「黒ちゃーん。朝だよー」
は黒神の部屋をとんとんとノックする。
だが、返事は無い。
「中に入って起こして頂けまセンカ?」
「はーい」
朝食の支度をする影に返事をすると、は黒神の自室に入った。
扉から零れる光が一直線にベッドを照らす。
黒神の顔は見えない。はゆっくりと枕元に近づいた。
布団の隙間から髪の毛がいくつか飛び出している。
「黒ちゃん、おはよ。起きられるかな?」
優しく尋ねてみるが、動きはない。
は布団を少し引き下げ、黒神の顔を露にした。
小さな寝息を立てて、眉間に皺を寄せながら寝ている。
「起きて。朝だよ」
黒神の頬をつんと突付く。温かい頬。
首筋に手を当てると汗ばんでいる。
暑いのかと思い、は布団を剥いだ。
「起きてってばー」
身体を揺り動かすと、黒神が薄目を開けた。
「……?」
「朝なのー。起きてよー」
は黒神の鼻先に触れそうなくらいに顔を近づけた。
黒神は空ろな目での頬に触れる。
その手は首筋と同様に熱い。
「……冷たい」
「そうかなぁ……黒ちゃんが熱いんだと思うけど……」
そう言ってから、ははっと気づいた。
黒神から離れ、影のところへと戻る。
「影ちゃん、体温計ある?黒ちゃん熱あるかもなの!」
「熱!?あ、あの、アレ、あれの引き出しの中デス!体温計!」
は影の言葉を正しく読み取り、簡単な文房具や細かいものが入れてある引き出しを引く。
体温計をすぐに見つけ、それをもって黒神の部屋に戻った。
「黒ちゃん、熱測るよ?ちょっとごめんね」
Tシャツの中に手を入れた。
脇の下に体温計をぴたりとつけると、黒神は小さく呻く。
「冷たいよね。ごめんね」
黒神の腕を押さえながら、剥いだ布団をかけなおした。
額にかかる前髪に触れると、湿り気を帯びており、左右に分けるとぴたりと張り付いた。
ぴぴぴ。
「えっと、さんじゅー……!!」
は体温計を持ったまま立ち上がり、急いで黒神の部屋を出た。
リビングで待機していた影に体温計を無言で突きつける。
「三十九度デスって!?マスター!!」
足の無い足で、すぐさま黒神の元へ駆け寄る。
「……影」
黒神は焦点の定まらぬ目で、自身の影を見た。
「お身体はどう悪いのデス?頭痛は?腹痛は?吐き気は?」
「落ち着け……」
早口で捲くし立てる影に、黒神は疲れたような声を出した。
「スミマセン……」
「黒ちゃん……」
影の後ろからが顔を覗かせる。
「二人ともそんな顔をするな」
黒神はのっそりと身体を起こそうとすると、影とによって止められる。
「たかが微熱で二人とも大げさだぞ」
「三十九度は微熱とはいいまセン!」
「そうだよ!私が三十九度あったら、黒ちゃん絶対動くなって言うよ」
「そりゃまぁ、だったら……。だが俺のことは別に、」
「ほら、そうじゃん!駄目駄目!動いちゃ駄目!ねんねです!」
「マスター!大人なんですから、サンのお手本になる行動をお願いしマス。寝なサイ、デスよ」
影もも、黒神の意見は全て却下である。
黒神は面倒くさいなと思い始めた。
「黒ちゃんお洋服どうする?汗で気持ち悪いなら着替えた方がいいよ」
「お薬はどうしまショウ」
「黒ちゃん吐き気は?袋置いておこうか?」
「サン、バケツがありましたヨネ。それに袋をかけまショウ」
「熱にはどうしよう。氷?袋にいっぱい入れてタオルで巻こうか」
「そうデスね。これだけ高いと身体に負担が大きいデスし。
脇の下なんかに置くといいのデスよ」
「了解!行ってくる」
「私も、冷蔵庫の確認をしなくてハ」
二人は一方的に話した後、パタパタと飛び出していく。黒神を残して。
「……あいつら、俺が不死だってこと忘れているのか?」
やれやれと肩を竦めると、布団の中に潜り込んだ。
だが、悪い気はしない。二人とも黒神のことを一生懸命心配してくれている。
「……今日学校休む」
一通り黒神への処置が終了した頃。
登校時間が迫っている中、が言った。
「いけまセン。私が看ますから、サンは学校へ行きまショウ」
「やだ。黒ちゃんを残して行けないよ」
黒神の熱が判明した時点で行かないことを決めたのか、はまだ服さえ着替えていない。
「我侭を言わないで下サイ」
「絶対に嫌」
影は溜息ついた。
そっぽを向いたは己の意見をなかなか曲げない、やっかいな存在だ。
どうやって説得しようかと、思考を巡らせた。
「」
布団の中から手を伸ばした黒神が手招く。
はそれに従い、枕元でしゃがんだ。
「俺は大丈夫。だから行ってきな」
「やだ」
「マスターを困らせてはいけません。悪化させてしまいますよ」
「……やだ……」
首を振り続けるを黒神は引き寄せ、軽く抱き締めた。
「ありがと。は優しいな」
いつものように頭を撫でてやりながら言う。
「行っておいで」
その笑みは普段よりも力が無く、また抱き締める腕も頼りない。
は泣きそうになる。
昨日まで元気だった人が、儚く見えてしまうことに。
「……行った方が、黒ちゃんは嬉しい?」
「そうだな。がそんな顔をするよりもずっといい」
すくりとは立ち上がる。
「……すぐ帰る。それまで待っててね」
手を振ったはすぐさま自室へ戻る。
バタバタと大きな音がなっており、大急ぎで準備をしているのが、部屋の扉を閉めていても伝わった。
「すみませんマスター」
電気をつけていない暗闇の中、影は頭を下げた。
「本当はサンがいた方が良いというのに……申し訳御座いまセン」
「気にするな。必要以上にに心配をかけるわけにはいかない。俺はこのままもう一度寝る」
そう言って、黒神は瞳を閉じる。
「判りましタ。御用の際はお呼び下さいませ」
影はすっと消えていく。
が……いない。
傍に寄り添ってくれる、あの子がいない。
大嫌いな自分の片割れが学校になんて行かせるから。
嫌だ嫌だ。大嫌いだ。
どうして自分は、の保護者なのだろう。
の成長を考え、我慢しなければならないのだろう。
同じ立場なら、自分の思う通りに主張出来たのだろうか。
いかないで。そばにいて。と。
いや、それは違う、か。
立場は関係ない。を優先するか、己を優先するかだ。
の為を思うのならば、の邪魔をしてはいけない。
は言った、帰ってくると。
だから自分はそれを待てば良い。
寂しい気持ちなんて、ほんの数時間。
その間だけ我慢していればいいのだ。
纏わりつく思考にを振り払い、黒神は無理やり意識を落とした。
◇
「……。……影……?」
部屋に感じる自分以外の誰かの気配に、黒神は目を覚ました。
「悪かったな。影でもでもなくて」
「……どうした?」
ぼーっとする頭では敵意を向けることが難しく、黒神は舌足らずに尋ねた。
MZDはそんな黒神の額に触れる。
「……冷たい」
「まだまだ熱高いんだな」
MZDはベッド脇に置かれているタオルで、黒神の顔から首にかけての汗を拭う。
大量の汗によりじっとりとタオルが湿っていく。
「なんか欲しいものあるか?」
「ない」
「本当に?なんでもいいんだぞ。折角何でもしてやれるんだから」
「いい」
必死に尋ねるMZDに黒神は静かに言った。
「全員心配しすぎだ……。神が高熱で死ねるわけがない。そんなことあったら笑いものだろ」
「……そう言うなよ。何かあったら影経由でいいから、連絡してくれ。絶対だぞ」
「わかった。……ちゃんという」
素直な反応を見せる黒神に、ほっとした表情を見せた。
「で、どうする?が帰るまでオレいようか?」
「大丈夫だ。子供じゃないんだから、が帰るのを待つことは出来る」
「……そっか。じゃ、帰るよ。お大事に」
子供ではないとは言うが、しっかりだけは待ち望んでいることに、MZDは笑ってしまう。
神であったって、病気の時は孤独なのだ。MZDにも覚えがある。
だから、訪れたのだ。病気の程度が問題なのではない。
気にかけてくれる誰かという存在を認識させることが大切なのだ。
それだけで、気分が少しは軽くなる。
「……MZD」
消える直前、黒神はその名を呼んだ。
「どした?」
MZDは何を頼ってくれるのだろうと、期待して聞く。
「ありがとう……」
そう言って、黒神は布団で顔を隠した。
予想外の答えに、MZDの頬がゆるゆると上がっていく。
「当たり前だろ。だってオレ、黒神のお兄ちゃんだもん」
MZDはきらきらと星屑を落としながら、弟の部屋を後にした。
早く元気になあれという願いを込めて。
◇
薄ら目を開けた黒神は首を伸ばして時計を探した。
見つからない。力を使って時計を出すことも億劫だ。
「かげ」
「ハイ」
黒神の呼び声に間髪入れず影は出現した。
「は?」
弱弱しい声で尋ねる。
「あと四時間デス」
「そうか……」
四時間と聞くと、すぐのようにも思えるが、
病に伏している黒神にとっては長い時間としか感じられない。
「お食事はいかがなさいマス?」
「食べる」
頭が重く、起き上がることはとてもだるい。
しかし、空腹であることの方が勝った。
「では、コチラにお持ち致しますネ」
「いい。あっちで食べる」
「承知しまシタ」
のそりのそりとリビングへ。
自分の椅子へ腰を下ろす。
大きく息を吐き、目の前の壁を見た。
「……不思議だ」
「どうかなさいましタカ?」
「いや。別に……」
ゆっくりと辺りを見回すと、まるで自分の家ではないように思えた。
こんなに部屋は広かったか。生活感があったか。
よく見れば食器棚の食器も増えているし、黒神は食事と聞いて自然とテーブルについている。
ダイニングテーブルでの食事が習慣づいている証拠である。
これが本当に破壊を司るあの黒神の力で作った空間なのか。
この部屋はもっとシンプルで殺風景だったはず。
それがどうして、こんなにも、変わってしまったのだ。
「ハイ、どうぞ。熱いのでお気をつけ下さいませ。あ、私、冷まして差し上げた方が、」
「お前、俺との接し方が混ざってるぞ。俺なら大丈夫だ。一人で食べられる」
「本当デスか?大丈夫ですか?」
「しつこいぞ」
影も影である。
姑のような、子離れ出来ていない母親のような対応を、主人である黒神にするようになった。
以前ならもっと機械的で、黒神に言われないと何も出来ない、言われたこと以外は決して行わなかった。
風邪をひいたからといって、こんなに心配してくれることは無かった。
看病は勿論してくれた。だがそれは、黒神がそう命令したからであって、そこに愛は無かった。一切。
こんなことになった原因は判っている。
「……ご馳走様」
「全部食べられマシたね。夕飯も同程度の量を用意しておきマスね」
「……寝る」
「ハイ、お休みなさいませ。あ、お洋服は」
「大丈夫だ。食べて疲れた……」
「了解しましタ」
すっと影は音もなく、食器を下げた。
この後は黒神の睡眠の邪魔にならぬよう姿も気配も消すつもりなのだろう。
そんな気遣いに感謝しつつ、黒神は自室に戻って、もう一度眠りについた。
次起きた時には、愛しいあの子が傍にいてくれることを祈って。
◇
音が聞こえる。煩い。影だったらこんなことはない。
ということは。
「……黒ちゃん」
小さな音を立て扉が開く。
の小声が耳に入る。
「おかえり」
何時間かぶりの。
心細かった黒神は自分が病気であることをすっかり忘れ、に両手を伸ばした。
はそれに応え、弱っている黒神を抱き締め、額と額を合わせた。
「まだ熱いね」
「また冷たい……」
「……少しは良くなってる?」
「大丈夫。今日はが帰るまで大人しく寝ていたからな」
すぐ目の前にがいる。
黒神は急にキスしたくなった。性的興奮が湧き上がったわけではない。
ただ、自分の体温が上がっている今、が持つ体温の冷たさを絡めと取りたいと思っただけで。
後はただ、積もった寂しさを埋めるために触れあいたかっただけで。
「どうしよう。着替える?結構パジャマ濡れてるみたいだけど」
確かに首から背中にかけて、ぐっしょりと濡れていて気分が悪い。
「そうだな。、悪いがタオルをくれるか。さすがに風呂に入る元気までは無い」
「ちょっと待ってて」
はとてとてと歩いていく。帰ってきた時には濡れタオルと乾いたタオルを持っていた。
「拭いてあげるよ」
驚いたあまり言葉が出ない黒神のパジャマのボタンを外していく。
介護されているようで、とても恥ずかしい。
「っ、あ、、しなくていい。自分で」
「大丈夫。黒ちゃんはジッとしてれば良いの」
「そういう問題では」
「はいはーい、病気の方は大人しくしないと駄目ですよー」
完全に押し切られる形となり、仕方なく黒神はのしたいようにさせる。
最近入浴を共にするようになったとは言え、風呂場以外で身体を見られることはなんとなく恥ずかしい。
黒神は男であるため、見られてまずいものは下半身の一部くらいしかないのだが、
何故だか上半身もまじまじと見られることに羞恥を感じる。
「じゃ、拭いていくね。痛かったら言ってね」
濡れタオルで身体を拭かれるのは気持ちが良い。
先程まで汗が身体に絡み付いていたのがふき取られるだけですっきりする。
更に身体を冷やさないようにと、濡れタオルの後は乾いた後でふき取ってくれる、細やかさ。
恥ずかしくはあるが、が一生懸命に自分の世話をしてくれることはとても嬉しい。
「じゃあ、ズボンも脱がせちゃうね。あ、あと……その、ぱ、ぱん……ちゅ」
顔を真っ赤にしながら言う。
見ていると黒神も真っ赤になってしまう。
「い、いい。後は俺がする。は部屋を出ててくれ。終わったら呼ぶ、から」
「で、でも、ご、ごめんなさい、私、恥ずかしがってる場合じゃないのに、でも、ぱん」
「大丈夫だ!これでは俺が恥ずかしい!影!を連れて行ってくれ!」
すっと床から影が現れると、を部屋の外へ追いやった。
黒神はいそいそと身体を拭き、着替えている間、リビングではのきゃーきゃーした声が聞こえてくる。
内容はと言うと、
「ぱぱ、ぱんつが恥ずかしかったの!」
「黒ちゃんのぱんつを脱がせた後……って考えると恥ずかしかったの!」
「だ、だって、おと、おとこの、おおお、とこのひとって、よ、よくわかんないの」
「私にはそんなよくわかんないものないもん!」
「一緒にお風呂に入ってるけど、恥ずかしいよぉ!」
「ねぇ、影ちゃん、私変な子なの?パンツも男の子のあれも恥ずかしいの、駄目?変?」
「どーして私には無いの?」
……というように、黒神のパンツと下半身についてであった。
ここまで聞こえていることを想定していないのだろうかと、
直接言われているわけではない黒神は恥ずかしく思った。
◇
「黒ちゃん一緒に寝よっ」
「駄目だ」
若干の身体のだるさはあるが、黒神はと同じ食卓にて食事を取った。
昼食の時よりは随分良くなっていることを実感する。
後は夜寝れば明日には良くなっていることだろう。
そう思って部屋に帰れば、がこんなことを言い出した。
「えー……大丈夫だよ」
「うつるから駄目」
「いいもん。うつすと黒ちゃん治るもん」
「迷信だ。だから駄目」
口を尖らせたは首を振る。
「やだ一緒にいる」
「」
「やだやだ!じゃあうつんない!だから一緒に居るの!」
「……」
何度も言わせるなと、黒神は強めに名を呼んだ。
すると、は眉尻を下げて言った。
「……一人だと、寂しくない?」
「大丈夫。同じ家にいるじゃないか。部屋だってすぐ隣だぞ」
本当はいて欲しい。同じ空間に。
隣の部屋なんて遠すぎる。たった一枚の壁が邪魔でしょうがない。
だが、うつすわけにはいかない。
だから黒神は保護者らしく嘘を吐いた。
「はいつもどおりあっちで寝なさい」
「……やだ」
「影」
てこでも動かない状態になっているの説得は難しい。
黒神も本調子ではなく、良い説得の言葉が浮かんでこないため、後のことは影に任せることにした。
「サン、行きましょう」
「でも……」
「マスターを困らせてはいけまセン。調子が悪いのはご承知でショウ?
こういう時は、静かにして差し上げるのが一番なのデスよ」
「……はーい」
渋々ではあるが、は部屋を退室した。
それを寂しいと思う反面、ほっとする。
黒神は布団の中へ潜り込んだ。
今はまだ、に触れてはいけない。駄目なのだ。
早く元気になって、思い切り抱き上げてやればいい。
そのために、黒神は孤独な気持ちを抑えて、必死に眠りに落ちようとした。
とは言え、朝から昼間から夕方からずっと寝続けていたせいで、寝付けない。
寝たい寝たいと思っていても、思うようにはいかない。
それでもと、何度目かの寝返りをうち、瞳を閉じる。
そのように奮闘している中、何故か扉が開く音がする。
音がするということは誰が入ってきたかは簡単に特定できる。
黒神は咄嗟に寝たふりをした。
いったい何を考えているのだろう。顔を見にきただけだろうか。
何かするつもりなのだろうか。
黒神はどきどきしながら耳での行動を探る。
ぽすりという音がする。
ぺたぺたという足音。
ぱすんという音。
もしかしてと思い、黒神は寝たふりをやめ、音がするところを覗き込んだ。
「……」
「お、起きてたの?」
暗闇の中にいたは、自室から持ってきたであろう毛布を持っていた。
枕も床に置かれている。ここで寝るつもりだったのは明らかだ。
「……ごめんなさい」
はしょんぼりと頭を下げた。
影の説得に簡単に応じたのは、後で侵入すればいいと思ったからだろう。
「……もういい。判った」
何を言っても聞き入れないのだということが。
仕方が無いため、黒神は自分のベッドから一メートル離した隣に、新たなベッドを出現させた。
「一緒に寝ることは絶対に許さない。これが俺の最大の譲歩だ」
「うん」
は用意されたベッドの布団に入り込む。
強く言ったからか、黒神の方に入ってくることは無さそうだ。
これでようやく黒神も安心して横になれる。
「ごめんね、無理に来て」
最後まで頑固を貫いた少女が申し訳無さそうに言った。
「が気を使っているのは判っている」
ただもう少し聞き分けが良いと助かるなと、保護者の立場としては思うのである。
「……心配だったの。ずっと今日一日、何をしたのか覚えてないくらい黒ちゃんのことだけ考えてたの」
「ただの風邪だぞ」
「でも、心配だったんだもん……」
「そうか……」
少女を好きな身としては、純粋に嬉しい。
学校という施設にを取られてから、黒神は日々寂しさと戦っている。
そんな中、少女は遠く離れたところにいても、黒神のことを気にかけてくれた。
それがたまらなく嬉しかった。自分を見てくれていることが。
「おやすみ。俺も明日にはちゃんと元気になるから」
「……うん。おやすみ」
少女が近くにいてくれるからだろうか。
先程まではあれほど眠れなかったというのに、何故だかすぐに眠りに落ちることが出来た。
◇
目を開くと、目の前には何故か布団の塊があった。
あれはなんだ、昨夜何があったのだろうかと黒神は頭を捻る。
その塊はもぞりと動くと、ぴょこんと顔が飛び出した。
「あ、おはよ。熱はどう?」
そういえば、昨晩は同じ部屋で就寝したのかと、黒神はようやく思い出した。
「ちょっとごめんね」
は布団から飛び出すと、黒神の額に自分のものをあわせた。
「なさそうかも」
「ああ、大丈夫だ。もう心配要らない」
昨日はあれほどだるさを感じていた身体も、今ではすっかり元通り。
ずっと寝ていたせいか、少し身体が痛いがそれも動けばすぐに良くなるだろう。
「影ちゃん!黒ちゃん熱ないみたい」
部屋に黒い靄が現れ、形を成した。
「本当ですか!良かったデス……」
「ねー」
「二人とも、すまなかったな」
黒神がそう言うと、二人は顔を見合わせにこりと笑う。
「よー、黒神。調子は?」
朝早い時間だというのに現れたのはMZD。
気を使ってか、扉から遠慮がちに顔を覗かせている。
「もう大丈夫だ。問題ない」
「……良かった」
また先程の二人と同じように、MZDもにこりと笑う。
「あ、そういや、時間大丈夫なのか?このままだと遅刻しねぇ?」
「大変!!」
「サン、急いで!」
ぱたぱたぱたぱたと、部屋から三人が飛び出した。
朝の準備はいつも忙しない。
心配してくれる人が傍にいてくれることは、とても幸せなことである。
黒神はそんな幸せを噛み締めながら、また変わらぬ日々に戻るのだ。
世界を改変する責務に。
fin.
(13/01/31)