トリックアドベンチャー6

Side サユリ・ニッキー+黒神[現在]



「なんか増えてねぇか?」
「そ、そうだね」

元々不気味だった小学校であったが、異形のものが増え、足の踏み場が少しずつなくなっていく。
サユリとニッキーは先導する黒神にぴったりと着いていく。

「過去で何かあったのかもしれない」

襲い掛かるものを蹴飛ばし、道を切り開く黒神は淡々と言った。

「影がついていれば無傷だろう。そう心配することは無い」

気を使われていることに気を使う。
三人が心配でしょうがないのは、大昔にいる二人だ。

「こちらに何か変化があるかもしれない。一応巡回しておこう」

部屋数に変化はない。建物の破損の具合も変化はない。
どこにも大きな変化は無かったが、ある教室で小さな変化があった。

「どうなってんだ!?」

声をあげるニッキー、息を飲むサユリ。

「スッゲー不気味なんだけど」

絵の具を散らしたような飛沫が木造の校舎に染み込んでいる。

「血だ。……の」

ぽつりと黒神は言った。

「……え?」
「出血量は大した事無い。勢いはあるがな」

起きて欲しくない事が、大昔にここで起きた。
安否を知る術は無く、過去この教室で起きたことを想像しながら二人は黙りこくった。

「変化を起こしたのがの時間軸なら、他の二人も俺達の様な状況かもしれない。
 とはいえ、影ならこの数、わけも無いだろうが」

心穏やかではないはずなのに淡々と語る黒神。
意図的に触れない、とDTOに、サユリは耐えきれずに漏らした。

「本当に、すみません」
「でも提案したのオレだし?サユリには無理矢理言わせただけっつーか」

気を使い合う二人に、黒神は大きな溜息をついた。

「気にするなと言っているだろう。
 こんな事になったのはそもそもあの愚兄のせいだ。
 お前達に責任はない。そもそも俺が呼ばれなかったら、影を派遣させる事も出来なかった。
 二人の危機を回避出来て良かったじゃないか」

二人は回避できても、まだもう二人いて。

「けど、ちゃ」
「やめろ」

即座に言葉を遮ると、苛立ちを振りまいた。

「ただでさえ、の絶叫ばかり聞かされてうんざりしているんだ。
 今は話したくない。聞きたくない。二度と話題に出すな」
「……悪ぃ」

はっとした黒神は、口調を改め、淡々と二人に伝えた。

「人の心配より自分の心配しろ。
 俺が守ってやれるのは外的なものであって、心的なものはどうにも出来ないからな」

自分の事を言っているのか。と、二人は思った。

「あの、こちらからは過去に接触する術って全くないんでしょうか」

打開策はないかと、恐る恐るサユリが尋ねた。

「ない。本当なら時間くらい超越出来るが、能力の制限に引っかかっている。
 今は自然の時の流れに従うしかない」
「そうですか……」

落ち込んでいくサユリを見てられず、ニッキーもまた判らないなりに意見した。

「それってどうにもならねぇの?
 詳しくねぇからどう言やいいか判んねぇけど。
 なんかちゃんはいつもイメージガーイメージガーつって頭を抱えてるし、
 考え方を変えればもしかして上手くいったり……とか」
「忘れてるのかもしれないが、俺は神だぞ。
 俺が力を使うのはもうそんな低い次元じゃない。
 望んだ通りのものが眼下に広がる。
 それが当たり前なのが神だ」
「そっか……」

何を言っても、現状は変わらない。
神が無理と言ったら、不可能なのだ。
万能な存在が傍にいるが故に、勘違いの希望さえも抱けない。

「MZDも全く反応がない。
 まさかこの俺がここまで追い詰められる事があるとはな」

自嘲気味に笑う。

「だがそう悲観することは無い。二人"は"守れそうだからな」

その二人に、黒神が本当に守りたい者が入らない。
心苦しい二人であった。







Side ・DTO[大過去]



「ゆうはどこ!早くしてよ」
「今行ってるでしょ。……あまり騒ぐと」
。いい加減に脅すのは止めろ」

が不満げに顔を逸らすと、犬達も連動してゆうを語った偽物──侑子から離れた。

「今は双方の利益一致で停戦なんだからもう少し落ち着いてくれ。
 ここで侑子に拗ねられたら俺たちも八方塞がりだぞ」
「……けど、ヴィルならきっと相手を押さえつけ続けるから」

DTOの脳裏にヴィルヘルムの姿が過る。
先ほど見せた残虐性は、ヴィルヘルムのトレースであったのかとここで気づいた。

「先生は変です!この状況でどうしてそんなにこの子に優しいんですか!」

「あ」っと後悔したような顔をすると、はすぐに謝罪した。

「すみません。気が立っていて余計な事を言いました」

ばつが悪そうに俯くの頭にぽんと手を置いた。

「ごめんな。お前に甘えてしまって。教師なのにな。
 でも教師だから、困ってる生徒はなんとかしてやりてぇんだ」

そう言って侑子を見るが、鬱陶しそうな顔を返される。

「……先生はお人好しです」
「苦労をかける」
「……私は自分のスタンスを崩す気はありません。
 ヴィルに言わせれば、二人ともお花畑でいては格好の餌食ですから」
はヴィルヘルムに色々教わってるんだな」
「……そんなつもりは無いんです。
 普段は容赦なくて痛い思いや嫌な思いばっかりで。
 今日も利用されて……大っ嫌いです。
 でも危ない時に私を助けるのは、ヴィルが言った言葉だったりするから」
「良い教育者になりそうだな」
「ヴィルが?自己中心的ですから無理ですよ。
 ジャックだって今日帰ってきたばかりなのに、すぐまた命令されて。
 他人を都合のいい道具としか思ってないんですもん。
 ……だから、私への言葉も全部、道具としてで……」

と言っている間に、一同は一階の廊下へ着いた。
この廊下は曲がり角に当たるまで一切教室への出入り口がない

「ねぇ、昇降口。何処にあるか知らない?」
「何言ってるの。目の前にあるのがそうでしょ」

すると、一面壁だった廊下がすうっと薄くなり、昇降口が現れた。
最初にこの小学校に来た時に見たものと同じものだ。

「……君が意図的に消したわけではないんだ」
「何を言ってるのか判らないけど、これがないならどこで靴を脱ぐの?」
「俺たち土足だけどな」
「そんなことしちゃいけないんだ!!お父さんとお母さんに怒られるよ」

さっきまでこちらを殺そうとしてきた相手に常識に説かれ、なんとも奇妙な心地になりながら、
三人は昇降口を出てぐるりと校舎に沿って歩く。
校舎周辺は木々に覆われており、一層田舎を感じた。

「ここって山の中なのか?」
「そうだよ。私たちの村のすぐ裏の山に学校があるの」
「へぇ。登校大変そうだな」
「これくらいみんな平気だよ。一人だけ、大変そうだったけど……」

侑子が俯く。

「この辺かな。ほら、犬1、教えて」

と命令すると犬は嬉々としてに飛びつき、首筋へと齧り付いた。
鋭い牙がずっぷりと食い込むが、やはり血は流れない。
押し倒され地に伏したは犬にずりずりと引きずられる。
あまりの出来事に、DTOは呆気にとられた。
やがて我に返ると、その行動の真意を問う。

「なにをや、」
「犬達はそれぞれお気に入りの隠し場所があります。
 残りのパーツである、頭部を隠したのはこの犬。
 だからこうやって引きずられていれば、ちゃんとその場所に辿り着きます」

と、獣の牙を首で受けるは静かに説明した。
あまりに異様な光景で、ゆうの為なら他人を殺す事も止む無しと考える侑子ですら引いてる。

「駄目だ。そんな事をしなくたって大体の場所は判ってる」
「大体、なんでしょう?君だって確実な情報が欲しいはずだよね」
「そ、そうだよ!引きずられてでもさっさと教えてよね!」
「そんな言い方は無いだろ!
 俺たちはちゃんとお前にゆうの居場所を教える。
 それならどんな方法だって良いだろ」

本気で立腹するDTOに、侑子はたじろぎ、黙りこくった。

「ちなみに私と交代するのは無理ですよ。犬が好きなのは子供ですから。
 だから先生は襲われずに済んだんです。私を狙って体当たりはされたみたいですが」

噛まれて尚話し続けるであるが、口元が小さくひくつき、額には前髪がくっついている。
苦痛を抱え込むを見て、DTOは自分の足りないものに気付く。

「……結局身を削るのはお前だけで、俺は……」
「良いんですよ。誰にでも優しい所が先生の良い所なんです。
 何があろうとも、私が守ってあげますよ」

はこの状況に不釣り合いな微笑みを浮かべた。

「……どっちが大人なのかわかんない」

と、侑子が呟くとDTOも同意した。

「普段は大人なんですし、偶には良いじゃないですか」

そう言って微笑を歪ませた
それを見た侑子は「変なの」と呟いた。
そのまま引きずられていくを追うと、大きな穴に到着した。

「ここは、別の木を植えるって言って近所のおじさんが掘ってた」

深さ一メートルの穴で、底には正方形の板が敷かれている。
犬はを置いて、板を鼻先でどけた。すると、底には更に穴がある。

「この先でしょう。狭いので先生は気を付けて下さい」

ぎりぎりDTOが通れる幅の穴を下りていくと、別の横穴へとぶつかった。
こちらは立ったままでも歩ける太さがあり、一定の間隔に木枠で補強してある。
懐中電灯の明かりを頼りに歩いていくと、何かが流れたような黒い染みが発見した。
その源を光で辿る前に、侑子が飛び出した。

「ゆう!!」

光の外へ一目散に駆けて行く侑子の姿が変わっていく。

「先生、あれって」
「あれが侑子の姿だ」
「え?」
「俺たちが見てたのはもう一人の"ゆう"。本名を勇次郎という。
 二人はお互いに"ゆう"と呼びあっていた」
「同じあだ名、ですか?何故でしょう」
「友達同士、二人にしかわからない意味があるんじゃないか」
「なるほど……」

穴の奥で人の目がある事を全く憚らない全力の泣き声が響く。
二人は懐中電灯を反対に向け、黙ってその場で待機した。
侑子の鳴き声は凄まじく、穴が壊れてしまうのではないかと心配してしまうくらいであった。

穴の中に来て三十分くらい経過しただろうか、侑子が二人の元へと来た。
顔がぱんぱんに腫れ上がった状態で、少年の頭部を抱きながら。

「……これで君の望みは叶えた。そろそろ、ここから出るヒントでも」
「叶ってないよ。だって、足りないから」

侑子は頭部を撫でた。色白の虫が身体をくねらせて這っている。

「ここにゆうはいない。からっぽだ」
「からっぽって、彼の魂はとっくに成仏しているんじゃ」
「約束は守られなかった。だから、宣言通り死んでもらうよ」

地下に掘られた穴の中で、二人は風を感じた。
の直感が危険を知らせる。

「先生逃げましょう!」

腕を掴んで入口へと走るが、DTOは動かない。

「……勇次郎の魂があれば良いのか」
「先生!会ってない霊の約束はしないで!
 無の世界に行ってたら、どうにもならないんだよ!」
「……私のせいでゆうは死んだ。直接謝るまで探し続ける」

少年の頭部の虫を潰しながら言う。

侑子のように、直接顔を合わせる事に拘る者は非常に厄介である。
その時が永遠に訪れない事も当然あるからだ。
叶えられない願いを聞いては大変なことになる、と、はさっさとDTOと逃げたいが、一向に動かない。
流石のも、理想を追い求め、世界の理を知らない人間の無謀さを呪った。

。変死を遂げた奴ってどうなる?」
「はっきりとは言えません。残る者もいれば、消えるものもいます。
 ですから、先生」
「侑子はここにいて、会ったこと無いのか」
「会ったら困ってないよ!!
 でも絶対にいる!だってあの人がそう言ってた!」
「……誰」

新たな人物の浮上に、逃亡で埋め尽くされたの頭に隙間が出来た。

「知らない。でも、言ってた。
 ここに二人来るって。ここを荒らしに来るから気をつけろって。
 そしたら本当に来た。だからあの人の言う事は合ってるよ」
は他に会ったか?」
「いえ。誰も」

とDTOが会ったのは、勇次郎(ゆう)の姿をした侑子と、犬五匹である。

「なんとなくおねえちゃんに似ていた。
 顔も背も違うけど、でも同じ、甘い香りがした」
「黒神?」
「でも黒ちゃんとシャンプー違います」
「食べたくなるんだ。私、死んでからそんなこと思わなかったのに」
「……そう。そっちの意味なんだね」

は少し考えて、言った。

「判った。なら探そう」
「何か気付いたのか」
「吹き込んだ者が今回の首謀者でしょう。
 どうせ避けては通れないでしょうから、乗ってあげましょう。
 君も、自分の事だから協力するよね?」
「……本当に、ゆうに会えるのなら」
「引き続き、先生に手を出さないでよね」
にも駄目だぞ」
「別に良いですよ。私には。ただ、容赦はしません」

さっさと背を向けると、先程の穴をよじ登って行く。

「行きますよ。まずはもう一度校舎を調べましょう。あと首の彼は置いて下さい。落としたら大変でしょ」

実際は見た目があまりにもスプラッタ過ぎて、の小さな肝が耐えられないからであったが、
侑子は特に疑問を抱かず、元の場所に勇次郎の首を置いて戻ってきた。
サクサクと進むの後を二人が追いかける。

「良かったな。協力してもらえそうで」
「良くないです。あのおねえちゃんは怖いから嘘かも知れない」
「大丈夫だ。はなんだかんだ言って優しいからな。
 それにこういう事は俺より得意で、よく知ってるんだ。 
 だから、きっと何かしら答えをくれる」
「優しい事言うくせに、結局あのおねえちゃん頼みなんですね」
「ずるいな」
「そうだ。大人はずるい」
 でも……おじさんは、少し優しい」
「まだお兄さんだろ!!?俺まだ若いって」
「だから、これあげる」

渡されたのは硝子石であった。

「これって、海で見かけるものだろ?」
「ゆうがくれた。ゆうは、引っ越してきたから」
「そうだったのか。ありがとな」

実体のある侑子の頭をぽんぽんと撫でた。
手を払いのけるでも、噛みつくでもなく、侑子は俯いた。

「ちょっと!なんか私の事除け者にしてませんか」
「してないさ。は頑張ってくれてるよ。……本当に」

の首に残る傷を見て、DTOは目を細めた。

「うるさいおねえちゃんにはこれあげる」

侑子が投げやりに渡したのは茶封筒であった。
差出人、住所などは特に記入していない無地のもの。

「……ありがと」

訝しげながらも受け取り、ただ折っただけの封を開けて中身を取り出した。
白い紙。
次第に文字が浮かび上がる。

「……次回へ続く。続くって何の事でしょう?」
!足元を見ろ!」

眩い光がの足元から発せられた。

「え!?ちょっと、何したの!?」
「知らないよ!だって、あの人が渡したくなったら渡せって。
 私だって光って────」










「いたたた……。さっきの感じ。私たち何処かに転移させられたのかな?」

が周囲を見渡すと、先ほどまで外にいたはずなのに、今は木造校舎の中にいた。

「……痛ぁ」
「先生大丈夫です?……あれ、あの子供は」
「っ、痛いよぉ」
「え、そんなに痛いんです?どこが痛いんですか」
「ここ」

DTOは涙声で膝を指さした。
はズボンを捲り上げて確認する。

「血は出て無いですけど、ちょっとすりむいてますね。
 それとも捻挫みたいになったのかな」
「っ、うう……」
「泣かないで」

顔をくしゃりと歪めるDTOをは優しく抱きしめた。

「痛いよね。ごめんね。指輪がないから今は治すのも出来ないの」

よしよし。と、子供にするように撫でてあやす。
すると、少しずつ嗚咽が止まっていく。

「……あ、あの」
「よしよし。大丈夫だよ。保健室でお怪我治そうねー」
「流石に、教師が生徒に身体を押し付けられるのはまずいと思うぞ」
「……?」
「心配してくれてるのは嬉しいんだが、その、あんま痛くないのが申し訳ないっつーか」
「…………??」
「そりゃさっきは俺の方が子供みたいな話はしたけど、基本的には大人だからな……」

数度目弾き、はDTOを解放し、顔を覗き込んだ。

「先生……さっきと違う」
「俺は俺だぞ」
「だって、あんなに痛い痛いって」
「これぐらいの傷なんともないって」
「……?あ、それもですけど、さっきの子供がいなくなってるんです!」
「侑子が!?おーい、侑子ー。なに、なんのよう」

途中声のトーンが変わり、を眠たそうな目で見つめる。

「先生?」
「先生って、それはあの大人でしょ」

目の前にいるのはDTOである。声もDTOである。
だが、何かがおかしい。

「……君、中にいるの?」
「中って何のこと?」
「先生の身体の中に入ったのかってこと!」
「え?」

DTO?は自分の両手の平を見つめ、それから自身をぺたぺたと触れていく。

「身体がある。なにこれ。え。気持ち悪い。うぅ、背中も痛い」
「とにかくそこから出て」
「出る、って入ったことも判らないのに出方なんてわかるわけないでしょ!」
「……冗談じゃなくて?」
「私、こんなこと出来たの?」

いったい、何がどうなってしまったのか。
DTOの身体には先ほど接していた侑子の霊体が入り込んでしまったようだ。

「どうしよう……」
「ここどこ?」
「私が聞きたいよ!君こそさっきの封筒はなんだったの!」
「知らない」
「知らないじゃないでしょ!渡されたこっちはもっと判らないんだからね!!
 それにしてもどうしよ……普通の人間ってずっと霊体が入ってたら、まずいのかなぁ」
「この人死ぬの?」
「そうかもしれない。だから早く出て」

鼻先が触れあいそうな近距離では睨み付ける。
DTO(侑子)はたじろいだ。

「……そう言われても判んないものは判んない」

目を逸らしてぼやいた後、またと目を合わす。
ぎょっと驚くと、目を泳がせてまくしたてた。

「こ、今度はちょっと顔が近すぎないか。まずいって。駄目。さすがにマズイ、駄目」
「今は先生?」
「当たり前だろ。やっぱりこんな所にいたら正常な思考を失うよな。
 そうだよな。そういうもんだよな」

自身に言い聞かせるように何度も言うと、近すぎるをやんわりと押し返す。
焦りを隠し不審な動きをするDTOには先ほどの事を説明した。

「……へー」
「先生!理解を放棄しないで下さいよ!
 普通の人ってこの程度でもそうなっちゃうものなのかな……」
「でも、これはこれで楽かもしれないな。
 俺がこうやって話してる間、侑子がに何かをする事はないんだろうから」
「私はそうですけど……。先生は」
「俺は構わない。ただ知識の共有は無いようだから、には手間をかけてしまうけれど」
「それも気にしないですけど……」
「じゃあ大丈夫だ」

自分を殺そうとした幽霊が自分の身体に乗り移っている。
身体の制御権はお互いに持っており、身体の持ち主であるDTOが優位とは言えない。
侑子がコントロールする間の情報は一切入らないので、何をされても宿主であるDTOは侑子を止められない。
……と、説明した上での「大丈夫だ」である。

「……先生って楽観的すぎません?」
「正直俺も、自分がこんなに動じていないことに驚いている」
「はぁ……」

もっと危機感を持って欲しいと呆れて溜息を放つ。
それを判ってか、DTOも「すまない」と謝罪した。

「まぁいいです。とにかく、校舎を調べてみますか。
 何故転移させられたのか気になりますから」

二人で廊下を歩いていると、板の隙間からにゅるりとスライム状の何かが出てくる。
慌てて飛び越えると、今度は白骨に足を取られて尻もちをつく。
立ち上がろうとすれば、生暖かい空気が首筋を撫でる。
明らかに、様子が違う。

「侑子!出てきて」
「なに?え、何これ、気持ち悪い」
「しばらくそのままでいて。先生に変なものは見せられない」
「私ならいいの?」

呼び出されて飛び出た侑子は自分の扱いに不満を見せるが、は全く動じない。

「良い。目的を忘れたの?君が会いたい人がここにいたらどうするの。
 私は顔知らないから君が気づくしかないんだよ」

100%納得はいかないが、一理ある。

「……。判った。……でも、一緒に歩くなら、このおじさんが良かった」
「お、同じこと、私が言っても良いかな?ねぇ?」
「気持ち悪いもの、多い。どうして」
「急いで走って!」

廊下の突き当りまで走り抜け、一旦別の廊下と交わる角で呼吸を整える。

「私たちの学校なのに、知らない場所みたい」
「そうだね。もしかしたら全く同じ作りの、全く別の場所かもね」

ふっと、は何かを感じて見えない廊下の先に顔を向けた。
よく聞くと、まばらな足音がする。

「……。誰か来る。いい。絶対に動かないで」

DTO(侑子)を後ろにやると、は自分の左手を抱いた。
怖々と息を吸い、機会を窺う。
音が近づいてくる。

バタバタタバタババタタバタ

は素早く廊下へ踏み込み、左手を突き出す。
何者かが振り上げた棒状の物をを左手で掴む。
手の甲はいつも通りでウムラウトは出てこない。

「……え、」

は目を見開いた。

「……サン」
「影ちゃん。影ちゃんだ!」

抱き付こうと飛びつくが、影の身体をすり抜け、思い切りこけた。
「大丈夫デスか!」と心配そうに手を伸ばすが、影はを抱き上げられない。
は額をさすりながら、目の前の影に目を細めた。

「……影ちゃん。本物だぁ……」

甘えるような声音で言い、涙を浮かべる。
腕の行き場に迷いながらも、影はすっかり薄汚れたが元気そうに動くに感嘆した。

「……私、貴女が心配で。何かあったらと思うと、気が気でなくて……。
 ようやくサンに会えた喜びを伝えヨウとも、影の私は抱きしめる事も出来ず……スミマセン」
「いいよそんなの。会えてよかった。大変だし怖かったんだよ!」
「よく頑張りました。偉いデスね」
「頑張ったよ。すっごく、頑張ったの」
「ええ、判りますよ。また貴女の顔が見られて、私は幸せデス」
「私も……」

手を伸ばすが、やはりすり抜ける。

「……スミマセン」
「ううん」

は謝ると、その手を引っ込めた。

サン、あのデスね、私一人ではないのデス」

影が横に避けると、教室の扉の影から二つの首がにゅっと伸びた。

「サイバーとリュータだ!」
、無事だったか!」
「DTOは?」

は言われた通り、影で待機する侑子に向いた。

「先生に変われる?」

頷いたのを見てから、「先生、リュータとサイバーです」と言うと、
DTOは立ち上がり、顔を覗かせる二人に駆け寄った。

「二人とも!大丈夫か!」
「そっちも大丈夫そうじゃん」
「心配してたんだぜ」

三人が再会に興奮する間、と影はまだ向き合っていた。

「……おイタワシや」

影の指が牙の痕が残る首をなぞる。
触れる事は叶わず、指はすり抜けていく。

「私が無力なバカリに、貴女に傷を」
「必要な事だったの。今の私が出来る精一杯の結果だから」
「傷を負う必要なんて、この世の何処にもありまセン。
 貴女は平穏で幸せに暮らせばそれでいいのデス」

ただひたすらに、自分を想う影には小さく笑った。

「ふふ。……影ちゃんといると、私も嫌な人にならなくて良いね」
「ソレは、何かあ、」
!」

影の目の前で、横から急に抱き付かれたの身体がぐらりと揺れた。

「さ、いばー」
「みんな心配してたんだぞ!お前らだけ、二人きりだしさー。
 俺たちには影がいて、ニッキーのとこも黒神がいるってのにさ」
「黒ちゃん来てるの?」
「えぇ、ソレについては少し話が長くなりマス」
「私も。色々と話さないといけない事があって」

一同は教室に集まり、お互いの情報を交換した。

「──で、DTOは幽霊に憑依され中。と」
「切り替えは簡単に出来るみたいだけどね。
 そして、私たち全員、別の時間軸の同じ小学校にいると」

お互いの情報を交換したはいいが、未だ事の全貌は判らず。

「私たちがいた過去から、この時代に至るまでに何があったのか調べてみよっか。
 教室もどんな変化があるのか調べないとね」

全員が教室を出て歩き出す。
DTOと、サイバーとリュータが今までの出来事を話す間、
と影は少し後ろへと離れて、小声で言葉を交わした。

「影ちゃん、今すごく疲れてない?顔色悪いよ」
「……サンも、本調子ではなさそうデスが?」
「やっぱり影ちゃんにはバレちゃうね」
サンこそ。顔のない私に顔色はありませんよ」

お互いに苦笑した。

「私の影に入って。指輪はないけど、まだ身体に神の要素が残ってると思うから、少しは回復出来るかも」
「お言葉に甘えさせて頂きマス。サンの疲労は何処から……?」
「ヴィルが私に何かしたみたい。注入された魔力が私の中に残っているんだろうけど、
 今の私はただの人間で、身体が耐えられてないんだと思う。
 それに、私なんか変な事になっちゃったみたいで、一回死んだとかなんとか」
「……詳しく」

影は静かに問うた。

「文字に襲われたの。誰の力か判らない。今でも咳き込むと、その文字が口から出てくるの。
 死って文字が。これに当たった犬は結構ダメージを受けてたよ。消滅はしないけれど。
 もしかしたら、生きている生物は死に至らしめられるのかも。
 死んじゃってるものは苦しむだけみたいだね」
「……マスターに会わせる顔がありまセン。先ほども貴女に手をあげてシマイ……」
「それはこっちもだよ。気にしないで」
「デスが、貴女のその状態は非常に危険です。体内のそれは貴女自身を蝕ムデショウ」
「そうかもしれないけど、自衛には使えるから。しばらくは」
「私が貴女をお守りします。デスカラ」

は首を横に振る。

「影ちゃん。普段の半分も力が使えないんじゃないかな。
 能力制限を受けた黒ちゃんの出来ない、時間軸の超越。
 多分、それは影ちゃんにとってものすごく大きな負担だったんでしょう」
「……そこまで、お分かりデスか」
「だからいいの。今回は私も無理するよ」
「……無力を嘆くとはこういう時ナノでしょうネ」
「大丈夫、私たちが会えたのは大きな一歩だよ。
 このまま、次の一歩を踏み出すまで」






to be continued





(14/09/02)