めかくし

「チッ……」
「大層な挨拶だね。僕の事、そんなに好きで堪らないんだ?」

口端を大きく釣りあげた男は自ら来客用のスリッパを取って履き、
ぱたぱたと音を立てながらデスクに向かう家主に歩み寄った。
しかし、それを無言で遮る黒の従者。
無許可で家に上がりこんだ目隠しの男はそれを鼻で笑った。

「ねえ悔しい?悔しいよね?僕を拒めなくてさ」
「えぇ、貴方をこの敷地に入れた事、大変不快に思っておりマス」
「そうやって毎度自分の力の無さを嘆くと良いよ。
 ……最も、無そのものである君が、実体のある僕らをどうこう出来る訳が無いのだから、
 自身の生まれを嘆く方が正しいのかな。
 残念だったねー、僕らと違って、さ!」

実体の無い従者の手には三叉の矛。
矛先は男の覆われた目に向かっている。

「……やめておけ。ここを血で穢すわけにはいかない」

デスクに向かっていた少年は作業を止め、侵入者と従者の対峙へ目を向けた。
従者は主人の命に従い矛を仕舞うと少年の背後へと控えた。

「……で、今日は俺に何の用だよ、出来損ない」
「いやー、カミサマの愛って辛辣だなぁ。それってあのチビちゃんにも同、」
「馴れ馴れしく口にするな」

ぴしゃりと言い放たれ、侵入者の男は肩をすくめた。

「オーケー。そうだったね。
 僕みたいな男の口から彼女の事なんて出てきて欲しくないって。
 というか、自分以外の誰からも聞きたくないって。
 いやはや、カミサマはとってもヤキモチ焼、」

何の捻りもない正拳突きが男の腹を襲った。

「……はっ!しまったつい手を」
「問題ありまセン。今のは正当防衛デス」
「しかし、過度な暴力は一週間禁止とに言われていたのに……」
「防衛の為ならばカウントはされまセン。
 サンならばきっと、ソウおっしゃいマス」

約束を破ってしまったと額を抑える主人を、従者は落ちついてフォローする。
そんな二人を見て、目隠しの男はつまらなさそうに口を尖らせた。

「へーんなの。たかが人間に破壊の神が自らの牙を封印するなんて絶対おかしいよ」
「テメェにどう思われようと知った事か」
「そんなに彼女からどう見られるか、気になるんだ?」
「目を奪われた奴が偉そうに」
「だからこそさ」

笑みを残し、黒神の背後へと現れた男は両手でその目を覆った。
だがすぐさま、影が三叉矛で弾き飛ばし、主人と男の間に距離を作る。

「ねぇ、見えないふり、してるの?見える癖に」

あらぬ方向に折れ曲がった腕を垂れ下げながら、目隠しの男は笑っている。

「ねぇ、僕ならあなたのこと、判ってあげられるよ」
「黙れ」

との口約束で破壊行為を控えていた黒神であったが、
それを良い事に調子に乗る男にそろそろ制裁を下さんと指差し照準を合わせた。
絶体絶命という場面だというのに、男は身を守ろうとはせず、にこやかに語り続ける。

「全部、壊しちゃえばいい。あなたにはそれが出来る。 
 欲しいのはあの娘、でしょ。
 だったら、他の物はいらないんじゃないですか?」

破壊の神が目を細めた。
に気付かれなければ問題ない、生かしていると厄介だ。
そう思い、一つの生命を消そうとした。
しかし、その前に影が無の世界での自分へと姿を変え、矛で男を深々と刺した。

「……マスターを惑わすのは止めて頂きタイ。
 いえ、止めろ……と申すのが正しいデスね」

矛が刺さった個所から少しずつ、男の身体が消えていく。

「あらら。無の力は僕でもちょっと困るんだよね。
 しょうがないから、今日は帰るね。ダ・ァ・リ・ン」
「止めろ!虫唾が走る!!!」

黒神は全身に生じた鳥肌を必死に抑えた。

「でも、カミサマ、考えておいて。君と彼女だけの世界を」

投げキッスを黒神に飛ばし、目隠しは消えていった。

「気色悪い気色悪い気色悪い!!!」

黒神は自分のデスクの引き出しを漁り、一冊のアルバムを取り出した。
ページの全てにの写真が貼り付けられている。
笑っている、怒っている、泣いている、影と戯れる、料理をする、お風呂上りの
風でスカートが捲り上がる 、頭から水を被って服が透けている、扉の隙間から覗く湯船に浸かった、等々……。

「……」

一転してふにゃりとだらしない顔を浮かべる黒神。
今は楽しそうにの写真を眺めている。
影はそんな主人の後ろに控えながら考えた。

「(あの方は思う以上に障害だ。規約違反ではあるが、いっそ……)」
「影、余計な事は考えるな。俺はあんな奴の甘言に乗せられるつもりはない」

アルバムを捲りながら、黒神は心配するなとばかりに続けた。

との世界なんて不可能だ。俺は一人ではいられない。
 MZDと対になり、ようやく一人なのはお前も知っている筈だ」
「申し訳御座いまセン」
「気にするな。元凶はあの男だ」

一人の侵入者によって与えられた不快感は写真によって解消されたのか男を気にする様子は無い。
写真の中で黒神に微笑むを見ながら、破壊神は想像した。

「もしも、とだけ、永遠に過ごす方法があったら────」





fin.
(14/03/02)