はなのえがお

私の彼氏はいつもニコニコしてる。
楽しい時は勿論、怒ってる時だって、ヒヒヒ~なんて言ってる。
最初はあまり気にしてなかった。
それが、彼氏の個性だろうって思ったから。
でもある日、ふっと別の事が沸いた。
あれは、リーダー(ユーリ)の城へスマに会いに行った時の事。





「ごめん!!」

私はスマに平謝りした。
頭を下げたその先には、無残にも割れてしまったギャンブラーZのカップ。
あれはアニメ雑誌の抽選で当てたもの。
なんでも適度にこなして、全力を発揮する事のないスマイルがあの時だけは本気を出した。
Deuilでの活動によって得た御給金をハガキに換え、寝る間もカレーを食べる間も惜しんで書きまくった。
周囲がいくら心配しても「もうちょっとだけ」と言って止めなかった。
それで当てたカップである。
……本当はA賞の黄金フィギュアが欲しがってたんだけど、それは当たらなかった。
しかし、スマはそれでも大層喜び、毎日そのカップを大事に使っている。

それを、私が手を滑らせて割った。

「本当にごめんなさい!!」

限定品の為、代わりの物を買ってくることも出来ない。
それに何より、物に対する想いが強すぎる。
並大抵の事では償えそうにない。
ただ、とにかく謝った。怒られたって良い。
スマの気が済むのならなんだってするつもりだった。
でも、スマは一切怒らなかった。
いつもの調子で笑っていた。

「ヒヒ~。しょうがないよネ~。気にする事無いヨ」
「で、でも……」
「あはっ。何その変な顔!僕のカノジョならもうちょっと可愛い顔でいて欲しいもんだネ」

いくら私でもこれが無理に作った笑顔だって判ってる。
だって、大切な物を壊されたんだから。

その日は、壊したお詫びに今度のギャンブラーの舞台を見に行く事を約束した。
でも、そんなの全然お詫びになっていない。
スマには言わないけれど、限定カップに代わる何かを探して渡すつもり。
他のギャンブラー好きに聞いたり、雑誌を調べたりする間に、私の中である不安が生じた。

私はちゃんと、スマの事判っているんだろうかと。
今回みたいに相手が抱く感情が判りやすいものならいい。
でも実際、コミュニケーション中に相手が抱く感情は複雑だ。
素直に表に出る人はまだ判りやすいが、スマみたいになんでも笑ってしまう人は本音が読めない。
普段の生活で、知らない内に不機嫌な思いをさせてないだろうか。
悲しい時寂しい時、私はちゃんと気付いているんだろうか。
知らない間に冷められて、突然別れるなんて、言われないだろうか。





「……で、泣いてるってコト?」

自室で薄く笑うスマに私は激しく頷いた。

「んー。君は少し考えすぎなんじゃないの?」
「で、でも゛ぉ゛お゛」
「はいはい、ティッシュあげるからネー」

そう言ってスマは割高なギャンブラーの箱ティッシュをくれた。
中身はただの白いティッシュ。私は数枚取って思い切り鼻をかんだ。
差し出されたゴミ箱もまた、ギャンブラー柄だった。

「僕は何があったって悲しくないよ。だって、君といられるんだもの」
「そう言ったって、実際は悲しい時だって、腹が立つことだってあるでしょ」
「それはとても些細な事だね」

どこが些細なのか。
スマは透明人間とはいえ、私たち人間と同じく感情を持つ生き物なのに。

「君が生きててくれる間は喜びの方が上回るよ」
「す、すま……」

折角拭い取ったというのに、また涙が落ちてしまった。
スマが変な事を言うからだ。
それも、お互いに触れようとしなかった寿命差の事を言うなんて。

ああそうさ。
私みたいな普通の人間は百年も経たずに死んでしまう。
透明人間であるスマは老いる私を看取ることになるのは現時点で判っている事。
同じ種族じゃないから、同じ時を刻む事が出来ないなんて。
そんなの、あんまりだ。

「悲しくなっちゃった?でもダイジョーブ。
 君が死んだらユーリに頼んで吸血鬼にしてもらうから」

……ん?

「ユーリ程完璧な不死じゃないけど、十分じゃない?
 僕だって純粋な魔の塊ではないんだしさ」

「僕って頭良いよネ~」なんて言うスマに、私は一つの思いに気付いた。
いつものように笑っているスマだが、多分これは当たってるはず。

「……じゃ、じゃあ!死んでも一緒にいてくれるって、恋人でいさせてくれるってこと」
「えー、何馬鹿なコト言ってるの?」

やっぱり私はスマの笑顔の判別は出来ないらしい。
よりによって、この予想が外れるとは。
スマは私を一体なんだと思っているんだろう。
やっぱり恋人と思っているのは私だけ?

「ずっと恋人のままでいいの?行く行くは僕のお嫁さんでしょ」

私は言葉を失った。あまりに衝撃的だったから。
私が小さな事で唸っている間、スマはもっと遠くの未来を見つめている。
今度は違う意味で涙が出そうだ。

「じゃあ早速、僕たちの愛の結晶を作ろっか」

いつものようにスマは笑った。
この笑顔の意味は私でも絶対に当てられる。
『話してたらムラムラしちゃったから襲いたいナー。いいや、押し倒しちゃえ』の顔だ!





fin.
(13/11/12)