四周年記念話(ほぼ全ての英傑が出る)-その5-

「……」

ササキコジロウは口を開こうとして、止めた。
一連の行動をさっきから何度も繰り返している。
読書をする独神を下から眺めながら。

「(膝枕に負けてつい惰眠を貪ってしまった)」

朝起きて色々と聞くつもりだったのだが、気付けばこんなことになっている。

「……起きた? 身体痛くない? 大丈夫?」
「大丈夫だ。外で寝るよりずっと良い」

家主であるヘイムダルは少し離れた所だがずっといる。
コジロウに枕にされていた間、独神は動きを封じられていて何もできなかっただろう。
益々この状況が理解できない。二人は何がしたいのか。
寝すぎて怠さの残る身体を起こすと、独神が寄ってきて腕に抱きついてきた。

「ねえ、起きたなら私の相手してよ。仕事の手伝いをしてくれてもいいけれど……それじゃ、つまらないでしょ?」

今朝もまたいつもの袴姿ではなく、簡易的洋装のせいで身体の柔らかさが容易く伝わり一瞬動揺してしまう。
普通なら舞い上がってしまう所だが、コジロウは独神と三年も付き合っているのだ。

「(なるほど。俺に外出されては大いに困るというわけか)」

妙にべたべたしてきて行動を制限する独神。そ知らぬ顔をして、気ままに笛を吹くヘイムダル。
奇妙な二人を上手く瓦解する切り口は思いつかない。そんな時は力技だ。

「……主、言おうか言うまいか迷っていたが、聞いてくれないか」
「なあに?」

尻尾を振る犬のように嬉しそうに前のめりになる独神に罪悪感を覚えるが、コジロウは見て見ぬふりをする。

「この傷はヤシャと斬り合った時に出来た傷だ。……まあ、主《あるじ》なら傷口の美しさから気付いていただろうが」
「え。……へえ……凄いわね……ヤシャならそう、よね……でも、私闘は駄目。……危ないし……痛いのは……良くないわ」
「刀を取った理由が互いに"主に関する事"なのだから仕方なかろう。勿論、罰は受けよう。何をしてみせようか?」

しどろもどろに紡いでいた口がとうとう閉じてしまった。

「どうした。形だけでも罰がなければ、他の者に示しがつかないといつも言うだろう?」
「い、いや……。まあ……そうだけれど……」

あれだけ楽しそうにしていた独神に、もう笑顔はない。

「(引け目を感じるがここで退くわけにはいかない)」

独神が此度の事態を想像していなかったはずがない。
それでも実行した理由が聞きたかった。かき乱された感情を鎮められるだけの理由が。

「ほらね。助けない方が良かっただろう?」

ヘイムダルが笛を置いた。独神は顔を背ける。

「当初の予定通り誰にも接触すべきではなかったんだ。彼は死ぬような傷ではなかったのだからね」
「……」
「中途半端に手を出した独神様のミスだ。諦めた方が良い」

しんとした部屋に、独神の大げさに吐いた溜息が響いた。

「私に言いたい事、聞きたい事があるんでしょう。答えるかは別、でも聞いてはあげるわ」

諦め。投げやり。
すっかりふてくされてしまった独神は、コジロウからも距離を取った。
その態度を責めたい気持ちもあった。ぶつけてしまいたい奥底に押し込めた想いもあった。でも一番は。

「主は今の様な服も可愛、まあまあ良いんじゃないか」

中途半端な賞賛に目を丸くした独神は、頬を赤らめて噴き出した。

「この状況で言う事ではないでしょ。おかしな人ね」

張り詰めていた空気が柔らかくなっていく。

「(結局誤魔化してしまったが、主が笑ったのなら正解、……ということにしておこう)」

笑いが落ち着いた頃には、もう普段通りの独神だった。

「ごめんね。聞かずとも、あなた"たち"が何を言いたいのかは当然察しているわ。
 答えてあげたいけれど、それもまた不都合があるのよね……」

暫し考えて言った。

「ササキコジロウは、独神が誰と結婚したと思う?」

独神にふざけた様子は皆無だった。











「(主《ぬし》に言われて、北海道旅行に来たのは良いのですが)」

ウンガイキョウの目の前では、タマノオヤとイシコリドメが顔ハメ看板で記念撮影をしている。

「(あの二人と一緒なんて酷いですよぉ……。
 奇数の三人というだけで気まずいのに、あの二人は友人同士。自然と二対一。勿論一人はこの私……!!!)」
「ウンガイキョウちゃんもお昼は海鮮系でいい?」
「は、はい……。大丈夫です……」

ぎこちなく笑いながら返した。

「(タマノオヤさんは優しい方ですし、つい引っ込んでしまう私でもなんとかやっていける相手なのですが。
 問題は隣のイシコリドメさん! 照魔鏡を使わずとも出てくる出てくる秘密の山。
 それもついうっかり漏らしたら、殺されてしまいそうなものばかり……)」

笑っているイシコリドメはとても楽しそうに見える。

「(無理です無理です。私は本殿から遠く離れたこの北の大地でバリバリに割られて、硝子工房のごみ捨て場に捨て置かれてしまうんですわー!!!
 なんで私がこんな目に……)」




~回想~


「ウンガイキョウ。ちょーっと来てくれないかな。とある人の秘密を暴いて貰いたいの。
 ……好きでしょう? 人の隠し事を探るの」
「え、はひ。……そ、そんなことないですよ。……ありますけれど」

独神は変な笑いをするウンガイキョウを蔵に連れて行った。
随分用心深いのだなと思っていると、独神が頭を下げながら頼んだ。

「お願い! 私の秘密を探ってちょうだい!!
 秘密の時期は去年の八月頭。知りたいのは……その……い、言えないけれど。
 とにかく去年何をしたのかが知りたいの。その時期に関してはいくらでも探ってくれていいから!」

秘密を暴くのが好きだが、探っていいと許可されるといつもほど気分が乗らない。
────だが。

「(好きなだけ主を探っていいなんて!! こんな事二度とないかもしれませんわ!!)」

ウンガイキョウは全力で探った。遠慮は一切なし。妖力の全てを注いだ。
しかし、照魔鏡には何も映らなかった。

「そう……」

独神は随分とがっかりしていた。
そして、探らせた理由は何も言わなかった。


そんな事があったのが数日前。
そして昨日突然言われたのが。

「ちょーっと旅行でも行ってみない? え、場所? 北海道! 涼しいよ!」



~回想終了~




「(無茶苦茶です……。いや、楽しいですけど)」

イシコリドメに対する苦手意識はあれど、二人で行動を共にするのはそれほど嫌ではなかった。
二人ともウンガイキョウを気遣ってくれている。少し申し訳なく思うくらいに。
それに同じ物を見た二人が、自分と同じ反応をする所を見ていると、親近感が湧いて自然と楽しい気持ちになるのだ。

「(でもどうしてこの二人と私?)」

悪霊討伐ならまだしも、旅行というのであればウンガイキョウと普段関わりが深い者と行かせてくれれば良いものだが。

「……な゛ぁ゛!?」

野太い声がした。周辺の旅行客ではなく、イシコリドメの方から聞こえた。

「どうしたんですの?」
「い、いえ、なんでもありませんよ。うふ、ふふふふふふ……」
「(やっぱりイシコリドメさんって、変な人ですし怖いです!)」

さっと距離を取った。

「(さっき鏡見てましたよね? いったいタマノオヤさんの何を見ていたんですかあ!?
 あれ、でもタマノオヤさんはすぐ目の前に……)」

タマノオヤは土産屋の店先で熊の木彫りを真剣に見ていた。










「ふぅ……こんなもんか」

キンシロウが刀を収めると、遠くのイシマツが声をかけた。

「そっちはどうだ!」
「問題ねえ!」

二人は合流し、状況を報告し合った。

「どいつもこいつも弱っちい悪霊だったぜ。まあ、大方理由は想像できるがな……」

キンシロウも同意だと頷いた。
昨日から至るところで爆発音が響いている。
民家から出てきたイイナオトラが駆け寄ってきた。

「周辺の村人に聞いたよ。やっぱりこの騒ぎは英傑たちのようだね。
 みんな怖がっていたよ。英傑様同士で戦っているって……」

キンシロウは頭をガシガシと掻いた。

「ったく。あいつら馬鹿じゃねえのか!」
「あと、誰かが酒場で盛大に愚痴、えっと吐露したみたいで……。
 独神さんの結婚についても騒がれていたよ……」

キンシロウは大声をあげた。

「今度は誰だよ!!! 噂を広げてやがる奴ぁよぉ!」
「アシュラさん、みたい」
「しょうがねえ。……まあ、そういう時もあるわな」
「あんた随分態度変わってんじゃねえか」
「本気で悲しんでる奴を責められねえだろ……」
「はっ、お優しいな」
「それで、アシュラさんが店ごと壊したって」
「ふざけんなよ!!!」

前言撤回。

「じゃあ、アシュラの奴今日も暴れてんじゃねえか?」
「大丈夫みたいだよ。品のある美しい女性がおさめてくれたって」
「……誰? 英傑じゃねえだろ? 本殿に品のあるやつなんざいねえし」

何気なく言ったイシマツの言葉に、キンシロウとナオトラは黙った。

「ん? どした?」










「……」
「……」
「……」
「……」

「アタシが勝ちそうだね」
「む……いや、まだだ……」

サトリとシュンカイは向かい合って碁を打っている。

「(碁が楽しいわけじゃないけど、考えなくて済むのが良いよね。
 シュンカイちゃんも始まっちゃえば碁の事しか頭にないし)」

心が視えるサトリは、英傑に言われる前に宣言した。

「アタシは絶対に主《あるじ》ちゃんの心なんて見ないから。
 誰と結婚してるとか、そんなの全然興味ないし、知りたくないし!」

早々に逃げたものの、感情が溢れる本殿は居づらく外へ飛び出した。
だが外にも英傑が多い。特に気持ちを押し殺している者はそれだけ心の声が強くて、サトリの意識に無関係に伝わってくる。

「(アタシだって、同じ気持ちだけどさ!)」

感情の渦に翻弄される中、念仏のような一定の雑音に引かれて入った所に囲碁部屋があり、そこにシュンカイがいた。

「(ふふ、初心者のアタシ相手に苦しんでる。やっぱり悔しいんだねー。
 アタシはただシュンカイちゃんの思った通りに打っただけなのに)」

シュンカイは心の中でぶつぶつと盤上の未来を読んでいき、次の一手、打たれたくない一手をも呟く。

「サトリ殿。これならどうだろう」
「(ふうん。三通りあるんだ。どこに置いてあげようかな~)」

心の声の中でも小声だったものを選んでやると、シュンカイは更に苦悩した。

「っ……サトリ殿は強いな……。初心者と侮ってはいけなかった」
「まあねー(って、アタシが心視てるの知ってるくせに)」

再び始まる脳内の黒白陣取り合戦。石の動き以外の一言が聞こえた。

「(こうしていると独神様の事を考えずに済む。すまないサトリ殿)」
「(いいよー。アタシだって助かってるから)」

二人は再び碁の世界へと没入する。










「貴方なんかに何が判るのよ! 八傑なんて、主《あるじ》様に特別扱いされる存在の癖に!」
「判るわけがない。八傑である俺に、八傑以外の者の気持ちなど」

襲ってくるハンニャをジライヤは疾風の如き動きで気絶させる。

「(奇妙な気持ちだ。あれだけ仲間だなんだと言っておきながら、今日だけで何人も手をかけている。
 勿論気絶させるだけで身体は必要以上に傷をつけていない。
 だがこうして憎々と顔を歪めた英傑と対峙するのは……ああ、不思議だ)」

次は手入れされていない杣小屋《そまごや》を燃やそうとするヤヲヤオシチ。

「ふふ、きっと一帯が火の海になれば主《あるじ》様も考えを改めるはずです」
「改めるのはお前の方だ」

ヤヲヤオシチが反応する間もなく地面に伏せる。
呼吸も安定していて、一見眠っているように見える。

「ワニュウドウ、頼めるか」
「おう。わかったぞ! また最速で行ってくるからな!」
「落すなよ」
「馬鹿にするなよな! 師匠の事だって一度も落としてないんだからな!
 ちょっと焦がすくらいだ!」

一車輪にヤヲヤオシチを乗せて本殿の方角、アカヒゲの元に送ってやる。

「ジライヤさま、こちらは完了したよ」
「ああ、今ワニュウドウに送らせた」

ツナデヒメが空を見上げると、炎を纏った車輪が鳥よりも速く走っている。

「これで、あと危険なのはイヌガミか」
「それだけど、僕の蝙蝠曰くいつも通りで普通だったみたい。
 ……でも安心しきれないから風魔に頼んでおいたよ」
「近隣で暴れていた奴は粗方処理できた。次こそが本命だ」
「そうだね」

一つ頷き、ツナデヒメはいつも表情を変えないジライヤを見つめた。

「……みんなを見てるとジライヤさまも僕も忍なんだって、改めてそう思ったよ」
「何か問題でもあるのか」
「何も。じゃあ、僕は情報操作に移るよ」

事実と虚栄を織り交ぜ、英傑の暴走に尤もらしい言い訳を付与する作業だ。
今回は近隣の民へ多大な恐怖心と不信感を与えてしまったので、情報操作は不可欠である。
英傑の不始末は、英傑が片付ける。

「(暴れまわった奴等の事は心底馬鹿だと思うし、俺には到底真似出来ん行動だ。
 だが、あいつらだから仕方がないと許してしまう時点で、俺は周囲が思うほど忍ではなくなったように思う)」










本殿ではまだまだ準備で忙しなくしている。
先程まで東へ西へと走り回っていたオトヒメギツネは現在休憩中だ。

「あれ? ブリュンヒルデ、可愛い恰好してどうしたの?」

作業に向かない絢爛豪華な服を纏ったブリュンヒルデは得意げに言った。

「ふふ~ん、ボクはいつでも可愛いけど、団長サンの結婚祝いでしょー?
 というか、披露宴っぽいからさ、ボクも一張羅で出なきゃ駄目でしょ!」

一張羅も一張羅。
八百万界とはまた違う豪華さを備えたそれは、宝石が散りばめられており、光沢のある布が幾重にも重ねられていた。

「でも、主役より目立つのは失礼じゃない?」
「大丈夫! 団長サンの輝きには負けるよ、多分!」
「(悪気は全然ないんだよね……)」

どう言えば説得出来るだろうか。と思っていると、今度はビシャモンテン。

「ビシャモンテンも気合入れてるんだね」
「うん! だって、主《あるじ》さまに選ばれるかもしれないんだもん」
「え……? ど、どういうこと」

オトヒメギツネは聞き返した。

「わたし、今まで自分がこうなったらいいな~って事にしかならなかったの。
 だから今回もきっと、急に主さまが私の魅力に気づいて婚約破棄からの私をさらう展開になるはずよ!」
「幸運って、そういうもんじゃないからね?」
「いいえ、判りませんわよ!」

ぬるっと会話に割って入ってきたのはクシナダヒメだ。

「私がヤマタノオロチに生贄として捧げられていた時。
 失意のどん底の中、希望は全て捨てたというのに、もし誰かが助けてくれたらと一縷の夢想が私の中に残っていました。
 そうしたら!」
「スサノヲでしょ。もう何度も聞いたって。惚気てるって事はもう呑んじゃったの!?」

クシナダヒメが来た方向へ歩いてみれば、酒樽。

「これって、今日じゃなくてお祝いの日に出すものだよね」
「そうですよ」

酒樽を背持たれに座っているのはゲンブ。
雪のように白い肌がほんのり紅に色づいている。

「え……どうしちゃったの? 普段こんな事しないのに」
「目の前にあったら飲むのが普通では?」

満面の笑みがオトヒメギツネを襲う。

「(う。綺麗すぎて光って見える……こんなに笑ったゲンブ見た事ないかも……。てことは結構呑んでそう……)」
「先生も随分非合理的なことをするものです。結婚など、今の先生には不要です」
「(あ、愚痴られそう。逃げなきゃ)」
「オトヒメギツネさん!」
「はい!」

反射的に返事をすると、真剣な表情でゲンブが力説した。

「……独神《どくしん》は独身《どくしん》でいるべき、ですよね!」
「(え゛。これって駄洒落? それとも本気? どうしよう? なんていえばいいの!?)」

──オトヒメギツネは休憩時間を丸々酔っ払いの相手をする羽目になった。










「アマクサシロウ殿はここで何をしているのかね?」
「神へ祈りを捧げている。日課でね」

何の変哲もない場所と誰もが思うその場所で、光の救世主は祈っていた。

「フツヌシ殿は散歩かな。それとも私に見回りを頼みに来たか」
「ふふ、どちらでもないよ、ただ、私は貴殿に意見を伺いに参ったのだよ」
「なるほど。救済を求めに、か」

金糸を思わせるしなやかな髪が風に揺れる。

「では場所を変えようか」
「いいや、ここで構わないよ。
 ……アマクサシロウ殿。貴殿は主《ぬし》の本当の望みを聞いたことがあるかい?
 ちなみに、私はある。彼女が望んでいるのは独神からの解放。
 勿論それが罪だと知っておられる。……それで、だ。
 主を愛しているアマクサシロウ殿なら、それを聞いてどう動く?」
「当然。主君を解放しよう。八百万界の手から主君を守る為に」
「ほう」

フツヌシは口元に笑みを携えた。

「昨日主が言った結婚記念日とは言葉通りの意味ではない。
 結婚は門出。新生を意味している。
 昔、貴殿が言っていたね、新生とは個人の罪が許され新たに生まれ変わる日だと。
 彼女はね、独神から逃れようとする己の罪を許されたいのだ。
 民衆を救ってきたアマクサシロウ殿なら私の言っている意味が判ると思う」

アマクサシロウは深く頷いた。

「独神からの解放を手伝って欲しい。それが主君が私に宛てためっせーじであるという事だな」
「ああ、その通り。貴殿だけに伝えらえた言葉だ。我々ではなく、ね」
「それならば、このアマクサシロウ。主君の為にどこまでも尽くそう。己の手をいくらでも罪で汚していこうとも」
「流石はアマクサシロウ殿。貴殿は、いや、貴殿こそが英傑、英雄だ。
 主の唯一の光。……今は皆の者から身を隠す主も、きっと喜んでおられる事だろう」

フツヌシは懐から取り出した小さな瓶をアマクサシロウに握らせる。

「これは主から託されていた物だ。貴殿がやってくれるのであれば渡してくれと頼まれていた」
「中に液体が入っているようだが。これを私にどう扱えと主君は」
「数日で主は特殊な空間から、我々がいるこの八百万界に戻ってくる。
 戻ってきた時に、奇跡を起こしてきた貴殿がこの液体を主にかけるのだ。
 救世主の貴殿の手からかけられたこれは、必ずや主を救い出す。


 『奇跡』を起こす事が出来るのだ」










「ガシャドクロ殿、これはどうだろうか!」

センノリキュウが提供したのは、緑茶にくりーむちーずをのせた飲料。

「なかなかの見た目。だが飲んでみると……普通の緑茶が良いな」
「ならこれならどうか」

国が一つ買収出来るほどの価値がある茶器の中には青い液体が。

「ここに檸檬を一滴」
「おお……透き通るような青から菫の様な紫に……」

見た目を楽しんだところで一口。

「うむ。豆の香りだな。しかし殆ど味が感じられない」
「あとはこれだ」

牛乳茶の中に茶碗蒸菓子が入っている。

「これは……もう飲み物なのか食べ物か判らないが。……うむ、甘くて良いんじゃないか」
「独神殿は、気に入って下さるだろうか」
「独神サマは(ツクヨミすぺしゃるが食べられるくらい許容範囲が広いから)美味しく飲んでくれるだろう」

次々と新手の茶を提供していると、髪を肌にぺったりとくっつけたカグツチがやってきた。

「お。なんかおもしろそーなもん作ってるな」
「丁度いい。カグツチ殿も味をみてもらえないか?」
「いいのか? ありがてえ! 鍛冶仕事してきたところで喉乾いててよ!」

ごくごく。

「うめー!」

ごくごく

「うめー!」

ごくごく

「うめー!」

「それで、どれが一番良かった?」
「どれも美味かった」

自信満々に言うカグツチに、センノリキュウは肩を落とした。

「それは良かった。しかし、それでは困るのだ。これらは独神殿に飲んで頂くもの。故に最高のものだけをお渡ししなければならない」
「主《ぬし》? (ツクヨミすぺしゃるが食えるんだから)なんでも飲むんじゃねえの? ……って、まあ、オマエは茶人だからそうはいかねえよな」

物作りをする身でもあるカグツチは、リキュウの拘りに理解を示した。

「しっかし、今日はやけに騒がしいが、なんの宴だ? 誰かまた限界突破で滅茶苦茶強くなったのか?」
「独神サマの結婚祝いだ」
「ははっ。主の結婚か! そりゃ盛大に祝ってやらねえとだな! よし! オレも準備手伝うぜ!」

どどどどどどと、走っていく。
どどどどどどと、戻ってくる。

「……主が結婚ってどういう事だ?」

引きつった顔で尋ねると、二人は顔を見合わせリキュウが淡々と答えた。

「我々も昨日知った。そして正確に言うならば、既に結婚して一年経っている、または近日一年経つそうだ」
「…………」
「カグツチ。火事はまずい。オレも火まではまだ食えない」

火の神の身体から放出されていた炎がぴたりと止まる。

「…………」

そしてカグツチは固まった。
置物と化したそれを見て、リキュウは溜息を吐く。

「そっとしておこう。彼もしばらくすれば現実を受け入れていくしかないと判るはずだ」










「やあ、イヌガミ。元気~?」

フウマコタロウは洞窟の中で立ち尽くすイヌガミに気安く話しかけた。

「……。噛み殺すわよ」
「あー怖い怖い。そんな顔しないでよ。僕はこれでもあんたに依頼しに来たんだよ?」

にこにこと笑う忍にイヌガミは毒づいた。

「そんなもの受け付けてないわ。失せなさい。でなければ死になさい。今すぐに」
「あんたの呪いの力には信用を置いているんだ。蠱毒は呪術でも上位の威力だからね。
 その怨念を抱えるあんたは相当な力を持ってる」

コタロウの一挙手一投足に気を配りながら、イヌガミは柄を握った。

「……私の呪いで誰を殺したいの。私の呪いに相応しい者でなければする気はないわ」
「きっとあんたは気に入ってくれる。だって僕が呪って欲しいのは独神ちゃんの結婚相手だもん」

楽しそうに仕える主の伴侶の殺しを依頼するコタロウにイヌガミは赤い口を開けて笑う。

「っふふは。なんとなく気づいていたわ。業の深い男。いつも偽りの笑顔を浮かべる者」
「そんなに嘘っぽいかな? 僕的になかなか可愛い笑顔だと思うのに」

頬に指をやりにっこりと笑うが、イヌガミは見てもいない。

「この呪いは私の為に行う。金なんて要らない。その代わり私が必要とする物を集めてもらうわ。
 呪術者と違って本来道具は要らないけれど、呪いの力を増幅する為ならなんでも利用する」
「たっのもし~。物集めなら任せてよ。それなりに人は使えるからさ」

二人の周囲の木々がざわついた。人の気配が波紋のように広がっていく。










イザナミとイザナギが向かい合っている。
それを、草木の中でククリヒメとミシャグジが緊張した面持ちで見守っていた。

「ど、どうする思う?」
「く、ククリにも判らないです……ドキドキします」
「イザナミちゃん……」

イザナギの言葉に二人は口を閉じた。
呼ばれたイザナミの方は何も答えず、イザナギを一瞥した。

「儂も……そうだな。その……少しは悪いという気になってきたのだ……」
「悪いとは。何の事だ」
「イザナミちゃんが黄泉に行った時の事だ」

────おっ。
野次馬の二人の手に汗が滲む。

「あの時、動揺した儂はついふざけた事をイザナミちゃんに言ってしまった。
 儂のイザナミちゃんがあのような姿になるとは信じたくなかったのでな。
 それで売り桃に買い桃。数々の言葉の応酬を経て、儂は黄泉から逃げおおせた。
 ……今なら、儂の愚かさが判る。
 それで、だ。イザナミちゃん。
 あの日の事は謝るから、その……もう一度……もう一度儂と」

二人は身を隠さねばならない立場だというのに、ぐーっと身を乗り出して夫婦(?)の挙動を見守っている。

「……何故それを、今言うのか」

イザナミは言った。その声は、酷く冷たい。

「別に今日でなくとも、独神さまがいる間でも良かろう。結婚を知る前でも。
 独神さまが誰かの物だと判明したら、ワタシとよりを戻す気になるのか?
 それは何の自信だ?
 独神さまがいなければ、ワタシが意気消沈し元鞘に納まる可能性が高いと考えたのか?
 心に隙間が出来た今なら、すんなりと首を縦に振るとでも考えたのか?」

早口で捲し立てるその剣幕に、イザナギが狼狽した。

「いや、そういうつもりはないが……。確かにきっかけではないとは言い切れぬが……」
「そなたの下らん目論見は大変不愉快だ。ワタシはそんな元夫とよりを戻すつもりなど毛頭ない。見くびるな」

身を翻して足を速めれば、背中にぽこんと桃が当たる。
身体をぶるぶると震わせたイザナギは二投目の桃を放つ。

「わ、儂が、恥を忍んで頼んだというのに……。イザナミちゃんのばか!」
「痛。くっ、果汁がベタつく。いい加減にしろ!」

ぽいぽいぽいぽい
桃の応酬で、投げ合う当人にも周囲にも果汁が飛び散り、その甘い匂いに誘われて虫が寄ってきた。
見ていた二人は大きな溜息を落とす。

「……解散やな」
「ええ、今回も駄目みたいです」










「あら、オーディンは何をしているんですの?」

部屋を装飾する為の布を干し終えたフレイヤは、建物の端で物思いに耽っているオーディンに声をかけた。

「ドクシン殿の所の英傑達は随分熱心だと思ってな。感心しておったのだ。アスガルズ界とは違うと」
「ふふ、ここには愛に溢れているでしょう? 素晴らしい事ですわ。
 私もドクシンさまと出会ってから、あの方の為ならなんでも出来そうな万能感がありますのよ」

次の洗濯物を取りに戻ったフレイヤの後姿を見送った後、オーディンはきびきびと働く英傑達をじっと観察する。

「(特に不審な動きを見せる英傑はおらぬようだ。
 ドクシン殿もこの儂に不思議な事を頼み込むものだ。自分がいない間怪しい動きをする英傑を探してくれ、とはな。
 それも独神としてではなく、個人的な願いを儂に頼むとは……。
 儂の事、少しは信用してもらえたと考えて良いのかな)」

ゲリとフレキを地に放ち、フギンとムニンを空に放つ。
オーディンは四体の動物を操り、周囲の英傑たちの情報を収集する。