第24話-腕の中の温もりは-

「ただいまー」

リビングに突如現れたの姿に、黒神は机上から顔を上げぱぁあっと輝かせた。

「おかえり」

すぐさま席を立ち、駆け寄ろうとするとはそれを制止して言った。

「いってきます。晩御飯までには帰るからねー」

ビーズのようなカラフルな光をばら撒きながら、は消える。
その様子を口をぽかんと開けて見ていた黒神は、みるみる顔を歪めていく。

「憎たらしい、魔族め!!」

誰もいない部屋、黒神が机を叩く音が響いた。











「お邪魔しまーす!こんにちは!」
「鬱陶しい小娘め」

淡い光に包まれたが制服からエプロンドレスへと衣装替えし、小さな音を立てて石造りの床へ着地した。
突然の来訪者に、ヴィルヘルムは読んでいた本を閉じて溜息をつく。
はそんなヴィルヘルムに一切気にかけることなく、傍へ歩を進めた。

「今日もお願いします」
「……さっさと諦めろ。手痛く負けて己の考えの愚かさを知るがいい」
「負けないもん!いいから連れてって」

頬を膨らますを見て億劫そうにヴィルヘルムは立ち上がる。
二人の下には大きな紫の魔方陣が出現し、二人の身体を魔界のある場所へと飛ばした。







「それが、"あの"人間か」

魔界の地に降り立った二人のすぐ目の前には全身を漆黒の鎧で固めた魔族がいた。
鎧の隙間から黒い靄がとくとくと溢れ、身体を包み込んでいる。

「ね、ねぇ、なんかあの人今までの魔族さんと全然違う気がするんだけど?」

身体を強張らせこっそりとヴィルヘルムに尋ねるが、何も答えてもらえない。

「人間」

静かだが凛とした強さのある声に、は肩を飛び上がらせ、恐る恐る相手を見た。
人型の魔族だが、首から上が無い。どこから声が出ているのかには判らなかった。

「力があるのは嘘ではないようだ。だが、はたして人間の身体でそれを扱いきれるのか」
「そ、それなりには……」
「ろくに扱えていない」
「ヴィル!」

窘めるがヴィルヘルムは何処吹く風と聞き流す。
は小さな苛立ちを溜息で押さえた。

「さて、始めても構わないか?」
「あ、ちょっと待って、下さい……」

は慌てて、チェーンを通されたシルバーリングを握り、すーはーすーはーと大きな呼吸を繰り返す。
三度ほど行うと、は全身の力を抜き、相手を見つめた。
相手には判らぬ様に普段よりも強固な壁で自身を纏う。

「……準備万端です」
「そうか。では、始めるとしよう」

は相手の些細な動きを見逃すまいと、不動の姿勢で目に力を込める。
対峙する魔族からは鎧の隙間という隙間から黒い靄がもくもくと溢れ出し、二人を包んでいく。
黒い靄は濃く、の視界が完全に遮られている。
は自身を護る力をそのままに、黒い靄を彼方へ吹き飛ばそうと手を振った。
しかし────。

「なんで!?」

消えない。視界は真っ黒の闇のまま。
そして更には、防護壁によって護られているはずであるのに、足元から黒い靄がじんわりと滲んでいる。
いくら頭の中で消えることを念じようとも消えない。
数キロ離れた所へ己の身体を転移させたが、それでも防護壁の外も内部も黒い靄で溢れている。
は焦りから頭が真っ白になる。
そうしている間にも、黒い靄はの小さな身体を包んだ。
は毒性のものかもしれないと警戒し、息を止める。
しかし靄は空気の流れを無視し、の穴という穴から内部へ入り込んでいく。




────声が聞こえた。





「アンタなんて死んでしまえばいいんだ!」

「お前は誰にも渡さない。ずっと俺の傍にいろ」

「依頼だからだ」

「所詮は人間の小娘。死ぬというのならそうしてみせろ」

「可愛い可愛い──ちゃん」

「愛してる。だから──もその証拠を俺に見せて」

「言いたくはないけど、お前がいなかったらこんなことにならなかったのに」

「裏切り者。アイツを八つ裂きにしてやる」








鼓膜を突き破るほどの大音量の声、声、声。
知らない声。知らない言葉。知らない景色。
目の前の出来事を処理しきれなかったは二分も経たず意識を落とした。


「やはり負けたか」

足元に転がるをヴィルヘルムは蹴り飛ばす。
の身体は反転し仰向けになる。その表情は苦悶に満ちている。
しかし、ヴィルヘルムの目から見て、命に別状はなさそうであった。

「いくら強大な力を持とうと、心は人間のまま。私に物理的防御など無意味」

と戦った魔族は一歩も動いていなかった。
そして転移したと思っていたも立ち位置は変わっていない。
そもそも第三者のヴィルヘルムから見て、黒い靄なんてものはなかった。
全ては幻。の思い込みが現実たらしめた所以。

「で、そこに無様に転がっている人間が魔族の魔力増幅、能力増加させることが出来るのは真か」
「そうだ。この娘の意識がある時にしか発動せんがな。少し待っていろ。今起こす」

ヴィルヘルムが足先での頬を突くが起きる様子はない。
眉間に皺を寄せただけだ。

「……戦闘中、その人間を殺すな。お前は、そのように戒めた」
「そうだが」

鎧が音もなく動く。
ヴィルヘルムはから目を離さず、鎧に意識を集中する。

「ならば、勝負を決した今、その人間を──殺しても良いということだ」

刹那、鎧の姿が消える。
ヴィルヘルムの手から放たれた蒼炎の魔術がのすぐ隣に着弾すると、一瞬黒い靄がノイズのように現れた。

「私の道具だ。勝手に壊すな」

姿は見えぬが、くすくすと小さな笑いが辺りで沸き起こる。

「そうか。屑共の噂通り、あのヴィルヘルムが人間に御執心か」
「人間?この娘はただの道具だ」
「昔のことでも思い出したか?」
「そんなもの、とうの昔に消え失せた」

ヴィルヘルムの中に眠っていた魔力が体外に放出し形を成していく。

「いい機会だ。貴様を滅ぼしてやる」
「いいだろう。私もお前の様な魔族墜ちは気に入らなかった」

魔界の一角で、高位魔族同士が本気でぶつかり合う。
強大な力のぶつかり合いは魔界という世界さえも揺るがした。
遠くで生活する魔族たちがその異変に辺りを警戒し、恐怖する。
荒れ果てた魔界の地形が魔術の応酬により著しく変化していく。
そんな中、苦しみから解放されたは健やかな寝顔で寝返りをうつのであった。











「ん……」

はゆっくりと目を開いた。痛む頬をさする。
何故かスッキリしている頭を振って辺りを見回すが誰もいない。
今自分がいる場所は、先ほど魔族と対峙した場所なのだろうかと、は首を傾げた。
似ているのだが、ここはあまりにも地面が抉られすぎているように思う。

「私負けたんだっけ……?
 ヴィルもこんなとこに放置しなくたっていいのに。意地悪だな」

は先ほどの魔族との戦闘中に起きたことは全て忘れていた。
今も、なんとなく、負けた気がしているだけだ。
はもう用の無くなった魔界を発ち、ヴィルヘルムの城へと転移した。
そこではヴィルヘルムは細かな彫り細工が施された肘掛け椅子に座っている。
ふいに現れたを一瞥した。
被り物がなく、端正な顔立ちが露になっていて、はギョッとする。

「なんだ、生きてたのか」
「生きてます!!」

きゅっと口元を結ぶを、ヴィルヘルムは見もせず手招く。
それに応じないであったが、不審がったヴィルヘルムの、その燃える様に紅い瞳で捉えられると抗う意思が失っていくのが判った。
渋々ヴィルヘルムの元に歩いていく。
ヴィルヘルムは己の純白の手袋を引いて、傷の無い白く美しい素肌をの眼下に晒した。
魔力供給を求められているのだと察したは慣れた手つきでその手を握る。
に全く自覚は無いが大量の魔力がヴィルヘルムの中に蓄積していく。

「……足りん」

肘掛に肘を突きながら、気だるげにヴィルヘルムは零した。
椅子に軽く腰掛け、背面に体重をかけ全身の力を抜いた無防備な姿を見られる者などいない。
────この城の住人とを除いて。

「そうは言われても……。今そんなに魔力ないの?」

が尋ねるとヴィルヘルムは鼻を鳴らす。

「貴様なんぞに言うのは癪だが、今の私は魔力が平時よりも著しく低い」
「そうなんだ……。なら今から強く念じてみる」

魔力が著しく低いことを明かすということは、魔族にとって死活に関わる。
それを明かす意味をは判らない。敵意を全く持っていないのだから。
単純に「疲れてるのかなぁ」なんてことを思いながら、目を閉じヴィルヘルムの右手を両手で握る。

「……1.5倍くらいか。それでも少量であることには変わりない」
「これでも遅いの?じゃあどうすればいいんだろう……」
「知らん。貴様の力だろう。貴様はどういう時力が増幅するのか思い出せ」
「……必死な時、怒った時、かなぁ」
「成る程。感情が昂ぶる時か。平常心を崩せばいいのかもしれん」

は身を硬くした。
ヴィルヘルムの殺意を朧げながら、繋がっている手を通じて感じ取ったからだ。

「わ、私を怖がらせたらヴィルに魔力いかないからね。
 私が好きになったり喜んだりしないと、プラスに働かないってヴィルが前言ってたじゃん!」
「……ならば、つまり、貴様に、この私が、奉仕しろということか」

炎を宿した瞳がを刺す。一睨みするだけで対象を殺してしまうかと見紛う。
は乾いた笑いを上げながら、たじろいだ。

「……そ、そうかも。優しくしてくれると、嬉しいな」
「馬鹿馬鹿しい。人間に施す程私は墜ちてはおらん」

吐き捨てるヴィルヘルムに、はムッとする。

「じゃあしょうがないから、供給量はこのままだね」
「なんとかしろ」
「出来ない」

はっきりと切り捨てるだが、手は離すことなくずっと供給を続けている。
思い通りに動かないことに溜息をつくヴィルヘルムが、を見ずに言った。

「……貴様は、私に何を望む」
「え?」

はすぐさま聞き返した。驚きながらも口元は見事なまでに吊り上っている。

「二度も言わせるな」
「えっと……えっとね……うんと」
「早くしろ。私の気が変わらぬうちに」

苛立ちを滲ませるヴィルヘルムの手を、は祈りの形に握りなおす。
明後日の方を見る不機嫌そうな横顔を見つめて言った。

「……褒めて。いっぱい、褒めて欲しいの」

の期待に満ちた言葉を聞き、ヴィルヘルムは一瞬で眉間に皺を寄せた。

「褒めるところがないならいい……」

目を伏せたの手がゆっくりと離れていく。
その細い手首をヴィルヘルムは強く──だが壊さない程度に、握った。

「……貴様の中で秀でているものといえば、やはりその魂だ。
 今まで魂を幾千も見てきた私だが、貴様のものが一番輝いている。
「う、うん……」

双眸の炎に映るは小さく笑みを浮かべていた。

「少しは増えたか。しかしまだ私が望むスピードには程遠い」

はにこにこと見ている。
ヴィルヘルムの口を突付いて出てくるであろう言葉を心待ちにしていた。
ヴィルヘルムは面倒に思うが、自身の魔力回復のためにはの望み通りに動くしか手はない。

「……そうだな。貴様は無教養ではあるが、紅茶だけは褒めてやってもいい。
 それと茶菓子。あれはまぁまぁだった。独創性はないがな。
 スタンダードにすれば誤魔化しはきかない。それであれなら及第点だ。
「うん」

返事をする声のトーンが上がる。次は何かと期待する眼差しが熱い。

「量が随分上がったな。ならば、もうこの辺で勘弁してやる」
「嘘!!これだけ!?」
「他に貴様を褒める場所が無い」
「……」
「供給量を減らすな」
「だって、ヴィルが……」
「面倒な娘だ」

口を尖らすを容赦なくヴィルヘルムは切った。

「じゃあいい。いつもよりも多くあげたし。今日は帰る」

掴まれた腕を振り払いヴィルヘルムに背を向ける。
すると、ヴィルヘルムが再度の手を引いた。
それにより、既に歩き出していたは、本人の思いもよらぬ方向へと倒れていく。
それはを捕らえようと立ち上がったヴィルヘルムの胸へと飛び込む形となった。

「ご、ごめんなさい!」

すぐに離れようとするが、ヴィルヘルムの腕に絡め取られ、それは叶わない。

「え?え!?」

ヴィルヘルムの着る光沢のある柔らかな生地がの頬に押し付けられる。
魔術でも受けることになるのだろうかと戸惑い、見上げるとヴィルヘルムは怒ってはいなかった。

「ほう。これは素晴らしい」

薄くだが──笑っていた。
ヴィルヘルムの喜びは、決してにとって良いことであるとは限らない。
突然攻撃に転じたり、言葉の槍を降らせることなど日常だ。
よっては経験則から逃げようと身を捩るが、ヴィルヘルムは離そうとしない。
寧ろ力を込められた。

「っん……つ、強いよ」
「貴様に纏う感情の渦は、嫌がっている風には見えんがな」

抵抗する力がぴたりと止まった。恐る恐るはヴィルヘルムに尋ねる。

「ヴィルって人間の感情が見えるの?」
「貴様の心の機微でさえも視覚に広がっているぞ」

ヴィルヘルムに握られた手首の下。掌はじっとりと汗ばんでいた。
エプロンドレスに隠された感情は、確かに100%嫌がっているわけではない。
少しの喜びも、心地よさもないと言えば嘘になる。
だが羞恥心がそれらを受け入れることを拒否し続けていた。

「だから今、貴様が戸惑いながらも私の行為に喜びを感じていることも視える」
「ヴィルの意地悪!そういうとこ嫌い!!」
「口と魔力の供給量が全く一致せんな」

の頭上で笑われる。それは嘲り。

「もう!……やだ」

抵抗は出来ず、しかも心の中を見透かされ馬鹿にされる。
は居心地の悪さを感じながらも、自身の力を用いて身体を転移させることを思いつかない。

「諦めて私に委ねろ」

は唇を一文字に結び黙りこくる。ヴィルヘルムはもう何も言わない。
しかし手首を掴んでいた手を離し、の耳の後ろからうなじにかけて、傷のない長い指で撫でる。
隙あらば魔術を放つヴィルヘルムには似つかない優しい手つき。
ヴィルヘルムに抱かれるの口元が少しずつ緩んでいく。

「これだけで普段の四倍とはな」
「……でも、ヴィルは人間なんかに触るの嫌なんでしょ」
「考えるだけでおぞましい」

だらりと垂れ下がっていた両手が、ヴィルヘルムの身体を押し返す。

「……離して」
「断る。貴様は人間ではないからな」

押し返す力が増加した。

「不服か。貴様自身が言っていたではないか。人間とは合わないと」
「そうだけど……じゃあ、私って何なのかな」
「知らん。種族なんぞどうでもいい。力があるかないか。重要なのはそれだけだ」
「それもどうかと思うけど」

ヴィルヘルムの発言は悪意に満ちたものではないことが判るは、
所在を無くした手の行き場を一つ思いついた。

「……ねぇ、手、回してもいい?」

沈黙。
ヴィルヘルムはいいとも悪いとも言わない。
はそっとヴィルヘルムの後方へと手を伸ばした。

「もう十分力は奪った」

ふっと避けられる。
ヴィルヘルムは殆ど変わっていない様にしか見えない服を綺麗に正す。
は掴み損ねた格好のままでヴィルヘルムを見る。

「離して欲しかったのだろう?」
「……そうだね」

はすとんと腕を下した。
寂しさを滲ませた表情を浮かべながら、ヴィルヘルムに背を向けた。
自分が抱いた感情が見られぬように。
感情が"視える"と言ったヴィルヘルムから顔を隠したところで意味はないのだが、はそこまで頭が回らなかった。

「あれ

ぴょこん。
部屋の入り口でジャックが顔を覗かせた。

「ひゃあああ!!ジャック!?」
、何を驚いている?」

気配無く現れたのだからが驚くのは当たり前だが、ジャックは首を傾げている。
加えては通常の状態ではなく、ヴィルヘルムによって心を乱されていたのだから余計にだ。

「い、いや、ぜ、全然!あ、それより、ジャック抱っこ!」

ジャックはいつも通り両手を広げ、を受け止められるようにとしっかりと床を踏みしめる。
は自分の中で渦巻く感情の解消のために、ジャックの胸に飛び込んだ。
────しかし、抱き締められることはなかった。

「貴様は帰れ」

伸ばした手はジャックの目の前で空を切る。
はまたもやヴィルヘルムによって腕を握られ、阻まれたのだ。

「ヴィルの見えないところでならいいでしょう?」

腕を振り払おうとするがびくともしない。

「今日は駄目だ。貴様こそあの小煩い死神に説教されてもいいのか」
「死神じゃなくて黒神!まだ門限まで時間あるから大丈夫なの」

は空間を転移し拘束から逃れる。ジャックの傍へ着地すると、身体が傾いた。

「この城の主の私が帰れと言っている」

先ほどと同じく抱き締められる。
違うのは腰の辺りに手を置かれ引き寄せられていること。
そして、の顎に手をやり自分の方へ向かせていることの二点。

「あ……」

は身を硬くした。ヴィルヘルムの力強い瞳に吸い込まれるような錯覚に陥る。
頬がヴィルヘルムの双眸に負けず劣らず紅く染まっていく。
自分が自分でなくなりそうになるとを感じたは慌てて言った。

「わかったよ!言うこと聞く!」

強い拘束はあっさりと解かれた。
は俯き、先ほどのヴィルヘルムの行動を反芻する。
だが胸の鼓動のせいで正常な思考を行えない。

!大丈夫か?」
「だ、いじょうぶだよ!」

の声は裏返っている。

「ごめんね!また今度遊ぼ!じゃ、また!」

手をぶんぶんと振ったは光も残さず消えた。
ジャックは消えたの先にいる、自身の上司を睨みつける。

「……なんで、にあんなことした。今までそんなことしてなかった」
「魔力供給のためだ。何も問題あるまい。娘とはそういう契約をしているのだから」
「気に入らない」
「ならば覆してみるがいい。最もそれが出来るはずなどないがな」

ぷいっと顔を背けたジャックは、ヴィルヘルムに背を向け退室した。
ヴィルヘルムは先ほど腰掛けていた椅子に座りなおす。
広く冷たい部屋にはヴィルヘルムたった一人になった。

「娘も、彼奴も、俗なものだな。所詮は人間の枠を超えられぬか」

肘を突いて、ヴィルヘルムはゆっくりと息を吐く。



「全く。……つまらぬ」











「うわーーー、黒ちゃーーん」
「ななんだ!?」


机に向かっていた黒神の膝の上に突然が出現した。
にも関わらず、黒神は冷静に、の身体が落ちぬようしっかりと支えた。

「あの屑魔族に嫌なことをされたのか!?それなら今すぐ滅殺し、」
「だっこ!だっこだっこだっこ!」

有無を言わさぬ剣幕で駄々をこねるの要求通り、黒神は少女の身体を抱き締めた。

「どうしたんだよ……」

全てが突然のことで、黒神は可愛い幼子が荒れている理由が判らない。
現状理解のために尋ねてもは頬を膨らますのみ。

「もっと強くして。片手間じゃなくてちゃんとぎゅっとして」
「判ったよ。我侭なお姫様だな」

薄く笑みを浮かべた黒神は、少女を横抱きにしソファーへと移動した。
自身は普通にソファーに座り、には自分の膝を跨がせ、自分の身体へ押し付ける。
ゆっくりと背を撫で、髪を梳き、頭を撫でていく。
も黒神の首に手を回して、黒神の手の感触を敏感に感じ取る。
黒神の手つきは優しく、小さな刺激をの身体に与えていった。いつものことである。
だから、背を撫でていた手が少しずつ下がろうと、は身体をぴくりと小さく跳ねさすだけで、咎めることはない。
黒神はそのまま双丘を撫で、柔らかな太ももへと手を滑らせる。

「っふ……」

掌から与えられる柔らかな刺激には声にならない声をあげる。
それを一般的に何と呼ばれるかという知識をは持ち合わせていない。
黒神も余計なことは一切教えない。知られて都合の悪い知識は決してに与えず、無知であることを強いる。
そして、自分の望むように、の無垢な身体を侵食していく。

「……っあ、……ん……」

甘い吐息が黒神の耳に触れる度に、黒神の理性が少しずつ崩壊していく。
その証拠に最初は人目に触れる脚部に触れていたというのに、今はスカートに隠れ人目に殆ど触れない付け根に近い部分にまで指を食い込ませていた。

「っや……だめ……。ねぇ、さっきからくすぐったいとこばっかりだよ」
「すまない」

そう言いつつも、脚を撫でる手は止めない黒神。

「……私、黒ちゃんがいい。安心出来るの」
「そうか」

黒神はほくそ笑む。閉じ込めておいた鳥は外へ羽ばたいた。
だがしかし、最後には我が元へ帰ってくる。
もっとに自分を刻みつけなければ。
誰の愛も物足りないと思わせる位に愛と言う名の呪縛を与えてやる。

黒神はそっとの頬を撫でた。
普段ならそっと目を閉じるであろう。
しかしは────逃げた。

「え……これも、くすぐったかったか?」

自分に触れられたくないのかと、黒神はどきりとする。

「ち、違うの……。ちょっと」
「なら、今日は止めておくか?」
「して。いっぱい触って欲しいの。さっきのは、ちょっとびっくりしただけなの!」

は子犬のように鼻先を黒神の肩口にすり寄せた。
先ほどの違和感を拭えないまま、黒神はの頭を撫でる。

「……今日は随分珍しいな。勿論俺は嬉しいが」

優越感に浸る黒神の腕に抱かれるは思う。

ヴィルヘルムに抱き締められると変な気分になる。
黒神にされる時は、何もないというのに。
だから、抱き締められるなら黒神がいい。
心臓が壊れそうになることがないから、と。




(12/07/28)