第19話-ずるい-

ここは暗殺集団の上に立つ、高位魔族ヴィルヘルムの城。
本来この城はヴィルヘルムのみが居住しており、普段は静かな城である。
偶に絶叫や衝撃音がするが、基本的に広いこの城は静まり返っている。

「また貴様は油断しておって」
「す、すいません……」

最近は夕暮れ時に人間の子供が一人、ほぼ毎日この城に訪れる。
それにより、この城もほんの少しだけ活気付くようになった。

「いつになれば洗練されるというのだ人間!」
「そう言われましても、別にヴィルのためにしてるわけじゃないので……」
「全く腹立たしい」

そう言ってヴィルヘルムはに魔術を打つが、当たる直前にそれは消滅する。
は悪戯をした子供のように小さく舌を出した。
ただ力を受け流すだけでなく、全て消滅させているのは、なりの配慮である。
ヴィルヘルムの城が壊れないようにと。

「小賢しい。こういうことだけは上達するのだな」

苛立つ様子を見せるヴィルヘルムの言葉を、遮るようには言う。

「お疲れでしょうし、紅茶をお持ちしましょうか」
「早くしろ」
「はい」

は笑顔で返事をすると姿を消した。暫くしてトレイを持ってやってくる。
その上には当たり前のように二人分のカップ。
一つをヴィルヘルムの前に差し出すと、その向かいに一つ置いた。
その前に置かれている椅子を引いて座る。
ヴィルヘルムはそれを一瞥すると、被り物を背中の方へ落とすとの淹れた紅茶を一口飲む。
ゆっくりと、カップをソーサーの上に置いた。

「貴様は戦闘に関係ないものばかり上達するんだな」
「良かった……。気にいってもらって」
「こんなところで喜んでどうする。さっさと戦闘技術をなんとかしろ」

文句を言いながらも、ヴィルヘルムは再度紅茶に口をつける。
はにこにこと小言を聞きながら、香り立つ深いオレンジ色の液体を同じように口に含む。
チクチクとした小言も、鼻腔をくすぐる香りに包まれれば柔らかいものへと変わる。

「貴様の育成には骨が折れる」
「ごめんなさい。で、でも、少しは上達」
「殆どしておらん。貴様のメンタル面の強化が遅すぎる。力の発展性もまだまだだ」
「何が悪いんでしょう?」
「まずは敵に対して容赦をなくせ。そのせいで力の幅が狭まっているのだ」
「そんなこと出来ません。魔界の住民がいなくなっちゃいますよ」
「どうせすぐ増える」
「(なんでこんな軽く考えるんだろ)」

とヴィルヘルムの付き合いはまだまだ浅い。
そのせいか、はヴィルヘルムの言葉を理解できないことが多々ある。
特に生命に対する考えについての意見は、双方交わることがない。

「そういえば、魔族ってどうやって増えるんです?」
「子を成せば増える。当たり前だろう」
「どうやって?」
「人間と変わらん。雌雄同体の者や魔力で生み出すものもいるがな」
「魔族も結婚ってするんですね!凄い!」

無邪気な反応を見せるに、ヴィルヘルムは溜息をついた。

「……貴様は本当にものを知らんな」
「違うの?」
「死神にでも聞け」

面倒な、とばかりに紅茶を一口飲んで打ち切る。
するとは今度は違う質問をぶつけた。

「じゃあ、ヴィルも魔族のお父さんとかお母さんとかいるの?」
「存在しない。私は特殊な経緯を辿っているからな」
「どんな経緯ですか?」
「何故私が貴様如きに話さねばならんのだ」
「(けち)」

は頬を膨らませた。だがそんな抗議はヴィルヘルムに一切通用しない。

「貴様こそどうなっている。神のとこに転がりこむのは並大抵の運ではない」
「前も言ったけど、昔の記憶ないから……わからない。
 親がいるのかいないのか、私は本当に人間なのか、それすら知らない。
 でも確かに不思議だよね。世の中に居る孤児が全員二人と住めるってわけでもないし。
 それなのに、なんで私が二人と一緒にいるんだろ」
「質問しているのは私だ」

は唸りながら口元に手を当てる。
しばらくして「やっぱりわかんないや」と言って困ったように笑った。

「今度調べてみる。戦闘以外でもこの力を有効に使わなくちゃね。練習練習」
「貴様は戦闘と私への魔力供給にだけ特化していればいいのだ」
「じゃあ、もう紅茶頑張らない」

ぷいっと、顔を背けた。紅茶をすすりながらヴィルヘルムは言い放つ。

「日々向上しろ」
「戦闘以外でも私を利用するんだね」

そんなヴィルヘルムを楽しそうに笑ってる
不機嫌そうにしながらも、ヴィルヘルムはの淹れた紅茶を手に取る。
普段どんなに文句を言おうとも、これだけはもう文句を言わない。
は優雅に紅茶を飲むヴィルヘルムをじっと見ていた。
じんわりと心に滲んでくる、紅茶のように温かな気持ち。

二人は静かにティータイムを過ごした。
そのうち水面に波紋が広がるように、二人の時間に変化が訪れる。

「あ、ジャック!」
、来てたのか!」

二人の下に現れたジャックに向かっては駆け出す。
飛びつくと、ジャックはしっかりとを抱きとめる。

「最近ここに毎日来てるんだよ」
「そうなのか。俺今までずっと外だった。が居るなら明日もここにいる」
「そしたら毎日会えるね!」

抱き合い微笑みあう二人を鬱陶しそうに見るヴィルヘルム。
二人目掛けて魔術を放つが、それに気付いたによって無効化される。
ヴィルヘルムは顔をしかめた。

「騒ぐならここ以外にしろ」
「はーい。ジャックあっちいこ!」

は少し大きなジャックの手を引いて部屋から退出した。
再び静寂が部屋を支配する。

「……鬱陶しい。人間の子供の相手は頭痛がする」

ヴィルヘルムは被り物で顔を覆うと、すっと姿を消した。





「ごめんね。ちょっと避けてね」

の声かけに反応した小さな魔族たちが左右に避けて道を開ける。
左右びっしりと魔族に並ばれる中、二人は駆けて行く。

「まるでの家来だ」
「そんなつもりはないんだよ。確かに言うことは聞いてくれるけどさ」

手を引いてジャックを連れて行った場所は、ベッドがぽつんと置かれている部屋であった。
端に重々しいシックなチェストが一つ、小さな丸テーブルが一つ。
どれも使われている様子はなく表面には埃の層が出来ている。

「見て。たくさん服あったの!」

がベッドを指差した。その先には高級そうなドレスが何着も置かれている。

「凄いな」

ジャックとはベッドに乗った。軋んだ音が鳴り、膝の下から埃が噴出する。

「前見たときはなかったよね」
「依頼の報酬が現物支給だったのかもしれない」
「そっか。お金だけじゃないんだ」

柔らかな感触のドレスを指でなぞると、は部屋を見回した。

「あれ、あそこにも扉あったんだ」
「駄目だ」

扉に向かおうとするをジャックが制止する。

「その部屋はは入ってはいけない」
「どうして?」

は小首を傾げてジャックに向き合う。

「あの部屋はヴィルヘルム様が楽しむ時に使う。血が嫌なは見てはいけない」
「……そ、それは、見ない方がよさそうだね」

は思った。
この服は報酬ではなく、着ていた人物にヴィルヘルムが酷いことをしたのではと。
この服はその人の抜け殻なのではないかと。
背中にぞくりと冷たいものが這ったが、は首を振ってその考えを打ち消した。
ジャックの身体をベッドに押し、自分も同じく横になる。
埃が舞う中、二人は見つめあう。

「ジャック……」
……」

お互い名を呼び合うと二人は、同時に噴出して笑った。
そのまま手を伸ばして抱き合い、相手の身体に触れ合う。
指をしっかりと伸ばした掌でぴたりと、相手の形や感触を探る。

「ジャック……またやせた」
は……少し太った」
「え!?」

ジャックの腰に触れていたの手が止まる。

「腕、太くなった」
「……ショック」
「ごめん」
「ジャックは悪くないよ。ただ、知りたくなかったなって……」

はぁ、とは溜息をついた。

「沢山、は変わった」

ジャックは寝転ぶに馬乗りになった。
それをぽわんとした表情では見上げる。

「全然違う」

職業柄堅くなった指がのわたあめのように柔らかい頬を撫でた。
その指は首筋を辿り、肩を包んだ。

「この辺。なんだかがっちりしてきた」
「外出てるせいかな」
「でもまだまだ。は小さくてすぐに壊れてしまいそうだ」
「これでも、どんどん力に慣れてきたんだよ!」

得意気に言うを見ても、ジャックの表情は暗い。

「でも、ヴィルヘルム様と危ないことをするのは止めて欲しい。怪我するのはよくない」
「ジャックも同じだよ。怪我なんてしないで。危ないことしないでよ」

自身の肩を掴むジャックの腕に触れた。逞しい腕だがいくつも生傷がある。

「そんな約束は出来ない」
「私も無理。たまには失敗だってするもん」

お互いに眉尻を下げて、相手をいとおしむ。
人間同士の温かい体温が二人の身体を行き交うが、願いは届かない。

「……気をつけて」
「ジャックも……」

ジャックはの髪を梳き、はジャックの頬を撫でた。
二人は自分の思いを押し付けない。相手の考えを尊重しあう。
だから二人は、相手を信頼し、心の拠り所にしている。

「あと、ここも違う」

ジャックの手が、フリルに埋もれている胸に触れた。
五指が少しばかり柔肌につぷりと食い込む。

「前より少し柔ら」
「っや」

は不思議そうにしているジャックの手を剥がした。
それでも尚、ジャックは首をかしげている。

「そこは、駄目……。触られるの、恥ずかしいから」
「駄目なのか」
「よ、よくわかんないけど、変な感じがするの!」

先ほどまで白磁色であった顔を紅色に染め上げ、ジャックから顔を逸らす。
それを見たジャックが明らかな動揺を顔に映した。

「わかった。もう次はしない。ごめん」
「こっちこそごめんね。他の場所なら好きなだけ触っていいから」
「気をつける」

ジャックは目を伏せから降りた。
寝そべっているの隣にちょこんと座って、に尋ねる。

、俺はどうすれば、もっとと仲良くなれる?」
「十分仲良しじゃん」

小さく笑うだが、ジャックはぽつりと吐きだした。

「……上司の方がと仲良くしてた」
「毎日会ってるからね。でもそれだけかな。呆れられてばっかりだもん」
「ずるい。俺だって命令がなければ、と毎日いられるのに」
「私が毎日ここに来れば、ジャックと会える確率も上がるよ。前より沢山一緒にいられるよ」

そう言って宥めるが、ジャックはあまり納得している様子はない。
拗ねた姿はまるで年齢相応の子供である。

「何故ヴィルヘルム様はのこと、殺さずに相手をしているんだろう」
「私の持つ力は私が生きてないと利用できないから。それでだと思う」
「上司には隙を見せてはいけない。に興味を失った瞬間が危ない」
「ありがと。気をつけるよ」
「もし、何かあったら呼んで。を護るから」
「その時はよろしくね」

二人はそのままじゃれ合い続け、飽きれば他の部屋に行き、駆け回り、隠れたり。
の少ない体力が続く限り、お腹がすくまで動き続けた。





「お腹すいたし帰ろっかな……。ジャックも来る?ご飯一緒に食べよ」
「行く」
「じゃあ手貸して」

ジャックの手を握りは黒神の家へのリビングへと転移した。

おかえ、ってジャック?」

突然の訪問者に呆気にとられ、きょとんとした顔をする黒神。

「ただいま。影ちゃん、ジャックも一緒にご飯食べるの。間に合う?」
「エえ、勿論。まだ時間はありますからネ」

そう言うと影はキッチンへと引っ込み、作業を始めた。
ようやく黒神は我に返ったのか、二人の様子を見て言う。

「何処で遊んだか知らないが二人とも埃っぽいぞ。食べる前に風呂行ってこい」
「はーい」

はジャックを連れて洗面所の方へと行った。

「うわ、本当に埃だらけ。洗うからそのままジッとして」
「ん」

バスタブの中ではジャックの背後で膝立ちをして髪を洗ってやる。
目を瞑り大人しくのされるがままになるジャック。
二人は自身が纏っていたものを全て脱衣所に脱ぎ捨て、同じ風呂に入っている。

「流すよ」

ジャックが頷いたのを確認してから、は丁寧に髪を洗い流していく。
いつもは好き勝手に跳ねているジャックの髪も今はぺったりと身体に張り付いている。

「身体洗うのはこっちだからね」

ボディソープを指差すと、は自身の髪を洗う。
その様子をじっと見ているジャック。

「どうしたの?」

髪を洗い流し終え、ジャックの様子にようやく気付いたが尋ねた。

「やっぱり、の身体、俺と全然違う」
「だってジャックは男の子だもん」
「なんで違うんだ。同じ人間なのに」
「そうだよね……。なんでだろ。二人なら神様だし知ってるかもね」
「不思議だ」

ジャックは額へ眉を寄せ、の裸体をまじまじと観察する。
頭の先から細い首、小さな肩、控えめな胸、くびれのない腰、小さな臀部、細いがほどよく肉がついた足、くるりと指を丸めた足先。
そんなジャックには背を向けた。

「そんなに見られたら恥ずかしいよ!」
「ごめん」

素直に謝罪し、から視線を外した。
背を向けたまま、小さな声でが言う。

「……そんなに私のこと、変?」
「変?」

聞き返すと、はその理由を語りだした。

「私と同い年の人は、胸も大きくて背も高くて大人っぽい人ばっかり。
 なのに、私は……私だけは胸はないし、下着もキャミソールだけだし、背も低いし、子供で。
 だからジャックはさっきからジロジロ見てるの?」

の身体は年齢に反して子供である。第二次性徴の特徴が殆ど見られない。
小柄ではあるために分かりにくいが、女性らしい丸みやくびれといった特徴がない。
勿論子を成せるというサインである月に一回訪れるものもない。
大人に見られる特徴というものが一切ないのだ。

「俺は、他の奴等のことはわからない。でも、は変じゃない」
「本当?」

が顔だけちらりと見せると、ジャックがこくりと頷いた。
ふわりと力を抜いてが笑う。

「……ありがと。私凄く気にしてるの。
 なのに!!!何人も何回も私のことを小学生とか、胸がないとか、ちんちくりんとか」
、顔、怖い」

ぱっと、はいつものような表情に戻して笑った。

「ジャックはさ、いつもいつもいーっつも優しいね」
「ただ思ったことを言っているだけだ」
「凄いね。ジャックは」

微笑むを見て、ジャックは頬を緩ませた。

「さ、身体を洗って早く出よ」
「ああ。腹減った」
「そうだね」

二人はさっさと身体を洗い、泡を流し合っていると。

!!!!!」

何の声かけもなく、不躾に風呂場の扉を開けて黒神が叫んだ。
とジャックは何事かとそんな黒神を丸い目で見る。

「なっ!ふた!はだ!なん!どどどういうことだよ!!!!」

大人気なくぎゃんぎゃん叫ぶ黒神に、二人とも圧倒されている。
おずおずと、が言う。

「も、もう出るよ……?」
「なんで自身がそんな普通なんだよ!!は、はだ、裸をそんなに簡単に晒しちゃ駄目だ!!」
「あ、黒ちゃん、タオル欲しいの。あと、ジャックにTシャツ貸してあげて」
「え!?あぁ、もう!すぐ持ってくる!急ぐからもこれ以上身体を見せるな」

バタバタと床を蹴り上げて、黒神は去る。嵐のようだ。

「良いのか?あんな対応で」
「良いの。じゃないとお説教されちゃうから」

はもう普段通りに落ち着いている。
黒神が突然叫んだり、言葉を噛んだり、くるくると回りだしたりという奇行はにとっては見慣れたものであるからだ。
大抵の場合、はその行動理由がよくわからないため、話半分に聞くことが多い。

結局二人は黒神に注意を受け、三人で夕食を食べた。
ジャックは二人に比べて多めに取り分けられていたが、さらにおかわりを要求する。
影は自分の作るものを美味しそうに大量に食べるジャックを好み、嬉しそうによそった。

夕食後、二人は城内と同様子猫のようにじゃれつき、話して遊んだ。
たまに黒神も会話に入るが基本的には関せず、デスクに向かうばかり。
楽しそうにする二人を、何とも言えない、切なそうに、苦しそうに見ていた。
二人はそんなこと一片も知ることなく、会えなかった日々を埋め合わせるようにお互いの全て明かし合い確かめ合っていた。
二人の心身の交流はずっと続き、とうとうの就寝時間にまで及んだ。

「じゃあね、ジャック」
「また」

遊んでいる間に服は洗って乾かされており、ジャックは元の服装でMZDの家へ行った。
はヴィルヘルムの城に転移させることを提案したが、黒神が嫌がったためMZDに頼むことになったのだ。
ぱたんと玄関が閉まり、は大きな欠伸を一つした。
そこで、待ち構えていた黒神がを呼ぶ。期待を込めて。

、今日は休みだろ。だから、少し」
「ごめんね。凄く眠いの。遊び疲れちゃった……」
「そ、そっか……」
「おやすみなさい。また明日ね」

また大きな欠伸をし、さっさと寝る準備を整え、自室で寝てしまう
そのあまりの速さに、がっくりと肩を落とす黒神。
溶けたアイスのようにデスクにでろーんとデスクいっぱいに張り付く。

「はぁ……。今日は折角の休みだっつーのに、ジャックに取られた」
サンとジャックサン久しぶりだったようデスシ……」

影はおずおずと己のマスターではなく、とジャックをフォローする。

「ずるい。アイツが来るとはずっとそっちに付きっきりだ」

はぁと大きく息を吐き、頬杖をつく。

「今日なんて二人で風呂入りやがって。の裸ばっちり見てんじゃねぇかよ。
 しかもも拒否してねぇしよ。止めた俺の方がおかしいみたいな空気だしよ。
 確かには少女体型だけど、だからと言ってみだりに肌晒すのは駄目だろ、そう思わねぇ?」

の何もかも、誰にも、少しだってやりたくはない。
だが、ジャックの扱いには細心の注意を払わなければ、の気をとことん損ねるだろう。
だから黒神は、ジャックに今回のことを簡単に注意することしか出来なかった。
にも上手く言えなかった。何も知らないに自分の心配は察せられることはない。
黒神だけが驚き、焦り、嘆き、怒るのだ。まるで道化のようである。

サンはジャックサンもマスターやMZD様と同様近い存在と見ていますカラ。
 肌を晒すことに羞恥心を感じられないのでショウ」
「やっかいな……」











!」

まだ一時間目前。
生徒たちは眠そうに、または部活の朝練でダルそうにしている中、サイバーだけははつらつとしている。
呼びかけられたも他生徒と同様とろんとした目で、サイバーを見つめた。

「ギャンブラーの新作ガチャ!出たんだよ!!!」
「嘘!?本当!?」

皿のように目を丸くし、頬が上気していく。
それを見たサイバーも先ほどよりも目を輝かせた。

「偶々駄菓子屋見てたら出てたんだよ!!には絶対言わねぇとって思ってさ!」
「行く行く!教えて!それってどこにあるの」
「放課後一緒に行こうぜ!」

が満面の笑みを浮かべて頷こうとした。その時。

「ちょっと待ったぁ!!オレも連れてけ!」

別のクラスから急いで来たのか、若干息を乱しているニッキーが二人の間に割り込む。
二人は突然の訪問者の申し出に嫌そうに顔をしかめた。

「お前もぉ~?」
「ニッキーいっつもアニメなんて、って言うじゃん」
「お前らオレのことそんなに嫌いかよ!」

あまりにもニッキーが意見を曲げないため、最終的には二人とも折れ共に行くことになった。
更に丁度暇であるということで、リュータとサユリも同行することに決まった。
この二人は、この三人という組み合わせが不安だからという、保護者視点での付き添いである。
現に興奮し騒ぐとサイバーに、ニッキーが無理やり入ろうとして入れないでいる様子を、呆れながらも見守っていた。







そして、放課後。

「きゃぁああ!本当だぁ!!」
「オレ見つけたからオレ先だぜ!」
「何かな。何が出るかな」
「うっしゃ、一個目トオルさん。幸先いいぜ」
「次!私する!」

昔ながらの小さな駄菓子屋の入り口にある三台のガチャガチャ。
そのうちの一台を、身体が成熟しきった高校生と、小学生サイズの高校生が占領している。
財布から百円を取り出して投入しては、喜びに咽び、悔しさに肩を落とす。

「よくもまぁ、あれほど燃えられるもんだぜ」

ニッキーは先ほど駄菓子屋前の自販機で買った缶ジュース飲みながら二人の様子に呆れていた。

「二人に無理についてきたのはお前じゃん」
「そりゃ、ちゃんとサイバー二人きりにさせるわけにいかねぇだろ。
 万一脱童貞したらムカツクし」

あまりに勝手な言い分にリュータもサユリも苦笑をもらした。

「にしても、駄菓子屋なんて久しぶりだぜ。小学生ぶり?」
「私、こういうの好き。小さくて甘いの」

そう言って手に取ったのは、笛ガムやチロルチョコなど。

「ジュースとセットを考えるとさ、俺はやっぱ辛い方がいいな」
「ふうん。オレだったらスナック全般を炭酸で流し込むのが一番だな」
「それいいよな」

三人はどの駄菓子がいいか、どんなものが好きか、どう食べるのがいいかを話しながらいくつか購入する。
他人の意見を聞いて新たな発見をしたり、昔と変わらぬ味に懐かしみ、過去の記憶を呼び起こしたり。
そんなノスタルジックな気持ちに浸る中。

「うぉっしゃぁああ!シークレット!!!!」
「アイツマジうっせーな」

折角の気分を害されニッキーが毒づく。

「ずるい!!凄いけどずるい!!ずーるーいー!!」
ちゃんは可愛いからいいけど」
「お前……徹底しすぎだろ。まぁ、アレ見てるとその気持ちも分かるけどさ。
 本物の小学生見てるみたいで」

先ほどまでは誰もいなかったというのに、いつのまにやら近所の小学生がやってきて、ガチャガチャに精を出す二人を囲み一緒に楽しんでいる。
その群の中で高校生のサイバーは一際目立つが、は完全に溶け込んでいた。

「あれで同い年とかマジウケる」
「ちょっと。さん気にしてるんだから」

小さく噴出すニッキーをサユリは諌める。

「でもさ、なんであんなに小さいんだろうな。両親とも小っこいのかな」
「黒神もMZDも餓鬼だし丁度いいんじゃん?」

その答えに、二人は疑問符を浮かべる。
MZDは小さいけれど、黒神は大きくなかったではなかろうかと。
二人の様子に気付いたニッキーは自身が会った少年サイズの黒神を教えると、二人は納得した。
なんだ、黒神もMZDと同じサイズだったのかと。

「もーー!!シークレット当たんないし!!」

悔しそうにするがリュータに近づいた。

「おー、おつか、っうおっと!」

背後に回ったが突然リュータの膝裏を自身の膝をぶつける。
身長差が大きいため若干場所がズレてしまったが、リュータはバランスを崩した。

「さっきの。聞こえてたんだからね。ニッキーもだよ!」

目当ての物が当たらなかったことがあってか、はご機嫌斜めである。
小さな口をへの字に曲げてふいっと顔を背けた。

「はいはい。ちゃんは怒っても可愛いねー」

ニッキーは両手で頭を荒々しく撫でる。

「やめてー。ぐちゃぐちゃなるー」








そして帰り道。
上機嫌なサイバーとは対照的に未だに悔しげな

「オレ、完全コンプ!羨ましいだろ!」
「……いいもん、別の場所でまたするもん」

駄菓子屋からずっと下の方ばかり見ているが、突如ふっと後ろを振り返った。
どうしたのかと、リュータが尋ねると、小さな声でが漏らす。

「今、御主人様」
「「御主人様!?」」

誰も聞き逃さなかったのか、全員がその発言に驚きを隠せなかった。
はしまったと後悔を顔に滲ませる。

「え、あ、ちが、あだ名みたいなもので」
「オレも今度からそう呼んでくれよ!メイド服は探してやっから」
「絶対呼ばないから!」

それを皮切りにニッキーが暴走し、自分の妄想や理想を垂れ流していく。
そのお陰で、の発言は流されていった。
止まぬマシンガントークを適当に流し、しばらく経ってリュータが思い出したように言った。

「俺さちょっとコンビニ寄っていい?」

全員がそれについていく。しかしだけは。

「外で待ってる。いなくても気にしないで、すぐ戻るから」













「やっぱり……ヴィルだったんだね」

建物と建物の間の細い通路に、通りを背にしてが言った。
怪しげな被り物を被った男が小さく笑う。

「見させてもらったが、そこそこ人間らしかったぞ」
「そりゃ、まぁ。一応、人間だもん」

は連れ去られる時以外でヴィルヘルムと街で出会ったことがない。
それなのに今ここにヴィルヘルムがいる理由を考え、頭を下げた。

「ごめん。今日は行けないって言えば良かったね」
「私は貴様如きを待ってなどいない。しかし、人間のくせに身勝手な奴め」
「(やっぱ待っててくれてたんだ)
 御主人様ごめんなさい。次はちゃんと言ってからにする」
「全く」

呆れた様子のヴィルヘルムに、は何度も謝罪を繰り返す。
最終的にしつこいと一喝された。

「そんな暇があればさっさと強くなればいいものを」
「そいつ……誰?」

予想だにしていない声の主には小さく飛び跳ねた。
一方ヴィルヘルムは既知であったのか、その方を見もしない。
言葉を濁し、言いよどむに「上手く言っておけ」耳打ちしてその場から消えた。

「なぁ、誰だよ」

ニッキーは単純な好奇心からの発言とは思えない、強い口調でを問い詰める。
向き合ったは動揺しつつも、本当のことを言った。

「次のパーティーに出る人なの。だから詳しくは言えない」
「なんだ、そういうことかよ。やっぱ情報早ぇんだな」

先ほどとは打って変わって、ほっとした様子を見せた。
二人は暗い影から、明るい通りの方へと戻っていく。

「でもさ、あいつすっげー怪しかったな。あれなに、仮装?」
「そ、そういう人なの」
「なんかさ。ちゃんアイツといい雰囲気つーか、親しいつーか」
「ん、うん、まぁ」

どの答えも要領を得ない。
ニッキーが何を言おうと、は「うん」と「まぁ」と言った言葉で曖昧にかわしていく。
それでもニッキーはにこにことしている。けれど。

「御主人様って何?なんであの変な奴にそんなこと言うわけ?」

笑ってはいるのに、どこか歪んでいる。
より問い詰める口調にはたじろいだ。
視点が定まらないまま、重い口を開く。

「……前、私あの人にさらわれて……それで」
「はぁああ?意味わかんねぇ……。なんでそんな奴と仲良いんだよ」
「色々あって」
「……お前、誤魔化すばっかりじゃね?」

一層低くなったトーン。
ニッキーの様子に怯えていただったが、何かを感じたのかつっけんどんに言い返す。

「……どうせ、私は何言っても変だもん。しょうがないじゃん」
「ああ変だよ。悪ぃけどオレはいたって普通の人間だし」
「だから、私も言わないようにしてるんじゃん。
 力のことは知られちゃったけど、きっとわかってもらえないから、ろくに話してないし」
「馬鹿じゃねぇの。そんなのわかるわけねぇじゃん」

沈黙。
の勢いはすっかりなくなり、瞳を潤ませた。
震えを必死に押さえつけて、蚊の鳴くような声で訴えた。

「ごめんなさい……。もう二度と普通じゃないこと言わないから、そんなに怒らないで……」

今にも泣きだしてしまいそうな様子に、ぎょっとしたニッキーは慌てて言った。

「あーもう!違うって!!ちゃんの鈍感」

それでも顔を上げもしないに急いで言葉を連ねる。

「逆だよ。逆。そりゃオレはサイバーの奴とは違ってリアリストだよ。
 言っても無駄って思われてもしょうがねぇかもしんねぇけどさ。
 けどこんなオレでも、ちゃんが言うならそれ全部信じてやるくらいは出来るんだぜ?
 なのに、ちゃんは何も言ってくれねぇしよ。
 教えてもらえねぇのに、そりゃわかってやれるわけねぇじゃん。そうだろ?」

口元をきゅっと結んだが上目遣いでニッキーを伺う。
ばつの悪そうにニッキーは言った。

「悪かったよ……ちょっとカチンときちまって。
 だから、そんな顔すんなって。潤んだちゃんも可愛いけど。
 そうだよ、これって珍しんじゃね!!やっべ、得した!」

元の「ニッキー」に戻っていくことで、の涙が完全に消える。
ニュートラルな状態から呆れてやさぐれたようになった過程を見て、ニッキーは胸を撫で下ろした。

「ごめんな。きつく言うつもりはなかったんだけど。つい」

ぶんぶんとは首を振る。

「私こそごめんなさい。受け入れてもらえないの、怖くて。
 だから、本当のこと言うことができなくて。誤魔化して」
「毎度ボカされてるほうが傷つくっての。
 そりゃぶっとびすぎて理解できねぇってのもあるだろうけどさ、
 そういうもんだって受け入れてやんよ」

続けて「オレかっこよくね」と自画自賛をしだすニッキー。
は口を綺麗な弓形にして、笑みを浮かべた。

「……ありがと。私ちゃんとニッキーに話す。今度は力のことも全部話すの」
「そうそう。で。それをオレとちゃんの秘密ってことで」
「それはずるくね?オレにも教えてくれねぇとさ!」

いつの間にやらサイバーたちがいた。

がいないから探しに来てみりゃ、面白そうなこと話してんじゃん。
 何、力って?って実はスゲー奴なの」
「……っテメェはなんで、このタイミングで来んだYo!
 折角オレのハーレム計画が一歩前進したっつーのに!邪魔すんなよな!」

ぎゃんぎゃん騒ぐニッキーには目もくれず、へ向くサイバー。

、ギャンブラーZ二十八話を思い出してみ?」
「えっと、確か男の友達の話だよね。喧嘩するお話」
「そう!友達は信じろってトオルさん言ってたろ。
 だからさ、オレたちにも何でも言ってくれよ。
 ちなみにオレは、どんな突拍子もないことでも大歓迎だぜ。面白ぇから」

サイバーはの小さな手を握った。
突然の行動にはきょとんとしたが、次第に笑顔になる。

「わかった!私ちゃんと言うことにするー。全部言うの」
「そーそー。ヒーローとその仲間たちは、の味方だぜ」
「仲間たちてなんだよ……」
「まぁまぁ。さんが嬉しそうだからいいじゃない」

楽しそうにしている二人を優しげな眼差しでサユリは見る。
盛り上がる四人と少し外れて、面白くなさそうにするニッキー。

「オレが最初にちゃんに言ったのに……。
 アイツ全部かっさらいやがって。なんなのアイツ。マジずりーし」





(12/06/20)