昼食を終え、食休みを取っていた頃。
私はソファーに寝そべり、眠そうにデスクに向かう黒ちゃんを見ていた。
家の中全体にまったりとした空気が流れている時。
突然、滅多に開かない扉が音をたてた。
「遊びに来た」
「ジャック!」
私はソファーから飛び降りると、現れたジャックの元へ走り、その手を取った。
MZDは昨日の約束をちゃんと覚えてくれていた。
ジャックに会うのはとても久しぶりで、喜びが止まらない。
「二人ともどうする?ここで遊ぶか、あっちか」
どこで遊ぼうかと、私は思案する。
ジャックが来なかったので、最近は家の中にしかいなかった。
なら"外"がいい。
「あっちのお部屋で遊ぶ。いい?」
同意を求めると、ジャックは頷いた。
「わかった」
黒ちゃんがデスク越しに手のひらを私に向けると、光輝くガラス製の鍵が私の手の中に現れた。
この鍵が、部屋───遊び場の鍵。
この家は基本的に世界から孤立しており、玄関とはいえ普段はどの空間にも繋がっていない。
しかし、主である黒ちゃんは任意で空間と空間を繋げることが出来る。
例えば、ジャックがここに来る時はMZDの家と繋げる。
また、黒ちゃんが世界を即興で生成し、玄関とその世界を繋げることも可能だ。
その世界のことを私は部屋と呼び、遊び場と呼ぶ。
この遊び場は遊ぶ都度に生成してもらうため、毎回景色や環境が変わる。
先ほど与えられた鍵を差し込むことで、玄関とその空間を繋げる事が出来る。
「ありがと。いってきます」
鍵を玄関に差し込み、半周回した。
鍵は氷が水になる時のように溶けてなくなる。
ジャックの手を引き、私は玄関を開けてその先へと進んだ。
◇
草を踏む。一面の草原だ。
近くには森が隣接している。
後ろを見れば、この景色に不釣合いな白い扉がぽつんとたっている。
黒ちゃんに作ってもらう遊び場には光があり、動植物が存在し、温度も場面によって変化する。
どれもこれも本物にしか見えないのだが、黒ちゃん曰く本物ではない、…らしい。
私自身本物を見たことがないので、判断できない。
本物を知るジャックからすると、雰囲気が本物とは違うらしい。
本当に不思議だ。
なぜなら、花も香るし、虫も動き、鳥は鳴く。
それなのに、全て本物じゃないのだ。
しかしここしか知らない私としては、困ったことは一度もない。
「ねぇジャック、あっちの方まで走ってみよ!」
「わかった」
◇
「
、気をつけて」
「大丈夫だよ」
私は今、森の中にあった木の一つに登っている。
ジャックは軽く止めたが、大丈夫と根拠のない言葉を呈示し、納得させた。
「だって、ちゃんと持ってればいいんでしょ?」
太くてゴツゴツした幹。
私の手では握れないので、自分の手に持てる程の枝を力いっぱい握る。
少し痛いが、落ちたりすることを考えると、仕方がない。
「持ってても
の力じゃ」
「おぉおおおち!!」
一瞬のことだった。
「大丈夫か?」
落ちた。
ひやりとした感覚を知覚した時には、景色が一転していた。
「
?痛いのか?」
「あ、ううん!痛くないよ!」
私の身体はジャックが受け止めてくれたおかげで、何の衝撃もなかった。
ジャックの顔が近い。あ、私、抱っこされてるのか。
「やっぱり
には力が足りない。もっと力がついてからやってみよう」
「わかった」
ジャックは私をゆっくりと地面に下ろす。
はぁー、心臓が飛んでいってしまうかと思った。
ジャックに受けて止めてもらえて本当に良かった。
それにしても、心臓の音が鳴り止まない。
「あっちに行こう。
、まだ変な顔してる」
「ど、どういうこと?」
「んー……変な顔だ」
よく分からなかったが、落ちたせいかとても身体がだるいので、大人しくジャックに着いていく。
数多の木の間を潜り抜け、草原に戻ってきた。
気が抜けた私は、そのまま仰向けに倒れこんだ。
隣に、ジャックも寝そべる。
いつもの形。
毎回、私とジャックじゃ体力に差がありすぎるので、ジャックが私に合わせてくれる。
「ジャックは全然疲れない?」
「ああ。まだまだ平気だ」
「凄いね」
暗殺者?である、ジャックはどんなに動いても全然疲れない。
いつも凄いなって、羨ましく思う。
「なんでそんなに疲れないの?どうやったら私もそうなる?」
「俺は外でたくさん走ってるから…。」
────────外。
「外かぁ」
「
も外に出たらいい」
「駄目なんだって。黒ちゃんに昨日言われたの」
黒ちゃんは私に対して決して怒ったりしない。
いつも笑ってくれる。
それなのに、昨日は怒っているように見えた。
そんなに外に行くのは悪いことなのか。
「でも、
も昔は外に行ってたじゃないか」
「何の話?私外に行ったこと、一度もないよ」
「…そうだったっけ?」
「きっと勘違いだと思う。MZDのお家に行くくらいだよ。それも滅多にないし」
「そっか」
きっと、みんな外に行ってるんだろうな。TV知識だけど。
お家の中が嫌いというわけじゃない。
だけど、外というものがあると知っているから、気になってしょうがない。
黒ちゃんが言う、下界が気になってしょうがない。
以前、MZDの家にお邪魔した時。
あの時も外には出してもらえなかったが、あのお家は下界に建っていると教わった。
窓から見える景色は、作りだしたものではなく、本当の外の世界。
うちにある窓みたいに、天気だけがわかる真っ白な景色じゃなくて、
様々な人、様々な建物、様々な動物や植物が見える、本物の窓。
私は、本物と言われる世界に、一度行ってみたい。
私の知らない"本当"を知りたい。
「私が子供だから、駄目って言うのかなあ……」
「外には
より小さい子供もたくさんいる」
「そうなの?じゃあ、どうしてなんだろう……」
後は私の何が悪いんだろう。
どこが悪いんだろう。
私と他の人では何かが違うのだろうか。
「
、外行きたい?」
「うん。行きたいよ。でも」
「黒神に怒られる?」
それが怖い。
私はなんで黒ちゃんの家に住んでいるのかよく分かってないのだ。
怒られたり、嫌われたりしたら、私は捨てられてしまうかもしれない。
それは、とても───怖いこと
「じゃあ、知られなければいい」
「出来るの?」
悪いことを隠すのは悪いこと。
そう黒ちゃんや影ちゃん、MZDに言われている。
私も、そうだよねって思ってる。
だけど、──────。
「出来る。黒神の行動パターンはある程度把握している」
「ほ、本当に、本当?絶対黒ちゃんに知られない?」
「大丈夫」
力強いジャックの声に、罪悪感が少し薄れる。
知られなければ、黒ちゃんに心配かけることもなく、そして私は外に出られる。
「お願い。私を外に連れてって」
「了解」
ジャックは私の手を取った。
私はその手に引き上げられ、立ち上がる。
◇
ジャックのやり方はいたって簡単。
まず、黒ちゃんにMZDが呼んでいたと伝える。
すると黒ちゃんはしぶしぶMZDの家に転移する。
黒ちゃんはいつも特定の部屋でしかMZDと話さないらしい。
それは、玄関から遠く、入るところを誰にも見られない部屋。
その間に、私たちは外に出ると言う作戦。
作戦はジャックの思い通りに上手くいった。
そして、私は、──────。
「外だあ!!」
TVの中の世界が目の前にある。
空と大地。
道路と建物。
人と人以外の生き物。
これが、本物の外。
MZDは好きで、黒ちゃんがあまり好きではない、世界。
「
、危ないから」
「うん?」
と言った瞬間、手を強く引かれ身体が浮いた。
後ろでは轟音が鳴り響いて、消えた。
「道は端を通る。塀は乗らない。猫を追いかけない。信号は青しか行ってはいけない。
って、MZDは俺にいつも言う」
「はーい」
ジャックは先程私から手を離した。
自由が戻ると、私は周りの物が気になってしょうがない。
「あ、あっち!綺麗!早く行こっ!」
「
、周りを確認して歩かないと…」
外がこんなに煌めいているなんて。
ここには様々な生き物がいて、目まぐるしく行き交っている。
この世界には、変化がある。
雲が流れ、風が髪を揺らし、太陽が煌煌と肌を焼く。
こんなの、お家の中には無かった。
黒ちゃんの作る空間にも、こんなに生き生きとした感じはなかった。
これが、本物。
これが、世界。
これが、──────夢
「駄目だ。もう黒神が気づく」
「え、もう?」
まだ、後ろにMZDの家が見える程しか進んでない。
「時間がない。急ぐぞ」
手を取られ、元来た道を走る。
左右の景色が後ろへ後ろへと流れていく。
後ろ髪を引かれる。
けれど、ジャックに手を引かれる先が、私の現実なのだ。
「俺が先に様子を見る。合図したら来い」
「わかった」
MZDの家の庭。
植物の多い庭だから、隠れるのは簡単だ。
木の陰からこっそりと窓を覗き込むと、ジャックとMZDが何か話しているのが見えた。
MZDは何やら驚いた表情をしていたが、すぐにいつもの顔になり、頷いている。
黒ちゃんと比較するとMZDは挙動で何を思っているかわかりやすい。
MZDがジャックと離れた。窓から二人が消える。
すると玄関からジャックが見えた。
「大丈夫、おいで」
手招きに従い、私は見慣れた家の中に入った。
「庭で遊んでたって言った。何か聞かれても合わせて」
「わかった」
あとは黒ちゃんだ。
いつもの扉へ行けば、黒ちゃんちの玄関に通じる。
玄関は黒ちゃんのデスクの真横で、しかも黒ちゃんは全くと言っていいほど動かない。
普通に帰ったら、何をしていたのか聞かれる。
その時、どう言えばいいのだろう。
ジャックがなんとかしてくれるのかな?
「
!どこだ!!」
え、黒ちゃんに知られてしまった!?
だって、まだ本当に短い時間なのに!?
「
!!」
闇よりも深く暗い瞳が私を見た。
「
!」
安堵の声とともに、勢いよく抱き締められる。
強く、身体が軋むほど。
痛い。
けど、痛いのはそっちじゃない。
「良かった…。どこかに消えてしまったのかと思った」
「ちょっとこっちの家に来ただけ…」
ちくりちくりと、痛む。
「それなら、言ってからにしてくれ。心配するだろう?」
「うん…」
ちくりちくりと、増えていく痛み。
「でも良かった。俺はてっきり外に飛び出したのかと思ったぞ」
「う、うん…」
何度も何度も針が刺さる。
黒ちゃんが優しく撫でてくれるのに、それが突き刺さって痛い。
こんなに心配してくれる人に、私は何をしているんだろう。
嘘を吐くって、誤魔化すって、辛いことなんだ。
「あのね」
「ん?どうした?」
「あの…」
「そんなに怖がらなくても、俺は怒ってない。動揺しただけだ」
「そうじゃなくて」
言おう。
こんなに苦しいなら言ってしまった方がいい。
教えられていた通り、嘘なんて吐いちゃ駄目だったんだ。
嘘を吐けばなんとかなるなんて、思ってはいけないことだったんだ。
「私、さっき、外に出たの」
頭を撫でている手がピタリと止まる。
怒ってる…のだろうか。
「駄目って言われてたけど、どうしても行きたかったの」
黒ちゃんは何も言わない。
それを待ってる間にも心臓が壊れてしまいそうだ。
─────────怖い。
「違うんだ黒神!
は悪くない。俺が連れ出したんだ!」
今まで黙っていたジャックが慌てて言った。
私はそれを覆うように言葉を重ねる。
「違うの!ジャックは私のお願いを聞いてくれただけで、悪いのは私なの」
「
じゃない。悪いのは俺だから」
「ううん。私が悪かっただけなの」
「黙れ」
私たちは口を噤んだ。
氷の刃を思わせるその言葉は初めての、黒ちゃんからの攻撃だった。
「どちらかなんてどうでもいい。そんなことより、
お前ら二人は俺が気づかなければそれでいいと思ったのか」
そうだ。
そうなのだ。
でも、そう言えない。
そんなこと言ったら、もっと怒られる。
怖い。でも、嘘を言うのも怖い。
「俺は
の希望を優先した。この辺なら大丈夫だと判断した」
ジャックが先に言ったことで、私もそれを追うようにして言った。
「私は…外に行けることで頭がいっぱいで。そればっかりで…その、ごめんなさい」
未だに抱きしめられている私は、黒ちゃんの表情がわからない。
ジャックのこともわからない。
黒ちゃんはずっと黙っている。
ずっと。
どうしよう、どうしよう。どうしよう、どうしよう。
その五文字がぐるぐる頭を巡っていると、黒ちゃんが私をトン…と突き放した。
その顔は見えない。
「MZD…あとは任せた」
黒い雫が黒ちゃんの身体から流れ、それらは床に落ちる。
どろどろと黒ちゃんが溶けていく。蝋燭のように。
黒ちゃんが消え、床には大きな水たまりが出来た。
それらは中心に向かって縮まり、やがて消えた。
ぱたんと、私とジャックは座り込んだ。
ようやくプレッシャーから解放された。
しかし、胸の痛みは続いている。
黒ちゃんに────嫌われてしまった。
「っふぇ…っ、…すん…ぐす…」
フローリングがにじんでいく。
黒ちゃんに嫌われてしまった。
嫌われた。
約束を守らないだけで、こんなに苦しいことになるなんて。
私、どうなるんだろう。
捨てられてしまうの?
これからずっと一人なの?
「っぅあ…ひっく…うぅ…うわぁ…」
「
…」
ジャックが心配そうに私を呼ぶ。
ジャックは悪くない。私のせいだ。気に病まないで欲しい。
そう言いたくても、上手く言葉が紡げず、首を横に振るしかできない。
頭の中には、黒ちゃんに怒られて辛いこと、捨てられるかもしれないと言う怖さが支配している。
「あーあ、
泣いてんじゃん」
似てるけど違う。
黒ちゃんの声じゃない。
「二人とも来い。こんな玄関先じゃなんだろ」
涙をぬぐいながら、MZDについて行く。
ジャックはチラチラ私を見る。
手を伸ばすと、しっかりと握ってくれた。
こんな時でも私のことを考えてくれるジャックに、申し訳なく思う。
「入んな。ここなら誰かに聞かれる心配もない」
MZDに通された部屋は、全てが白かった。
天井も、床も。まるでミニチュアになった私たちが白い箱に閉じ込められたよう。
MZDが指を鳴らすと、カーペットやローテーブル、ソファーなどが出現した。
「で、オレに任されたわけだけれども」
三人掛けソファーの真ん中に座ってMZDが言う。
私たちは所在なく立っている。
「そーだなぁ。じゃあ、悪かったことは何だ?一人ずつ言ってみな、ほいジャック」
「
を泣かせたこと。
でも、外へ連れ出したことは悪いと思わない。
他の人間は普通に外に出てることは
だって行っても良い、はず」
最後は自信がないのか眼をそらした。
誤魔化そうとしたことを悪いと思っていないのは正直驚いた。
「なるほどな。
は?」
突然の指名にビクついた。
「大丈夫。絶対怒らねぇから」
怖くてジャックを見る。
頷いたジャックは、少し強く手を握った。
私は恐る恐るMZDを見た。
「私は…約束を破ったことは悪いと思う。嘘を吐こうとしたことも。
そのせいで黒ちゃんに心配させたり、怒らせたり、したんだし…」
また視界が歪む。
目の前のMZDが霞んでく。
「だから…だかっ……っう」
「
、こっちおいで」
ジャックの手を離し、MZDに手を伸ばした。
MZDは自身の膝に私を乗せ、抱きしめる。
とんとんと優しく背中を撫でられて、更に涙が零れる。
それは、こんな私に優しくしてくれるから。
それと、その撫で方が黒ちゃんとは違うから。
「よしよし、大丈夫だ。黒神に怒られてショックだったのか?」
頷く。
私はまた嗚咽で上手く言えなかった。
「あいつもしょげてるさ。
に怒りたいわけじゃないから」
「…ねぇ、…す、…すて…」
MZDは遮ることなく私が話すのを待ってくれる。
私はこみ上げてくる嗚咽を出来るだけ抑えて言った。
「わた、すてられちゃ…の?」
漸く他人が理解できる言葉を吐いた途端、抱擁する腕に力が込められた。
苦しい。
「馬鹿を言うな」
こんなに強く抱きしめられるのは、今日は二度目だ。
どちらも、悲しい痛み。
「オレ達は絶対にそんなことしない。オレ達はずっと一緒だ」
「で、も、…私、…きらわれ、ちゃっ」
「だから!オレもアイツもお前を嫌うなんて絶対に有り得ない!」
でも…と思う。
「俺も
が好きだから、嫌いにならない」
ジャックがいつの間にか、隣にいた。
「友達だって、
も言った」
「ジャック…」
ジャックは口の端を少し上げた。
「私もジャックのこと好き。お友達だもん」
ジャックの優しさが、身に染みる。
「オレも、
のこと大好きだぞ!勿論黒神も」
「ほんと?」
「当たり前だろ。オレにとっては
も大事な家族だ」
家族────。
「じゃあ、どっちがお父さんなんだろうね?」
「オレかな☆」
「黒ちゃんは何になるの?」
「可愛い黒猫」
「黒神は猫だったのか?」
MZDとジャックの話に耳を傾けながら、私は考えていた。
MZDと黒ちゃんは正真正銘兄弟で、唯一無二の家族だ。
でも、私は、違う。
私だけが、他人。
私は家族の記憶はない。
ついでに言うと、いつ黒ちゃんと住み始めたのかも覚えてない。
そのせいだろう、たまに、私は寂しくなる。
得体のしれない不安が自分を包む。
「
はオレ達の子どもかな。それともオレの奥さんがいいか?」
「なんか…嫌だ。それは、違う」
「なーに不機嫌になってんだよ。
はどうがいい?」
「え、どうだろう…?でも、指輪あるからMZDは奥さんいるんじゃないの?」
「MZDは指輪なんてつけてたのか?」
「え、あぁ、昔な」
「ふうん。武器にでも使ってたのか」
「お前らじゃねぇんだから。オレは平和主義なの」
黒ちゃんも指輪してた気がするんだけど…あまり覚えてない。
どうだったっけ。最近はつけてないと思う。
「二人とも元気出てきたな」
MZDが言った。
「オレはさ、二人のどっちが悪いとか思わない。
原因は突き詰めれば、オレ達だと思う」
「どういうこと?」
MZDはにこにことする。
そして、何も言わない。
「二人とも自分の中で反省した方がいいと思う点があるだろ。後は、この次どうするかだ」
示し合わせたわけでもないのに、私とジャックと顔を見合わせた。
「
、ごめん。もう無理はしない。次はもっと上手くやる」
「ありがと。でもその気持ちだけでいいや」
私はジャックとは違う見解だ。
「私はやっぱり相手を騙そうとするっていうのがよくないと思う。
私も苦しいし、相手も苦しい気持ちにさせちゃうから…。
だから、もう次からしない。外は行かない」
折角ジャックが外に連れて行ってくれたというのに、私の中の外の景色はすっかり褪せていた。
結局望みを叶えても罪悪感という泥にまみれてしまえば、もう綺麗には見えない。
「外出については、オレがもう少し交渉してやるよ。
まぁでも、ジャックはよくやってくれたよ。
本当、感謝してるよ」
「なんでだ」
「まぁ、色々あんのよ」
また誤魔化した。
こういうことは、黒ちゃんもMZDもよくする。
私が子供だから教えてくれないのだろうかと、いつも思う。
「
。何をすべきか、ちゃんとわかってるか」
「うん。黒ちゃんに謝ってくる」
「そうだ。悪いと思ったなら、しっかり謝らないとな」
MZDが指を鳴らすと、部屋の中に虹色に輝く扉が出現した。
解放された私は、MZDの膝から飛び降りる。
「行ってきな」
「うん!MZD、今日はいっぱいありがとう!」
「おう。気にすんな」
「ジャック、一緒に怒られることになってごめんね。次はもう無理言わないから」
「いや、俺が悪かった。次はもう
を泣かせないから」
私は二人に手を振って、眩い輝きの中へと進んだ。
◇
全てのものに隔てられた黒神宅。
「げほっ、がはっ…」
黒神は嘔吐していた。
何度も。何度も。
胃の中に残留物は、もうない。
それでも、胃液だけが喉元から吐き出される。
「マスター!!」
扉の向こうでは黒神の影が呼びかけている。
黒神は目じりに涙を浮かべて、口元をぬぐった。
流水音が響き、扉から黒神が出てくる。
駆け寄る影を制止し、洗面所で口をゆすぐ。
「マスター…」
「大丈夫だ」
「デスガ」
「いいんだ!!」
怒号に影は怯んだ。
黒神は手を濯いぎなら、呟く。
「…悪いのは俺だからな」
(12/01/27)