「やあやあ、先輩。今日も寒いですね!」
立て付けの悪い扉を勢いよく開けた女はズカズカと入室すると部屋の真ん中の炬燵に足を入れた。
「うー、温かい。あ、先輩この水晶邪魔です。別の場所に置いて下さい」
とんがり頭巾の男は炬燵の上に置いてあった水晶玉を持つと、空いた炬燵のスペースの座布団の上に丁重に置いた。
「さっきコンビニで肉まん買ってきたんです。なんか変なキャラクターの」
女は袋から肉まん型の緑の物体を一つ取り出し、男の方へと差し出した。
湯気を放つ緑の物体に男はそっと視線を逸らした。
「我が喰らうは森羅万象のエ、」
「いいから早く食べて下さい」
嫌がる素振りを認識していながらも、女は男に無理やり持たせた。
両手でこぶし大の肉まんを握ると男の様子を女はジッと見つめている。
男が少しでも肉まんを遠ざけようとすれば睨みつけその動きを咎めた。
仕方なく、男はそれを口に含み、ゆっくりと租借し飲み込んだ。
「……新緑の味が容赦なく我を襲う」
「ほうれん草ですかね。コレ」
男がフードを目深に被り直している間に、女は袋からもう一つの緑の物体を取り出し大きく一口かぶりつく。
そのまま、二口目、三口目と口にし、数秒で食べ終えた。
「青臭い……。やっぱり普通の物が良いですね」
と、袋からペットボトルのお茶を取り出して胃に注いだ。
一口食べたまま動きを見せない男に言う。
「全部食べて下さいね」
後輩に促され、男は意を決して肉まんを口に押し込み、ろくに噛まずに飲み込んだ。
女が飲みかけのペットボトルを男に手渡すと、奪うように受け取りお茶の力で押しこんでいく。
500mlのお茶は瞬く間に空っぽになった。
「……もう二度と我に渡すな」
「あまり美味しく無かったですもんね。次はもっとマシなものにします」
「……」
反省の色が見られない後輩に男は溜息を漏らした。
「まぁいい。それより、何故今日来なかった」
「来てるじゃないですか。ほら、今目の前に」
「誤魔化すな」
目深に被ったフードで目元は見えないが、女を注意深く見つめているようだった。
責められていると感じた女は声を強めた。
「先輩まで説教ですか。勘弁して下さいよ。ちょっと学校に行かなかったくらい」
「そうか」
呆気ない返事。
あの回答で目的は達せられたのか、男は脇に置いてあるいかにもな黒い装丁の本を取り出した。
女に構わず本を広げて読書を始める。
女が机の上に散乱したゴミを片付ける間も、ペットボトルのビニールを外して潰す間も、座布団にどっかりと座った水晶玉に指紋を付けている間も、黙って本を読み続けていた。
居づらさを誤魔化す為の作業を失った女は観念し告白した。
「……行きたくないんだからしょうがないじゃないですか」
そこで男は本を閉じて、目の前で口を尖らせる女を見た。
「動けないんですもん。今日は特に、駄目だったんですもん……」
女は制服から財布を取り出すと、レシートを黒装束の男に突きつけた。470円と表示されている。
「奢って下さい。先輩なんだから」
男はレシートを突き返した。
「生憎、財布を持たぬ主義だ」
「それ、最初から奢られる気満々って事ですか?」
レシートを突き返す男の力は強く、女は勿論抵抗したが男の手はびくともしない。
「……明日は行きます、から。部だけじゃなくって」
「そうか。明日も部がある。故に放課後は遅れる事無く来い」
「はい」
男は手を放してレシートを受け取った。
「……では、470円分の我の秘薬を」
「現金で下さい」
fin.
(14/01/22)