「君は私の手をどれだけ煩わせるつもりだ」
ヴィルヘルムは大きな溜息を吐いた。
敷地内の木々の一つを見上げると、十代後半の女性が幹に抱きついている。
「下りなさい」
「いいえ。お断りしますわ」
一切金を惜しまず作らせたドレスを纏ったは、ヴィルヘルムの窘めを突っぱねた。
つんとそっぽを向くに、またもやヴィルヘルムは溜息をつく。
決して若いとは言えないレディが、まさか木に登るなんて、はしたないにも程がある。
加えて従者も連れることなく外出するとは。
ヴィルヘルムは子供じみた妻、の行動に呆れ返った。
「ヴィルヘルムが悪いのです。いつもいつも仕事仕事仕事!
加えて私を城に閉じ込めておくばかり!
パーティーを開くこともなく、招かれることもなく、毎日刺激が無さ過ぎです!」
は知らない。自分の夫がただの貴族ではないことを。
元々は人間であったが、あることをきかっけに魔族と化したことを。
そして、夫の仕事は領地の管理だけではなく、暗殺業も行っていることを、には一切話していない。
だから、ヴィルヘルムの城にあまり他の貴族を呼べないことも、
ヴィルヘルムの妻だからと、を暗殺しようと企む輩から守るために、
外出を禁じていることも理解できないのだ。
最近、「夫はなんて意地悪なの」と漏らしたのを聞いたが無視した。
「貴女を閉じ込めているばかりなのは謝りましょう。
今度どこかへ遠出しましょう」
「……そうおっしゃったのに、前も連れて行ってくれなかった」
確かにそんなことを言った気がするとヴィルヘルムは思った。
結局仕事にかまけていたら幾日も経過してしまい、そしたらこれだ。
妻が子供じみた反抗を始めてしまった。
「今回は行く。今日中に手配する。だから下りなさい」
「……嫌です。そう簡単に懐柔されませんからね」
手のかかるに、ヴィルヘルムは奥の手を使った。
「では、もう夜が怖いと言っても部屋に招き入れない」
「べ、別に構いません!私は子供じゃありませんもの」
実際のところは、廊下で泣きじゃくり続けるのだろう。
「食事に君の嫌いなものを混入させる」
「卑怯ですよ!とは言え、まだそれなら我慢できます」
我慢できないくせにと思った。
にしては頑張って強がっている。
こうなれば、奥の手である。
ヴィルヘルムは怪しく口を吊り上げた。
「では、今後どれだけ強請られようとも、二度とに口付けない」
「それは!」
木からぴょいと身を投げる妻を、ヴィルヘルムはしっかりと受け止めた。
こんなに危険なことが出来るのも、絶対にヴィルヘルムが受け止められると言う自信と信用があるからだろう。
とは言え、怪我をしないためにも、そもそも妻には木になんて登って欲しくない。
「単純な」
「なんですって?」
「可愛げがあると言ったんだ」
「そうは聞こえませんでしたが」
「気にするな」
腕の中で暴れる妻の唇を奪う。離れる際に唇を舐め取った。
「城に帰るぞ」
を放し、ヴィルヘルムは身を翻した。
「ご、誤魔化しましたね!」
「あまりに煩いと今日の閨は別にする」
はえっと声をあげると、固まってしまった。
余程衝撃だったようだ。
「全く、愛くるしいものだ」
ヴィルヘルムはが心底悲しそうな顔をするのを見て、そう呟いた。
fin.
(12/10/26)