第2話-蚊帳の外-

昼食を終え、食休みを取っていた頃。
私はソファーに寝そべり、眠そうにデスクに向かう黒ちゃんを見ていた。
家の中全体にまったりとした空気が流れている時。
突然、滅多に開かない扉が音をたてた。

「遊びに来た」
「ジャック!」

私はソファーから飛び降りると、現れたジャックの元へ走り、その手を取った。
MZDは昨日の約束をちゃんと覚えてくれていた。
ジャックに会うのはとても久しぶりで、喜びが止まらない。

「二人ともどうする?ここで遊ぶか、あっちか」

どこで遊ぼうかと、私は思案する。
ジャックが来なかったので、最近は家の中にしかいなかった。
なら"外"がいい。

「あっちのお部屋で遊ぶ。いい?」

同意を求めると、ジャックは頷いた。

「わかった」

黒ちゃんがデスク越しに手のひらを私に向けると、光輝くガラス製の鍵が私の手の中に現れた。
この鍵が、部屋───遊び場の鍵。

この家は基本的に世界から孤立しており、玄関とはいえ普段はどの空間にも繋がっていない。
しかし、主である黒ちゃんは任意で空間と空間を繋げることが出来る。
例えば、ジャックがここに来る時はMZDの家と繋げる。

また、黒ちゃんが世界を即興で生成し、玄関とその世界を繋げることも可能だ。
その世界のことを私は部屋と呼び、遊び場と呼ぶ。
この遊び場は遊ぶ都度に生成してもらうため、毎回景色や環境が変わる。

先ほど与えられた鍵を差し込むことで、玄関とその空間を繋げる事が出来る。

「ありがと。いってきます」

鍵を玄関に差し込み、半周回した。
鍵は氷が水になる時のように溶けてなくなる。
ジャックの手を引き、私は玄関を開けてその先へと進んだ。











草を踏む。一面の草原だ。
近くには森が隣接している。
後ろを見れば、この景色に不釣合いな白い扉がぽつんとたっている。

黒ちゃんに作ってもらう遊び場には光があり、動植物が存在し、温度も場面によって変化する。
どれもこれも本物にしか見えないのだが、黒ちゃん曰く本物ではない、…らしい。
私自身本物を見たことがないので、判断できない。
本物を知るジャックからすると、雰囲気が本物とは違うらしい。

本当に不思議だ。

なぜなら、花も香るし、虫も動き、鳥は鳴く。
それなのに、全て本物じゃないのだ。
しかしここしか知らない私としては、困ったことは一度もない。

「ねぇジャック、あっちの方まで走ってみよ!」
「わかった」











、気をつけて」
「大丈夫だよ」

私は今、森の中にあった木の一つに登っている。
ジャックは軽く止めたが、大丈夫と根拠のない言葉を呈示し、納得させた。

「だって、ちゃんと持ってればいいんでしょ?」

太くてゴツゴツした幹。
私の手では握れないので、自分の手に持てる程の枝を力いっぱい握る。
少し痛いが、落ちたりすることを考えると、仕方がない。

「持ってても の力じゃ」
「おぉおおおち!!」

一瞬のことだった。

「大丈夫か?」


落ちた。


ひやりとした感覚を知覚した時には、景色が一転していた。

?痛いのか?」
「あ、ううん!痛くないよ!」

私の身体はジャックが受け止めてくれたおかげで、何の衝撃もなかった。
ジャックの顔が近い。あ、私、抱っこされてるのか。

「やっぱり には力が足りない。もっと力がついてからやってみよう」
「わかった」

ジャックは私をゆっくりと地面に下ろす。
はぁー、心臓が飛んでいってしまうかと思った。
ジャックに受けて止めてもらえて本当に良かった。
それにしても、心臓の音が鳴り止まない。

「あっちに行こう。 、まだ変な顔してる」
「ど、どういうこと?」
「んー……変な顔だ」

よく分からなかったが、落ちたせいかとても身体がだるいので、大人しくジャックに着いていく。
数多の木の間を潜り抜け、草原に戻ってきた。
気が抜けた私は、そのまま仰向けに倒れこんだ。
隣に、ジャックも寝そべる。
いつもの形。
毎回、私とジャックじゃ体力に差がありすぎるので、ジャックが私に合わせてくれる。

「ジャックは全然疲れない?」
「ああ。まだまだ平気だ」
「凄いね」

暗殺者?である、ジャックはどんなに動いても全然疲れない。
いつも凄いなって、羨ましく思う。

「なんでそんなに疲れないの?どうやったら私もそうなる?」
「俺は外でたくさん走ってるから…。」


────────外。


「外かぁ」
も外に出たらいい」
「駄目なんだって。黒ちゃんに昨日言われたの」

黒ちゃんは私に対して決して怒ったりしない。
いつも笑ってくれる。
それなのに、昨日は怒っているように見えた。
そんなに外に行くのは悪いことなのか。

「でも、 も昔は外に行ってたじゃないか」
「何の話?私外に行ったこと、一度もないよ」
「…そうだったっけ?」
「きっと勘違いだと思う。MZDのお家に行くくらいだよ。それも滅多にないし」
「そっか」

きっと、みんな外に行ってるんだろうな。TV知識だけど。
お家の中が嫌いというわけじゃない。
だけど、外というものがあると知っているから、気になってしょうがない。
黒ちゃんが言う、下界が気になってしょうがない。

以前、MZDの家にお邪魔した時。
あの時も外には出してもらえなかったが、あのお家は下界に建っていると教わった。
窓から見える景色は、作りだしたものではなく、本当の外の世界。
うちにある窓みたいに、天気だけがわかる真っ白な景色じゃなくて、
様々な人、様々な建物、様々な動物や植物が見える、本物の窓。

私は、本物と言われる世界に、一度行ってみたい。
私の知らない"本当"を知りたい。

「私が子供だから、駄目って言うのかなあ……」
「外には より小さい子供もたくさんいる」
「そうなの?じゃあ、どうしてなんだろう……」

後は私の何が悪いんだろう。
どこが悪いんだろう。
私と他の人では何かが違うのだろうか。

、外行きたい?」
「うん。行きたいよ。でも」
「黒神に怒られる?」

それが怖い。
私はなんで黒ちゃんの家に住んでいるのかよく分かってないのだ。
怒られたり、嫌われたりしたら、私は捨てられてしまうかもしれない。

それは、とても───怖いこと


「じゃあ、知られなければいい」
「出来るの?」

悪いことを隠すのは悪いこと。
そう黒ちゃんや影ちゃん、MZDに言われている。
私も、そうだよねって思ってる。

だけど、──────。

「出来る。黒神の行動パターンはある程度把握している」
「ほ、本当に、本当?絶対黒ちゃんに知られない?」
「大丈夫」

力強いジャックの声に、罪悪感が少し薄れる。
知られなければ、黒ちゃんに心配かけることもなく、そして私は外に出られる。

「お願い。私を外に連れてって」
「了解」

ジャックは私の手を取った。
私はその手に引き上げられ、立ち上がる。











ジャックのやり方はいたって簡単。
まず、黒ちゃんにMZDが呼んでいたと伝える。
すると黒ちゃんはしぶしぶMZDの家に転移する。
黒ちゃんはいつも特定の部屋でしかMZDと話さないらしい。
それは、玄関から遠く、入るところを誰にも見られない部屋。
その間に、私たちは外に出ると言う作戦。

作戦はジャックの思い通りに上手くいった。
そして、私は、──────。


「外だあ!!」


TVの中の世界が目の前にある。
空と大地。
道路と建物。
人と人以外の生き物。

これが、本物の外。
MZDは好きで、黒ちゃんがあまり好きではない、世界。

、危ないから」
「うん?」

と言った瞬間、手を強く引かれ身体が浮いた。
後ろでは轟音が鳴り響いて、消えた。

「道は端を通る。塀は乗らない。猫を追いかけない。信号は青しか行ってはいけない。
って、MZDは俺にいつも言う」
「はーい」

ジャックは先程私から手を離した。
自由が戻ると、私は周りの物が気になってしょうがない。

「あ、あっち!綺麗!早く行こっ!」
、周りを確認して歩かないと…」

外がこんなに煌めいているなんて。
ここには様々な生き物がいて、目まぐるしく行き交っている。

この世界には、変化がある。
雲が流れ、風が髪を揺らし、太陽が煌煌と肌を焼く。
こんなの、お家の中には無かった。
黒ちゃんの作る空間にも、こんなに生き生きとした感じはなかった。

これが、本物。
これが、世界。



これが、──────夢





「駄目だ。もう黒神が気づく」
「え、もう?」

まだ、後ろにMZDの家が見える程しか進んでない。

「時間がない。急ぐぞ」

手を取られ、元来た道を走る。
左右の景色が後ろへ後ろへと流れていく。
後ろ髪を引かれる。
けれど、ジャックに手を引かれる先が、私の現実なのだ。

「俺が先に様子を見る。合図したら来い」
「わかった」

MZDの家の庭。
植物の多い庭だから、隠れるのは簡単だ。
木の陰からこっそりと窓を覗き込むと、ジャックとMZDが何か話しているのが見えた。
MZDは何やら驚いた表情をしていたが、すぐにいつもの顔になり、頷いている。
黒ちゃんと比較するとMZDは挙動で何を思っているかわかりやすい。
MZDがジャックと離れた。窓から二人が消える。
すると玄関からジャックが見えた。

「大丈夫、おいで」

手招きに従い、私は見慣れた家の中に入った。

「庭で遊んでたって言った。何か聞かれても合わせて」
「わかった」

あとは黒ちゃんだ。
いつもの扉へ行けば、黒ちゃんちの玄関に通じる。
玄関は黒ちゃんのデスクの真横で、しかも黒ちゃんは全くと言っていいほど動かない。
普通に帰ったら、何をしていたのか聞かれる。
その時、どう言えばいいのだろう。
ジャックがなんとかしてくれるのかな?

!どこだ!!」

え、黒ちゃんに知られてしまった!?
だって、まだ本当に短い時間なのに!?

!!」

闇よりも深く暗い瞳が私を見た。

!」

安堵の声とともに、勢いよく抱き締められる。
強く、身体が軋むほど。
痛い。
けど、痛いのはそっちじゃない。

「良かった…。どこかに消えてしまったのかと思った」
「ちょっとこっちの家に来ただけ…」

ちくりちくりと、痛む。

「それなら、言ってからにしてくれ。心配するだろう?」
「うん…」

ちくりちくりと、増えていく痛み。

「でも良かった。俺はてっきり外に飛び出したのかと思ったぞ」
「う、うん…」

何度も何度も針が刺さる。
黒ちゃんが優しく撫でてくれるのに、それが突き刺さって痛い。
こんなに心配してくれる人に、私は何をしているんだろう。
嘘を吐くって、誤魔化すって、辛いことなんだ。

「あのね」
「ん?どうした?」
「あの…」
「そんなに怖がらなくても、俺は怒ってない。動揺しただけだ」
「そうじゃなくて」

言おう。
こんなに苦しいなら言ってしまった方がいい。
教えられていた通り、嘘なんて吐いちゃ駄目だったんだ。
嘘を吐けばなんとかなるなんて、思ってはいけないことだったんだ。

「私、さっき、外に出たの」

頭を撫でている手がピタリと止まる。
怒ってる…のだろうか。

「駄目って言われてたけど、どうしても行きたかったの」

黒ちゃんは何も言わない。
それを待ってる間にも心臓が壊れてしまいそうだ。



─────────怖い。


「違うんだ黒神! は悪くない。俺が連れ出したんだ!」

今まで黙っていたジャックが慌てて言った。
私はそれを覆うように言葉を重ねる。

「違うの!ジャックは私のお願いを聞いてくれただけで、悪いのは私なの」
じゃない。悪いのは俺だから」
「ううん。私が悪かっただけなの」

「黙れ」

私たちは口を噤んだ。
氷の刃を思わせるその言葉は初めての、黒ちゃんからの攻撃だった。

「どちらかなんてどうでもいい。そんなことより、
お前ら二人は俺が気づかなければそれでいいと思ったのか」

そうだ。
そうなのだ。
でも、そう言えない。
そんなこと言ったら、もっと怒られる。
怖い。でも、嘘を言うのも怖い。

「俺は の希望を優先した。この辺なら大丈夫だと判断した」

ジャックが先に言ったことで、私もそれを追うようにして言った。

「私は…外に行けることで頭がいっぱいで。そればっかりで…その、ごめんなさい」

未だに抱きしめられている私は、黒ちゃんの表情がわからない。
ジャックのこともわからない。
黒ちゃんはずっと黙っている。
ずっと。

どうしよう、どうしよう。どうしよう、どうしよう。
その五文字がぐるぐる頭を巡っていると、黒ちゃんが私をトン…と突き放した。
その顔は見えない。

「MZD…あとは任せた」

黒い雫が黒ちゃんの身体から流れ、それらは床に落ちる。
どろどろと黒ちゃんが溶けていく。蝋燭のように。
黒ちゃんが消え、床には大きな水たまりが出来た。
それらは中心に向かって縮まり、やがて消えた。

ぱたんと、私とジャックは座り込んだ。
ようやくプレッシャーから解放された。
しかし、胸の痛みは続いている。

黒ちゃんに────嫌われてしまった。

「っふぇ…っ、…すん…ぐす…」

フローリングがにじんでいく。
黒ちゃんに嫌われてしまった。
嫌われた。
約束を守らないだけで、こんなに苦しいことになるなんて。
私、どうなるんだろう。
捨てられてしまうの?
これからずっと一人なの?

「っぅあ…ひっく…うぅ…うわぁ…」
…」

ジャックが心配そうに私を呼ぶ。
ジャックは悪くない。私のせいだ。気に病まないで欲しい。
そう言いたくても、上手く言葉が紡げず、首を横に振るしかできない。
頭の中には、黒ちゃんに怒られて辛いこと、捨てられるかもしれないと言う怖さが支配している。

「あーあ、 泣いてんじゃん」

似てるけど違う。
黒ちゃんの声じゃない。

「二人とも来い。こんな玄関先じゃなんだろ」

涙をぬぐいながら、MZDについて行く。
ジャックはチラチラ私を見る。
手を伸ばすと、しっかりと握ってくれた。
こんな時でも私のことを考えてくれるジャックに、申し訳なく思う。

「入んな。ここなら誰かに聞かれる心配もない」

MZDに通された部屋は、全てが白かった。
天井も、床も。まるでミニチュアになった私たちが白い箱に閉じ込められたよう。
MZDが指を鳴らすと、カーペットやローテーブル、ソファーなどが出現した。

「で、オレに任されたわけだけれども」

三人掛けソファーの真ん中に座ってMZDが言う。
私たちは所在なく立っている。

「そーだなぁ。じゃあ、悪かったことは何だ?一人ずつ言ってみな、ほいジャック」
を泣かせたこと。
でも、外へ連れ出したことは悪いと思わない。
他の人間は普通に外に出てることは だって行っても良い、はず」

最後は自信がないのか眼をそらした。
誤魔化そうとしたことを悪いと思っていないのは正直驚いた。

「なるほどな。 は?」

突然の指名にビクついた。

「大丈夫。絶対怒らねぇから」

怖くてジャックを見る。
頷いたジャックは、少し強く手を握った。
私は恐る恐るMZDを見た。

「私は…約束を破ったことは悪いと思う。嘘を吐こうとしたことも。
そのせいで黒ちゃんに心配させたり、怒らせたり、したんだし…」

また視界が歪む。
目の前のMZDが霞んでく。

「だから…だかっ……っう」
、こっちおいで」

ジャックの手を離し、MZDに手を伸ばした。
MZDは自身の膝に私を乗せ、抱きしめる。
とんとんと優しく背中を撫でられて、更に涙が零れる。
それは、こんな私に優しくしてくれるから。
それと、その撫で方が黒ちゃんとは違うから。

「よしよし、大丈夫だ。黒神に怒られてショックだったのか?」

頷く。
私はまた嗚咽で上手く言えなかった。

「あいつもしょげてるさ。 に怒りたいわけじゃないから」
「…ねぇ、…す、…すて…」

MZDは遮ることなく私が話すのを待ってくれる。
私はこみ上げてくる嗚咽を出来るだけ抑えて言った。

「わた、すてられちゃ…の?」

漸く他人が理解できる言葉を吐いた途端、抱擁する腕に力が込められた。
苦しい。

「馬鹿を言うな」

こんなに強く抱きしめられるのは、今日は二度目だ。
どちらも、悲しい痛み。

「オレ達は絶対にそんなことしない。オレ達はずっと一緒だ」
「で、も、…私、…きらわれ、ちゃっ」
「だから!オレもアイツもお前を嫌うなんて絶対に有り得ない!」




でも…と思う。

「俺も が好きだから、嫌いにならない」

ジャックがいつの間にか、隣にいた。

「友達だって、 も言った」
「ジャック…」

ジャックは口の端を少し上げた。

「私もジャックのこと好き。お友達だもん」

ジャックの優しさが、身に染みる。

「オレも、 のこと大好きだぞ!勿論黒神も」
「ほんと?」
「当たり前だろ。オレにとっては も大事な家族だ」

家族────。

「じゃあ、どっちがお父さんなんだろうね?」
「オレかな☆」
「黒ちゃんは何になるの?」
「可愛い黒猫」
「黒神は猫だったのか?」

MZDとジャックの話に耳を傾けながら、私は考えていた。
MZDと黒ちゃんは正真正銘兄弟で、唯一無二の家族だ。
でも、私は、違う。
私だけが、他人。

私は家族の記憶はない。
ついでに言うと、いつ黒ちゃんと住み始めたのかも覚えてない。
そのせいだろう、たまに、私は寂しくなる。
得体のしれない不安が自分を包む。

はオレ達の子どもかな。それともオレの奥さんがいいか?」
「なんか…嫌だ。それは、違う」
「なーに不機嫌になってんだよ。 はどうがいい?」
「え、どうだろう…?でも、指輪あるからMZDは奥さんいるんじゃないの?」
「MZDは指輪なんてつけてたのか?」
「え、あぁ、昔な」
「ふうん。武器にでも使ってたのか」
「お前らじゃねぇんだから。オレは平和主義なの」

黒ちゃんも指輪してた気がするんだけど…あまり覚えてない。
どうだったっけ。最近はつけてないと思う。

「二人とも元気出てきたな」

MZDが言った。

「オレはさ、二人のどっちが悪いとか思わない。
原因は突き詰めれば、オレ達だと思う」
「どういうこと?」

MZDはにこにことする。
そして、何も言わない。

「二人とも自分の中で反省した方がいいと思う点があるだろ。後は、この次どうするかだ」

示し合わせたわけでもないのに、私とジャックと顔を見合わせた。

、ごめん。もう無理はしない。次はもっと上手くやる」
「ありがと。でもその気持ちだけでいいや」

私はジャックとは違う見解だ。

「私はやっぱり相手を騙そうとするっていうのがよくないと思う。
私も苦しいし、相手も苦しい気持ちにさせちゃうから…。
だから、もう次からしない。外は行かない」

折角ジャックが外に連れて行ってくれたというのに、私の中の外の景色はすっかり褪せていた。
結局望みを叶えても罪悪感という泥にまみれてしまえば、もう綺麗には見えない。

「外出については、オレがもう少し交渉してやるよ。
まぁでも、ジャックはよくやってくれたよ。
本当、感謝してるよ」
「なんでだ」
「まぁ、色々あんのよ」

また誤魔化した。
こういうことは、黒ちゃんもMZDもよくする。
私が子供だから教えてくれないのだろうかと、いつも思う。

。何をすべきか、ちゃんとわかってるか」
「うん。黒ちゃんに謝ってくる」
「そうだ。悪いと思ったなら、しっかり謝らないとな」

MZDが指を鳴らすと、部屋の中に虹色に輝く扉が出現した。
解放された私は、MZDの膝から飛び降りる。

「行ってきな」
「うん!MZD、今日はいっぱいありがとう!」
「おう。気にすんな」
「ジャック、一緒に怒られることになってごめんね。次はもう無理言わないから」
「いや、俺が悪かった。次はもう を泣かせないから」

私は二人に手を振って、眩い輝きの中へと進んだ。











全てのものに隔てられた黒神宅。

「げほっ、がはっ…」

黒神は嘔吐していた。
何度も。何度も。
胃の中に残留物は、もうない。
それでも、胃液だけが喉元から吐き出される。

「マスター!!」

扉の向こうでは黒神の影が呼びかけている。
黒神は目じりに涙を浮かべて、口元をぬぐった。
流水音が響き、扉から黒神が出てくる。
駆け寄る影を制止し、洗面所で口をゆすぐ。

「マスター…」
「大丈夫だ」
「デスガ」
「いいんだ!!」

怒号に影は怯んだ。
黒神は手を濯いぎなら、呟く。

「…悪いのは俺だからな」

(12/01/27)