第41話-恋するヒーロー-

俺との秘密。
小指を絡ませあって、囁いた、二人の約束。

俺はのもの。
は俺のもの。





でも、それは、過去────。











日常に戻りたいとは言った。
俺にとっての日常とは、と二人きりで過ごしたあの頃で止まっている。

一日は、影かが起こしに来てくれる事から始まる。
俺はよく寝ぼけてをベッドに引き入れて寝てしまうらしい。
意識の無い俺に自覚はないが、後でが顔を赤くしながら抗議する。
「朝ごはん冷めちゃったんだからね!折角影ちゃん作ったのに!」
それが可愛いものだから、俺は謝りながらも、寝ぼけた自分に感謝するんだ。
だって、目を開けたら大好きな子が腕の中にいる。こんなに幸せなことは無い。

その後、二人は家事を始める。
眺めているといつも楽しそうに今日の献立やら菓子やらの話をしているものだから、俺は少し影に嫉妬する。
それを察したによく言われた。
「影ちゃんも好きだけど、黒ちゃんが一番だからね」って。
その言葉に、俺はすっかり気をよくしてしまう。
思い返せば、なんと単純なことか。

二人が作業する間、俺の方はというとMZDの行動を予想しながら、存在の力が弱くなった土地を消去したり、無に戻すことを考える。
ある程度計画を練ったら外出し、は留守番。
は元気よく「いってらっしゃい」と言う時もあれば、
「……いってらっしゃい」と、捨てられた子犬のような目をして言ったりと、
同じ言葉であるが様々な声色、顔を見せてくれる。

寂しい思いをさせて申し訳ない気持ちもあるが、
悲しそうな顔のも可愛いから、偶にはいいかと思ってしまうのだ。
それについては、本人に言ったことはない。秘密だ。
言ったらきっと、あの小さな桜色の唇をへの字に曲げて、そっぽを向いてしまう。
ご機嫌斜めのも可愛いのだが、こうなると触れる事を拒まれてしまうので困るのだ。

用を済ませて帰宅したら、がてってってと軽やかに走ってきて「おかえり」と出迎えてくれる。
満面の笑みを浮かべて自分を待ってくれる誰かの存在は、とても嬉しい。
俺がそこにいることが、彼女にとっては当たり前のことだなんて。

やるべきことを終えて暇になったらと話をしたり、遊んでみたり、を着飾ってみたり、
……極偶にMZDと三人で話してみたり。
アイツは誰にでも好かれる体質だから、あまりと近づけたくは無いのだが、
奴には少し世話になっているし、と生活するうちに昔ほどの憎しみは無くなった。

後は、を撫でてみたり、ただ何をするでもなく抱き締めてみたり、何気なく頬や唇に口付けてみたり。

夜になって、床を共にしたり、少しだけ変な気分になってみたり、首筋に口付けてみたりする。
そこで止められたならばいいのだが、偶に寝巻きの上から身体を撫でてみたり、
小さくて可愛い胸を手のひらで堪能したり、下着の上からそっとなぞってみたりする。
その間俺は、俺のものに触ってもらいたいなと思ったり、と一つになりたいと思ったり、
決行したり、失敗してみたり。……まぁ、結局一度も成功することはなかったんだが。



────それが、俺にとっての日常だ。



あの日々はもう帰ってこない。
あの時の二人には戻れない。

出会った頃の気まずさだとか、お互いを少しずつ知っていく過程だとか、初めて喧嘩をした後の爽快さとか、
相手が本当に受け入れてくれるのか疑ってみたり、怖がったり、信じてみたり、
好きだという感情が生まれた瞬間だとか、愛を恐る恐る言葉にしてみたあの時の気持ち。

のことが好きで、好きで、好きで、大好きで、かけがえの無い存在で、心から愛していて、
愛をどう形にしていいのか悩んで、苦しんで、だから触れたくて、触れられたくて、もどかしくて、
なのにいざ触れ合っても最後の一線が超えられなくて、いくら愛していても一つになれなくて、苦しくて、辛かった日々。

だけどが同じ悩みを抱えていることに気付いて、少しだけ気持ちが楽になって、
すっきりとした気持ちで相手を見ることが出来るようになった。
そして俺達は気付いた。愛に決まった形が無いことを。
神と人間である俺達が到達した答えは、どんな時でも共に居ること。

俺達二人は幸せだっ た。

でももう、それは俺だけなのだ。
記憶の無いに、俺"達"の軌跡は失われている。
俺"達"が歩んできた、あの楽しかった辛かった日々はない。
隣には、誰もいない。

いないんだ。
愛しい人は。もう、いない。
でも、いるんだ。
同じ顔、同じ肌、同じ声を持った、あの人が。
同じ名前を呼ぶんだ。
あの人だけが呼び、認める、黒神という存在を。



は、今でも、ここにいる。
は、死んでなんか、いない。

は生きている。ただ、記憶が無くなっただけ。





「本当に!!申し訳なかった!!!許してくれ!!!」
「も、勿論……。お、こってないもん」

俺は床に頭を叩きつけて土下座した。

とは、離れてからずっと気まずいままであった。
食事もあまり一緒にとらないようにしたし、話しても途切れるばかりで。

俺はどう接していいか判らなかった。けど、もう悩む時間は終わりだ。
とにもかくにも、俺の過ちをもう一度ちゃんと謝るべきだ。

、話し合いたいのだが、いいか?」
「う、ん。勿論。です」

は驚いているようだが強引に話を進める。
この勢いが無ければ、俺はまた逃げ回ってしまうだろうから。

「一度、整理したい。俺はと何をしてよくて何をしてはいけないのか」
「それって、どういうこと?」
「例えば……。共に食事を取ることはにとって、嫌なこと?」
「ううん!!全然!!一緒がいい!!」
「そうか」

まぁ、その程度はクリアしていたいものだ。

「そんな感じで、が俺としてもいいと思うこと、されたら嫌なことを教えて欲しい」
「うん。わかった!」

俺たちはA4の紙に行動を箇条書きにし、○や×、△を付けていった。
恥ずかしいことも少しだけ盛り込んで、に判断してもらった。

その結果。

「手を繋ぐのは◎、一緒に寝るのも○、お風呂は×ぐちゃぐちゃ△ぐちゃぐちゃ×……どっちだ?
 で、キスは……×」

キスは、駄目、なのか。

「ごめん……。で、でも、ほっぺはいいかな。そっちは好き、だよ?」

それは恋人ではない。親と子で行うことだ。
は俺とそう言う関係は望んでいないのか。
……俺との過去は、今のにとって受け入れがたかったか。

「あの……黒ちゃん」
「ああ、すまない。気にしないでくれ。今度はの嫌がることはしない」

結局また禁欲生活だ。
出来るのは抱き締めることまで。

「も、元に、戻れる?これで、もう、前と一緒?」
「……ああ。今度はが望むようにする」

は嫉妬で暴走した俺を許したんだ。
だったら俺もそれに応えなければならない。
一緒にいられるだけでマシなんだ。それ以上望んではいけない。今は。

「……黒ちゃんは、それでいいの?」

いいはずない。

「俺は、が笑ってくれるのがいい。……もうあんな思いは沢山だ」

が死んだ時に思ったんだ。
がいない世界に意味はないんだって。
が居ればそれでいい。そう思ったのに。

いざその願いが叶えば俺は、といるだけでは足りなくなって、
触りたくて、俺を見て欲しくて、誘って欲しくて、押し倒したくて、閉じ込めてやりたくて。
欲が尽きない。止まらない。

俺は、あの時の日常に、戻りたい。
俺の時間を、と俺だけの世界に、戻してくれ。

「……判った。でも、大丈夫だよ。私は黒ちゃんを嫌いにならないから」

嫌いにならない程度では足りない。好きになって欲しい。
保護者の俺ではなく、男の俺を見て欲しい。
前みたいに、愛して欲しいんだ。

俺だけを見てくれた、あの時のに戻って欲しいのに。
遠過ぎるよ……

「今後俺はの信頼回復に努めさせてもらう。この度は色々と申し訳なかった」
「ひいっ、土下座はもういいよー!!」

この茶番を続ければ、昔の感情を完全に思いださせる……ことは出来なくても、
それに近いところまではいけるはずだ。
少しずつ俺との過去を受け入れさせよう。


そうすれば、は俺の手中に────











今日は放課後、図書館を利用している。
まだ試験まで日があるために、それ程混んではいない。
オレたち五人が固まって座るスペースはあった。

普段ならばは放課後DTOのところへ行ったり、即家に帰って勉強するところ。
しかし、勉強ばかりに熱を入れているは傍から見ても疲れている。
少しその気分転換が出来たらと、サユリが図書館での勉強を提案した。

オレは嫌だった。図書館は静かにしなければいけないから。
ニッキーも同じだったらしく、嫌そうな顔をしていたが、アイツはがいるところには必ずと言って良い程ついてくるので問題ない。
リュータは試験が近いということでシフトを減らしているので、オレたちと過ごすことに異論を唱えなかった。

ってばスゲーな。休み時間もやってんのに、放課後もよく集中力が続くな」
「だって、頑張らなきゃ!」


進級がかかっているということで、は今までにないくらい勉強に力を注いでいた。
中間や期末と違い、学年末は一年の総復習であり、全てが範囲になる。
セクション毎ならば範囲は小さいので暗記する箇所も少なく、誤魔化せば乗り越えられたが、今回は出来ない。
これは大きな関門だ。全員で三年生になるためにもには頑張ってもらいたい。

って、思っているのに。
もやもやするのだ。

──が頑張れば、頑張るほど。

偏った見方だとは判っているのに、何故だか前より今の方がはやる気に満ちているように見える。
そう、あの日、校門の前に突然現れた不審者がと接触してから────それが気に入らない。
それでも、なんとか隠せていた。誤魔化せていた。
だが、ぐらぐらと揺れる感情なんて、何かの拍子にひょいっと崩れるものだ。

「……そんなのどうせ、アイツに言われたからだろ」

慣れない嫌味が口から出てくる。今までの苦労が台無しだ。

「えっと、アイツって……?人は関係ないよ?」

を含めた全員訝しげている。オレはそれに構わず続けた。

「違う。はあの男を喜ばせたいから頑張ってるだけだ。
 オレたちのこと、ただ利用しているだ、」
「サイバー。言っても良いことと悪いことがあるよ」

サユリの声で目が覚めたオレは気まずさを覚えた。

「……ごめんね。そんなつもり、ないよ?」

外部の理不尽に晒されている時に出る、の困った顔。
気を使って、さほどショックを受けていない振りをしている。

「ごめん。オレ帰る」

鞄を引っつかんで、オレは逃げ出した。
後ろからオレを注意する声が聞こえたが、そんなのどうでもいい。
とにかく、逃げる。あの場にいたくない。のあんな顔見たくない。

オレは特別教室が多い階に続く階段へ腰を下ろした。
じっと座っていると、遠くから吹奏楽部の音が聞こえる。野球やサッカーの声が聞こえる。
それをBGMにオレは盛大に溜息をついた。

「……やっちまった」

自分でもなんで本音を漏らしたのかよく判らない。
だが、オレはあの時からずっと考えていた。あの男に微笑むの姿が焼きついて忘れられなかった。
悔しくて、苛立って、自分の無力さを嘆いて、に腹を立てて。

でも、あんなの逆効果じゃん。ヒーローが八つ当たりって、情けねぇよ。

オレはもう一度溜息をついた。出る必要なんてないのに、無駄に唇を突いて出てくる。
落ち込んでます、悩んでますって主張しているようで気持ち悪い。

「よっ。今日はやけに攻撃的じゃん。Sにでも目覚めたか~?」

下を少しだけ覗き込むと、案の定アイツだった。
なんで追いかけて来るんだよと再度苛立ったが、まだニッキーで良かった。
こいつは、判る奴だから。

「珍しいな。オレはそこそこ八つ当たりするけど、お前少ないのにさ」

確かに、今までのニッキーの八つ当たりは傍から見ても酷いと思う。
そう考えると、は身に覚えのない八つ当たりばかりを受けていることになる。
それに気付くと、更に後悔と罪悪感が押し寄せてきた。また溜息が出そうだ。

「で?ヒーロー様が八つ当たりするって、どんな高尚な理由が待ってるんですかねぇ?」

鬱陶しい言い方をしながら、ニッキーはオレのすぐ傍まで来て、壁を背に立った。
こんな奴に言うのも癪だが、一番オレの言いたいことをわかるのはニッキーだ。
オレは心を曇らせるもやもやを少しだけ、公開した。

「……お前ってさ、ヴィルヘルムとのこと判る?」
「あー、アイツか……。怪しいよな、ちゃんとアイツって。
 元御主人様に、元メイド、だろ?で、何か見たわけ?」

怪しいってニッキーも思ってるのか。校門でのあの二人の場面を見てもいないのに。
それとも、ニッキーも何か、見たのか?以前に。

「……別に。何もねぇよ。ただオレが勝手に怒ってるだけ」

オレもニッキーも把握できないことは沢山ある。
今問題視しているのは、ヴィルヘルムのことだけど、きっと他にも繋がりがあるはずだ。
の人(外)脈は豊富だから。

「お前が何思ってるか知んねぇけど、お前とちゃんの仲が悪くなれば、
 オレにとってチャンスでしかねぇから。特に、今なんてな」

見上げると、ニッキーはニヤニヤと笑っていた。

オレは失念していた。
の周囲には沢山の奴がいて、皆それぞれに好感度がある。
一人が下がれば、他の奴等は相対的に上がり有利になるばかり。
競う相手が多すぎるため、少しのマイナスは他複数名のアドバンテージを許すことに繋がる。

「それぐらいでふてくされるようじゃ、ちゃんは無理じゃねぇーのー?」

嫌みったらしい言い方で、オレを見下してる。
でも、もう今は腹が立たない。
オレはにとって大事な時に、一番すべきではないことをしたんだ。

「確かに、オレじゃ駄目かもな……」
「……な、なんだよ。慰めてなんてやんねぇからな!」

ニッキーは「ばーか」と捨て台詞を吐いて、かんかんと階段を下りていく音が薄れていく。
また静寂が戻ってきた。いたらいたらで良いことはないが、一人になると自己嫌悪が色濃くなってくる。


自分はヒーロー失格だ。
好きな人を守るどころか傷つけるなんて。
ヒーローはどんな時も周囲のことを考えなければいけない。
己の利益を考えた瞬間、ただの暴力的なヒトとなってしまう。
ヒーローは孤独であり、報われないもの。だからこそ他を救ってやれる。
それなのに。


オレは嫉妬している。人間ではないものたちに。
が楽しそうに話すのは、いつも人外の生き物ばかりだから。
話を聞く限り、隠すことは何もなく、のびのびと接しているように思える。
それが、オレたちの前では、いやオレの前ではどうだろう。
人間世界の決まりごとに縛られたは羽をもがれた蝶と同じ。

だから理解している。は人間よりもそうじゃない奴等の方を好きになって当たり前だと。
ここは敵も多い。現段階で排斥されている。
そんなところにいたくは無いだろうし、ここで生活するオレといたって楽しくは無いだろう。

今まではそんなこと気にならなかった。は色んな世界を巡ることが出来て羨ましいと思っていた。
どんな名前の奴が出てこようと、楽しそうだな、いいな、面白そうだなと。
それなのに、のことが好きだと自覚してしまったあの日から、羨望は別のものへと変化を遂げた。

たった一つの感情を知覚したばかりに、こんなにも変わってしまうなんて。
今じゃ異界の生物達は嫉妬の対象だ。のことが好きだからこそ、羨ましくて。
オレが人間であることが、悔しかった。

そして、が人間を嫌っているかもしれないということに気付いた時に、絶望した。
いや、人間を嫌うだけならまだ良い。
オレのこともその"人間という生物"という括りにカテゴリされていると思ったら、怖くなった。

オレはが好きだ。人として、好きなのだ。必要としている。
今後も同じく、出来れば人の世にいて欲しいのだ。
多分、卒業すれば、はもう人間界には来ない。それは、困るんだ。

どうすればいい。引き止めるにはどんな方法がある。
わざわざ辛いこの世界に留めさすなんて、の幸せを考えれば避けるべきだ。
でも、それはオレにとっての幸せじゃない。
例えばオレがと付き合えなかったとしても、友達として卒業後も関わっていきたい。

オレのこの気持ちは、どうすればいいんだろう。
は何を思っているのだろう。

ヒーローだったら、どういう選択をすべきなんだ。










「うっし!」

オレは、頭を切り替えることにした。
前向きで行動力があるのがオレのいいところだ。
ついでに決断力もあるって、我ながら最高だと思う。

なーんて、軽口を叩けるこのテンションでなら大丈夫そうだ。臆することはない。

オレは立ち上がると、さっそく図書館に向かった。
恐怖なんて頭の隅に追いやって高い位置から階段を飛び降りていく。
残ってる生徒にぶつかりそうになりながらも、速度は落とさない。

図書館に着くと、まだたちはいた。
荷物を持っているところを見ると帰るところだろう。丁度良かった。
入り口から出た所で、姿を現した。
はオレの姿を見ると、目を泳がせる。オレは勢いよく頭を下げた。

、さっきは本当ごめん!!」
「ううん。気にしないで。気にしてないから大丈夫。だから頭は上げて」

オレの肩を掴むと無理やり姿勢を直した。言葉通りそれほど落ち込んでは無いようだ。

「謝りついでに、オレの話を聞いて欲しい……いいか?」
「うん……」
「じゃ、帰りながらで」

頷き昇降口へ向かうの少し後ろを歩く。さすがに隣は歩けない。

「じゃあ、私たちは先に帰ろっか」
「いや。お前らもいていいよ。多分オレの思ってること、少しは考えたことあると思うから」

サユリたちは顔を見合わせた。本当にいいのかと窺っているようだ。
だからオレはもう一度、同じ事を言った。
ニッキーはオレのことなんて興味は無いようで、をからかって遊んでいる。

を傷つけて逃げたオレを追った後、アイツはああやっても元気づけたんだろうか。
の嫌がることもするし、傷つける奴だけど、ちゃんとしたところもあるんだよな。
アイツが百パーセントまともになったら、少しは女子に好かれると思うのに。
馬鹿なんだよな。アイツ。
でも、良かった。そういう奴がを好きでいるのなら、オレは────。





各自靴を履き替えて終わって、集団で連れ歩く。
誰もがオレが何を言い出すのかとそわそわしているようで、も黙っていた。
もう少し歩いてから、せめて校門を出てからと思っていたのだが、もう言うことにした。

はさ、いつまで人間の世界にいるつもりなんだ」

前方のに言葉を投げる。全員が全員オレを見た。驚きすぎだぜ。

「どうしたの、突然」

似合わぬ神妙な声で振り返ったはそのままペースダウンし、俺の隣に来た。

「今後も黒神とあの空間に住み続けるんだよな」
「そうだよ……?」

オレの出方を窺っているようで、言葉は少ない。

は一年くらい前に初めてこっちの世界に来たんだよな。
 それで、どうだった?この世界は、の居場所になれそうだったのか?」

首を傾け、少し背の低いの顔を覗き込んだ。
そうすると、は深く息を吐いた。

「……本当のことを言うと、私はこの世界にいるべきではないと思う。
 この世界の常識に、私は当てはまらないから。今は皆のおかげでなんとかなってるだけで」

こんな言葉、の口から聞きたくは無かった。
でも、オレはもう一歩踏み込む。

「ここは、の世界にはなれなかったんだな」

全員が息を飲んだように思う。
はどう答えるんだろう。

────は、何も言わなかった。

「他の世界の方が楽しいか?」

これも、何も言わない。

「魔族だったり、ロボだったり、魚人だったり、幽霊だったりの方が、は自分らしく過ごしていける?
 を判ってやれない人間なんかよりも、ずっと」
「全員が全員、気が合うわけじゃないよ。
 ただ、人間よりは私の変なところを、変だって思わないだけで」

そこは大きい要素だと思う。

「……は、人間のこと、好きじゃない?」
「そんなことないよ」

すぐさま返される。

「本音は?ここで嘘を言われる方が残酷だ」

そこは重要なところだ。もし嘘であったのならば話が先に進まない。
個人的に望んではいた。嘘じゃないって言って欲しかった。

でも、現実は上手くいかなくて。

「……そうだよ。あんまり。好きじゃないよ」
「だよな……。それはもう判ってた。周りの奴等の態度遠慮ないもんな」

小中学生並みの背丈であるは、ただでさえ目立つ。
それなのに、後ろに神がついているという超個性的な特徴を所持しているので、
学校の全生徒の中でを知らない奴は誰もいない。
その中の九十五パーセントはを恐れ、目すら合わすことを拒否するだろう。

ただ救いなのは、クラスメイトはそこそこと言う存在を許容し始めていた。
無意味に怖がりはしない。が通常では有り得ないことをしようと、はいはいと右から左へ流している。
だからと言って、深く関わるのかといったらそれは別である。

「でも、それじゃ困るんだよ。が人間を嫌いでいられちゃ」
「でもあの、私、皆のことはす、」
「オレはのことが好きだから困るんだよ!」

遮って言ってやった。周囲が驚いているのが雰囲気で判る。

「言っとくけど、この場合はが思ってる好きじゃなくて、
 誰よりもって意味で、一番ってことで、結婚したいって方だから」

誰かが思い切り噴出した気がするが今は気にしていられない。

「…………」

当の本人は言葉を失い、横からしか見えないが多分顔面赤くなっているのだろう。
耳から首の方まで紅色だ。

「赤くなってるってことは、全く脈がねぇわけじゃねぇな!」

とりあえず、明るく言ってみた。周囲は完全に沈黙だ。唖然としているのだろう。

「お、お、おま、さ、さい、なん、で」
「ばーか。オレがお前にチャンスなんてやるわけねぇだろ。ヒーローなら先手必勝だぜ!」

唯一言葉らしきものを発したニッキーも、口をぱくぱくするばかりだ。
焚きつけたくせに、意外と状況の変化に弱いらしい。

「で、。判ってくれた?」

再度のほうを見ると、今は顔を覆っていて一言も話さない。

「こんなに恥ずかしがるのって初めてじゃね。激レアじゃん。なー、リュータ」
「えぇええ!?この状況で俺に振るのかよ!!」
「だってなー」

正直、怖すぎる。は何も話してくれない。
何を思っているのだろう。

「……今日はさ、嫌味なんて言って悪かったよ。
 オレはさ、ずっと嫉妬してたんだ。
 オレはの事が好きなのに、は人間を嫌っているようだし、変な奴らばっかり大好きで、
 きっとはオレといるより他の奴等がいいんだって。
 人間相手ならさ、頑張ればいいって思うけどさ、人間自体が嫌われたんじゃ、勝ち目ゼロじゃん。
 土俵にすら上がれないんだぜ?お話にすらならないなんてさ、さすがのヒーローでも凹むぜ」

ま、今のを見てるだけでも凹みそうなんだけど。

「多分似たようなこと、以外は思ってるよ。友達なのにさ、そういうの寂しいじゃん」

特にニッキー。アイツはオレと同じ事を考えている。
多分気持ち悪いぐらいに一緒なんだろうな。



小動物と化したに話しかけた。
顔は覆っているが、それでもオレの方を少しだけ向いてくれる。

「返事は難しく考えなくて良いから。オレはさ、ただ人間の世界にが居て欲しいだけなんだ。
 他の世界の方がいいなら、ずっとじゃなくてもいい。でも黒神みたいに断絶は勘弁な。
 オレはみたいに面白い奴に会えて良かったって本気で思ってる。
 卒業したら絶対に進路はバラバラだけど、それでも一生会えない、なーんてのはごめんだぜ」

はまだ何も言わない。でも、うんうんと頷いてくれた。
オレの言いたいこと、ちゃんと伝わっているみたいだ。それだけで嬉しい。

「あ。でもだからってずーっと返事なしってのは止めろよ。オレかわいそすぎるじゃん」

びくりと震え、があたふたしだした。
には悪いけど、こういうのは最初が肝心だしな。じゃねぇと適当に流されるのがオチだ。

はそういうのわかんねぇって判ってる。判るまで待とうと思ったけど、それだとすぐに卒業が来る。
 明日からは、オレがどんだけのこと好きかって全部教えるから。
 鈍感だからって言い訳使えなくすっからな」

更にあたふたしだした。
さすがにこれ以上言うのはまずい。あまり突くとはパンクする。
会いたくないと思われてしまうのは問題だ。

混乱しているであろうは放っておこう。
それに、多分の次に動揺しているであろうニッキーにもこれ以上何も言わない方がいい。
よって渦中から少し離れている二人の方へ話しかける。

「お前らはあんま気にしなくていいぞ。変な気回す必要はないから」
「うん……」
「お、おう」

多分二人のことだから気にするだろう。
オレとを近づけるか、逆にと遠ざけるようにするか。
正直そのどっちもする必要はない。

「でも、リュータ。あんまに近づいてっと嫉妬するから。サユリは女子だからいいけど」
「早速気を使わせてるだろ!!」
「そりゃあ、少しくらいは?ま、でも本当気にしなくていいから。いつもの感じで。
 変に気を回してると、不登校になりそうだし」

を見やると下を向いてジッと考え込んでいるようだ。
ろくに判らないにも、オレの言う『好き』の言葉の重さが判ったんだろう。
きっと今は、必死にそれを理解しようと努めているはず。

これ以上オレはいない方が良さそうだ。に整理するための時間をあげないと。
今ならリュータとサユリがの話を聞いてやれるから、もマシになれるだろう。

「じゃ、言いたいことは全部言ったし、今度こそオレは先帰る。後よろしくな」

オレは全部を残った二人に投げ出して、全速力で走った。
息が弾む度に、恥ずかしい気持ちが湧き上がってくる。


言った。全部言った。好きって言った。
うわオレ恥ずかしい。人前であんなに堂々と言うのかよ。自分が怖いぜ。
結婚したいとかそんなことまで口走って。それはさすがに早すぎる、引くだろ!
でも、がオレに無関心でなくて良かった。あんな反応見るの、初めてだった。
うおー、すっげー嬉しい。嬉しい!でも、怖い!

もう引き返せない。
でも大丈夫。オレは今度こそ言いきかせる。




ヒーローは決して、己の願いが叶うこと、報われることを求めてはいけない。






(13/03/11)