誕生日-魔族の場合-

今日はMZDの家のお掃除を手伝っていた。
今までのポップンパーティーに関する資料であったり、企画書であったりを整理するお手伝い。
その時見つけた、ポップンパーティー出演者の公式プロフィール。

几帳面にもそれは、あいうえお順に並んでいた。ぱらぱらとめくる。
その時、ある名前に目が止まった。
そして今日の日付を見ると────。











「ヴィル!!!」
「騒々しい。もっと優雅に来れんのか。これだから平民は」

いつもの悪口を遮って、私は自分の言いたいことを滑りこませる。

「ポップンパーティ参加者のプロフィール一覧見たよ!」
「で」

凄く嫌そうな顔をされた。綺麗なお顔が台無しである。

「おたんじょうび、おっめでとー!!」


「……」

一切反応が見られない。
お祝いに合わせて明るく言ったというのに気まずくなってきた。

テンションを元に戻して、落ち着こう。彼は煩いのが嫌いなのだ。

「……ヴィルって誕生日あったんだね、私ですらないのに」
「昔の話だ。まだ人間であった頃の」
「え!?人間!?」

詳しく教えて欲しいとせがむと、蒼炎が飛び出し私を飲み込んだ。
お決まりのパターンなので、私はさっと蒼炎を消滅させた。
またもや、嫌そうな顔をされる。

「……紅茶淹れて参ります」
「待たせるな」

御機嫌取りの為に、自分が出来る精一杯の紅茶を淹れる。
このまま今日は外へは行かず、ヴィルヘルムとゆっくりお話しよう。
幸い今日は休日だ。時間はたっぷりとある。
掃除を途中で抜け出してきたことを思い出したが、気にしない事にした。

私は紅茶の入ったカップを彼の前に置き、また私の分を向かいの椅子の前に。
ちらりと主を見たが、私の行動に何も言わなかった。
これは許可の合図。

ヴィルヘルムがどれだけ罵ろうとも、本気で嫌がってはいないということがこれで判る。
なかなかこの魔族さんは、天邪鬼で厄介だ。
それでも、気に入っているのだけれど。

私は彼の前に座って、先ほどの話について聞いた。

「ジョルカエフは人間から悪魔になったんだって。
 なのに、どうしてヴィルは悪魔でなく魔族になったの?」
「どちらも、魔の者であることには変わりない」

漢字を見ればそうだ。
きっと厳密には違うのだろうが、私は判らない。

「奴はなんだ、恐らく人を殺し、魂を食らうことで悪魔になったのだろう。
 私は違う。奴ほど狂ってはいない。
 魔族と契約したのだ。結局そいつも私が殺してしまったがな」

十分狂っていると思うのだが言わない。

「それによって力は得た。だが、元人間の枷はでかい。
 より純粋な魔族に近づくために魂を集めている。食らうために」
「へー。そうなんだー」

ヴィルヘルムの魂コレクションは何回か拝見したことがある。
見えるものもあれば見えないものもあって、いまいちよく判らなかった。
人間の瞳では限界があるのだそうだ。

神の力を使えば、何もかも視えることになるだろうが止めておいた。
もしそこで、魂の持ち主の姿が鮮明に見えてしまえば、私はその場にいられない。
ヴィルヘルムのコレクションを全て壊して、魂を開放してしまう気がする。
だから、私は見ない。見て見ぬふりをするために。
彼に嫌われないために。

「貴様もその魂、最期には私に差し出せ」
「死んだ後なら構わないよ」

死んだ私が魂になる。
そして、力を求めるヴィルヘルムにむしゃむしゃと食われていく。
リアルには想像できない。

「そんなに純粋な魔族になりたいの?」

既に高位魔族であるのならば、もう魂は必要としないと思うのだが。
私の魂だって、本当は要らないのではないだろうか。

「今はただ力が欲しい。霊体に近づくよりも、力を取り込む目的の方に重きを置いている」

なるほど。それならば、私はヴィルヘルムの目的にピッタリとあった魂だ。
ただ、一つ気になることがある。

「どうして、そんなに力が欲しいの?」
「力が全てだからだ」

よく聞く台詞だが、私は理解できない。
力を持ったところで、幸せになれるとは限らないからだ。
身近にいる世界最強の二人を見てて、そう思う。
彼らの心には大きな闇が潜んでいる。
この先軽減することはあっても、全てが無くなる日は永遠に来ない。

「もうあまり記憶が無いが、私が人間の時にはそう思っていたらしい。
 今は単純に、力を誇示する瞬間が楽しいから、欲している」
「ヴィルらしいね」

思わず笑った。私の思うヴィルヘルム像にあまりにも合っていて。

「じゃあ、力を増幅させる私は、ヴィルにとってはいい道具なんだね」
「そうだ」

予想通りの答えが返ってきた。
答えなんて判りきっていたのに、ひどくがっかりした。

「不服か」
「ううん。そんなことないよ」

何回聞いたって答えは同じ。それを判って、私は何度も同じ事を言う。
いつか違う答えがくることを期待している。絶対に叶わないと判っているのに。

「このヴィルヘルムが認めた魂だ。誇りに思え」
「そうだね」

でも違う。私が望んでいるのはそれじゃない。
もしも、私がこの指輪を失ったら?力が無くなったら?
ヴィルヘルムとの関係は、一体どうなってしまうのだろう。

いや、よそう。これも、答えは決まりきっているのだから。

「ねぇヴィル、今日はお誕生日でしょ。何か欲しい物ある?」
「力」
「それ以外で」
「国家」
「…………え、本当に欲しいの?」
「冗談だ」

百パーセント冗談とは思えないが、ちょっとそれは叶えてやれそうにない。
今日のところはもっと人間っぽい普通のことをお願いして欲しい。

「私は、貴様が欲しい」
「へ!?」

どういう意味だろう。
欲しいって……欲しいって何?魂欲しいの?今?
それとも使用人として欲しいの?

それとも……私を、必要してくれてるって、こと?

「そそそ、それは、どうすればいいんですか!」

ヴィルヘルムは私の手を引く。
首根っこでも腕でも髪でもないなんて、とても良心的だ。
と言うことは、今日は期待してもいいのだろうか。

彼は私をホールのど真ん中へ立たせた。

「今から私を殺しに来い。こちらも貴様を殺しにかかる」
「えぇ!?」
「魂を懸けた戦いは生誕の宴に相応しい」
「相応しくなんかないよ!」

と言ってる間に、ヴィルヘルムは戦闘態勢。
冗談では無さそうだ。私も体制を整えなければ大怪我してしまう。

「……本気でいいの?」
「手を抜けば死ぬぞ」

私はヴィルヘルム城のエプロンドレスに衣装替えした。
これでどれだけボロボロにされようと、黒ちゃんや影ちゃんに怒られない。

ヴィルヘルムの姿が消えた瞬間、私たちの戦いの火蓋は落とされた。





現実は意地悪だ。理想通りになんて全然いかない。
もっと普通にお祝いしたかったのにな。











無様に床に転がる子供の頬を叩くが、何の反応も返ってこない。
早い気絶だ。今日はそれほど持ち堪えられなかった。
呆気無く、味気ない。だが今日だけは勘弁してやる。

機能を失った使用人服を引き裂いて全裸に剥くと、城を徘徊する下級魔族群に娘を放り投げる。
後は放っておけばいい。奴等は下等で低能だが、娘の着せ替えについては任せておける。

自覚はないようだが、娘は使役には長けている。
生まれついての女王性……、と言うよりは死神が使用人の様に娘に奉仕し続けたせいだろう。
それで自然と思い通りに他を動かす術を身に着けた。

我が城の魔族たちも逆らうことなく娘に従った。

そうやって繰り返し命令され続けたことで、細かな指示を出さずとも奴等は何をすべきか判る。
屑と変わらぬ奴等だが部下としてはそれなりに使える奴等と発達した。
ただ、その発達が私の役に立つような方向へ向かわなかったところが、娘の中途半端なところである。

少し経って、奴等が気絶したままの娘を連れてきた。
ここへ来た当初の服装で、先ほどの戦闘でついた汚れも無くなり、ほのかにソープが香る。
奴等が出来るのはこれだけだ。たった、これだけ。仮にも魔族であるというのに嘆かわしい。

苛立ち解消の為に足元にいた羽虫の如き魔族を踏みながら、娘を受け取った。
それを私の寝室へ運び、ベッドの上に横たえさせる。

あの戦闘は言わばプレリュード。
私の望んだ展開はこれからだ。

気絶したままの娘の首筋に触れる。
指の冷たさに驚いてか小さく震えた。だが、起きる様子はない。
指は首筋からそのまま下へおろしていく。











ヴィルヘルム城のホールで身を揺るがす程の破壊音が響いた。
それに負けないくらい大きな怒鳴り声が続く。

「カニパン魔族!!!俺のをどうしやがった!!ここにいるのは判ってんだよ!!!」
「毎度毎度城を壊すな」

姿を表したヴィルヘルムに黒神は詰め寄った。

はどこだ」
「知らぬ。ここにいないのだから帰ったのだろう」
「嘘だ!絶対にここだ!」
「ならば探れ。一応神に属する貴様ならば、たかが人間の小娘一人の居場所くらい判るのだろう」
「出来ねぇと判ってる癖ほざくな。……いい。一つ一つ調べてやる」

広い城の部屋を一つずつチェックする。
城の壁を破壊してしまえば捜索は楽だが、そうするとを怪我させてしまう恐れがある。
時間と労力ばかりがかかるこの作業に苛つきながらも、黒神は根気よく続けた。
その後ろをヴィルヘルムはついて行く。

「っくそ!無駄に部屋が多いんだよ!使わねぇなら封鎖しとけ!」

腹立たしいとぶつぶつと文句を言う黒神を愉快そうに観察していた。
黒神も背後で笑われていることは知っていたが、を探す方が先決と思い耐えていた。

そして二十と何個目かの扉。扉の種類が今までとは違う。
黒神は身を引き締めて、その扉を開いた。

四柱式ベッドが置かれている。
今までと違うのは、埃や塵の類が一切ないこと。
そして、小さな寝息が聞こえた。

「……?」

駆け寄ってシーツに包まる者を見る。
くてーと気持ちよさそうには寝ていた。
漂う香りで入浴を済ませたことがが判る。

「……ヴィルー」

締りのない顔をしながら手を伸ばし、何かを探っている。
黒神は顔を一瞬しかめ、その手を握った。
 
「……んふーヴィルー」
「悪いが、くろかみ、だ!」
「っ!?黒ちゃん?」

強い語気により、は飛び起きた。
辺りを見回し、自分の置かれている状況の理解に努める。

「……えっと、なんで黒ちゃん?私ヴィルと」
「糞魔族と、何をしてたんだ?」

ごごご……と、そんな効果音がには聞こえたような気がした。

「え、え……別に(戦ってたなんて言えない)」
「ほう、俺に言えないようなことを二人で致していた、と言うのか」
「そんな、言えないことじゃ……ないよ……」
「胸元のリボンの結び目」

は訳も判らず、咄嗟に胸元のリボンを隠すように手を置いた。

「俺でもでもない。違う奴が行っただろ」

黒神は涼しい顔をする魔族をちらりと見た。

「え、え?なんで」
「これでも、お前は何もなかったと言い張るのか」
「……あの、ヴィル?」

状況が理解できなかったは、意識があった時に傍にいた者に助けを求めた。
しかし、知らないとばかりに、ヴィルヘルムは顔を背けた。

「もう何も言わなくていい。勝手に確かめる」
「っ、や、やだ(指輪がない!?)」

黒神は抵抗するの胸元から脱がせていく。
小さな肩の一方が現れ、鎖骨が露わになる。そこには、朱色の痕が刻まれていた。

「……なんだよ。なんで痕なんて」
「(さっきの怪我だ!)違う。違うよ」
「何が違うっていうんだよ!!!一目瞭然だろうが!」
「違う、これは今日朝当たっただけで。ここに来てからの話じゃ」
「嘘だ。どうせさっきまで魔族としたんだろ」
「してない……」

鋭い目つきの黒神を見て、は前言を撤回した。

「しました」
「……何を。どこまで」

認めて更に機嫌が悪化したのを見て、は言っても良さそうな内容だけ言おうと言葉を選んだ。

「拘束されたり、無理やり床に押し付けられたり……」

少し羽交い絞めにされたり、床に身体を叩きつけられたりという意味である。

「ほう……そうか、そんなことを……。
 ……そんな淫らなことをする子にはお仕置きだ」
「へ?淫ら?」

話が噛み合ってないことにようやく気づいたは、ヴィルヘルムを見た。
城の主は心底楽しそうにと黒神のやり取りを笑っている。

「ヴィル!!!まさかこれが狙、きゃっ!」
「その名を出すな」
「全部話すから!!ちょっと待って!!!脱がしちゃ駄目!!!!」










嫉妬で頭に血がのぼった黒神に誤解を解くのに二時間はかかった。

「……すまない」
「ううん。ヴィルが悪い。人で遊ぶヴィルがなにもかもぜーーんぶ悪い」

元凶であるヴィルヘルムは、黒神と、そして珍しくに灸を据えられた。
暫く魔力を行使することは出来ず、また戦闘を行うことも不可能である。

「……折角のお誕生日だったのに。ヴィルの馬鹿」





fin.
(13/04/04)