まるで終わりのない回廊のようで 一年生-春-

春、桜の季節。
うららかな春の香りに包まれて、私は、大学生になった。
世間的に言われる田舎県から上京。1Kのアパートで一人暮らしをはじめた。

最初の数日は誰にも邪魔されず一人で生活することにはしゃいだ。
その数日、自分以外は誰もいないと言う空間や、外出しても知るものが何一つ無いことに心細くなった。
そのまた数日、現状に適応した。

大学という場所にも慣れた。
小学校、中学校、高校と教育を受けてきたが、この大学と言う場所は少し勝手が違った。
そのために戸惑い、周囲を見回しすぎて首が痛くなったりもしたが、もう大丈夫だ。

大学生活で判ったこと。
高校生活とは違い、クラスがないため基本的には一人であること。
授業をサボっても怒られないこと。
他人と協力技を使えば、出席もテストもどうにでもなるということ。

本当、今までの勉強生活はなんだったんだろう。
あんなに一生懸命やっていたのに、なんだか突然のイージーモード。
勉強するために入ったんじゃなかったっけ。
いい大学に入って、いい会社へ行け。
いい大学と言われるところも、こんなものなのか。
いかに賢く楽にやっていくか……。


上京、進学……ということで、少なからず心躍っていた私だが、
この春の輝きとは対照的に段々と思考がくすんでいった。











大学からアパートまでは徒歩五分。
今日は二限目から講義である。
食パン一枚だけの簡単朝食を済ませて、私は大学へ向かった。

教室に足を踏み入れると、まばらに生徒が席に座ったり談笑していた。
この講義だけは一年生のみの必修であるというのに、もう談笑とは。
ちなみに私は二週間ほど真面目に講義に出たが、友人はゼロである。もう一度言う、ゼロである。

この時期の一年生というものは、友人がいない。
(同高校の生徒が進学したり、友人同士で進学したのならば別)
つまり誰もが怯えている。孤独であることに。
通常状態ならば他人に話しかけることを恐れたり、億劫に感じるものであるが、
孤独であり続けることの方が苦痛であり恐怖であるために、また相手も自分と同じ境遇であるということが重なって、人に少し勇気を与える。
そのほんの少しの勇気によって、新天地で友人を作ることが出来るのだ。

ちなみに私は、その勇気が無かった。いや、あったのだろう。あったのだろうが、面倒くささが勝った。
孤独だから適当に声をかけて回ろう、という考えに至らなかった。
気になる人がいれば意欲的になるだろう。無理にする必要はない。

だから、友人はゼロなのである。決して、友人が出来ないということではない。
とは言え、この調子で周囲で友人グループが形成されだすと、きっと気まずいことになるのだろう。
容易く想像できることではあるが、それでも私は意欲的にはなれなかった。


教授が教室にやってきた。時間だ。講義が始まる。
私は五人がけの長机を一人で使った。着席場所は端。
周囲では二人や三人で机を使用していた。少しだけ居た堪れない気持ちになる。

担当する教授が生徒の名前を次々と読み上げていく。
他の講義ではこのようなことはあまり無い。これが必修だからだろう。

「ん……いないのか?」

どうやら、もう来ていない生徒がいるようだ。
私には考えられない。
病気になったというのならばしょうがないだろうけれど。
……もしも、今後病気になったらどうすればいいのだろう。
後で教授に質問して聞いておこう。

教授は名前を全て読み上げた。結局一人以外は出席していた。
それから教授はこの講義の説明に入った。
何人かでグループを作り、指定されたことについて調べあげた後に発表するそうだ。

全員新入生同士なのだから、これを機に人と交流しなさいということ。
専門分野について意欲的に接触し、知識を深めなさいと、この講義はそういう意図らしい。

なんと、行き成りグループ活動だ。
さて、どうするか。多いグループに入れば役割も少ないだろうし、知り合いも増えるだろう。
少ないグループならば、役割は多く責任も大きくなる。その代わり自分のためにはなるだろう。

私は後者を選択した。折角の機会だ。友人よりも知識が欲しい。

私は周囲を見回した。
ある程度グループは出来ているが、まだ人は残っている。
その中で私と合いそう尚且つ、切磋琢磨出来そうな優秀な方且つ、
我侭でない人且つ、自信家で無い人且つ、あんまり優秀すぎない人且つ、発表をこなせそうな人且つ、
健康的な人且つ、面倒くさそうでない人且つ、清潔感がある人且つ、馴れ馴れしくない人且つ、
今後無意味に関わってこない人且つ────。

「すいません、遅れました」
「しょっぱな遅刻とはなんだね。まぁいい。じゃあ残ってるあの子とグループになって。詳細は聞いて」











どうしてこうなった。

何故か私は遅刻してきた変な男の人とグループを組まされた。
五人がけの机。
真ん中に私、一つ空けて端にその人。

おずおずと自己紹介をした。名をケンジというらしい。苗字不明。三年生らしい。
どうして一年生だけ講義にいるのかは不明である。
しかも、普通ならば私の二つ上に当たるはずだが、全くそう見えない。
何歳も年上に見える。浪人して入学した人なのだろうか。

いやいや、大学とはそう言うもの。
試験さえ受かれば何歳でも入学できるものなのだ。
だから同じ年齢でないことに、驚く私がおかしい。

だが。

「ん、どうしたの?僕の顔が何か?」

私だけがこんな清潔感のないだらしない三年生と組まなければならないなんて。
前途多難すぎる。大学もこの人も自由すぎて、私には合いそうに、ない。




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(13/02/09)