ヴァリスネリアとばりすねりあ

※白い人とぷぎゅサイズの小さい白い人がいる設定。


「遅い」
「……ごめんなさい」

謝りはしたが、帰宅の遅さは自分ではどうにもならない。
社会の歯車というものは、誰かが隣で回っていれば自分も回るしかないのだ。
そんな事を言った所で、刻薄たる白妙なんていう大層な二つ名を持ったこの人は「言い訳は止めてくれる?見苦しいから」と一蹴するだろう。
口答えせず、ただ頭を垂れれば良いのだ。
この男との短い付き合いでそう学習した。

「ちびはもう寝た」

もうそんな時間か。
ちびと言うのは携帯くらいの大きさの子で、何故か外見がこの男と同じ。
中身は幼稚園から小学生くらいで、行動パターンも同じく。
就寝も子供と同じく九時前後である。

「起きると面倒だから呼吸も程ほどにして」

無茶ぶりであるが、一切呼吸をするなと言われないだけマシと思うべきだ。
だが疲労が溜まりきってる今、このような言葉を立て続けに吐く男とは出来るだけ関わりたくない。
今は流せるだけの心の余裕がない。立っているだけでも辛いのだ。

静かに家に上がり、リビングに入ってダイニングチェアに座った。
両腕をテーブルに乗せ、そこに顔を伏せた。

動きたくない。化粧を落とすのも億劫だし、お風呂に入るのも面倒だ。
明日の為に早々に寝なければならないというのも疲れる。
生活の為とは言え、一日仕事しかしていないのはなんだか悲しくなってくる。
この先もずっとこうなのだろうか。それは生きてて楽しいのだろうか。

ネガティブな考えを打ち払うように、大きく溜息をついた。
身体の疲れは変な考えを引き寄せがちだ。
動こう。動けば考えずに済む。

「でんき……あっ、おかえりー……」

声がした扉を見て、そのまま視線を真っ直ぐ下ろすとちびちゃんがいた。
目を擦りながらふらふらよちよち歩いている。
ちびちゃんの保護者はそれをさっと摘まみあげた。
この冷血な男もちびちゃんには少し甘い。

「おしごとおつかれさまー」
「ただいま」

ちびちゃんは柔和に笑う。
大きい方の男とは大違いだ。

「あっ!そうだ!こうちゃ入れる!ぱぱにおしえてもらった!」

ばりすねりあはパパの手の上から飛び降りると、食器棚の方へ向かった。
小さい彼がティーポットを使えるとは到底思えない。
手伝いに行こうと腰を上げると、私よりも素早く包帯男がばりすを手伝った。
上げた腰の所在に迷った私はそのまま下ろした。
大人が手助けするなら大丈夫だろう。
疲れが溜まりすぎて動くのが億劫な私は二人の行動をじっと見ていた。

「かんせー」

透明なティーポットには薔薇の花が浮いていた。
ティーカップにも一輪咲いている。

「のんでのんでー」

カップを傾けた瞬間に勢いよく広がる芳しい香り、口に含むと甘い風味が広がった。
熱すぎない紅茶は私の内側を優しく温めてくれる。

「ありがとう。良い香りでとても美味しいよ」

小さな天使にお礼を言うと、照れながらくるくると回った。
嬉しそうなちびちゃんであったが、それをむんずと摘まみあげるヴァリスなネリア。

「ちびは寝る時間。部屋に戻れ」
「えー。まだおきてるー」
「大きくなれないよ」
「えっ!?やだ!」

父親モードに入った白羽はばりすを手のひらに乗っけてリビングを出て行った。
しんと静かになる。ローズの香りを漂わせたまま。
最近温かくなったとはいえ、夜は足元が冷える。
早めに入浴しよう。

ちびねりあが一生懸命作った紅茶を味わいながらも早めに飲み終え、席を立った。
飲み終えたカップをシンクに運ぼうと手を伸ばすと、その前に白妙の君がカップを持ちあげた。

「何してるの?早くシャワーを浴びて寝なよ。物音立てるとまたちびが起きるんだから」

あれから十五分くらいしか経過していないのに、もうちびちゃんを寝かしつけたのか。
さすがぱぱは凄い。
それは良いとして、シャワーの前に洗い物だけしておきたいのだが。
しかしその冷たい視線から、大人しく言う事を聞いた方が良いと判断して、風呂場へと向かった。

「……あれ?」

湯船には温かな湯が張られていた。
ヴァリスネリア(大)はシャワーと言っていたのに。
わざわざ帰宅時間を予想して入れてくれていたのだろうか。
なら素直に「湯を溜めた」と言えば良いのに。
面倒な生き方をしているなと思いながら、捻くれ包帯男のじんわりとした優しさに身体の芯まで温まった。

風呂から出るとどの部屋も──廊下でさえ消灯されていた。
ヴァリスネリアは大小共々おやすみの様だ。
私は入浴で失った水分を摂取しようと台所へ向かった。
冷蔵庫を開ける前にシンクを覗くと、水滴一つなく、洗い終えた食器置きにはさっきのカップがあった。

純白の天使さんは純一無雑とは程遠い、とんだ捻くれ者だ。
明日朝一番にお礼を言おう。
とぼけられるのが目に見えているけれど、今のこの気持ちはちゃんと伝えておきたい。