本当に欲しかったものは

前回のあらすじ

ヴィルヘルムの誕生日を知ったは、そのお祝いに何かプレゼントしようとヴィルヘルムの城へ。
尋ねると、ヴィルヘルムが望んだのは、物ではなく、戦闘であった。
渋々承知したが、案の定は負け、意識を失う。
意識を取り戻した時にはいなかったはずの黒神が目の前にいて、
ヴィルヘルムのベッドに寝かされていたこともあって淫らな行為を行ったと勘違いされる始末。
最終的に誤解は解けたが、二人の仲違いを仕組んだヴィルヘルムに、お仕置きをすることに────。





「っ、厄介な」

ヴィルヘルムは鎖で縛られ、椅子に座らされている。
勿論鎖という形を取っているだけで、実際は黒神の力を用いた拘束具であるため、
ヴィルヘルムの腕力がいくら強かろうとも逃れることは出来ない。

「さて……テメェへの処置をどうしてやろうか。四肢を切り刻、」
「……黒ちゃん」

好機とばかりに残虐非道な処置を行おうとする黒神をは諌めた。

「…………。すまない。冗談だ」
「もっと別のお仕置きない?」
「魔力を枯渇させ、二度と魔術が放てないようにする」
「却下。もうそれヴィルじゃなくなっちゃう。ただの紳士風の人になっちゃう」
「この男は紳士ともかけ離れているだろう。なれて、変な仮装の変質者だろ」
「幼児趣味の貴様が何をふざけたことを」

身体の自由は奪われていても、発言の自由は与えられているヴィルヘルムは黒神を罵った。
黒神はそんなヴィルヘルムを冷たく見やると、黙って身体の拘束力を強めた。
人間の身体が千切れる位に締め付けていられているというのに、ヴィルヘルムは一切表情を崩さない。
それを気に入らない黒神は更に力を強めようとする。
しかし、それに気づいたが制した。

「黒ちゃん。痛いことはしちゃ駄目!」

は、大きく身動きが取れないレベルへと拘束力を大幅に引き下げた。

「大丈夫?痛かったよね、怪我してない?」
「私を見くびるな」

ヴィルヘルムの身体の無事を知りほっとするの背後では、黒神が今にもヴィルヘルムを殺さんと睨んでいた。
ヴィルヘルムが勝ち誇った笑みを黒神へ向けると、黒神は苛々した口調でに言った。

「で、こいつをどうするつもりだ」
「うーん。悩んだんだけどね」

は満面の笑みを浮かべて言った。

「語尾に、にゃんってつけて。期限は一ヶ月」

の言葉がヴィルヘルムの静かな自室へと響く。
呆気にとられていた二人は一拍おいて同時に声を上げた。

「貴様!ふざけたことを!」
「はははははっ!面白ぇ!!」

身体的に痛めつけられていた時は一切表情を変えなかったヴィルヘルムであるが、
この提案を聞かされてから、抵抗できない歯がゆさで悔しそうにを睨みつけている。

「……ぷくく、いいぞ、晒し者にしてやれ。くっ、っくく」
「じゃあ決定だね!黒ちゃんお願い」
「ああ。任せろ。誰にもとけない呪いだ」

黒神はヴィルヘルムに掌を向けた。
外見は何ら変化はないまま、腕を下ろす。

「ついでに戦闘も出来ないようにしておいた。用は済んだ。、帰るぞ」
「ヴィル。またね」

二人がヴィルヘルム城を後にすると、ヴィルヘルムの身体を縛り付けていた鎖が跡形もなく消えた。











決してとけない神の呪いを受けたヴィルヘルムは、醜態を晒さぬようにと自城に篭っていた。
しかし、そういう時に限って、来訪者が現れるものである。



ユーリが会いに来た時の反応。

「っふ、ははははははは、どうしたヴィルヘルム!魔力にのまれたか!!
 それとも何百年という年月で頭がおかしくなったのか!!」
「っ……黙ってろ、……にゃん」
「くふははは。うちの犬と変わらんな。どうだDeuilに入らないか?ケモノ枠だ!」
「愚弄するな、にゃん。っ忌々しい……」
「はははははー、あー、く、くくく、ふはははははは。
 だ、くはは、痛、ははは、辛、ふはははははあはははははは、げほ、げほ。
 し、紳士にあるま、ふは、あるま、じ、はははははは!!」





ジズが会いに来た時の反応。

「ほほほほほほ!なんです貴方!!道化師の才能がおありのようですね!!」
「……死ね。にゃん」
「っっふふふふ、く、ふ、ふははははははは。その、その言い方で、な、ふふふふ、くははははは、
 やめ、死ぬ、死んじゃいます!ふふははは、笑、わらい、死、くふふはははははっははは」
「いつか、貴様の所持する人形を破壊し尽くしてやるにゃん」
「ふふふは、はははは、やめ、あー、ああっははは、し、しぬふふふ、しんじゃ、あははあははは」





ジャックが帰還した時の反応。

「……上司、そんなに疲れてるなら、もう少し俺を働かせればいい。
 その代わり、長期休みを要求する。その休暇でと黒神と一緒に住む。みんな幸せ」
「っく、ならもっと働け欠陥人間にゃん!暗殺兵器としてもっと殺しに行けにゃん!」
「……行ってくる、にゃん?」
「元に戻った暁には、貴様覚えていろにゃん!」
「無理をするな。体に障るぞ。にゃん」





黒神が馬鹿にしに来た時の反応。

「よう、糞魔族。今日もにゃんにゃん言ってるか?」
「…………にゃん。っ、私は言葉を発してないというのににゃん」
「あははははは!!にゃん、だってよ、にゃん!あはは、ばっかじゃねぇの!!
 何が魔族だ、何が貴族だ。阿呆らしくて片腹が痛いぜ!!
 こんな野郎がにちょっかい出してんのかよ!!身の程を知れよ、変態」
「っ……にゃん」
「テメェを殺す方がずっと良いと思っていたが、こういうのも悪くない。
 っくく……ふ、はは、あははははは。ついでにMZDにも教えといたぞ。そのうち来るかもな。
 ついでにテメェの気持ち悪ぃ様子を他の奴等にも宣伝させといたぜ。有難く思いな」





MZDが様子を見に来た時の反応。

「よーっす、ヴィルにゃん!」
「……貴様。覚えていろにゃん」
「ははは!本当ににゃんって言ってるぜ。
 それだと怒っても全然怖くねぇな。にしても本当に攻撃は一切出来ない仕様なのな。おもしれー」
「この世界の神とはどちらも頭のおかしな奴等、にゃん」
「あ、今度のパーティーは獣耳ってどうよ!尻尾も欲しい?
 にもしてもらおっと……って、黒神が嫌がるかな。
 いや、逆か。喜びすぎて鼻血ぶーかもしんない……。アイツその辺馬鹿だし。
 ヴィルヘルムはどうがいい?何耳?犬?狼?キツネ?それともウサギさんかなぁ~?」
「好きにしろ、にゃん」
「そうかそうか、猫ちゃんがいいか。そっかぁ、ヴィルヘルムは猫派かあ。
 ふふふ。ふ、あは、あははは、ははははははははは!!!マジ傑作!!!!」





が遊びに来た時の反応。

「ヴィルー。こんにちはにゃん。元気かにゃん?」
「貴様!!!貴様のせいで私がどれほど辱めを受けているのか、判っているのかにゃん!!!」
「ふふーん、怒っても無駄だにゃん。黒ちゃんの力は最強にゃん」
「忌々しい!!これならばいっそ、傷めつけられた方がマシであったにゃん!!」
「まぁ、そう言わないでよ。あのままだったら殺されてもおかしくなかったんだよ。
 それがこうも平和に終われたんだからさ。喜んでよ」
「出来るか。このまま恥を晒し続けるくらいなら、滅んだ方がマシだにゃん」
「えー可愛いのに。……今のヴィルすっごく可愛いよ。ふふ。猫さんヴィルいいね」
「貴様の感性は腐りきっている、にゃん」
「ふふ。ほら、ごろごろ~」
「……にゃ」
「え、喉は鳴らしてくれないの?けち。じゃあ猫じゃらしはどうかな!どうかな!」
「口調は変えられど、私の心身は元の魔族のまま。
 猫の習性なんぞ一切、ないにゃん。っ、やめろ、何故だ、身体が、勝手に」
「あぁああ!!可愛い!!ほらほら、こっちだよー。うりうりー」
「憎らしい。世界も神も何もかもが、憎らしい!にゃん!!!」
「じゃれてるヴィルすっごく可愛い!!!もういっそ魔族止めて猫になっちゃおうよ!」
「誰が畜生にこの身を落とすか、にゃん!!」





こうして、誕生日からの一ヶ月間、からかいに来る来訪者は後を絶たなかった
訪問者は必ず一人にはヴィルヘルムのことを教えるので、連鎖が止まらないのだ。

ヴィルヘルムはからかいにきた相手を何度滅ぼしてやろうと思ったか判らない。
だが、黒神の力は強力で、どんなことをしようとも決して攻撃魔術は使えなかった。
嘲笑を受け続けるだけの一ヶ月。



耐えて耐えて耐えぬいて、ようやく封印がとかれる五月十五日が来た。



「ようやくだ。……ようやくこの時がきた。もう語尾には何もつかん。魔術も使える」

己を嘲笑った者達を誰一人として忘れていないヴィルヘルムは、まず一人目のところへ向かった。



「今度一緒に行こうよ!偶には女の子だけで遊ぼ?」
「いいよ。なら、さんの都合の良い日に合わせるから、後で教えてね」

住宅街を下校するとサユリ。今日はいつもの男連中がいない為に落ち着きがある。
二人がにこにこと笑い合っているところに、漆黒の衣装を纏った男が道を塞いだ。

「ヴィル!?」

雰囲気を察しはサユリの前へ出て防護壁を展開した。
それと同時に轟々と響く破壊音。一瞬ずれていれば、二人は木っ端微塵である。

「久しいな娘」

粉塵が舞う中、ヴィルヘルムの鋭い視線がを捉える。

「私を笑いものにした罪、その身に刻みつけてやる」
「笑ってないよ。可愛いって褒めてたの」
「黙れ」

ヴィルヘルムが再度攻撃態勢に入る。危険を察したは後方のサユリに叫んだ。

「ごめん!今からお家へ直接飛ばすよ」

はサユリを自宅へ、自分も自宅へと身体を空間転移させる。
黒神の居住空間へ到着したは、デスクに向かっていた黒神に指示を出す。

「侵入者が来る!!絶対入れないようにして!!!」
「了解」

黒神の作った異次元は、に害を与える存在は誰も侵入できないように出来ているが、それを更に強化した。
出入りを許可された個体は、黒神とだけ。今はMZDすら入らせない。

「……で、どうしたんだ、突然。ここを狙う奴とはどんな奴だ。場合によってはその外敵を消す」
「ううん。物騒なことはいいの。ただ、これないようにしてねってだけなの。私の身の安全のために」
「そいつ、を狙っているのか!それならば更に強化しておかないと」
「面倒なこと頼んで悪いけれど、お願いね」
「ああ。は安心して過ごすといい。には指一本触れさせない」
「さっすが黒ちゃん!」

に抱き締められた黒神は少し頬を赤らめ照れていた。
こういうハプニングも偶にはいいかもしれないと、満足気な様子。

一方、に逃げられたヴィルヘルムは。

「あの男のところに逃げこむとは」

ようやく報復が出来るというところで、己の力の届かない所へ逃げ込まれてしまったので相当苛立っていた。
今ならば理性を無視して、街一つ二つ破壊してもいいとさえ思っている。

「面倒な」

ヴィルヘルムの復活と怒りを知ったは警戒して、黒神の傍から離れないだろう。
の周囲の神二人に関しては、ヴィルヘルムがどう足掻こうとも力でねじ伏せられてしまう。

「次の策だ」

このまま待っていても事態が好転することはないと、ヴィルヘルムは一旦退却した。











「おやすみー」

ヴィルヘルムの仕返しに怯えたはその日一日家にいた。
独り占め出来ると嬉しがる黒神は、を撫でたり、隣りに座ったり、
膝に座らせたり、太ももや腹部に触れたりとの存在を目一杯堪能した。

「おやすみ、

寝ぼけ眼のを軽く抱き締めて離す。はよろよろと自室へ帰っていった。

「さて、俺も寝るか」

万年欠乏症に悩まされている黒神であるが、
今日は乾いた心がすっかり潤った為、気分よく自室へ帰っていった。
のことを好き勝手妄想しているとすぐに眠りに落ちた。

一方隣の部屋のも黒神に挨拶してすぐに夢の中へ。
普段神の力を行使するはその副作用として、夢はいつでも思い通りのお話にしかならない。
自分が望む土地に、自分の好きな人、好きなもの、好きな食べ物に囲まれる。

今日の夢の場所はヴィルヘルムの城。
現在、現実のヴィルヘルムには会えないため、夢の中で会いたいという気持ちが具現化したのだ。

「ようやく現れたか」

現実と同じ姿のヴィルヘルムが足を組んで椅子に座っていた。

「ヴィルー」

は何も躊躇うこと無くヴィルヘルムに飛びつこうとするが、空になった椅子の背に思い切り顔面をぶつける。

「……酷い、酷すぎる。夢なのに、ヴィルが、優しくない……」

痛みが走る顔をぎゅっと抑えながらは嘆いた。
忽然と消えたヴィルヘルムは別の場所で腕を組んで直立している。

「夢だろうと私は私。世迷言をぬかすな」
「そんなことないもん!!!夢の中のヴィルはとっても優しいんだもん!!
 いっつもなでなでしてくれて、いい子いい子してくれるの!!
 黒ちゃんとも仲良く出来るし、殺しもしないんだからね!!」

手をバタバタさせながら主張するにヴィルヘルムは頬を引きつらせた。

「吐き気がする……。貴様は夢の中でまで私を穢しているのか」
「なんか本物っぽい……。いつもの優しいヴィルがいい」

そう言って、は離れた場所に立つヴィルヘルムの方へ向いた。
今にも飛びつかんと構えている。

「やめろ。寒気がする。私はそんなことをされるために貴様の夢に侵入したのではない」
「侵入?」

は疑問符を飛ばしながらヴィルヘルムに抱きつきにかかるが、またもや逃げられる。
顔を歪めるヴィルヘルムを見て、は大きなため息をついた。

「今日の夢は上手くいかなかったんだなぁ。次にしよ」

夢の場面変更を行おうとすると、ヴィルヘルムはつかつかと足早に駆けより、の頭部をむんずと掴んだ。

「そうはさせない。貴様に報復する為に、わざわざ黒神の力が弱まった時を狙ってここに来たのだからな」
「今日はもういいよ。また明日ね」

ヴィルヘルムの存在を夢の世界から消去しようとする。
そうはさせないと、ヴィルヘルムは己の掌に術式を込めた。

「貴様も獣になるがいい」

の頭部から手を放した。しかしに外見的な面では何の変化もない。
だが、自身は自分の身体に変化が訪れたことを自覚した。

「動物は欲に忠実だ。それに今の時期は」

先程のヴィルヘルムと、今のヴィルヘルムがには違って見える。
今のヴィルヘルムを見ていると胸が異常に高鳴り、その身体に触れたい、触れられたいという欲求が高まっていく。

「ヴィル……」

この種の欲というものを理解できていないはヴィルヘルムに縋るような目を向けた。
頬を赤らめ、瞳を潤ませる姿に、ヴィルヘルムは口端を釣り上げた。計画通りである。
に獣の習性を強制的に植え付けたことで、本来人間の持ち合わせている理性が著しく弱くなっている。
更に今の時期は動物の性交欲求が高まる発情期であり、知識の有無の関係なくの身体は男を強く欲していた。

「どうした?顔色が悪いようだな」

ヴィルヘルムはに対して性的欲求は皆無である。
犯してしまえば黒神を絶望させることが可能であるが、同時に自分も世界も終焉へ向かう。
負けを認めるようで癪ではあるが、手を出す訳にはいかない。
だからヴィルヘルムはに何もしない道を選んだ。
異性の性器を心より欲しているに一切何もしないというのが、自分をとことん辱めたへの報復である。

「ヴィルー、ヴィルっ!」
「何が言いたいのか私には理解できんな」

知識のないは自分の身体の変化自体は判っていても、解消方法は知らない。
本来ならばが一人で自分を慰めれば解決する話であるが、判らないはどうすることも出来ない。
自分の変化に戸惑いながらも解消出来ない苦しさに、目の前のヴィルヘルムに目で訴え続ける。
だが、ヴィルヘルムは絶対に何もしない。その要求を撥ね付ける。
どんなに男を誘うような振る舞いを見せられようとも、所詮
ヴィルヘルムの心が揺らぐことはない。

「……ヴィル……」

甘ったるい熱っぽい声がヴィルヘルムの耳を撫でる。
それを聞いてほくそ笑んでいると、ヴィルヘルムは自身の身体の自由が失われるのを感じた。
驚いた時には遅い。はヴィルヘルムに正面から抱きついている。
引き剥がしたくとも、ヴィルヘルムに抵抗は許されていない。

「ヴィル。変なの……どうすればいいの?」
「……それは」

はたとヴィルヘルムは気づいた。
自分は何故言葉を発している。教えてしまえば、耐える苦しみからを解放させてしまう。
黙するべきだと思っているのに、ヴィルヘルムはの問いに答えた。

「それは、子を成そうとすればいいのだ」
「赤ちゃん?どうすればいいの?」

自分の意志とは無関係に言葉が口を突いて出てくる。
したくもないのに、を優しく抱き締め、頭を撫でさせられている。
ヴィルヘルムは心内で舌を打った。自分が目の前の少女に完全に操られていることに。

本来ならば、の夢の中とはいえの脳内の住民ではないヴィルヘルムは、の脳の干渉を受けない。
だから、先程からが思い通りにいかないと言っていたのだ。
それなのに今のヴィルヘルムは自由意志を封殺され、発言も行動も制御権を奪われている。
理由は至極簡単。これは神の力によるものだ。

他者を操ることは出来ないと言っているであるが、実際は他者を意のままに操れることが出来るのだろう。
力の使用者であるが他者コントロールの可能性を認めていないため現実では行えないが、
獣化を施され倫理観や道徳観が普段より薄れ、自分の欲を優先している為行えたのだろうとヴィルヘルムは推測した。

このままではまずいと、ヴィルヘルムは容赦なく甘えてくるの頭を撫でるふりをしてむんずと掴み、自身の魔術を解いた。

「あれ、変なの無くなった。きゅーって感じしないよ」

が自身の変化を不思議がっている間にヴィルヘルムはさっと距離をとった。
欲から解放されにこにこと笑っているを見て、末恐ろしい人間だと、ヴィルヘルムは思った。

「貴様は弱いくせに厄介な娘だ」

人間、子供、女性という要素に反して、は十分に危険人物である。
着実に神に近づいており、第三の神になるのは時間の問題。
ただいくら力をつけようとも、寿命が存在する人間では時間に限りがある。
絶命するその時までに、双神に次ぐ力の持ち主になるのかどうか。

「厄介なのは、ヴィルも一緒だよ」

は薄く笑みを浮かべた。そこから楽しい、嬉しいといった正の感情は見えない。

「私が何を望んだって、ヴィルだけは何も叶えてくれないし、優しくないし、意地悪だし」
「人間が魔族を思い通りに動くものと思っていることがそもそもの間違いだ」
「操りたいわけじゃないよ。ただ……。
 誰とでも一緒にいれば心が近づいていくような時があるのに、ヴィルだけは違うんだもん」
「貴様の考えることは実に下らん。見えぬものに何を求めている」
「……そうやってまた、冷たい言葉で私の考えを否定する」

呆れたは椅子を出現させそこに逆向きに座った。
背もたれに顎と頬をのせて、ふてくされたようにヴィルヘルムに尋ねた。

「……どうしていつも優しくないの?」
「何のメリットがある」
「損得勘定以外はないの!?」

溜息をついたは姿勢を正し、ヴィルヘルムを真っ直ぐ捉えて尋ねる。

「ねぇ、ヴィルヘルム。力を完全になくした私は、貴方にとって少しの価値もないものですか?」

ヴィルヘルムは少しだけ間を開けて言った。

「……少しも」

それを聞いたはみるみるうちに眉尻を下げた。

「……あーあ。夢なのに上手くいかないなんて。こんなんだから現実でも上手くいかないんだね」

笑ってはいるが、今にも泣きそうだ。

「己の思うがままになる夢に依存するな。能力の無駄使いだ」
「破壊行動だって能力の無駄使いだよ。何かを壊すのは何もこの力でなくたって出来るんだから」
「ならば神の力の有効な使い方とはなんだ」

考える素振りを見せたは首を傾げながら言った。

「……私や好きな人達が楽しくなるようなこと、かな」
「くだらん」
「すぐそうやって一蹴する。否定しかしない」

夢の中だからだろうか。は普段よりも本音をぶつけている。
の感情の変化を普段より観察しているヴィルヘルムだが、視るのと聞くのではまた違ったように思えた。

「貴様がまともな発言をすればいいこと。まぁ、知能の低い貴様には無理だろうがな」
「そういうところが嫌いなの!悪口までセットしなくていいじゃん!」

正しく椅子に座り直し、ヴィルヘルムに背を向けた。
丸めた背中はより小さく見える。

「……落ち込まされるんだったら、こんな夢、早く覚めてくれればいいのに」

がそう言うと、夢の世界は少しずつ綻び始めた。
夢の世界が閉ざされていく。現実が大きな口を開け、を食らおうとしている。
外部からの侵入者であるヴィルヘルムは今のままだと少女の妄想の世界に取り込まれてしまう。

「そういえば。生誕記念に何も貴様から贈呈されなかったな」

夢に留めておく為の言葉を適当に放った。

「え?あげたよ。あげたっていうか、やったっていうか……」

のお気に召さなかったのか、夢は崩壊の一途をたどる。

「物理的な物をよこせ」
「追い剥ぎしないでよ……。ヴィルの方がお金持ちなのに」

本日何度目になるかわからない溜息をつき、は呆れながら尋ねた。

「……聞くだけだよ。聞くだけだけど、何が欲しいの?」
「貴様だ」
「……え?」

世界の崩壊が目に見えて遅くなる。そんな好機をヴィルヘルムは見逃さない。

「貴様を私に寄越すがいい」
「え、え……えぇ!?」

顔を真っ赤にしたが立ち上がった瞬間、夢が現実を押しのけた。
夢の世界の主の心をヴィルヘルムは掴みにかかる。

「そ、そんなこと言われたって、私どうすることも、だって、暗殺者になんてなれないし」
「暗殺者になる必要はない。貴様はそのままでいればいい」
「え……本気なの?」
「空言でいいのか」
「ち、ちがうよ!違うけど!!」

は混乱しつつも、慎重な面持ちで質問した。

「あ、あの…………えっと、魂のことだよね?」
「当然だ」

即答されたの頬肉ががっくりと下がる。また小さな溜息を放つ。

「そうだよね…………なんだか前もこんなやり取りした気がするよ」
「答えは」

拗ねた顔を向けたは溜息をついて、言った。

「……予約までで」
「ならば契約実行だ。宣言するがいい」

正式な儀式ではないし、契約書すらない。
何の効力もない、口約束。

「私の身体が滅んだその時、私は貴方のものになります」

照れながらもはっきりと宣言するのを聞いたヴィルヘルムは小さく笑った。

「忘れるな。この契約を」
「了解です。……どうせこれは夢。いつかは覚める夢だもの。なんだって言ってあげられるよ」

これは強制力のない約束であると、はあまり自分の発言を深く考えていない様子。
だがヴィルヘルムはそうではない。

「貴様の言う通り、これは夢だ。現実ではない」

そう言って、ヴィルヘルムは不意にを横抱きにした。

「貴様は私のものだ。所有者は、世界でも死神でもない」

迷いのないヴィルヘルムには頬を染めた。

「……なんだか、急にいつもの夢に戻った」
「その身も心も私のもの。貴様が顔を伺い、従うべきはこの私だ」
「……言い方はいつもどおり偉そうなんだね」

そう言ってはくすりと笑う。

「偉そうなのではなく、実際に優れているのだから問題あるまい」
「そうだね」

ヴィルヘルムの不遜な物言いに同意するの身体が透けていく。
周囲の世界も少しずつ剥がれていき、現実が顔を覗かせている。

「いいか。決して忘れるな。貴様の所有者は────」

の意識が途切れる前に、ヴィルヘルムはの夢から去った。
間髪入れず、の夢が泡のように弾けて、現実世界へと意識が引き戻されていった。

さん、朝デスよ」

の脳は緩慢に動きながら、現状理解に努めている。

「……影ちゃん」

まず、目の前の人物を認識しその名を呼んだ。

「マスターも貴女をお待ちデス。さ、お顔を洗って来て下サイね」
「うん……」

自分がいつもどおりの朝であることを理解した。
だが、は腑に落ちないのか、すぐに起きようとはしない。

「どうしマシた?」
「ううん。なんだか身体が変な感じで……ちゃんと寝られなかったのかなって」
「怖い夢でも見ていたのかもしれまセンよ。デモ忘れているようなら幸いでシタね」

は満面の笑みを浮かべた。

「うん、覚えてなくて良かった!」

ベッドから飛び起きたの左手の甲に浮かんだ燒き印が、ずぶずぶと皮膚内に埋もれていった。






fin.
(13/05/15)