トリックアドベンチャー4

Side リュータ[過去]



だいたい、他の皆はおかしい。
あり得ない事に出くわして、なんで笑っていられるんだ。
サイバーはアレだから除外するとしても、サユリやニッキーまでっておかしいだろ。

サユリは気を使わざるを得ないんだと思う。
に一番信用され、更には黒神からも信頼されていてるもんだから、真面目なサユリは全力で応えてしまうのだろう。

だから「頭おかしいんじゃねぇの?」「ついていけねぇよ」と俺と同じような意見のニッキーに安心してた。
それなのに、最近のアイツはそう言いながらも、あり得ない世界に踏み込んで行っている。
「意味不」と言いながら、別の世界に行った事を流暢に話すお前自身が意味不だよ。
裏切られた気分だ。

「帰りてぇよ……元の場所に」

こんな目にあうなんて、やっぱり普通が一番だ。
周囲に流されてこんなおかしな世界に来てしまったが、ちゃんと断れば良かった。

時期外れに転入してきた、小学生みたいな女の子が全ての始まり。
あの時、もっと距離を置いていれば良かった。

「あんなおかしな人と関わってたらいつか後悔しますよ!」

今になってハヤトの忠告を思い出す。
全くだ。俺は関わるべきじゃなかった。
平凡が一番。変化のない日常こそが幸せなのだ。
つまらない。だとか。
飽きた。だとか。
暇。だとか。
そう思える今をもっと大事にしていれば良かった。

ガタタタッ

なんの前触れもなく、黒板横の棚が揺れだした。

「ひぃっ!!」

逃げなきゃ。
けれど身体が動かない。指一本でさえ。
震えることは出来るのに、それ以外の動きを拒否している。
またあの子供の仕業だろうか。怖がってる俺を楽しんでるのか。
何か害を与えたわけでもないのに、どうしてここまでされなきゃならないんだ。
……やっぱり殺されるんだろうか。
今まで見た死体のように。無残に死んでいくんだろうか。

棚はずずっと横にずれていった。
何が出てくるのだろう。何に殺されるのか。
俺みたいな普通の人間は、ここまでが限界────。

「ヒーロー参・上!」

聞き慣れた声に思わず涙がぽろっと飛び出た。

「あ!リュータ!!まさかこんな早く会えるなんてツイてるぜ!
 って、なにお前。泣いてんの?」
「違うって!!」
「ま、オレが来たからにはもう安心しろ。
 なんたってオレ様ヒーローだから」
「馬鹿!」

なんでこんなにふざけてられるんだ。
そもそも、どうして階段から消えたんだ。
お前のせいでこっちは大変な目にあったんだぞ。
しかも両目ともあるじゃないか。血は出てるけど。
ってそんなに動いて大丈夫なのかよ。

言いたいことが火山のように吹き出してくるが、上手く言えない。
子供じみた罵倒ばかりが出てくる。

「馬鹿サイバー!馬鹿!ほんと馬鹿だな!馬鹿!」

俺の心の内を見透かしてか、サイバー酷い怪我をしているのに怒りもせず、にこにこと聞いてくれていた。

「んじゃ、一緒にここから逃げるとしようぜ!」

自信たっぷりの笑顔に、また俺は夢見てる。
が他の奴とは違うと知った、あの時みたいに。







Side ・DTO[大過去]



「気をつけるべきは、子供に犬、ですね」
「今の所はそうだ。それ以外は見ていない」

1-いを調べ直す二人。まだ手がかりは見つからない。

「考えてみたんですけど、この空間への入り口を開いたのは黒ちゃんですし、
 多分ここはMZDが作った空間で間違いはないと思います。それに誰かが手を加えたのではないかと」
「ふうん。最初はホラーって言ってもトマトだったもんな」
「そうです、それは空間作成を行った私の力が反映してるということ。
 ただ他に私の創造が反映している所はなさそうですね」
はどんなものを創ろうとしたんだ?」
「お化けが出ない。血に見えるだけで実はワイン。可愛い動物。お皿は実は十枚あった」

は真面目な顔でそう言った。

「……お、おう……。肝試しの趣旨と全然合ってないな」
「空間を作ってる最中に何度もMZDに却下されました」
「MZDは何を思っていた?」
「学校です。七不思議?だとかなんとか想像してました」
「アイツにしてはメジャーだな。
 学校によって内容は違うんだが、定番のところは一応チェックか?
 そういや、理科室は行ったぞ」
「理科室の七不思議ってどんなもの?」
「人体模型に関する話だな」
「ふうん?」

人体模型がどう不思議なのか、七不思議を知らないはピンとこなかった。

「先生。あの子の机の中の物は何処にもないですね」
「相当見られたくないんだろうな。
 だが他の生徒のものはそのままだ。
 俺が一通り目を通す間、は別の手がかりを探してくれ」

紙と鉛筆を持ったDTOはメモを取りながら生徒一人一人の私物を確認した。
はロッカーの中を見たり、炎が出たという左手の甲を見たり、
指輪がある時のように念じてみたりと、別の角度から脱出の手立てを探る。

「よし。大体の事は判った」

生徒の私物を見終えたDTOはそう言ってペンを置いた。

「何が判ったんですか?」
「生徒達の名前や性格だ」

は驚きを隠せない。

「性格って……ノートや教科書だけですよ?」
「それでもある程度は判るさ」
「先生って凄いです!」
「俺なんてまだまだ新米だよ」

異空間や幽霊の事は判らないが、学校や生徒であれば年代が違おうともそう変わらない。
自分に出来る事を探した結果がこれだった。

「あと職員室を調べたいな。教師視点の資料があればこのクラスの事が殆ど判ると思う」
「了解です!行きましょう!」

犬の出現は怖いが、脱出の為に恐れず進む事を決めた。

「虐められていた子の事も判りそうです?」
「本人の私物は無かったからなあ……。
 だが誰と仲が良いか、このクラスはどんなクラスかってのは判った」
「じゃあその子の友達から探るんですね」
「そういうこと。で頑張ってたけど、成果は?」
「やっぱり指輪が無いのはとても痛いです。
 魔力の利用も無理でした。
 この空間の完成度が高くて綻びも無さそうですし……。
 まるで本当にある場所みたい」
「そっか。じゃあ何か来ても逃走に徹するしかないな」

まばらな足音が背後から聞こえた。
人間にしては軽い音だ。

「早速ですね」
「走るぞ」

二人は職員室へと全速力で逃げ込んだ。
ピシャリと扉を閉めると、続けざまに体当たりしてくる犬達。
はDTOが行ったように椅子を持って攻撃する気満々であったが、犬達はしばらくすると去って行った。

「さっきと同じだ。奴らは扉を破ってまでは入ってこないんだ」
「……変ですね。
 先生は何度も襲われてますよね?その時何か気付いたことはありますか?
 噛まれた時の感じとか」
「実はまだ噛まれてないんだ。体当たりばっかりで」
「ふうん……」

DTOは1-いの担当教師の机を探し当て、生徒達に関係するプリントや書類に目を通していく。
その間、はいつ何が来ても良いようにと、扉の前で外敵に備えていた。
犬は現れず、DTOの前に現れたという子供も一向に現れない。

「理解したぞ!!」
「先生!──────」

振り返ったが「凄い」と褒めようとした。その時。
前後両方の扉が破られた。の背後から飛び出してくる犬たち。
逃げろと叫ぶ暇は無い。
気を抜いたに向かって五頭の犬が寸分の狂いもなく同時に飛びかかる。

一匹は右足
一匹は左足
一匹は右手
一匹は左手
最後の一匹は首

五匹が一斉に柔肉へとかぶりついた。
しぶいた血液が木造校舎に斑点を作る。
はゆっくりと崩れ落ちていく。
バタン、と身体が床に伏すと、それを中心に蒼炎が柱となって聳え立つ。
犬は身を引いて、その様子を窺っている。
近くにいるDTOには目もくれない。

「っ痛……びりびりする」

よろめきながらもは立ち上がる。
血が飛び散ったというのに、傷口は火傷で爛れたようになって塞がっている。

「犬の目的は私みたい。話を聞いてなんとなくそう思ってたんだ。
 先生、謎を解いて下さいね、出来れば急いで」

疾風のように走り去るを、五匹全員が追う。
危険を全部請け負ってしまったに面食らうDTOであるが、すぐさま頭を切り替えた。
選択肢は一つ。身体を張るの行動を無駄にしない為、DTOは叫んだ。

「"ゆう"!どうせ見てるんだろ!出てこい!」

扉の影には小さな子供がいた。

「なあに、先生」

小さい悪魔は天使のような穢れの無い笑みを見せる。







Side サユリ・ニッキー+黒神[現在]



「火災跡……事故物件、か。色々と湧いてきそうではある」
「神から見て、幽霊とか呪いとかって、存在すんの?」
「する。殆どの人間は認識出来ないだけでな」

霊媒師なんて胡散臭いものではなく、神に肯定されると疑う余地がない。
夜中廊下が軋むのも、スイッチの音がするのも、誰かの視線を感じるのも、全部そういうことなのだろうかと思うと、ほんのり寒くなる。

「火事はどの時点で起きたのだろう。の頃か、サイバーの頃か」
「あの、皆は危険な目にあっているようなのに、どうして私達には何も無いんですか?」
「既にあってる。俺が来なければここに永遠に縛られていただろう」
「え゛、マジ?」
「末路はあれだ」

黒神が指さす方には、墨汁を零したようなスライム状の物が床を這っていた。
すすり泣いているような声が聞こえる。
さっきまで一度もそんな物は見なかったというのに。

「この建物にかかった呪いが消えた今なら見えるだろう。
 形は違うがあんなのがゴロゴロいるぞ、ここには」

哀れな姿に同情しつつも、二人はサクサク進む黒神にぴったりとくっ付いた。
黒神を嫌うニッキーでさえ、この惨状を見てしまっては黒神と一時も離れられない。

「これで建物に一通り目を通したな。
 ここから何かしらの変化があるかもしれないから覚えておいてくれ」
「覚える、って教室なんて何個もあるから自信ねぇよ」
「余計な事ばかり考えてるからここぞという時に役に立たないんだ」
「余計?人間として当たり前なアレコレだっつの」
「ほう。それはやジャックの前で言えるのか?」

とジャック────。
この組み合わせは、平気な者とそうでない者の真っ二つに別れる。
知識がないので、ふとした拍子に「何故」「どうして」が始まるのだ。
性的なことは勿論御法度。根掘り葉掘り聞かれる事となるだろう。
それに、全く知らない存在に教えるのはなんとなく後ろめたいものがある。
それでも出来るのかと黒神は聞いているのだ。

「……い、言える。オレなら。
 女店員の時にエロ本買うようなもんだろ」
「何それ!」

黒神よりも早く、サユリが気持ちが悪いと顔を歪めた。

「そんな話絶対にさんとジャックさんの前でしないで。
 そもそも近寄らないで」
「なんでお前にまで指図されなきゃなんねぇんだよ!」
「最低限の常識があるなら私だって言いません!」
「エロは三大欲求の一つだかんな!
 飯と同じぐらい大事だって判ってんのか!」
「だ、大事かもしれないけど、わざわざ言わなくても良いでしょ」
「ンなこと言ってるから少子化なんだよ」
「じゃあ!そんなこと言ってるニッキーは少子化を打破する事が出来るの?」
「お、オレだって、そのうち……そのうち……うっ」

何も言えなくなった未経験ニッキーを見て黒神はほっとする。

「サユリがの傍にいてくれると安心だ」

それぞれが信用を上げて下げたところで、荒い息と共に足音が聞こえた。
怯える二人を制し、前に立つ黒神。
肉の爛れた五匹の犬が唸り声をあげる。

「二人ともジッとしていろ。あとこちらを見ない方が良い」

サユリは言う通り背を向けるが、ニッキーはそれに背いてこっそり黒神を見ていた。
黒神は五匹もの獣相手に全く怯む様子はなく、飛びかかるものの頭部を掴んでは別の対象にぶつけ、
噛みつこうとするものには別の犬で肉の盾を作った。
痛そうに「きゃん」と鳴こうが黒神は無表情のまま。
どちらかと言うと笑っているようであった。
ニッキーの主観であるが。
そう時間がたたないうちに、犬の身体は捻じられ、バラバラになって廊下に広がった。

「(ちゃんに手出したらオレもああなるのか?バケモンだろ)」

一番怖いのは幽霊でも呪いでもなく、黒神だとニッキーは背を向けた。

「待たせたな。行くぞ」

何事もなかったように言う黒神は、サユリとニッキーを促した。安堵するサユリとは違い、
本当に黒神といて良いのかという疑念がニッキーの中で渦巻く。







Side リュータ・サイバー[過去]



「そうそう、紙貰ったんだ」
「誰に」
「生首」
「生首!?」

開いてみるとそれは新聞記事であった。

「土地神の呪いか!?小学校で次々と異常死……って、ここの事か」
「生徒が死に、教師も次々と不審死を遂げた。……オレが見たのはそれで死んじゃった生徒だったんだ」
「で、小学校の解体をしようとしたら、工事の人も死んだと」

新聞記事はとても小さく、情報はあまり得られなかった。

「呪いってどういう事なんだろうな」
「呪いの原因、か……」

リュータとしては、呪いと言うより連続殺人の方がしっくりくる気がした。

「なあ、あの紙が本当なら後三人だろ。だったら、その三人に会ってみねぇ?」
「二人だ。一人はお前がいない間にもう出くわした。目玉だけだったけど」
「じゃあ、オレのも数に入れると後一人か」
「……本気で探す気なのか?」
「ああ」

リュータは大きな溜息をついた。
しかし他に方法も無いので、やるしかない。

「そうだ、お前の傷なんとかしようぜ」
「いいって。もう血止まってるし」
「戻った時親が驚くだろ」

頭部と瞼を負傷するサイバーを保健室に連れて行った。
保健室には治療に必要な道具が揃っており、古そうな様子もなかったので、そのまま使用した。

「どうだ?」
「良い感じ。それにしてもオレこんなに酷い傷だったんだな」

鏡でまじまじと頭部を見るサイバー。
血の塊がついた青い毛先の後ろで、何かが過った。
振り返るが何もいない。

「どうした?」
「……誰かいる」
「え」

辺りを見回すが誰もいない。

「いない、な」
「オレの見間違いだったのか?」
「こんな状況だし、過敏になってるのかもな。
 まぁ、あと包帯巻けば終わりだからさ、終わったらすぐ移動しよう」
「そうだな」

包帯はどこにあるだろうか。
リュータは保険医の机の引き出し開けると、白い包帯の代わりにぎっしりと白い指が詰まっていた。

「っ!!!!サイバー!!」

級友に飛びつこうとすると、足元にあった箱に躓いて中身を撒き散らしてしまった。
床に転がるのは手足。小学生くらいの大きさだ。

「ひぃ!!!!」
「……おいおい。キツいぜ、流石に」
「無理無理、早く別の教室に行こう!」

逃げようと扉を開けると、目の前に子供が立っていた。

「ケケケケ」

子供の右手には銀色に輝く鋏があった。
銀の軌跡がリュータの腹へと伸びていく。

「っ!!!」

驚きのあまり大きく仰け反って尻餅をついた。
そのお陰で、幸運にも鋏の餌食にならずに済んだ。
サイバーは机を盾に子供に突撃するが、すかっと避けられた。
標的をサイバーに変えた子供は鋏で切りかかる。
頬の横に刃がかすめた瞬間、サイバーの目に子供とは別のものが映った。
それは子供の首に棒を引っ掛け、サイバーと離れさせた。

「間一髪でしタネ」

突如現れたそれは子供をざっくりと突き刺す。
子供はぼうっと消えていく。

「影!?」
「どっちの?」

影はくすりと笑った。

「黒神に仕えている方ですよ。
マスターの命により、今から貴方がたをお守り致しマス」

影は見事、別の時間軸への移動に成功した。

「た、助かったぁ」

盛大に安堵するリュータ。

「お前がここにいるって事は、のところに黒神はいるんだな!」
「いえ。マスターはサユリサンとニッキーサンのところデス」
とDTOは……?」

影は首を振った。

「単体でオレらの所に来たって事は、今の状況は相当ヤバイんだ?」
「左様でございマス」

影は知りうる事を全て話した。

「この呪いのカラクリを解けば未来にいる二人とマスターを救エルでしょう。
 そうすれば、次はサン達デス」
「判った。じゃあ急がねぇと」
「え……やっぱ探すの?」

つい先ほど危険な目にあったばかりなので、気が進まなかった。
それに何度出くわしても死んだ人を見るのは当たり前だが怖い。

「探す。他の手掛かりねぇもん」
「でもさっきみたいに襲われるのは勘弁して欲しいんだけど」
「お二人の身の安全は保証致シマす。それがマスターの命令デス」
「って言ってるし大丈夫じゃね?うだうだしてたら全員死んじまうぞ」

全員────。
自分の行動にのしかかる命の数はあまりに多すぎた。
一つだって手に負えないというのに。

「あのさ、どうして黒神は、の方にお前を行かせなかったんだ?」

サイバーも抱いていた疑問を、リュータは影に尋ねた。
影は淡々と答えた。

「生存確率が低いのが貴方方だったからデス」

だからの所へは行かなかった。行けなかった。
ただの人間であった事を幸と見るか不幸と見るか。
二人が無力だった故に、友人と教師が犠牲になったのである。
同じく危険な状況下にいるにも関わらず。

「……気合入れていこう」
「お、リュータもその気になってきた?」
「そりゃ怖がってるわけにいかないだろ。
 DTOとは二人で頑張ってるんだ。
 なあ呪いのヒントはそっちにはなかったのか?」
「ええ。未来では亡霊の巣窟になっており、原因が何かは判らない状態デス」
「手掛かりはなしか。なら虱潰しに教室を見ないとな。
 さっきより念入りに探すぞ」
「りょーかい!とDTOをこれ以上待たせられないぜ。なあ、影」

二人の心が一つになったところで、影は言った。

「では私は邪魔にならないよう、貴方方の影の中にいマス。
 心配はいりまセン。貴方方には指一本触れさせませんノデ」

ずぶずぶと溶けてなくなる影に二人は顔を見合わせた。

「え、えっと、行くか」
「お、おう。そうだな」

足並みは綺麗に揃わなかったが、二人と影は今いる時間軸の解明に踏み出した。







Side[大過去]二階廊下



死が、大きな口を開けて私をぱっくりと食べようとしてる。
今まで何度もそういう時があった。
それを回避出来たのは、いつも誰かしらが来て守ってくれたからだ。
今回は隔絶された空間。
誰の助けも望めないだろう。

幸運にも左手の甲の炎のお陰で二度ほどピンチを乗り越えることが出来た。らしい。
浮かび上がったUのウムラウトを見て、それが彼の仕業だと確信を得た。
しかし、これの発動条件はよく判らないし、効果も不明だ。あまり頼らない方が良いだろう。
大一番で外せば、待っているのは無の世界だ。

「わっと!」

飛びかかる犬を紙一重でかわす。
その動きを見る限り犬達は犬並みの筋力しかないようだ。
幽霊とはまた違う存在なのだろうか。

「っったぁあ」

やはり私程度では犬を振り切ることが出来ない。しかも噛まれてしまった。
だが不思議なことに、噛まれた感触は犬のに違いないが、何故か出血がない。
さっきと同じく、牙はしっかりと肌に食い込んでいるというのに。

それにしても、さっきと全く同じところを噛まれた。
偶然とは思えない。これには何か意味があるのだろう。
噛まれてすぐ振り払うのではなく、ジッとしてみようか……痛いのは嫌だが。
と、ぐずぐずとしていると「Wer nicht wagt, der nicht gewinnt.」と、
どこかの誰かさんに言われてしまう。
頭が悪いんだからとにかくやれとその人はよく言う。
仕方あるまい。皆の為だ。やろう。

私は走る速度を少し緩めると、犬たちはそれを見逃す事無く噛みついてくる。
喉に噛みつかれては、次こそ死んでしまうと思ったので、
左手と左足の二匹にだけ噛まれるように調整した。
ブチッと肌が裂ける音が聞こえる気がするが我慢だ。
私に噛みついた犬たちはその顎でしっかりと咥えると、それぞれが私の身体の中心から離れるように引っ張っていく。
このまま我慢していれば身体が裂けてしまうだろう。
いくら皆の為とはいえ、これは耐えきれる気がしない。

左足に噛みつく犬の頭部を余った右足で思い切り蹴った。
この犬は本物の犬に近いので脳震盪を起こしてくれるのではないかと期待しての行動だ。
犬は小さな悲鳴を上げ、思惑通り怯んでくれた。
これで一匹に絞って、噛みついた後の行動を観察出来る。

と、思ったが、そう上手くはいかないのだ。
そりゃそうだろう。犬は五匹だ。一匹に噛まれ、一匹を怯ませても、あと三匹いる。
その三匹が再度私に飛びかかってきたのだ。
私の思考は一瞬止まる。これは死ぬ。そう思った。

「けふっ」

私は犬に向かって何かを吐き出した。
浴びせかけられた三匹はその場でばたばたと悶え苦しんだ。
犬達は皆、黒い物に顔を覆われていた。
DTO先生に聞いてはいたが、これがその、「死」を飲み込んだ私が吐き出す「死」。
……言っててよく判らないが、私はまた変なものを抱えてしまったらしい。
だが、好都合だ。余計な犬たちは黒い靄に苦しめられ、私の方に襲いかかる事が出来ない。
私が蹴った一匹も、心配なのか転がる三匹の周囲をうろうろしている。

左手に噛みついた一匹だけは、他に構わずズルズルと私を引きずっていく。
さて、このままどこに連れていくのか。
左腕と床で擦れる後頭部の痛みを耐え続けていると、犬は理科室へと入った。
教室内を引きずった後、ぽとりと顎を離した。

何をするのかと目だけで犬の様子を見ていると、棚の上の鉢植えの土を掘っている。
なんだか、臭い。薬品なのかもしれないが、腐ったような匂いだ。
犬は鉢植えから掘り起こした何かを床に落とした。

それは、ぐにぐにぶにぶにとしていて。

「きゃああああああああああ」

思わず叫んだ。あまりの気持ち悪さに。
掘り終えた犬がゆっくりと私を捉えた瞬間、凄まじい恐怖感が襲ってきて、私は我を忘れて近くの椅子を犬の頭部に叩きつけた。
強すぎたせいか、犬は動かなかった。死んじゃった、の、かも、多分死んだと思う。

冷静でいようという気持ちなんて、あんなぶよぶよの物を見たら吹き飛んでしまった。
きっと私以外だって、そうだろう。
だって、犬が掘り起こしたのは人の手だったのだ。
しかも虫が沢山這っていて、とにかく気持ち悪い。匂いも相まって吐きそうだ。

こうやって私がパニックになると、いつもヴィルヘルムは馬鹿にする。
鼻で笑い、至らない私をとことん罵倒する。だから貴様は、と。
けれど、千切れた人の手なんて見たら叫ぶに決まってるだろう。
でもヴィルヘルムはきっと言うのだ。その頭は飾りか、もっと考えろと。
簡単に言うが、じゃあこの状況で何を考えろというのだ。

千切れた手に何の意味がある。
どうせ犬が玩具と思ってここに埋めたのだ。
こんなに痛い思いと気持ち悪い思いをしたというのに、収穫はそれだけだ。
私を噛んだ犬は引っ張り合いをしていたが、きっとそれぞれお気に入りの物を隠す場所が違ったからだろう。
どうせ別の犬も同じく変な物を埋めているのだろう。そんなの絶対に見たくない。吐きそうだ。
また人間の部位なんて出てきたら、今度は卒倒してしまうのではないかと思う。
今回は手だったが、次は足とか、もう片方の手とか────。

……。
……犬達はもし、人間の部位をそれぞれ隠しているとしたら。
その部位はきっと、元を辿れば一つの死体になるんじゃないだろうか。

……行こう。

私は犬に噛まれた首を抑えた。





to be continued




(14/08/23)