第5話-大事-

「え…。あぁ、そうなんだ」
「ふうん。子供か」
「…うるさい」
「子供は苦手なんだ…」
「あはは、そっかぁー」

私は、はっと目を見開いた。
視界の中で目に付いたのは、パンダの置物だった。
どくどく、という鼓動が自分の中から聞こえる。
汗を吸ったネグリジェが身体にぺたりと張り付き、とても気持ちが悪い。
首に濡れた髪が絡んで離れない。
──酷い目覚め。

「影ちゃん」

私は誰もいない部屋で呟いた。
すると、床から黒い靄が現れる。

「どうしましタ?」
「気持ち悪いの」

実体のない靄がかった手が私の身体を通り抜けた。

「酷い汗デス。悪い夢でも見たのですカ?」

私は小さく頷いた。
影ちゃんは私を覆う布団を剥ぐ。

「ではシャワーを浴びましょうカ。出る頃に食事を用意しまショウ」
「ありがとう」

勧められた通りにシャワーを浴びた。
体温より少し高い、温かな湯が冷えた身体を熱くする。
ただ、それは芯までは私を温めてはくれない。

先ほどの夢は、とても、嫌な夢だった。
あれは、知らない人達の夢。
私を嫌がる人達の夢。

近頃の私は、MZD宅に訪れる人たちと交流を図っている。
来訪してくる方々は、挙動不審になったり、たまにどもったりする私に対して優しく話しかけてくれた。
お菓子をくれたり、物をくれたりする人もいて、私は不安を抱きながらも楽しむことができた。
黒ちゃんやMZDと違う、他の誰か。
最初は怖いとしか思えなかったけれど、段々と多くの"いい人"達のお陰で、
私は二人以外の人のことを、少し、好きになった。

しかし、そう毎度毎度楽しいことばかりではなかった。
生物には様々な者がいるのだと知った。
子供が苦手な人、私を見もしない人、迷惑そうに一瞥する人、適当に対応する人。
理由があるかもしれないと思い、根気よく接触してはみたがいい結果をもたらしはしなかった。
どう足掻いても最後まで、私を受け入れてはもらえない。

私は少しずつMZDの家へ足を運ぶことが怖くなった。
勿論MZDは何度もフォローしてくれたし、色んな奴がいるからと私を元気付けてくれた。
なのにMZDの家に行かない理由を必死に探している自分がいる。

、どうかしたのか!?」

シャワーを終え、タオルを首に巻いた私を見た黒ちゃんが駆け寄ってきた。

「なんでもないよ。ちょっと寝汗が気持ち悪くて」
「本当に?何か病気でも」
「大丈夫。きっと熱もないよ」
「念のため」

促されるままに体温計を脇に挟んだ。
これも最近のことだが、黒ちゃんの心配性が激しい。
トイレ以外はほぼ何処にでも付いてくる。
加えて、私が外で行った時の出来事への追究が長い。

私は黒ちゃんと一緒にいるのも、話すのも大好きだ。
けれど、最近は少し度が過ぎているように思う。
以前はそこまででもなかったはずだ。
電子音に促されて体温計を見ると、やはり平熱だった。

「ねぇ、そういえばジャックって今何処にいる?」
「ん。今はMZDの家にいるな」

神様である黒ちゃんは、何処に誰がいるかというのがすぐにわかる。

「じゃあ、今日はジャックと遊ぶ」
「そうか」

黒ちゃんは私のダイニングチェアを引いた。
私はお礼を言って座り、影ちゃんが作った朝ごはんを食べる。

「…今日はMZDのとこ。いいのか」
「うん。今日はいい」

行きたくない、ということを二人には一度も教えたことが無い。

「そうか。はあっちに行くことを、楽しそうにしているから、今日も行くと思った」
「きょ、今日はジャックと遊びたい気分だから」
「そうか。まぁ、ジャックも毎日いるわけじゃないもんな。いる時に遊んでおきな」

私が二人に行きたくないことを言えない理由。
どうやら、二人は私が他の誰かと仲を深めることを願っているようだからだ。
二人の希望に沿いたい。
そう思えば思うほど、自分の気持ちを正直に伝えられなくなってしまった。

「危ないことはするなよ」
「わかってる。大丈夫だよ」

いつもどおり美味しい朝食を食べ終え、私は身支度を整える。
久しぶりにジャックに会うのだから、やっぱり可愛い格好で行きたい。
もしかしたら、動きやすく汚してもいい服の方が良いかも知れないけれど。
出来るだけ可愛くしていたい。

「黒ちゃん、リボン結んで」
「ああ。いいぞ」

結った後の髪をリボンで飾る。

「出来た。今日も可愛いぞ」
「ありがとう」

黒ちゃんはいつもとても綺麗にリボンを結んでくれる。
可愛いと言って貰えて、少し自信が出た。

「変なところない?」
「ない。服も綺麗だし、髪もバランスよく巻けてる。リボンも合っているし問題ない」
「影ちゃんは?」
「可愛いですヨ。心配ありまセン」

二人のお墨付きも貰った。
自分でも鏡の前で確認し、問題ないと思えた。
今からジャックに会うことを考えると、胸がどきどきしてくる。

「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいマセ」
「行ってらっしゃい。外に行く時は忘れずに言えよ」

二人に手を振り、私は玄関を開けた。
行き先はジャックの目の前だ。











!?」
「ジャック!」

いつも変わらぬ極Tシャツに私は思い切り飛びついた。
結構な勢いがついてしまったが、ジャックは動じることなく私を抱きとめてくれる。

「びっくりしたぞ」
「驚かせてごめんね」
「いや。に会えて嬉しい…」

回した腕から感じる細身の身体。
ジャックの身体はまた細くなっている気がする。
会わない期間が長引けば長引くほど、ジャックは痩せていく。
毎度どこへ消え、何をしているのだろう。

「今日一緒に遊ぼ」

ジャックから離れ、遊びに誘うとジャックはこくりと頷いた。

「何処行くんだ?黒神のところ?外?」
「…MZDと黒ちゃんがいない所がいい」
「わかった。なら外だ。最近良い場所を見つけたんだ。
 じゃあ、はいつもの、しに行くか」

外出となると、MZD、または二人におまじないをかけてもらわないといけない。
だけど、今日はなんとなく、気が進まなかった。
しないと確実に怒られることは、わかっていてもだ。

「…いい。今日は、大丈夫だから」

今まで事故が起きたことはないし、今日だって何も無い。きっと。

「そうか。なら案内しよう」

ジャックの導きにより辿り着いたのは、ビルが多く立ち並ぶ場所。
とは言え、全てのビルが使われているわけではなく、点々と使われなくなったビルが存在する。
ジャックはビルとビルの隙間をすいすい歩いていく。
人通りは殆ど無く、日があまり入らないために暗い。
ジャックが手をつないでくれているからいいが、一人だったら何度も後ろを振り返りそうだ。
この場所は身の毛がよだつ。
ジャックはよく平気でいられるなと素直に感心する。

「ここだ」

入り口はチェーンと鍵で厳重に閉められている。
ジャックはマスクを装着し、錠前に向かい炎を吐いた。
下がっていた私ですら、熱さに目を閉じる。
次に見た時には鎖がどろりと溶けていた。
さっさと先に行ってしまうジャックから離れないよう、
私はスカートを翻しながらビルの中へ中へと、進んでいった。

「…埃だらけだね」
「積もり方から言って、相当放置されていることは確かだ」
「そのまま残ってるんだね」

ビル内には掃除さえすれば、今からでも会社を開始出来そうな位に物が残っていた。

「これなら誰も来ない。あの二人も進んで来たいとは思わないだろ」
「確かにそうかも」

それはいいが、油断すると洋服が汚れてしまいそうだ。
あまりにも汚すと何をしていたのか問いただされてしまう。
それも都合が悪い。

「それで、今日はどうした。二人を避けるということは、何かあるのか?」

すぐには、言葉を紡げなかった。
今まで二人には隠してきた秘密が、今解き放たれようとしている。
だが、何かがそれを邪魔する。
何かきっかけが欲しい。
ふと、大きなダンボールが目に入った。

「あれに入ってみよ」

埃だらけのダンボールに足を入れた。
洋服が汚れてしまうことは気になるが、意を決してそのまましゃがむ。
続いてジャックが隣に入ってくる。
お互いの肩が完全に密着してしまうほど狭い空間。
でも、落ち着く。
だって、今ここにいるのは二人だけだから。

「ねぇ」
「ん」
「ジャックは、今私といて楽しい?」
「うん」
「どうして」
だから」
「なんで私だったら楽しいの?」
「好きだから」
「本当に?」
「多分…好きだと思う」
「そっか」

は?」
「え?」
は俺といるの嫌?」
「ううん。好き」
「じゃあ、楽しくない?」
「楽しいよ」
「どうして」
「だって、ジャックと一緒にいるんだもん」
「そうか、なら良かった」

私はジャックのことが好き。
ジャックも私のことが好き。
だから、一緒にいて辛くない。楽しい。

じゃあ、知らない人は。私をあまり好きではない人は。
どうしたら、そんな風になれるのだろう。

「ねぇ、どうやって私達は友達になったんだっけ?」
が言った。友達だって」

全く身に覚えが無かった。

「……ごめん、思い出せない」
「それは仕方がない。が忘れているのは仕方がないことだから」
「何それ?どうして?」

全く意味の分からない答えに、私は間髪入れずに尋ねた。

「MZDが言っていた」
「理由言ってた?」
「聞いた覚えがない」

と言うことは、私が聞いてもはぐらかされてしまうかもしれない。
何故、私が忘れっぽいことが、仕方無い、なんていい加減な言葉で済んでしまうんだろう。

「…あのさ、私達初めて会ったのはいつ?」
「一年以上は前だ」
「何処で会ったっけ?」
「黒神の家。一ヶ月程俺が預けられた時だ」
「その頃のこと出来れば詳しく教えてくれる?」
「ああ」

本当に全く覚えてない。自分のことなのに。
このままジャックから説明を受け、それが昔の記憶を引っぱりだしてくれることを祈ろう。
詳しい説明を聞いて、ああそうだったと言えたなら、私は本当にただの忘れっぽい人間だと言える。

「MZDに拾われた俺は、都合により黒神の家に預けられることになった。
 黒神は大いに反対していたが、最終的に了承した。
 とはいえ、黒神は机に向かってばかりで俺とはほぼ関わらない。
 そんな中、は俺に話しかけ、毎日遊んでいた。
 部屋の中や黒神が作る空間の中で。
 それで、ある日が言ったんだ。
 友達だねって。
 それからと俺は友達ということになった」
「そうなんだ…。ごめんなさい。聞いても全然分からなかった……」

まるで、御伽噺を聞かされているかのようだ。
自分の体験として全く感じられない。
これは、忘れっぽいで片付けられることではないはずだ。

「気にするな」
「だって、これじゃジャックに失礼だよ」
「今といられるなら、問題ない」
「そういうものかなぁ」
「今は今だ。過去を嘆くことは無意味だ」
「うーん…」

だって、ジャックとの出会いなんて、そんな大事そうなこと忘れるはずが無い。
ジャックに限らず、私は黒ちゃんやMZDとの出会いも覚えていない。
そんなの、有り得ない。

きっと二人ならこの理由を知っているはず。
だけど、絶対教えてくれないんだろうなぁ。
私のことなのに。

「せめて、友達の作り方くらいは覚えていたかったな」

ダンボールの中でため息一つ。
ジャックは不思議そうに言った。

「友達というのは、作るものなのか?」
「そうじゃないの?」
「俺は当時作ろういう、能動的な考えは持っていなかった。
 が俺との関係を友達と断定したから、そうなのか、と思っただけだ」
「うん?ごめん、ちょっと私わかんない」
「俺も上手くは言えないんだが…。
 あの時、と俺はずっと一緒にいた。
 それは預けられていたという状況だけが理由じゃない。
 単純にの傍は、温かくて落ち着いた」
「うん」
「そういう状況が生まれて、ようやくそれが友達というのではないのか…って。
 ごめん。俺もよくわからなくなった」
「ううん、なんとなくわかってきたよ。
 友達っていう言葉が先なんじゃなくて、あったかい雰囲気の方が先ってことかな」
「多分そんな感じだと思う」

昔の私はどんな気持ちでジャックを友達と認定したんだろう。
ジャックが感じた、そんな温かい気持ちを昔の私も感じていたんだろうか。
今の私は、勿論ジャックの傍に安心感を覚える。

「ジャック。ありがとう。
 私ね、最近知らない人といっぱい話して、それが怖くなってきたの。
 お友達が出来るかもって思ってたのに、ジャックみたいに仲良くなれなかったの。
 さっき話してくれたこと、よく考えてみる。
 もう知らない人と話したくないって思ってたけど、もうちょっと頑張ることにする」
「そうか。が元気になったようなら良かった」

私は立ち上がり、ダンボールから出た。
洋服の埃を念入りに叩き落とす。

「一度MZDのところに帰る。今日はおまじないしてもらわなかったし、何かある前に帰っとく」

今なら二人と顔を合わせても辛くない。
私はまだまだ頑張れるから。

「…黒神にバレると怒られそうだ」
「…やっぱり、怒られる?」
「黒神はが大事だから」
「大事にしすぎだよ。いっっつも心配してるんだよ?外に行ったときなんて凄いんだよ!」

とは言え、なんとなくだけど、ジャックと遊ぶ時はあまり聞いてこない気がする。
怪我の有無を聞いた後、楽しかったかどうか聞いて終わりだ。

「俺はが外に出てくれて嬉しい」
「遊ぶ場所が増えたから?」
「外なら、と毎日遊んでも、何も言われない」

それはいったいどういうことだろう。

「…それ、誰が言ってた?」
「MZD」

むかっとした。
理由を聞いていないから、なんとも言えない。
でも、私の知らないところで、何てことを言っているんだ。

「私と毎日遊んじゃいけない理由って聞いてる?」

ジャックは珍しく私から目を逸らした。
これは聞かされているんだ。

「お願い」

ジャックは黙っていたが、やがてぽつりと小さな声でもらした。

「あまりにと毎日一緒にいると………黒神が怒るから」
「なんで怒る必要があるの?」

私はつい強い口調で言ってしまった。
ジャックが悪いわけではないのに。

が大事だから」

──大事だから。
いつも私は黒ちゃんにそういう理由で守られている。
でも、これはどうなの?
外出に許可がいるとか、神様の力で防護してもらわないと駄目だとか、自分の出来事を報告するとか、家の中でずっと付いてくるとか。
それはまだいいよ。
でも、こういうのは……酷い。

。そんな顔しないで欲しい」

意図しているわけじゃないけれど、きっと酷い顔をしているんだろう。
心の中は黒ちゃんに対する嫌な気持ちでいっぱいだ。

「黒神はがいないと駄目だから。
 それに、俺はと会っちゃいけないとは言われてない。
 だから、何の問題もない」
「問題ありありだよ」
「気にするな。まずは帰宅することが優先事項だ」

ジャックが力強く私の手を引く。
私は渋々それに従う。

帰り道、ジャックは特に何も喋らなかった。
だから余計に、私の中では行き場の無い気持ちがぐるぐる巡っていた。

黒ちゃんは本当に私を好いてくれているのか。
「大事」という言葉に甘美な響きなんてなく、ただの鎖と化していている今。
それすら、疑問になる。

早足での帰路の途中、MZDに出会った。
驚いた様子で私を見ている。
しまった、と思った。

「お前、何もなしで外行ってたのかよ」
「…ごめんなさい」

声もかけず、黙って行った事は悪いことだと思う。
私は素直に頭を下げた。

「いや、オレは正直構わねぇんだけどな。ただアイツが気にするし」

正直なところ、黒ちゃんには謝りたくないなと思った。
私が悪いのは承知だ。
でも、今は素直に謝れない。

「どうした?お前怒ってんのか?」
「なんでもないよ」

MZDに言えばすぐに黒ちゃんに伝わってしまうので黙っておく。
それに、毎回私達に気を回させてしまうのも、申し訳ないから。

「なぁジャック、アイツどーしたんだよ?」
「お前が、毎日と遊ぶな、って言ったことを伝えたら、ああなった」
「マジ?そこは黙ってておいてくれよ」
「そうなのか」

黙ってればいいという問題ではない。
そんな風に知らないところで動くのが悪いんだ。
私には何も教えてくれないのが悪いんだ。

「あの…ちゃん」
「私は何にも怒ってないからね」

絶対に何も言うものか。
いつもの逆。
される方がどんな気持ちになるか、知ればいいんだ。

「はは…。じゃあ、オレがジャックに言ったことだけどな」
「あれー、MZDじゃん」

年は私より上だろうか、水色の髪をした人。
私はジャックと共にMZDの後ろに下がった。

「サイバーか。悪ぃけど今取り込み中で」
「そっちはジャックだろ。で、君は?初めてだよね」
「あ、私…です。それ、ギャンブラーの…」
「わかんの!!!」
「ま、い週、見てますから」

まさかギャンブラー人形を指摘したことで私に矛先が向くとは思わず、心臓が飛び上がる。
左手に感じるジャックに力を込めた。
きゅっと握り返してくれただけなのに、自分の中で安心感が湧き上がる
大丈夫、頑張れる。

「先週の戦闘シーンもかっこよかったよな!」
「えぇ、まさかロイヤルストレートフラッシュがきかない相手が出るなんて…。
 新技の国士無双も凄かったです」
「だろ?てかさぁ、敵も指の力で表面潰して白を作るとかマジすげーよ」
「千切れたささくれの血を五萬につけて、赤ドラを作るのもびっくりでした」
「あと、握り込みだよな。トオルさんは気づいたけど、光の速さなんて気づけねぇぞ」
「イカサマを憎む気持ちが身体を突き動かしたなんて、さすがです」

……凄い。
ギャンブラーをちゃんと分かってくれるなんて。
言葉が唇を突いて自然と出てくる。
嬉しい。凄く、嬉しい。そして、楽しい。
さっきまで渦巻いていた不安がどんどん無くなっていく。

「お、話せる相手がいて良かったじゃねぇか」
「うん」
「オレも話せる相手がいて嬉しいぜ。最近誰もアニメ見てくんねぇしさぁ」
「私も、アニメの話できる人いなくて…」
「お。オレ達一緒じゃん」

どきりとした。
一緒だって言ってくれただけで、なんでこんなに熱くなるのだろう。
頬が変に色づいてないだろうか。心配だ。

はどこの学校行ってんの?」

どきりとした。
これは、確実に一緒ではない。
そう思ったから。

「い、行ってない。行ったこと、ない」
「マジ!?いいなー」
「え」

この反応は予想外だった。
てっきり変だと言われるのかと思ったのに。

「だって、毎日夏休みってことだろ?羨ましいぜ」
「そ、そうですか」
「でも、残念だな。同じ学校ならまた話せるのにさ」

私もとても残念だと思う。
こんなに話したいと思えたのに。

「MZDなんとかなんねぇ?あ、病気とかそういう事情だったらごめんな」
、どうする?」
「行く」

言葉が制御を失って、ぽっと出た。
一瞬後悔したけれど、ここは開き直ることにした。
さっきジャックと話してもっと頑張ることにしたんだし、いい機会だと思う。
黒ちゃんは怒りそうだけど……知らない。

「学校行ってみるよ」
「わかった」
「さっすがMZD!これでまた話せるぜ」
「うん」
「あ、オレ待ち合わせしてたの忘れてた。じゃあな、また会おうぜ」
「ばいばい」

サイバーは走って行ってしまった。
少し息を吐くと、ジャックが私の顔を覗き込んだ。

「…、学校?」
「そうみたい」

ついさっきのことなのに、なぜか遠いことのようだ。

「そうか。ならあまり会えそうにないな」
「なんで?え、じゃ、じゃあ、ジャックも」

ジャックは静かに首を振った。

「俺には役目がある。それに人が集まりすぎる場所は……駄目だ」
「そうなの?」

MZDを見上げると、なんだか難しい顔をしている。

「…一応聞いておくけど、学校ってどういうものか知ってっか?」
「あんまり。勉強するところだっけ?」
「まぁ、そうなんだが…」

腕を組んで唸った後、MZDはまぁいいやと笑顔で言った

「とりあえず帰ろうぜ。黒神に話つけなきゃなんねぇし」











MZDの家に着いて早々、ジャックとは別れた。
MZD曰く、いない方が話を進めやすいから。
ジャックは意に介さず、また外に駆けていった。

「おかえり。…って、なんでテメェもいんだよ」

明らかに嫌そうな顔をする黒ちゃんに、先手を打った。

「黒ちゃん、私、学校に行ってみることにした」

デスクにいた黒ちゃんが消え、一瞬で目の前に現れた。
後ずさりすら許されない、圧力を感じる。

「…どういうことだ?」
の希望だ。オレは全くけしかけてねぇよ」
……」

また泣きそうな顔。
黒ちゃんにこんな顔させて罪悪感を覚えないわけがない。
けれど、もう引っ込みがつかなかった。
サイバーに言ってしまったというのもある。
だがそれ以上に、私に内緒でジャックと遊ぶ回数を制限していたという事実が、
私には許せなかった。

「行く。黒ちゃんが駄目って言ってもきかないもん」

「……そうか。ならしょうがないな」
「え」



予想と反し、反対されなかった。
黒ちゃんなら嫌がると思っていたのに。

「お前と同じ年齢の人間なら普通行くもんだしな。
 お前の自由にするといいさ」

名前で呼ばれないことに、どきりとする。
怒ってるのかも。
いや、確実に怒っている。

私を見る目が氷のように冷たい。
MZDに対してたまに向ける目と同じだ。
私には決して向けることはなかったのに。

「やってみな」

出来るものならな、と言われたような気になる。
完全に上から目線。
黒ちゃんに怒らせるのは怖いけれど、私も負けられないと思った。

「MZD。悪いけどお願いするね」
「お、おう…別にいいんだが。二人ともそれでいいんだな」

「構わん」「いいよ」

「…わかった。準備が出来たら伝える」

MZDは姿を消した。
黒ちゃんも私も自室に帰る。
何も話さない。








その日、初めて
黒ちゃんと、ご飯を食べなかった。





(12/02/23)