あなたへの感謝を謳う

と一緒に風呂へ入った。
隣同士並んで歯も磨いた。これで寝る準備は完璧だ。

俺は部屋の扉を開け、ベッドまで手を引いてを誘導する。
シーツの上にちょこんと座る彼女の隣に寝そべり、さあ寝ようと電気を消そうとした時だった。

が突然「ごめんなさい!」と叫んだ。
全く心当たりがなかった為、俺は「……へぇあ?」という情けない声をあげる。
恥ずかしくなった俺は一つ咳払いをし、彼女の意図を探った。

「すまない。それは何に対しての謝罪なんだ?」

申し訳なさそうには言う。

「ごめんね……。あたし黒ちゃんに何かしてあげたいって思ったのに。
 こんな時間になっても思いつかなくて……」
「重ね重ねすまないが、話が見えない。もう少し詳しく話してはもらえないだろうか」

出来るだけ傷つけないように配慮し、俺はもう一度詳細を尋ねた。
するとは眼を逸らし、俺をちらちらと見ながら小声で呟いた。

「……誕生日……」

たった一つの単語であったが、俺は全てを理解した。
一気に押し寄せた嬉しさのあまり俺は彼女に抱きつき、勢い余ってベッドに押し倒した。

「いいんだ。俺はがいればそれでいい」
「で、でも」
と出会えたことが、俺にとって最大のプレゼントだ」

眉尻を下げるの額に小さく口付ける。

「だから、そのままでいて。俺の傍でずっと笑っていて欲しい」
「黒ちゃん……」

神の誕生なんてそんな凄いものではない。
産み出された時点は日時という概念が存在していなかったので、俺とアイツは正確には誕生日というものがない。
それなのに、アイツが勝手に今日という日を俺たちが誕生した日だと定めた。
不確かなものを無理に設定する必要なんて、俺は無いと思う。
しかも俺に関係する事であるというのに断りが一切無い事が腹立たしい。

しかしそれは、このの反応で許してやろう。
俺は教えたつもりがなかったが、MZD経由で知った彼女が俺を想って悩んでくれた。
黒神の俺が産み出された事を、彼女は祝ってくれている。
彼女だけが俺の存在を認めてくれている。

「あたしも、黒ちゃんの事大好きだから!ずっとずーっと傍にいるよ」
「……ずっと?」

答えを知りつつも彼女の言葉を待っていると、彼女はその瞳に強い意志を燃やしながら言う。

「死んでしまっても、魂としてここに残れるならば、あたしはずっと黒神さんの傍にいます」
「っ!」

彼女はいつだって、俺を喜ばせるような事ばかりを言う。
こみ上げてくる想いを唇にのせて、彼女のものへ押し付けた。
彼女があげた小さな声を呑みこんで、奥へ逃げる舌を吸い上げながら、俺は彼女の優しさを感じた。
潤んだ瞳で見る彼女に俺は胸の内を伝えた。

「黒神の俺を魅了したのは、が最初で最後だ」

紡いだ愛の誓いを彼女の唇に押し当てる。
息を乱しながらも彼女は懸命に俺を引き寄せた。

「あ、あたしも、貴方だけだから……。あたしの世界には貴方しかいないの」
「俺の世界だって、一人だけだ。だけの神だから」

そう、俺たちは、この断絶した空間に二人きり。
互いの瞳に映るのは、一人だけ。
俺のであり、の俺だ。

俺は腕の中にいる愛しい彼女の柔肌に触れ、感触を確かめていく。
手のひらで、唇で、頬で、脚で。

「……あ、あの……また……服……」

顔をあげて彼女を見渡すと、薄いブルーのネグリジェが大きく肌蹴、なだらかな肩が大きく顔を覗かせている。

「す……すまない。つい欲に流されてしまった」

俺はあの日から、無自覚に彼女の服を脱がしてしまうようになった。
最初はただ頭を撫でているだけ、手に触れていただけであったはずでも、
いつの間にか肩や太ももを露わにさせているのだ。

「さ、……触る?」

被害者である彼女はこの事に嫌がる事は無く、ただ俺の出方を上目遣いで窺う。

「さ、さわ、……らない」
「だい、じょぶ?」

彼女は心配そうに俺を見ながら、胸元にある細いリボンをしゅると解いた。
その後、しなやかな指を胸元に寄せるとくいっと布を下げていく。
日の光を忘れた雪のように白い肌が俺の前で露わになっていった。
しかし、理性が勝った俺はネグリジェを元の位置以上に上げた。

「こんなこと絶対駄目だ。これではただの獣じゃないか。
 俺は普段見下している人間共と同じ所に堕ちたくはない」

と言いつつも、こんなの虚言だ。
本当はがまだ成熟しきっていないから手を出さずにいるだけ。
これがもしも、が人間として完成しきっていたら、俺はきっと毒牙に──。

「そ、れだと……。さ、さわ、触られ、たいって、思ったあたしは……いけない子なの……?」

硝子が弾けたように、俺の衝動を塞き止めていた何かが音を立ててはらはらと落ちていく。
破片が全て落ちるよりも早く俺を彼女の身体を強く抱きしめた。

「……はずるい。折角耐えられたというのに、どうして俺の決意を揺らがせる」
「ごめんなさい……」
「またそうやって俺を誘惑する」
「それはしてないよっ!」

目の前の耳元から首筋にかけて、俺は小さく口付ける。
甲高い声を聞いていると、頭に白い靄がかかっていき思考が鈍る。
俺は夢中になって肌を吸い上げた。真っ赤に熟れた鬱血が一つ。
無垢の中で主張するそれを見た俺は我に返り、自己嫌悪に陥った。

「……やはり、ここで耐えられない俺は人間共と同類なのか」

こんなことだから不安になる。
俺はそう遠くない未来、彼女の純潔を焔色へと変えてしまう気がして。

「大丈夫だよ。黒ちゃんはただ、あたしのお願いを聞いてくれただけだよ」
!」

そして俺はまた、彼女の甘い言葉に溺れていく。
芳しい匂いに酔いしれて。











「……えっとさ……オレ全然入れねぇから、代わりに伝言してきてくんね?」
「い、いえ……。お断りしまス」

ここはMZDの家の廊下。ある扉の前でMZDと影が頭を抱えている。

「で、でもさ、伝えねぇと問題ある案件だし……、でもオレ行ったら殺される」
「わ、ワタシだって!あの方に跡形も無く滅ぼされてしまうでしょウ」
「やだやだ!オレはこれ以上黒神に嫌われたくねぇもん!!」
「ワタシも痛いのは嫌でス!!」

お互いに肘でつつき合い、黒神宅へ入る役目を譲り合っている。

「すって行って、すって帰ってくりゃ良いじゃん!
 あいつお前には攻撃しねぇじゃん!オレにはいっぱいすんだもん!!」
「それでも生きた心地がしませんヨ!!!」
「やだやだやだ!!!オレはやーだーーー!!!」
「子供みたいな事言わないで下さイ!!!!神なんですから、貴方が行って下さイ」

夜もどっぷりと更けているというのに、二人はお構いなしに大声を出している。

「神止める!止めて、ただの可愛い美少年になるー!!」
「なにをふざけた事をおっしゃっているんですカ!!!」

ふざけたくもなる。今日は自分と黒神が誕生した日なのだ。
自分の半身である黒神と同時にこの世に産み出され、そして世界の運命に縛り付けられた日。

彼は黒神程自分の運命を呪ってはいなかった。
彼は一人じゃ無く、黒神という半身がいたから。

今日と言う日を設定したのは、自分の誕生を祝う日ではなく、半身の存在を祝い、感謝する為だ。
だからこうして扉の前で、いつ入ろうかとうずうずしている。

彼は半身に心の底から嫌われているが、異分子が二人の間に入ったことで若干緩和した。
生を受けた事を呪い続けた弟も、人間の子供と関わり、その考えを少しは変えてくれたのではないか。
そうであるならばもしや、今日くらいは、彼が存在してくれたことへの喜びを伝えても許されるのではないか。

彼になんと言って伝えよう。
どんな言葉ならばこの想いが届くのだろうか。
MZDは黒神に言う言葉を考えながら、自分の影とふざけ合っていた。
すると、目の前の扉が小さく開いた。
隙間からは「おい」と低い声が顔を出す。

「丸聞こえだ」

声の圧力から相手が相当の怒りを抑えつけている事を知る。
MZDは背筋を凍らせた。言い訳も謝罪も出来ず、ただ黙って相手の言葉を聞く。
長い廊下に舌打ちが響くと、MZDへ黒神が命令した。

「俺の前に顔を見せるな。世界がどうなろうと、絶対にだ」

そして静かに扉が閉まる。
膝から崩れ落ちていくMZDは今にも泣きそうだ。

「……お、オレ……また……嫌われた……」

常日頃から、邪険に扱われているMZDは、ある程度の傷であれば慣れてしまった。
この程度のこと、普段なら見て見ぬふりをしている傷だ。
だが、今回はタイミングが悪かった。
今日が特に意味の無い日であれば、MZDがこれほど茫然とする事は無かっただろう。

「……やっぱり……オレなんて産まれてこなければ……」

そう呟いた彼は、廊下から消えた。