「な、なんでも言うこと聞いてくれるんですよね!!」
息を切らして、こんな台詞を言うなんて、私だったら不審者だと警戒するだろう。
「まぁそこそこな。常識の範囲内で」
「じゃあ、落し物探すの手伝って下さい!」
「りょーかい」
でも、KKさんは快諾してくれた。
『甘く痺れるかなしばり』
祖母から貰ったキーホルダーを無くしたことに気付いたのは、電車の改札。
非接触型ICの乗車カードをいつものようにかざした時、定期入れにつけていたキーホルダーが視界の中で揺れなかった。
落としたと悟った瞬間、私の背にはひやりとした汗が流れた。
私は急いで改札内に戻り、ホーム内を探し、駅員さんに落し物を尋ね、キーホルダーの特徴を教え、見つけたら連絡をするようにお願いした。
更に乗車駅に戻り自分の行動を遡って探した。
しかし、夜になったせいか地面が見えづらく断念。
次の日も探したのだが見つからない。
念のため交番にも所得物を尋ね、またお願いもしておいた。
いっそ縋れるものは全て縋ろうと思い、あの時歩いた町で便利屋をやっているという方を訪ねた。
その人は、二十代後半から三十代前半の男性で、無精ひげを蓄え、喫煙者という、
普段だったら声をかけたくない部類の人であった。
しかし、仕事の依頼ならばきっと誠実に対応してくれる。
そう思い、勇気を振り絞った結果、あっさりと快諾された。
「で、この町で嬢ちゃんが取った行動だけを追えばいいのか?
電車で移動と言ってたが、ここの駅から落としたことに気付いた駅までも依頼に含まれているのか?」
「入ってない、です。この町だけでいいです」
探してくれるならあの日の私の行動範囲全部調べて欲しい。
しかし、そんなことを頼めば、依頼の費用が高くつきそうなので遠慮した。
「遺失物を取り扱うとこには全部頼んだんだな?」
「はい。しました」
「わかった。で、俺も仕事でやってるわけなんだが、嬢ちゃんはどれくらい出せる?」
「え、っと……普通はどうなんですか?」
利用したことがないから相場を知らない。
まずは一般的な価格を尋ねた。
「時間による。時給九百円としても六時間で五千四百円だろ?」
「み、つからない時も、お金ってかかりますよね……?」
「そりゃあな」
財布には五千円がある。
お小遣いを貰ったばかりで良かったが、ここで使っていいのだろうか。
無駄な投資ではないだろうか。
「嬢ちゃんは……高校生か?」
「はい……」
「……しょうがねぇな。安くしてやるよ。それか分割」
「本当ですか!!」
分割ならある程度高かろうがなんとかなる。
無駄になるかもしれないけど、藁だって縋ろう。
「で、でも良いんですか?」
「いいさ。嬢ちゃんにとっては大事なんだろ、その落とした物って。
じゃなきゃ、俺にまで普通頼みにこねぇしな」
私の心の内が全て読まれているようだ。
こんなに優しい人だったなんて。第一印象が一気に覆る。
「よし、探すぞ。今日今すぐでいいのか?」
「はい、お、ねがいします!」
◇
私達は二人で手分けをして探した。
本当はKKさん一人で良かったらしかったが、人員が多い方が見つかる可能性が高いと思ったので私も探す。
じーっと下を見ながら歩いたり、通りかかる人に見なかったかと尋ねたりを繰り返す。
地味で進捗状況もよく判らない作業で心が折れそうになるが、私は諦めなかった。
あれはもう無くなってしまった絆を具現化したものだ。
本当の家族が死に、もう私には物でしか血縁者との繋がりはない。
あれを無くせば、私は本当の家族の繋がりをなくしてしまう。
だから絶対、あきらめられない。
「こっちは全然だ。そっちは?」
「駄目です……」
「なら次探すのはこっちのエリアだな。道幅も広いし落としそうな箇所も多いから二人で探すぞ」
「はい!」
私達は分担を決めて、捜索を開始する。
一人は樹木や草花の間を、一人は用水路の網の中を隈なく探す。
傍から見れば二人とも怪しいのだろう、すれ違う人によくこそこそと言われた。
気にしないようにしよう。
そう自分に言い聞かせ、必死に雑音をシャットアウトした。
すると、少し離れたところにいたKKさんが来て言った。
「こんなおっさんといりゃ怪しいだろうな。すまん」
「い、いえ!だってKKさんは探してくれてるだけです!」
「世間はそう見ねぇからなぁ。困ったもんだぜ」
やれやれと言って、また作業を開始するKKさん。
それだけのことを、わざわざ言いにきてくれたのだ。
優しい人だなっと、私はほっこりとした気持ちで探し物を続けた。
休まず作業を続けていくが、だんだんと日が傾いてくる。
脚もだんだん痛くなってきたし、KKさんにも疲れが見える。
最初約束した時間分はもう働いてもらったし、これ以上付き合わせるわけにはいかない。
「あ、あのもういいです。もう遅いですし。……探すの手伝ってくれて有難う御座いました」
頭を下げると、その上にぽんっと置かれる手。
「もうちょい粘る。金の心配ならすんな。サービスだ」
「で、でも、今日もういっぱい探してもらってるのに……」
「お前、それで諦められるのか?」
それを言われると辛い。あれはそう簡単に諦められる代物ではない。
だから、KKさんと別れた後も自分で探そうと思っていた。
「一人で探すとか言うなよ。嬢ちゃんみたいな可愛い女の子が夜一人でなんて危ねぇだろ」
────なんで。
「KKさん」
どうして。
「俺に任せな」
じんわりと涙が出そうになる。
仕事であるはずなのに、KKさんは優しすぎる。
「絶対に見つけてやっから」
乱暴に撫で付ける手が温かいせいで、私は変な気持ちになる。
どきどき。なんて、そんな音が聞こえてくる。
KKさんはすっごく年上だしお仕事で今いるだけなんだから、馬鹿みたいなこと考えちゃ駄目なんだから。
でも、もしも──そんなことを想像するのが何故か楽しかった。
もしも、あの人の隣に、仕事なんて関係なく、いられたら────と。
探し始めて、もう何時間経過しただろう。
時間はかなりヤバイ。多分父と母に怒られると思う。
あの人たちもとても優しい方たちだから。養子の私を心から心配して叱ってくれる。
でも、ごめんなさい。
それでも私は、本当の家族のことは忘れられないし、大切にしておきたいのだ。
KKさんはそんな私に門限は大丈夫なのかと心配してくれた。
私は大丈夫ですと嘘をついて、誤魔化す。
でも、見抜かれているような気がする。
だって、急ぐから、大丈夫だからという言葉が増えているから。
もう、キーホルダーは諦めないといけない。
これ以上はKKさんに迷惑だ。でも、普通に言ったって探してくれそうな気がする。
どうすれば、KKさんに気持ちよく依頼終了してもらえるのだろう。
「あれ、嬢ちゃんの言ってた感じと似てねぇか?」
KKさんが通りに植えられた草木の間を指差した箇所を私は覗き込んだ。
「あれです!!!!」
草木が指を痛めつけるのも構わず、私はキーホルダーを救出した。
少し薄汚れてはいるが、大きな傷はなさそうだ。
良かった。見つかって。本当に良かった。
もう心のどこかでは諦めていたのに。
「……良かったな」
やんわりとKKさんが笑ってくれた。
「有難う御座います!!このご恩は一生忘れません!」
「随分大げさだな。仕事なんだ。そう気にすんなよ」
「でも、KKさんがいなかったらきっと見つかりませんでした。
それにこんなに長い時間探してくれたし、本当に私感謝してるんです!!」
「そりゃどうも。それより俺も見つかってほっとしたぜ。
見栄張ったはいいが、見つかんねぇなんて格好つかねぇしな」
KKさんに頼んで良かった。
キーホルダーも見つかったし、こんなに優しい人に会えて凄く嬉しい。
ただ、そう思うと、気分が落ちていく。
「金のことなんだが、俺を見つけた駅前によくいるからその時にくれりゃいい」
「はい……」
「どう分割するかはそん時相談だ。それでいいか?」
KKさんが私といてくれたのは仕事だからだ。
だから、目当ての物が見つかってしまった今、もうKKさんといられる理由がない。
「嬢ちゃん?」
頭をぽんと優しく叩かれる。今日一日で何度もしてもらった。
私が諦めそうになった時、一生あれが手元に戻ってこないのではと涙ぐんだ時。
KKさんはその温かい手で私を慰め、元気付けてくれた。
優しくて、気持ちよくて、ドキドキする所作。
でも、もうこれもしてもらえない。
依頼人と請負人の関係はもう終わったのだから。
「どした?なんか困ってんのか?」
「……こまって。ます」
「何がだ。言ってみな」
私は勢いで言った。
「KKさんと、このまま別れたくないです」
恥ずかしいが、素直な気持ちを吐露した。
「KKさん優しくて、それで、だから……すごく、どきどきして、その……」
こんなこと言われてさぞ迷惑だろう。
絶対にそうだ。常識的に考えたら当たり前だ。
迷惑をかけている自覚と、KKさんと離れる寂しさで、目から涙が溢れそうになる。
私は急いで下を向いた。
重力のまま水滴が落ちそうになるけれど、でも零すわけにはいかなくて。
気を使われるのは判っているから。
「そっか」
ふわりと、いう優しい感触がまた頭に感じる。
遠い日の父を思い出させる、ぶっきらぼうで、でもどこか優しげで。
「私、あなたのことが好きです」
ぽろんと、言ってはいけない言葉が転がり落ちた。
何故だかKKさんの前では素直になってしまう。
大人故に安心感を得ているからだろうか、それとも、好きって、思ったから。
「そうか。……そうか」
KKさんは深く考えているようである。
きっと、出来るだけ傷つけない方法を考えているのだと思う。
迷惑だと言えば、一言で済むだろうに、KKさんはきっと言わないのだ。
優しい人だから……。それなのに、最後にごねてしまって本当にごめんなさい。
ちゃんと、幕を引こう。
「……今日は見つけてくれて有難う御座いました。私、帰りますね」
返事はいらない。
もう判りきっているから。
身を翻して脚を大きく踏み出すと、ふいに腕を捉まれた。
そのまま引き寄せられて。
そっと唇に柔らかいけどほろ苦いものが押し付けられる。
その一瞬の出来事に、私はKKさんを見た。
「ちゃんと帰れるな?」
驚いた私は人形のようにこくこくと頷くことしかできない。
「よし、いい子だ。ぼーっとしてまた落としたりすんなよ」
またもや、こくこくと頷くことしかできなくて。
「じゃあな」
私は去るあなたの背を見つめ続ける。
ああ、どうしよう。
地に脚が縫い付けられて、動けない。
私、KKさんとキスを────
(お金を支払うため、私はまた会わなければならない。でも、どんな顔して会えばいいのだろう)
fin.
(12/08/27)