四周年記念話(ほぼ全ての英傑が出る)-その4-

「ユキムラ様の命令なんてひっさびさで嬉しいんだけどなぁ。
 これならサクッと誰か殺してこーいって言われる方がマシだぜ」
「俺に全てを任せて貴様は逃げ帰って構わんぞ」
「ンわけねぇだろ。今回はお頭の事なンだからな」

独神の儀式中、特に決まった任務の無かったサイゾウとサルトビサスケは、第二の主君であるサナダユキムラの命を受けて調査をしている。
調査内容は勿論、独神の伴侶を探し出す事。
しかし一切の手掛かりもなくこの広い八百万界でたった一人の伴侶を探すのは腕利きの忍びであっても骨である。

「お頭行きつけの場所を回った限り、連れがいるような感じじゃねぇんだよな」
「目ぼしい所は俺も巡回した。頭が誰かを連れた様子はない」
「その目ぼしい場所ってのは何処だよ」
「貴様こそ、頭行きつけの場所とは何処だ」

二人とも相手の質問に答えようとしない。

「「(こいつ……)」」

仲間であろうとも、情報《ぶき》は渡さない。
独神の情報は裏で高額取引されるだけの価値があるもの。最も、二人はそれ以外の理由があるが。

「なら質問を変える。貴様は頭の相手を誰だと考える」
「英傑以外だろ? なんてったって、本殿は忍である俺たちが常に見張ってる。本殿内でコソコソ会えるわけがねぇ」
「俺は英傑だと考える。理由は簡単。俺たちは頭の過去を知らない。
 仕えた時には既に複数の英傑を従えていた。その時に人知れず縁組したのであれば知る事は出来ない」
「俺も神代八傑の頃はさっぱりだからな……。ま、シュテンドウジじゃねぇ事だけは確かだ」

つい先ほど二人はシュテンドウジに本気の拳を食らい、不覚にも一時昏倒していた。

「って、お頭と一番付き合いが長いシュテンドウジが知らねぇなら英傑じゃねぇだろ」
「昔の頭はもっと独神らしくなかったと聞く。英傑に従順でどちらが主君か判らないとな。
 そんな時密事に長けた者が命令すれば、素直な頭は遵守するのではないか?」
「なんだそれ。誰の事言ってン……」

────あ。
と、サイゾウは口をあんぐりと開けた。







別の場所。
別の忍は。

「(さて、意気揚々と忍んでみたものの……。この拙者がなんの情報も得られぬとは)」

豪華絢爛な装束で駆けてばかりの目立ちたがり屋も、今回ばかりは地味な装束で忍んでいる。

「(そもそも独神殿がご成婚なさっている事を、何故皆の者が知らぬのだ。
 独神殿の術か? 独神殿の技は一血卍傑のみと聞くが、それもどこまでが真実かは判らぬ。
 それに独神殿の交友関係は広く、手がかりを見つけるのは困難。
 これは早めに誰かと手を組むべきやもしれぬ。
 しかし拙者は独神殿の伴侶を知って何をしようというのか。
 権力者である独神殿を操る為の弱味として使うのか。
 ……まだ判らぬ。判らぬが、相応しくない相手なら…………うっかり切り伏せてしまうやもしれませぬ)」

独神には決して見せない眼光が煌めいた。











「……では、神代八傑に名を連ねておきながら、主君が好いと想う人物すら見当がつかないと」
「ええ。……大変申し訳ありません」
「全く……八傑も名ばかりだな」

不機嫌なヨリトモの数歩後ろ、ウシワカマルは一定の距離を保っていた。
更にその十数歩後ろにはベンケイが。

「(まさか僕との確執よりも主《あるじ》様を取るとは。思いもよらなかった)」

独神の問題発言はウシワカマルもあの場で聞いている。
大変驚きはしたが「そうか」とすんなりと受け入れる事が出来た。
これだけ英傑に好かれていれば、誰か一人くらいは独神の心に触れた者がいてもおかしくない。
自分は選ばれなかった。ただそれだけの事。

ヨリトモは、”それだけの事”で片付けられなかった。

「(私の主君が私に黙って嫁入りとは。
 ……確かに主君なら婚姻を政治利用する事は当然考える。だが、どの種族。誰と。
 主君が選んだのならこの戦いに最大限利用出来る家なのだろうが、私自身も確認せねばなるまい。
 いや確認など不要。今の八百万界に主君に見合う者など存在しない。
 二人がどこまでの仲であろうと、子さえ成していなければどうとでもなる。最悪成していなかった事にすれば良い)」

本殿で三年近く遠ざけ続けていたウシワカマルの力を借りてしまう程、ヨリトモは現実を受け入れられなかった。

「(こんな私を主君に見せるわけにはいかない。他の英傑も当然信用出来ない。
 ……結局使える者がコイツだけとは。私もつくづくついていない)」

憎きウシワカマルを引き連れ、ヨリトモは自身の欲のままに智と武を振りかざす。
ウシワカマルは何も言わない。在りし日と同様にヨリトモの命令に従っている。

「(結局僕は、兄にも、主様にも選ばれぬのだ。飛燕に止まり木などない)」

翼が折れた主を通し、憎々しげに睨みつけるのはベンケイだ。

「(上様の事もあるというのに、何故ウシワカマル様は面倒な事を……。
 そもそもの原因はあの男。本殿でどれだけ愛想を振りまこうとも所詮性根は外道よ。
 此度の事、どうせ自分が気に入らぬからと上様の御伴侶を切るに違いない。
 上様の臣下であっても、親族でない男がなんとも身勝手な。
 この男はいずれ上様自身に害を与えるかもしれぬ。かつてのウシワカマル様への裏切りを私は忘れぬぞ……)」

ベンケイは得物をしっかりと握る。

「(今はあの男に怪しまれずに近づける良い機とも言える。
 両断した所で、私一人の所業であり処罰も私だけで済む)」















「ンだよ。図体ばかりでかくて心が狭いってか? ほっとけ!」
「兄さん……。そんな事誰も言ってないよ」

山の奥深くで鎮座する大岩の如きソレは、昔からここにあったかのようである。
これは縮小化を解いたダイダラボッチであり、膝を抱えて顔を埋め丸まっている。
それに比べて豆粒のようなイッスンボウシが大声で呼びかける。

「主《あるじ》さまのことは俺も残念に思います……でも」
「俺は全然全く残念なんざ思ってねぇ!!」

ダイダラボッチの大声による風圧で辺りの木々が揺らいだ。
イッスンボウシも針の刀を木々に引っかけていなければ落ち葉のように飛ばされていただろう。
更に腹に力を込め、大きな兄に届くように声を張り上げた。

「でも俺はほっとした! 主さまはちゃんと、ご自分の幸せも掴んでおられるのだと!!」
 いつもいつも俺たちの幸せばかり願っている方のように思っていました! か! ら!!!」

不動の兄を、イッスンボウシは見つめ続ける。
ダイダラボッチはぼそりと(だが十分大きな声で)言った。

「……そうだよな。ぼっちちゃん、いつも『ぼっち』だったもんな……」

しゅるしゅると、ダイダラボッチはいつもの大きさへと縮んでいく。

「心からは祝えねえ。……けど、いきなりぼっちちゃんの相手を壊したりはしねえ、と思う」

木に張り付くイッスンボウシをそうっと掴むと、自分の肩に乗せた。

「イッスン。……ありがとな」
「弟だからね」
「出来た弟だぜ。俺には……もったいねえくらいの」

ダイダラボッチは笑いながら顔を上げた。













スズカゴゼンは山中を駆けながら大きな声で笑い声をあげている。

「うふふふはは! わざわざ人目のない所に来てくれるなんて!! 隙あり!!」
「ッ、こいつ。頭《かしら》がいなかったらなんでもありかよ」

すんでの所でカネドウジは避けた。

「貴方たちには私の憂さ晴ら、いえ八つ当た、いえ、えーっと、もうなんでもいいです!!
 鬼なんだから!! 鬼に人権なし! 恨む勿れ!!」
「恨むに決まってんだろォが!!!!」

シュテンドウジの「許可なくスズカゴゼンに手を出すな」という言いつけを守っていた鬼たちであったが、
もういい加減我慢の限界であると、逃げる事を止めてスズカゴゼンに向き合った。

「ホシ! 準備はいいな!」
「んー、これは正義ではないような」
「ごちゃごちゃ言ってんな! 大江山の鬼が人族に後れを取ったなんてシュテンドウジ様に知られたら情けねえだろうが!」
「ははっ、確かに。鬼族の沽券に関わるってね。そろそろやっていいよな?」

イバラキドウジは刀を抜いた。

「ああ。良いぜ。俺は俺で憂さを晴らさせてもらうぜ!!!」













マサカドが共に連れ歩くのはミチザネ。
二人とも独神発言時にはその場にいなかったが、周囲の喧騒によって事態を把握した。
即座に本殿の外に出ていくマサカドをミチザネが追った形だ。

「それで、お前は目星がついているのか。主《あるじ》殿の相手とやらに」

マサカドは軽く笑った。

「将軍が仕事以外の行動を取るとは到底思えん。
 婚姻のような政治的に強い意味合いを持つ行動は猶更。
 であれば、脅されて結婚した可能性も無きにしもあらず。
 わざわざ判りにくい発言をしていたのも、そこまでするのが精々であったが故の事かも知れぬ。
 ならば臣下の俺が救ってやらねばなるまいて」

得意げにも見えるその語り口に、ミチザネは胸中で静かに息を吐く。

「(果たして、それはどうかな。
 主殿もなかなか直情型。一度好いてしまえば周囲が見えなくなる事も大いに考えられる)」

いつもいつもその情に振り回され、情に泣き、情に救われてきた。
そんな者が情事に足を踏み入れればどうなるか。ミチザネは頭が痛かった。

「それで何処へ向かっている。こんな場所に人里はなく、情報収集には適さぬだろう」
「さっきの続きだ。
 将軍の相手は神族ではないだろう。神族はイザナギを頂点に基本的に血族で繋がっている。
 何かあれば筒抜けだ。だが奴を見た所、将軍の事を聞かされて驚くばかりだった。
 そして、人族でもないだろう。それなら俺の情報網で多少なりとも耳に入る。
 ……可能性が高いのは妖族だ。奴等は徹底した個人主義で横の繋がりが皆無。
 勿論大江山や遠野、天狗のような例外はあるがな」

マサカドが向かうのは山中の奥深く。
聡明なミチザネは嫌な予感しかしなかった。

「(やはりこの男についていったのは正解だった。何かあれども、多少は抑止力になれる)」













「(長《おさ》が誰と結婚しようが構わないけど、人族だけは勘弁してもらいたいね。
 今の八百万界において最高権力者と言っても過言ではない独神を人族なんかに取られるのは癪だからね)」

クラマテングの説教から逃げ果せたカラステングは木の上で羽を休めた。
気に入っていた独神が知らぬ間に自分の手から離れていた事で不思議と心が痛み、独神からそして本殿から離れた山に来て気持ちを落ち着けていた。

「(……爆発音。悪霊か)」

気を晴らしに爆発の方向へ向かってみれば、ヒカルゲンジが悪霊と対峙していた。
この際何でも良いと、カラステングは加勢し悪霊を見事討ち滅ぼした。

「すまない。カラステング殿。助かったよ」
「そう」

用がないので早々に飛び立とうとしたが、思うところあって広げた翼を閉じた。

「お前は人族の代表だろ。長が結婚した相手にも心当たりがあるんじゃないか」
「いいや。俺の耳には一切入っていないよ。貴族ではないだろうね。
 ……妖族の方では何か聞いていないのかい?」

不思議とただの質問が癪に障った。
まるで自分たちが──自分が独神に目をかけてもらえなかったように思ってしまって。

「人族に教える義理はないね」

漆黒の翼を羽ばたかせたカラステングは即座に姿を消し、抜けた羽根が数枚はらはらと落ちてきた。
ヒカルゲンジは濡羽色の羽根を一つ取ると、小さく息を吐いた。

「……まあ、俺に聞いたのだから彼も知らないのだろう。だとすると神族か……?」

くるりくるりと羽根を回しながら、ヒカルゲンジは瞼を閉じた。
これから起こるであろう事態に気持ちが沈んでいく。

「(恋愛は自由だ。どの立場であっても。だがお上よ。貴方の影響はとてつもなく大きい……。
 俺は貴方の心を守っていけるだろうか……)」











「主《ぬし》が結婚だぁ? んなわけねぇだろ。頭湧いてんのか」

わざわざ教えに来たのに罵られてしまったサラカゾエは身を固くした。
しかしそんな事には気にも留めず、つらつらとツチグモは語り出す。

「あの女は毒を食らおうが、糸で首絞められようが、足を切られようが八百万界の平和を追いかけ続けるような大馬鹿だ。
 結婚なんて選択するはずがねぇ。独神が結婚なんてすりゃ、他の勢力がどう動くか判らねぇんだからな。
 っと、その前に……本殿で血に塗れた狩りが始まるに決まっている
 蠱毒同様、最後の一人になるまでの殺し合いだ。
 そんなことを主が了解するとはとても思えない。内部紛争を狙った心理戦と考えるべきだろ」
「首を絞めたのは貴方ですが……。でもそうですよね。変ですよね」

胸を撫で下ろすサラカゾエに、更に毒づいた。

「この程度で振り回されるなんて、どいつもこいつも馬鹿しかいねぇな。
 結局主の事なんざ何にも判ってねえじゃねえか」
「(まるで自分は主《あるじ》様を理解している言いぶり……なんて言ったら、怒られちゃいますよね……)」
「その話に興味はそそられない。貴様もとっとと消え……」
「どうしました?」
「しっ。黙ってろ」

二人は身を隠してそっと辺りの様子を伺うとヨリトモたちが見えた。

「八傑のうさんくせえのが、兄貴に顎で使われてやがる」
「でもお二人って確かあまり仲が宜しくないはずでは……」
「なら、それを覆す程の何かがあったんだろ。……まさか主の事でか」

三人の距離感に違和感を覚えたツチグモは身を低くした。

「追うぞ」
「だ、駄目です。ウシワカマルさんに気づかれてしまいます。あの方は凄いんですから」
「……確かに、天狗の手解きを受けられるだけの才を持つ奴だ。距離は十分取っておく」

二人が息を潜めて三人を追っていると、マサカドとミチザネの二人と合流しているのが見えた。
その後はヒデヨシ。距離を取っている為会話は一切判らないが、三つ巴の戦闘が勃発した。

「……この規模はまずくねぇか」

私闘禁止と言えど、多少の斬り合いは毎日発生する。
しかし、今目の前で繰り広げられている戦闘には仲間に対する甘さや余裕が一切見えない。
本気の殺し合いである。

「こんなの主様が知ったらひどく悲しまれてしまいます……」
「止めてやる義理なんざねぇが、狩りの大義名分としちゃ十分だろ」
「え!? ツチグモさん待って……!」

飛び出したツチグモを、涙目でサラカゾエは追った。















「主《あるじ》さまの馬鹿主さまの馬鹿主さまの馬鹿」

丑の刻でもないのに、ハシヒメは丑の刻参りをしている。

「(こ、これが本気のハシヒメの丑の刻参り!! ようやくよーーやく見られたわ!!)」

タキヤシャヒメは興奮気味にそれを隠れて見ているのであった。
本当は自身も独神とその配偶者を呪って苦しめる気であったが、なんかもうハシヒメの剣幕があまりにも凄くてどうでもよくなった。

「(わたくしは呪いというものがどういうものか、ついぞ忘れていたわ。
 大切なものは技術ではなく、心。恨み憎む心の強さよ)」















本殿周辺に漂う、誰の目にも見えない黒くて重い何かをマガツヒノカミはせっせと自分に取り込み、またはこことは別のどこかへ払っていく。

「厄に溢れている……。しかし我《われ》のせいではない。これは我等英傑の感情から生み出されたもの」

厄とはよく言葉では語られるが、マガツヒノカミ以外は正確に認識できない。

「(戦場《いくさば》以外でこんなにも強い厄が生じるとは。
 様々な風情に溢れて心地が良い。是非我が君のもこの気持ちよさを味わ……うわけにはいかぬな)」

マガツヒノカミにとって過ごしやすく心地よい空間とは、一般的な生物にとっては毒になる。
よって、マガツヒノカミは自身にとっての快適さを捨て、独神の健康と安全を第一に行動している。

「(……こんな事にならぬよう日々ちまちまと策を弄していたというのに。誰の仕業か。
 犯人が判り次第悠久の苦しみを……与えては我が君が悲しむので、辛い物を食べた時にすぐに水が提供されない苦しみを……)」

独神に許してもらえそうな小さな嫌がらせを次々と考えながら、マガツヒノカミは地道に厄を掃除していく。













狸シバエモンは、森の仲間たちに囲まれながら狸そのものとして振舞っていた。

「(山に来たら落ち着いてきたな。やっぱりオレ、狸なんだよなあ……。
 にしても、座頭が結婚なんて信じられねえんだよな。
 実は違うような気がしてならねえ。
 そもそも座頭は隠し事が得意ってわけじゃねえだろ?
 ……きっと、誰かを好きになっちまったら、普段以上にきらきら輝いちまうだろうよ。
 であれば、視点を変えて見れば今回の真相が見えてきそうな気が……)」

うんうん唸りながら考えていると、先程からどっかんばっこんと音が聞こえて集中が途切れる。
自分の思考を邪魔する者の顔を見に行けば、鬼斬りと鬼たち。

「……座頭の事を考える前に、仲間たちの事を考えてやらないと駄目みてえだな」

人型に戻ったシバエモンはやいやいと口上を述べながら止めに入った。














「騒がしいな」

いつも通り昼過ぎに起きたヨルムンガンドが伸びをしている間にも、各所で破裂音が発生した。
暑い日にご苦労な事である。これなら日差しを避けて散歩をしているだけで、勝手に悪霊の方から現れてくれることだろう。

「うわああああん」

海から現れたのは英傑だった。悪霊ではない。

「いきなりなんだよ気持ち悪ぃな。……確かミズチ、だっけか」
「えっぐひっぐ」

泣きながら毒霧が漏らしているので、ミズチを中心として陸海空の生物達が白目をむいて痙攣している。
ヨルムンガンドは体内に毒を持つ為少し痺れる程度で済んでいる。

「……うるせえから他の場所で泣けよ。あと毒霧しまえ」
「うわあああああん」

濃くなっていく毒霧にヨルムンガンドは黙ってその場を去っていく。
だが、行く手をミズチが阻む。

「っひぐ、僕に冷たくないかい……?」
「オマエだけに限らねぇよ。ほら、さっさと行った行った」
「あのね」
「話し始めてんじゃねえ!」
「主《あるじ》がね、結婚、してたんだ……」
「!」

ヨルムンガンドは足を止めた。

「主が結婚してたって事、僕は教えてもらえなかったんだ。
 僕が駄目だった? 毒霧出しちゃうから? 主は僕の事嫌いだったのかな?」
「自分語りはいらねえよ。……で、そのドクシンさんの事は本当なのかよ」
「本当だよ。だって朝起きたらみんなそう言ってたんだ……」

ミズチが知ったのは騒ぎになってから。
朝食を食べに行った時には深刻そうな顔した英傑ばかりで、何の気なしに聞いたのだ。
そこで教わった事に耐え切れず、朝食を食べずに外に飛び出してしまった。

「……ま、ドクシンさんがどうあれ興味はねえけど。
 渦中のドクシンさんは今何処にいんだよ」
「今日から儀式があるって言ってたから……。僕たちの知らない場所で一人でするはずだよ。
 場所も何をするかも秘密なんだって、神代八傑も知らないって聞いたよ?」
「ふうん。そーかよ」

あのねあのねと毒霧をまき散らしながら話すミズチの言葉をまるっと聞き流しながら、ヨルムンガンドはぼうっと自分の感情に目を向けた。

「(全然実感ねえな。……なら、そのうち独神さんのミニチュアがぽこぽこ出てくるのか?
 幼蛇なら四~十五匹って所だが人型ってヤツは一人ずつだっけか……?
 卵生じゃねえんだよな、確か。そのまんま出てくるんだっけか?)」

蛇と人型の生態の差異に混乱し、嬉しいとか悲しいとか、そういった他の英傑達が抱く感情に辿り着くにはまだまだ時間を要するようである。











「ククク……。主《ぬし》様のお陰で英傑どもが混乱している。
 ああ、当てどもない怒りや悲しみ、苦しみ、憎しみが蔓延しているなぁ……。
 彷徨う感情の行き着く先はいつも争い。これは三種族共通の末路。
 フッハハ! 楽しいなあ。俺は特等席でじっくりと見させてもらうぞ。
 イツマデも……イツマデも……」


災厄を笑う黒鳥は八百万界を見下ろせる場所にて、矮小な者どもを見て快楽を貪る。













「(何故、俺はここにいるのだろう)」

手負いのササキコジロウは首を傾げた。

「そうめんだけど大丈夫?」
「平気だよ。箸も、麺も、あつあつおでんもマスターしたからね」
「すごーい! さっすがー!」

普段滅多に顔を見せないヘイムダル。
とその目の前で拍手喝采しているのは……独神だ。
いつもの独神服ではなく見慣れない服ではあったが、何度顔を見たって仕える主その人である。

「(だというのに、俺は箸を片手に何を)」
「ねえ、冥加《みょうが》いる?」
「ん、ああ。貰おう」
「うんうん。そうめんは薬味を食べる為の料理よねー」

傍に置いた小さな机でサクサクと冥加を半分に、そして芯の部分を切り落として小さく刻んでいる。

「小皿に入れておくから好きなだけ入れちゃって。ネギはこっち。ゴマもショウガも、大葉も海苔もあるから遠慮しないでね」

貰ったそうめんをずるずると啜りながら、今日も主は可愛いなとコジロウはぼんやり思う。
いつのまにか傷も手当てされている事も狐につままれたような気がしてならない。
ここがヘイムダルの家(小屋)である事も余計に現実感を消失させているのかもしれない。
何が何やら判らないまま独神に世話を焼かれていると、先程の食事は夕食でどうやらもう夜らしかった。

「寝室に他人がいるのは苦手でね。君はそちらの部屋で。ソファーがあるから困らないだろう?」
「私は隣の部屋で寝る事にしたの。おやすみなさい、ササキコジロウ」

二人に言われるまま、浮遊感のある妙に柔らかい長椅子に身体を沈めつつ、コジロウは眠りに落ち、

「(いや、寝ている場合ではないだろう! 何故主《あるじ》がヘイムダルなんかの所に。儀式中のはずだが)」

独神不在の本殿では、独神の不用意な発言のせいで、英傑たちは心を乱され刃傷沙汰にまで発展している。
コジロウの傷も黙っているが、ヤシャとやりあった為に出来た傷だ。
混乱しているのはコジロウも同じ。故に即刻この状況を説明してもらわねばならない。

コジロウは独神が寝ている隣の部屋の引き戸を引いた。
その部屋はコジロウがいる部屋とは違い畳六畳の和室で、独神は腹にだけ布をかけて無防備に寝ていた。
普段は襦袢で寝る独神であるが、今はヘイムダルから提供されたのか半袖の洋服と 丈の短い洋袴(半ズボン)で白い蒲団に青白い四肢が映る。
引き戸の音にも反応しない位深く寝入っているのは、今日は忍の監視がなく一人きりで寝られる安心感が故かもしれない。
コジロウは引き戸を戻し、自身もソファーと呼んでいた長椅子に戻って、身体を休めた。

「(詳細を聞くのは明日で良かろう)」