?と?

知人ほど遠くなく
友達ほど気安くなく
恋人ほど求めることはなく
家族ほど許すことはなく


他人といえばそれまでで











人目を盗んで会いに行く価値があるのかと問われれば、肯定も否定も困難を極める。

「遅い。さっさと行かぬか。金に底は無い。終始強気でいけ」
「はぁい……」

やる気が起きないままのんびりと動いていると、背中に嫌な熱さを感じたので急いで指定場所へと転移した。
今からここで何をするかって?それは──。

「3!」
「4!!」
「5!」
「6!」
「7.5!」
「15!!!!」
「15が出ました。我こそはという方はいらっしゃいますか?
 ……いないようですね。ではD60の方落札です」
「よし……」

私はぐっと拳を握った。
ヴィルヘルムから指定された物品を落札するだけの簡単なお仕事である。
金に糸目はつけないという太っ腹なお財布様のお陰で駆け引きの必要がなく、
相手を委縮させるくらいのお金を声高々に叫ぶだけ。
誰でも出来る事であるが、競売の場所や種族の問題があり、私が派遣されたのだ。

「人間の癖に、舐めた真似してんじゃねぇか……」
「競売は資金が出せる者が勝者。種族は関係ありません」
「チッ……。次も上手くいくと思うなよ」

このように喧嘩は売られるし、隙あらば私自身を商品にしようとする者もいる。
率直に言って参加者達はあまりガラが良くない。
それだけじゃない。

「D60です」
「あぁ、商品はもうお渡ししましたよ」
「いえ、受け取ってませんが」
「渡しました」

参加者が参加者ならば運営側も運営側で、私が落札すれば7割の確率で物を受け取れない。
隠している場合もあるし、偽物を渡す場合もある。
人間の子供と言う事で、完全に舐められているわけだが、私はただの人間の子供ではない。

「……そこの奥。木箱の中にありますよね。下から二番目」
「そこまで疑うなら開けましょうか。ただ、無いと思いますがね」
「ただ開けるだけじゃなく、ちゃんと二重底も調べて下さいね」

私の言葉に嫌な顔をする。騙そうしていたのがバレバレだ。
しかし、商品の所在を突き止めただけでは終われない。

「言いがかりは止めてもらおうか、人間」
「そもそも人間がこんな所に来てんじゃねェよ」

殺気だった獣人たちが私を囲む。
私はいつも通りわざとらしく溜息をついて彼らに言うのだ。

「そのまま"動かないで"ね」

まるで時が止まったようにぴくりとも動けない彼らを尻目に、
私は目的の物を木箱から取り出す。

「暴力反対。約束厳守」

銅像の様に動けなくなった運営の方にお金を渡して、
私はヴィルヘルムの城へと帰還した。

「落札し、」

報告よりも先に、物品をふいと奪われる。
ヴィルヘルムは私に落札させた変な植物の鉢植えを持ってじっと眺めている。
変な被り物を脱いで見ているくらいだから、とても興奮しているようだ。
私の事なんて眼中にない。

「あ、あのー」
「いつまでいるつもりだ。さっさと帰るがいい」
「そうですか!」

用が済んだら私はいらない。
労いなんてある訳もなく、怒ってる態度を示しても一向に見やしない。
自分の事しか考えていない者に何を言っても無駄だ。
私はそのまま帰宅し、黒ちゃんと話したり影ちゃんに愚痴る。
やっぱりこの二人といると安心するなと実感してその日は安らかに寝るのだ。

「こんにちは!いるの?」

でも私はまた、あの城へ行き、ヴィルヘルムに会いに行く。
理由は自分でもよく判らない。

「叫ぶな。品のない……気配を読め」

城に来れば文句を言いながらも顔を見せてくれるからだろうか。

「ごめんなさい。今日はお茶でもどう?」
「好きにしろ」

突き放すような口ぶりだがしっかりと椅子に座っている。
変な人である。そんな人にお茶の用意をする私はもっと変だ。

「また変えたのか」
「そうだけど……駄目だった?」
「いや。引き出しの多い娘だ」

批判が無いと言う事は、褒められているのである。
本当は違うのかもしれないが、私はそう思うようにしている。

「ねぇ、ヴィル」

目だけをこちらに向けてくれる。

「……ううん。なんでもない」

首を振ると、ヴィルヘルムはそれを咎める事はなくまたカップに手をかけた。
私をただ利用するだけでは無く、同じ空間にいる事を許してくれる。
それに無意味に名を呼ぶ事を許される。

普段私をあまり見ないヴィルヘルムであるが、
このように向かい合っているとふっと目を細めて私を凝視する。
けれど、その瞳が捉えているのは私じゃない。
「美しい」とぽつり呟いた称賛は私の中にある魂に対してである。
明け透けな讃歎は私を気まずくさせた。
つい黙りこくって物の様に口を閉ざしてしまう。

「……その呆けた顔を止めろ」
「あ、うん」

さっきまでの端麗な顔は消え失せ、顔を顰めている。
私に対しての表情なんてそんなものだ。

「つまらん。何か話せ。但し」
「黒ちゃん以外ね……それならΣさんなんてどうかな?」
「あの光の……。到達したのか?」
「MZDの家に行ったらいたんだけど……?」
「成程。合点がいった」
「どういうこと、それ」
「あの女は────」

取りとめのない話に付き合ってくれる。
ただ、話が合うのかと言えばそうではなく。

「だーかーらー!!!利用する気満々な人に紹介しないってば!!」
「逆らう気か、人間の癖に」
「魔族なのに神を利用できると思ってんの!」
「貴様っ!」

言葉よりも早く、ヴィルヘルムの魔術が飛んでくる。
私はそれを軽い動作で消すと、後ろから来るであろうヴィルヘルムの攻撃に備える。
ジャックみたいに気配を察せないからと、いつも私の死角から襲うのだ。
私だって少しは学習して────

「痛ぁあああ!!」
「少しは学習しろ」

後ろではなく頭上から降ってきた打撃攻撃に頭を押さえる。
ヴィルヘルムは魔術だけではなく、無駄に格闘も交えるから嫌いだ。

「口の利き方を調教してやる」

どうやら、先ほどの発言を根に持っているようだ。
種族が持つ力には限界があり、神は総ての頂点にいるのだから勝てなくて当然であり、恥じる事は無いのだが、ヴィルヘルムはそれを指摘されるのがあまり好きではないようで。
今日もまた、余計な一言のせいで声も出ないくらいに痛めつけられる。

「……一度崩れたら終わりだな」

痛みと疲労で動けずにいる弱い私に落胆の溜息を漏らす。
私では、ヴィルヘルムの期待に沿えない。

「……手間をかけさせる」

そう言うと、城にいる手下の魔族に命令する。
肌触りの良くないものが私の身体に絡むが、抵抗する気力は無くそのまま目を閉じた。



目を開けた時には身体の傷が無くなっており、服も綺麗なものになっていた。
酷い事をする割には、最近は後片付けをやってくれる。
実際にやってくれているのは別の魔族なのだが、命令はヴィルヘルムが行っているのだからヴィルヘルムの功績として見てもいいだろう。

客室を出て、先ほどヴィルヘルムに一方的にお仕置きされた所へ戻ると、ヴィルヘルムは早速私に命令した。

「城を直せ」
「……う、うん」

こういう作業は魔族ではなく私にさせるのだ。
私が引き受けなければ風通しがよくなったままで過ごさなければならないのに、
どうして容赦なく自分の城が壊れるような攻撃が出来るのか全くもって理解不能である。
口に出すと第二回戦が勃発するので、心の中だけで文句を言いながら修復した。

「じゃ、帰るね」

ヴィルヘルムは基本的に「二度と来るな」か何も言わないかのどちらかだ。
何の言葉もないし私を見てもいないと言う事は、今日は無言の日らしい。

そして後日また呼び出されたり、「何故来ない」と言って怒られてみたり。
自惚れではなく、私はそれほどヴィルヘルムに嫌われてはいない。
でも好かれてもいない。
それを確かめようにも、ヴィルヘルムは語らない。

「ねぇ、ヴィル、私」
「黙れ」

こちらが直接尋ねようと意を決した時、それを察していつも私の言葉を遮る。
言葉でのやり取りは望めない。
その代わり私たちは直接触れ合う機会がある。

「ま、また電池……?」
「光栄に思え、庶民」
「は、はぁ……」

あのヴィルヘルムに切り刻まれる事無く素肌に触れられるのは本来なら有り得ない事だ。
不快感以上の利益があるからこそ成り立つ。
ヴィルヘルムは自分以外の生命体は触らないのだ。
触るのは自分が選びぬいた道具たちだけ。
そこには私が持っているような感情はない。
ただの魔力の供給源。それ以上の意味は無い。
侘しい。こんな扱い。

「っ、だめ。それは駄目なの」
「大人しくしていろ」

寂しい心に触れてくる唇は、何を思っての事なのかは判らない。
悄気てしまって魔力の流れが低下したからか、別の考えがあってか。
そもそもそれは私に触れてるのか、私だけど私じゃないものに触れてるのか。
沢山の可能性が浮かび上がっては消えていく。

もうこんなことばかり考えるのはうんざり!!

あなたが好きなのは何。
力。支配。名声。それとも私。

あなたにとって私って何。
人間。化物。魂。道具。

私たちって、いったい何。
知人でもなくて友人でもなくて恋人でもなくて家族でもなくて────。





『ヴィルヘルムと私』





fin.
(14/04/17)