弔いの日

「今年……終わっちゃうんだね」

蜜柑を剥きながらが言った。

「ああ。暦上だと今日の夜で区切り、明日からまたスタートする」

と、に答えながら、黒神は蜜柑にこびり付く維管束を懸命に取り除いていた。

いつものリビングからソファーを撤去し、の要望によりこたつを設置してから、
二人とも、冬季大量に出現すると言われるこたつむりへと変貌した。
十二月三十一日が終わろうとする今も、彼らはこたつに脚を投げ入れて暖を取っている。

「ねぇ、明日になったら何が変わるの?
「何も変わらない。この世界は誕生してから今尚継続している。終わりはまだ来ない。だからこの区切りに意味はない」

の真正面にあるTVでは、MZDを中心とした様々な生き物が音楽を奏で合い、楽しそうに笑っている。
その中にはが知る者たちもいた。

「……皆いるね」
「ああ、ムカつく奴らがわんさか集まってやがる」

カメラが切り替わり、ファーのボンボンで髪を結っているサユリが出た。
自分が映ると思っていなかったのか、恥ずかしそうにしている。

「……一部除く」

そう律儀に付け加える黒神に、は口元だけで笑った。
TVの中の級友たちは楽しそうに笑い、歌っている。
本当ならばもそこにいる予定であったが、黒神が出演を拒否したので辞退した。
周囲は酷く残念がったが、はまた今度ねと言い、何を言われても参加を表明することはなかった。
だからこうして、黒神と二人でこたつに入っている。

「意識していなかったけど、今年の一番最初の日、私は何をしていて、どうだったのかな」
「さあ。どうだろう。俺はと出会った時を始まりとし、出来事の度に区切っていたから、暦の上では判らない」
「……明日から一年、私たちどう変わっていくかな」
「さあ。俺でも判らないことはある。結局、どうありたいかという所に帰結するんじゃないか」
「じゃあ、黒ちゃんはどうありたいの?」
「決まってるさ。と共にいることだ」
「私も。黒ちゃんとずっと仲良くしていたいよ」
「仲良く、か……。単純な言葉だが難しいな」
「うん……。そうだね……」

満足するまで維管束を取り除いた黒神は、その蜜柑をの口元に差し出して食べさせた。
美味しそうに食べるを見て、黒神は頬を緩めた。

「人間に合わせて暦で話すのならば、来年はもう少し大人しくしていたいものだ」

口を開けたに、また一房食べさせてやる。

「俺は余裕を持っていたい」

が咀嚼する間に黒神も自分が懸命に剥いた蜜柑を口に含んだ。
頬をぴくりと震わせると「はずれだ」と呟く。

「私は…………もっと強くいたい」

は剥いた蜜柑を黒神の唇に当てた。
黒神はシャボン玉でも咥えるように、優しくはむりと唇で挟んで奥へと誘う。

「力もそうだけど、揺るがない意思を持ちたいよ」

今度は自分自身の口に蜜柑を一房。
視線はヒトデ型になった蜜柑の皮へと落している。

「それは、俺たちが振り回しすぎたから?」
「……ううん」

しっかり否定してから蜜柑を咥えた。
すると黒神がの頬を両手で包み込んだ。

「見ろ。もうすぐ人間でいう来年というやつがやってくる」

頬を抑えられながらも、は時計を見た。
あと数秒。

「新年早々、が自分の意思を貫く事が出来るか試してみようじゃないか」

駆け足で駆けのぼる秒針が0に達する時、黒神が何をするのかでも判った。
起こり得る事態を知ったはどんな行動をとるのか。
状況に流されるのか、それとも自分の意思通り行動に移すのか。
黒神はそれを見届けると言う。

考える時間はない。

秒針は他の針たちと。そして黒神はへと重なろうとしている。
額と額が触れ合う。鼻先がすれ違う。
間抜けに咥えられたままの蜜柑へ黒神は口付ける。
そのまま、綺麗にひん剥かれた蜜柑の砂じょうに鋭い歯に突き立てると中身が弾けた。
果汁がじょうのうを伝い、咥えた唇も伝って、舌の上へと零れ落ちる。
柑橘類特有の刺激がの喉を鳴らす。
もう一齧り。そうすれば蜜柑は無くなり、真に狙っていた果実へと到達する。
頬を包む黒神の指先にも力が入り、未だ動きを見せないに構う事無く齧りつ「はっぴーにゅーいやー!!!!」

その場にそぐわない明るい声に黒神は固まり、は蜜柑を吸い込み丸呑みした。

「お前ら、オレが登場しないって思っただろ~。甘いぜ~。オレは皆のMZDである前に黒神とのMZDだもんね!」

うんうんと小刻みに頷くMZDを余所に、も黒神もそそくさと所定の位置に座りなおした。

「あ、蜜柑あんじゃん。のがまだ残ってるならちょーだい!」
「い、いいよ!なんなら全部あげるよ!!ね、黒ちゃん!」
「え、あ、ああ。好きにすればいいぞ」

余っている所に座り、が剥いた蜜柑を次々に頬張る。
口いっぱいに詰め込んだ後に咀嚼して一気にのどに流し込む。

「二人ともオレがいなくて寂しかった?寂しいよなーポッキーゲームよろしく蜜柑ゲームなんてしてるくらいだもんな」

二人は何も言えずに固まった。

「合意?それとも、またいつもの?」
「……」
「……」
「ま、どっちでもいいけど。二人が気まずくなければ」

そう言ってMZDは二個目の蜜柑を剥き始めた。

「あ、それともオレとする?……黒神が」

と、吹き出してしまった
嫌そうな顔した黒神が舌打ちする。

「全力で断る。蜜柑でも食ってろ」

ぐいぐいっと剥いてない蜜柑をMZDの頬に押しつける。

「いやーん。けちー」

押しつけられた蜜柑を受け取り、それもまた剥き始める。

「おい、TVの中混乱してるぞ」

新年になった瞬間、主宰であるMZDが消えた事に参加者だけでなく司会まで慌てている。
中継にもテロップが現れ「MZD、消える!」という判り易い言葉が右から左へと流れていく。

「いいのいいの。オレってシンシュツキンボツだから」

意に介した様子はなく、蜜柑を剥いて隣のの口に入れてやる。
は手から与えてもらう蜜柑を美味しそうに食べている。

「さっきも言ったろ。オレは二人のMZDでもあるって」
「MZD……」

嬉しそうにほほ笑んだとは対照的に。

「いや、俺はお前の事は別にどうでもいいが」

黒神は顔を歪めて、いつもの嫌そうな顔をした。

「く、くろ……。新年早々それかよ……おにーちゃん泣いちゃうぞ」
「泣いてもいいが、蜜柑のカスはちゃんとゴミ箱に捨てていけよ」
「ちゃんと捨てるっての!!細かすぎんだろ!!」

神兄弟のやり取りをは笑って見ている。

「全く……。も何か言ってやってくれよ」

呆れながらもまた食べさせると、それはちゅるんと吸い込まれていった。
ろくに噛まずに飲み込むとは言った。

「楽しいね」
「え!?オレが苛められるのが!?」
「違うよ!そうじゃなくって。三人でいるのが!」
 ……で、どうしてそこで二人が正反対の顔をしてるの?」
「言わなくとも、理由は判るだろう?」
「ああ、判るぜ。照れてんだろ」

こたつの中、黒神は目の前にいるMZDの脚を蹴った。

ー!DVだ!DVされた!!!」

両手を伸ばし、斜め前に座るへと抱きついた。

「さっきのは痛かったね……」

よしよしとあやすと、それを見てそっぽを向く黒神。

「ったく。結局これかよ」
「いつもと同じって安心するだろ?」

ニカッとMZDは笑うが、黒神は不機嫌なまま。

「その"同じ"が幸せの絶頂期だったならな。
 ……また一年にあちこちフラフラされてたまるかよ。だいたいは……」

ブツブツと不平不満を漏らす。

「おーい、声に出てんぞー。に聞かすなよ、そういうの」

が困っていないかと思って、見上げるとは黒神の様子にショックを受けた様子はなく、ぼーっとしていた。
じっと見つめ続けるが、は膝の上にいるMZDに一切気づかない。
そして、ゆっくりと瞼が落ちていく。

「……。眠い?」

反応はない。

ちゃん。ベッド行ける?オレ抱っこする?」

起き上がって、の背を撫でるとの身体がゆっくりとMZDの方へと倒れていった。

「黒、寝てる。意識落ちる寸前」
「ま、待て。ー。はみがき。はみがきだけしよう。それしたら俺が、MZDじゃなくて俺が抱っこしてやるから」
「……いつも通りちょっと気持ち悪いぞ、お前」

瞼を閉じたは黒神に誘導され洗面所まで行ってのろのろと歯磨きを終わらせ、黒神に抱かれてベッドへと寝かされた。
こたつに戻ってきた黒神に、MZDはお疲れと声をかけた。

「ふう……。やっぱりに夜更かしは難しいようだ」
「日付が変わるまでは起きていられたんだ。すげーじゃん?」

隣の部屋で寝ているに気を使い、TVや声の音量に気を払う。
そうしていると、言葉数が少なくなり、二人は向き合ったまま黙った。
TVの中では、MZDが帰ってくるまで楽しんでいよう、とまた盛り上がりを見せている。
すると、影がそっと熱いお茶を二人に差し出した。
おもむろに手を伸ばした二人は、温まった茶器を両手で包んで暖をとる。

「……また一年、か」
「オレたちの戦いはまだまだこれからだ……ってやつだな」
「理解出来ない。なんだそれは」

淡々と言葉を返し、黒神は揺らめく水面を見つめる。

「……こうしてまた、の寿命を一年消費してしまった」
「後悔しないくらい、しっかりと過ごしたか」
「……テメェがを人間の所へ連れていなきゃ、もっといられたんだよ」

あくまでも静かに、黒神は毒づいた。

「それは……悪いとは思ってる。けど……」
「あと一年で人間界とはおさらばだ。……しかし、断絶する事は不可能だろう。
 は人間と……サユリやサイバー、リュータを気に入っている。
 だが学校さえ終われば毎日早朝からいなくなる事はなくなり、今よりずっと過ごす時間が増加する。
 とりあえずはそれで十分だ」

ずずずっと、警戒しながらお茶をすすった。
熱かったのか、すぐに机の上に茶器を置いた。
それを意外そうな目で見ながらMZDは言う。

「……黒神、随分柔らかくなったな。あんだけ嫌ってた人間なのに、そんな風に言えるなんてさ」
「馬鹿。の為だ。人間自体は今でも憎悪の対象でしかない」
「そっか……」

と、言いつつもMZDは笑んだ。

「そういやさ、リュータが黒神にもう一回ピチ丼食ってほしいってさ。
 今度はピチ丼改二らしいぜ」
「う゛……。俺はあの生に溢れる丼はもう嫌なんだが……」
「丼の上で跳ねるのを止めて、泳がせてるんだと」
「それはもう丼というより、ただの踊り食いだ。改良の方向を完全に間違えている」

全く……。と呆れた顔して溜息をつく。
それを見て、MZDはほほ笑む。

「とりあえず、一度行って食べてみろよ。想像を裏切ってくれるかもよ?」
「悪い意味で裏切られる予感しかない。……だが、仕方ないから行ってやる。
 これだけ付き合わされたんだ。そのピチ丼とやらの行く末を見届けてやるよ」

嫌だ嫌だと零しながらも、次行くとしたらいつ頃がいいかを一人で呟いている。

「……本当にお前、変ったよ」
「お前もな」

思ってもみなかった指摘に、MZDは首を傾げた。
黒神はそんなMZDを見る事はせず、茶器の中を覗き込む。深淵を見るかのように。

「……偶に、知らない奴に見える。大昔に追った背中を持つ兄でもなく、創造主の神でもなく、時折俺の知らないお前になるんだ」
「なんだそれ。珍しく変な事言い出すんだな。
 オレはぜーんぜん変わんないぜ。なんたって永遠の少年だしー?」
「……別に。お前がどうなろうと俺には関係ないがな」

残りのお茶を一気に飲み干す。
影が次を注ごうとすると手で制した。

「俺も寝る。でないとの起床時間に合わせて起きられないからな」
「じゃ、オレもそろそろパーティーの方へ戻っか」

よっこらしょっと、MZDは立ち上がり、TVの中を見た。
不測の事態であったというのに、ミミとニャミは上手く場を制していた。

「おやすみ、黒神」
「……おやすみ。MZD」

照明が落ちた。





fin.
(13/12/31)