先程からずっと、周囲の通行人が声を潜めて俺を非難している。
会話が聞き取れずとも、内容は大体判っている。
「誘拐犯」
異口同音に囁いているのだろう。
通報されるのも時間の問題だ。
俺は更に歩を速めた。
背にかかる重みを恨めしく思いながら。
「あ、KKじゃん。なんかくれんの?」
「そうじゃねぇだろ」
声を抑えながら神に言い返すと、MZDの家まで背負ってきた荷物を見せた。
「寝てる……?」
「見りゃ判るだろ」
神は小さく笑った。
「。もう良いんじゃねぇの?」
しなだれかかっていた嬢ちゃんがゆっくりと離れ、俺からずるずると落ちていった。
神の後ろに隠れながら「教えちゃダメだよ」と、非難した。
「……いつからだ」
「え!さ、最初は本当に寝てたよ!記憶ないもん。
ただ救急車の音が聞こえた辺りから起きてたかな」
「ほぼ最初からだろ」
無駄に人の注目を浴び、無駄に重い思いをさせられた事に身体の力が抜ける。
「ごめんなさい。気持ち良かったから、つい」
「気にすんな。本当はが起きてるって気付いてたんだろ?
優しい優しいKKはわざわざ黙ってたんだって」
「そうなの?ありがとう!」
「ん、ああ……」
唐突に襲ってくる違和感。そして焦燥。
俺は気付かなかった。嬢ちゃんの呼吸の違いに。背中に触れる身体の動きに。
覚醒時と睡眠時では大きく異なるそれらに、俺は一切気づいていなかった。
嬢ちゃんなら超常能力で、俺に感じさせない細工も出来るが、それでも覚醒してすぐは素の状態。
それなのに、気付かなかっただと。俺が。
「おかえり。ん?」
「黒ちゃんただいま。おじさんが送ってくれたの」
「しかも寝てるからってわざわざおんぶして」
「そうか。それはご苦労な事だな」
適当な労いをする黒神は嬢ちゃんの頭を執拗に撫で回す。
血縁関係だったとしても、些か首を傾げるその行為である、が、
俺はいつも通り、何も見なかったことにする。
「毎度毎度いい加減にしろよ。ベビーシッターなら他に頼みな」
「私ちっちゃくないよ!」
ただの軽口にムキになる嬢ちゃんをあしらっていると、
黒神からの嫌な視線を感じた。
嫉妬だろうか、やけにまじまじと見られている。
必要以上に波風を立てなくない俺は、じゃれつくチビをMZDの方へ押しやった。
「おじさん……ひどい」
すっかり拗ねてしまった子供は家の奥へと引っ込んでいった。
悪いとは思うが、これも俺の身の安全の為だ。
「じゃ、用は済んだから帰るわ」
「KKサンキュな!」
「悪かったな。ここまで運ばせて。助かる」
嫌そうではなく、本当にすまなそうに言っている。
てっきり、嬢ちゃんと俺が接触するのが嫌なのだと思ったが、勘違いだったか。
俺はそのまま、神の住処を後にした。
◇
今日は普通でいる日だ。
会社にこき使われ、ジジィの小言を聞き流し、家に着いたら酒と肴で疲れを癒す。
だが俺は部屋に隠してある銃を取った。
普段はあまり使わない、22口径。
護身用にと所持しているが、殆ど狙撃銃のみで事足りる。
俺はターゲットに近づいてドンパチしやしない。
そんなのは、元気が有り余っている奴らがやれば良い事だ。
俺はただ、レティクルを標的に合わせて、引き金を引く。
ゲームと同じだ。幸いにも、俺は一度も見つかっていない。
遠方から狙う事しか出来ない狙撃手が見つかる時は、死ぬ時だ。
今更な事を考えている間に、目の前の銃は分解されていた。
世話にならずに済んでいるのに、慣れたものだ。
感覚はちゃんと銃を覚えている。
殺しの感覚も衰えていないはずだ。
依頼があれば今すぐにでも撃てる。
女子供を殺すのは好かないが、そうも言ってられない時だってある。
それでも、いつものように。ゲームのように。引き金を引くだけ。
「おかえり!え、ま、まただけど。鍵はちゃんと閉まってたよ?
でも、入れちゃうんだもん。しょうがないよ。
はい、ちゃんとご飯は用意してるから。ね?早く食べて」
神の一人である黒神の元に住む、奇怪なチビ助。
いたって普通の小中学生だ。見た目は。
誰も思うまい。神に魅入られ、力まで与えられた高校生だなんて。
強大な力を持ちながらも、嬢ちゃんは至極まともで、
俺が撃ってきた普通の人間の方がよっぽど、ネジが外れたイカレ野郎だ。
そんな嬢ちゃんを殺すようにと、先日依頼があった。
俺は、断った。ジジイに気にした様子は無かった。
「強要はせん」
ただこう付け加えた。
「手を出さなくとも、あのお嬢ちゃんは神々の盃を味わう事だろう」
最初は何言ってんだジジイと思ったが、はっと気づいた。
神酒という言葉がある。
ギリシア神話ではネクタルと呼ばれるそれは不老不死の霊酒で、赤い液体だという。
ジジイは示唆している。
嬢ちゃんの死を。流れる鮮血を。
不老不死に関しては……ないだろう。
いくら黒神に気に入られていようと、死ぬ時は死ぬ筈だ。
「未成年が飲酒なんてするかよ」
俺はスナイパーだ。護衛が出来る筈もないし、する気は一切ない。
例え狙われているのが、よく知る相手だったとしても。
オーバーホールを終えた銃を構える。
久しぶりに撃ってみたいが、生憎今は家の中。
撃つのは別の場所でだ。俺は銃をケースへとしまった。
笑いがこみ上げてくる。
ジジイにはああ言った癖に、何をやっているのか。
でも、俺の考えは変わらない。
誰かを守るなんて、安い正義感でトリガーは引かない。
◇
「連続でここに来るなんて珍しいな」
「最近は、無かったですね」
「何かあったのか」
「そんな毎度毎度"何か"ないですよ」
心外だと笑う嬢ちゃんであるが、理由がなければここに来ない。
「今日も平和な一日でした。おじさんは?」
「いつもと同じだ」
「それは良かった」
留守中に用意したのであろう晩飯を机に並べていく。
嬢ちゃんが作る物は和食が多い。しかも大抵魚だ。
「また、か」
「ええ。また、ですよ」
年齢の事を考えて、だそうだ。
確かに昔よりはそれほど食べたいと思わなくなったが、まだ早いだろう。
このチビちゃんは、俺をどんどん"おじさん"にしていく。
「流石に二連続は……なあ?」
「私もあれを見なければ、好きそうなものにしました」
と、嬢ちゃんが指差したのはシンクだ。
昨日まで、ここに様々な種類のカップ麺がずらりと並んでいた。
偶々店に行った時、各メーカーから新発売の限定物が発売されていたので、それぞれ購入したのだ。
限定物は外れる事が多いのだが、当たりが絶対に来ない事もないので、試しに買ってみる事が多い。
で、そんな時に、嬢ちゃんが来てしまった、と。
「カップ麺が絶対悪とは言わないけど、そればっかりだと駄目だよ。
会社で健康診断があったら、ちゃんと見せてね」
「お前は────」
俺の彼女か、と言おうとしたが止めた。
冗談でも言って良い事と悪い事がある。
それが自分の命がかかった事ならば、尚更。
ここには壁はあっても障子は無いが、耳や目がそこらじゅうに張り付いているに違いない。
「母親みたいな事を言うな」
「じゃあやっぱり影ちゃんは私のお母さんだったんだ。
お母さんが駄目なら、黒ちゃんみたいに言うとすると……
肌に悪いから食べてはいけませんってなるよ」
「それも母親か」
言いたいことが今一つ通じず、面倒なので俺は出された物を食べた。
「美味しい?」
「こんなに緑で溢れていなければな」
「茶色や赤もあるよ」
おかずの種類が豊富な事は喜ばしいが、その全てが野菜なので、少し気分が落ちる。
老いてきたとはいえ、まだ食事の好みは若い頃のまま。
野菜ばかりの献立はあまり好かない。
俺の身体を考えてくれている事に、心から感謝していても。
「自分ん家の飯は?」
「今日は黒ちゃん少し遅くなるんだって。
だから大丈夫だよ。のんびりしてから帰れば丁度良いと思うの」
「そうか」
テレビをつけ、黙々と食べた。
嬢ちゃんもぼーっとテレビを見ながら、茶を注いだり、台所の片付けをしていた。
指示されたわけでもなく、せっせと働いている。
そこらの女と違って、嬢ちゃんは自分の行為に見返りを求めないのが楽だ。
嬢ちゃん自身が趣味という言葉を用いていたが、そう言う事なのだろう。
こんな小さい嬢ちゃんに"世話をしなければ"と思わせる程、自分は落ちぶれた雰囲気を出しているのかと、
曲がった見方をしなくもないが、楽の一言で片づけている。
こういうところが、駄目なのかもしれない。
「ごちそうさま?」
「ああ。今日も(やたらに健康を意識してなければ)美味しかった」
「ありがと。また(身体に良い物ばっかり)作るね」
飯を終えて動きやすくなったからか、嬢ちゃんは物の整理や簡単な掃除を一気に進めていく。
埃がたつのが嫌なので、本格的にはしないように言っておいたが、普段していない分、何をしても埃が舞う。
仕方なく窓を開けて換気すると、更に掃除に力を入れ始めたので、俺は諦めて煙草とライターを握ってベランダに出た。
寒空の下では煙草を持つ手が冷える。さっさと終わる事を願いながら、紫煙を食む。
止めろと言えば、嬢ちゃんは手を止めるだろうが、自由にさせておいた。
以前とは違い、俺もどこか嬢ちゃんが来ることを前提に生活している。
それを言ったら黒神は「を召使に使うんじゃねぇ!」と怒るんだろうが。
必要以上には受け入れないつもりだったのに、嬢ちゃんは俺の日常にしっかりと溶け込んでしまった。
慣れ、はやはり恐ろしい。
「追い出してごめんね。もう大丈夫だよ」
「おう」
夜だから掃除機はかけていないが、物を整理した分すっきりとしている。
さて、この状態が何日もつか。
「ありがとな」
嬢ちゃんは笑顔を浮かべた。
「じゃあ、私はそろそろ帰るね」
荷物のない嬢ちゃんは身一つで玄関から出ようとする。
「そっちじゃない。いつものアレ、あっちで帰れ」
「うん?別に構わないけど……どうして?」
「天気が崩れそうだ。ブラブラせずさっさと帰んな」
「濡れるは嫌だな……今日はぴょんって帰るよ」
擬音を使ったそれは、瞬間移動で帰るという事。
嬢ちゃんが帰宅途中に何かトラブルに巻き込まれることがないから、この方法は俺としても安心だ。
どっかの過保護な神に殺されずに済む。
「じゃあね。おやすみ」
「じゃあな」
嬢ちゃんが消え、増えたごみ袋が見えるようになった。
中には俺が丁寧にとっておいたカップ麺の容器の数々。
昨日は面倒で捨てなかったのだ。
折角なので俺はそのゴミ袋をアパートのごみ収集所へ持って行くことにした。
空には月も星もない。咄嗟に出た言葉だったが、本当に明日は天気が崩れそうだ。
ゴミを捨て、部屋に戻ろうとすると、アパートに壁に貼り付けられた縦長のライトが弱くなりつつある事に気付いた。
しかし、切れる前に管理会社や大家に言うのは面倒くさい。
大家が気づくのを待とう。ライトが一つ二つ消えたところで、支障はない。
同じ棟の誰かが在宅であれば、漏れる光が頼りになり結構判るものだ。
「さて、と」
部屋に戻り、煙草に火をつけた。
昨日から、俺は変な事ばかり考えている。
他人の事なんて、気にかける必要はない。
嬢ちゃんの事は、嬢ちゃんが考え行動すればいい。
俺は俺の事だけを考えていればいい。
どうしたのだろう。
俺はあの嬢ちゃんに何を見ている。
神との結びつきが強いとはいえ、所詮はただの餓鬼。
どうなろうとも、関係無い筈だ。
俺は黒神と違って、嬢ちゃんの事は好きではない。しかし嫌いでもない。
普通だ。可もなく不可もなく。
作る飯は美味い。ただ少し口うるさい。
何も言わなくとも掃除や洗濯をする。綺麗すぎて気持ち悪いが。
俺の暗殺業も知っていて何も言わない。けれど余計な厄介事を持ってくる。
嬢ちゃんは俺の利益に繋がるかといえば、その分難点も多く扱いづらい。
現状、関わる事は良しとしているが、深入りはしないようにしている。
受け身のままで、神に目をつけられない程度の関わりしか持たない。
嬢ちゃんも俺を都合よく使っているので、イーブンだ。
それなのに、俺は嬢ちゃんの暗殺依頼を意識している。
必要以上には関わらない。
それでお互いやってきている。それを崩す必要はない。
そう思っているだろ。判っているだろ。
変な気は回すな。いい加減にしろ。
咥えていた煙草を灰皿へ押し付けた。
まだ吸えたのに、勿体ない。しかも部屋の中で吸ってしまって。
退去時に面倒になると言うのに。……どうかしてるぜ。
すっきりとしない気持ちを払う為にもう一本、煙草を取り出した。
今度はぎりぎりまで吸おう。値上がりしたせいで煙草代も馬鹿にならないのだ。
ライターをどこにしまったかと思い当たるところを手探りで探していると、
外で大きな物音がした。浮浪者がごみでも漁ってるか。
余計なトラブルに巻き込まれたくはないので、ここは無視を決め込む。
だが、ふいに頭に過る嬢ちゃんの姿。
昨日と今日と俺の所へ来た、何もないよと言って世話だけ焼いて帰った嬢ちゃん。
何も言わなかったし、過度に甘えてくることもなかったが、"何かあった"のか。
いや。俺は自分の考えを否定する。
猫や犬じゃあるまいし、いくら嬢ちゃんだって、わざわざ俺のアパートの傍でやらかす事は──。
ないと言いきれない辺りが、嬢ちゃんである。
以前も、何処からか逃げてきたと言って、家の中に瞬間移動していた。
今回もそんな事、なのだろうか。
俺は。
出したばかりの煙草を灰皿へ立てかけ、外へ出た。
物音がしたゴミ置き場へと移動する。特に変わった様子はない。
本当に浮浪者や動物だったのかもしれない。
空振りへの苛立ちと、ほんの少しの安心感を抱えて、俺は身体を反転させた。
すると、アパートの光がパッと消え、辺りが闇に包まれた。
この付近には別のアパートの棟や戸建てもあるが、今は一切光を放っていない。
停電か。携帯電話は部屋に置いてきたし、ライターは結局見つからなかったので明かりになるものは何もない。
その時、俺の直感──スナイパーの経験によるものだろう──が囁いた。
今の状況は殺しやすい、と。
ついさっきまで電灯の下にいたせいで目が夜に慣れないが、
足音と朧げな人型で誰かがいるのは判る。
瞬間、全身を襲う殺気の刃。
あ、これは、死ぬな。と俺はのんびり思った。
一スナイパーが、他人を気にかけ、しかも助けてやろうと思ったのが間違いだった。
他人を心配できるような身分なわけねぇだろ。狙われてるのは俺じゃねぇか。
安全な場所から標的を殺す事しか出来ない、最弱の暗殺者である、俺が。
しかも、そんな俺が使える武器は今手元にない。家の中だ。
嬢ちゃんが狙われるとばかり思って、依頼を断った俺が狙われる事をすっかり失念していた。
臆病者のくせにな。下手な正義感は思考を濁らせる。
相手の獲物はナイフだ。一瞬だけ見えた。
避けるのは無理だ。きっと急所に一突きで、俺はめでたくオダブツだ。
でも、俺は怖くは無い。
狙撃銃を片手に、依頼の数だけ殺してきた。
こうなる事は前から覚悟していた。
諦め、というより、待ち望んでいたの方が正しいかもしれない。
ようやく俺は、この雁字搦めな生活からオサラバ出来るんだなと。
相手のナイフが腹部に突き刺さった。
耐えがたい激痛が脳を刺激する。
相手はナイフをすぐに引き抜き、俺はそのまま仰向けに地へと落ちていく。
もう一撃。これで完全に息の根を止める気だろう。
俺はそれを、朦朧とする意識の中でじっと、待っていた。
「火事だ!!!」
誰かが叫んだ。最高で最悪のタイミングだ。
少しずつ狭まる視界の中、俺と相手の間に別の誰かが現れたのが見えた。
「愚かだな、人間」
子供の様に低い背。
「まさか、おれが誰だか、判らないわけじゃないだろ?」
唾のある帽子を目深にかぶっている為、顔はよく見えない。
「つまらない殺しを見せてくれるな」
相手は瞬時に退散した。
「……すまない」
神の手が俺へ伸びる。
小刻みに指を震わせながら患部に手をかざすと、痛みが無くなった。
意識もはっきりとしてくる。相手が狙ったのは腎臓だな。道理で痛い筈だ。
殺す事が目的なくせして、わざわざ痛い所を狙うとは、相手の性格の悪さがうかがえる。
心臓は失敗することもあるから、確実な方をとったのだろうが。
「治療はここまでだ。全部するわけにはいかない。
あとは人間の医者に診てもらってくれ」
ここまでと言いつつ、患部からは血の流れが止まっていた。
「……嬢ちゃん」
「わ、ぼ、ボクは女の子じゃないよ!全く何を見ているんだ、おじさんは」
本人は慌てているが、正直バレバレである。
普通の奴は誤魔化せるだろうが、MZDや黒神と実際に向かい合った奴なら気づく。
いくら嬢ちゃんが小柄で年齢詐称気味とはいえ、声と体型が女のそれだ。
それに、つい昨日に抱き付かれた相手だ。流石に見間違えない。
「火事だって声も、嬢……アンタだな」
「さあね。それより、その怪我を何とかした方が良い」
何故嬢ちゃんがここに居るのだろう。
わざわざ狙われないようにと、すぐに家に帰したのに。
「情けねぇな」
「人は弱い。怪我を恥じる必要はない」
ちげーよ。そうじゃない。
って、嬢ちゃんにはわかんねぇか。
情けなく思うのは、中途半端に生き残ったことだ。
しばらくは表の仕事のみだ。
変な正義感かざした結果が、これだ。
情を移す相手が違う。見た目と中身は子供でも、嬢ちゃんには人類が束になっても勝てない力がある。
俺が何かをする必要なんて、最初からなかったのだ。
「で、なんでこの時間へここに?夜の散歩なんて保護者が許さねぇだろ」
「その保護者がヒントをくれた。今夜あなたが死ぬかもしれないと」
黒神が?わざわざ?俄かには信じがたい。
命を乞う為、神に縋り、突っぱねられた奴らの噂は聞いている。
神はいちいち、人間の生き死にに干渉しないと思っていたが。
それとも、ここまでで予定調和か。それならば納得がいく。
「……おじさんが死ななくて、本当に良かった」
汚い嗚咽をあげながら、神……の振りをした嬢ちゃんは泣いた。
こうも泣かれると、さくっと死ねる良い機会を邪魔された恨み言が言えない。
俺は死に切れなかった。
目の前の神は俺を死なせてくれなかった。
まだ生きろと。終わりのない狩りを続けろと。
死は必ず来る。
特に俺はまともには死ねないだろう。
今回はきっちり殺してくれそうな相手で、死ぬにはいいチャンスだったんだが。
仕方ない。泣き虫な恩人に免じて、生きながらえた事を今は喜んでおくか。
ポケットに手を突っ込んだ後に気付いた。
「煙草、部屋に置いたままだ」
「煙草!?こんな大怪我してるのに!?」
重傷患者に真っ赤な顔で説教しだす嬢ちゃんを見ながら、俺は言った。
「ありがとな」
fin.
(14/12/03)