────はっとした。
ここはどこだろう。この部屋を、私は知らない。
ぱっと見た限り、生活感があって男性っぽい印象を受ける。
起き上がろうとすると、身体に違和感を感じた。何故だか思うように動かない。
唯一動いた首を動かしてみると、自分の身体が椅子に縛り付けられているのがわかった。
「は?なんなの!?」
あまりに非日常的な場面に私は焦った。
身体を激しく揺らしてみたが、かなりきつく縛られているようで私の拘束は解けそうにない。
動かせる部位は首と五指程度だ。手首から上を動かすことは出来ない。
これはもしかして────誘拐だろうか。
今の私は制服を着ているが、自分が拘束される前に何があったのかがよく思い出せない。
多分放課後にこんなことされたんだろう。まずは現在の時刻を知りたい。
「あ、起きた?」
部屋に唯一ある扉から現れたのは、怖い誘拐犯ではなく、私のよく知る人物だった。
「ニッキー!!なんなのこれ!意味わかんないんだけど!!」
ニッキーは私と同じクラスの男子。
変態でスケベでしょっちゅう鼻血をふいていて、女子の中では嫌われている。
私も他の女子たちと同じく、ニッキーのことは好きではない。
話しやすいしノリはいいのだが、すぐさま下ネタに走ってしまうところが嫌いだ。
そりゃ私だって言ってる内容が全然わからないと言うわけではないが、
だからと言って、同意や便乗するのは女として終わってしまう気がする。
「意味わかんないつってもなぁ。ここに来たのは覚えてんだろ?」
全然覚えがないのだが、ニッキーに言われるまま形の無い記憶の海を泳いでみた。
きっと私は放課後の帰宅途中で、偶然ニッキーに会ったんだ。多分。
それで、ニッキーが話しかけてきた。のだろう。
「丁度良かったぜ!お前のノートがオレんとこ混じってたんだよ」
みたいなことを、きっとニッキーが言った。
でも私は面倒だから明日持ってきてと言ったはず。性格的に。
そしたら、今日の宿題どうするんだよと、ろくに宿題をしないニッキーに言われて、
面倒くさいけれど渋々私のノートが保管されているというニッキーの自宅にやってきた。はず。
「すぐ持ってくるから、そこで待ってな」
そう言われて、玄関先でずっと待っていたのだが、なかなかニッキーは戻らなかった。
確か十分ほど待ったのかな。それから、ようやく現れたニッキーに文句を言うと、
「やっべーの!どっかに紛れたっぽい!一緒に探して!」
なんて呆れたことを言われたのだ。人のノートを無くすなんてと、私は脱力するばかり。
さらには、一緒に探してと言うなんて。
それに私は最近彼氏が出来たばかりであり、他の男の自室に入るなんて余計な波風を立てたくなかった。
しかし、ニッキーが珍しく平謝りしてきたこと。
加えて、宿題を出した担当の教師がものっすごく怖いことを受けて、私は罪悪感を抱えながらもニッキーの自室に足を踏み入れた。
そうそう、確かこんな感じだ。なんとなく思い出せた。
でも、そこから先が覚えていない。
「ま、見たまんま」
「だからわかんないんですけど!」
私の抗議を無視して、ニッキーは私の前に立つ。
「な、なによ……」
一抹の不安を払拭するために、私は睨みつけた。
自室であることを考えれば、私が意識のない間に椅子に縛り付けたのはニッキーだろう。
いったい何が目的かわからない今、私は下手なことをしない方がいいかもしれない。
「は、なんで自分がこうなってるかわかるか?」
「判るわけないじゃん!いいからふざけてないで放してよ」
「ふざけてなんてねぇよ」
しまった。ついさっき下手なことをするべきじゃないと思ったばかりなのに。
この語気の強さは、もしかしたら怒らせたのかもしれない。
「ごめんなさい。私の言葉が悪かったね……」
念のため謝ってはみたが、ニッキーは私を解放してくれる様子はない。
私を放置して、部屋の隅でしゃがむと何やらごそごそしている。
ここからだとよく見えないが、探し物だろうか。
「あの……どうしたの?」
沈黙が怖い私はニッキーに尋ねてみた。
ニッキーは返事をしなかったが、その代わりある物を持って私に見せてくれる。
「なにこれ」
コンセントのコードが繋がっていて、スイッチがある。腕くらいの大きさの棒。
「わざわざ言わせんの?えっちー」
「そうなの?」
そんなにこれは変態的なものなのだろうか。
私の目にはマッサージ器にしか見えないのだが。
「あり……?もしかしてマジでわかってない?」
「悪かったわね!」
「い、いや、別に。そっか、マジか。そっかー」
ニッキーは私が答えられないことが相当意外だったようで、随分長い間慌てていた。
「のっけから予定は狂ったけど、いいや。これの使い方教えてやるよ」
謎の機械のコンセントを差し込み、スイッチをオンへと入れた。
ヴヴヴ…と細かい振動音が部屋に響き渡る。
私は得体の知れないその機械に、ぞくりと背筋が冷たくなった。
「では、拝見っと」
ニッキーは機械を持ったまま、私のスカートをたくし上げた。
「な、何すんのよ馬鹿!」
されるがままでなるものかと身体を動かすが、縄はしっかりと私を締め付けている。
私は椅子をカタカタ鳴らすのが関の山で、ニッキーの動きを阻むことは出来ない。
脚と椅子の脚部が繋がれているせいで、ニッキーの前にショーツを大胆に晒すことを強制された。
「……やべーな。たかがパンツ、されどパンツって言うか」
「ばっかじゃないの!!いいから私を解きなさいよ!!
棒の上部の楕円部分が無常にも振動し続けている。
それが、私の、下腹部の、あの、場所に、近づいて。
「お、お願い。やめてよ……。ねぇってば……」
触れるか触れないかギリギリのところで、機械が待っている。
私はこれから起こることを想像しては、呼吸を荒立たせた。
ニッキーはいったい、私をどうしたいのだろう。
決して仲がいいわけではないが、それでもこんな監禁じみたことをされるほど怒らせたことは無いはずだ。
それなのに、彼氏でもない、ただのクラスメイトであるはずのニッキーが私を椅子にくくりつけ、
制服のスカートをたくし上げ、秘所を護る頼りなさげな下着を食い入るように見ている。
しかも、あんな大きな機械を、近づけて。
「ニッキー……怒らせたなら謝るよ。だから、こんなことやめてよ……お願い」
「うーん。怒ってねぇから謝られてもなぁ」
「じゃあ、どうして?」
「それは、そのうち判るかも」
そう言うと、振動の塊が下着に容赦なく当てられた。
「っああああ──!!」
その今まで一度も感じたこと無い刺激に、私は椅子の上で背を仰け反らせようとした。
ただ、縛られているせいで、首筋しか動かなかったが。
機械はすぐに離された。
たった一瞬。
それだけしか当てられていないというのに、私は肩で息をする羽目になった。
ぴりぴりと下腹部全体が痺れている。痛い。そして、──怖い。
「やっぱ機械未経験でしょっぱなが電マってのはきつ過ぎたか?」
いつもと変わらぬ口調のニッキーが私の恐怖を加速させる。
「ね、ねぇ、お願い。こんなことやめて。今止めてくれれば誰にも言わないから」
「……言ってもいいよ。しょーじき」
「どうすれば、やめてもらえるの?他のことなら何でもするから……」
必死で懇願する。何を条件としてぶら下げれば、ニッキーの心は変わるのか。
誰かにこんなこと言われても構わないなんて、どうかしてるよ。
「……出来ない」
「言ってみないと判らないじゃない。出来るだけのことはする。だから」
「だから、出来ねぇつってんじゃん……」
苦しそうな顔でニッキーは言った。
「……だから、再開だ。さっきより弱めてやっから」
ニッキーは宣言どおり、私の下着にまたあの機械を押し当てた。
かちり、という音が鳴ると羽音のような機械音が鳴り響く。
「んあぁっ!ううんっ、あああぅ……やめ、やめてってば!」
刺激から逃れようと腰を引こうとするが、縄と椅子の背もたれがそれを邪魔する。
脚を開かされているせいで、下着の下では蜜口がしっかりと開いている。
そこを丸くすべらかな機械がぐいぐいと押し当てていく。
振動は秘められた部分全体、内部、身体全体を襲う。
「はぁあん、やめ、っはぅ、だめ……」
頭のてっぺんから足先まで響く容赦のない刺激。
子宮が空っぽの内部をきゅうきゅう締めているのが自分でもわかる。
ぷるぷると脚が震えて、苦しい。それに冷たい。
溢れ出した蜜が後孔の方にまで伝う。
「じゃあ、ここは?」
「っ────」
ぐいっと、小さな蕾に機械が押し当てられた瞬間、私の頭は真っ白になった。
容赦なく嬲られ、私はだらしなく喘ぐ。
こんな姿を人に見せるなんて恥ずかしいだなんて思ってられない。
ニッキーの前だというのに、私は機械に翻弄される私を晒してしまう。
「うっわー……。って結構すげえじゃん。今の凄くいい」
情けない、悔しい、辛い、恥ずかしい、でも────。
機械の振動は痺れるほど痛いというのに、反面気持ちがいい。
何度か彼氏と身体を重ねたことはあるが、その時はこんなことなかった。
「手だけじゃ、機械に負けるだろ?」
同意したくないけれど、こんなに気持ち良いと思えるのは初めてだ。
彼氏とした時、私は確かに気持ち良かった。
好きな人と唇を重ね、胸を優しく揉まれ、蜜壷に指を入れられ、そして反り立つあれを入れられて。
────でも、中途半端だった。
気持ちよくても私は何かを出すわけではないし、判りやすい終わりがない。
本当なら、女性もイクというものを迎えるらしいが、私は体験したことがなかった。
疼く身体を抱えて、もっとと強請っても、彼氏は精を吐き出してしまうと、すぐに寝て。
私は物足りないまま、いつもその横で眠りにつく。
それなのに、今は───満たされていた。
レイプみたいなものなのに。
ニッキーなんて別に好きでもない相手に、無機質な機械を押し当てられて。
みっともなく喘がされて、こんな姿にさせられているのに。
私は百パーセント嫌がっていない。
「もう慣れたっぽいな。少し強くすっか」
これ以上の刺激なんて堪ったもんじゃないと首を振る。
「そう言うならもう少しだけこのまましてやるよ。今も十分エロい顔してるしな」
ニッキーは大きな機械を操り、私の足の付け根の秘められた部分に強く押し当てたり、ほんの少し触れる程度で蕾に刺激を与えたりする。
私はそこだけでなく、一切触れられていない胸までも感じてしまう。
下着の中で護られている突起が下着に擦られて、いやらしい快感を感じる。
胸も感じてしまうと、下腹部への快感が乗算されるようだった。
「どうした?さっきからすんごいびくついてるぞ。そんなに気持ちいい?」
私は自分の身体に嘘をついて首を振る。
「嘘吐き。今の滅茶苦茶エロいもん。彼氏でもねぇ男の前でそんな乱れるなんて超淫乱」
「ち、ちが、っふうん、ちが、っはぁ、ちがう、のっ」
「そんなよがりながら言われても説得力ねぇって」
そう言って、ニッキーは私の胸に手を伸ばした。
思わず私の蜜口がきゅっと締まる。
「……えー。ここは嫌がるところだろ?なんで今期待するような顔したわけ?」
にやにやというニッキーは最低だ。私の心を読んでいる。
私は確かに、期待した。彼氏でもないニッキーに。
ブラをずらして、きっと充血しきってしまった胸の先端を乱暴に弄って欲しいと。
強引に揉みしだいて、意地の悪いことを言うその口で、胸を吸って欲しいと思ってしまった。
────ばっっっかじゃないの!!!
「期待なんて、してない!私は早くこんな馬鹿げた行為を終わらせたいだけ!」
ニッキーのお陰で快感で壊れてきていた常識が少し戻ってくる。
様子のおかしいニッキーが怖いからと好きかってされていたが、そんなの馬鹿だ。
私には彼氏という、私を受け入れ大切にしてくれる人がいる。
それなのに、その人を裏切るような真似は駄目だ。
こんな機械に屈してはいけない。
「ああ、そう?」
あっけらかんと、ニッキーは答えた。
「でも、そうは言ってられないかもしんないぜ?」
どういうことだろうと思っていると、また機械を押し当てられた。
「っあぁあん!」
しかも刺激が先ほどより増している。私の発言のせいで、強くされてしまったようだ。
私は先ほどからくちゅくちゅと音を立てる下腹部。
甘い疼きが身体を疾走すると、自然と自分から機械を求めてしまう。
ついさっき気丈に振舞おうと自分を奮い立たせたばかりなのに。
花芯に当てられてしまうと、もう何も考えられなくなる。
ただただ気持ちよくて。もっとして欲しくて。
でも、何か。変。さっきと、違う。
切ない気持ちがどんどんあそこから膨らんでいって。
「に、き……だめ、変、あんっ、へんなのぉ……」
「イっちゃう?」
「わか、んな……っあぁあああ────」
突然訪れた大きな快楽の波に、目の前がチカチカし出す。
腰ががくがくして、あそこがきゅうきゅうとひくついているのがわかる。
「びくびくしてるってことはマジでいっちまったっぽいな」
ニッキーは機械のスイッチをオフにして、私の下着から機械を離した。
私は無意識に浮かせてしまった脚を床について、呼吸を整える。
こんなの初めてだ。達するってこういうことなんだ。
今の私には不思議な気持ちよさが全身を包んでた。
あそこが何度もひくついている。甘い痺れが広がってくる。
本当なら、彼氏としてる時にこんなに気持ちいいことになるんだ。
冷たい機械じゃなくて、誰かと温もりを共有しながら。
「おいおい、これで満足すんなよ」
再度ニッキーは私の蜜口に機械を押し当てた。
「第二ラウンド、だろ?」
そう言って、スイッチをオンにされる。
ぞくぞくと背筋がさざめく。快感の渦にぐるぐるとかき回されていく。
「っやぁ、だめ!いま、すごく、だめなの!っふうん」
「終わったばっかりだから、敏感だって?そういうこと?」
同意したくない。でも、きっと、見抜かれているのだろう。
ニッキーは機械を蕾に当てたり、少し外したりと刺激に緩急をつけていて、
私はずんっと衝撃が走っては、小波になったりして、ニッキーの思うように振り回される。
「いいじゃん。どうせ、アイツとじゃ、こんなに気持ちよくないんだろ。
今日いけるところまでイッちまいな」
彼氏を馬鹿にしないでよ。そう思っても、私は機械に翻弄される。
相手はニッキー。あの変態ニッキー。
そう思っても、快楽に酔ってしまった声をそのニッキーの前で全部漏らしてしまう。
ずぶ濡れの下着を見られているというのに、だんだん平気になってきている自分もいる。
何故こんなことになっているのだろう。
「っふ……にっき……も、やめ」
「……アイツに遠慮してんの?気にしなくてよくね?
オレを脱がしたり、無理にキスしたりしてねぇし」
そうだ。
ニッキーは私を拘束し機械で攻め続ける。
しかし不思議なことに、ニッキー自身は私に一切触れていないのだ。
ただ一貫して機械を押し当ててるだけ。
そして、淫らに喘ぐ私を見る目は軽蔑でも侮蔑でもなく、どこか温かい。
私がどんな声をあげても、身体をびくつかせても、ずっと見守ってくれる安心感があった。
「は機械にイカされてるだけ。それってオナニーと一緒じゃん」
私の中の罪悪感を軽減させているのはそこかもしれない。
それと椅子に強固に縛り付けられているという、自分は抵抗したくても出来ない立場であるということが免罪符になっているように思う。
「だからいーの」
そう言って、機械の頭で秘めた部分を円を描くように触れる。
私は先ほど絶頂を与えられたというのに、またもや高みへ上らされていく。
「あぅう……っはぁあん、だめ、また、私、……」
「またイクのかよ。ったらお盛んなんだから」
さっきと似てる感覚だけど、何か違う。判らない。
何かが込み上げてくるような。
────出ちゃう。
「ニッキー!!ストップ!!」
思いの他大きな声が出た。それだけ私はこの機械を停止してもらうことに必死だった。
「そういう顔じゃねぇんだけどなぁ。さっきよりもいい顔してるんだぜ」
いい顔というのがよく判らない。私は今、凄く耐えている。
超えてはいけない一線を、越えないために、乱暴に襲い掛かる機械から逃げられるだけ逃げた。
「快感に酔ってる顔もいいけどさ、そうやって我慢してる顔もすっげーそそる。
だから────」
ニッキーは機械の強さを更に上げた。
「いやぁああ!!」
私は突き抜ける快感に、屈した。
そのせいで────。
「あっちゃー……。なるほどね」
自分が何をしてしまったのか、どうなったのか、判らなかった。
知りたくなかった。
「って潮吹き体質だったんだな」
ニッキーがぽつりと言った言葉で、私はみるみるうちに背筋が凍っていく。
潮吹きというのはよく判らないが、自分があの部分から出してしまった。
人の、しかも他人が見ている前で、私は。
多分、お漏らしを。
「ご。ごめ、な、さい……」
「いいよ別に。出るもんは仕方ねぇもん」
そう言って、ニッキーは気だるげに私のせいで濡れた服を脱いだ。
私は、大変なことをしてしまった。
下着を着けていたことで、遠くに飛沫が飛ぶことはなかったが、椅子の上から傍に居たニッキーにかけてしっかり濡らしてしまった。
「ほ、ほんとうに、ごめん、なさい……」
自分という人間が汚らわしくてしょうがない。
彼氏以外の人に絶頂を与えられただけでなく、放尿までしてしまったのか。
しかも、人にまでかけてしまって。
さすがのニッキーでも、こんな私を軽蔑するに違いない。
「ったく、なんつー顔してんだよ」
ニッキーはそう言って、私の頬に触れた。
初めて、私の身体に触れた部位は、胸でも太ももでも秘所でもなく、頬だった。
「泣かなくていいんだぞ」
予想外に優しく慰められて、私の目から大きな雨粒が落ちた。
自分が潮とやらを出してしまったのは本当にショックだ。
自分が、他人の、しかもただのクラスメイトの前で、汚い真似を。
しかも、そうしてしまった理由が機械に気持ちよくなってしまって、だなんて。
排泄時というものは乳児期以外では誰にも見られたことがない。
それと似た、または同じ、潮を吹くという行為を、家族でも、彼氏でも、好きでもなんでもない人に。
こんな、……ニッキーなんかに見られるなんて。
床を見ると、私から出たもののせいで脱ぐことになった服が転がっている。
水を含んで色が変わった部分は、私の体内から出たもののせい。
私はなんて汚いんだろう。
本当に変態なのは、ニッキーじゃなく私だ。
結局ニッキーの言うように私が淫乱だったんだ。
こんな姿、彼氏という肩書きを持つあの人には見せられない。
きっと蔑む。汚い女だと罵るはずだ。
こんなに汚い私なんて、誰にも受け入れてもらえない。
「たった一度潮吹いただけだって。そう落ち込むなよ」
呆れたように言うが、それはAVの世界の話だろう。
そういうプロと一般人を一緒にされても困る。
私は、潮を吹くなんておかしいと思う。変だと思う。
だから、自分がしでかしたことに、絶望感を抱いている。
「まぁでも、アイツは無理だろうけど」
アイツとは、多分彼氏のことだろう。だが、無理って。
「無理…て?どういうこと?」
私の中で渦巻く感情とは裏腹に、ニッキーはあっさりと言った。
「アイツ潮駄目なんだよ。そん時の女がキモイからって。珍しい奴だぜ」
────キモイ。
私、彼氏から見て気持ち悪いんだ。
さっきまではまだ、もしかしたら受け入れてくれるかもなんて思っていたのに、
小さな望みは一気に砕け散った。
ということはつまり、私の味方はゼロということだ。
人に汚い汁をかけるまで、快楽に溺れるような娼婦みたいな私なんて、生きてていいのだろうか。
「」
ふわりと、ニッキーは、私の首に腕を回した。
「な……に……」
耳にニッキーの温かくて柔らかな頬が当たる。
「大丈夫」
優しい声色が耳をくすぐる。それに、回された腕の温もりが心地よい。
どうせ嘘、からかってるだけだ。
そう判っているのに、私は瞳が熱くなるのが止められない。
「っ……ごめ……なさ」
自分のせいで汚れてしまったことを、ニッキーに謝る。
「謝んなくていいって。おかしいことじゃねぇし」
そう言ってニッキーは私の後頭部を撫でる。
髪が流れている方向に沿って撫でるその指使いは底抜けに優しい。
私はその優しさに涙がせき止められなくなって、目の前のニッキーの肩に額を押し付けた。
先ほど服を脱いだせいで、素肌に私の涙の雫が垂れていく。
これ以上汚してしまったらと私は身を引こうとした。
「いいから。気にしなくていいっつの」
私を引き寄せ、大丈夫と何度も繰り返すニッキーは泣くばかりの私を撫で続ける。
心地よさに頭がぼんやりとしていく。
涙が落ち着いてくると、手を動かせない私に変わってそっと涙を拭ってくれた。
ああ、なんだ、ニッキーって、凄く優しいんだ。
あんなに汚いことをした私に躊躇いもなく触れてくるなんて。
私なんて彼氏にとってキモイ女なのに。
彼氏でもない人の前で二度も絶頂を迎えるような淫乱な人間なのに。
「ニッキー」
「何。やっぱりタオル欲しい?」
撫でながらそんなことに気を回していたのかと、思わずくすりと笑ってしまう。
「違うよ。そうじゃなくって──」
私はありがとうと、耳元でニッキーに伝えた。
するとニッキーは言う。
「まあオレくらいじゃね。を受け入れてやれんのは」
本当にそうだと思う。
こんな私、他の人じゃ絶対に駄目。遠ざけられ、存在を無視されるのがオチだ。
「とりあえず縄解いてやんよ。痛かったろ。ごめんな」
するりするりと私を椅子に縛り付けていた縄が落ちていく。
手首を見ると縄の跡で赤くなっている。そこにニッキーは口付けた。
「よく耐えれたよ。いい子だな」
「……うん」
醜い縄の痕だって、ニッキーは引いたりしない。
唇を寄せてくれるほど。
「タオル持ってきてやるから、ちょっと待ってな。出来るか?」
こくりと頷く。するとニッキーは慌しく出て行き、慌しく戻ってきた。
タオルを受け取ろうと手を伸ばすと、かわされる。
疑問を感じるとニッキーは腰をおり、あろうことか濡れた私の太ももやショーツを拭いた。
「じ、自分でやるよ!」
いいからいいからと言うニッキーは、丁寧に濡れた私を拭いていった。
私は恥ずかしい気持ちもあるが、ニッキーに全て委ねてしまえばいいんだという安心感が広がり、ニッキーの指示を全て素直に聞く。
腰を上げてと言われれば上げ、ショーツを脱いでといわれれば脱ぎ、伝った雫で濡れた靴下も脱いだ。
ニッキーは一貫して私に変な真似はせず、ただただ綺麗に拭ってくれた。
「うっし。もう綺麗になったろ。じゃあ、そのままベッドに行って」
頷いて、指示通りベッドに腰掛けると、ニッキーはまた私を優しく撫で、頬に触れるだけの口付けをする。
「よく出来ました」
私は褒めてもらえたのが嬉しくて、思わず頬を緩ませた。
そうすると、ニッキーが今度は額に口付けてくれる。
「可愛いよ。は綺麗で可愛い」
「こんな私、そう言ってくれるのはきっと、ニッキーだけだよ」
ニッキーに促され、私はベッドに横たわる。
「、アイツはいいのか?」
「いい」
私の中で彼氏──だった人は、遠いものになっている。
だって、こんな私を受け入れるはずがない。
裏切ったのだ。
私のあの人への気持ちは、下半身の快楽に負けてしまう程度のものだった。
付き合うまでに、沢山泣いて笑ってと、一筋縄ではいかなかったというのに、
こうもあっさりと切り捨てられてしまう自分に少し驚いてしまう。
「そんなこと言ってると、本当にやっちまうぞー」
「うん」
そう言うと何故かニッキーは驚いた顔をしていた。何故だろう。
私はとにかくニッキーに抱いてもらいたいと思っている。
沢山の刺激を与えられたというのに、私の中にぽっかりと穴が空いていることに気付いたからだ。
「ニッキー」
私は手を伸ばし、ニッキーの首に絡ませる。
自慰じゃ足りない。本当に私のことを汚いと思わないのなら、私を抱けるはずだ。
ちゃんと、私を愛して欲しい。
「して」
ニッキーは判ったと言って、私の身体に触れ、唇で啄ばんだ。
機械によって未だ痺れている蕾を舌ですくい、震える蜜壷の中に反り立つ熱いものを入り込ませる。
ニッキーは機械を使っていた時と同様、私に優しかった。
沢山気遣ってくれるし、飛沫を出し切っても、私をおいて寝てしまうこともない。
もう、前の人にどうやってされたか忘れた。私の身体は完全に上書きされた。
今はニッキーのことしかわからない。
全ての行為が終わり、眠気が襲う中。
私が夢と現実の狭間でたゆたう間、
ニッキーが「こんなつもりじゃなかったのに」と言ったのは、きっと夢だろう。
そして私は、その言葉も深い眠りで結局忘却してしまうのだ。
fin.(12/07/31)