黒の神の引率

「黒ちゃん!天使拾った!」

高校生にしては小さな体躯を持つ の背中に、小さな子供がいた。
それは太陽のように輝く髪を持つ女の子。
その背中には小さな羽根がぴこぴこと動いていた。





『黒の神の引率』





「元の場所に戻してきなさい!」

犬猫でも嫌なのに、まして人を拾ってくるなんて、何を考えているのだと机に向かっていた黒神は注意した。
しかし、 はそんな黒神からはくるりと身体の向きを変え、影へ言う。

「消毒!この子怪我してるの!」
「あらあら、それは大変デス」

影はすすっと救急箱を持ち出し、 は背負っていた少女をソファーに座らせた。
髪と同じ、金色の獅子のたてがみの様な輝きを持つ大きな瞳には涙がたまっていた。

「痛いと思うけど、もうちょっと我慢してね」

隣に座り優しく少女を撫でている間、影がせっせと出血した右の膝小僧を消毒し、絆創膏を貼った。

「わぁぁ、かわいい!」

患部に張られた絆創膏は、デフォルメされた動物が描かれていた。
少女は怪我をした膝を抱え、嬉しそうにそれを見ている。

「ソレハ、 サンが喜ぶようにと、マスターガ」
「それは言わなくていい!それよりも、二人とも俺の意向を完全無視するな」
「お姉ちゃんに、もやもやさん、ありがとう!え~っと、お名前は?」

黒神の言葉を遮り、羽の生えた少女は尋ねた。
思ったように事が進まず、黒神は溜息をついているが、 は気にせず自己紹介をする。

「私は 、こっちが影ちゃんで、あっちが黒ちゃん」
「はじめまして、 ちゃん、黒ちゃん、影ちゃん。ポエットだよ」
「初めまして。ポエットサン」

えへへと無邪気に笑うポエットに も影もにこりと返す。
ただ、黒神だけが複雑そうな顔でいる。

「……すまないが、俺のことは黒神と呼んでくれ。呼び捨てで構わないから」
「どうして? ちゃんは黒ちゃんなのに、ポエットは駄目なの?」
「駄目というか……その呼び名は……どうも 以外に呼ばれると」

黒神を呼ぶ者は少ない。その中でもあだ名で呼ぶのは のみである。
専用と化している呼び名を、初対面の者に使われるのは、黒神としてはあまり望ましくない。

しかし。

「だめ?ポエットも、黒ちゃんって呼びたいの……」

きらきらと輝く瞳が黒神を見ている。
身長差故に自然と上目遣いになっていて、更に小首まで傾げている。

「……判ったよ、好きに呼べ」
「ありがとう黒ちゃん!」
「良かったね。ポエットちゃん」
「……はぁ、調子が狂う」

黒神は首を振り、机の上の紙と向き合い始めた。
ポエットの相手を続けるのは、 と影。

「ポエットちゃんはどこから来たの?」
「ホワイトランドだよ。お空の上にあるのー」
「空……?どうやって行くの?」
「飛んでくの!ぴゅーんなのー」

純白の羽がぴこぴこと動くのを見て、 は黒神へ尋ねた。

「黒ちゃん、羽のない人間はどうやって行くの?」
「それ以前に、ホワイトランドは純粋な心の持ち主でなければ入れない。
  は……昔……外に出る前なら行けただろうが……」
「……そっか」

今の自分は純粋な心を持っていないという指摘に目を伏せる。
様子の変わった に気付いたポエットがその顔を覗き込んだ。

「今からいっしょに行けないの?」
「そうみたい」
「残念……。見て欲しいものいっぱいあるのに」
「ごめんね」

残念そうに肩を落とすポエットの頭を は撫でた。
考える素振りを見せていた黒神が、「しかし」と言葉を放つ。

「純粋とは言い難い俺やMZDでも入れるからな。もしかしたら なら行けるかもしれない」
「ほんとう!? ちゃんも、黒ちゃんもポエットと来てくれる?」
「絶対とは言い切れないがな。 は力を使わず、俺に任せてくれ」

黒神は の傍に来ると、手を引いて立たせ、そのまま抱きすくめた。

「……えっと、お前は一人で行けるよな?天使なんだから」
「ポエットも抱っこがいいなー。おんぶでもいいなー」

黒神の背中にはポエットが引っ付いている。
溜息をついて、黒神は言った。

「判ったよ。二人とも俺に掴ってろよ」











三人は一瞬でメルヘン王国の上空、ホワイトランドへとついた。

「わぁあああ!!!すっごく綺麗!!!」

三人の周囲には豊かな自然が広がっている。
地上とは違い、大きな花が鳥たちと話をしたり、歌を歌ったりしている。
彼らが立つ地面は、土ではなく雲のような柔らかな綿素材だ。

遠方を見れば城があり、花火が止め処なくあがっている。
雲の山から流れている川がある地点から天へと昇り、空と溶け合っていて、
そのせいか、上空では七色の魚が空を自由に泳ぎまわっている。

「ようこそ、ホワイトランドへ。だよ!」

白い綿の道の上で、ポエットはぴょんぴょんと跳ねた。
は一面に広がるホワイトランドの景色を、大きな目を更に広げて見回している。
綿の道の両側には草原が広がっており、 はそこでクローバーの前にしゃがんだ。
一つを手に取ると、はっと気付き、全てのクローバーに目を通す。

「黒ちゃん見て!ここって四葉のクローバーしかないよ!!」
「ホワイトランドの四葉は本当に幸福を呼ぶぞ」
ちゃん、おひとつどうぞ」

ポエットから摘まれた四葉を渡される。

「ありがとう」

は笑顔で受け取る。しかし、悩む素振りを見せた。

「家に一旦置いてこようかな……落としちゃいそう」
「貸してみな」

は黒神にクローバーを手渡す。
黒神は の右手の薬指を取ると、クローバーの茎を巻きつけた。

「花の方が綺麗なんだろうが」
「ううん。……ありがと」
「い、いや……」

黒神は の笑顔にはにかんだ。
ずっと笑顔を観賞したかった黒神だが、袖をくいくいと引かれ、そちらの方へ振り向いた。
すると、瞳を輝かせたポエットがにこにこと見ている。

「判ってるよ」

予想がついていたのか、黒神はすっと新たな四葉を引き抜くとポエットの右中指に指輪を作った。

「えへへ、おそろいだよー」
「お揃いだね」

にこにこと少女達は笑う。
二人はしゃがみこんで、シロツメクサで花輪の作成に取り掛かっている。
少し離れたところで、黒神と影はその様子を見守っていた。

「オ二人とも微笑ましいデスネ」
「……ああ」
「マスター?」
「なんだ?」
「い、イエ……」

影は黒神から視線を逸らした。
形容し難いくらいのいい笑顔を浮かべた黒神は、愛おしそうに を見ていた。
パチッと音を響かせ、黒神は指を鳴らす。
すると、 の服装は制服から普段着である、フリルの多いワンピースに変化した。

「こっちの方が可愛い」

少女たちとは別の意味で、黒神は楽しくてたまらなかった。
自分の中にある、 に対する理想の姿。
絵本の中に出てくる無邪気なお姫様を、ここホワイトランドでは現実に出来るのだから。











少女達は大自然の中、文字通り飛んだり跳ねたりして楽しんだ。

「遊んでたら、なんだかお腹がすいてきたよ」
「じゃあね、こっちなのー」

はポエットに手を引かれてついていく。
その後ろ、少し距離をあけて黒神と影が見守っている。

ポエットがつれてきたのは一部屋しかなさそうな家である。
それだけでも珍しいが、この家にはある特徴があった。

「ヘンゼルとグレーテルだ!!!」
「おかしの家なの~。美味しいんだよ」

ポエットはぽきりと、窓枠のチョコレートを折ると、口の中に放り込んだ。

「えっと……。食べてもいいの?なくなっちゃうよ」
「大丈夫だよ。明日にはまた新しいお家がたってるの」
「……わざわざ誰か建て直してたりするのかな」

が躊躇っている間にも、ポエットはもしゃもしゃと食べていく。
結局 もそれにつられてもしょもしょと食べる。

「美味しい……。
 それに窓だけでチョコレートにクッキーに、パウンドケーキが使われてる。
 これ作った人凄いよ。苦労しただろうな」
「はい、 ちゃん、あーん」

ポエットが差し出したクッキーの上には生クリームと白桃がのっている。

「っ。……美味しい」
「でしょ?」

にこにこと笑うポエットの前に、 はロールケーキの壁を剥がして差し出す。

「ポエットちゃんも、はい。あーん」
「ん~、おいしいの~」

二人はお互いに食べさせあい、美味しいと連呼している。
とポエットは影と黒神を呼んだが、二人は首を振って断った。
影は食べられないから、黒神は胃がもたれそうだからというのが理由である。

「せっかく美味しいのに……」
「一口!」

ぐいぐいっとポエットは黒神の前に突き出す。
黒神は一口だけならと、大人しく従った。

「うん。美味しいな」
「黒ちゃん、幸せになった?」

にこにことポエット。黒神もそれに微笑で答えた。

「ああ。するよ。これを作った奴が願ったとおり。幸せを与えてくれた」
「良かった!」

はしゃぐポエットの心が判らず、 は黒神に尋ねた。

「黒ちゃん、どういうこと?」
「ホワイトランドは入国も特殊だが、住民も特殊なんだ。
 誰もが地上の民の幸せを願い、幸せの種をまいている」
「ポエットもねー、みんなの幸せをおいのりするの。
 みーんなをたのしい気分にさせるのが、天使のおしごとなの!」
「ホワイトランドには天使以外も沢山いるが誰もが他人の幸せを願っている」
「……凄いんだね」

何かを考えているような を黒神は優しく撫でた。

「ここの住人だからこそ出来ることだ。普通は出来ない」
「ポエットもー!なでなでして!」

からするりと手を外し、ポエットの頭を撫でてやる。

「ポエット、こっちを向いてジッとしていろ」

手の中にハンカチを出し、クリームが付着した口元を黒神は丁寧に拭う。

「これで綺麗になった」
「黒ちゃん、ありがとー」
「手のかかる……。 どうした?」
「……べっつにー」

目を逸らしている に、黒神は何かを言おうとしたが、それはポエットにより遮られる。

「黒ちゃん、抱っこして!」
「背負う方がいいかな。後ろにまわりな」
「わーい」

黒神がしゃがむと、ポエットはその首に腕を回した。
脚の下に手をやると、軽々と黒神は持ち上げた。
背負われたポエットははしゃいでいる。

「ポエット、次はどこにいくんだ」
「次は…………ねむいの」
「いいよ。そのまま寝てな。俺もある程度はこの国を把握しているからなんとかなる」
「ほんとう?ポエット寝ちゃうよ?」
「大丈夫だ。おやすみ」
「うん……おやす…………」

電池が切れてしまったかのように、元気に動いていたポエットは停止した。
小さな寝息を立てている。

「寝ちゃったね」
「予想通りだ。遊んで食べるとくれば、寝るもんだ」
  も本当は眠いんだろ?いつもなら昼寝しているところだし、寝ていいぞ。
 背中はポエットいるから、膝を貸してやることくらいしか出来ないが」
「ううん。今日は私お姉ちゃんだから。我慢する」

黒神は小さな声をあげて驚いた。

「ポエットに言われて嬉しかったのか?」

頷く を撫でてやる。

「じゃあ、ポエットが起きるまで俺と話をして待とうか」
「うん」











「ん……あれ?」
「起きたか」
「ポエットちゃん、おはよー」

黒神の背中に張り付くポエットに、 は話しかけた。

「…… ちゃん。こっちは黒ちゃん、だっけ?」
「俺の背中にいながら俺を忘れんなよ……」

寝起きのせいか、意識がはっきりしないポエットであったが、
しばらくすると、持ち前の元気さを取り戻した。

「こんどはお城いこうよ!」
「え!?」
「え……」

嬉しそうにする と少し嫌そうな黒神。

「お城へはあっちだよ!しゃぼんだまに入るの!」
「え!しゃぼん玉に入れるの!」

ポエットが先導し、 は駆けて行った。

「全く、俺の意思は完全無視か」
サン大はしゃぎですね」

一人一人が、花から出ているシャボン玉の中に入る。
シャボン玉はふわりふわりと浮いて、直接城へと全員を運んだ。

「ヘンリーに会おうよ!」
「誰?」
「友達。ホワイトランドの王子様なんだよ!」

純白の城を、天使と人間(?)と、少し離れて神と影が、一列に移動していく。
これはホワイトランドでも珍しい組み合わせである。

目的の人物には、すぐに会うことが出来た。

「ポエット!……そちらの方々は」
ちゃんと、黒ちゃん、影ちゃん。地上のお友達なの」
「ん?そちらはMZDではないのか」
「違うよー。黒ちゃんは黒ちゃんだもんね」

黒神の腕に抱きついてポエットが言う。

「こら。お前はすぐに抱きついてきて」
「……」
「……」

二名ほど、複雑な顔で沈黙している。

ちゃんとヘンリーどうしたの?」
「な、んでもないよ!」
「ぼくもなんでもないぞっ!」
「ふふっ、これは困りましたネ。マスター」

全てを理解している影が、あらあらと笑った。

「俺はちょっと用があるから、三人で遊んできな」
「うん。 ちゃん、ヘンリー行こっ」

ポエットは とヘンリーの手を引き、全速力で走っていく。
それに必死についていく二人。

子供三人が消えると、一帯が途端に静かになった。

「……ふぅ。これで解決したろ」
「マスターも大変ですネ」
「子供の引率は難しい」

大きく伸びをしていると、躊躇いがちに近づいてくる者が。

「黒神さん?」
「……ああ、お前か」
「お久しぶりです」

挨拶と共に恭しく頭を下げた。

「随分久しいが、ちゃんと王をやれているのか?」
「あなたと会った頃よりは、成長しているつもりですよ」
「当たり前か」
「先程の少女は?」
「俺と住んでいる人間の子供だ」
「それはそれは。だからですか。あなたが変わったのは」

朗らかな笑みを浮かべる王。

「あの子の力ですか」
「……まあな」

小さくだが、黒神も笑みを見せる。

「あなたが幸せになれて何よりです」
「以前はすまなかったな」
「いえ、あなたの役目は承知しておりますから」

黒神は城の中庭に視線を移す。
城の中であるというのに、ホワイトランドの一般住民が和やかに過ごしている。

「ここの住民は変わらず他人の幸せばかりを考えているのか」
「ええ。それが私達の運命です。役割です。
 ……なんて、本当はただ好きでやっていることです」
「お前たちは、変わらないな」

楽しそうな住民達から黒神は目を逸らした。

「ホワイトランドは争いは一切なく、更には気候も安定しており平和ですから。
 他の世界の生物は厳しい中を生き抜いているのです。純粋な心を失おうと仕方がありません」
「判ってるけどな。でも、俺は憧れるよ。いつまでも純白の心を保つことを」

黒神は自分の傍にいる少女のことを思い起こした。

「私達のように平和慣れした者より、沢山傷を負った地上の方の方がお優しい方になれますよ。
 皮肉ですね。人々幸せを運ぶべく生まれた私たちは、結局地上の方に及ばないのです」
「それを知っていても、お前達は自分達の出来ることを精一杯しているのだろう?」
「ええ」
「お前達は凄いよ」

黒神は肩を竦めた。

二人はしばらくお互いの近況をぽつぽつと話し合った。
王は、自分の息子と妻のこと、このホワイトランドの未来のことを。
黒神は、世界の様子を、そして大部分は、 のことを。

笑顔で のことを話す、破壊を運命付けられた黒神を、温かい目で王は見ていた。










「お父さま!」

ヘンリーは大きく手を振り、王の元へと駆け寄った。
続いてポエットと が現れる。

「なんだ。お前達まだ遊んでていいんだぞ」
「黒ちゃん。もう門限過ぎてるよ?いいの?」
「もうそんな時間か!?なら帰ろう」
「えー、 ちゃんたち帰っちゃうの?」

眉尻を大きく下げて、ポエットが唇を突き出した。

「ごめんね。宿題全然終わってないんだ」
「そっか……。また遊んでくれる?」
「うん!」

は自分とポエットの小指を絡ませた。

「それじゃ、またね」

はゆるりと指を外した。

「また遊んでね。 ちゃん、黒ちゃん、影ちゃん」
「また来るといい。ぼくはいつでも城にいるぞ」

ポエットとヘンリーは手をぶんぶんと振った。

「じゃあな」
「失礼しマス」

を横抱きにした黒神に、王は伝えた。

「あなたの幸せが続きますよう、お祈りさせて頂きます」

二人と一影は、ホワイトランドを後にした。











家についた途端、黒神は を強く抱き締めた。

。今日はよく頑張ったな」
「なにを?」

黒神は の後頭部を撫で、髪を梳く。

「いっぱい、我慢してたろ」
「……」

黒神の言葉を皮切りに、 も黒神を抱き返した。

「ちゃんとお姉さん出来てた?」
「出来てたよ。ポエットの世話も出来てたし、
 俺がポエットに抱っこやおんぶをせがまれてても文句言わなかった」
「ポエットが嫌いじゃないんだよ!……でもね、ちょっと寂しかった」
「よく我慢できたな。偉いぞ」

黒神は優しく を撫でる。 は気持ちよさそうに声を漏らす。

「家では だけだ。 だけを撫でて、抱っこしてあげるからな」
「うん」

は黒神の腕の中、猫のように擦り寄った。
五指を滑らせ、黒神は少女への愛を伝えるのである。










黒神が にした、幸せの婚約指輪(予約)は、 が丁寧に押し花にし、
部屋の引き出しに大切に仕舞われている。
こうして、 の思い出がまた一つ増えた。





fin. (12/09/12)