「寄るなケダモノ!!」
「うっせ貧乳!Fカップになってから言いやがれ!」
この酷い暴言を吐くのはクラスメイトでなくともその名を知られている、ニッキーという奴だ。
エロ馬鹿で、とにかく話すこと全てがエロ、エロ、エロ!!!
汚らわしくてしょうがない。
胸のカップがどうの、体位がどうの、AV云々って頭おかしいのよ。
他の女子も、私と同じくニッキーを嫌っている。当然よね。
「アイツは気持ち悪すぎる。マジで……ない」
「私、着替え覗かれそうになった……」
「私なんて階段のとこでパンツ覗かれた」
「知ってる?ニッキーのせいで彼氏に変な性癖つけられたっていう……」
「その子たちは確か別れたんだっけ……」
「私、彼氏とニッキーが仲良くなって欲しくない。ていうか、同じ空気吸って欲しくない」
「「はぁ……」」
と、このように彼氏がいる者もいない者もニッキーは恐れの対象なのである。
私も積極的にも、そうでなくても関わりたくない。
クラスメイトだから必要とあらば仕方なく対応しなければならない時もあるが、
関わるのはそれだけにしたい。
それなのに、ある日のこと。
『どうしよう好きみたい』
「なぁ、一つ頼みたいことがあるんだ」
「嫌」
「そこを頼むよ!もう階段下からパンツ見ないし、パンツの色他の男子に教えねぇから!」
「はぁ!?最低!!!」
こ、こんな男がのさばってるなんておかしい!!!
これって、犯罪にならないの!?本当意味わかんない!!
「とにかく、アンタの頼みなんて聞きたくない。寄らないで。じゃ」
「待ってくれよ!」
「さりげなく手を触んな!」
面倒くさい。しかも触られるし、最低。変態菌がうつる。
「お前さ、今日ケーキが云々って話してたろ。ほら、いいとこ見つけたとかなんとか」
「そうだけど……。って何盗み聞きしてんのよ。変態」
こいつどこまでいっても最低なのね。
「その店教えて欲しいんだ!」
「お断り!!もう話しかけないで!」
こんな奴の相手なんてしてらないと、私は身を翻す。
「そこのケーキ一つ分でどうだ!」
何それ。ケーキ一つ分で教えろってこと?
「少なすぎでしょ」
「じゃあ二つ!」
「もう一声」
「くっ……四つ」
「のった!!」
ふふふ。ニッキー悔しがってる。いい気味。
「はぁ……オレの財布死んだな」
ニッキー判ってないだろうけど、あのお店のケーキって結構高いのよね。
大丈夫なのかな。まぁ、大丈夫じゃなかろうと絶対に買ってもらうけどね。
日ごろの恨みを晴らすいいチャンスだわ!
放課後、店を教えるためにニッキーなんかと一緒に行くことになった。
本当は横並びになんて歩きたくなんかないけど、しょうがない……。
ニッキーと一緒になんて、どうせセクハラ話しか聞かされないだろうし。
と、思ってたんだけど。
「な、なんであんま話さないのよ」
「っせーな。色々あんだよ……」
何故か言葉は少なげで、話しかけてもまともな返答しかされなかった。
どうしたというのか。雨とか飴とか降るんではなかろうかと思った。
けれど天気は快晴のまま。
「高っけーー!!!!」
「ちょっと!もうちょっと離れて叫んでよ!恥ずかしいじゃない!!」
やっぱりニッキーはこの店の値段設定を知らなかったようで、その価格に絶句していた。
結局一つだけ買って、私へ贈呈するはずのケーキは、今回は見送られまた後日買うという約束を取り付けた。
「で、このケーキどうするの。ニッキーって甘いの好きなんだっけ?」
「いや、オレあんな金出してケーキなんて欲しくねぇし……。人にあげるんだよ」
「ふうん。誰?」
店に着いたら別れようと思っていたが、私はそのままニッキーに着いていく。
あのニッキーがケーキを誰かにあげるなんて、やっぱり気になるし。
ここで弱味を握って、ニッキーをいいように使ってやる。
「別に……お前の知らない奴」
「ああ、そう」
知らないってことは他学年か、それともうちの学校の生徒じゃないのか。
「つか、いつまでついて来るんだよ。ちゃんと礼は金入ったらするって。安心しろよな」
「べっつにー。私の行きたい方向もこっちなの」
「どう考えても着いてくる気だろ!」
「なにそれ?しらなーい」
ニッキーは悔しそうに舌を打つ。
うふふふふ。自業自得よ。普段の行いがアンタは悪すぎるのよ。
「じゃあ、ぜってー大人しくしてろよ」
アンタより常識あるっつの。
そう思って何も話さなくなったニッキーを少し離れて追う。
ついたのは病院だった。
「お見舞いだったの?」
「あーそーだよ。だから静かにしろよ」
からかう為に着いてきたが、間違いだったかもしれないなんて今更思う。
誰のお見舞いだろう。親族の人とか私気まずいし。
さすがにニッキーの仕返しとはいえ、これはちょっとまずいかも。
ニッキーはもう何度も訪れているのか、迷うことなくさっさと歩いていく。
帰ろうか悩みながらも、私はその姿を追った。
エレベータを用いて上へ。
個室ばかりの階に到達した。嫌な予感がする。
「すぐ終わるから、ちょっと待ってろ」
そう言って私を談話スペースに置いていった。
ぽすんと座った私は、辺りを見回す。
看護婦さんが忙しそうに行き来していて、患者はあまりいない。
個室ってことは、病気が重いのだろうか。
それとも、お金があるから個室にしただけだろうか。
それによって、私の気まずい気持ちが大きく増減するだろう。
それにしても、まさかニッキーがケーキを渡したい相手が入院してる人なんて、本当予想外。
アイツのことだし、もしかして女の子かも、なーんて思ってたのに。
よくお見舞いしてるっぽいし、意外とニッキーってマメな性格なのかな。
普段はあんなに適当で、変態なのに。
「おーい、」
「面会終わったの?」
「ちげー。悪いけど来てくんね?」
「はぁ?!なんで!?」
「ケーキの店教えてくれたクラスメイトがいるつったら、会いたいって。
だから、あんま気負ったりせず、ちょっと会ってくんね?」
「う、うん。判った……」
全く知らない人と、しかも入院してる人と会うのって気まずい。
挨拶とか世間話しか絶対に出来ないし……。
失礼なことしても嫌だし……。
てか、ニッキーも断ってくれればいいのに。私と友達でもなんでもないんだから。
もし相手が私を友達だと思ってるんだったら、申し訳ないし。
私は気が進まないまま、513と書かれた扉を開いた。
「こんにちは、さん。あなたがお店を教えてくれたんですよね」
「え、ええ」
「わざわざ有難う御座います」
「い、いえ……」
予想外。本当マジで予想外。
513号室にいたのは、多分私と同じくらいの歳の女の子。
色白で儚げな黒髪の子。
「ニッキーさんこんなに可愛らしい方とお友達なんですね」
私とニッキーは思わず目を合わせた。
どうする、とりあえず、話を合わせるよ、いいんだよね。
って変な顔しないでよ!どうすりゃいいのか、リアクションとってよ!
「か、可愛らしいなんて、そんな。あなたの方がずっと綺麗ですよ!!」
とりあえず、誤魔化しておいた。
「いいえ。私なんて入院ばかりで、全然。どこも貧相で」
「そんなことねぇよ!ちゃんは滅茶苦茶可愛いって!」
「ニッキーさんっていっつも優しいですね」
「本当にそう思ってるんだっつの!」
微笑む姿はお淑やかで、可憐だった。
こんな子、私は今まで見たことない。
「っとさ、ちゃんケーキの感想聞かせてくれよ」
「そうですね。折角ニッキーさんから頂いた物ですもん」
引き出しから紙皿を出すと、そこにちょこんとケーキを乗っけた。
「あ、フォークがない……箸しか」
「ごめん。そこまで気回んなかった……」
「いえ、ニッキーさんのせいじゃないです」
この場でぽつんと場違い感をひしひしと感じている私の前で、
ケーキを箸で食べるという不思議な映像が目の前で流れていく。
ニッキーはそわそわしながら、って子の様子を見守っている。
「うん、美味しい。凄く美味しいですよ」
「良かった」
ニッキーはほっとしたのか柔らかい笑みを浮かべた。
「あの、有難う御座います」
その子の視線がニッキーから私に移る。
私は小さく笑みを浮かべた。
「気にいってもらえたようで良かったです。その店、今評判なんですよ」
「すごーい!さんはよくケーキを召し上がるんですか?」
「そうか……な。お小遣いが出たら、その日には絶対に行くし。
改めて振り返れば結構雑誌もチェックしてるかも」
「物知りですね」
この子はなんて屈託のない笑みを浮かべるのだろう。
ニッキーとは正反対。
「あっと、今日は家族が見舞いに来るんだったよな。オレたち、そろそろ行くよ」
「……もう、行っちゃうんですか?」
縋るような顔は、捨てられた子犬のようだ。
だが決して鬱陶しい感じはなく、素直に後ろ髪を引かれる。
する人によってこんなに違うものなのかと、私は驚いた。
「そんな顔すんなって。明日は授業早く終わるし、今日より長くいられるからさ」
「……はい。待ってますね」
私達は手を振り、病室を後にした。
黙ったまま病院を出て、私はニッキーに話しかける。
「あの子誰。親戚?」
「いいや。他人だけど」
「ニッキー、性格変わってて気持ち悪かった」
「しょうがねぇだろ。あの子の前で変なこと出来っかよ」
へー。アンタがそんなこと言うんだー。
そんなにあの子を特別扱いなんだー。
「あの子滅茶苦茶可愛かったね」
「だろ。まぁ、それだけじゃねぇけど」
何故かカチンとくる。
見た目だけじゃないって言うの?ニッキーが?
「今日、ありがとな。お前のお陰で喜んでもらえたし」
「べ、っつにー」
なんか調子狂う。あのニッキーからエロさが無くなればただの変人でしかない。
「あの子どしたの?アンタとは全然縁のなさそーだけど?」
「病院行って偶々見かけたんだよ。それで」
「で、お見舞い?」
「これでも毎日行ってんだぜ」
「なんでそこまでするの?」
「お前はさっきからなんでそんなにツンケンしてんだよ。意味わかんねぇ」
意味わかんないのは、アンタの方だっての。
だって、学校ではあんなに馬鹿しかやってないっていうのに、
知らないところでこんなことしてたの?
病弱な子のお見舞いしてあげて、喜ばせてあげて、
いつもみたいなエロ話も全然しないで、優しく接してて。
アンタ、誰よ。
「はぁ……しょうがねぇから教えてやる。
最初はただ可愛い子と知り合えてラッキーと思ってた。でも今は違う」
そこまで聞いたら、もう察してしまう。
「好きなの?」
「そーだよ。真面目に好きで悪いかよ」
「悪くは無いけど……」
気に入らない。
なんでコイツが?何が真面目に好きよ、わけわかんないし。
私の知ってるニッキーは、エロは世界を救うとか言ってる馬鹿。
社会のゴミと言っても過言ではないほど、他人に迷惑をかけている。
今までニッキーの気持ち悪さに泣いた女子は計り知れない。
パンツ見るし、初体験のことを聞くし、AVの内容をでかい声で話すし、女子なら誰もが嫌がるような奴。
それなのに、あの子の前では違った。
「どうせ、オレはあの子とつり合ってねぇよ。
超可愛いし、素直だし、すぐ壊れちまいそうで、たまに悲しそうだし……」
教室では男子とエロ馬鹿騒ぎばかりしているニッキーが、目を伏せる。
こんなとこ初めて見る。こんな顔するんだ……。
「オレは全然健康体だし、なかなかあの子のことわかってやれねぇけど、
出来るだけなんとかしてやりてぇんだよ」
決意を秘めた声でそう言った。
「知らねぇだろうけど、あの子笑うとマジ滅茶苦茶可愛いんだぜ。
オレの話をなんでもちゃんと聞いてくれる。
だから、オレもあの子が少しでも喜んでもらえるように頑張れんだよ」
愛の力ってすげー。はずかしー、といつものようにふざけたニッキーが言う。
でも、こんなのニッキーじゃない。
「……相当だね。そんなに好きなんだ」
「おうよ。だからちゃんとお前にも礼はすっからな。
今日も喜んでもらえてほっとしたぜー」
あんなに馬鹿で気持ち悪くて変態なのに、今のニッキーは普通。全くの普通。非の打ち所がないほど普通。
いや。普通よりも、寧ろ────。
「じゃ、オレあっちだから。じゃあな」
「け、ケーキ絶対忘れないでよ!」
「わーってるよ。今以上に太らせてやるぜ。おっぱいを」
「アンタいい加減にしないさいよ!!!」
奴は、私にはいつも通りのセクハラ発言をする。
それが何故か苦しくて、でも笑うニッキーに胸が高鳴って。
本当、意味わかんない。私、なんで。
なんで、あの子に一生懸命になってるニッキーを、
片思いをしているニッキーを、格好いいと思ってしまったんだろう。
途中から本気であの子のことを語るニッキーが嫌になって、
なんで私にはあんなにセクハラしかしないくせにって思って、
相手は病人だからきっと大変なのだろうに、何故か私はそんな人に嫉妬してて。
って、どうした私!!!!
ていうか性格悪すぎ!!ネチっこくて最低!!こんなのニッキー以下だし!!!
これからどうしよう……。
学校、行きたくないよ。早く元の"嫌い"に戻りたい。
(秘密の共有者となった私は、アイツとの普通の会話が増えた。でも、それは間引かなければいけない恋に水をやるという、実に愚かで苦しい行いだ)
fin.(12/08/27)