夏祭り

規則正しい秒針の音がぎっしりと詰まった部屋。
ソファーに座った黒神は膝に手を置き玄関を睨みつけていた。
扉の金属音鳴った瞬間、足を大きく踏み出して駆け出す。
まだ部屋に入ってもいない少女の身体を引き寄せると、強く抱擁した。

「おかえり」
「た、だいま」

突然の行為に驚いた少女であったが、すぐに受け入れ彼の背に手を回した。
破壊神と称される彼は少女の存在を両腕でしっかりと確認すると、そっと解放する。
自由を取り戻した少女は彼を見上げて言った。

「あの……えっと……お祭り行きたい」

黒神の口元がひくりと痙攣した。

「別に。構いはしないが」

明らかに機嫌を損ねた様子に少女は困った顔をする。
しかしその返答は想定済みだった為、少女は彼を連れてもう一人の神の元へと転移した。
既に少女から話を聞いていたのだろう、MZDは突然現れた二人に一切驚く事無く微笑んだ。
少女は黒神の脇から飛び出すと、MZDの腕を抱いて黒神に強請った。

「MZDにも来てもらう。これなら心配せずに済むよね?」

力も能力も人柄も申し分ないMZDではあるが、黒神はあまり良い気がしない。
自分とほぼ同じ個体である、兄だからこそ。余計に。
少女がMZDに触れている事、MZDを頼った事、自分といる事よりも他人といる事を優先している事等、気にいらない点は挙げれば切りがない。

「つか、お前も来りゃ良いじゃん?」
「断る。そう易々と人前に出てたまるか」

瞳と髪色以外は瓜二つの二人。
世間的にはMZDのみが認知されている為、黒神は毎度MZDと間違われており本人はそれを嫌っている。
それを十分承知しているMZDはにやりと笑んで追撃を始めた。

「へ~、そりゃ残念。
 じゃ、オレだけが提灯の薄暗い明かりに照らされたの浴衣姿を堪能するか」

黒神の眉間に刻まれていた深い皺が若干緩和した。

「髪を結い上げて出てきたうなじも綺麗だろうなぁ」

そう言いながら、の後ろ髪を持ち上げポニーテールの形にした。
口をへの字に曲げながらも、黒神はそれをちらちら見ている。

にはどんな浴衣が似合うだろうな。明るい色か?それとも落ち着いた色の方が色っぽくていいか?」

黒神の目線がから外れあさっての方へ。先程よりも口元をきつくしめる。
MZDは判っている。あれはにやける顔を抑えているのだと。

「折角の機会だし、オレも浴衣着るぜ。そうすればとお揃いだよなー」

下唇を噛んだ破壊神は震えていた。
それが決して怒りからくるものではないと兄にはお見通しである。
とどめをさすべくMZDはの肩を引き寄せて言った。

「浴衣デートなんてまるで恋人みたいだよなぁ」

その瞬間と黒神の姿が消えた。
MZDはにししとしたり顔で笑う。

「影。浴衣用意しようぜー」











、綺麗だ。とても」
「ありがとう」

が夏祭りに行きたいと強請った次の日。
黒神の家のリビングに大小様々な浴衣と帯が折り重なっていた。
まるでパレットのように様々な色が部屋を埋め尽くす。
その中にぽつんと一つだけ、どこにも溶け込めない真っ黒な点。

「どんな人間よりも、どんな物よりもだ。他のものなんざ比べ物にならない」
「そんな、大げさだよ」
「贔屓目で言っているわけではない」

と、贔屓目全開の黒神は自らが浴衣を着せたを抱きしめた。
そして綿紅梅や縮、コーマ地の浴衣の山に押し倒す。
頬に鼻を擦り寄せ、首筋に指を這わせた。
先ほど着せたばかりだというのに、掛け衿を左右に開いて白い肩を露わにする。

「しっとりとした色は普段とは違うを引き出してくれる。
 しかし、明るい色もやはり捨てがたい」

すぐ近くにあった浴衣を引っ張り出しての肩に合わせた黒神は、うっとりとした表情でそれを眺めている。
次に帯を取り去ると、また別の浴衣を取り出してはの身体に合わせ、楽しそうに悩んだ。
自分の世界にすっかり入りこんでしまっている黒神にはおずおずと言った。

「あの、時間…………」

着せ替え遊びは三時間前から行われていたというのに、約束の時間まで後十五分と差し迫っていた。

「……このまま家にいないか?」

着飾ったが誰かに見られると言う事に苦痛を感じる黒神は、どうか自分の傍にいてくれないかと強請った。
しかし、は困ったように笑うだけで首を縦には振らない。
要求は呑んでもらえないと悟った黒神はを立たせると、手早く浴衣を着せ、髪を結い上げた。

外に出したくはないが、出さなければならない。
ならばせめて、の魅力を最大限に引き出せるようにと黒神は手を尽くした。
自分の手によって、誰もが羨み、妬んでしまうほどに美しい姿へと変わった彼女を見ると黒神は幾分気持ちが満たされた。

「完成だ。何か要望があれば対応する」

浴衣を身に纏ったは、普段の子供らしさが抑えられていた。
とは言え、黒神はの身体を小学生バージョンにしたため、身長と顔立ちの関係により子供は子供である。
これは、もし学生組がの隣にいても恋人に見られないようにという、ささやかな抵抗だ。
しかし黒神は失念している。
そうなると自分との関係も身内としか見えないと言う事を。

「ありがとう!やっぱり黒ちゃんは凄いね!」

とびきりの笑顔を浮かべるに、再度独占欲に火が着いた黒神であったが、
玄関の向こうでMZDが待っているのを感じた為にぐっと堪えた。
待たせ過ぎれば中に侵入される。
今の二人の空間を誰かに侵されることだけはせめて、避けたかった。

「でも黒ちゃんのは?もう行く時間になっちゃうよ」
「あぁ、心配する必要はない」

そう言った黒神は一瞬で普段着から浴衣へと替えた。
同時に眼鏡が消え去り、身体も少年から青年へと変化していた。

「それと最後に」

黒神はの首に手を伸ばすと、トップに指輪がついているチェーンを外した。

「折角の浴衣に貴金属は合わないからな。今晩は俺とMZDがいるから困る事は無いだろう」
「それもそうだね」

力を失いただの人間に戻ってしまうことに抵抗が無かったわけではない。
だが、今夜過ごすのは人間の祭事。周囲は何の力も無い事が当たり前。
普段なら隠す努力をしなければならないのだから、力の元を取り外した方が楽である。
そう思ったは素直に黒神の言う事に従った。

「さ、行くか」
「……はい」

普段とは違い、が大きく見上げなければ目を合わせる事が出来ない。
しかも、今回は普段は奥に引っ込んでいる素顔が露わになっている。
見慣れない姿に動揺するは躊躇いながらも手を伸ばした。

そんな二人の様子は家族のそれではなく、まるで……と、影は見送りながら思った。











待ち合わせ場所には既にサイバーと、ニッキー、サユリとリュータがいた。
四人はがいつ来るかと心待ちにしていた。
同時に不安を抱いていた。は本当に来る事が出来るのかと。

しかし、雑踏の中から現れた浴衣姿のを見て胸を撫で下ろした。
ニッキーはすっかり和服美人と様変わりしたに胸を高鳴らせたが、その隣でぴったりと寄り添う男に顔を歪めた。
見かけない青年であるが、と気軽に触れ合う親しい男性は限られている。
そして、情けないアホ毛が一本立っているとなると、もう一人しかいない。

「なんでテメェまでいんだよ!!」
「テメェみてぇな危険人物のとこにを行かせられるか」
「今夜の計画の邪魔だ、帰れ!」
「やはり何か企んでやがったか。テメェこそ、の前から消えろ」
「テメェこそ。神のくせにいちいち学生の青春謳歌邪魔してんじゃねぇ!!」

早速言い争う二人を余所に、は黒神の手を離して三人の方へ。

「待った?遅くなってごめんね」
「ううん、そんなことないよ」

同じく浴衣を着てきたサユリは楽しそうに笑った。

「言った通り浴衣着て来たんだな!すっげー良いと思うぜ!」

様変わりしたに対し、サイバーは素直に褒めた。
普段着はフリルに包まれているであるが、今晩は和風に落ち着いている。

「え。あ。俺もそう思う……」

腹を立てている黒神の姿に怯えながらも、リュータは答えた。
正直に似合うと答えようとも、嘘を吐いて似合わないと言おうとも、
どちらにせよ黒神が機嫌を損ねる可能性があったからだ。
幸いなことに、黒神はニッキーを罵る事に一生懸命なようでリュータには気づいていない。

「本当?ありがとう」

次々に褒めて貰って気を良くしたは礼を述べた。

「さーて、立ち話はそんくらいにして夜店に繰り出そうぜ!!」

の首に腕を回したMZDが、手前から奥まで左右にずらりと並んだ夜店を指差し先導した。
皆それに続いていく。

「なっ!?おい!に触ってんじゃねぇ!」
ちゃん!MZDじゃなくてオレ!オレと!」

争っていた二人はを追って人ごみの中をかき分けて追いかけた。











「…………」
「こんな時までそんな顔すんなよ。……ま、お前の気持ちも判るけど」

そうニッキーに言って、リュータは前方にいるを見た。
楽しそうに笑う彼女の視線の先には保護者代わりの男が。
二人は仲良く手を繋いでおり、何者も入りこめない雰囲気を醸し出している。
視線に気づいたのか、黒神はちらりと振り向き、鼻で笑う素振りを見せた。
それがまたニッキーの神経を逆撫でる。

「はは……。黒神は敵対心丸出しだな。って、おい、ニッキー!!」

ずんずんと歩いていったニッキーは祭り客で賑わう中、大声で黒神を呼んだ。
黒神はそれを見下ろしながら、を後方へと隠した。

「下品な大声を止めろ。が驚くだろ」
「それに関しては後で謝る。今はテメェだ黒神!!」
「気安く俺の名を呼ぶな。それもこんな人ごみの中で……」
ちゃんを賭けて勝負だ!」

黒神は目を細めた。そして、口元を緩めた。

「……いいだろう。俺が勝ったらには二度と触れるな」
「ちょっと、黒ちゃん!」
「いいぜ。オレが勝ったら二度とちゃんに触んな」

しばし睨み合う二人。先に口を開いたのは、黒神。

「今夜中という期限を設けてやる」

負けた時を恐れて条件を引き下げた黒神に周囲は呆れるしかなかった。
ならば最初からそんな条件にしなければいいのにと思うが誰も口にはしない。
勝手に勝負事に巻き込まれたはほっと胸を撫で下ろしている。
そして、勝負をふっかけたニッキーでさえも胸を撫で下ろしていた。
彼もまた、売り言葉に買い言葉であった自分の発言に後悔していたのだ。

「じゃ、ここは公平にオレ様がジャッジしてやんよ!!」

さもそれが世界の理であるかのように、MZDが二人の間に割って入った。
この勝負に用いる競技は、射的。

「ルールは簡単。なんでもいいから落とせた奴の勝ちな」
「落とすだけだと?それだと勝負がつかないだろう。ルール変更を申し入れる」
「却下する。黒神、夜店の射的を甘く見てると痛い目見るぜ」

と、MZDはにやにやと悪そうに笑った。黒神はそれを怪訝そうに見ている。

「オレは文句ねぇよ。一発ずつ順番に打っていけばいいわけ?」
「そゆこと。先攻が打ち落とした場合、後攻が打ち落とせたのなら継続、
 失敗なら先攻の勝ち。先攻が失敗し、その回で後攻が落とせた場合は、後攻の勝ちだ」

ルールを確認したところで、競技者の二人はじゃんけんをした。
勝ったのは黒神。

「じゃ、黒神からスタートだ!」

MZDの合図を受け、黒神は射的用の銃を構えた。
狙うのは中段、手のひら大の動物のぬいぐるみである。
を考えてのチョイスであろう。それを見て、ニッキーはにんまりと笑った。
周囲の音が聞こえない程集中し、目標を睨みつけた黒神が放った弾は、見事景品上部に着弾した。

しかし、ぬいぐるみは軽く揺れるだけで倒れる事は無かった。

「どういうことだよ!狙いも力加減も俺の計算は誤っていないはずだ!」

思い通りにならなかったことに不平を言う黒神を押しのけ、ニッキーが銃を構えた。
銃口は机に肘をついた位置から平行のところにある段へ向いている。
狙う景品は、四センチくらいの円柱型のお菓子をピラミッド型に一列に並べたもの。
ニッキーはその山のド真ん中に狙いをつけ、引き金を引いた。
だが弾は逸れ、端の一つにしか当たらなかった。
しかし、その衝撃によりバランスを崩したお菓子が一つだけコロンと落ちた。
それを屋台のおじさんから受け取ったニッキーは黒神に見せつける。

「勝負はオレの勝ちだな」
「納得いかねぇ!!大体なんであの狙いで落ちねぇんだよ。おかしいだろ」

憤慨する黒神に、ニッキーとMZDはにやにやと笑った。

「ちゃーんと言ったろ。甘く見るなって」
「しししっ。夜店なんてこーいうもんなんだよ。
 神だから庶民のことには疎いみてぇだな~。
 んでもって、ちゃんのことばっか見てっからオレに負けるんだよ!」

世界の理に詳しい黒神ではあるが、生体の風俗についてはあまり詳しくない。
特に人間についてはその愚かさは知れど、夜店の射的で店側が儲ける為に大きな物や人気が出そうな物は倒れにくい細工をしていることなんて一切知らない。
先ほどからにやついている二人を殴りたい衝動に駆られながらも、黒神はの手前必死に耐えていた。

「くそっ……屈辱だ。この七百年程これ程の屈辱を味わった事がない。
 こんな年中馬鹿なことしか考えてないような人間に負けるなんて」
「……なんか、そこまで言われるとざまぁってより、むかつくんだけど」

拳を握りしめる黒神を心配そうに見ているの手を、勝者は引いた。

「保護者は保護者らしく見守るだけにしろよ」
「くそっ!」

盛大に舌を打つ黒神に身体を震わせたを、今まで勝負を見守るだけだったサイバーが軽く撫でた。

「大丈夫だって。それに勝負だからな、しょうがねぇって」
「……ギャラリーしてたくせに、ちゃっかり来てんじゃねぇよ。エセヒーロー」
「ヒーローは今晩休業!」

調子のいい事を言うヒーローは楽しそうに笑う。
そしてひょっこりと現れたリュータがに話しかけた。

、たこ焼き食う?さっき買ってきたとこ」
「食べる!あーん」

ひな鳥が餌を求めるかのように無防備に口を開けるに、サユリ以外の全員に衝撃が走った。
その無防備さを嫌がる者もいれば、学校と違ったを見られて嬉しい者もおり、各自様々な反応を見せる。

「リュータマジふざけんなよ!!普段興味ねぇ振りしやがって、ちゃん餌付けしてんじゃねぇぞ!!」
「キレんなって……。勝負には勝ったんだろ。それで良いじゃん?」

と、つまようじに刺したたこ焼きをに与えながら言った。
は熱いのか、はふはふと息を吐き吐き食べている。

さん、大丈夫?」

サユリが熱がるにお茶を与える。焼けた口内を潤したは礼を述べた。
と、仲良さげにする二人以外は、ある人物が怒る一歩手前の状態であることに戦々恐々としていた。

「く、クロカミサン」
「なんだよ……」
「ちょーっと落ち着こうぜ。な?な?」

一歩間違えれば何が起こるか判らない為、彼を宥めるのはMZDが引き受けた。

「ふん。馬鹿が。別にこんなところで何もぶっ放す気はねぇよ」

そう言ってはいるが、黒神としての本能か怒りによってMZDにはない力が渦巻いている。
これが放たれれば、街三つは消し飛ぶだろう。
危険を察知したMZDは涙目で飲み込んだを手招き、黒神を指差した。
さっと状況を察したは、黒神を呼んだ。

「黒ちゃん」

しかし黒神の口はきつく結ばれており機嫌を戻さない。
少し悩んで、は黒神の浴衣の袖を引いた。

「一緒に行こ。手は繋げないけど、その分私の近くにいて」

くいくいと袖を引いて笑うを見る黒神は、やがてこくりと頷き学生らの元に帰るをゆっくりと追った。
もう、破壊の力は離散していた。流石はであると、MZDは事態が丸く収まった事に安堵した。

その後、学生らと混ざって楽しそうにするを、黒神は落ち着いた気持ちで眺めていた。
サユリ以外がに触れる事に対してはやはり不快感を隠せないが、がこちらの視線に対して笑みを返す事は嬉しくあった。
言葉を介さないコミュニケーション。
遠くとも目が合った刹那、二人だけの世界が一瞬で構築される。
独占欲の強い黒神は、星の瞬きの様な短い間であろうともが自分だけの物になることで満足感を得られた。

「黒ちゃん!早く!」











花火が打ち上がるまであと一時間。

「……黒ちゃん」

皆がMZDのカキ氷大食いチャレンジに気を取られている隙に、私は黒ちゃんを手招いた。
優しく微笑み「どうした?」と言う彼の袖を引き、彼にだけ聞こえるようにある事を言った。
言い終えるとすぐに離す。
先ほど二人が変な勝負を行ったせいで、私は今晩黒ちゃんに触れる事は禁じられているのだ。傍迷惑な話である。

「一人で行けるのか?かなり並んでいるんだろう?
 それなら一度家へ帰った方が……」

私の要望を聞き、実行が難しいと判断した彼は私を転移させようとする。
しかし、私は急いで首を横に振った。

「今日は良いよ!今晩は他の人と同じようにするから」
「そうか……がそう言うのならそれで良い。
 他の奴らには適当に言っておくから行っておいで。
 終わったら俺を呼んでくれ。すぐ迎えに行く」
「うん。判った」

私は慣れない下駄をカラコロと鳴らしながらある場所へ。
黒ちゃんが言っていた通り、他の夏祭り客がかなり並んでいる。
しかしそれでも並ばなければならない。
長々と待たされて苛立っているであろう列に自分も加わった。

そこで十分以上は待ち、ようやく私の順番となり無事お花を摘む事が出来た。
黒ちゃんは終わったら呼ぶようにと言っていたが、いつもなら出られない夜の地上とお祭りの活気に浮かれた私は、ずらりと並ぶ夜店に心惹かれ少しだけ、一人で見てみる事にした。

大判焼き、ヨーヨー、くじびき、型抜き、たこ焼き、焼きそば、変な玩具、焼き鳥、ジュース、カキ氷。

普段のお店には無いものが多数占める中チラホラと日常的に見るものが混ざっている。
だがそれでも、私は新鮮に見えた。
すぐ目の前で知らないおじさんに作ってもらうなんて機会は普通に生活していれば一度だって起こらないだろう。
そんな非日常が詰まったお祭りというものは本当に面白い。

「ねぇ、あれ買ってよ!!」
「はいはい。一個だけね」
「わーい!」

親子がお面屋で止まっていた。お面とは言え、ジズさんやヴィルヘルムのような怪しげなものではなく、キャラクターもののお面である。
沢山ある物の中から、二人で楽しそうに選んでいた。
それを見て私は急に寂しくなった。
きらきらしているはずの夜店が、厳重に護られた美術館の絵のように遠く感じる。
すると、ふっと平面から飛び出す、手鞠。

「っへぁ!?べぶっ!!」

いつものように自分の前に透明な壁が聳え立つことを想像した。
しかし、今は指輪を所持していない。手鞠は私の額へと容赦なく突撃した。
鉄球でもプラスチックでもないが、速度があるせいでとても痛く、私は思わずしゃがみこんだ。

「大丈夫?」

しゃがんで私の顔を覗き込んだのは、小学生くらいのおかっぱ頭の小さな女の子。
その腕には手鞠。

「だ、大丈夫だよ!」

心配をかけないようにと痛みを堪えて立ちあがった。

「心配させてごめんね。
 はぐれるといけないから早くお母さんかお父さんのところに帰った方がいいよ」

しかし女の子はその場に立ったまま動かない。もしやと思った私は尋ねた。

「……もしかしてもう既にはぐれちゃった……かな?」

こくりと頷いた女の子は「お兄ちゃん」と呟いた。
きっと兄弟で祭りに来ていたのだろう。

「そっか。じゃあ一緒に探そっか。まずは運営本部のテントだね」

祭りに行く前に何度も黒ちゃんに言われたのだ。
はぐれた時は誰かを探すのではなく本部へ行きなさいと。
そうすれば放送してもらえるから必ず会う事が出来ると言っていた。
しかし、女の子は髪を振り乱しながら大きく首を横に振った。

「おにいちゃん。それ、嫌い。だから出来ない。絶対に」
「そっか。じゃあ、この近くを探してみよっか」

と言ったが、正直な所そんなことでいいのかと疑問に思っていた。
夜店に挟まれた道は沢山の祭り客で溢れており、ここから特定の誰かを見つけるのは至難の業だろう。
見つかる可能性が低いと判ってはいるが、私たちは二人で兄を捜した。
探している最中にはぐれてしまうかもしれないと、私は女の子の手に手を伸ばした。
しかし、女の子はそれを察するとすっと手を引いた。

「おにいちゃんがいい」
「ごめんなさい……」

ぎゅっと手鞠を抱く女の子を見ると、私は泣きたくなった。
きっと私はとても頼りないんだろう。
心が折れそうだが、だからと言って投げだすわけにはいかず私はお兄さんについての情報をこの子からしっかりと聞きだすことにした。

「おにいちゃんって今日はどんな服なのかな」
「あおいろ。夜と同じ色でよく見えなかったの」
「浴衣かな?普通のお洋服?」
「浴衣」
「背とか」
「たかいの。わたしよりも。ずっと」
「うん……」

私はちゃんと笑顔を保てているだろうか、酷く不安になった。
これだけの情報だと、人に聞きこみをすることは出来ない。
私だってそのお兄ちゃんとやらがどんな人か判らないのだから、結局はこの子がお兄ちゃんを目にしない限りは再会を果たす事が出来ない。
この案件、私には無理なような気がしてきた。
やはり運営本部に連絡し、放送してもらった方が確実だ。

「おにいちゃん……どこ……」

細い声が雑踏の中だと言うのに、私の耳に入る。

「大丈夫!お兄ちゃんの方も探してるだろうし、すぐ見つけられるよ!!」

うっすらと笑った顔を見た。初めての笑顔。
私は先ほどの弱音を吹き飛ばし気合いを入れ直した。

「そういえば、貴女のお名前は────?」











「全然いない……。てまりちゃん、疲れてるよね」

てまりちゃんは私の問いに長い前髪を揺らした。
出会ってから三十分は探している。慣れない下駄のせいで足の指が痛い。
私たちは祭り客で賑わう通りから少し離れ、神社の境内前にある階段に腰を下ろした。

花火が近いからだろうか、境内には人がいない。
私は下駄を脱ぎ、足の指を確認した。鼻緒を掴んでいた部分が赤くなっており、薄皮が剥けている。さっきから痛みに気を取られて思うように歩けなくなっており、そろそろてまりちゃんの兄を見つけたいところだ。
それにてまりちゃん自身も疲れている。
元々口数が少ない子ではあるが、今は唇を縫いつけられたかのように一切唇を開かない。

てまりちゃんは腕の中の手鞠を抱きしめたまま、石段から降りた。
両手を離し、地を跳ねた手鞠を彼女は上手についている。

「ろーく……なーな……はーち」

手鞠が連続して土を蹴り、空へ上がる。
光力が弱い境内に刺繍が施された手鞠が鮮やかに映る。

「きゅう!」

力が強すぎたのか、あらぬ方向へ飛んでいった手鞠。
てまりちゃんは駆けて拾いに行くと、大事そうに抱えて戻ってきた。

「とっても大切な物なんだね」
「うん。大切なの。それに、このまりはね、お願いを聞いてくれるの」
「凄いね。どんなお願いなの?」
「うん。教えてあげる。このじゅっかいめが出来たら」

ぱっと両手を離すと手鞠が落ちる。
そして、てまりちゃんの小さな手が手鞠に触れ、地へと叩きつけた。

「じゅう!!」

その瞬間、世界が真っ暗になった。境内を照らしていた提灯が消えたようだ。
しかしそれにしても暗すぎる。
離れているとは言え、すぐ近くでは屋台が並んでおりそこからの光がこちらへ漏れてくるはずだが、それすら無い。

私が辺りを見回していると、私の左右の手前から奥へ向かって一直線に火が灯った。
闇の中に伸びた一直線の明かりが二本。
そしてだんだんと浮かび上がってくる景色、歓声、煙。
これは、夜店だ。
ずらりと出店している。私がいた境内には夜店は一つも無かったのに。
そこで私はピンときた。

「てまりちゃん……」
「ねぇ、おねえちゃん」

手鞠を持ったまま、こちらを見上げるてまりちゃん。

「おにいちゃんを探すの手伝ってくれるんだよね。見つかるまで、手伝ってくれるんだよね」
「……それでこの空間なのかな。さっき言ってた鞠へのお願いは」
「お祭りはまだまだ続く。終わる前に、お兄ちゃんを見つけなくっちゃ」

現れた夜店にも人がいる。私を見て、ああという顔をすると目を伏せた。

「あの人たちも、私みたいに連れてきたんだ。そして、この空間に閉じ込めた」
「あれはおにいちゃんを探すお手伝いをしてくれているの。
 お祭りは終わらせられない。終わったら、おにいちゃんは帰ってこない」

今日は人間しかいないからと気を抜いていた。
どうやらてまりちゃんが作った空間に閉じ込められられたようだ。
よりにもよって、指輪が無い時に。ヴィルに言ったら怒られるところだ。

「で、そのおにいちゃんはこの空間の中には、いるのかな?」
「いる!絶対にいるの!」

と、てまりちゃんは言い張った。となると実際にここにいる可能性は低いかもしれない。
本当にいるのならば外から複数人も人間を連れてこずとも、会えていただろう。
しかし私は探すふりをすることにした。下手に刺激して空間の深い場所に押し込められたら堪らないからだ。

「じゃあ、私はあっちを探してみようかな」
「駄目。行くな」

店と反対側を指差した私に、てまりちゃんは強い口調で命令した。

「おねえちゃんは、お祭りに来た人なの。だからお祭りを楽しまないと駄目」
「お兄ちゃんを見つけたいんでしょう?だったら」
「私が探すの!おにいちゃんを。
 見つけるの。夏が終わるまでに。お祭りが、花火が上がる前に」

どういうことだろう。彼女は私、いや私たちの助けを欲しているのではないのか。

「……花火を見るって約束したんだから」

そう言うと馬のような茄子にのって消えるてまりちゃん。
空間の作成者がいなければ、ここから脱出する術や手がかりが判らない。
これでは八方塞がりだ。
どうしようもないので、この空間を調査する為に私と同様ここに連れてこられたのであろう屋台の人に尋ねた。

「おじさんは、いつからここで?」
「俺はもうここで、何万回、何百万回と、お好み焼きを焼いているんだ」

鉄板の上には美味しそうなお好み焼きがあった。
パックに詰められたお好み焼きも客側にずらりと並べられている。一つ四百円。

「迷子だと思って捜したのが間違いだった。こんなことになるなんて……」

閉じ込められるまでの流れは私と変わらないようだ。

「でもいいんだ。もうどうせ外には出られない。
 俺はここで死ぬことも出来ずにずっと焼き続けるんだ。客もいないのに」

教えてくれたおじさんに礼を言い、私は他の店にも聞き込みをした。
話す事は皆異口同音。迷子だと思って一緒にいたらいつの間にかこの空間にいたと。

「嬢ちゃん。せめて食べていってくれよ。作り続けるだけってのは辛くてな。
 俺は作る役だから食えないんだ」

夜店の店主役に抜擢された者は、客にはなれない。
やろうとしても、身体が言う事をきかないのだと教えてもらった。
私はおじさんに渡された焼きそばに食いついた。
先ほどまで人混みを掻き分けて歩き回っていたので、丁度小腹が空いており私は喜んで頂いた。

「……美味しいですね」
「そうか。そりゃ良かった。何万回も作ったかいがあった」

そう言って、おじさんはまた焼きそばを作り始めた。
山積みになるパック。客役が私以外にいないせいで、どの店も商品だけが溢れている。
けれど、皆作るのを止められない。
早く脱出方法を探さなければ、皆の心が壊れてしまうことだろう。

「……おにいちゃんって、何なんだろう」

てまりちゃんの兄とは本当にいたのだろうか。
それさえも判らない。
手がかりの無い今、試せることは全て試そう。
私は一列に出店する夜店と夜店の間を突っ切ろうとした。
通りから抜けられたと思ったら、何故か先ほどまでいた通りに戻されてしまう。
どうやら空間がねじ曲がっているようだ。
夜店の通りから外れる事は許されないらしい。

どこかに空間の歪みが少ない所はないか、何か脱出のヒントは無いかと、私は一人で出店を回った。
カキ氷をつっつきながら、私はずんずんと通りを歩いて行く。
ある程度歩くと最初の地点に戻される。この道は無限ループらしい。
横も駄目、縦も駄目。本当は上空も調べたいのだが、人間である私は空を飛べないので検証する事が出来ない。

同じところを歩き回り、石を投げてみたり、通りを照らす提灯を持って、新たな道を作ろうとしたりと、様々ことをしてみたが特に何も変化はなかった。
空間を作った本人に直接聞くしかない。そう思っていると、茄子に乗ったてまりちゃんが戻ってきた。空中に浮いたまま、私たちを見下ろした。

「まだ、足りない……。まだお祭りが足りないの。探さないと」

そう言い残すと、また空を駆けて行った。
話を聞きたかったのだが、地上には降りきてもらえなかった。
すると、出店のおじさんが大きく溜息をついた。

「残念だったな。ああやって消えるとしばらく帰ってこない。
 たこ焼き作りで言うなら、そうだなぁ…六万食くらいかな」
「え!?」

では、おじさんが六万食作り終えるまでの時間、私はずっとここでぶらぶらしてないといけないのだろうか。
店主役が永遠に作り続けさせられているということは、もしかして、私は吐いてでも食べ続けなければならないのだろうか。
それでは心が壊れるより前に、胃が壊れてしまう。

「完璧も何も、夏祭りは、夏祭りなのにな」

そうおじさんが呟いた。
さっきのてまりちゃんの言葉だ。見たところこれは普通の夏祭りなのに。
何が足りないんだろう。

「嬢ちゃんは、一生この通りで遊ぶしかないんだよ。きっと。
 俺がタイ焼きを焼き続けなければならないように。
 役割を演じなきゃならないんだ」

それは困る。私はここから出て皆と合流しなければいけない。

「折角の夏祭りで、花火大会だってのに、ここは一度も花火が上がらない」

おじさんの言葉にピンときた。
てまりちゃんが何度も言っていた花火と言うワード。

私は出店と出店の間の隙間に身体を押しこんだ。
夏祭り空間は客である私を逃がさないようにと押し返してくる。
しかし、そこで負けてられない。
空間の先へと手を伸ばし、強く願う。
この空間の破壊と、花火の打ち上げを。
指輪の無い私がしたって何の効果も無い。

だが、私は強く願い続けた。
黒ちゃんお願い、私に力を貸してと。
花火を打ち上げて、この空間を壊させてと。
願いは力になるのか、私の身体は少しずつ空間の外へとめり込んでいく。

「嬢ちゃんすげぇな。俺たちは役割以外のことをするだけでも駄目だったのによ」

私と彼らの違いを知る私は、なんとなく自分がこんな事を出来る理由に心当たりがあった。
創造と破壊を司る神々と似た力と約一年付き合ってきたのだ。
多分それの影響でこんな無茶な事が出来るのだろう。

この空間の境目は硬質の壁であったが、私が押し続けているとゴム鞠のようにしなってきた。
もう少し。もう少しだ。
私は必死に壁を押し、破壊を願う。

腕一本分空間の壁が歪むと、突然穴が開いた。
すぐ目の前に花火の打ち上げ器具がある。
花火の打ち上げ方なんて判らないが、筒状のものから糸が飛び出していたので、まずそれを握った。

すると握った瞬間点火し、火がゆっくりと筒へ向かって歩く。
危険を察した私は手を離し、すぐに身体を花火の筒から離した。
火が筒に到達すると、大きな音を立てて花火が打ち上がった。

その瞬間硝子が割れる音がした。空間が壊れたのだろう。
後方でおじさんたちの歓声が聞こえる。

「花火を上げたのね。まだ、お兄ちゃんを見つけていないのに」

打ち上げ花火の筒の横に、てまりちゃんがいた。
今までとは纏う雰囲気が違う。

「許さない。お兄ちゃんは、まだなのに、一緒に見るって言ったんだから!」

鞠を私目掛けて投げつけた。
その速度があまりにも人間離れしており、私は避けるという行動に移る事が出来なかった。

しかし、鞠が私に当たる事は無かった。
彼女の手鞠が私の前でぽてりと地に落ちる。

「黒ちゃん!」
「変な空間だが手を出さずに置いてやったのに」

すっと彼の背後へと押される。どうして私に気づいたんだろう。

「やったー!!!!外だぞ!!!」
「ようやくここから解放された!!!」

おじさんたちは声をあげ、次々と神社の境内から飛び出していく。
そして、本物のお祭りが開催されている方へと。

「……お祭りが、終わっちゃう……」

てまりちゃんが声を震わせた。

「テメェの祭りは終わらねぇよ」

先ほど空間を壊したばかりだと言うのに、また世界と切り離されたような違和感。
今度は夜店なんて一つもない。ただの闇だ。
これはてまりちゃんじゃない。黒ちゃんが新たに空間を作り出したようだ。

「そこでじっくりと見てな」

闇の中、ひゅうるりと上に向かって描かれる線。
それはやがて消えたかと思うと、大きな音を立てて花弁を散らした。
そこから立て続けに打ち上げられる花火に、てまりちゃんはうろたえた。

「夏の花は美しい。しかし、その美しさは一瞬のもの」

そう言った黒ちゃんの背後で、花火が止んだ。
そして、一つひゅるひゅると上がっていくと大輪を咲かせた。
ぱちぱちという音と共に花は消滅する。

「花が散った後、御霊は元の居場所へと帰っていく。それは、お前の兄も同様」

ぼんやりと宙に浮かぶ後ろ姿の男の人。

「おにいちゃん!!!」

てまりちゃんは金切り声で叫ぶが彼は振り返ることもなく、消えていった。

「おにいちゃんを返して!」
「返しても何も、奴はもう死んでいる。そしてお前も」

急にてまりちゃんの足元が透明になった。
今まで全く気づいていなかったが、彼女は、生きていなかったのだ。

「さぁて。幽霊程度が俺のに手を出すとは笑わせるぜ」

おにいちゃんと繰り返し呟く彼女を、黒ちゃんは指差した。
何をするのかは判らない。でもいつもと同じならば、きっと。

「黒ちゃん、駄目!!!」

私は彼の背後を飛び出し、てまりちゃんの前に立った。

「しなくていいの。そんな事、しなくていいんだよ……」
「しかし」
「おにいちゃんと会わせてあげて。少しでいいから」

このままでは彼女も兄も消されてしまうと思った私は、
せめて兄弟を再会させて欲しいと願う。
彼は渋い顔をしている。

「お願い」
「……何故俺を呼ばなかった」

彼は低い声を漏らした。これから怒られるのだろう。
私は下を向いて、彼の言葉に耳を傾ける。

なら判ったはずだ。空間を切り離され、閉じ込められた事を。
 それでもは俺を一切呼ばなかった。それは、何故だ」

自分でなんとかなると思った。
まだ、そんなに困る場面ではないと思ったのだ。
だがそれを言えば、火に油を注いでしまうだろう。
だから黙っていた。

すると彼がすっと手を上げた。
叩かれると思った。それはゆっくりと下りて私の頬に触れる。

「大丈夫だと思ったんだろう。だが、その判断が誤っているという考えはないのか」

私の思考回路なんて、彼にはお見通しだそうだ。

「し、心配掛けて、ごめんなさい……」
「……俺だけじゃないんだが」

それを言われると言葉が出ない。
ここにいるのは彼だけだが、他の人も私を心配していてくれたのか。

「周囲の事が見えなくなる癖を早く改めてくれ。
 でなければ、俺も"そういう行動"に移らざるを得ない」

そう言って、彼は地に落ちたままになっている手鞠を指差した。

「お前、それを持ってろ」

黒ちゃんに命令されたてまりちゃんは、びくびくしながら従った。
手鞠を抱くてまりちゃんの手に重ねられる、一回り大きな手。

「おにいちゃん!」

うっすらとしている彼は彼女の手を引いた。
てまりちゃんは満面の笑みを浮かべ、そのまま連れられる。
二人は仲良く闇へ消えて行った。
判っていない私に黒ちゃんは教えてくれる。

「あの子供は兄と共に在るべきところへ帰った。
 元々兄を求めてここに縛り付けられていたようだったからな。再会を果たしたのだからも満足だろ」

そして闇が消える。元の世界だ。

!何処行ってたんだよ。また誰かに絡まれたのか?」
さん怪我してない?大丈夫?」
「まーた、これかよ。ちゃんも飽きねぇな」
も大変だなぁ……。とりあえず、見つかって良かった」

目の前に出現した学校の皆に口々に言われ、私は申し訳ない気持ちに陥る。
ごめんなさいと謝ると、四人は笑った。

「あの空間にもいたのか。さっすが……黒神の読みは大正解だな」
「MZD」

彼もまた、心配をしてくれたのだろうと、私は頭を下げた。
気にするなと、MZDは楽しそうに笑う。

「黒神ってばさ、は用事で少し抜けるって言ってから、ずっとそわそわしっぱなしだったんだぞ。
 溜息ばっかりついて、そこら中うろついて、に似た別の女の子に声をかけたり」
「そんな事までに言ってんじゃねぇよ!!!」

その情景はありありと目に浮かぶ。
トイレに行くと言った私が遅いからと、彼は心配したのだろうが、
行き先がトイレであった為に下手に探ることも出来ずきっと悶々としていたのだろう。

「ごめんなさい……」

私はもう一度、謝った。

「行くぞ。もう花火が始まる」

黒ちゃんに差し出された手を取った。

「って、ドサクサに紛れてちゃんに触ってんじゃねぇよ!!」

慌てたニッキーに彼と絡めた指を引き離された。

「こ、この……」

黒ちゃんが顔を引きつらせたところで、大きな花火が打ち上げられた。
終わりの始まりだ。





fin.
(13/09/06)