第8話-悪意-

チチチッと、時を刻む規則正しい音がする。
ペンが紙上を軽やかに踊る。
古いのか偶に耳障りな音をたて椅子が鳴く。

そして、それを聞くだけの俺。
簡素なパイプイスに足を組み、じっとを待つ。
この部屋には俺と、DTOとか呼ばれている教師が一人。
特に決めたわけではないが、互いに不干渉を貫いている。

それにしてもが遅い。
本来ならばこの部屋にが現れ、教師と勉学の話をした後俺と帰宅する。
なのに、その肝心のが来ない。
人間共がを足止めしているのだろうか。
俺は大きくため息をつく。
同室にいる教師への配慮の心は一切ない。

「…一度教室を見てこようと思うんだが、どうする?」

気を使っているのか教師からの提案された。
人前に出たくない俺だが、早々に帰りたい俺はその案を承諾した。

「同行しよう。但し俺は姿を消させてもらう」

教師はそれに同意し、俺は姿を透明に変えた。
これはMZDに間違えられたくない気持ちだけではない。
黒神という存在を誰かに知られたくないからだ。
この世にまだ存在していることを。





「なぁ、知らないか?」

確かここはのクラス。
数名いた生徒は揃って首を横に振った。

「サイバーと話してたけど、すぐに出て行ったよ」
「そうか。サンキューな」

教師は礼を言うと、下駄箱へ。
の上履きは無い。

「…ならまだ校舎内か」

これはどうも教師一人に探させるのは、時間がかかりそうだ。
そう判断した俺は、教師の頭の中に話しかける。

「俺は俺でを探す。見つけたらまた連絡する」
「な、なんだぁ!?声!?」

教師は混乱し肉声を上げた。
面倒なと思いながらも、俺は説明した。

「黒神だ。お前の脳内に話しかけている。お前も声を発さず話せ。
 時間がかかりそうだから手分けして探すぞ」

「それはいいが、見つけたらお前にどう伝えればいいんだ?見えないんだろ?」
「頭で話しかけろ。そうすれば俺にまで届く」

ようやく俺が言っている意味を理解した教師と別れ、俺は校内をうろついた。
廊下、階段、教室をしらみつぶしに探す。
行く先々に必ず人間がいて、何度も胃がひっくり返りそうになった。
MZDが静止しないなら、建物と人間を壊して探したいところだ。
だが、のためにも俺は大人しく破壊無しに捜索する。


結局俺は校舎内を一通り見ていったが、の姿は見つからなかった。
それに、教師からも何もない。
打つ手がなくなった俺は、一度教師に合流することにした。
奴は俺が最初の方に探した場所にいた。

「なぁ、学校一周したんだが」

俺は頭の中で教師に話しかけた。

「うぉ!?びっくりさせんなよ。って姿ねぇし」
「近くにいる。そんなに慌てるな、怪しいぞ」

俺は挙動不審になる教師が落ち着くまで待ってから話しかける。

「校内一周したがとは出くわさなかった」
「俺も一周しながら生徒に聞いたんだけどな、を見た奴すらいなかった。
 を見かけたら英語科教室に行くように伝えてくれと頼んでたんだが、
 さっき見ても誰もいなかった」

目撃者すらいない。
その言葉に、俺の心は少しずつざわめいていく。

「MZDを呼んでみる」

俺はMZDを同意なしに、この場に転移させた。
それと同時に俺も姿を世界に晒す。
現れたMZDは珍しく怒った様子で俺に怒鳴りつけた。

「黒神!!俺今トイレ行こうとしてたんだぞ!!」
「テメェの膀胱よりが大事だ」
「いい加減にしろよお前」

MZDの主張は全て無視し、事のあらましを説明した。

「…それ、ヤバくね?を探知したのか?」
「俺はを探知することはできない…。理由は不明だがな」
「じゃあ、オレがしてやるよ」

軽く引き受けたMZDだが、難しい顔に変わった。
そのことで、俺は自身の予想が当たってしまったことを悟った。

「なんでだ?オレもの場所わかんねぇ…」

俺の。黒神が持つ力というのは破壊の力。
アイツ。MZDが持つ力とは創造の力。
これらは個々に特有の能力であって、相手にはない。

だが、この世界に存在する生命の名前だとか、いる場所だとを知りたいと思うことは、破壊でも創造のカテゴリでも ない。
そういうものは俺でもアイツでも、願えば叶う。
望めばその通りになる。

それなのに、を探知することだけは出来ない。
これを知ったのも、がジャックと初めて外に出かけた時だ。
あの時俺は何気なくを探知したら、全く引っかからなかった。
それで慌てた俺はMZDの家に行き偶然を発見したというわけだ。

生物を探知できないということが、どれ程異常で有り得ないことか。
俺やアイツの思い通りにならないことなんて、この世に存在しないはずなのだ。
それなのに。

「黒神、これってやっぱり…」
「ああ。その可能性が一番高い」

そう、俺もMZDもこの原因には心当たりがあった。
にだけ、俺達の力がきかない理由。

「えーっと、全くついていけてねぇんだけど、どういうことだ?」

この発言で俺は教師がこの場にいたことを思い出した。
MZDは簡単に先ほどの会話を人間が知ってもいいレベルで説明する。

「ズルせず普通にを探さないと駄目だってこと」
「ふうん。だが既に校内は全て探したぞ。
 正直これ以上どうすりゃいいかわかんねぇんだけど」
「じゃあ外は?あと体育館とか」
「体育館は明日行事で使うからって部活ないぞ。それにの上靴がなかったから外はない」
「一応行っておこうぜ。何があるかわかんねぇし」

俺達がを力で探すことが出来ないのは、手間がかかるがまだいい。
それよりも、がこんなに遅くまで誰にも見つからずどこにいるというのだ。
先ほどから起こっているこの胸騒ぎが杞憂であればいいのだが。

体育館へ行くということなので、俺は自身の姿を不可視に戻した。
肉眼では教師とMZDが並んで歩いているように見える。
体育館へ向かう途中、何人かの生徒にことを尋ねたが誰も知らなかった。
その際気になったのは、どの生徒もMZDがいるという状況を何とも思っていないことだ。
『神』という人間とは相容れない存在であるというのに、受け入れられている。
腹立たしい。憎らしい。
俺は和やかに関わるこいつらを見ないように、感じないように、ふわりふわりと宙に浮かんでついて行った。

体育館では、パイプイスがぎっしりと整列していた。
照明は全て消えており、人は一人としていなかった。

ー!!」

MZDが声を張り上げた。
返事は無い。

「いねぇな。次は外だ」

二人は元来た道を戻っていく。
ここにもいないとしたら、は一体何処にいるんだ。
俺は大きくなる不安を抑えるために、宙を自由に舞いながら体育館を見回る。
舞台袖、放送室前には人はいない。
更衣室、体育倉庫の前を通る。

「黒神!外広いんだから、お前も来てくれよ」
「ああ」

MZDの呼びかけに応じて、地面に足をつける。
その時、なにやら赤いものが目に入った。
胸騒ぎを覚え、俺はそれに急いで駆け寄る。
それは赤いチェックのリボン。
今朝俺がに結んだものと同じものだった。
ぞわりっと、背中に冷たいものが伝う。

!!」

俺は出せるだけの大声を出し、耳をそばだてる。
さっきは気付かなかったが、微かに音がする。
もしやと思い、更衣室に入るが誰もいない。
ならばもう一つ。
体育倉庫に手をかけた。

「絶対入ってこないで!!!」

少し小さい音だがの声のように思う。

なのか!!」
「黒ちゃん、今絶対入ってこないで」

今度は先ほどよりもハッキリと聞こえた。

「どういうことだ。何があった」
「嫌。お願い。来ちゃ駄目…来ないで」

それは徐々に涙声に変わっていく。

「黒神!お前ついてこねぇから」
がいたんだよ!この中だ」

俺は扉に手をかけるMZDを制す。

が入ってくるなと言っている」

恐らく、この体育倉庫の中にが一人でいるのだろう。
外に俺達がいるのに、入ってくることを頑なに拒否している。
想像したくはないが、最悪の事態が脳裏を過ぎる。
事実を確認することは恐ろしいが、の様子を確かめないと。

。俺達が入ってきたら嫌なのか?」

俺は扉に向かって努めて優しく話しかける。

「嫌。絶対に来ないで」

全くの拒否だ。
だが、の声は比較的聞き取りやすく、扉越しでも意思疎通は可能のようで、それについては幸いであった。
交渉の余地はある。

は俺達が嫌になっちゃったのか?」
「違う!!違うの…」

嗚咽やしゃくりが聞こえる。
言葉に気をつけて、落ち着いてやり取りを続ける必要がある。
俺の気持ちは焦ってばかりだが、急かしては駄目だ。

「そうか。俺達が嫌になったわけではないんだな」
「嫌じゃない。嫌じゃないけど…今見たら私のこと嫌いになると思うから」
「俺達がを嫌いになると思うのか?」
「嫌いになる。絶対なる。だから、来て欲しくない」

俺の嫌な想像は当たっているのだろうか。
次第に俺の動悸や呼吸が激しくなる。
頭が熱い。痛い。

「…今来たら、嫌われる。嫌われたら、私、どうしていいか、わからないもん。嫌われたら…捨てられちゃう、かもしれないから」
「今俺達がを見ると、を嫌いになって、捨ててしまうのではと、は考えているんだな」
「うん…っ、ん」

ここでは更に泣き出してしまった。
今の私を見たら嫌われてしまうということは、外見的変化があるということだろう。
俺の脳裏には、が性的に襲われた姿と身体的に襲われた姿が過ぎる。

そんなの────どちらも許せない。

俺のを汚した奴なんて、黒神の力を使い切って苦しめてやる。
絶対に殺させない。永遠の痛みを与えてやる。
穢れてしまったは、どう足掻いたって浄化できないのだから。

。俺はに何かあっても、好きだよ」
「絶対、違う。今の私見たら、絶対に嫌がるよ」
「嫌わない」
「駄目だもん!今、私汚いもん。絶対引いちゃうよ」
「絶対嫌わない」
「そんなのわかんないよ!」

汚い───
とすると、は殴られたりしたわけじゃなく、やっぱり、
犯されたのでは──
いや、そんなはずは。

俺でさえ、していないのに。
ずっと我慢しているのに。
それを、見ず知らずの奴が横から。
そんなの、



絶対に許さない。

絶対に。




「なぁ、
「MZDも入ってこないで。お願いだから」

俺を制したMZDが今度はに語りかける。

「オレ達はさ、可愛いからが好きなんじゃねぇよ。だから好きなんだ」
「でも、嫌いになるもん。絶対私のこと嫌いになる」
「じゃあ、もしさ、立場が逆だったら、お前はオレ達を嫌うのか?」
「………ううん」
「じゃあ、大丈夫だ。オレ達は何があろうとお前を愛してる」

何でこんな状況でに愛を囁く。
俺からをも奪う気か。コイツは。

「俺はMZDよりものことずっと愛してるから」
「なんで今、オレと張り合うんだよ」
「テメェこそ、俺のを横から掻っ攫おうとすんじゃねぇよ」
「そういう意味じゃねぇだろうが。が不安がっているから言葉にしただけで」
「俺は絶対、お前よりもを大切にしている」
「オレだってなぁ、のためにどんだけ考えてると思ってんだよ」
「はっ。そんなの俺は四六時中だ。当たり前だろ」
「おいおい、お前ら二人が言い合ってどうすんだよ…」

教師に諌められて、俺は一度言葉を切った。
くそが。

が犯された可能性があるってだけでもイラついてるというのに。
くそ。くそ。くそ。
とはいえ、俺は絶対MZDを殺せないんだ。
アイツの方が本当の神だから。

「……。入ってきていいよ。でも」

の態度が急変した。
静かに俺達に語りかける。
俺は一言ももらさまいと、必死に聞いた。

「黒ちゃんとMZDだけにして。それと入る時扉は開けないで」
「わかった。じゃあ黒神だけそっちに行かせる。それでいいか?」
「うん」

MZDからの目配せを受け、俺は鉄扉の向こうへ身体を転移させた。
辺りは暗い。
それに、この鼻に刺す臭いは…。



跳び箱の中に頭だけが出ていた。

「……汚いでしょう。ごめんね。こっちに来ないで」

はまた泣き出してしまう。

「…馬鹿だな」

顔をくしゃくしゃにさせたを抱きしめた。

「あ、やっ、だめ、黒ちゃんが汚れちゃうから」

は俺を押しやり、自分に近づかせないようにする。

「このくらいじゃを嫌えない。不可能だ。……言ったろ。
 俺はお前の全てを受け入れる」

その代わり、お前をこんな目に合わせた人間には相当な目にあってもらう。
普段見せない、見れないはずの場面を見た記憶は、俺以外が保持している必要は無い。
本来ならの存在は俺以外の奴に晒してはいけないんだ。
可愛く愛らしいは、他の奴なんかに見せてやらない。
俺だけの、

「っ…黒ちゃん」

俺を撥ね付けていた手が、するりと滑り首に絡んだ。
耳元で、涙に咽ぶ息づかいが聞こえる。

「怖かったの。出たくても出られないし、気持ち悪いし、助けてももらえないし、怖くて」
「今までよく頑張ったな。もう大丈夫だ。傍にいる。ずっと」

背中を軽く叩いてやる。
そのまま左手での下着に触れる。

「っやぁ、汚いから、だめ!」
「とりあえず、風呂入ったほうが良さそうだな」

は俺を押し返したが、もう遅い。
下着はぐっしょりと濡れていた。
温かいそれが、太ももまでを汚している。
だが、下着も太もももぬめりは感じなかった。

「なんで?汚いってわかってるじゃん…」
が汚いなんて俺は全く思わないからな」
「でも、でもだって」
「受け入れるって言うのは、そういうことだ」

は俺を強く、先ほどよりも強く抱きしめる。
耳元で小さく、謝罪と感謝が述べられる。
そして、

「大好き」

心が震えた。泣きそうだ。

「俺もだ」

ずっと、誰よりも──

「さ、痕跡は消す。このまま風呂だ。それでいいか?」

頷いたを右手で抱きしめ、自分家の風呂へ転移した。
その際、MZDに事のあらましを頭の中で伝えておいた。











「…なるほど。了解だ」
「どういうことだ?」

DTOはMZDに尋ねた。
どうも神が二人揃うと人間の自分の理解を超えることばかりで一々尋ねないと話にさっぱりついていけない。

「さっき頭の中に黒神が話しかけてきた。…は人前に出せる状態じゃねぇそうだ」

DTOは口を強く結んだ。
このシチュエーションに加え、人前に出せないという状態。
いい話ではないことは明らかであった。
に人間の世界を知ってほしい、受け入れてほしい、そう頼んできたMZDにDTOは申し訳が無かった。

「黒神が後処理をして、を自宅へ連れ帰った」
「…そんなに酷いのか」
「見た目に肉体的損傷は無い。ただ、精神的なものは結構きてるだろう」
「…………乱暴された、とか?」

DTOは必死に言葉を搾り出した。
具体的な言葉は言いたくないが、自分には教師としての責任がある。
事実を確認し、問題に関わる当事者達の今後を決めなければならない。
そう思った故の言葉だった。
困惑するDTOとは違い、MZDは静かにそしてあっさり言った。

「粗相をしたとしか今はまだわかんねぇ」
「…マジで?」

DTOは頭を抑えた。
だが、にとって保護者のような位置に立つはずのMZDは、どこまでも落ち着いていた。

「…とは言え状況から考えてあまりにおかしいがな。
 こんなとこが自分の意思で入るはずが無い。
 誰かが導かないと」
「なあ、MZD」

言葉の裏に隠されるチリチリと火が燃えるような感情に、DTOは思わずその名を呼んだ。
一抹の不安。
ただの、人間同士のトラブルではないからこその、不安。

「安心しろ。オレは神だから何もしないぜ?例えば、報復とか」
「…すまない」

頭を下げたDTOに、MZDは小さく笑って顔を上げさせた。
MZDが言ったように、神である故に自分で罰を与えてしまうのではないか、とDTOは思った。
だが、MZDが発したのは全くの逆で、神だからこそ他に平等に接するということである。
勘違いをしてしまったことに、DTOは深く反省した。

「お前が悪いわけじゃないだろ。
 考え得ることだったのにオレ達が遅かった。それだけだ」
「だが、こんなこと」
「ま、事実確認してからだ。
 お前はおかしい動きをする奴がいたらそいつに注目しててくれ」
「本当に、すまない」
「気にするな。オレ達が神であるのが悪いんだ…」

そう言うMZDは今日一番悲しそうな表情をしていた。
神だって万能ではないのだと、目の前の神を見て、そう思った。











石鹸が香るバスタブに黒神は直接転移した。
目を腫らしたをゆっくりと下ろす。

「シャワーでいいな?」

頷いたの服を一枚一枚脱がせてゆく。
スカートに手をかけた時、黒神の手は制された。

「い、いや…やだ」
「見られるの、嫌か?」

首を大きく縦に振る
仕方がない、と黒神は背を向けた。
水を含んだ布がびちゃりと音を立てる。
黒神はどこかそれに興奮を覚えつつ、に聞いた。

「もういいか?」
「だ、だめ。だって、あの、服…」

自分の体液で濡れた服を見られたくないのと、バスタブが汚れてしまったことを心配しているのだろう。

「影にでも洗濯してもらうか」
「いやだよ。だって、いや…」
「ならちょっと待ってろ」

黒神はそう言って、自分に見られることを嫌がるに目隠しを施した。
黒神が望んだように、黒く細い布がしっかりの両目に巻き付いている。

「くらい。黒ちゃん。やだ」
「大丈夫だ。俺が見えなければ嫌じゃないだろ」

黒神は振り返り、全裸のにシャワーをかけた。
体温より少し高い温度の液体がの白磁の肌を滑る。
その間、黒神は濡れた制服を回収し、上から流れてくる湯で服を簡単に洗う。

「やだ。みえないの。やだよ」

は恐々と軽くしゃがんだ。
手を伸ばし、黒神を求める。

「ま、待てって」

黒神がある程度すすぎ終わった制服を、洗面所の洗面台へ転移させる。
の手が黒神を掴む。

「くろちゃ、」

そして足を滑らせる。
シャワーで濡れた二人が重なる。
黒神はしっかりとを受け止めていたが焦っていた。
水を含んでしまった自身の服が、裸体同士とはまた違った感触で恋する人の身体の情報を伝えてくる。
黒神の中の理性がプチッと切れた。



黒神は息を荒げながら、第二次性徴をなかなか迎えない薄い胸を撫でた。
凹凸の少ない身体を撫で回すが、はくすぐったがるだけで他の反応は示さない。
黒神は自身の興奮を抑えつつ、小さく開いた唇に目を向ける。

今まで、何の知識も無いにはするまい。
が自分を男と見て好きになるまではと思っていたが、そんな決め事は欲望の前には脆くも崩れていく。

ぷくりと膨れた赤い唇。
世界中の者が憎み嫌悪し蔑む黒神の自分に、
好きだと、大好きだと愛を囀るそれに、自分を押し付けたい。
の成長や知識と言った都合を全て無視して、自分の望みを叶えたい。
湧き上がる欲望を、この小さな身体に刻み付けてやりたい。



黒神はの濡れた唇に己のものを押し付けようと顔を傾けた。

「二人ともまだ出ねぇの?」

浴室の外から聞こえる声に、黒神はさっとの身体を押し返した。
は手探りでバスタブの淵を掴むと、扉の方に話しかける。

「まだ全然身体洗ってないの。もうちょっと待ってて」
「へーへー。じゃ、リビング行ってるぞ」

MZDの気配が消える。

「……だって。早く洗って出ちゃおっか」
「ああ…」

MZDにより、救われたのか邪魔されたのか。
黒神はどちらにも傾くことが出来ず、の目隠しを解いた。
普段どおりにに身体を洗わせ、自身もシャワーを浴び身体と心を静めた。
冷静になる黒神の脳裏に浮かび上がったのは、を貶めた者に対する怒りと殺意。

脱衣所には、二人分の着替えが用意してあった。
そこで、が恥ずかしそうに黒神に聞いた。

「あの、制服…」

どう答えようか悩んでいると、影が部屋に現れた。

「安心して下サイ。もう手洗いは済ませ、干してますカラ」
「え、だって、影ちゃん、あれは」

駆け寄るに影は首を横に振る。

サン。私達は何があっても貴女を支えマス。
 だって、全員サンが大好きですカラ。だから何でも頼ってくだサイ」
「っ…。うわぁああ」

今日一番の大泣きをが見せた。
床にしゃがみこみ顔を覆って泣きじゃくっている。

「おい!大丈夫か!?」

リビングまで聞こえたようで、MZDも脱衣所にやってきた。
を取り巻く者の勢ぞろいである。
黒神は神の力で全裸であったに服を着させ、そのまま抱き上げた。

「お前達はリビング戻れ。は後で連れて行く」

全員を脱衣所から追い出し、黒神は一つ息をつく。
黒神の首に手をやったが小さく呟いた。

「ごめんね」
「大丈夫だ。は俺に甘えていればいい」
「本当にごめんね……」
「何も悪くない。しっかり休んでいつものに戻ってくれればそれでいい」

頷くを抱き上げたまま、リビングへ向かった。
黒神はソファーに座り、は影を見た。

「影ちゃん、ありがと」
「こちらこそ。いつも、私を呼んで下さって感謝していますヨ」
「呼ぶ?そんなの普通だよ?」

は不思議そうに言う。
当然だろう。だが、黒神やその影にとっては、自身を呼ばれることは非常に稀であるのだ。
黒神が世界の嫌われ者故に。それに付く影も畏怖される。

サンはいい人ですネ」

影の言葉の真意を知らないは、無邪気に礼を言った。
そして、次はMZDの方へ手を伸ばす。

「抱っこ」

MZDはにこにこと微笑むが、黒神の頭の中にどうすればいいかと尋ねていた。
黒神はの望むとおりに、と返答した。
それを聞き、MZDはを両腕で包み込んだ。
はMZDの膝に跨る。

「今日はありがとう。私もねMZDのこと大好きだよ」

胸に刺すような痛みが黒神を襲った。
それを悟られぬよう、黒神は足を組む。

「そりゃ良かった」

MZDはの頭に手を伸ばしたが、途中で止めた。

「髪乾かしてきな。風邪ひいたら大変だ」
「うん。わかった」

は軽やかに膝の上から降りると、髪を乾かすために部屋に戻る。

「お前も行ってくれば?」

MZDは黒神に言った。

「最近お前が乾かしてやってるんだろ。に聞いたぞ」

黒神は静かに立ちあがり、の部屋のドアノブを掴んだ。
MZDを待たせて悪いという気は毛頭ない。
先ほどのの発言を受けたことが気に入らないのだ。
待たせる程度で、何も壊さずに済むのだから安いものだろう。

「MZDはいいの?」
「ああ。アイツはなんとでもなる」

の言葉に答えながら、黒神は後ろ手で扉を閉めた。
神の力を用いて、音もなく鍵をかける。
何食わぬ顔でに近づき、その髪を乾かしてやる。
はいつものように大人しく座り、されるがままである。

「黒ちゃん。私と一緒にいてくれて、ありがと」
「俺だって感謝している」
「ねぇ、お礼がしたい。何か私にして欲しいことある?」
「…ない。が無事ならそれでいい」

本当はあり過ぎるほどある。
だが黒神は何も言わない。黒神の望みは、今のには早すぎる。

「本当に?全然ないの?」
「…なら、一つ」
「うん。言って」
「今から声を出さないこと。いいな」
「うん」

黒神はをベッドに優しく押し倒す。
鍵をしめたのは、ただ邪魔が入って欲しくなかったからだったが、今の状況で考えれば好都合であった。
ゆっくりと、ネグリジェのボタンを外していく。
一つ。また一つと。
身体の中心だけ肌色の路が出来る。
黒神は不安そうに見るを撫で、その胸元に唇を寄せた。
唇でその肉を食んだあと、強く吸い上げた。

「っあ…」

は漏れる声に驚き口を押さえた。
黒神は満足げに顔を上げる。
自分のものにしたくてたまらない少女の胸元に、赤い印を一つ。
何事も無かったかのように、黒神はネグリジェを直し、の耳元に口を寄せた。

「秘密だ。誰にも」

素直に頷くを撫でた。

「いい子だ。もう声出していいぞ」
「…あの、さっきのって?何?」

先ほどのことが無かったかのように、黒神はの髪の手入れに戻った。
疑問符を浮かべるに、黒神は言った。

「俺がを好きだという証だ」
「そうなんだ」

間違いではない。
は何の疑問も無く、頷いている。

「私も黒ちゃんのこと大好き」
「ああ」

こういう悪戯をしてしまうと、ふと思うのだ。
が行為やその意味を知らなくともいいのではないか。
このようには自分が何をしても全く嫌がらないのだから。
愚かな者が現れる前に、自分がこの無垢な存在を汚してしまおう。
入るか分からない受け入れ口に無理やりに自分のものを押し入れ、
戸惑うに愛が故の必然であると騙してしまえばいいと。

「まだMZDいるんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、そっちに行ってあげて。私は大丈夫だよ」
「わかった」

黒神が素直に応じたのは、至極簡単な理由だった。
このままでは本当に犯してしまうと判断したからだ。
どんなに欲があろうとも、やはり最後の一線だけは越えるわけにはいかなかった。
それにそれよりも先に、やるべきことがある。

「MZD」

黒神はしっかりとの部屋の扉を閉めて言った。




「俺はを危害を加えた人間を殺しに行く」











「神どもにバラしたか?」
「何も言ってない」
「それは懸命だな。あんな醜態を学校中にバラされたらお前も困るだろう」
「そう…だね」
「だったら、神に頼め。





──────ある人間を殺してくれ と」





(12/03/14)