。

「いやいや、オレ言ってねぇよ。誕生日なんか……」

と、MZDは語尾を弱めた。
彼の脳裏に焼き付いているのは、昔の記憶。
まだの記憶が存在し、黒神と深い仲であった時の、誕生日の映像。

「そういえば、なんで知ってるんだろ。……でも、なんだか知ってる気がしたの」

本人も首を傾げるが、こちらはあまりこの事を深く考えていない様子。
それよりもと、今日の成果を二人に楽しそうに教える。

「あれはね、魔力に反応する虫さんなんだよ。……なかなか言う事聞いてくれなくて……」

相当苦労したのだろう。作業中の事を思い出してか大きな溜息をついている。

「でも、上手くいって良かった。二人のお誕生日、何かお祝いしたかったから」

は満足げに、自身が溜めこんでいる魔力を食して発光する虫たちの共同作業を見ている。

「二人がこの世界の神様として、この世界に生まれてきてくれて本当に良かった。
 二人が神様だったから、私は神様って存在を大好きになれたんだよ」

そう言うと、光が消え、また闇が世界を支配した。
の身体が崩れ落ちる。
地面に伏す前に、黒神とMZDがその身体を支えた。
生存確認を行おうとすると、の寝息が耳に入り、二人はほっと胸を撫で下ろした。

「随分疲労しているようだが、外傷は無いし特に問題はなさそうだ」

黒神はの身体を抱き上げた。気持ち良さそうに寝ているに「ありがとう」と言い、転移の準備に入った。
しかし、それをMZDが止める。

「なぁ!……どうして、は誕生日の事、知ってたんだと思う?」

焦りを見せるMZDに、黒神は興味がないと冷たく言い放つ。

「さあ。お前がどっかで言ってたんだろ。それをが聞いた。どうせそんなとこだ」

一度は混乱した黒神だったが、自分の中ではそのように結論が出て落ち着いたらしい。
だが、MZDはその答えに納得できないようだ。

昔、今日と言う日を誕生日と決めた初めての誕生日。
MZDが期待していたような楽しい出来事は起きなかった。
と黒神だけが楽しそうで、自分はというと黒神に怒られて嫌われただけ。
深く傷ついたMZDはもう二度と誕生日を祝う気は無かった。
だから、や他の人にだって誕生日の事は言っていない。
毎回はぐらかしてきた。
それなのに。

に知られてしまった原因を必死に考えていると黒神が続けて言った。

「俺はなんだかんだで受けた生に感謝している。と会えた事が俺の生まれた意味そのものであると思っている」
「そう、か………。すげーな、やっぱ。…………には敵わねぇや」

MZDは歪に笑った。しかし黒神が続けた言葉を聞いて、目を見開いた。

「だがそのも一度はこの手からすり抜けた。
 俺がこうやってまたを抱くことが出来たのは、お前がいたからだ」

そう口早に言うと、黒神はを抱いたまま姿を消した。
少女を寝かせに家に帰ったのだろう。

一人残されたMZDは叫んだ。



「っっ~~~!!!生まれてきて良かったぁあああああ!!!!」





ちなみに黒神がぶっこわしてしまったヴィルの城は、後日少女が直させられたとかなんとか。