「……私は、世界の覇者になるのだ!!」
私は外界の狭間(ベランダ)から、世界(ご近所)へ宣言した。
愚民どもが阿呆な顔をこちらに向けている。
この景色、まさにえっけいぞ!……えっけい?……えっけいで漢字が出てこないぞ。
あれ?なんだっけ。どうだったっけ。
「絶景(ぜっけい)でしょ。そんな事も判らないの?
ちゃんって本当馬鹿だよね」
やれやれのポーズをとるチビの首根っこをぐいっと掴んで持ち上げる。
小学生くらいのくせに羽のように軽い。チクショウ……世のデブに謝れ。
「ちょっとー、服が伸びるから止めてよね」
「餓鬼のくせに私に逆らうな。ねんこーじょれつだ!」
「ふうん」
チビが目の前からふっと消えると、私は床に顎を強打した。
後ろを見ると鉄パイプを持ったチビがいて────。
「餓鬼じゃなくて、ムラクモ。年功序列なら僕の勝ちだね。だって僕────神だもん」
◇
「ったく、容赦しろ!チビ!……あ、いえ冗談です。嘘です。すいませんムラクモ様」
「もう。口の利き方には注意してよね」
何が悲しくて自分が殺された後片付けをしなければならないのか。
まぁ、死ぬって言っても血がどばっとでて、あいたたとなるだけで、
目が覚めたら五体満足で元気100倍なわけだけど。
自分の血を拭いた雑巾を干してたら「あら、綺麗な赤い布を買ったのね」なんてママンに言われたけど、こっちは「フハハ!」しか言えなかったっての。
「で、ちゃん。世界征服を目指す人がなんで這いつくばって雑巾がけしてるの?」
「お前のせ……い、いえ、ムラクモのせいです!」
「ちゃん、それだと結局僕に責任をなすりつける事になってるじゃない。
もう少し頭使わなきゃ駄目だよ。はい、ペナルティ」
今度は首を絞められ殺された。
「っ、けほっ。これだと起きたら涎だらけなのがヤなんだよなぁ……」
「ちゃんが気を失ってる間は、目玉もどーんで舌がびやーってなってるよ」
「グロ……」
「ねー。ちゃんってば、ばっちぃー」
「クソチビ!」
殴りかかろうと手を振り上げたが、その前に八つ裂きにされ殺された。
「……つ、疲れた……」
「常人なら一日に何度も死を迎えるって疲労だけでは済まないんだけどね。
さすがちゃん。馬鹿は耐久力だけはあるってね」
「HP減少。これはお菓子食べないと死ぬ……」
台所に行こう。一つくらいお菓子があるだろう
「え!僕も!僕もお菓子!!!」
◇
ムラクモは別の世界で神様をやっていると言っていた。
それが何でこの世界に来たのかは判らない。
そして私以外には姿が見えないのも意味不明。
「僕は、君に決めたんだ」
突然現れてパケットモンスター的な台詞を言うもんだから、
私は夜中だというのに大爆笑し、そして殺された。
ファーストデスというやつである。
「君は今まで通り好きに生きれば良い」
「なにそれ、うざい。ヤダ。私は闇に紛れ孤高に生きて行くと決めたのだ」
「僕は神だ。君を利用させてもらう代わりに僕の力を貸すよ」
「私は他人の力は借りない。私には前世で得た精霊の力が封印されている。
封印さえ解けば誰にも負ける事は無い!」
「……あ、これがちゅーにびょーなんだね」
「お前も洗脳されているようだな。クラスの奴と同じその言葉をのためいおって」
「……あ、のたまうって言えないんだ」
「くっ、私を操ろうとしたか。組織の人間め!!」
「……あ、自分の非を認められないんだ」
子供特有の甲高い声でムラクモは大笑いをし、そして目に涙を浮かべながら言った。
「僕の目は狂いは無かった。ね、名前教えてよ!」
こうして、ムラクモは何処にでもついて来る私のペットになった。
◇
「世界征服の為には学校という組織くらいは支配出来ないと駄目だと思うんだ」
「んん~。うん、まぁそうかも」
パキッとムラクモは醤油せんべいを齧った。
「教育機関は洗脳の場。私はその洗脳にかかる気はない」
「ほうほう」
机に落ちたせんべいかすを集めてティッシュで取るムラクモ。
「だから、宿題をするのは止めようと思う」
「……それ、出来てないから、もしくはやってないからそう言ってるだけでしょう」
「何を言う!私はやればできる子だ!ってママンが言ってた!」
「君のママは褒めるが基本の教育だからね」
「……教育?……ママンも私を洗脳していたというのか」
「まぁ、子は親の影響を受けるわけだしそうだねぇ」
「……母よ……すまん。私はもう母を捨てる」
「そっ。じゃあお菓子没収」
小袋に入ったせんべい達をムラクモが両腕をブルドーザーみたく動かして回収した。
「なにをする!」
「君の母親が君の為に購入した物。
母に反旗を翻すなら、これらを享受しちゃ駄目でしょう。
軍門に降るのかい?」
「ぐ、ぐんもん?」
「もう!馬鹿なんだから!ママに支配されてもいいの?ってこと!」
「フッ……兵糧攻めとは見事な。私が牙を研ぐ間は大人しくしといてやる」
せいべいを探して手を伸ばした。
「都合いいなぁ。本当」
「知将と言うんだ。知将と。って、もう全部食べられてんじゃん!」
「知将と言うんだ。知将と」
ムラクモは満足そうにお茶を飲んでいた。
「っこの、チビ助!!!」
飛びかかった瞬間、私は天井から逆さに吊られた。
「では君の頭上に凄く鋭い針を設置します。そして~、この紐を~切ります!」
ずしゃ!
◇
血で濡れたリビングの掃除をした後、私とムラクモは電気屋に向かった。
「よしっ!!!」
私がガッツポーズをすると、くそチビが悔しそうに唸った。
「ばーーか!!雑魚!へったくそ!」
「うう~!!」
「おっと。ここは店内、子供もいるぞ。
こんな所でスプラッタ劇場なんて出来るのかな。出来るのかなぁああ??」
「……むかつく。君、帰ったら覚えておきなよ」
「もう忘れたわ!!」
そしてもう一戦。
最近あんなにCMでゲームの宣伝をしていると言うのに、何故か試遊機は店から激減した。
PVを垂れ流すだけのモニターが殆どだ。
それがこの店では最新のゲームをお試しでプレイする事が出来るのだ。
しかも2Pまで用意されている。貴重過ぎる、皆で大事にしよう。
「あー!大きいお姉ちゃんが一人で二人プレイしてる!」
おいおい。近所の小学生が現れてしまった。
ムラクモは他人に見えないから私が一人でやったように見えてるらしい。
よく判らないが、姿の見えないムラクモが外で好きに動き回っていても、誰も驚かないように出来てるんだとか。
都合良く事実を曲げているらしい。
「ちゃん。僕離れるね」
ムラクモはコントローラーを所定の位置に置いて私の後ろへ。
って、お前今のレース負けてたから逃げたろ。
「お姉ちゃんのくせにゲームしてるんだぁ。家ですれば良いじゃん」
「ないし」
「買ってもらえば」
「無理だし」
「え~、可哀相!」
「……死ね」
ちょっと口が滑っただけだ。
それなのにこのクソガキは私の目の前で大泣きしやがった。
どう考えてもわざとだろうと思えるような、店中に響くような大声で。
するとそいつの親らしき人が来た。
逃げないとと思って後ずさったら、カンカンカンと靴を鳴らして私に近づいた。
「うちの子に何してるの!!!」
ヒステリック過ぎる声に思わず耳を塞ぐ。
するとそんな私の腕を握って「ふざけるな」と耳元で怒鳴った。
「わざわざ耳元で言わなくても」
「口答えをしない!」
ばちんっと頬を叩かれる。衝撃で頭がぐらっとする。
「二度とこんなことしないで!本当、親の顔が見てみたいわ!」
言葉を吐き捨てるとガキの手を引いて、またカツカツカツと去って行った。
泣いてたガキはけろっとしていて、私に対して舌を出していた。
「……」
ムラクモはムカつく事に、こういう時は私に何も言わない。
あの餓鬼みたいに馬鹿にすればいいのに。黙って私を見上げるのだ。
「……よし。これで順番を代わらずに済んだぞ。
ムラクモ!さっきのレースの続きだ!」
「え~、時間が空いたしリセットじゃない?」
声をかけると、またいつものムラクモに戻る。
「はぁ~?神のくせにコスいことしてんなー。神のくせに、ぷぷ」
「……知ってる?別にさ、床を汚さなくても殺せるんだよ」
私は石化させられた。死んだ。
生き返った後、画面は何故かタイトルが表示されていた。
「さぁて、もう一回勝負だよ」
こやつ……リセットしおったわ。
◇
「ちゃん。今日も行こうよー」
「はいはい。全敗だったもんな。ふほほほほ、良い気味だ」
「初心者の僕に容赦ないちゃんがどうかしてるよ!」
「殺され初心者の私に容赦ないチビの方がどうかしてるだろ!」
「さ、こっちこっち!」
「聞け!!」
ムラクモは負けず嫌いらしく、私の手をぐいぐい引いてあの電気屋へ連れて行った。
試遊機には先客がいた。あの餓鬼だ。
私は気にせず後ろに並ぶ。
「また来たの?」
コントローラーを持ったまま嫌な顔をしやがる。
「へーへーそうですよ」
「今僕がやってるんだから帰れよ」
「だから並んでんだろタコ」
また前と同じ。泣きモーションに入ろうとした。
ムラクモに目配せすると、姿が見えない事を良い事に、餓鬼の目を無理やり開かせた。
こいつの泣き方は何度も瞬きをして涙を出す方法だ。
目を閉じさせなければ、泣けない!
「う。目が、目が動かない」
「さあて少年。勝負しよう。ゲームで勝負だ。
私が勝ったら二度と私に刃向うなよ。まさか、また母親に逃げるのか?」
「ふざけんな!!じゃあ僕が勝ったらもう二度とこの店にくんな!」
「ああいいぜ。ムラクモ離してやれ」
「ムラクモって誰だよ」という言葉をスルーして、私は2Pコンを握った。
「勝負ははマリコカートで良いな」
「いいよ!負けても泣くなよ」
キャラを選択して、レース場を選んだ所で────奴は後悔し始めた。
「抜けない!!ズルすんな!!!」
「ズルしてねぇし!」
チート技は使ってない。バグ技も利用してない。
それでも私は一位爆走していた。
ゲーム初心者のムラクモは私のプレイを初めてまじまじと見て「なんでなんで」と繰り返していた。
「なんでアイテムがすぐに出るの!?」
「そういう技なの。基本」
ルーレット時間短縮は単純だけど大切な事だ。
「コウラ投げられたのに、なんで当たらないの」
「後ろのアイテムなくなったろ。盾に出来るんだよ」
だから前にいれば常にアイテムを持っていないといけない。
アイテムゲーであるこのゲームは防御が大切になってくるのだ。
「POWだよ!地震だよ!」
「まぁ見てろ」
こういう時はウィリーで処理出来る。
にしても今回導入されたバイクのせいで、バランスが崩れたように思う。
「抜いた!!お姉ちゃんおっそーい!弱過ぎ!!」
「ちゃん!偉そうに説明したくせに抜かれちゃったよ!」
なんで餓鬼というものはこうもムカつくもんなのか。
だが、これでいい。判っていないなら好都合だ。
この、わざわざ八位になった意味が。
「キラー!?ムカつく!!!そんなの使うな!バグだ!!」
順位でアイテムの出やすさは違う。
狙ったアイテムを出して、ここぞ!という場面で使用する。
そして相手が気付いていなかったショートカットを利用してゴールだ!
「大勝利だ!!!」
「う、……うう…………」
餓鬼はコントローラーを壊れそうなくらい握りしめた。
今度は嘘ではなく、泣くだろう。
「今日の所は勘弁してやる。次回はもっとマシになってろよ!」
そんな事をされる前に、私は捨て台詞を吐いて逃げ帰った。
帰り道、ムラクモはケラケラと笑っていた。ゲーム出来なかったのに。
「ちゃんって容赦ないね~」
「勝負は本気が基本だろ!」
「……で、どうするの?暫くあの店行かないんでしょう?」
「なんで?」
「とぼけなくて良いよ。
あの子もちゃんと同じでゲーム持ってないんだもんね。
だからあの子もお店でするしかないんだ」
「私はそんな事判らなかったな~」
このチビ神は余計な事に気がつく。
ムラクモの指摘通り、あの店は暫く行かないつもりだ。
今行っても、あの餓鬼は私を見て逃げるだけだからな。
強くなった頃、あの餓鬼が自信を持った頃にもう一度行く。
わざわざどういうテクニックを使ったのかムラクモに向けてとはいえ説明してやったんだ。
上達のヒントにはなるだろう。
「ま、初心者狩り楽しかった~。俺TUEEEEEE」
「あはは!僕ちゃんのそういうクズなとこ大好き」
「くっ、なんと。私の魅力は神をも惑わしてしまうのか」
「……調子に乗ってるとまた殺しちゃうよ」
「大変申し訳御座いませんでした、ムラクモ様」
「ふふ。ちゃんの愚かしさは人間ぽくて良いね」
何故か上機嫌なムラクモは私の周りをくるくると回っていた。
後日ムラクモとその店に行ったらその餓鬼はいなかった。
何度来ても、いなかった。
そのうち試遊機のゲームも変わった。
そして、試遊機自体が無くなり、ただの宣伝PVを流すだけになった。
◇
ムラクモ。
余所の世界の神様だっていう、拷問狂チビ。
こいつはいつも私の後ろをついてくる。
「ちゃん起きて!起きないなら朝一ギロチンだよ!」
じゃっきん。
「……むにゃ、あ!!!シーツが赤い海に!!また勝手に殺したろ!!」
「だって、起きないんだも~ん」
fin…?
(14/04/19)