みずいろのおと

「大当たり~~~~」

カランカランとベルが鳴り響く中、ぽかんと口を開けるのは
福引の係員に手渡された封筒を、賞状を受け取った時の姿勢でMZDの家へと帰っていった。

「お帰り!ん?何、それ」

が持つ真っ白な封筒を覗き込むと、
近所の商店街の名前、そして、中央上部に書かれた特賞の二文字。

「スゲーじゃん!で、これって何入ってるんだ?」

放心状態のは封筒をMZDに渡した。
MZDは怪訝な顔をしながらも、中が気になり手早く開封した。
ぴらっと出てきた紙切れ。
文面を見たMZDは叫んだ。

「温泉旅行ぉおおおおおおおお!!!!???」

力のないの両手を取り、MZDはくるくると回った。

「スッゲー!温泉だー!温泉だー!!
 一泊二日の温泉旅行だ!!
 ……で、なんでさっきから魂抜けてんの?」

はっと、は漸く我に返った。

「あのねあのねあのねあのね!
 温泉!!当たった!!特賞だって!!」
「おう!さっき見せてもらったぞ!
 凄いなー!誰と行きたい?」
「三人!なの!だから」

の人差指は、己を指し、MZDを指し、そして天井を指した。

「ね。三人」

ふわりと笑顔を浮かべた。











「えーっと、神様御一行で宜しいですか」
「そうそう」

そんな適当でいいのか。
と、と黒神、それぞれ大きいバージョンの姿でMZDに呆れた。

「お部屋は桜の間でございます。そちらの階段を上がり、右手の突き当たりになります」
「どーも!」

鍵を受け取った一行は、そそそっさささっと足早に部屋へ向かった。
理由はそれぞれ、
MZDは有名すぎる故に混乱の可能性が、
黒神は単純に目立ちたくなくて、
は神と宿泊に来た異性と言う事で変な勘ぐりをされて騒がれるのは面倒と言うことで、
他人との接触は最小限にしておきたかったのだ。

ならば、を表に出して手続きを行えば良いのだが、こういうのは男がやるべきだとMZDと黒神は珍しく同じ主張した。
そのくせ、神一行で予約するものだから、入り口の予約客を歓迎する掲示板には「神様御一行様」とデカデカと書かれている。
しかし都合の良いことにそれを見た宿泊客は、怪しい新興宗教の団体だと勘違いしてくれていた。
神様がいて当たり前の世界であるが、この旅館は人間ばかりなので、MZDを想像する者は少なかったらしい。

「おぉお!でっかくて綺麗な部屋だな!」

桜の間はイグサの匂いに包まれている部屋で、三人で過ごすには十分な広さだった。
奥の窓際からは山々が連なっているのが見える。

「すっごぉおい!!ポットがある!!あ、お茶菓子だ!三つだ!」
「冷蔵庫もある。中も少しだが入っているぞ」
「机だ!大きい机だ!オレこっちで、あっちの、黒神そっちな!」

三人は泊りにきたという事実に興奮しているのか、
旅館なら当たり前に備え付けられているものにいちいち声をあげ、
広々とした畳に転がってみたり、SMLと用意された浴衣を広げたりと楽しんでいた。
とMZDならともかく、黒神まで子供のように騒ぐのは珍しい。

一頻り叫んだ後、MZDは今日のメインイベントを叫んだ。

「よーっし!風呂!!!行くぜ!」
「パンフレットによると一階みたいだ。タオルや浴衣は忘れないように」
「うんうん。あ!!!ちょっと待って!!!」
「どうした?まさか替えのパンツ忘れたとか?」

黒神はすかさずデリカシーがない男の後頭部を殴った。

「そうじゃなくって、これって一緒は無理なの?」

え、一緒?と、二人はを上から下まで見定めた。
姿を変えずとも、小学生だと言えば押し通せるだろう。
だがしかしこの男は猛烈に反対した。

「絶っっっ対!!!駄目だ!!!
 どうせ変な奴ばっかりで、の事をいやらしい目で舐めるように視姦し、
 ふいに近づいて驚かせた隙に身体を弄り、果ては無理やり掻き開いて、」
「お前の方が怖ぇよ!!」

普段見ながらこんなことばっかり考えているのかと、兄は弟の残念さに身震いした。

「悪いけど、は女湯の方に行きな。
 ひろーいお風呂は沢山あるし、種類も沢山あって面白ぇよ。
 部屋にも露天風呂あるけど、折角だし最初が大浴場の方へ行こうぜ」
「うん。……わかった。でも初めてだし大丈夫かな」

後で一緒に入れるならいっか、とは納得した。

「なら私が行きマスよ。私ならば貴女の影に溶け込めまスシ、マスターたちの宿泊も気づかれないデシょう」
「え、影ちゃんは男の子だからヘンタイさんになるんじゃないの!?」

発言者以外、全員に衝撃が走った。
まさか主人と同じく変態扱いされる事になるとは思わず、この言葉は影に大きな傷をつけた。

「ま、ま、……マスター……私はどちらなんでしョウ……だめ、なんですカ?私、猥褻なんデスか?」
「いやいやいや。惑わされるな。お前に性別はない。そうだろ、な?」
「そっか!なら私と来て大丈夫だね」

悪意のない言葉の鋭さにMZDと黒神は同情するしかなかった。

「じゃ、行ってみよー!」











「(み、みんな裸だよ!)」
「(温泉デスから)」

見知らぬ者同士が集まっている場所で無防備に裸になるというのは異様な光景である。
がふだん過ごす地域でも公衆風呂は文化として根付いているが、
自身は初めての体験であり、戸惑いが大きい。

「(……どこで脱ぐの?)」
「(あちらにロッカーが並んでいマスから、あれを利用するのでショウね)」

ずらりと整列したロッカー群。
他の利用客がロッカーの前で服の着脱を行っている。
どうやらあそこで間違いはないらしい。
はあたりをキョロキョロと見回しながら、鍵がついているロッカーの一つを選んだ。

「(……ほんとにほんとに脱ぐの?)」
「(お恥ずかしいデス?)」
「(……だって、知らない人たちだし……)」

同性ならば問題ないとも割り切れない。
手足の肌を晒すだけではなく、何もかも全てを電灯の下へ曝け出す。
自分の身体にコンプレックスがあるは余計に躊躇いを感じる。

「(大丈夫デスよ。誰も気にしまセン。ここに来れば、誰もが服を脱ぐのですカラ)」
「(確かに。ずっとここで立ってる私の方が変かも……)」

意を決して服を脱いでいくであったが、一つ疑問が生じた。

「(他の人ってアクセサリーってどうしてる?)」
「(着用していませんネ。あ、あちらに変色するので外すように書いてありマス!)」
「(へぇ……そうなんだ)」

いつも肌身離さず、そして時に手荒に扱っている神から与えられた指輪。
そんなものが普通の金属で出来ている事はないだろうが、念のためは外して畳んだ服の中へと隠した。

「(これで大丈夫かな?)」
「(えぇ。タオルはお忘れナク)」

身体の水分を取るための物を、何故水にあふれた風呂場へ持って入るのだろう。
そう思いながらも、影の指示に従ってタオルを持った。

「(鍵もデスよ)」
「(あ、忘れてた)」

植物のつるのような螺旋がついた鍵を持って、は漸く温泉へと足を踏み出すのであった。





「ふわぁ……」

あれだけ警戒していたであったが、温泉に浸かった途端緊張が解けていく。
薬湯、ジェットバス、露天風呂、濁り湯等、少し浸かっては次へ、飽きたら次へと浸かっていく。

「温泉ってたのしーねー」

黒神の家でも黒神の力を利用し様々なお風呂に入ってきたであるが、
一度の入浴で多種の風呂に浸かれるとあって、飽きる事無く楽しんでいた。

「良かったですネ」

感覚のない影であるが、に合わせて隣に寄り添った。
誰かが来た時は素早く湯の中にあるの影に溶け込む事で、何事もなく済んでいる。

「もう一回外の行ってみよっ」

縁に置いたタオルを掴むと、影は即座にの影に溶け込み、二人で露天風呂へ向かった。
涼しい空気に晒されながら温かな湯に浸かるというのは、心と身体を癒してくれる。
どの人も普段の疲れを存分に落としていることだろう。
と、思っていたのだが、何やら様子がおかしい。

「どうしたのかな?」

折角の風呂であるというのに、何故かどの人も立ち上がっている。
その視線は壁に集中している。

「鬱陶しい!そこまで言うなら勝負してやる!!」

と影は顔を見合わせた。

「……あの声、黒ちゃんだよね?」
サン、少しお待ち下さいネ。今見て参りマス」

まさかこんなところで暴れる事はないと信じたい。
が、あの黒神である。彼は家では大人しいが、外に出ると何故か他人とトラブルになりやすい。
どうか何事もなく終わりますようにと、は祈る事しか出来なかった。

「おーっし、じゃあポップン勝負始めっぞー。Are you Ready?」

音楽が始まったと同時に、スコーンと良い音がする。

「テメェ!ポップくんに混じって石鹸投げてんじゃねぇ!!!!」
「ここ、オンセーン。石鹸、オカシクナイヨー」
「ほーう!」
「Noooo!!桶は、ダメェエエエ!!」
「どれも同じ投擲武器じゃねぇか」
「黒神、お前の影来てんぞ」
「お前なんでここに、はどうした?
 え、心配してるって、がこの向うにいる……のか?」

黒神お得意の妄想スイッチが入った。
壁一枚向こうでは火照る身体を持て余し、息の荒いがいる。
妙に粘っこい液体に包まれているというオプション付きだ。

「止まってる今が、チャーーーンス!!!」
「あだっ。桶は駄目じゃなかったのかよ!!」

黄色髪のナイスなガイと黒神が争う男湯の反対側では、が不安を抱いたまま壁を見ている。
ポップン勝負と言う事なので、この一帯が火の海になる事や、串刺しパニックにはならずに済みそうであるが油断はできない。

「ドキドキぽっぷくぅーんGOデース!」
「ドキドキ!?ももしかして」
「重ねて、ロスト!」
「温泉、ドキドキ、ロストは暗闇、そこから導き出される答えは」
「……マスター、私帰りますネ」

影はぺこりと一礼し、すぐさまの元へと帰ってきた。

「影ちゃん。黒ちゃんは大丈夫なの?」

影は軽く思案し、自分が見聞きしたことを伝えた。

「マスターは大丈夫ではありまセン。主に……その……頭ガ」
「ぶつけられちゃったの!?」
「いえ、あの……場所(温泉)が悪かったようデス」
「打ち所が悪かったの!?わ、私行くよ。行かなきゃ。指輪使えば男湯にだって」
「お止め下サイ!!!マスターが(興奮で)死んでしまいマス!!!」
「っ!?今すぐ行かなきゃ!このままの格好で行くよ!」
「それだとサン(の裸)を見た全員(マスターの手によって)死んでしまいマス!!」
「どうして!?私ってそんなに変なの!?」

お互いの会話が噛み合ったのは、暫く経ってからであった。
その間に男湯では勝負が決着。

「私の勝ちデース。コンヨクは強いのですヨ!!!」
「くっ、俺が、この俺が、混浴に負けたというのか」

悔しがる黒神に、静観を決め込んでいたMZDが言った。

「お前が負けたのはへの下心のせいだろ」











風呂を終えたの影に同化した影と外へ出ると、黒神が指定された場所に座っていた。

「あれ、MZDは?」
「あいつはゲームの所へ行った」

大型の大衆浴場施設であればゲームコーナーは当たり前のようにあるが、宿泊がメインの旅館では珍しい。
それも家族風呂がついているような所ならば尚更。
ならばあったとしても小規模の物が数台あるだけだろう。
迎えに行ってすぐに部屋に戻ればいい。黒神はそう考えていたのだが。

「お、お前…その山積みの硬貨は……」
「え……。それはな……ははっ」

ムキになりすぎだ、と黒神は頭を押さえた。

「やる?2Pあるぞ」

MZDは安易に誘うが、そうするとが余るのである。
一人だけ手持無沙汰にするのはどうかと思い、黒神は無言で窺った。

「気にしないで。影ちゃんと応援してる」

無理をしている様子はない。
影が任せろと言わんばかりに頷くので黒神はMZDの隣の椅子を引いた。
クリアしてしまえば、MZDは大人しく部屋に帰るだろう、そう思って。

「死んだらその回数お前の足踏むからな」
「悪い意味でやる気出てきた!」

遊びに対してあまり関心のない黒神であるが、彼は決して仕事以外の事が出来ないわけではない。

「アイテムを残してくれる優しさが身に染みるぜ」
「蹴落としたってしょうがないだろ」

普段は嫌だ嫌だとMZDの事を嫌っているが、ちゃんと協力プレイが成り立っている。
相手の癖をよく知り、気を配っているのがゲームに詳しくないでも判る。
やっぱり兄弟なんだなと思いながら、口喧嘩しながら先へ進む様子を見ていた。
台上の硬貨はほんの数枚だけ減っただけで、エンディングまで到達した。

「あ~~~!!!クリアした!!!」
「はぁ…………。ぎりぎりだった……。後数フレーム遅ければ負けてた」
「お疲れ様。終わっちゃうなんて凄いね」
「だろ!やっぱオレ様は音楽以外もイケるんだわ」
「お前三枚追加投資しただろうが……」

そして黒神に五回は踏まれていた。

「もう満足だろ。部屋、帰るぞ。疲れた」
「うん。ごろごろする!」
「え~、二人ともダルダルしてんなぁ」
「温泉地に来て活動的になってたまるか」
「ぶーぶー。異議あり」
「二対一でお前の負けだ。諦めろ」

遊び足りない、探索し足りないMZDであるが、多数決での敗北により大人しく部屋に戻った。
着いた途端、は畳にごろりと横になり、黒神もその隣にやれやれと腰を下ろした。
影からリモコンを受け取ったはぽちりとTVをつける。
ぱっと映るMZDを見た黒神は素早くが持つリモコンを押して番組を変えた。

「あ、酷!」
「TVでまでお前を見てたまるかよ」

だがしかし、そこでもまたMZDが。
別の局でもまた……。

「……お前……どれだけ出演する気だ」
「基本的にオファーは断らないぜ」
「働き者なんだね……本業以外」
「まぁな!偉い?偉い?褒めてくれていいんだぞ!」
「テメェ南の地区サボってんだろ!……このままにするなら、俺はあの辺に死の国を建国するからな」
「それタンマ!そこ以外でも最近死人増加中じゃん!
 お前こそオレが手塩にかけて育てた奴らをあっという間に無に送りやがって」
「なら創れ」
「こっちは時間掛かるんだよ!知ってるくせに!
 お前こそもっといい感じに間引けよ」
「はいはい。すとっぷすとーっぷ。喧嘩ばかりしてると疲れちゃうよ?」

鶴の一声により、二人は口を噤んだ。

「もうすぐご飯なんでしょ?楽しみだね」
「だなー。きっとのお腹がぽんぽこりんになるぞ」
「そそそそ、そんなことないよ!!ね???」

異様に否定するにMZDが首をかしげると、の背後で黒神の影がジェスチャーした。
うねうねとした判りにくい動きを解読してみると、どうやら太ったのかと誰かに言われたらしい。
今一番ホットなNGワードだと、影は伝えてくる。

「大丈夫だ。何があってもは可愛いぞ」

その慰め方は逆効果だろ……と、MZDが思ってる間にが落ち込んだ。

「どうせ、増えて良い所は増えないんだ。知ってるんだ……」
「な!?どうして落ち込んでるんだ!?」

女心の判らない黒神に自分が手本を見せてやろう。
MZDは得意げに言った。

「心配なんかいらないぜ。だって太れば胸が増加するんだぜ!」

爆心地に何の装備もなく頭から飛び込んで行くかの如く無謀な行動に出たMZDは見事逆鱗に触れ儚く散っていった。
結局のところ、繊細な女心はどちらも判っていないのである。











「ごっはんーごっはんー。今日はいつも以上に豪華だね!
 ……あ、影ちゃん、そんなつもりで言ったんじゃないの!!」
「い、いえ、これからはもっと精進しますネ!」
「違うの。影ちゃんの料理はいつも美味しいんだよ~」

山の中の旅館である為か、川魚をメインにした料理である。
野菜の種類が豊富で調理法も多様で飽きがこないように工夫されている。

「おいし~」
「ああ。そうだな」
「箸が進むな!黒神、こっち一個ちょーだい!」
「俺の陣地に入ってくるな。次やったら箸を割る」
「外で物は壊しちゃ駄目だよ」

温泉で疲れを癒し、手の込んだ料理で腹を満たす。
軽い諍いはあってもじゃれ合い程度で、三人は仲良く食事を終えた。

「あ~、腹一杯」
「私もいっぱい」
「ふぅ。俺も十分だ」

食休みにダラダラと喋りながら部屋で過ごした。
皿が下げられ、布団を敷かれてから、MZDは提案した。

「そろそろ部屋の風呂行ってみっか!」
「はーい」

待ってましたと、は元気に手をあげた。

「いや駄目だ」

難しい顔で黒神は首を振った。

「……え?」

信じられないと、とMZDは耳を疑った。

「何人で入るつもりだ」
「三人」
「俺とお前は良いとして、は?」
入れて三人に決まってんだろ」
「それじゃ駄目だ。はお、女の子なんだぞ!」
「私は嫌じゃないよ!」
「しかし……は」

黒神はねだるを上から下まで見た。
心もとない浴衣に覆われた華奢な身体が映る。
中を見たいという欲求。誰にも見せたくないという独占。

「……やっぱり駄目だ。そんなに気安く見せては」

独占欲は色欲に勝利した。
だが、はそれに納得がいかない。
黒神の言う事が100%間違いという訳ではない事は判っている。
しかし、三人で温泉旅行に来たのだから、三人で入りたいのだ。
だから、易々と頷くことは出来ない。
無言の攻防を繰り広げていると、場にそぐわぬあっけらかんとした声でMZDが言う。

「じゃ、タオル巻けば良くね?」

単純な方法ではあるが、黒神は暫くの思案の後その折衷案を受け入れた。
黒神だって本当は一緒に入りたいのだ。
ただちょっと、自分とそっくりな誰かさんが邪魔なだけで。

「おーっし。じゃ、が先に入って。後からオレら行くから」

着替える最中の姿を見る事のないようにという配慮だ。
自分はの裸なんて1ミリも興味がありませんという姿勢を崩さない。
今自分たちはビー玉の上に置いたお盆の上にいるようなものだ。
少しでも疑われたら、バランスを崩してしまう。
折角が当てた温泉旅行。
下手を打って台無しにするわけにはいかないのだ。

「入ったー」
「湯加減はどうだ?」
「ちょっと熱い。でもね景色が凄く綺麗なの」
「そっか。オレらもすぐそっちに行くからちょっと待っててくれ」
「はーい」

神二人はせっせと浴衣を脱ぐ。
丁寧に畳まれたの浴衣を見て、変な気を起こしそうな黒神であったがMZDの手前押し殺した。
それに気づいてしまったMZDは口元をひきつらせながら、見なかったことにした。

二人が引き戸を開けると、檜の香りが二人の鼻腔を擽る。
そして目の前には闇に浮かんだ月がぷかり。
すっかり日が落ちているために、詳しい景観は判らないが日中窓から見た景色から察するに、新緑に染まった山々が連なっているのだろう。
それらを一望できる檜風呂の中には、背を向けたがいる。
二人は慎重に湯船に足を入れた。

「っくうううううう!」
「た、確かに少し熱いな」

身体を少しずつ慣らしながら、を挟んで二人は浸かった。

「……」
「……」
「……」

横を見るのが恥ずかしい二名と、横を見たら殺されそうで動けない一名と。

「あ、あの。月、綺麗ね」
「そ、そ、だな」

照れる二人の雰囲気に居たたまれなくなったMZDは部屋の冷蔵庫から拝借したジュースを取り出した。

「風呂で飲む冷えたジュースって美味そうだよな!」

瓶のままこくりと飲んだら、隣のへ。
もこくりと三分の一飲んで、隣の黒神へ。
ごくんと飲み干した黒神は風呂の外へ瓶を置く。

「お風呂の中で飲むって、なんだか変な感じだね」

普段なら出来ない事をしてなんとなく楽しい気分になる

「そうだな」

三角座りをするの太ももをMZDの指がなぞる。

「だったら、もっと……してみる?」

瓶を手渡す時でさえ横を見なかったMZDがの正面に現れた事が始まりの合図だった。

「す、するって、なにを……」

額に口づけられる。
驚いている間に横から黒神に抱きつかれた。

「く、黒ちゃん!?だいじょ、」
「脱がして良いか?」

良いも何も、素肌を晒すなと言ったのは、黒神自身である。
その矛盾に対し、不可解な面持ちで黒神を見つめていると今度はMZDからも抱き付かれた。

「良いに決まってるよなー。だって、は恥ずかしくないって言ってたしー」

確かに最初は何かで身体を隠す事無く入浴するつもりだった。
だが、このように言われると急に恥ずかしくなってくる。

「い、いや。このままで良い、脱がさないで良い……」
「どうして?オレと一緒じゃ嫌?」
「そういうわけじゃ……」

なんだかおかしい。会話が成り立たない。
以前もこんな事があったような気がするが、はていつの事だったか。
記憶を遡ろうとするが、それもすぐに遮られる。

「ひゃぁ!?」
は随分と可愛い声を出すんだな」

急に腹部を触られれば驚くのは当たり前、声を上げるのは何らおかしくない。
それを楽しむように、黒神の手はタオル越しのの身体を撫で、するりと両足の間へと滑っていく。

「駄目!変なところ触らないで!」

手を払い二人と距離を取るが、狭い風呂場ではたかが知れている。

「ならば、その変な所とは例えば何処だ。判らない俺に示してくれ」

触られておかしい場所はすぐに言える。
しかし、それを言葉に表したり、指で示すのは憚れる。
嫌がる自分が何故かとてもいやらしいものに思えてくるのだ。

「どうした。何もないのか」
「そうじゃないけど……」

じろじろ見られては、余計に恥ずかしくなってくる。
かと言って、見ないでと言っても聞き入れて貰えないのは目に見えている。

「じゃ、オレが試してやるよ」

そう言ってMZDはの後ろに回り込み、むんぎゅと腕の上から抱きついた。と言うより、拘束した。
何度もこんな目に会っているである。
ここで逃れなければ厄介な事になる事をなんとなくだが察している。
良いようにされてはいけないと抵抗を試みるが、
タイミングの悪いことに万能な指輪は服と一緒に外してある。
身体を曲げ伸ばししての抵抗しか出来ないが、それもMZDに耳を噛まれて力が入らない。

「耳いや」
「そーかそーか」

耳朶をざらっとした舌が這う。
湯船を揺らめくお湯とは違う粘っこい水音を鳴らしながら孔へと入り込む。

「ひっ!」

耳の中へと侵入を試みる異物を本能的に拒む。
しかし、押しやろうにも押さえつけられた腕は動かせない。

「やぁだ!」

唯一動く首を動かして背けるが大した効果はなく、舌でいいように嬲られるだけであった。
それを静かに見る黒神。止める様子はない。から見ると怒っているように思う。

「いい加減にして!」

このままだといつものように二人が喧嘩をする。
それを防ごうときつく叱咤するが、ヘラヘラとMZDは笑うばかり。
少し拘束を緩めたかと思えば、の両手を上げ、そのまま後頭部で組まされた。
まるで捕虜にでもなったかのような姿。自然と胸を突き出す姿勢になる。

の言う変なところ、そろそろ探してみっか」

の両手は見えない力で固定して、MZDは後ろから──目の前にいる黒神によく見えるように、の両頬を挟んだ。

「ここは変じゃない?」

その手はゆっくりと首へ落ちる。こくりと鳴る喉を指で撫でた。

「緊張してる。なんで?」

指が鎖骨を撫でる間、の頭は自分の身体に巻いたタオルの事でいっぱいだった。
この引っ掛かりのない身体では、今の姿勢でいれば小波が来るだけでもはだけてしまいそうで。
出来るだけ身体を揺らさないように心掛けるが、MZDの指はそろりそろりと敏感な部分を撫でるので、どうしても身体が震えてしまう。
胸が隆起し始めた部分を小さく突かれると、身体を逸らして声をあげてしまう。
その度にタオルが微動し、黒神が刺すように見る中で全てを晒してしまいそうになる。

「ふ、ふざけるの、もう、やめようよ……」
「まだオレ探せてないしー。じゃ、ここは?」

むにゅっと両手が胸を掴んだ。

「!!!」
「どこだろうな。変なところって」

指が優しく揉みしだいていく。
濡れたタオルが指と連動して肌をこする。

「ふぁ……ん、ね、やめ、て」
「ん?どうした。そんな声出して」

普段の声とは違う高い声が自然と漏れたのが恥ずかしい。
こんな自分を黒神が見てる。
それにここは外、誰かが窓を開けていれば聞こえてしまう。

「ねえ……んふ、だめ、しないで。くろちゃ、みない、で」
「強情なが教えないから、俺が自分で見て判断しているんだ。
 それが嫌なら、視覚情報に勝る詳細な説明をするしかない」

小さくとも男性とは違った柔らかさを備えた胸は、MZDが操るままに押し上げられる。
ぐりぐりと動かされる胸に不思議な感覚が襲うが、知識のないはただ戸惑うばかり。
これらを全て言葉で説明するのはあまりにも困難だ。

「んー、じゃ、ここだったらどうなる?」

指の一つが、タオル越しの胸の先端を弾いた。

「あぁ!」

一層甲高い声をあげたはすぐさま自分を恥じる。
通常ではない声のトーンが、に備わっている色欲の蓋をノックする。
変わっていく自分を抑えようと、は唇を噛んだ。
息は漏らしても、声は出さないように。

「それはなし。声出さねぇなら、もっとカゲキなこと、しちゃうカモ」

MZDはを抱き上げ、背を自分にもたれかけさせると、両足を掴んで曲げさせた。
背が小さいに対して大きいタオルのお蔭で隠れてはいるが、黒神の位置から秘所が諸に見えてしまう。

「やだやだ!!下して!離して!」
「じゃあ、オレの言う事ちゃんと聞いて。いいな?」
「でで、でも……」
「……そんなにオレたちの事嫌い?それって人間じゃないから?」
「そんな事思ってないよ!そうじゃなくて、私が言いたいのは」
「オレはさ、好きな奴の事はちゃんとこの手で触れたいよ。
 どんな形してて、どんな感触で、どんな温度してるのか」

太腿を固定していた手が、すっと尻を撫でる。

「余すところなんてないように。知らないところがないように。
 ねぇ、。オレ達にだけ、教えてよ。が見せてない秘密を全部頂戴」

それは何の理由にもなっていない言葉。
よく考えずとも判ることだ。
しかし、は判らなかった。考えることが出来なかった。
それが神の力なのか、温泉の熱によるものかは問題ではなく、
正常な判断力を失ったが言葉の波に揺られて流される現状は如何にもなりそうにない。

「恥ずかしいのは、でも、やっぱり、いや」
「恥ずかしいのは当たり前に決まってんだろ。その姿をオレ達に見せてよ」
「いや……恥ずかしいもん。自分からは、出来ない……手、震えてる、だよ」
はただ、従えばいい」

静観していた黒神がゆっくりとに近づく。
巻かれたタオルを留めていた端をそっとほどいて、身体に張り付いた布を丁寧に剥がしていく。
恥ずかしがって身体を隠そうとするを、MZDは羽交い絞めにした。

「ふぁ、やだ、やだよ」
「俺はずっと、こうしたかった」

胸の頂をお湯よりも熱い口腔が包んだ。

「や、ん、あっ、だめ」

普段は硬い黒神が、品のない音を立てながらの乳房を咥えこむ。
肌を吸い上げ、舌が全体を舐め回す。
MZDに散々弄ばれた胸は黒神の欲を受け入れ、頂の硬化で応えた。

「ン、あふ、ひ、ひどい、よ」

無残に開かれた両脚、這いまわる手、むしゃぶりつくされる胸。
の頭はまだ少し、この行為を理解していなかった。

「へ、変になるから。んっ、背中、変なのがくる」
「なら良かった」
「良かったって、おかし、っふ」
「少しの間は違和感しかないだろうけど、少しずつ変わっていくはずだからさ、だいじょーぶ」

顔をあげた黒神はタオルを完全に取り去り、その手はの足の付け根へ進んだ。

「っ、いやっ!!」
「人間同士なら普通にやることだ。俺たちはに合わせてやってるんだ」
「っなの、きーたこと、ないよ。あうっ、強、頭おかしくなる」
「秘めやかに行う事だから、が知らないのも無理はない」

そう言いながら、包皮の上を指で撫でた。
嬌声浴びながら、次第に表情が変化するを見ている。

「黒神に今のはどう見えるんだろうな」

やっと解放された胸を、またMZDに弄ばれる。
途中、耳や首筋、肩などに小鳥のように優しい口づけを落された。
止めどない愛撫を受けて、少しずつ黒神が言う『変化』を自覚するであったが、
その変化の過程を観察されるのが恥ずかしかった。

「く、ちゃ」

黒神の視線が小さな胸に絡みつくと頂が甘く疼き、すぐさまMZDの指が更なる刺激を与える。
それが意図的に行われている事かは判らないが、の性欲を引きずり出すには効果的だった。
双神の手解きはの身体を火照らせ、艶を纏わせる。

「あっ…ん……ふっ、ン、はぁ」
「変じゃなくなったか」
「……も、して……もっと、きもちい、の」

全く触れようとしなかった唇を、とうとう黒神が塞いだ。
口内へ舌を挿し入れ、熱い唾液を通わせる。

「んちゅ、ん、んあ、ふ、みゅ」

世界の双神の間に立つだけでなく、人間基準に合わせて愛されるは、
自分がいかに稀有な存在か判らぬまま、初めて知る性の快楽に耽っていった。

「駄目だ……俺、いいか。の中に入って」
「じゃあオレ口で良い?」

散々に奉仕した二人が、今度はからの奉仕を望む。
他の誰でもない、一番信用している二人の言葉に、はこくりと頷き、
指示されるままに身体を差し出していく。
風呂の淵に手を置いて黒神に向かって臀部を突き出し、MZDのものに向かい合った。

「ん……」

愛液と唾液が二本の陰茎を滑らせ、中へと導いていく。



と。



ぷつん。ばっしゃーん。



「……え?」



突然二人は湯船に突っ伏し、ぷかぷかと浮かんだ。

「えぇえええええ!!!影ちゃん!!!助けて!!!!」

絶叫を聞いて馳せ参じた神の付き人達は各々の主人についた。

「あの、二人は……」
「寝てるダケみたいです。私たちが連れていきマスからご安心くだサイ」

そう言って、手際よく運んでいく。
風呂場でぽつんと残される

「え、えぇー……………」

仕方がないので風呂を後にした。
熱い身体を鎮める術をはまだ持ち合わせていないのだ。











風呂場で倒れた後、二人はそのまま一度も起きる事無く横になっている。
影達に聞いたところ、酒類でも飲んだのだろうかと疑っていた。
しかし、今回ジュースはあったが、酒類はない。
いったい何が原因だったのか判らないままであるが、とりあえず健康であるそうなのでは胸を撫で下した。

「でも、本当はもうちょっと遊びたかったな」

二人が起きないので、今日は普段よりも早い就寝だ。
TVを見ても良かったが、部屋の真ん中でぐっすりと眠る二人を見ると、虚しくなったのでやめた。

「影ちゃん。電気ー」
「ハイ」

二人の間を陣取ったが横になると、室内の電灯が消えた。
窓からは明るい月の光が差し込んでいて、夜であるというのに恐怖を感じずに済んだ。

「おやすみ」

左右にいる、よく似た寝顔の少年らを撫でた。
触れられた事に可愛い声で反応する彼らにくすりと笑みを浮かべる。
と、先ほど風呂での行為を思い出して、顔が熱くなった。

「また三人で行こうね。……で、でも、今度は普通に入ろうね」

熱の冷めない身体を抱いて寝るなのだった。





fin.
(14/07/19)