第26話-不協和音の中で満ち欠ける月-

「ニッキーの馬鹿!!」

そうオレを罵倒したちゃんはさっさと走り去ってしまった。
あー、マジしんど。
わざわざオレから話しかけたっつーのに、これだよ。

確かにオレは大きく成長したちゃんに気付くことはなかったし、
いつもの軽いノリで禁句であるおっぱい話を持ちかけてしまった。
でもそれだけだ。日を跨ぐ程怒りを引きずられるほどじゃない。
しかもあの時のことはちゃんと謝ってるんだぜ。
それなのにこんなこと言われるなんて、なんか納得出来ねぇ。
けれど、ちゃんにそっぽ向かれる状況は柄にもなく心地が悪くて、
今日もオレは許しを請うのである。





「普通の女子は嫌がるだろ……。は今まで十分許してくれてたって」
「けど、怒りすぎじゃね?ちゃんと謝ってんだぜ」

面倒くさそうにサイバーは溜息をついた。
普段はちゃんの周りをちょろちょろしてて邪魔だが、こういう時には仲介役として便利である。

「確かににしては珍しいよな。こんなに怒るって初めてじゃね?」
「だろ!だからさ、ちょっと助けてくれって。今度何か頼まれてやっから」
「判ったよ」

ろくなこと頼まれねぇから、サイバーに借りなんて作りたくないが、
ちゃんのためだから仕方がない。
なにやってんだろうな、オレは。
たった一人の女の子にどれだけ振り回されてんだよ。






昼休み。
珍しく弁当を忘れたというちゃんは自宅に一度帰って食べるとのこと。
だから学校に戻ってきたところをサイバーに話しかけてもらい、
オレは近くの物陰に隠れて二人の会話を盗み聞くという作戦を取った。

「もうそろそろ許してやれって……。アイツが変態なのは知ってるだろ」

ちゃんは目を伏せ首を振った。

「そうじゃないよ……。別に胸のことはいいの。いつものことだし」

見れば見るほど、成長したちゃんは印象ががらりと変わっている。
ぴょんぴょん跳ねて、アニメにキャーキャーいう姿があんなにしっくりきてたのに、
今の姿じゃ優雅に笑みを浮かべている姿の方が様になるだろう。
そんなちゃんと向き合う奴の背を蹴りたいという衝動に駆られた。

「じゃあ、何に怒ってんだ?」

サイバーが早速今回の出来事の核心を尋ねた。
オレは必死に耳をそばだてる。

「……可愛い人や綺麗な人がいたら、もう駄目なのかなって」
「は?なんだそれ」
「だ、だって、ニッキー私に気付かないであんなこと言ってたでしょ?
 ニッキーは胸の大きい綺麗な人好きだから、そんな人を見つけたら、
 もう私のことなんて相手してくれなくなるのかなって。
 ……友達って思ってるのは私だけなのかもって」
……」

ちゃんの言葉が、じんわりとオレに刺さっていく。
まずは、オレのこと信用してねぇなぁってこと。
そして意外とオレにダメージを与えたのは、最後の言葉だった。
友達だって……。ちゃんのことを考えればそれはいいことなんだけどな。
素直に喜べず、苦々しく思う自分がいる。

「だーいじょうぶだって。って結構馬鹿なんだな!」
「ば、馬鹿は酷くない?」
「だって、あんだけ謝ってきてんのに疑うとか。アイツ信用ゼロだな」

けらけらと笑うサイバーの声が耳に障る。

「私だって何度も仲直りしようって思ったもん!ニッキーちゃんと謝ってくれたし……。
 でも!その後絶対に変態なこと言うんだよ!!許す気持ちなんてとんでっちゃうもん!」

心当たりがないわけではない。
おっぱいの大きさなんて気にするな、とか。
大きさに関わらず、夢が詰まってる、とか。
試しに触らせて、とか。
……そんなことを言った気がする。

「アイツも馬鹿だよな。気まずくなるとふざけるから」

そう言って、サイバーはふいにちゃんの頭を撫でた。

も気にすんな。今の身体を気に入ってねぇから、余計にそう思うんだろうけどさ。
 今の全然変じゃねぇよ。ちょっとチビじゃなくなっただけで」
「なにそれ……」

肩を竦めて笑うちゃんに触れるサイバーを見ながら、オレは苛立ちを感じていた。
気安く触るのもムカツク──でも、それよりも。
今までの小さいちゃんと、今の大きいちゃんを同じものと飲み込んでるところがとてつもなくムカツク。

オレは今までのちゃんが"ちゃん"だと思っている。
だから、いくら今のデカイちゃんが"ちゃん"の要素を持っているといっても、
オレはなかなか同一人物だと認めることが出来ずにいる。
オレだって、大きい方がおっぱいあるから良いんだけどさ。
何故だか、成長後のちゃんは、オレの中ではまだちゃんにならない。

「次ニッキーが来たらちゃんと仲直りしろよ」
「そうだね。私もツンケンしないようにする!」











授業合間の休み時間。
ちゃんに怒られているオレは自分の教室で野郎と話していた。

「あ、あの、しつれい……します」

煩い教室の中であるというのに、聞き慣れた可愛い声をオレは耳ざとく捉えた。
そして、────逃げた。

「おま、ちゃん来て、」
「適当になんか言っといて!」

オレはちゃんがいる扉とは別の扉を駆け抜けた。
ちゃんはきっとオレを見ていただろうに、オレはわかりやすく逃げてしまった。
理由は判らない。
けれど、普段より大きく、綺麗になったちゃんが見えた瞬間、身体が反射的に動いた。
あれだけしつこく謝りにいったくせ、あっちから来られると動揺するとか、意味わかんね。

結局調子を崩したオレは、その日はちゃんに会わないようにひっそりと過ごし、早々に帰宅した。
自室のベッドに身体を投げると、大きな溜息が出る。
これからどうすればいいのか。
幸いクラスは別だから、会わないのは簡単だ。
だがそれはつまり、会おうとしなければ会えないということ。
今のように会いに行きづらい状態では、元の関係に戻るなんていつになることやら。
……なれなかったら、どーしよ。
それだけは嫌だ。

「ひゃぁああ!?」
「なんだぁああ!?」

い、いったい、何が。
ていうか、どうして、オレの部屋にちゃんが、天井からベッドに、
しかもオレの上に落ちてきやがったぞ。

「どっからわいてきたんだよ!」
「ご、ごめんなさい。つい不法侵入しちゃって」
「ついかよ!」

この常識の枠に囚われないとこ脱力しちまう。
やっべー、心臓バクバクだよ。
踏まれはしなかったから良かったものの、一歩間違えば死んでるぞ。

「い、い、色々ごめんなさい!!!」
「何が!?」

突然捲し上げられたところで、全然ついていけねぇよ。

「何がって。逃げたのはニッキーじゃん!
 あれって、私が怒ってばっかりだったのが悪いんでしょ?
 だから、ごめんねって……思ったの」
「お。おう……」

ちゃんには悪いけれど、そんなことより、押し倒されてるこの状況が気になってしょうがない。
すぐ目の前にちゃんの顔があって、それから少し視線をずらすと二つの膨らみが飛び込んでくる。
真面目なちゃんはいつも上までボタンを留め、ネクタイを締めているので、一分の隙も無い。
それが今、手を伸ばせばすぐに掴める距離にある。
サイバーはこれを触ったんだ。オレはせめて感想だけでもと思い、しつこく感触や大きさを聞いたが教えてもらえなかった。
つか、珍しくアイツに本気でキレられた。

「うっせぇな!聞いてくんな!にももう絶対に聞くなよ!!」

流石のオレも言うとおり尋ねることを止めた。

「あのね。仲直り、したい……」

ふと現実にかえる。すると、やはり気になるのはおっぱいなわけで。
いつものように顔を見ればいいのだが、それは気恥ずかしい。
となるとやはり、今の体勢だとどうしても視線はそこにいってしまう。

「聞いてる?それとも怒ってる?」
「べ、別に怒ってねぇよ?」

マジどうすっかな。このシチュエーションは美味しすぎる。
自室に女の子連れ込んだことなんて今までなかったし、緊張もしてしまう。
しかも、相手は、ちゃんだ。
妄想を現実に出来る、もう二度と訪れないかもしれないチャンスだぞ。
どうするどうすると考えていると、沈黙が思った以上に流れた。
ちゃんが眉尻を下げ、困ったように首をかしげた。

「……ねぇ、どうしたの?」

反則だ。
いつもの素振りをこの身体でするなんて。
今までも可愛かった。でも、それは小さい子全般に思う類の感想だ。
今は違う。
だって、今のちゃんは、17歳の女子高生の身体だ。

くそ。小さかったり大きかったりするちゃんに、オレは戸惑っていたはず。
それなのに、たった今、大きなちゃんを"ちゃん"として見ている。
これは性欲が成したわざなのか。だとしたらマジ助けて。

このままじゃ、本気でちゃんを押し倒してしまう。
戸惑うであろうこの子に、自分の欲を押し付けて、吐き出して。
って、ンなこと出来るかよぉおおーーーーしてーけどよーーーーおっぱいちょー揉みてぇけどよーーー嫌われちゃ意味ねぇんだっつのおおおー。

「……まずさ。オレからおりてみない?」
「あ!ごめん!失礼しました!!」

ちゃんはそそくさとベッドの端で正座をした。
名残惜しいけれど、仕方がない。
むちゃくちゃ後悔してるけど!もったいねぇことしたなって思ってるけど!!
確実に何も知らないであろうちゃんに、無理やり行うなんて出来ねぇだろうよ……。

据え膳!!食いたかったぜ!!

「っ、とさ、オレ怒ってねぇから。全然」
「本当?だって今日逃げ」
「あれは、ちょっとびびっただけで……教室まで来るとは思わねぇじゃん?」
「……そっか」

休み時間のアレはこれで弁解出来たことにしよう。
適当すぎるが、頭が欲望に支配されている今、これが限界だ。

「でさ、ちゃんはオレのこと許してくれんの?あんなに怒ってたのに」
「うん。やっぱり喧嘩はよくないからね」
「へー、オレと一緒にいられないのはそんなに嫌なんだー」

からかい口調だが、オレは本気で聞いている。
そして、ちゃんは迷わず断言した。

「やだよ」

真っ直ぐ過ぎるその双眸からオレは目を背けた。
なんだよ。こんなにハッキリ言ってくれなくてもいいだろうに。
この状況下で。オレ、我慢してやってんのにさ。
────だから、オレは少しだけ意地悪をすることを考えた。

「……じゃ、じゃあさ、オレに、抱きつかせてよ」

そうしたら、仲直りでもなんでもしてやるよと交渉を持ちかけた。
本当はオレが顔色を窺うはずだが、ちゃんは自分に非があるとなると、相手の非を軽く見る性質を持つ。
そういう優しいところが、オレに付け入られる隙を与えてるんだ。

「わ、わかったよ……」

予想通り、ちゃんは容易く了承をした。
オレは端に座るちゃんにゆっくりと近づく。
赤らんだ顔から始まり、少し汗ばんだ首筋、ネクタイ、小さく動く胸、細そうな腰、たけの短いスカート、ニーハイが少し食い込む太もも。
それらに目を通し、オレは生唾を飲んで、がばっと抱きついた。
香る甘い匂い、柔らかな身体、押し当てられる胸、耳元に聞こえる息遣い。
オレの息が自然と上がる。理性の糸が切れそうだ。
このシチュエーションを長く楽しむためにも鼻血を必死に耐えた。

「も。もう、いっかな?」
「けちくね?」
「そ、そう言われても……恥ずかしいし」
「黒神とMZDには平気じゃん」
「ふ、二人は家族だし。普段からいっぱいしてもらってるし」

そう言ってやんわりとオレの身体を押し返す。
放したくないオレは更に力を込め自身の方へちゃんを押し付ける。

「っ」

小さな呻き声がやけに色っぽくて、オレは思わず耳たぶに噛み付いた。

「馬鹿!」

ふいに腕の中にいたちゃんが消える。
探すと、部屋の隅に移動していた。

「びび、びく、びっくりするでしょ!!!!」

ほっとした。
あのままだったら、確実に制服に手をかけていた。
ちゃんの変な力にこんなところで感謝するとは思わなかった。

「きょ、今日は帰ります。今日のニッキーは変だよ。すっごい恥ずかしいし!」
「ちょっと待って」

ちゃんは自身の身体を抱きながら、つっけんどんに「何」と聞いた。

「オレはさ、ちゃんが大きかろうが小さかろうが、嫌いになったりしねぇから」

有耶無耶に終わらせていたことを、ここでしっかりとちゃんに言っておかないと。
驚いた顔したちゃんは、おずおずとオレに尋ねる。

「胸小さくても、友達でいてくれるの?」
「おっぱいと友情は必ずしも比例しねぇって」

────友達でいてやるよ、とは言わない。絶対に。

「良かった。すっごく心配だったの。それ聞いて安心」

ちゃんの身体がうっすらと発光していく。

「じゃあね。また明日」

輪郭がぼやけ、中心に光が収束すると弾けて消えた。
ついさっきまでいたあの子がいなくなるだけで、こんなにもぽっかりと虚無感を覚えるなんて。
オレは無意識に下肢に手を伸ばす。
既に硬化していたアレは指が与える刺激を今か今かと待ち構えていた。
部屋に残る甘い香りと覚えているだけの柔らかな感触を頼りに、上下運動を繰り返す。
そして、軽く落ち込むくらい早く出してしまった。

「うーわ。オレなーにやってんだよ。若気の至りこえー」

出し終えたら、あれだけ気持ちよかった感覚ももうどうでもよくなってきた。
そして、ちゃんをオカズにしたという事実だけが残る。

────初めてだった。
ちゃんで下半身が反応したこと。
今までは見た目が小中学生だからとどこか脳がセーブしていたのだろう。
でも突然、歳相応の姿でオレの前に現れた。
そのせいで、堰き止められていたものが一挙に溢れてきて、オレはちゃんをどう見ていいのか判らなくなった。

興奮しないが見慣れたあの子。
興奮はするが見慣れぬあの子。
けれどどちらも、同じちゃんで。

オレは何故サイバーのようにすぐに受け入れられなかった。
考えられる一つの理由は、オレは小さいちゃんの時点で、もう好きだったのだ。
突然大きくなられたって、好きになった相手とは似て非なるものと、思っていた。
けど、さっきの出来事のせいでオレは完全にちゃんを統合した。
どんな身体であろうと関係ない。
オレは、ちゃんが、好きだ。

「うっし。明日もちゃんに抱きつきに行くぜ!」

黒神にもサイバーにも負けたくない。
あの子をいつか、独り占めにする。

そして、妄想ではなく、現実であの子を抱いてやる!



(12/08/16)