おまじない


三角の黒頭巾、黒いローブ、極めつけは怪しい色の液体を煮込んだ鍋。

「おー、今日も頑張ってんのな」

説明中に割り込んできたこの、部屋の中でふわりと浮いた少年は魔法使いでもなんでもない。

「勝手に入るなっていってるでしょうが!!」

近くにあった鉱石を真っ直ぐ投げると、少年は容易くキャッチしちょちょいと指を振った。
手元を見ると鉱石が戻ってきていた。
彼は超能力者でもマジシャンでもなく、この世界の神様である。
冗談ではない。
本物の、神様だ。

「けど、どうせ新作が出来たとこだろ? だったらオレがいなきゃ始まんねーんじゃねーの?」
「……鬱陶しいからその辺座っといて」
「はいはーい。コーヒー淹れていい?」
「帰りにカップ洗うならね」

神(以後MZDと呼ぶ)は勝手知ったる私の家で、勝手に持ち込んだカップにコーヒーを淹れる。
大人しく椅子に腰かけて飲んでいる間に私は最後の仕上げをする。

「……で、で、……出来たあああ!!」

フラスコの中身を漏斗で瓶の中に入れる。
透明な硝子瓶を優しく握って、ちょこちょこっと呪文を呟けば完成。

「この鍋のもんは入れなくていいのか?」
「そっちは夕ご飯」
「うわーお……」

コーヒーを飲み終えたところで、小瓶を渡す。

「飲みなさい」
「あいよー。で、これは何のお薬ですか?」
「惚れ薬ver102.3bよ!」
「ソフトウェアのバージョンじゃねぇんだから……」

MZDは呆れながらも小瓶を開けた。
その瞬間私の魔法が発動する。
対象が瓶を開けた瞬間、液体と混ざり合っていた成分の一部が目に見えない微細な粒となり瓶の外へ飛び出す。
その粒から放たれる香りを嗅いだだけで、対象は私の事が気になってしょうがなくなる! 予定!

「で、今回も最後まで飲み干せってか?」
「YES! 出来れば一気飲みが好ましい!」
「了解!」

惚れ薬と言っているのにMZDに躊躇いはない。
実はこのやり取り、惚れ薬のバージョンで判る通りもう何度もやっている。

────最初は、おまじないだった。
本屋にあった『おまじない』の本に好きな人と結ばれる方法が書いてあった。
子供の私は疑い半分で当時好きだった人を想っておまじないを行った。
でも、好きな人は私を好きにはならなかった。
悲しかった。悔しかった。幼子ながら女である事を否定されたような気がした。

お小遣いを溜めて高いおまじないの本を買って試した。駄目だった。
他人に頼る事が悪いのだと、私自身がおまじないを作った。駄目だった。
おまじないである事が悪いのだと、私は魔女に弟子入りした。
普通の女の子だった私は、厳しい修行に耐え抜いた事で永遠の命を持つ魔女になった。
魔女になってもやる事はただ一つ。

好きな人と結ばれる為の魔法の開発。

「口当たりのいい薬だな。……それで? 効果はどう試すんだ?」

創造神MZDと結ばれる事────それが子供の頃からの夢。

「私の事、好き?」
「スキスキ!」
「失敗ね」
「なして!?」
「だって、そんなふざけていう訳ないじゃない。しょうがない。また次の考えてくるわ」

今回も失敗だ。
やはり神相手の惚れ薬はそう簡単にはいかない。
今回の失敗作だが、一応買い手は見つけてある。
失敗作を売却するなんて、と思う人も当然いるだろうが、私はお金になるのであれば構わない。
生活もあるし、次の薬の資金集めは最重要項目。魔女の用具も材料も高価なのだ。

しかし、今回は何が悪かったのだろう。
やはりまだ神とは何か、生成材料を掴み切れていない事だろうか。
何度か身体検査を行っているのだが、私如きではまだ真理には到達できない。

「…………。ん、まだいたの? カップ片付けたらさっさと帰って」
「冷たっ! えー、もうちょっといたって良いじゃんよ」
「失敗が判明した後は原因追及に忙しいの」

しっしっと手を払い、私はソファーに横になって考え込んだ。
……悔しいなあ。







「かみさまのことだいすきだよ! だから、わたしのこともだいすきになって!」

子供らしい純粋な好意と要求。
みんなのMZDであるオレは勿論答えた。

「ああ、オレは"みんな"のことが大好きだぞ!」

いつものお決まりの台詞に、幼い女の子は目を見開いた。
うんと小さく頷いて、背を向けて歩くその姿は寂しそうだったがオレは追いかけなかった。
夢を与えるのがオレだが、偶には夢を壊すことだってある。
だから、何も知らないふりをした。

数年後、少女になったあの子は言った。

「神様! 私の事どう思う!!」

オレは応えた。

「ああ、大切なヤツらの中の一人だ」

少女はきゅっと口を引き結んで、またオレに背を向けて行った。
可哀想ではあるが、そろそろ諦めてくれると良いなと思っていた。

一年後、少しだけ背の高くなった少女が言った。

「MZD! 私の事を好きだと言って!」

オレは応えた。

「うんうん、スキスキ。オレみーんな好き!」

少女はオレを睨みつけて叫んだ。

「見てなさい!!! 今度こそ!!!! 今度こそ!!!!」

少女は全速力で走っていった。
随分根性があるヤツだと感心した。
あの熱意がいつまで続くだろうか、少しだけ気になってしまった。
それから数年が経ち、その子の事を忘れた頃に、少女──いや、綺麗な女性が仁王立ちで言った。

「宣戦布告よ!! とにかくその薬を飲みなさい! 今すぐに!」

面白がったオレは当然全部飲み干した。でも何もない。

「……私の事どう思う?」
「随分綺麗になったな」
「そうじゃない。好きかって聞いてるの」
「結構好きだぞ。お前の事」

女性は小さく息を吐いた。

「失敗か。……これで失礼するわ。また来る」

ひらひらと手を振ってオレを置いて行く彼女の背中は大きくて、あまりの凛々しさに一瞬目を奪われた。
それから定期的に薬を押し付けられ、オレは律儀に飲み干している。

「私の事どう思う?」
「好き!」
「……失敗か」
「なんで!?」
「いつもと同じじゃない。TVやPopTubeの配信の時と一緒」

悲しいことに、オレの一世一代の告白は失敗扱いされて流されてしまった。
オレはとっくに絆されていたってのに。今になって本音を語っても冗談としか捉えられない。

それでもいつかは、オレの言葉が本物なのだと判らせるつもりだ。

「いつ伝えっかなー」





fin. (20/11/18)