第6話-学校-

「は、初めまして。今日からここでお世話になります、です」

教室内には私と同世代らしい多くの人間がいる。
数え切れない程の瞳が私の方を見ている。
そして、想像するに私のことを笑っている。
どこか変だったのだ。
発言、見た目、容姿、制服、声、他に何があるだろう。

何を笑うのだ。
何がおかしい。
どうすればいい。

握りしめた手のひらがじっとりと濡れている。
顔も赤い気がする。
平常でいようとしているのに足が震えている。
しかし、顔も足も言うことを聞かない。

「見ての通り緊張しまくってる。お前ら苛めたりすんなよ」

DTO先生が生徒たちに呼びかけると、油が跳ねたかのように呟きが放たれる。

「小さくね」
「何処から来たの?」
「本当に高等部?」
「こんな時期に珍しいよね」

全部は聞き取れないが、口々に私のことを言っている。
その中には、通りで以前会ったサイバーがいた。
とは言え、この状況下で話しかけられるわけではないし、私を救ってくれるわけでもない。
唯一味方になってくれそうなDTO先生に視線を投げた。
しかし、先生はまっすぐ教室内の生徒を見ている。

「はいはい。静かに。訳あっては学校に行ったことがない」

えー、という声。
先ほどまで好き好きに囀っていたというのに、殆どの声が綺麗に重なっていた。
確かに私の生活が普通ではないことはMZDに教わった。
でも、実際の反応をこうやって目の当たりにすると、分かっているのに胸が苦しい。

「だからは本当に何もわかんねぇ状態だ。それを念頭に入れて接してやってくれ」

返事が聞こえたり、聞こえなかったり。
気分が地の底へ落ちていく。
変である自分は受け入れられないのだろうかと。
誰かの反応をを見るのが辛いから、私はうす汚れた床に視線を落とした。

「席はその辺で。サユリ、任せた」
「は、はい」

ふっと顔をあげ、指し示す場所を確認する。
サユリと呼ばれた人は、空いた席の隣にいる女の子だろう。
女の子──。
苦手だ。接し方が分からない。

「連絡はそれだけだ。一限寝ずにしっかりやれよ」

確か、この後授業が始まるらしい。
この先、まだまだあるなんて。もう辛い。帰りたい。

教室と言う箱には、私以外四十名ほどの生徒がいる。
自分以外は誰も彼も得体が知れない。
周囲で次々に流れる言霊は私を突き刺していく。
紡がれれば紡がれるほど、きりきりと身体を締め付けてくる。
裂けた肉から赤い、透明な血が流れる。

そんな見えない傷も、黒ちゃんやMZDは気づいてくれる。
どうしたと言って頭を撫で、私の身体をその温もりで包んでくれる。
痛みなんてすぐに消える。
でも、今ここに二人はいない。
自分一人で立ち上がらないと。

「あのさん」
「は、はいぃ!」
「驚かせてごめんなさい。あの、分からないことがあったら言ってね」

もう既に分からないことばかりだ。
これからどうすればいいかわからない。
けれど。

「だ、大丈夫です」

何で嘘をついているんだろう。
何故だか素直に頼れない。

。まだ書類残ってるから今すぐ職員室だ」
「は、はい」

サユリさんに軽く頭を下げ、DTO先生の方へ駆けていった。
正直ほっとした。あの場から逃げられて。

「どうだ?」
「わかんない。です。全部。何もかも。です」

人と違う私はどうすればいい。
受け入れられるには、私はどうすればいいの。
わかんないよ。
私がわかるはずないじゃん。
知らないことばっかりだよ。

完全にパニっくてんな」
「MZD!!」

ここにいるはずの無い人に、私は力の限り抱きついた。
慣れた頬の感触。
嗅ぎ慣れた匂い。
身体の形。
心の底から安心する。大好きな人。

「MZD大好き。いてくれてありがと!大好き!本当に大好き!」
「あ、あんま言うなよ。じゃないと」
「随分仲がいいようだな」
「黒ちゃん!」

今度は黒ちゃんに抱きつく。
青年の姿だから、頬に当たる感触が少し違う。
いつもより、少し大きな手が私の身体に絡む。

「来てくれたんだね。ありがと」
「心配だったからな」

上を見上げると黒ちゃんが睨んでいた。
その視線を辿るとMZDに行き着く。

「どうだ。困ってはいないか?」

黒ちゃんは私を見ながら優しく撫でる。
髪の流れに沿った手の動きが心地よい。

「大丈夫。びっくりしちゃっただけ。大丈夫だから」
「ふうん。泣きそうにでもなっているのかと思ったが、勘違いだったか」
「な、いもん」
「なら良かった」
「…うん」

嘘だ。もう帰りたいと思っていた。
黒ちゃん達がいない世界は、怖い。
でも、頑張ると決めたから。頼らない。

「…全く、俺の前くらい強がらないでくれ」

軽く足を曲げ、私と目線を合わせる黒ちゃん。
頬を優しく包んでくれる。

「まだ、なんとかやれそうか?」

やっぱり黒ちゃんは見えない傷をも分かってくれる。
それが、嬉しい。そういう人が私の傍にいてくれることが。

「うん。まだ頑張れるよ」
「いい子だ」
「大分落ち着いてきたようだな」

と、DTO先生が言った。
そこで先生の存在を、失礼にも思い出した。

「先生、ありがとうございます」

私はここに連れてきてくれた先生にお礼を言った。
先生もまた、私を気遣ってくれたのだ。

「っ、あぁ。俺これからお前の担任だからな」

先生は焦ったように見える。

「んじゃ、授業始まる直前に戻るか」

二人に手を振って、私はもう一度教室という名の闘技場へ挑んだ。





授業中は暇だった。
私には先生が何を言っているのか分からないのだ。
これは想定内。
周りが必死にやっているので、手持ち無沙汰なのが少し居辛い。
これは想定外。
でも、授業中は誰かに話しかけられることがなく、
とても気が楽だった。


そして休み時間。
沢山の人が私の周囲に壁を作り、私は逃げ場を失った。

「どの辺に住んでいるの?」

突然質問される。私は素直に答えることにした。

「えっと、異次元…」

周囲が一気にどよめく。
異次元はおかしいから、ちゃんと説明をしないと…。

「あの、MZDの弟の黒神って神様と住んでるの。だから…それで」

やっぱり周囲がどよめく。

「学校に行ってないって言ってたけど、あれ本当?」
「本当です。まだ数えるほどしか外に出たことなくて」

またどよめく。

「じゃあ家族は?」
「MZDと黒神さんとその影ちゃんが家族かな」

どよめきは止まることを知らない。
でも確かに、私達は血が繋がっている訳ではない。
だからこの反応なのだろう。私は補足する。

「わ、私は両親がいないから。それで偶々二人が私の世話をしてくれて。
 だから私は一応人間です」

先ほどから周囲が驚いてばかりだ。
私を囲む多くの瞳が私に奇異の視線を向けていた。
本当のことを言えば言うほど、引かれている。

こんなはずじゃなかったのにな…。











「ほーら、はどの制服が好みだ?」

辞書程の厚さのカタログを小脇に抱えたMZDが、リビングの真ん中に現れた。

「制服?選べるの?」
「おお。オレんとこ自由だから」
「え、学校って、MZDのなの?」
「そっ。暇だからって昔作ったんだ」
「凄いね。だからMZDっていつも忙しいんだね」
「いや、それは違うぞ

デスクからの隣に移動する黒神。

「権限は全て他人に委ねている。こいつは暇な時に見るくらいで、忙しいわけではない。断じて」
「おいおい、バラすなよ」
「ふうん。ねぇ黒ちゃん、一緒に見ようよ」
「ああ」

ソファー前のテーブルに、どっかりとカタログを置く。
カタログには一ページに付き六種類程度掲載されている。
十ページに一度、一ページ丸々使い紹介している。

「いっぱいありすぎてよくわかんないね」
「そうか?」

付箋を取り出した黒神は、ぺたぺたとカタログに貼り付けていく。


「おま…。どんだけ力入れんだよ…」
「はぁ?当たり前だろ」


呆れた口調で言うMZDを気にも留めず、付箋を貼る手を止めない。

「こいつ凝り症なんだよな…。はどんなのがいい?」
「うーん…。黒ちゃんに任せるよ。さすがにこの多さじゃよくわからないし」

カタログに食い入る黒神とは対照的に、は遠目で見ていた。

「セーラーとブレザーどっちがいい?」

黒神は該当するカタログのページをに呈示した。
見開きには大きく二種類の制服が映っている。
は少し悩んだ素振りを見せた。

「うーん、こっち?」
「ブレザーか。ならそれで探しておこう。おい、これ借りるぞ」
「どーぞ、好きに使いな。書き込んでもちぎってもいいぜ」

黒神はカタログを小脇に抱えると自室へと戻った。
それを見て、MZDは空いたソファーに身体を投げ出す。

「あー、アイツ絶対長いぜ。こりゃ決まるのは明日だな」
「黒ちゃんはいつも真剣だからね」
「まぁいいや。その間オレとちょっと話すっか」

まるで示し合わせていたかのように、黒神の影が二人の前にカップを置いていく。
続けてミルクと砂糖をそれぞれ置く。
は砂糖をカップに一匙入れ、かき混ぜる。
同様にMZDもカップに入れる。更にミルクも加える。
くるくると褐色に白い筋が廻る。

にはさ、一通り学校というものを教えたよな」
「うん。教えてもらったよ」
「今日は違う面についても言っておこうと思ってな」

MZDは香りたつ紅茶をすする。

は自分がいくつか知っているか」
「知らない」
「17だ。でもな、の見た目は全然17に見えねぇ」
「ふうん」

は影が置いたクッキーの山に手を伸ばす。

はさ血の繋がった家族がいないよな。これ、学校だと珍しいんだ」
「あぁ、そうみたいだね」

はまた次のクッキーに手を伸ばす。

「あと、他の奴はオレのことは知ってても黒神のことは一切知らない」
「え!神様って言うから、皆黒ちゃんのこと知ってるのかと思った」
「多分人間で知っている奴はお前とジャックだけだ」
「黒ちゃんあんまり外行かないもんね」

は紅茶をすすり、またクッキーに手を伸ばす。

「あ、そうそう。みたいにずっと外に出たことが無いってのも少し珍しい」

クッキーから目を離したは、MZDを見た。

「…あのさ、私って、他の人から見たらすっっっごく変なの?」
「いや。ウルトラレアってだけだ」
「それ。あんまり嬉しくない…」

は紅茶を片手にクッキーをぼりぼりと頬張っていく。
MZDはそんなを撫でる。

には、他と違うところが沢山ある。
 でも、それはが悪いわけじゃない。個性だしな。
 だから、は何も負い目を感じることはない。
 胸張ってりゃいいんだ」
「うん。…ありがと」

MZDがクッキーの山に手を伸ばすと、それは空しく空を切った。
ため息をつく。

「…自分以外の他人と関わることってのは、必ずしもいい事ばかりじゃない。
 それはオレ達だって例外じゃない。
 けど、だからといって悪いことばかりに囚われないで欲しい」
「うん。それは、MZDの家にお邪魔させてもらった時に分かったよ。
 色んな人がいるんだもんね」
「そうだ。それを忘れないで欲しい。あと、気をつけて欲しいことだが」

と、MZDは言い淀む。
が不審に思ったのか、顔をしかめた。

「…もしだ。
 オレ達との関係を知って、オレ達の力を利用したいって奴が現れるかもしれない。
 その時は断ってほしい。オレ達は絶対そういうのしねぇから」
「わかった」

返事とともに、は大きく頷いた。

「そんくらいかなぁ。言っておかないといけねぇのは」
「うん。色々と教えてくれてありがとう」
「なに、可愛いのためだからな。当たり前だぜ」

MZDはくしゃりとの頭を撫でた。






制服を選び終えたのは、次の日の昼であった。
カタログに全て目を通し、選び抜いたという黒神は、その日船を漕ぎながら仕事をこなした。
そのまた次の日、制服が届いたとMZDから黒神へ連絡が届いた。

「制服ってこれ?」
「おう。なぁ、着てみて見せてくれよ」
「うん」

MZDが持ってきた白い箱を持ち、は自室へ行く。

「楽しみだな」

そう言うMZDとは違い、黒神は眉間に皺を寄せていた。

「どうした?」
「別に」

黒神はそれ以上何も答えない。
MZDはあまり話しかけることをせず、ただの部屋の扉をじっと見ていた。
しばらくして、遠慮がちに扉が開いた。

「どう…かな?」

扉の隙間から見えるスカートの裾。
後ろ手で扉を閉めた際に、ようやく全貌が二人の神の前に現れた。

「…可愛いよ。よく似合ってる」

息を飲んだMZDは、ようやく声を搾り出した。
はそれを聞き、ぱぁっと表情を明るくさせる。

「やった!ねぇ、黒ちゃんはどう思った?」

がリビングを見渡すと、MZDと黒神の影以外の姿はない。

「あれ?黒ちゃんはどこ?」
「あー…。アイツさっき部屋帰ったぞ。転移して」
「…合ってなかったってことかな」

花が萎れてしまったかのように、は頭を垂れた。
そんなを見て、MZDは噴出す。

「ンなわけねぇよ。今日のおやつ賭けてもいいぜ」
「だ、だって、いなくなっちゃったんだよ?」

おろおろとする
MZDは一つの扉を指差す。

「アイツの制服姿に興奮した自分を見られたくないんだよ。そっと覗いてみな」

足音を忍ばせ、は静かに少しだけ黒神の部屋の扉を開けた。
そこでは黒神がふわりふわりと宙に浮かんでいる。
にやにやしたり、突然に顔をしかめたり、赤面して顔を覆ったり。
は静かに扉を閉めた。

「どうだ?合ってたろ」

にやにやとMZDは笑う。
だが、は未だ自信なさげにしている。

「うーん。本当にそう…なのかな」
の制服姿だぞ。アイツロリコンだからな。相当きてるはずだ」
「ろり、こん?」

は首をかしげるが、この場の誰もその意味は教えない。

「よくわからないけど、本当に黒ちゃんは喜んでくれているの?」
「大丈夫だって。オレだってお世辞で言ってたわけじゃねぇよ。
 なぁ、そっちの影もそう思うよな」
「はい。サン。よく似合っていますヨ」
「影ちゃん、ありがと」

にこりと微笑んだ。

「よし。オレはとりあえず帰るわ。仕事ほっぽりだしてるし」
「頑張ってね」

と、手を振った。
するとMZDは急に真面目な顔をして、を見据えた。

「なぁ…。一つ聞きたいんだが」
「なに?」
「お前、無理してねぇか?」

は少しだけ目を泳がせた。

「大丈夫。してない。頑張ろうって思っただけだよ」
「ならいいが。もしオレがプレッシャーになっているなら、全然気負う必要はないぞ」
「大丈夫。心配しないで」
「そっか。何かあったらオレに言ってくれ。力になってやりたいんだ」
「ありがと。その時はよろしくね」
「…じゃ、今日は帰るから。またな」
「またね」

小さく輝く光の粒子がMZDを包む。
粒子はさらさらと砂のように落ちていく。
そこに、MZDはいない。





「あれ?アイツは?」

しばらくして普段どおりの黒神が部屋から出てきた。

「随分前に帰ったよ」

読みかけの本を閉じて、が言った。
黒神はその姿を捉え、上から下まで見渡す。

「…脱いだのか」
「うん。次は学校に行く時かなって」
「…そうか」

小さな声で言う黒神の顔を、は覗き込んだ。

「…ねぇ…もう一度着ようか?」

上目遣いで小首を傾げる
黒神は頬を染める。
目を逸らし、小さく頷いた。

「じゃあ、少し待っててね」

はスカートを翻し自室へ行く。
小さく息を吐いた黒神はその扉にもたれかかった。
扉からは衣擦れの音が僅かだが漏れている。
こくんと、黒神の喉が鳴った。

「入ってきていいよ」
「あ、あぁ」

慌てた黒神は、一度呼吸を整えドアノブに手をかけた。

「どうかな?」

スカートの裾を小さく持ち上げ、下から見上げた。

「……ああ」

黒神は息を飲む。
何も言わず、新品の制服を着るを見回した。

「へ、変?」
「全然。むしろ、その…似合っている」
「本当!!良かった。黒ちゃんに褒めてもらえるとようやく安心だよ」

はしゃぐを黒神は微笑ましく見る。

、少し座ってもいいか?」
「どうぞ」

黒神はが指すベッドへと腰かける。

、おいで」

黒神が自身の膝を叩いた。
は頷き、膝に座ろうとした。
しかし、くるりと身体を反転させられる。

「逆だ。顔が見えないだろ」

今度は黒神と向かい合うようにして、その膝に座った。
黒神はを上から下まで目を通す。

「…本当によく似合っている。見立て以上だ」
「良かった。さっき、いなくなっちゃったから心配してたの」
「すまん。ちょっと、な」

黒神は言葉を濁した。

「ろりこん、だからしょうがないの?」

驚愕の色が黒神の瞳に現れる。

「…はその言葉の意味がわかっているのか」
「ううん。知らない。MZDは教えてくれなかった」
「知らないでいてくれ。頼む」
「わかった…」



返事後、唇を突き出し面白くなさそうにする。
黒神は小さく舌を打つ。

「くそ。あの野郎は…」

黒神はの胸元を撫でた。
その時にはもう毒づく顔は消えていた。
ただうっとりと、笑む。

「最後までリボンかネクタイで悩んだんだ」
「いつもみたいにリボンじゃないんだね。リボン可愛いのに」
「だが、も可愛いだろ。
 それなら同じ属性を重ねるより、ネクタイでかっこよさを入れたほうがいい」
「…凄い考えているんだね」
「ま、まあな」


感心するに対し、黒神は曖昧に答えた。
それに続く言葉を二人は何も言わない。
部屋には静寂が訪れた。
しばらくして、黒神が口を開いた。

「…、冷たく突き放して悪かった。あの後一人で食事をさせて…」
「…ううん。私も意地を張ったのが悪いから」

二人は申し訳なさそうに俯いた。

「寂しかったか?」
「だって、黒ちゃん一緒にいてくれなかった。初めて一人で食べたんだよ!」
「…すまない」

の勢いは止まらない。

「怒らせたのはごめん。でもご飯を別々なんて、それは嫌」
「すまん」

黒神はただただ謝罪の言葉を口にした。
勢いを失ったが、静かな声で問いかける。

「…あのね、黒ちゃん。黒ちゃんは私がジャックと遊ぶの嫌?」
「いや…別に、そうではないが…」
「他の人と一緒にいるのは?」
「どういうことだ?」

黒神はを見上げた。

「ジャックに聞いたの。私と毎日遊ぶと黒ちゃんが怒るから駄目だって。MZDが言ってたって」
「っち。アイツめ」

黒神は小さく毒づく。

「黒ちゃんが心配してくれるのは嬉しいよ。
 でも、私の知らないところで誰かに何か言わないで」
「誤解だ。俺は言えと指示していない。アイツの独断だ」
「でも」

の言葉を遮る。

「俺はが色んな奴と関わることを推奨している。
 …だから、俺が裏で動くことは無い」
「…本当に?」
「本当だ。は自由にしろ」
「……うん」

は小さく頷く。
そんなを見ながら、黒神はの後ろで拳を握り締めていた。
手の色が変わるほどに。

「…

は首をかしげた。

「抱きしめても。構わないだろうか」

満面の笑みを浮かべたは、何も言わず背中に手を回した。
続いて、黒神の手がの背に触れる。

「不安はないか」
「…怖いよ。だって、知らない人たちばかりなんでしょう」
「あぁ。そうだな」
「それに私、普通じゃないから、変だから、だから」

悲痛に変わる声を、黒神は大きめの声で遮る。

「少し珍しいだけだ」
「…MZDも同じこと言ってた」

一瞬嫌な顔を浮かべる黒神。

「とにかく!は変じゃない。普通の、人間だ」
「うん…」

はきゅっと両手に力をこめた。
そんなの背を撫でる。

「そうだ一つ忠告しておく」

背中の手がゆっくりとの腰を撫でる。

「くすぐったい」
「そうか」

その手は更に下へ這っていく。

「黒ちゃん、そっちはお尻だよ?」
「そうだな」
「そうだなって…」

双丘を優しく撫であげる。
だが次第に力が込められ揉みしだいていく。

「あのっ、ねぇ」

には黒神の表情は見えない。
両手で肩を押し、拒もうにも、黒神はしっかりと背中を抱いている。
更に手は下へと這いずる。
スカートを撫で、太ももをなぞる。

「っ」

の身体が小さく跳ねたことには気にも留めず、指先がスカートの下に潜り込む。
汗ばんだ手のひらが、同じく汗ばむ太ももに吸い付く。
じわりとした手が太ももを撫で回す。

「っひゃあ」

指先が下着のラインを撫でた。

「や、やだ。黒ちゃん、どうしたの?」
「怖いか」

を見る黒神は、どこか楽しそうであった。

「怖いよ!!だって何がしたいのかよくわかんない」
「そうだな」
「今までこんなことしたことないのに、どうしたの?」
「…確かにな」

黒神は自嘲気味に笑うと、スカートから手を引き抜いた。

「今、は怖いと思ったんだよな」
「怖いよ、びっくりしたよ!」
「…いいか。さっきみたいな恐怖を感じたら、その時は全力で逃げろ」
「そりゃ、怖かったら逃げると思うけど…」
「さっきだって結局逃げてないだろ」
「だって、黒ちゃんのことだから何か考えてると思ったんだもん」

顔を赤らめたの額を、黒神がツンと突く。

「それだ。下手に他人を信用してされるがままになるな。
 恐怖っていうのは、人間の防衛本能によるものだ。
 思考に阻まれるな。恐怖には従え」
「とにかく、怖い時は逃げる。だね」
「そうだ。相手が誰であろうともだ。MZDでもだぞ」
「MZDも!?じゃあ、黒ちゃん相手でもってこと?」
「え」

黒神は間の抜けた声をあげた。

「だ、だって、MZDもなら黒ちゃんもかなって、思ったんだけど…?」

首を傾げる

「えっと、お、俺は、に対して危害は絶対加えねぇし。だから、…俺以外で」

最後に小声で付け足した。

「わかった。黒ちゃん以外の人は気をつけるね」

黒神は小さく息を吐き、胸を撫で下ろした。

「教えてくれてありがと。私もっと色んな人とお友達になれるように頑張るね」
「…ああ。頑張りな」











「初日…どうだった?」

英語科教室。
ここは英語担当の教師が利用する場所である。
今はDTOとの二人しかいない。

「今日は凄く…疲れました」

パイプ椅子に深く座り込んだが俯いて言った。

「老け込んだな」
「疲れたせいです」
「明日もいけるか」
「…大丈夫です」
「あとお前にはな、ほれ」

はゆっくりと顔を上げた。
DTOの指差す机の上には、問題集が山になっている。

「小学生レベルからだ。何事も順を追うほうが頭に入るからな」
「有難う御座います」

背筋を戻し、DTOに頭を下げる。
ビニール袋に入れられた大量の問題集を回収すると、また同じパイプ椅子に腰を下ろした。
また気だるそうに俯く。

「嫌なことはなかったか?」
「…ない、です。ただ慣れなくて」

少し思案した後、は答えた。

「慣れなら大丈夫だ。回数を重ねればいい話だ」
「そうですね」
「今は珍しがられるが、すぐに皆飽きる。あ、別に悪い意味じゃなくてだぞ」
「大丈夫です。わかります」
「そういや、はどうやって帰るんだ。歩き?」
「今日は迎えに来てもらいます。場所覚えてなくて」
「…ん?」

DTOが疑問符を浮かべる。
は察して、説明をした。

「私は数えるくらいしか外に行ったことないんです」
「箱入り娘だな」
「そうですね」

その後もぽつぽつと会話を重ねていると、扉の前に眼鏡の青年が現れた。

「遅くなってすまなかった。大丈夫か」
「黒ちゃん!」

は椅子から立ち上がり、黒神に向かって勢いよく飛びついた。
背丈の伸びた黒神はそれを容易く支える。

「帰ろう。影が飯の準備しながら待ってる」
「うん。今日いっぱいお腹減った!」
「弁当足りたか?影がそれを心配してた」
「少し足りなかった。あのね、男の子が大きいお弁当箱持ってた。
 私ももう少し大きいのがいいな」
「そうか。じゃあ、続きは家で聞かせてもらおう」

が黒神を離し、DTOのほうへと向いた。

「DTO先生さようなら」

小さくお辞儀をする。

「ああ、また明日」

挨拶を見届けたは再度黒神に抱きつく。
黒神はを軽々と抱き上げ、頬を擦る。
その姿のまま、一瞬で二人はこの世界から跡形も無く消えた。
持っていなかったはずの荷物も消えている。



「これから大変だな…」

DTOはいなくなった空間に向かって呟いた。





(12/02/29)