第37話-世界は私を愛さない-

「……へ?死?」

しんとした森の中、の間抜けな声が響き渡った。
森の動物達がその声を耳にした時に、一つの風が舞う。

「……何の真似だ」

ロキの細い首筋には、綺麗に揃えた指が添えられていた。
背後に立つ男の仮面の奥で鋭い光が生じる。

「生かしてはおけん。死んでもらう」
「えぇ!?ちょ、ちょっと!?ヴィル、なんで?駄目だよ!」

突然の展開に、は慌ててヴィルヘルムを制止した。
しかし、それ以上は何も言えなくなった。
普段の戯れではなく、本気であると雰囲気が物語っていたからだ。
指輪がロキの手の中にあるは、なす術もなくその場に立ち尽くした。

「……やめて。お願い」

静かに、は懇願した。
だが、ヴィルヘルムはそれを鼻で笑った。

「貴様には判るまい。貴様の価値、そして秩序と理の崩壊を」
「……どういうこと?」

何ら察することの出来ないを哀れんだのか、ロキが口を開いた。

「私達がどれだけ力を持とうと、死者、厳密に言うならば無の世界に行った者を生き返らせることは出来ない」

その通りと、ヴィルヘルムは言った。
まだ二人の考えが見えないに向かって更に補足をする。

「ただ生き返らせることは出来る。だが、貴様のように身体が時間を刻むことは出来ない」
「……成長しないって、こと?」
「貴様は貴様として死に絶え、貴様の情報をそのままに二度目の生を与えられた。
 貴様の死はこの世界の中ではなかったことになっている。
 ……それはつまり、世界の法則を捻じ曲げたということだ」

そこではようやく気付いた。
自分と共にいた兄弟神が、自分を蘇生したことは禁忌であったことを。

「……そのいけないことをした黒ちゃんたちはどうなるの?」

何も答えないまま、ヴィルヘルムの瞳がすぅっと細くなっていく。

「真実を知る者さえいなければ、どうということはない」

暗い森の中、ヴィルヘルムの手の内が青白く光った。
生じた蒼炎がロキの白い皮膚を焼ききろうと食らいつく。
ロキの口から鼓膜をつんざくような金切り声が飛び出すと、ヴィルヘルムはロキから距離を取った。
白い手袋に黒い焦げが点々と出来ている。

「魔族如きに殺される私ではないわ」

ロキが薄く笑うと、それに呼応して森が雄たけびをあげた。
は胸騒ぎを覚える。一見すると何ら変わりない森だが、何らかの力が蠢いていることがわかった。
一方、ヴィルヘルムからも有無を言わせぬ強大な力が漏れだしていた。

双方共に引かず、相手を注視し次の動きに備えている。
二人は本気でやりあうつもりだと、は恐怖した。
散々魔界に連れまわされたであっても、魔族と魔女が対峙するこの状況は足が竦む。
しかし、最悪の事態を回避するために、は己を奮い立たせた。

「ふ、二人ともやめて下さい!
 知るとか知らないとか、そんなのどうでもいいじゃないですか!
 だって、二人が黙って下されば、困ることないです!」

二人はの叫びに一切反応を見せない。
ならばと、は訴えの方向を変えることにした。

「ヴィル!黒ちゃんのこと嫌いなんでしょ!
 それだったらどうしてロキさんを倒そうとするの?
 これって黒ちゃんのこと庇ってくれてるんだよね!
 護ってくれようとするなんて、黒ちゃんのこと本当は大大大だーい好きだったんだね!!
 私の相手をしてくれるのも本当は黒ちゃんのためーーー」

刹那、ヴィルヘルムの姿が消えた。
警戒心を強めたロキが辺りを探る。
キョロキョロと周囲を見ていたの両手に激痛がはしった。

「いったぁああああい!!」

手の甲に横一文字の赤い線がついていた。出血はないが赤く腫れあがっている。

「気色の悪いことを言うな。寒気がする」

痛みで痙攣する両手を見ながら涙を浮かべるに、そんな言葉を空から降りかかった。
その後ヴィルヘルムの声は何もなく、また姿も一切見せなかった。

「……っ、う……酷い、いつもより、痛いよ」
「……っく、くくっ、っははははは」

蹲って痛みに耐えるをよそに、ロキは腹を抱えて笑いだした。
しばらくの間笑い続け、落ち着いた頃にに近づき手を差し出した。

「見せてみろ」

は素直に手を差し出す。
ロキは低い声で言葉を紡ぐと腫れがひき、元の綺麗な手に戻った。
は声をあげて驚いた。

「有難う御座います。ロキさんって凄いですね」
「……それは嫌味か。これくらい貴様でも出来るだろう」

そう言って、ロキはに指輪を返却した。

「いえ、自分の怪我治すことは出来ません」

チェーンを首に通すを見ながら、ロキは小さく笑った。

「あの魔族、気に入らんと思っていたが、案外面白いな」
「そうですか?今日は初対面のロキさんに失礼なことばっかりで……本当に申し訳御座いません」
「仕方が無いから許してやる。滑稽なものが見れたからな」

そう言うとロキはまた喉を鳴らした。
何がそんなに楽しかったのだろうと、は不思議そうにそれを見ていた。

「……まぁそれはいい。貴様のことだが、私はあのふざけた神は嫌いではない。
 何があろうと秘匿することを誓おう」
「有難う御座います!」

にこりとは笑った。
それとは対照的に、ロキは神妙な顔つきで口を開いた。

「……判っただろう。貴様は人間、そして神とはこの世界の頂点に君臨する者。
 お前達は離別が約束されている。しかし、神はそれを捻じ曲げた。
 魔女である私は、それを許すことは出来ない」
「……はい」
「MZDの胸の内を、私は知ることは出来ない。
 しかしあの男は、神の責務は全うする男だ。
 定められた法則を破り私情に走るとはとても思えない」

ロキは信じられなかった。
普段は締まりがなく飄々としたMZDだが、根が真面目であることは知っている。
それが何故、このようなことをしたのかと。

勿論はその理由が判った。
MZDが自分の信条さえも捻じ曲げる相手はこの世に一人しかいない。

「……すみません」

謝罪することしか出来なかった。
ロキが信じる、MZDという神の像を揺るがせてしまったこと。
MZDは黒神のため、そして黒神はおそらくのために、禁じられた領域に手を伸ばした。
諸悪の根源が自分である以上、何も言えるはずがない。

「……まぁいい。神のみぞ知るとはまさにこのことだ」

ロキは肩を竦めた。

「で、これからどうする。貴様の望みは叶えてやったぞ」
「……私は、……そうですね、知りたいことは判りましたし、そろそろ失礼します」
「そうか」
「今日は色々と有難う御座いました。それと、数々のご無礼本当に申し訳御座いませんでした」

は深々と頭を下げると、移動場所のポイントを頭の中で思い描き始めた。
ヴィルヘルム城の仮の自室を思い浮かべたところで、ロキは言った。

「一つ忠告だ。あの魔族に心を許すな」

目を見開いたは、表情を少しずつ変化させた。
小さな笑みをロキに返すと、そのまま姿を消す。











ロキの森から転移したは、一人立ち尽くした。
笑顔から一転、能面のような表情を浮かべ、足元を見る。

「……私、死んでるんだ」

は未だに己の魂が一度潰えたことを実感できずにいた。
死を迎えた人間は、身体を失い、霊魂となるものだと、思っていた。

それなのに、自分はというと、物には触れられるし、足もある。
そして何より、時間の経過と共に身体が成長しているのだ。
何処をどう見ても生きている人間と同質のように思える。

でも、は一度死んでいるのだ。そして、生き返った。

「……私は、何?」

今まで曖昧であった自分の存在が、ようやく明らかになった。
それなのに。は己の在りようが今まで以上に判らない。
暗雲が心を曇らし、足に絡んでは闇の中へ引き込もうとする。

「……っく」

は焦燥感を胸に、外へ飛び出した。
こんな自分を、いつも受け入れてくれていたあの人たちに会いたかった。
いても立ってもいられないほど、猛烈に恋焦がれて。

だがしかし、この世界はとても広い。
ただ闇雲に探そうとも、たった二人を見つけられる可能性はあまりに低すぎる。
だってそれは判っている。
判っているのに、動かずにはいられなかった。

薄い自分の輪郭を明確に現せることが出来る人は、二人しかいない。
血の繋がりなんてない、種族さえも違う、この世界の管理者。
だが、にとってはそんなことはどうでもいい。
神は神にあらず。
自分を心から愛してくれる人が、偶々それであっただけ。





一睡もせず二日間捜し続けたが、結局は二人を捜し当てることは出来なかった。
手がかりすら得られなかった。
は捜索の継続を望んでいたが、小さな身体への疲労は大きく力の発動も危ぶまれてきた為、仕方が無く仮宿へと戻りベッドに突っ伏す。
休んでいる場合ではないと己を叱咤しようとも、やわらかな枕に顔面を埋めると、の意思を欲望が食い殺し、意識はすぐに途絶えることとなった。


死んだように寝ていたは、半日丸々たって目を覚ました。
寝ぼけ眼で隣を見ると、ぽっかりと空いた空間が目に入った。
今自分は一人なのだということを思い知らされ、息苦しい気持ちに陥る。
容赦なく押し付けられる"独り"という現実を少しでも忘れるために、はシャワールームへと足を運んだ。
捜索中は食事をも惜しんでいた為、勿論入浴も行っていない。

久しぶりのシャワーには身を任せる。
熱すぎるくらいの流水を受けながら、は呟いた。

「……私が悪い子じゃなければ」

黒神の言う事を全て聞き入れていれば、神達が離散することはなかった。
MZDが危険な目に遭うことも、黒神が失踪することも。
は自分を責め続けた。
昔のように、神とジャックとだけ関わる生活を送っていればと。
溢れる愛に浸かって甘えるばかりではなく、神達自身をよく知ろうとしていればと。

「っふ、うっ……」

心の中で繰り返す謝罪の言葉。伝えたい相手は何処にもいない。

「く、ちゃ、えむ……」

後悔後悔後悔後悔後悔。
何も望まなければ良かった。
最初から欲しいものは手元にあったのだから、それで満足すれば良かった。
欲を出し、外を夢見た結果がこれだ。
過去の選択を後悔した。後悔した。後悔した。
やり直したい。
あの時の自分を止めてやりたい。
馬鹿なことをするなと、忠告してやりたい。
神の力を保持するがどんなに過去を嘆こうとも、願おうとも、時間は一向に戻らない。

「っひ、く、う、あ、すんっ、うあ」

涙が流水に溶けていく。
流れ続けるシャワーのように、後悔や自責は止まらない。
蛇口を捻らない限り、それは出続ける。
ほんの少しの力さえあればいい。
ほんの少し手を伸ばせば、止められる感情。
だが今のは、止め方をすっかり忘れていた。

そんな終わりのない流れを、そっと止めた。誰かが。

「……全く貴様は、人の城でけたたましく喚きおって。いい加減にしろ」
「ヴィル!?」

バスルーム内にまさか他人が現れるとは思わなかったは、
驚きで涙が自然と勢いを弱めていく。

「その小汚い姿を人前に出せる段階まで引き上げろ。そうしたら私を呼べ。判ったな」

有無を言わさずまくし立てるとヴィルヘルムは消えた。
一分もない短い間の出来事には呆気にとられたがすぐに我に返り、身体の汚れを洗い流した。
さっきまでの感情はシャボンに紛れて排水溝に吸い込まれていく。





「ごめん。遅くなって。これでも急いだんだけど」
「貴様に早さは期待していない」

ヴィルヘルムから出された条件を満たすため、
はしっかりと髪を乾かし、寝巻きや部屋着ではなく、外で披露してもおかしくない格好に着替えた。
その上、ただ髪を下ろすだけではなく、服に合わせて整えた。
よって、ここまでの身支度に三十分は費やした。
その為、ヴィルヘルムが待ちあぐんで苛立っているのではないかと心配したが、そんなことはなかった。

「あの、どうしたの?急にお風呂に来るからびっくりしたよ」
「やかましいから黙らせた。……それだけだ」
「そ、そう……ごめんね」

顔を引きつらせながら、は空笑いをする。
身支度の際は、神たちや自分のことを忘れられていたが、今ので急に思い出してしまった。
押し寄せてきたことを振り払うことは難しい。
ヴィルヘルムの前でしょげるわけにはいかないので、は一人になろうと思った。

「……用が無いなら外行くね。まだ私やることが」

これ以上表情を見られまいと、背を向けたの腕をヴィルヘルムは掴んだ。

「……ヴィル……」

振り返り、くいっと腕を引くが、ヴィルヘルムはびくともしない。
離してと言おうとしたところで、ヴィルヘルムは静かに口を開いた。

「神を探すのか」

は頷いた。

「もう十分私のことは判ったよ。私の所為で色々とおかしくなったことも。
 だから私は、それを修正しないといけない。まずは二人を元に戻してから」
「奴等がいなくとも、この世界は保たれている。貴様が奔走する必要は無い」
「必要あるよ。だって、私が悪いんだよ?」
「放っておけ」

投げやりな返答には少し語気を荒げた。

「出来ないよ!私自身も、二人が戻ることを望んでいるの」
「貴様の運命を捻じ曲げた奴等だぞ」
「捻じ曲げられたなんて、私は思ってない!私はあの二人が必要なの」
「成る程」

ヴィルヘルムは顎に手をやり、小さく笑った。

「自己肯定に神を利用するとは。貴様はつくづく恐ろしい娘だ」

利用という言葉に反論したくとも、全くもってその通りだと納得してしまったは言い返す言葉が見つからず口を噤んだ。

「だがそれは本当に神でなければならないのか」

思ってもみなかった言葉に、は面食らった。

「そ、そんなの、あた」
「……娘よ、神に拘ることを止めてはみないか」

一瞬、その意味が判らずは自分の腕を掴む赤髪の男を見上げた。
神に拘ることを止める。
止めるということは、つまり。
は自分の思考に自信が持てなかったが、ヴィルヘルムのいつになく真っ直ぐな瞳を向けられて確証を得た。

「……い、い、やだ、よ。ヴィル、意地悪だし……」

は素直に想像した。
ヴィルヘルムが神たちの代わりになった時のことを。
安定を与える神とは違い、ヴィルヘルムは思考も読めず気まぐれに振り回される。
想像上のヴィルヘルムと自分は上手くいかなかった。現実でも、きっと無理だろう。

「そのわりには、嫌がる素振りが見えんが?」
「ほ、ほら!意地悪。私はヴィルのそういう所苦手だから……」
「貴様を受け入れてやってもいいと、この私が言っているのだぞ」
「え……。う、嘘ばっかり」

は思う。
確かにはヴィルヘルムに救われたことは少なからずある。
しかし、どんな時でもそれは、人間のを助けたのではない。
"利用価値のある神の力の所有者"のを助けたのだ。
そんな者が、受け入れるという言葉を用いることは有り得ない。
これはただの甘言であるから信じるべきではないと、は判断した。

「信じられぬのならば、眷属の儀をしてやっても構わない」
「え、え?ヴィル、何言ってるの。変だよ……」

眷属の儀とは、魔族が人間に使役される為の契約儀式である。
人間よりも優れているという考えを持つ魔族は、眷属を大いに嫌う。
ヴィルヘルムも自分より弱いものが嫌いなため、同様である。

そんなヴィルヘルムが言っているのだ。
に仕えてもいいと。主人と崇めて傍に控えてやると。
にわかには信じられない。はこれは夢ではないのかと現実を疑い始めた。

「この私にここまで言わせて拒否するのか?」
「ま、待ってよ。待って。突然そんなこと言われたって、全然ついていけないよ!?」
「決断の時は、今だ。選べ。私か、神か」

赤い瞳がを真っ直ぐ見つめていた。
それから逃れたいではあるが、腕を掴まれているため叶わない。

ヴィルヘルムが何故ここまで言うのか全くもって理解できない。
どう考えても、神たちの方がヴィルヘルムよりも好ましいし、共にいたいと思う。

しかし最近優しくされていたので、ヴィルヘルムに対しての好感度は著しく上昇している。
元々嫌いではなかった。だから黒神に反対されようとも定期的に会い続けた。庇いもした。
この話を突っぱねた場合、今後は離別の道を行くことになると言われれば、諦めきれない。
だが勿論のことながら、神たちという選択肢を捨てることも出来ない。

先ほどから少しずつ迫ってくる瞳の輝きの深さにすうっと吸い込まれそうになる。
最初の頃はいつも素顔を隠していたヴィルヘルムであったが、いつしかの前で素顔を晒すようになった。
力が奪われた時、自分の無くした記憶を探る時、寂しさや不安に負けて心細くなった時、
口は悪いながらも、の益になるように動いていた。
今回のロキとのことも、ヴィルヘルムは知った情報を使いを脅せば良かった。
だがそれをせず、ロキから情報が漏れることを恐れ、強硬手段に出ようとした。
並べてみれば、ヴィルヘルムはなんだかんだで優しいことが判ってくる。

「あ、……あの」

ヴィルヘルムは言葉を挟まない。の言葉を黙って待っている。
結論を先延ばしにしたいというのに、は目を逸らせなくなっていく。
────信じても、いいんじゃないか。
二人はいない。世界にいるという絶対の証拠はない。
それならば、と。は少しずつ首を動かしていく。

!」

第三者の声にはヴィルヘルムから目を逸らした。
鼻先が触れ合ってしまいそうにいた距離にいた二人は、その者によって引き裂かれる。

「ジャック!」

を庇うようにヴィルヘルムと対峙する。
苦々しい顔でヴィルヘルムは吐き捨てた。

「っ、間の悪い」
に正常な判断をさせないつもりか」
「貴様も使い勝手のいい駒から、随分手に余るようになったな」
「俺は駒でいいというのに、お前がに手を出すのが悪い」

睨みつけるジャックの後ろで、はヴィルヘルムに目を澄ました。
事態の理解が追いついていないに目を通したヴィルヘルムは、闇に紛れていく。

「……ヴィル」
。駄目」

両頬を挟んだジャックはの視線を無理やり自分に引き寄せた。

「さっき、操られかけてた。上司の言葉は話半分に聞くべき。
 でないと、良いように利用されるだけだ」
「……でも……ううん、ありがと」

本当にあれは全部嘘だったの?ううん、一部ならば、もしかして。
そう言おうとしたがはやめた。
ヴィルヘルムのことは自分よりジャックの方が詳しい。
それに、こんなことを思ってしまうのも、操られかけたことによるものかもしれない。

「それより、こんな時間にここにいたら黒神が怒るぞ。帰った方がいい」
「……そのことなんだけど、あのね──」











「ふうん」

ヴィルヘルムの城内で使用する部屋へジャックを引き込み、
は今までのことを包み隠さず、全てジャックに話した。
その感想がこれだ。

「……驚くとか、ないの?えぇ!!……とか」
「少しは驚いた。でも、問題はない」
「そ、そう?」

神がいなくなったことや、が一度は死んだ人間だと言うことは誰もが驚くだろうと思っていたは、淡白過ぎるジャックに首を傾げた。

「今ここにがいる。それで十分だ」

そう言って、ジャックはの手に己の手を乗せた。
普段から固まっている表情が、小さく口元を緩める。

「ジャック……」

感極まったは、勢いよく抱きつき、そのままシーツの上に押し倒した。

「大好き。大好き大好き!」
「っ。。まだ俺、武器仕舞えてない。危ない。脱ぐから、少し待て」

擦り寄るの背に片腕を回して抑えながら、自由な方の手で忍ばせていた武器をベッド下に捨てていく。
からんからんと音を立てて、次々と武器が山積みにされる。
山が完成したところで、はジャックの隣に横になり、腕に抱きついた。

「……ねぇ、死ぬ前の私って、どんなだった?」
「変わらない……と思う。そもそも俺はが死んだなんて知らなかった」
「えぇ!??何で!?どして!?」

耳元で叫ばれたために、ジャックは一瞬くらりとした。
軽い耳の痛みに耐えながら、の疑問に答える。

「……毎日会っていたわけではなかったから」
「……そういうもんなの?」

釈然としていないの頭を撫でながら、ジャックは言った。

「その事は今は置いておこう。は黒神とMZDを探しているんだな?」
「そうなの!でも探し方がよくわからなくて……」
「力を使って呼ぶことは?」
「呼びかけても反応なし」
「手がかりがないなら、大量の人員を動員するしかないんじゃないか?」
「そんなに人呼べないよ。MZDじゃあるまいし……私知り合い少ない」
「奴が開催するイベントやパーティー規模の人材を動員できれば良いのに」

沈黙が二人を襲う。
がジャックの頬に触れる。
ジャックも同じようにの頬を突付く。
お互いに優しく突付き合いながら、頭の中で何か案は無いものかとぐるぐる考えていた。


「……あ、出来るかも」


ぼそりと、が呟いた。










「今回も気まぐれな神、MZDの戯れだよ!」
「ルールは簡単、この世界のどこかに紛れ込んでいるMZDを見つけるだけ!」
「見つけた人には、なーんと豪華商品が待っているよ!」
「でもさー、見つかるもんなの?どこ探せば良いのか検討もつかないよ?」
「甘いよミミちゃん。今日帰って自分の机の引き出し見てごらん。びっくりするから」
「え、嘘!?MZDそんなとこにいるの?」
「あの時出せずにしまってしまった手紙がこんにちは」
「なんでニャミちゃんがそれ知ってるの!?」
「こんな感じで、どこにMZDが出てくるかは私達も未知数だよ!」
「日頃何気なく見過ごしている物なんかをよーく見るといいかもね」
「てなわけで、みんな豪華商品目指して頑張ってねー」
「「チャオ!」」

どどーんと、花火と同時に大喝采が上がった。
舞台から裏に回ったミミとニャミを待っていたのは、だった。

「お二人とも有難う御座います!!急なことだったのにここまでして頂いて」
「いいのいいの。こういうの任せといてよ」
「そーそ。にしても、MZDも暇だよねー」

楽しそうに笑う、ミミとニャミ。

「困ったら私たちに何でも言ってね」
「あと、詳細も。一応今は、見つけたらうちの事務所に連絡来るようにしておいたから」
「ま、MZDのことだし、既に色々な準備は整ってるんでしょ?
 にしても私達にも秘密で、段階的に情報解禁なんて、MZDらしいよね」
「ねー。MZDからの指令は全部ちゃんの方にいくんだよね?」
「はい。何かあればすぐに連絡致します」
「よろしくねー。じゃあ、私達次仕事があるから、行ってくるね」
「はい。いってらっしゃい。お気をつけて」

ミミとニャミに深々と頭を下げて見送る。
二人がいなくなったところで、ジャックがに駆け寄った。

「とりあえず成功だな」
「うん。後は待つだけだね」

の案はいたって簡単なものだった。
自分たちで見つけられないなら、他人を使えばいい。
MZDの名を借りれば、なんでもイベントに出来る。
今回は、かくれんぼ企画と言うことにして、MZDVS全生物という図を作った。
これで、目撃情報も手に入るし、が思いもよらないところにMZDがいようと見つけられる。
また、MZDと間違えて黒神も見つかる可能性があるので、にとっては都合がいい。

「後はより、それらしくする装う必要がある」
「そうだね。今のまんまじゃ内容スカスカだもんね。なんとかしなきゃ」

スカスカでも何とかなったのは、ミミニャミの力とMZDの名が大きい。
イベンターとしての力はまさに神級であるMZD。
知名度も最高級であり、司会者としての能力も抜群であるミミとニャミ。
この二組が組めば間違いが無いと、誰もが信じて止まない。
だが、実際はMZDは何の関与もしていない。
MZDの名に泥を塗らぬ様、協力してくれたミミとニャミの評判を落とさぬよう、
それらしく、は装わなければならなかった。

「何をすればいい。俺は人の心は判らない。出来るのは命令通りに遂行することだけだ」
「う……。私も、どうしていいかわかんないんだよ」

困った事に、には力はあれどそれを行使するための頭や経験は無い。
開催することが出来ただけでも良しとしたいところであるが、そういうわけにはいかない。
イベントがこのままであれば、必ず怪しまれてしまう。早急に手を打たなければならない。
どうすればいいのかと、は考えあぐねた。



よく通る声が考え事をしていたの耳に突き刺さる。
反射的に震えた身体を落ち着けるために、はジャックの手を握った。
足はまるで縫い付けられたかように、動けない。

「……なんか言うことねぇの?」

固まってしまったをジャックが気遣い、手を引く。
しかし、は一切動かない。
それどころか、それに逆らい、下を向いたまま背後を振り返った。
そして、蚊の鳴くような声で呟く。

「し、心配かけて、……ごめんなさい」

は目を瞑り、次の言葉に備えた。

「正解」

ぽんと後頭部に手が置かれる。
がゆっくりと顔を上げると、毎日顔を会わせていた面子が揃っていた。

「またいなくなって、……本当に、心配したんだからね」
「ご、めん、なさい……」
「また何かに巻き込まれたのかもって、相当心配だったんだぜ」
「……ごめんなさい」

は、サユリとリュータにそれぞれ謝罪した。
大きな溜息を吐いたものの、二人は笑みを浮かべている。

「元気そうで良かった」
「本当にな。まさか新しいイベントの開会式にいるとは思わなかったぜ」
「う、うん……」

はちらりと見やった。
謝罪するべき人間があと二人もいるのだ。

「あ、あの……。その、あの時は、突然、突き放して、その、ごめんなさい」

恐る恐る青い髪の少年に頭を下げた。
少年は無言での頬に触れると、そのまま、つねった。

「っっっ!!」
「ほんっっっとうにお前は毎度毎度突然消えて、こっちはどんだけびっくりさせられてると思ってんだよ。
 あの時も、あの後なんかあったんじゃないかって、MZDの家に上がりこんでも誰もいねぇし、黒神のとこなんて入れもしねぇし」

低めの声で全て言い終えるとぱっと手を離す。
は薄ら目を潤ませながらも、話には真摯に耳を傾けた。

「……で、今は大丈夫なのか?」

呆れたような、ほっとしたような、そんな声でサイバーはにたずねた。

「大丈夫。私は元気です」
「……そっか。なら許す。痛くして悪かったな」

赤くなった頬を少し体温の低い指が撫でた。
はもう一度、謝罪した。

「えー、オレは全然許せねぇけどー。今回のちゃん酷すぎだしー」
「……ニッキー……」

サイバーを押しのけ、表情を暗くさせたの前に立ったニッキーは言う。

「……だから、一個だけお願い聞いてくれたら、今回の全部チャラでいいぜ」
「本当?」
「マジ」
「……うん、判った。それで、私は何をすればいいの」
「スッゲー簡単なこと。……今穿いてるパンツの色を教えてくれるだけで、」

ニッキーの後頭部にサイバーのチョップが見事に決まる。

「馬鹿じゃねぇの!!何なのお前、頭おかしいだろ」
「お前こそ思い切りちゃんのほっぺ抓ってたろ、ドン引きだっつの」

「え、えと、ジャック、私今日何色のパンツだったっけ?」
「今朝は確か、」
「なんでお前が知ってんだよ!!」
「着替えの時に俺も部屋にいたんだから知っていてもおかしくない」
「まず着替えの時にいんのがおかしいだろうが!!」

ジャックは、喚くニッキーを時には無自覚に煽り、時には受け流していく。
その様子を呆れながらサユリはニッキーからを引き離す。

さん、あれでもね、ニッキーは本当にさんのこと気にしてたんだよ」
「そうなの?やっぱり……」
「うん。きっとさっきのもわざとふざけて言ったものだと思うよ。
 自分の前にサイバーが真剣に怒ったからね、言えなくなったんだと思う」

指摘されたサイバーはばつが悪そうに目を逸らした。

「そーそ、サイバー珍しくキレてたもんな。がびくついてたし」

サユリの言うことにリュータは同意した。
すると更にサイバーは居心地が悪くなっていき、思わず本音を漏らした。

「って、突き放されて、すっげー心配してたっつーのに、
 こんなところで暢気にジャックといれば、少しくらい腹立つだろ。
 オマケに、MZDだって……。やられたってから聞かされて、
 それがいつもどおりにイベント開催しちゃってさ。……なんか一言くらいくれたっていいじゃねぇかよ」
「……そのことなんだけど」

は、MZDが実際は生死不明であること、黒神も行方不明であることを告げた。

「え!?あれからずっと、見つかってねぇの?」

三人に加え、ジャックに一方的に捲くし立てていたニッキーでさえも驚きの声をあげた。
これは冗談ではなく、本当の話であると、は念を押した。

「手がかりはないし、世界は広いしで、私一人で探すのは無理だと思うの。
 だから、イベントを装って色んな人にMZDを探すのを手伝ってもらおうと思って……」
「そうか……。そういうことか」

この世界の"神"が消えた。
人間である彼らは、それがどれ程重大なことかはわからない。
ただ、MZDという個人の生死がわからないということに恐怖した。

「そんなことだから、イベントと言っても穴だらけで……これからどうしようかなって」

眉尻を下げたにサイバーは言った。

「正直に言うとさ、みんな見つけられる気がしねぇと思うぜ。
 今回何かが変わるわけじゃないじゃん。普段の生活そのまんま。
 だからモチベーションが続かねぇと思うぞ」
「うーん……困ったなぁ」

うんうんと唸り声をあげる
それを囲う一同もどうしたものかと頭を悩ませる。

案が誰の口からも出てこないまま、サユリが誰に聞かせるわけでもなく静かに語った。

「私ね、パーティーに参加する前、ポップンパーティーなんて遠いものだったの。TVの中の世界だと思ってた。
 何の変哲もない普通の私なんかには無縁だって。
 それがね、ある日突然部屋の中にMZDが現れたの」

そうだそうだと、サイバーも続いた。

「オレの時はさ、街でパトロールしてたら間違って撃っちまったんだよなー」
「俺の時はピチ丼頼んでた。しかも特盛り。強烈過ぎて忘れらんねぇよ」
「……え、MZDって色々なところに出てくるんだね」

それはの知らない神様のMZDの話。

「そんなことがあってから、私はMZDは神様だけど近い存在だって思えたの」
「MZDは毎回気づかせてくれるんだよ。オレ達はどうでもいい存在じゃないって。
 大きな円の中でオレ達は色々な奴と繋がってるんだって」

満面の笑みを浮かべながらサイバーはそう言った。
二人が言った言葉をは頷きながら頭の中で反芻する。

「パーティーに呼ばれたこと無い奴ってさ、やっぱりMZDのことはツチノコ的存在なんだよ。
 だからさ、なんか身近に感じられるようなことできねぇかな」

リュータの言葉にサイバーは同意した。

「それが出来りゃモチベ続くし、もっと全体が盛り上がるよな」
「折角MZD主催って表向きなってるんだから、
 人間とか動物とか、変なのとかさ、色んな奴等と協力できた方が面白いよな」
「だよな!」

リュータとサイバー、サユリは自分が参加したパーティーの様子も交えて話しだす。
どんな人がいて、どんなものがいて、どう楽しかったのか。
それをきっかけにして、様々なアイディアがいくつも出された。

「……みんな凄いね」

盛り上がる三人をぽかーんとした表情では見ていた。

「何言ってんだよ。オレ達案は出すけど、実行はなんだぞ」
「……そうだね。うん、頑張ってやってみるよ」
「その意気だ」

不安ではあったが己を奮い立たせたを、周囲は元気付ける。

「それでね、二人が見つかるまでしばらく学校行かないから。よろしくね」
「お前進級できんの?」

サイバーの素朴な疑問に、の顔がみるみる青ざめていった。

「……わ、かんない。一段落ついたらDTO先生に相談してみる……」
「そうした方がいいかもね。一緒に三年生になりたいもんね」
「早く戻ってくるためにも、頑張れよ。オレも探すからさ」

が抱える不安を推し量る三人は、少しでも楽になればと気遣う。

「みんな、ありがとう」

好意を素直に受け取ったは笑顔でお礼を言った。

「ジャック。一旦帰ろう。やりたいことあるから手伝って」
「了解」

ニッキーの相手をしていたジャックは、瞬間移動したかのようにすぐにの傍に駆け寄る。
転移のためが差し出す手を握った。

「お前!さっきのこと聞いてなかったのかよ!ベタベタすんなつったろ!」

ジャックを追いかけてきたニッキーが繋がれた手を目ざとく見つけ非難した。
当のジャックは馬耳東風と聞き流し、握る手に力を込めた。

「それじゃ、またね」
「ちょい待ち!結局ちゃんは今どこいんだよ」
「今はずっとヴィルのとこ。だから家には誰もいないよ」

返ってきた答えにニッキーは心の中で舌打った。
心の拠り所である二人が消えて、きっとは不安であっただろう。
そんな時頼るのはやはり自分たち以外の、正確に言うならば人間以外なのだと悔しく思った。

「あと、……黒神のこと。色々嫌なこと、あったんだろ。
 見つけて、会って、その後……どうすんだよ」

これにはサイバーも反応を見せた。
二人が注目する中、にこりとは笑みを浮かべた。

「嫌なことなんて、そんなの忘れちゃったよ」

ニッキーはその言葉に反論しようとした。
その前に、が答える。

「いない方がずっと嫌だから」

勝てない────。
消えるを見ながら二人はそう思った。




(13/01/15)