トリックアドベンチャー3

Side サイバー



ズルッズルッ
ズルッズルッ

何かを引きずる音がする。重いものだと思う。

ズルッハッズルッ
ズルッズルッハッ

擦れる音に紛れて荒い息遣いが聞こえる。
どうやら相当重い物らしい。

ズルッズルッハッ
ズルッズルッハッ

なんだか頭が重い。
顔も痛い気がする。

ズルッハッズルッ
ズルッズルッハッ

さっきから何を引きずっているのだろう。
気になったオレは億劫ながらも目を開けた。
暗くてよく見えなかったが、ぼうっと眺め続けていると土のようなものが見えてきた。
小川のようにゆっくりと流れている。
オレが動いているのか。

ズルッズルッハッ
ズルッズルッハッ

頬の痛みがじわじわと広がってきたところで、何を引きずっているのか、見当がついた。
────自分だ。
引きずられている重い物とは、オレの事だった。

どうやらズボンの裾を引いているようだ。
オレは痛む身体を無理やり動かし、引いている奴がどんな奴か、確かめてみた。
黒い物体。ふりふりと揺れている。
何処かで見たことのあるそれの正体に気づいた時、背中がぞくりとした。

しかしながら、身体が異常に重く感じるせいで、暴れて逃げる事は出来ない。
どんな所に連れていかれるか判らないが、このまま引かれる他なかった。
終着点は天国か、それとも地獄か。どちらにせよ死には違いない。
身体が重いという甘えは捨て、隙を見て逃げ出すしかないだろう。

ズルッハッズルッハッ
ズルッハッズルッハッ

こいつだけじゃない。
いつ来るか判らない隙を待つ緊張でオレの息もあがる。
失敗は許されない。好機が訪れても、身体が動く保証なんかない。
状況が全く読めないピンチな状況だが、オレは運を引き寄せてみせる。
絶対にやり遂げる。

気を張る中、そいつは前触れなく足を止めた。
今だ。
オレは身体を起こして、そいつを蹴り飛ばそうとした。
しかし、現実はそう上手くいかない。
立ち上がる事には成功したが、力が入らず膝から崩れていく。
再度土に頬を打ち付けたところで、そいつはオレを睨んだ。
人間には出せない低い唸り声と獣臭が目と鼻先にある。

このまま食い殺される。そう思った。

「だめだよ」

よく通る声は、まるで鈴のようだった。
犬はピタリと動きを止めると、丸い置物の隣へと座った。

「おにいちゃん大丈夫?」

丸い置物とは、人間の頭部だった。

「っ!!」

しかも首の切断面からは血が流れていて、そして顔をしかめてしまう程の悪臭が鼻に刺さる。
切られて間も無いのだろう。

「お前が、人殺しの犯人?」

頭部だけなのだから被害者という線もあるが、オレは何故かそう聞いてしまった。

「違うよ。と言っても信じてもらえないだろうけど」
「じゃあ、オレを引きずってきた理由は?」
「あのままいると危ないと思ったから、ここに連れてきたんだ」

この口ぶりからすると、オレの様子をずっと見ていたのだろうか。
オレはそこではっと気づく。

「もう一人いただろ。金髪のくるくる頭の」
「ううん。気づいたのはおにいちゃんだけ」

300数えたら会う約束だった。
来るはずのオレがいなくて相当混乱しているに違いない。

「急いで行かねぇと、っ痛……」

ズキッと痛んだ頭部に手をやるとぬるりとした感触があった。
悪臭で気づかなかったが、もしかして。
と、思ったが確かめるのはやめた。
明かりがないので確かめようがないのもあるが、事実を突きつけられると動けなくなる気がした。
片目の痛みにも気付いたが触らずに放っておこう。

「諦めた方がいい。その人、きっともう死んでるよ」
「はぁ!?ンなの判んねぇだろうが!今ならまだ間に合う」

そう信じたいだけで、確証はない。
あんなヤバイ所なんか戻りたくないが、アイツを思うと立ち上がれた。

「元の場所に戻るにはどっちへ行けばいい?」
「せっかく助けたのに、またあそこに戻るの」
「あぁそうさ。困ってる奴がいるなら助ける。それがヒーローだ」
「また痛い目にあうかもしれないのに?」
「他の奴が痛い目にあう方がよっぽど痛ぇからな」
「そう……戻るなら、来た道をまっすぐ行くだけだよ」
「ありがとな」
「……大人には気を付けて」
「大人?今まで見て無いな」
「子供にも気を付けて」
「どっちもじゃん……」
「おにいちゃんがいくら優しい人でも、絶対に誰の味方にもならないでね」
「なーに言ってんだよ。オレは困ってるって事なら、例えばお前にだって味方するさ」
「だから駄目だって言ってるの!」

大声を出したせいか、切れた首からごぼっと血が流れ出た。

「……僕たちには優しくしちゃ駄目なんだよ」

頭部はすすり泣いた。
血の海に落ちる涙。手がないから拭えないのだ。
ハンカチなんて小奇麗なものは持っていないので、指で拭ってやった。

「おにいちゃんは優しいね」
「ヒーローだからな」

そう言うと、泣いていた頭ははにかむように笑った。

「戻る前に、犬の首輪を調べてもらっていいかな。
少しは役に立つと思うよ」

頭の横で大人しく座っている犬は、オレが手を伸ばしても噛む様子は無い。
言われた通り首輪を調べると、何やら小さな紙が挟み込まれていて、オレはそれをポケットに入れた。
あとで光のあるところで読もう。

「じゃあ、オレ戻るな」
「そうだね。急いだ方が良いと思う」

アイツの無事を願いながら、オレは身を翻し、元来た道を歩いた。

「あのね、もし、上で僕を見たら全力で逃げてね」

言っている意味はよく判らなかったが、それに背を向けたまま返事をして走った。
リュータ、無事でいろよ。頼むぞ。







Side DTO( )



DTOは理科室の机の影で息を殺した。
死を飲み込んだ は腕の中でぐったりとしている。
扉の向こうでは獣の唸り声。複数匹がうろうろしている。

が死に倒れてから、小さな子供が現れた。

「あれ、そっちの子が死んじゃったの?」
「お前が」
「でも安心して。どっちが先でも変わりはないわけだしね」

そう言って消えると、犬たちが現れてDTOを襲った。
火事場の馬鹿力だろうか、小さくない状態の を抱き上げ、全速力で逃げ出した。
近くの理科室に逃げ込み、一つしかない扉に立てかけてあった箒を使って開閉出来ないようにし、
自身は机の影に潜み、椅子を掴んだ。武器代わりである。

来たら叩く。
来たら叩く。
来たら叩く。

怯まず行動出来るように何度も頭の中で繰り返す。
幸いにも実践する事はなかった。犬は諦めて去っていったのだ。

「おい、 。しっかりしろ!」

外敵が消え、漸く にむかえた。
揺り動かすが、軟体動物のようにぐにゃぐにゃと動いて、頼りない。
まるで、死んでるようだ。
まるで、とつけたが、脈拍が途絶え呼気がない事には気づいていた。

「これはやりすぎだろ……なぁ、MZD」

肝試しの発案者を詰るようでありながら、実のところ自分に対して怒りを覚えていた。
生徒を守れなかった自分の無力さを。
今回はMZDが学校を使って無茶をするかもしれないからと、監督役として付き添った。
それなのに、自分の目の前で は死に叩き潰された。
を目に入れても痛くない程可愛がる黒神に会わせる顔がない。
いっそ、扉の向こうにいる犬たちに引き裂かれてしまえばいいだろうか。
そうすれば、罪滅ぼしになるだろうかと思ったが、頭を振った。
それはただの責任逃れだ。自分がしなければならないのは、 と共にここを出る事。
そして至らなかった自分を黒神に評価してもらう。
罰は自分で与えるものじゃない。心に傷を受けた他人から与えられるものだ。

DTOは を背負った。
普段とは全く違う鉛のような重さが心に圧し掛かるが、今はその事から目を背ける。
悔やんだところで自分が無力で愚かだった過去は変わらない。
の忠告を聞けば良かった。と、今更思っても遅いのだ。
過ちと気付いた時には、もうどっぷりと罪を犯している。
遅いのだ。もうどうにもならないのだ。
だから、今は自己嫌悪を捨てて、ここからの脱出を図る事に頭を使うべきである。

「すまない……すまない……」

とはいえ、そう簡単に胸が裂けそうで、掻き毟りたい気持ちを、横に置いておける訳もなく。
じんわりと背中に広がる の身体の冷たさを感じて涙した。

それに呼応するように、 の手の甲が淡い光りを放つ。







Side ニッキー・サユリ



「っぐす、っ、どうして?死んじゃうの?やだよ。やだやだやだやだだだああああああああああああああああああ」

「せんせのあたま、どーしてないの?
わたしのぞーき、どーしてないの?」

「うぶ。ぶぶばばがああああああああああ」

「いたい。いたいよお。もうむりだよ。もうないよ。つめ、ないの。つぶれちゃったの。
つ、次は足?足も潰、ちがぬく、ぬけ、えええええええええいいいいいいやああああああああああ」

「むりです。はりはのめないです。飲めないですって。いた。ささる。さささああさささささささ」

「……死んだ方がましだよ。死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい……死にたい」

明らかに増えてきた声は全部 のもの。
DTOやサイバー、リュータのものもあったが、 のが圧倒的だった。
聞きたくない二人は耳を塞ぐが、すると今度は頭の中に直接響いてくる。

「ックソ、ふざけんなよ……」

こんな状況ではあるが二人の身には何もない。
それが二人の恐怖を煽った。
こんなに苦しんでいる人がいるなら、自分たちはどうなってしまうのか。
自分たちよりも小さくてか弱い が四肢を潰され嬲られている中、
自分たちは何も出来ず、
ただ耳を塞いで目を逸らす事への罪悪感を刺激され、
いっそ殺してくれと思うようになる。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

サユリが目の前で崩壊していく様を見ながら、
ニッキーの頭には朧げに の姿が浮かぶ。
苦しんでいるらしいサイバーやリュータ、DTOも気になるが、
一番に頭に浮かぶのは、どうしても自分が好いている人だった。

「(どうすりゃ、 ちゃんを……)」

現在、自分たちの事すらどうにもできないのに、ここにいない人を助けるなんてどだい無理な話。
それに自分はただの人間だ。特別な能力は無い。
偶々近くに神と同居している人間がいる為、
他の人よりはほんの少し、特殊な種類の者と関わる機会があるだけで。
そんな自分達がこの危険な空間の中で助かる為には。
そして、あの子を含む、他の人を助けるためには。

「……黒神」

外にいる有力者を呼び寄せる事だ。

「おいバカ。謝る暇があるなら黒神を呼べ」
「……え、黒神、さん、を?」
「あいつならオレ等だけじゃなく、全員助けられるだろ」

目から鱗だと、サユリはぽかんとするが、曇っていた目の色が変わっていく。

「でも、来てくれる、かな?」
「来る。アイツがそう言ったんだ。発言には責任持ってもらうぜ」

こくりと頷いたサユリであるが、いざ呼ぶとなると疑問がわく。

「……呼ぶって、どう呼ぶと思う?」
「知らねぇよ。……叫ぶ、とか?」

適当な返答しかもらえなかったが、それを実践した。

「く、黒神!さん……」

羞恥心で尻すぼみしてしまったが、サユリは確かに呼んだ。
すると間髪入れずに、目の前に黒神が現れた。

「大丈夫か!?やっぱりテメェは!見境ねぇのかケダモノ!」

サユリを庇うように立って罵る黒神を見て、ニッキーは安心で肩の力が抜けた。

「良かった……。これで ちゃんたちもなんとかなる」
に何かあったのか」
「あるかもしれねぇ。つか、お前どうせ監視してたんだろ!
今回のこれどうなってんだよ!危なすぎんだろうが」
「何を言っているんだ……?」

ニッキーは事と成り行きを説明した。

「……有り得ない。MZDがそんなミスするはずがない。
それに俺が見ていた もそんな感じは一切無かった」

外にいた黒神は相手がDTOとはいえ、やはり心配であったので
をモニターで監視していたが、
突然現れるものに驚いてはDTOに笑われるという、平和なものだった。
だからニッキーから突きつけられる事実は予想外の事である。
しかしいくらニッキーといえど無意味に嘘をつく人間ではなく、
更にサユリが憔悴しているので黒神はすんなりと信用した。

「そういう事ならここは危険過ぎる。
まずはお前たち二人を外に出そう。その後他の奴らも回収する」
「頼む!もしあの叫び声が本当なら ちゃん達が危ねぇんだ!」
「判った、急ごう。手を出せ」

黒神は二人の手を握った。
早くここから出たいとはやる気持ちを抑えながら、待つ二人だったが、一向に景色が変わらない。

「……いつまで男の手を握らなきゃなんねぇの?」
「まずいことになった」

まさか、と二人は顔を引きつらせる。

「出られない」

この世界の神を自称する男はそう言った。







Side  DTO( ) 



1-いが変異の原因と考えたDTOは、もう一度生徒の机の中を調べようと向かった。

「しかしこの青はなんだ」

の甲で怪しく光る青い炎。
なんらかの意味があるのだろうが普通の人間であるDTOには、害なのかどうかすら判らない。
発光されると見つかりやすくなるので、ネクタイで甲を巻いたが光量はそのままで全くの無意味であった。

「熱くはないし他に燃え移らない炎ってのは、どういう事なんだ」

対処法が判らない為、光の事は諦めて1-いへと走ると犬たちが待ち構えていた。

「……行くぞ」

犬には勝てない。
それがDTOが下した結論だった。
映画でもそうだが犬は俊敏で牙を持つ厄介な敵だ。
銃でもあれば良いが生憎所持はしていないし、あっても使えない。
鈍器とも考えたが、五匹相手では対処しきれないのが目に見えている。
ならば────。

「うぉおおおおおおおお」

愚直に走ることだった。
犬は猫と違い、集団で大きな獲物を狙う。犬にとってベストな状況で立ち向かうのは愚かだ。
武道をやってるわけでも無い自分に一切の負傷なく切り抜ける事は高望み。
大量出血ポイントや、歩行に不可欠な筋や腱さえ無事なら、他が負傷しようとなんとかなるだろう。
ならば、他はくれてやれば良い。
脚部への噛みつきを回避するには動き続ける他ない。

そう考えての「走る」という選択。

犬たちは何度もDTOに飛びつき、捨て身を食らわせてきた。
よろけながらも足は決して止めず、目的地まで走る。
1-いはすぐそこ。

そんな時犬の連続体当たりでバランスを崩し、 を背負ったまま倒れてしまった。
しかも犬と一番近いのは
このままでは無防備な が噛みつかれる。
庇おうと動くが間に合わない。

犬は鋭い歯を見せつけながら に噛み付いた。
だが犬はきゃん、と一鳴きすると身を怯ませる。
その隙に の回収を行うDTOであるが、次の犬が飛びかかる。
来ると判ってはいるが、身体の反応が追いつかない。
事の成り行きをただ見ている自分に気づくが、刹那の事にどうすることも出来なかった。

噛まれる。
は噛まれる。

脳は数秒先の未来をDTOに伝えていた。
後はそれを目撃するだけ。
だが現実は少し違った。

「けふん」

が咳き込んだ。今まで死んでいたのに、である。
犬は叫び声をあげ、地面に伏した。
DTOの目には、黒い靄が犬の頭部にまとわりついているのが映る。
すると犬達は一斉に退却した。

意味が判らない。だが助かったようだ。
DTOは復活したらしい を揺り動かすと、 はまた「けふん」と咳き込んだ。
すると、口から「死」が砂のように零れて消えていく。

「げほっ、ごほっ……あれ……どうして。
先生!!文字の!!何処です!?逃げ切れたんですか!!」

DTOは教え子を力一杯抱きしめた。

「良かった……。本当に」

事態が飲み込めず照れる であったが、腕をまわして、ぽんぽんと叩いた。

「なんだか心配をかけてしまったみたいで、ごめんなさい」
「お前が無事ならそれで良い。それだけで良いんだ」

暫く生徒の無事を噛みしめてから、目的地であった1-いに入った。

「そういえば の左手が光ってたんだが……なんなんだ?
手から火が出るなんて聞いてないぞ」
「え!?なんでだろう……。黒ちゃん?……はそんなことしないか。
……ヴィルかも。光って何がどうなったんです?」
「よく判らない。そういえばさっき、犬に噛みつかれそうになったのはそっちの手だったな。
そのお陰か判らないが犬が怯んで結局噛めなかった」
「……珍しく、私の事を守ってくれたのかな」

ただの左手に戻った手を愛おしそうに見つめた。

「あと、お前がその、気絶していた間のことなんだが…」

DTOは に自分が見聞きした全てを語った。

「てことはあのいじめられてそうな人が悪霊?」
「多分そういうことだと思う。さっきは本当にすまなかった。
結果助かったとはいえ、 の事を危険にさらしてしまった。
お前にも黒神にも本当に申し訳ない」
「気にしないで下さい。こうやって元気なんですし!」

さっきまで死んでたとは思えない程、 は普通だった。
手の炎も嘘のように消えている。

「これで、これが肝試しじゃないって事も判りましたね。
MZDはこんなことしないですもん。私たち別の空間に飛ばされたのかも」

冷静に現状を分析する にDTOは感心した。

「強いな…。俺なんて情けないけど腰抜けそうだぞ」
「私も怖いですよ。だって、MZDと関係ないって事は本当に死んじゃうって事ですから」

とんでもないことをさらっと言われ、背中がひやりとする。

「それに今の私はみんなと同じ人間でしかないので……役には立てないです。
使えないお荷物です。指輪がなければ私はただの子供でしかないので」
「いや、そんな事ないさ」
「ううん。ただの私は全然駄目なんです」

頑なに自身を否定するので、それ以上は言わない事にした。

「で、だ。これからどうしたらいいと思う?」
「この教室を徹底的に調べましょう!」







Side リュータ



「なんでアイツいきなり黙るかなー。聞こえてるなら返せよな」

懐中電灯に照らされた水色の頭に毒づく。

「おにいちゃん?」

びくっと身体が跳ね、反射的に振り向いた。

「だ、誰だよ!」
「ごめんなさい……」

子供だった。

「なんでここに?」

後ずさりながら確認する。
今まで誰とも遭遇しなかったのに、突如現れたのだ。
怪しさ満点である。

「誰かに連れてこられたんです。学校だし、暗いし」
「連れて来られたって……」

信用出来るはずがない。

「友達と肝試ししようって話になって、そしたら神様って人が任せろって言って」
「MZD、他の奴も連れてきたのかよ」

それなら納得である。またいつものように規模の大きい遊びなのだろう。
だから怖さが桁外れなのかもしれない。
に合わせていては、楽しめない者も多いだろうから。

「子供には怖いよな。大丈夫だったか?」
「怖いけど……大丈夫!だって作り物だもんね!」
「はは……」

MZDの作り物と思っていても、リアルすぎてそうと思えない。
子供の方が割り切れていて凄いと、素直に尊敬した。

「ま、気を付けてな。何が起こるか判らないし」
「おにいちゃんは優しいね」

この純粋な感じ、どこかで見たような気がする。
誰だろう。前の のような。
そんな事を考えていると、子供はポケットをごそごそと探って何かを取り出した。

「そんなおにいちゃんにこれあげる」

包装紙と大きさからすると、飴玉のようだ。

「食べてみて。おいしいんだよ」

舐めたい気分でもないが仕方なく包み紙を開けた。
ぬるりとしていた。
目玉だった。目があった。

「うわぁああああああ」

思わず手を引くと、それはぼとりと落ちた。
腰を抜かしていると、子供がぐいと顔を近づけた。

「三人目、だよ?」

今まで暗くてよく見えなかったが、MZDや黒神とそっくりな顔をしていた。
死体に遭遇した時以上の恐怖が身体を突き動かし、子供を突き飛ばして逃げた。

「サイバー!!!!」

急いでもう一方の階段へと走った。だが突き当りまで来てもいない。

「あのバカどこだよ!!!」

もしかして、あの包み紙の。あれって、サイバーの……?

「わぁああああああああ」

足の赴くまま走った。
何処へ逃げていいか判らない。

次の犠牲者は、自分だ────。







Side ニッキー・サユリ+黒神



埃は積もっているが使用には問題ないので、三人は一度椅子に腰を下ろした。

「現状を説明するとだ」

この空間はMZDが創ったものだが、乗っ取られた可能性がある。
本来ならばそんな事は絶対にありえないが、実際はこうだ。

脱出したくても出られないのは、黒神の力が制限されているからだ。
そのせいで、他の者のところに移動することも出来ない。
考えられるのは、 が指輪でズルをしないようにと、MZDが細工したという事。
ここでは黒神の力の六割は使えない。

「じゃあ、お前もオレらとそう変わんねぇの?」
「そこまでは落ちて無い。説明しづらいが、普段 がやっている事全般が出来ないと言えば少しは理解できるか?」
「どこかに瞬間移動したり、透明な壁を作ってみたり、時間を止めたり、とかが出来ないって事ですか?」
「理解が早くて助かる。俺に出来るのは俺のみが使える力だけだ」
「それって何なんだ?」
「黙秘」
「そうかよ……」
「しかし、そのお陰でお前達を守ることは出来る。問題ない」

人間の前なので説明を避けたが、黒神のみの力とは破壊や改変に属する力である。
ならば、この空間を壊す事も可能なのかと言えばそうではない。

「あの、 さんたちは何処へ」
「同じ空間にいる。時間軸が違うんだ。
ここを現代とすると、サイバーとリュータが過去、 と教師が更に過去にいる事になるな」
「じゃあ、あのサングラスと黒板は……」

同じ空間内の違う時間軸。
そのせいで黒神はこの空間を壊すことが出来ないのだ。
二組よりも未来にあたるこの時間軸は、一番他ペアに与える影響が少ない。
タイムスリップでおなじみの"未来が変わってしまう"という心配をする必要がない。

だが、この空間はMZDの力に介入出来るような者の手が加えられたもの。
そう簡単にはいかないだろうと、黒神は考えていた。

「声が聞こえたのは?」
「一応繋がってはいるからな。それでだろう。
あいつも怖がらせるために絶叫だけ聞こえるようにしたんだろうな。
こうなっては迷惑過ぎる仕様だが」
「なら、声がある間は、皆大丈夫って考えてもいいですよね」
「いや、この声が別の時間軸の今の声か、過去の声か判らない。
それにその声が本物である保証はないからその考えは捨てた方がいい」

重苦しい空気が流れる。
結局のところ、他の時間軸の安否は判らないし、脱出も出来ないという話だった。

「俺はまずお前たち二人を外に出すことを第一に考える。あと」

自分に張り付いていた影と分離した。

「……無であるお前なら空間内の移動が出来る可能性が高いだろう。
サイバーとリュータのところへ行って助けてやってくれ」
「承知しまシタ」

すっと床の中へと消えた。

「い、良いのかよ……」
「何が」
「何がって。決まってんだろ……」

黒神が何よりも大事にし、時に傷つけながらも傍に置き続ける人。

「……普通の人間には経験も力もないだろ。
今この空間で力を持っているのは俺と影の二人しかいないんだ」

世界よりも優先する筈の を、黒神は今回、後回しにした。

「あの魔族が俺に隠れてコソコソ仕込んだ事を信じるしかない。胸糞悪いがな」

一番助けたいであろう人を救えない。
サユリは呼んでしまった事を申し訳なく思った。

「そんな顔をするな。全員助かれば問題ない話だ」

ぽんぽんと頭を撫でた。

「二人が出られれば、俺も のところへ行ける。
だからまず自分達の身を優先しろ。それが他の奴を救う事に繋がる」

黒神は思い出したように、あるものを取り出した。

「二人の内どちらかが持つと良い」

それは が身に付けている指輪だった。

「なんでお前がこれを」
「俺の判断ミスだ。お前達との戯れに、過ぎた力は必要ないと思って入る前に預かった」

もしあの時……と考えるのは無意味だ。

「使用出来るわけではないが、身を守る助けにはなるだろう」
「サユリが持ってろよ」
「でも、ニッキーは」
「安心しろ。二人の身は俺が守る。それは念の為だ」

躊躇っていると、黒神がサユリの首にネックレスチェーンをつけた。
の物を、それも双神が の為に渡した物を身に付ける事に、サユリは罪悪感がわく。

「不本意だが、お前の事も守ってやるから精々頑張れ」
「なんだよそれ……」
「置かれている状況は理解出来たな?
ここからの脱出方法を探すぞ」





to be continued




(14/08/18)