むごんのようきゅう

「折角会えたんだもの。もてなして下さらない?」

鍾乳石のように白い肌を明け透けに晒し、豊満な身体を押し付ける女に辟易する。
厄介な女に捕まってしまった。

この女は魔王の言伝で来たと言っていたが、それは私の城に来る口実に過ぎない。
この城は一定以上の強さを持った魔族の侵入を拒む。
よってこの城に居れば、この女のように現魔界で名を轟かせているような輩と顔を合わせずに済むのだ。

魔族とは、誰も彼も自分勝手で己の欲求を満たす為に生きている。
その為会えば馴れ合うか殺し合うか、二つに一つ。
自分より力のない者ならば即座に殺してしまえば良いが、この女は腐っても妖精王と妖精女王の血を引く女。
やり合えばこちらも無傷では済まない。

仕方なく、招いてもいない客に茶を出すよう指示した。
給仕をする下級魔族には左の棚の物にしろと命じていたが、出された物は右の棚の茶葉であった。
この女が下級魔族の意思を読み取り、そして操ったのだろう。
この力があるから、私はこの女に手出しができない。
私の思考は読み取れない筈だが、どんな能力を隠しているか判らない故に油断は禁物。

「あら、このお茶良いわね。どこのもの」
「知らぬ方が良いこともある」
「勿体ぶらなくても良いじゃない。欲しいの」
「不可能だ」
「……ねぇ。言いなさいって、私が言ってるのよ……」

カップが小刻みに震える。
この程度で怒るとは。馬鹿馬鹿しい。

「ホワイトランドだ。その中でもこれは王室御用達の品」
「そんなの行けるわけないじゃない!適当に捕まえて脅したとしても面倒ね。
 だったら最初から言わないで下さる?」

最初から言っていただろう。これだから女は。
折角の茶もこんな者と共にすれば不味くなる。

ここにホワイトランドの品があるのは、決して住民から奪い取った訳ではない。
純粋な心を持つ者しか行けぬ国へ自由に行き来できる者が私の近辺にいる。
と言っても、その者の心が澄み切っている訳ではない。
この世界でたった三人しか持たぬ、神の力の恩恵である。

神を魅せた小娘は気まぐれにこの城に来ては珍しい物を置いていく。
この茶も、その中の一つだ。
私の好みにも合ったそれは、きれかければ娘を走らせ常備している。
あの出来損ないの娘も、稀に役に立つのだ。

あの娘は頭の方は致命的欠陥を抱えているが、味覚に関してはそこそこのものを持っている。
持ちこむ物の殆どが私を唸らせるのだが、此の程は城に訪れる回数が激減した。
部下が私への献上を怠るとは嘆かわしい。

邪魔なあの男さえいなければ、娘はもっと部下としてしっかり務めを果たすというのに。
あの男さえ。あれさえいなければ。

「……ヴィルヘルムは私と居るといつも不満げな顔をする」
「見間違えだ」
「ならもっと楽しそうな顔をなさいな。この私の前なのですよ」

古来より続く妖精の血筋だからと偉そうに踏ん反りかえる姿が腹立たしい。
魔族へと転換した私を見下しているのだろう。
相当の数の魔族を屠ってきた私であるが、純粋な魔族ではない事が足枷となっている。

「……下らん」

どんなに力を蓄えようとも、結局純血かどうかでしか判断出来ぬ輩たち。
人であった時とは立場がすっかり逆転してしまった。
あの時は血が全てあると信じていたが、こうなってしまえばそんな理屈は毀つ。
私が上に立てない事など、あってはならぬ事なのだから。

「寧ろ、険しくなったようだけど?私の言葉、理解できなかったのかしら?」

妖精が纏う甘毒の香りを漂わせながら、女は不満そうに溜息をつく。
折角の茶葉の香りが台無しである。
これだから下賤な魔族は気に食わない。
物の価値や楽しみ方をまるで判っていない、審美眼の無い屑共が。
同じ屑でも娘の方がまだ理解がある。

「マスクはこの一種のみ。表情に変化は有り得ない」
「違うわ。素顔の方よ。見えないと思ったら大間違いよ」
「見間違えだろう」

愉快と思っていないのは事実だが、この女が特別気に入らないわけではない。
自分以外に興味はない。あっても役立つ者だけだ。

「折角のいい男が台無しよ」
「戯言を」
「そう。戯言ついでに、一つお願いしても良いかしら」

ようやく本題か。長々と付き合わせよって。

「ヴィルヘルム。あなたの飼っている子供、少し貸して下さらない?」

子供……ジャックではない。あの小娘か。
この女、あれをどう扱う気だ。何を狙っている。
能力か、後ろの神か、それとも命か。
しかし聞き出そうとしても、素直に話すとは到底思えない。
例え目的を話させたところで、その要求を退ける事も不可能。
能力が明らかになっていない今、この女に逆らうことは得策ではない。
不快だが、やむを得ん。

「……好きにしろ。但し、どうなっても知らんがな」
「大丈夫よ。私が人間に負ける事なんてあるはずないじゃない」

小娘の力を知らぬ故の発言か、それとも相当な自信があるか。
どちらにせよ、後はあの娘に全てを投げ出し成り行きに任せるしかあるまい。











「あの、えっと、こんにちは!」

迂愚な娘は「貴様に会いたがっている魔族がいる」というと「判った」とあっさり了承した。
これだから平和に浸りきった者は浅はかで呆れる。
どうせ、「きっと悪い人じゃないよ」と根拠のない事を述べるのだろう。
これ以上頭が沸いてしまうなら、命のやり取りのない人間の世界なんて捨ててしまえ。

「礼儀がなってないわね。その小さな身体を地面にこすりつけるのよ。死んだ鼠のように」
「……失礼しました」

娘は何か言いたげな目を私に向けてきたが、私は一瞥もやらなかった。
勝手に判断し、思い込んだ娘の自業自得だ。

「そうよ。私とヴィルヘルムは違うの。
 私は妖精界で最も気高く美しいのよ。本来だったら薄汚い人間は目にすることも出来ないの。
 あなたはとても運がいいわ。末代まで語り継ぎなさい」

物言わぬ娘からは負の感情が沸々と湧き出ている。
私でも判るのだ。心を読める女は詳細に娘の心が伝わっているに違いない。

「……あなた、躾がなってないわね。この私にそのような事を思うなんて、どうかしてるわ。
 ヴィルヘルム。あなたの責任よ。だから、今すぐここで戦いなさい。
 そしてこの人間にしっかりとお仕置きして頂戴」
「え!?」
「だれが面を上げろと言ったのかしら」

娘の困惑が手に取るように判る。
このままであれば、娘はすぐさま空間を渡って神の元へと帰るだろう。
私としても、他人に命じられてやる戦いは好みではないが。

「いいだろう。受けて立つ」
「えぇ!?」
「そうこなくっちゃ。ヴィルヘルム、しっかりとお願いね。
 私たちとは格が違う事、見せつけてあげて」

この女、娘の能力を理解していないのか。
だったら好都合。

、己が持つその微々たる力を集結させ、全力を出せ。
 それでも、私に適う筈がないがな」

娘は大きく目を見開いたが、その目をゆっくりと閉じた。
その目が再び開かれた時には内なる力が他に視認できるまでに溢れていた。

「全力……だからね」
「そうでなければ意味がない。どちらが上か見せつけてやる」

私の意図に娘は気づいた筈。
これで一切手を抜くことなく、文字通り全力で向かってくるだろう。

こうなった娘の技は、広範囲に影響を及ぼす傾向がある。
そして、精度の無さを補うための追尾機能を付随させる。

いつも通りで良い。
娘はただいつもするように私を狙えばいいのだ。

「良い機会だ。私の道具を披露してやる」
「ええ、お願いするわ。だって、私はそれが見たかったんだもの」
「ならば、特等席を用意しよう」

私は<女の近く>

に居ながら娘に対峙する。

「……いくよ」
「来い」

魔界の空がうねる。一部とはいえこの世界の神の力が行使されるのだ。
使用者が脆弱な人間であっても、その凄まじい力は世界を揺るがす。

「っけぇえええええええ!!!」

全てを飲み込む白が魔界全土を包み、それらが一本の槍のように圧縮されると、私目掛けて落ちた。
光の速度では、この目で確認するには間に合わない。
私は娘の声の前に動いた。横にいる女に直撃するように。

「──────」

闇を失い、音を失い、光の支配が始まる。
こうなってしまえば私に出来る事は何もなく、ただ流れに身を任せるだけ。
私がいくら娘を小馬鹿にしたところで、あれが保有する神の力には、適う筈、ないのだ──。










────「ヴィル!ヴィルってば!!」

娘の甲高い声が聞こえる。
目は使い物にならないが、すぐそこに気配がある。
その方向に手を伸ばそうにも、今は指一本動かせそうにない。

「気づいた!?とりあえずお家に帰るからね!!」

私が用いる移動術とは別種のものが施されたのが判る。
身体は使い物にならないが、感覚は普段通り機能しているようだ。

「どうしよう!?身体?それとも魔力?」

直撃は免れている。身体はまだ私の制御下へと戻らないが、暫くすれば元通りだろう。
人間とは違い、魔族の回復力は優れている。
よって、回復を促すためにも魔力を注げ。
と、言いたいが声の出ぬ今娘へ伝達できない。

「とと、とにかく!傷の手当て!」

やはり、娘は娘だった。所詮、この程度なのだ。
物事の表層しか見ることが出来ない。

「疲れてあんまり力入らないから軽くだけど……ごめんね!」

外部からの強制的治癒。
娘のせいで出来た傷が本当に少しずつだが癒えていく。
仕方あるまい。とにかく今は口さえ動けばいい。口さえ。
そうすれば──。

「……この、出来損ない、め」
「ヴィル!!!」
「傷は後回しにしろ。まずは魔力だ。急げ」
「はい!」

手と手の接触行動で大量に流れ込む魔力。
素肌での接触という枷さえなければ、魔力が無限に湧く能力は魅力的だ。
魔族にもそのような能力者はいるが稀有な為、その多くは有力者に捕えられ、残った者は隠れて生活している。
供給量は能力者の力に依存するだろうが、きっとこの娘の足元にも及ぶまい。

「……あの時、私を って呼んだから。
あれは全力でやれっていう命令だと思ったの。
でもそれは間違いだったの?こんなボロボロになるなんて。
ヴィルのことだから策があるに違い無いって思ったのに、過信だったの?」

珍しくこちらの意図を正しく読み取り実行した事。
少しだけ褒めてやろう。

「使える部下は嫌いでは無い」
「っ私は!私に心配かけるような上司は嫌い!」
「言ってくれる」

私としても、こんな小娘に危ぶまれる事は屈辱でしかない。
例え私よりも強大な力を持っていようとも、私はこの娘の上に君臨していたい。
くしゃくしゃになった羊皮紙のように歪んだ顔をされる事なんてあってはいけないのだ。

「ごめんね……強くしちゃって、ごめんね」

真珠のような粒がほろほろと私と娘の手の上へ落ちていく。

「私を愚弄しているのか。あれしきの攻撃で私がどうにかなると」
「ううん。思ってない。だってヴィルは強いんだもんね」

涙を拭い取る娘は鼻をすすりながらも笑った。

「見窄らしい顔を見せるな。それ以上酷い容姿では花も顔を背けてしまうぞ」
「そこまで言うこと無いと思うよ!」

娘は私を見る。
私は何か言いたい事でもあるのかと睨み付ける。
娘はふふっと笑うと、送り込まれる魔力が増加した。

「今回は偶々、だったんだもんね」

そう言い聞かせる娘に、私は本題を投げた。

「……あの女は」
「え……知らない。私、ヴィルの事しか考えてなかった」

その一言で、この負傷は無意味なものと化した。
あの女、あれを逃げ切れたのか。娘の力との接触は感じたのだが。
どこかへの転移する様子は無かった筈。
やはり、他にも何か能力を隠していたという事が濃厚か。
それとも、娘に対しての目的はもっと別のもので。

「……ねぇ、あの人の言う事、どうしてヴィルは聞くの?」

先ほどまで後悔に涙していた娘の瞳は私を探るように絡みついてきた。

「私は、誰かに従うヴィルは、あまり見たくない」

この私を評価するとは、人間の小娘のくせに生意気である。
しかし、これには同意見だ。処罰は控えてやる。

「だって普段は黒ちゃんに突っかかるんだよ?
この世界にあれ以上の怖いものなんてないのに、だよ」
「貴様までもがそう言うか」
「……内緒だよ」
「良いだろう」
「絶対だからね」

娘如きに指摘されて気づくとは不本意だが、言われてみればおかしな話だ。
私は神の片割れに対して大胆で、慎重さが欠如している。
普段の冷静さを奪っている原因がそこそこ近くにいるので、
私は魔力が完全に戻らない事を理由に間の抜けた顔をする娘を寝台の上へと引き上げた。

「わぁ!?」

娘が体勢を直す間に、私は破損し薄汚れた衣類を脱いでいく。

「なに!?なんなの?」
「脱げ」

狼狽する娘の鈍間さに嫌気がさしたので、私が直々に衣服を脱がした。

「ひぃ!?変態!変質者!」
「気色の悪い勘違いをするな。下劣な」

小さな抵抗しかしない娘を組み敷き、成長のない身体を抱いた。

「……」
「なんだその不満そうな態度は」
「魔力供給とはいえ、ここまで脱がなくても」
「私自身の力が低下した今、城の結界も弱まっている。
こんな時に敵襲があっては些か面倒だ」
「そ、そうだけど……」
「自惚れるな。誰が貴様なんぞに劣情を抱くか」
「そ!う!ですけ、ど!!」

娘は成人である筈だが、貧相な肉付きで胸部も尻部も薄い。
触れたところで男と大差ない。

「この身体でよく私を誘えると思ったものだ」
「!?!!!!!????!??」

体勢の問題ではなく、娘の身体は肉ばかりでなにもない。
きっとあの男が何か仕組んで歪めたのだろう。
本来の姿であっても、これとは。

「……」
「なんだ。供給量が下がっている」
「……別に」
「なら貴様は、私に襲えと言うのか」
「そうじゃない!」

面倒な。女は理性がなく、感情にすぐ振り回される。

「……や、やっぱりヴィルもさっきの人みたいな身体が良いの?」
「興味がない」
「本当に?」
「貴様は私を何だと思っている」
「そうだね」

ころりと顔を綻ばせた娘は調子よくすり寄ってくる。

「調子に乗るな、人間」
「その人間に頼る魔族は誰?」
「部下として利用しているだけだ。問題は無い」
「さっきの事なら、言葉の綾だよ。ヴィルの部下なんてぜーったいに嫌。
怖いし意地悪だし人使い荒いし、良い事なんてぜーんぜん無いもん」

気に食わない。
すっと身体を撫でると、軽く震える。
そのまま胸部へ移動するが拒まれた。

「も、もう服着ていいかな」
「足りぬと言ったら」
「足りてるよ」

わざわざ神の力まで使って逃げてると、私の時代にあった女服の劣化版を身に着けた。
普段娘がいる世界ではそういう趣味嗜好の者達に持て囃されているようだが、
いつ見ても程度が低すぎて目を覆いたくなる。

「あ、そういえば、なんで私は呼ばれてたの?」
「知らん。私はそれを利用しあの女を殺そうとした」
「え!?」

なんだ、まだ気づいていなかったのか。
この女、誰よりも死に近い場所に居ながら、誰の死も導かない。

「あれは私の障害となる女。必ず屠ってやる」
「……そんな事ばかり言ってると、ヴィル以外いなくなっちゃうよ」
「構わん。それも良かろう」

私が頂点に立った結果ならば、どんなものでも喜びでしかない。
魔族に身を移した今、私が恐れるものは何もない。はずだった。

新たに出現した障壁。
それがまさか、世界を総べる神の片割れとは。
私もまた、適わない相手ばかりが敵になる。

「私はヴィルがわからないよ」
「奇遇だな。私も同じ意見だ」
「そう?自分で言うのもなんだけど、単純だと思うよ」
「貴様のそれは蘇生の際に知能を落としてきたとしか思えん」
「酷いなぁ」

あの男が娘に施した呪いの全ては未だに把握できない。
次から次へと表出する事実。
娘を構成する一つ一つがあの男の手によるもの。
身体も、知能も、感情も、趣味嗜好や、言葉遣いに至るまで。
娘は、自分を愛し続ける神の慰み者。

だから私は、この娘が忌まわしい。

いっそ死んで欲しい。
あの男の一切を無くして。

「貴様は一度無に帰れ」

そして全てを失った後、私の前に現れろ。





fin.
(14/08/01)