月と太陽

ミリ秒まで表示出来るデジタル時計が正午十分前を示した。
時計がいる部屋では十人以上の人間が慌ただしく行き交い、声を荒げている。
彼らは辺りに散らばった物や多数引かれるコードに足を取られることもしばしば。
そうかと思えばたった一人だけ、椅子に座って壁一面張り付けられたモニターを睨みつけ、インカムに話し続ける者がいた。
部屋から次々に現れる人々は、その女性に怒鳴るような大声を浴びせていく。

さん、こっちは準備OKです!」
さん、こちらも問題ありません!!」
「確認取れました。大丈夫です!!」

と呼ばれた女性は様々な方向から飛んでくる言葉を全て耳にしていく。
辺りが少しずつ静まり、報告の声が止んだ所で微笑んだ。

「どうやら問題無く始められそうですね」

デジタル時計は正午に一ミリ秒ずつ近づいていく。
ごくりと、周囲は固唾を呑んだ。

「……では、始めますよ」

と呼ばれた女性はインカムに向かって一斉に指示を出した。



正午と同時に空一面に打ち上がる色とりどりの花火。
360度、どの角度からでも見る事が出来るように作られたまあるいステージから扇状に伸びる光の柱。
辺りを埋め尽くす歓声。

広いステージにぽつりと立つ二人は耳を揺らしながら大きく息を吸い、マイクに向かって叫んだ。

「「MZDあーんど、黒神の生誕祭のはっじまりだよーー!!」」

四方から打ち出された特大の花火の音が観客全員の身体に叩きつけられた。

「司会はおなじみ、ミミと!!」
「ニャミだよ!!」

祭りの幕開けに、ステージを囲む全員が喉を潰しかねない程の大きな歓声を上げた。指笛も飛び交う。

「今回のパーティーは昼の神であるMZD、と夜の神黒神が楽しめるようになんと十二時間!」
「前半は昼の部、後半は夜の部でお送りします」
「昼の司会はミミちゃん!お願いしまーす」
「夜の司会のニャミちゃん!私の後は任せた!!」
「さてさて、では前半である昼の部の主役の登場してもらいましょー。MZDさーん」

ステージ中央の床が開き、中からMZDが乗った床がせり上がってくる。

「はーい。って中継先のリポーターじゃねぇんだからさ」

現れた彼目掛けて、スポットライトをふんだんに浴びさせると、また更に観客が沸いた。
主役の彼はくるりと回ってこの祭りの参加者に対して手を振った。
観客は異口同音に叫ぶ。「おめでとう」と。

「参加してくれたみんな、本当ありがとな。
 今回のパーティーを企画、準備してくれた奴らも、ありがとう。
 オレ、スッゲー嬉しいぞー!!!!!」

MZDの叫びに呼応し、観客はまた声を張り上げた。
声だけでは飽き足らず飛び跳ねたり、手を振ったりして、観客は沸き立つ興奮を様々な形でMZDへ伝える。
観客の反応を見て、MZD自身も興奮した。
パーティーを企画した人がいて、自分の生誕を祝ってくれる人が大勢いる。
普段パーティーを開くばかりである為、誰かに開いてもらうことは大変嬉しくあった。


「今日は思い切り楽しませてもらうぜ。んで、お前らも全員一緒に楽しもうぜ!!」











さん、休んでて下さい。私たちでも後はやれます。後半に備えて下さい」
「もう少し。この作業だけ終わったら休憩に入らせて貰いますね」
「まだまだあるんですから、無理はしないで下さいよ!」
「お気づかい有難う御座います。これ以上ご心配をおかけしないよう早めに休憩に入りますね」
「はぁ……そう言いながら一切手を止めないんですから」

今回のイベントを企画した身としては、作業をせずにはいられない。
一切の問題が無いようにと前日までやってきたが、やはり当日になってみると想定外の事が起きる。
それら全ての問題を一つずつ潰し、主役も観客も満足できるようなものにしなければならない。
ましてや今回のパーティーは二人の神を祝うもの。絶対に成功させなければならない。
今日の誕生日は"三人"を始めて最初の誕生日だから。


「いい加減にして下さい!!さんに何かあったら総崩れなんですから。ちゃんとご飯食べてきて下さい。
 参加している皆さんだって、立食ですから好きな時に好きな物を食べてますよ。
 夜の部の最後まで体力を持たせる為にも、ちゃんと食事休憩を取って下さい」

そうね。壊れてしまったという大道具の代替え品を見つけてからね。
あらかじめ、壊れたら進行に問題が出る大道具のスペアは用意している。
あとは貸し倉庫へ連絡して持ってきてもらうだけ。
携帯電話に登録してある番号を選択し先方が出るのを待つ。
呼び出し音が止み、よし依頼しようとしたところで電話を取り上げられる。

「もしもし。えぇ、C45の物を至急会場へ」
「ちょっと、勝手に」

今度はインカムを取り上げられる。
スタッフ全員が私を見ている。皆同じことを私に対して訴えているようだ。

仕方なく、私は休憩室へ向かった。
中に入ってみると誰もいない。
スタッフは全員交代で休憩に入るようにスケジュールを組んだのだが、今は丁度誰もいない隙間の時間らしい。
少し時間をおけば誰かが来るだろう。

私は机の上に置いてあるお弁当を一つ取り、電気ポットの湯でお茶を入れた。
十分で食べて、作業に戻ろう。文句は言わせない。
時間を指定せず、食事休憩を取れとしか言わなかったのだから。

私は弁当を留めている輪ゴムを乱暴に取り去った。
特に面白味の無い、普通の幕の内弁当である。
私はおかずを一つ摘まんでは無理やりに口の中へ詰め、ご飯で押し流す。
このやり方ならば、早々に食べ終わる事が可能だろう。
そう確信した私は次々とおかずを口の中へ入れていった。

二つ目の唐揚げをろくに噛まずに飲み込んだところ、見事喉に詰まらせた。
それくらいは想定済みであると、お茶を入れた紙コップを手にしたが、中身がない。
しまったと思いながら口を抑えていると、後ろから口の空いたペットボトルを手渡された。
急いで受け取り、いつまでも留まっている食事たちをお茶の勢いで胃の中へ流し込む。
何度か咳き込むことで呼吸を整えてから、危機を救ってくれた人に礼を言おうと後ろを向いた。

「さっきは有難う御座いま、」
「頑張るのもいいけど、飯くらい落ち着いて食べようぜ?」

休憩にやってきたスタッフじゃない。
それもあまりにも予想外の人であった為、思わず「え?」と聞き返してしまった。

「おいおい。その反応はねぇだろ。を探しにここまで来たっていうのにさ」

今日の主役であるはずのMZDさんは、今も舞台の上にいるはず。
確か、今の時間はDeuilの演奏中だ。

「何故こちらへ。主役が消えては何のパーティーかわ、」


思わず立ち上がった私を再度パイプ椅子に座らせる。

「折角の誕生日。パーティーも楽しいけど、オレはといたいんだけど?」
「で、でも、あの」

MZDはふいに私に顔を近づけた。

「オレの言う事聞いてくれねぇの?」

鼻先が触れ合う距離。
そんなに近づかれると何も言えない。
私は顔を背けた。すると、彼は笑う。

ってば、すっげー真っ赤なの。何だ?オレ様の事そんなに好きなんだ?」

それに対して何も言い返せないと知っている彼は楽しそうに笑う。

「あー、このままキスしちまおっかなー。どうしよっかなー」

それは──、と思った私が彼の方へ顔を向けると、彼はそこにいなかった。
そして頬に感じる柔らかな唇。小さな音を立てて離れる彼に私は物足りなさを感じた。
確かに、口付けて貰ったけれど。
いけないと判っているのに、私はもっと多くのものを望んでしまう。

「……、これだけじゃ足りないだろ?」

そんな心を見透かす彼。けれど私は心に反して首を振る。

「おふざけはここまでです。神様しっかりして下さいよ」

僅かに残っていた弁当を全て平らげ、先ほどMZDさんから頂いたお茶で流し込む。
ペットボトルのお茶を一気に飲み干した私は、ゴミをまとめてゴミ袋の中に隠した気持ちごと押し込んだ。

「休憩は終わりましたし、私は持ち場に戻ります。MZDさんもステージの方へお戻り下さいね。
 まだまだ楽しんでもらいますよ」

にっこりとほほ笑みを残して休憩室から去ろうとすると、腕を掴まれ行く手を阻まれた。

「そうあからさまに逃げられると傷つくんだけど」

振り返ると、彼は泣きそうな顔を浮かべていた。

「……すみません」
「ちゃんとわかってるって。こんなことしたら黒神怒るもんな」

すぐさま「違いますよ」と返せなかった私は何も言えず黙りこくってしまった。
否定したところで彼だって判ってる。

「一心同体じゃ、隠し事なんて出来ねぇな」

そう言って彼は瞼を落として自分の胸を押さえた。

彼の言うとおり昼夜の神は一心同体。
朝がくればMZDとなり、夜が訪れれば黒神となる。
一つの身体に元は一つであった心が二つに分かれて存在している。
しかし、その心は完全に独立しなかった。
彼らは厳密にいえば個人と個人ではない。
そのせいであろうか。
一人称も口調も嗜好も忌み嫌うものも違うというのに、惹かれたのは同じ人間だった。
そしてその人間もまた、二人に対し優劣をつけられないまま許されない気持ちを抱いてしまう。

「大丈夫。ちゃんと判ってるさ。はオレのであってアイツのもの。
 オレ達は二人で一人のを共有することを誓った」

MZDさんは私の頬を撫でた。

「この肌に触れていいのはオレと、黒神。
 を愛していいのは、黒神と、オレだ」

そう言って、彼はまた口付ける。
今度は、唇に。

「っ!だ、駄目ですよ!」
「……同じ事。黒神にしてやって。全く同じ場所、同じ力で」

彼は私から離れた。

「今日は誕生日だしさ。アイツも許してくれるだろ。
 だって、したいのはアイツも同じだから」

彼は私に何も言う隙を与えず、次の言葉を繰り出す。

「じゃ、オレあっちに戻る。次に会う時は黒神だ」

手を振った彼は足早に部屋を退室した。
元の一人の戻った私は溜息をつき、すっきりしないまま持ち場へ戻った。
もっとしっかり休んで欲しいと言う周囲の言葉に頷きながらも、私は変わらず作業を続けた。
モニターの角度の調整や、演奏中に壊れてしまった機材の手配、急なプログラムの変更等作業に終わりは無い。

ふと気づいた時には、モニターの中で夜の部が始まっていた。
舞台の上にいる主役はMZDさんから黒神さんになっていた。

「MZDにミミちゃんお疲れ様でーす。お楽しみはまだまだこれから。
 これから夜の部に移ります。移行により司会も主役もどっちも交代だよ!!
 こちらが夜の部の主役、黒神さんだよー!みなさーんはーくしゅーー!!!」

会場に集まった人々の拍手音はまるで爆発だ。
改めて、このパーティーの参加者の多さを思い知らされる。
今更になって、手が震えてきた。少しのミスが命取りになるだろう。
MZDさんと黒神さんの生誕記念、成功するのは当たり前、失敗は絶対に許されない。

「今宵はこのような素敵な生誕の宴を有難う。
 参加して下さった方々も楽しんで欲しい。
 俺も、微力ながら皆様の為にこの場を盛り上げることを誓おう」

黒神さんのお言葉をスピーカーで聞きながら、私は報告された問題点やアクシデントの処理を行う。
彼の笑顔が、そして他の参加者の笑顔が絶えることのないように。
十二時間のパーティーは正直骨が折れるが、それもモニターに映る彼が穏やかな笑みを浮かべているのを見るとやる気が湧いてくる。
しかし、同時に心苦しくもなる。

先程のMZDさんとの口付け。
彼らは記憶の共有がない為、きっと私達が言わなければ知ることはない。
けれど言わねばならない。そういう約束なのだ。
片方とした事は必ず報告し、隠し事は一切しないと。
三人が苦しくないように作った約束であったが、報告によって片方が傷つくのを見なければならない為結局は苦しみからは逃れられない。
だから余計に私は作業に熱中した。
会う暇が出来ないように。



彼らへの誕生日プレゼントであるパーティーもいよいよ終盤。
夢のような時間が終わりを迎えると言う時、裏方が最も気を引き締めなければならない時、
司会であるニャミちゃんが本部にやってきた。
何か問題があったのかと思い、対応すべく私が話を聞くと、何故か腕をがしっと掴まれる。

「ほらほら、早く!さんも!!エンディングだよ!」
「え。はい、今その為に各位の様子を確認しているところで」
「違うってばー!エンディングには舞台上!さんも立つの!企画者なんだから」
「い、いえいえ!私にはすべきことがありますので、そっちにはちょっと」

それに舞台に立つとなれば、黒神さんに会わなければならない。
今の状態では笑顔で会える自信が無く、私は丁重にお断りをする。
それなのに周囲は私が遠慮していると思ってニャミちゃんに乗じて行くように勧める。

「発案者なんだからちゃんと出て挨拶して下さいよ」
「いや、でも、最後まで」
「いいからいいから。ニャミさん引っ張っていって下さい」
「ラジャー!!さん無駄な抵抗は止めて投降なさい!これじゃ私まで遅れちゃうよ」
「そうですよ。さん早く早く」

これはもう何を言っても無駄だと悟り、私は大人しく彼女に引かれていった。
あっという間に舞台上。
そこには黒神さんが立っていた。目が合うと同時に、四方から私目掛けて飛んでくる歓声、拍手。
その熱気は凄まじく、黒神さんに会うのが気まずいという思いが一気に吹き飛んでいった。
私の名が呼ばれる度興奮する心。

「さっき紹介した通り、この方が今回のパーティーの発案者、さん!」

周囲で飛び交うお礼の言葉、今日のパーティーへの喜び、興奮。

「素敵な舞台を有難う。

黒神さんからもマイクを通してお礼を言われる。
ニャミちゃんが差し出したマイクを手に私も答えた。

「こちらこそ。……産まれてきて下さって有難う御座います」

スポットライトが全て消え、神のバースデーパーティーは幕を下ろした。
そして最後の大仕事、後片付けだ。
興奮冷めやらぬ参加者を誘導しながら、この会場を元の姿に戻していこう。





と、思ったら私を包んでいた熱気が嘘のように消え、舞台の上にいたはずの私は先ほどの休憩室にいた。
何故、どうしてと混乱していると、黒神さんがじっとこちらを見ている。

「……。俺に言うべき事があるんじゃないか?」

口を尖らせる彼を見ると、私の中の興奮は収まりまた罪悪感が沸き上がった。


「……ごめんなさい」
「誕生の記念にごめんなさいとは、随分なものだな。
 そこはおめでとうと言って貰いたいものだが?……アイツには言ったのだろう」
「ごめ……おめでとう、ございます」

とってつけた様な言葉が気に入らなかったのだろう。
彼は鼻を鳴らした。

「次。まだ貰っていないものがあるんだが?」

一瞬何の事か判らなかったが、落ち着きのない彼を見て気づいた。
しかし躊躇われる。恥ずかしい。

「俺、誕生日なんだがな」

ちらりと私を見る彼も恥ずかしそうだった。

「わ、判りました……」

私は黒神さんの唇に自分の物を合わせた。
さっきMZDさんが私にしたのと同じように。
どちらかが優位に立つ事がないように細心の注意を払った。

「……それを待っていた」

唇を離すと彼は嬉しそうにはにかんだ。
どうして、何も言っていないのにキスのことを知っているのか気になったので聞いてみた。

「眠っていた間に何か感じたんですか?」
「いや。代わる直前にアイツが俺に自己申告した。
 の唇の柔らかさを、甘さを一足先に頂いたと」

もっと別の言い方があるだろうに。
ただキスをしたなんて言うのとは段違いに羞恥心が加速する。
私が頬の赤味を気にしている間、彼は呆れて言った。

「全く、我が半身ながらとんだセクハラ男だ」

肩をすくめる彼に同意していると、私は現実へ帰った。

「あの、早く戻らないと。この後片づけで、その後打ち上げで」
「気にする必要はない。どちらもは不参加だと伝えた」
「でも、リーダーは私で、幹事も私で」
「全て問題ない。他の奴に引き継がせた。は何もかもやり過ぎだ。いい加減休め」

指が鳴らす音が休憩室を支配した。
一瞬の間に私達は私の部屋に移動する。
一人暮らしで誰もいない暗い空間で黒神さんは私に抱きついた。

「ようやく俺の時間だ」

ぎゅっと抱きしめながら耳元で囁く。

「時が止まれば、俺がを独占出来るのに」

耳を撫でる言葉にぞくりとする。
性的な興奮の裏に潜む罪の意識。

「判ってる。それが不可能である事は」

本当ならばこの後余すとこなく触れ続ける彼なのに、今日はあっさりと離した。

「本題はここからだ」

端正な顔から放たれる真剣な眼差し。
さっきの行動と合わせ、今から言われる事は良い話ではない事を察した。

「……アイツと話してたんだ。の事」

「はい」と私は邪魔にならぬように短い返事を返す。

「俺たちのこの歪な関係を終わりにしよう」

彼ははっきりと終わりを宣告した。

この関係が始まった時から判っていたこと。
三人仲良くめでたしめでたしとはなれないと。
けど、終焉がまさか、彼らの生誕を祝った次の日とは思わなかった。

「最初の予想通り、俺もアイツもを自分の物だけにしたいと思った。
 自分が表に出られない間はもどかしく、相手を食い破ろうとしてた。
 一つしかない身体が悲鳴を上げた。
 壊れてもいい。そう思ったが実害を被るのは俺たちではなく
 ……俺達は同じ答えを出した。俺たちは自身の産まれに屈せざるを得なかった」

彼は頭を下げた。

「自分勝手だとは承知している……すまない」

神に頭を下げさせる私とはいったいなんだろう。
下げるべきは私だ。私が中途半端な位置を良しとしなければ。
彼らへの好意を見て見ぬふりをし、封じてしまえば良かったのに。

「顔を上げてください。判りましたから」
「本当にすまない。アイツの分も謝らせてもらう」

結局面を上げないので、無理やり上げさせた。

「……黒神さん」

いつも、大人びた顔を見せる少年が、今にも泣きそうで、私は零れそうになる感情をぐっと堪えた。

「大好きでしたよ」
「……俺もだ」

彼は右手のひらを私にかざす。
急に襲いかかる睡魔。

「次に目を開けた時には、MZDだ」

あまりにも呆気ない。ここで眠らされてしまうと、隠れて泣く事が出来ない
まだMZDさんに代わるまでは時間がある。
彼は、どうするのだろう。泣いてしまうのだろうか。
本当ならば隣にいて慰めてあげたいのに、好きな気持ちを過去にしてしまった私にはもう。











頭がぼんやりとする。時計を確認すると昼過ぎていた。
いつ寝たのか判らないが、頭がすっきりとしないと言う事は寝過ぎだろう。
急いで起きないと。今日はMZDさんの手伝いを頼まれていたんだった。
普段ならば午前中には着いている。これは連絡しておいた方がいいかもしれない。
携帯電話はどこに置いたんだっけと、身体を起こしベッド下に足を下ろす。

「おはよう。

一人暮らしの部屋で、まさか自分以外の誰かに会うとは思わず、小さく悲鳴をあげる。
それをケラケラと笑っているのは。

「MZDさん……お、脅かさないで下さいよ」
「悪ぃ悪ぃ。昨日はお疲れさん」
「昨日……確か……」

誕生日パーティー、黒神さんが言った、終わりにしようの言葉。

「あの……」
「夢じゃない」

先回りされてしまった。
本当に私たちの"恋人"という関係が終わってしまうのか。
起きる気力を無くした私は立ち上がる事を止め、ベッドへ背を投げた。
そんな私を申し訳なさそうにMZDさんは見ている。

「ごめんな。オレもアイツも馬鹿だったよ。オレ達はが欲しくて、どうしようもなかった。
 他の誰かに取られるんだったらって、焦ったオレ達はを説き伏せた。
 そして、は了承した。……で、オレ達はおかしくなっちまった」

二人の恋人。
普通なら有り得ない話だ。時間によって恋人が変わるなんて。
彼らにとっては私という一人だけを相手にすればいいが、私は二人を相手にする。
倫理的な問題ですぐに糾弾されるようなことだ。

おかしい。異常だ。

私も彼らも判っていた。
でも私たちは、そういう道を選んでしまった。
昼と夜の十二時が過ぎれば変わる、遊びみたいな恋に本気を尽くした。
関係はおかしくとも、私はMZDさんと黒神さんを愛していたし、彼らもまた私に愛を与えてくれた。
問題点は語り合いや触れ合いで生じる幸せで蔽い隠し、見て見ぬふりをした。

そうして誤魔化していれば、危ういながらもなんとかなると思っていた。
思っていたのは、私だけだった。

彼らは一つの身体の中で真剣に話しあったのだろう。
今の関係をどうするべきか。どうしていけばいいか。
そして、結論を出した。
別れると。


MZDさんは私の隣で寝そべると、ぞんざいにシーツに投げた手を優しく握った。

に口付けている最中であっても、時間がくれば否が応にも交代させられる。
 オレ達はいつも時間に縛られて、そしても代わるオレ達に振り回されてた。
 オレ、ずっと不安だったんだ。眠る間二人は何してんだろ、どうしてるんだろうって。
 そして気づいたら、オレは半身を憎み始めていた。
 オレ達二人は、愛しさと同様に憎しみを共有していた。
 一つであるはずの神が恋を理由に二つに分かれようとしていた。
 それは世界崩壊の危機だ。
 でもオレ達は世界の危機なんかはどうでもよくて、別の個体になれるのなら喜んで受けようなんて思ってた。
 でもやっぱ、駄目なんだな。そうなればはこの世界にいられない。
 世界にを殺されるくらいなら、オレ達が手を引く」

ただ、人に言えない後ろめたい事をしているというだけなら良かったのに。
彼らは、ちょっぴり特別だから。歪みへ足を踏み入れる事は出来なかったのだ。

「世界相手じゃ、私に選択肢なんてないじゃないですか」
「ごめん」

彼は私の手を、離した。

「大好きだったよ。

二度目のお別れ。
一度目はなんとか耐えられたが、二度目はそうはいかない。
彼らとの特別な関係の解消は、私にとってはやはり耐えがたく、言葉の代わりに涙が流れた。
白い天井が歪む中、私を置いて彼は消えた。

次会う時は、MZDさん?黒神さん?それとも────。