おねがい

「おじさん、抱っこして」
「また今度な」
「お願い……」

またこのパターンか。

「お前さ、お願いっていえばなんでもしてもらえるって思ってないか?]

くりっとした瞳が俺を見上げ、小さく首を振る。

「思ってないよ」

どうだか。
嬢ちゃんのことだから確とした下心は無いにしろ、
心の奥底では周囲を思い通りに動かすことが出来る言葉であると認識しているだろう。

「俺はその手にはのらねぇから」
「……はぁい」

渋々ながらも諦める。
引き際は心得ているようで、断られれば大抵は諦める。
鬱陶しいほど纏わりついたり、昔の事を引き合いに出してネチネチと要求をねじ込もうとしない。

しかしだ。

さっきから残念そうな顔をして、偶にこちらに視線を投げる。
ワンルームのこの狭い部屋で、俺と嬢ちゃんしかいないというのに、だ。
顔を背けたところで居心地の悪さは変わらず、俺は溜息をつく。

「……わーったよ」

渋々答えると、嬢ちゃんは嬉しそうに膝の間に座った。
なんで俺がこんな年下の嬢ちゃんに振り回されなければならないのか。

たった四文字の言葉だってのに。
いや、もしかすると、本当に力を持つのは「おねがい」という言葉ではなく、

嬢ちゃんが放つ甘ったるい香りだとか、
庇護欲を掻き立てる所作だとか、
慣れすぎた上目遣いではないだろうか。

言葉で始まるんじゃない、俺を操る準備を既に整えた上での「おねがい」
だから俺はそれに抗えず、気がつけば嬢ちゃんの思い通りに動かされるのではなかろうか。

末恐ろしい餓鬼だ。



「おじさん、あのね、実はその、お願いがあってね────」



判ったよ。降参だ。
好きなことを好きなだけ言えよ。
足掻いたところで、結局は嬢ちゃんの願いどおりに進むことになるんだ。




fin. (13/05/21)