トリックアドベンチャー2

Side ・DTO

「なかなか見つかんねぇな」
「うん……」

二人が探索した結果、この小学校は二階建てでカタカナのロを二つ重ねたような構造をしている事が判った。
生徒たちの教室があるのは、上下の辺の部分。左右の部分は特別教室が配置されている。
階段は北側の校舎の両端についており、階の行き来はここだけでしか出来ない。
窓は全て閉じられており、外に出られない事も確認した。

二人は一階を巡回し、そのまま二階へ移動し一周。
全ての教室を調べたが、何も見つからない。

「入れない教室がありましたけど、その鍵を見つけてその教室に入ればクリアとかですかね?」
「意外とめんど、いや凝ってるな」
「MZD最近つまんなそうだったから、きっと力を入れたんですよ」
「つまんないって……やることやってからにしろよな。
 もあんな大人になっちゃ駄目だぞ。夏休みの宿題ちゃんと進めてるか」
「もう終わりました!」
「偉いな。……他の奴らはやってんのかな」
「サイバーは進んでないって聞いたよ。お店の手伝いしたらやる気無くなるって」
「家の手伝いは理由になんねぇからな。提出した貰えるよう信じてるぜ」

何処へ行っていいか判らない二人は、一階へ戻ってきた。

「そういえば、昇降口がないな」
「不必要だから消えたのかも。あまり気にしなくていいと思いますよ」
「そういうもんなのか……」

DTOは深く考えない事にした。
特殊技能に詳しい者がそう言うのだから、そうなんだろう。

「まずは最初の教室……1-い?そこからもう一度探しましょう」

1-いへ戻ってきた二人。
DTOが引き戸を開けるとぽふんと音がして頭の上に何か落ちてきた。

「……せんせ……白い……」
「なんつー古典的な」

落ちてきた黒板消しを取り、頭を振って白墨の粉を落とした。
気を取り直して、もう一度教室内の机の中や棚の中を見たが、真新しいものは何も無い。

「謎解きだとしたらどこかにヒントがありそうなのに。全然ないです」
「やっぱり怪しいのは……」

DTOは傷だらけの机へ近づいた。

「今まで見た中で一番メッセージ性があったのはこれだと思うんだ」

近づいてこようとしないに提案するが、それでも一定の距離を保って見ている。

「……ここにずっといるのも嫌だろ?」

少々考え込んだであったが、ゆっくりと歩み寄った。
説得に成功したDTOは机の中の物を全て机上へと出した。
あるのは黒塗りのノート、ごわごわの教科書、真っ赤なハンカチと、薄緑のガラス石。

「これだけか。となるとノートをよく見た方が良いか……」
「ねぇ、先生。やっぱり良くないよ」

後ろを何度も振り返りながらが言う。

「確かに人の内部を探るような真似、気分は良くないよな……。
 俺も出来るならこんなことはしたくない。
 実際の学校現場でだって、不必要な接触や詮索は避けているつもりだ。
 いくら仮想空間だからって、一生徒のプライバシーに土足で踏み入るのは心苦しいさ」
「違うの。私が言いたいのはそう言う事じゃない」

は自分の胸を抑えた。

「嫌な予感がする」

雷雨が、始まった。







Side リュータ・サイバー



「……サイバー」
「お、おう……」
「今、引き出し見たらさ」

一枚の紙を見せる。
書かれているのは『二人目』の文字。

「ふ、二人目って」

恐る恐る懐中電灯で辺りを照らすと、椅子に一人座っている生徒がいる。
生徒は漢字の書き取りでもしているように見えるが、そんな事は無いだろう。
生徒の首から上が、無いのだから。

「……」
「……」

恐怖の臨界を突破し、叫びたくとも声が出ない二人。
お互いの腕を掴んでみても恐怖は緩和することなく。
二人はそろりそろりと教室の外へ出て、静かに扉を閉めた。
扉一枚という頼りない壁であるが、異常空間と切り離され、二人は思い切り息を吐いた。
いつのまにか呼吸を止めていたようだ。

「ヤベーって、ヤベーよ!!俺動きたくない!!
 探してるうちに残り三人の死体を見る羽目になるんだろ!!」
「で、でもよ!逆に言えば、三人の死体で済むって事だろ!」
「もし五人から七人に増えたらどうするんだよ!!!」

二人。
それは新たな犠牲者。
今は怖がっているだけで良いが、最後の最後には自分たちの無残な死体で、同じく迷い込んだ人を驚かせているかもしれない。

「なぁ、他の奴と合流しないか?心が折れそう……というか折れてる」
「……達もサユリ達もオレ達より前だもんな。進んでいけば会えるかも」
「だろ!とにかく合流しようぜ」
「だな。そうだ。入れ違いになってもいけねぇから」

サイバーはチョークを取って、黒板に大きく「二階へ行ってきます。サイバー&リュータ」と書いた。

「これ見たら上に来てくれるだろ」

二人は校舎の奥へ奥へと飲み込まれていった。







Side ニッキー・サユリ



ちゃーん!どこだー!!」
さんー!せんせー!いたら返事してくださーい」

二人は大声を出しながら夜の校舎を走る。
だが目当ての人は見つからない。

「サユリ。ちょっと止まれ、んで静かにして」

言われた通りにサユリは弾む息を抑えて黙った。
自分の心臓の音以外何も聞こえない。
ニッキーは床に耳をあてる。

「……なぁ、全く足音ねぇんだけど。そういうもんか?」

サユリも床の埃を払ってから耳を当てた。何も聞こえない。

「もしかして、隠れてるとか。ほら、何かに見つかって……」
「その理屈だと、オレらも危なくね?」

サユリはばっと周囲を見渡すが何もいなかった。

ちゃん探しにめちゃくちゃ叫んじまったけど、ちょっと自重しようぜ」
「うん。そうだね。そのせいでさんに何かあったら困るもの」
「手間はかかるけど、教室を一つ一つ覗いてみるか。隠れてるならオレらに気付いて出てくるかも」

作戦を変え、教室に入ったら一周し小さな声で呼びかける事にした。
耳を澄ましても物音がなければ次へ。それを繰り返す。
その間、誰とも何とも出会う事はなかった。
本当にこれが肝試しなのかと、MZDは何かを勘違いしてないかと疑問に思うが、
二人にとっては とDTOに危険が迫っている今、幽霊や化け物に邪魔をされない事は好都合であった。

「ねぇ、これ見て?」
「どした?」

一階の教室の黒板を指さすサユリ。

「かすれてよく見えねぇけど…………二……?サ……イ……」

塵と埃が付着した黒板から、薄くなった文字を推測を交えて読み取っていく。

「二階に、行ってくる……サイバー&リュータ。
 って、アイツら今二階なのか」
「二階へ行こう。合流してからの方がさんを探せるよ」
「だな。確か階段は一つだけだっけか」
「そうだよ。本当は二つだったみたいだけど、一つは崩れてたからね。
 階段の場所は北側校舎の西側だよ」
「よく覚えてんな……」
「この校舎はロの形をしてるだけだから覚えられただけよ」
「ならすれ違う心配は無いな。行き止まりがあるわけだし」

早速、とニッキーは足早に教室を出て行った。
サユリはもう一度黒板を見る。先ほど書いたにしてはやけにかすれている気がした。
例えば誰かが二人のメッセージを消そうとしたと考えるとしっくりくる。
不安が過るが、二人のメッセージの下に『見ました サユリとニッキー』と付け加えた。

もしも、とDTOがこれを見たならば、自分たちと巡り合いますようにと祈りながら。







Side ・DTO



「逃げて!」

の金切声に、足が机の角にぶつかるのにも構わずの方へ走った。
立ち止まって凝視するの腕を握りながら、先ほどいたところを見ると、ノートが宙に浮いてぱらぱらとひとりでにめくれていく。
ノートの中から黒い何かがぽぽぽぽぽと出てくると二人の周りをぐるぐる回る。
よく見るとそれは「死ね」という文字であった。
死の螺旋が少しずつ二人に近づいてくる。蛇のように、獲物を絞め殺すかの如く。

「ぃ、やぁあああああああああ」

DTOを引いて、は走った。
教室を飛び出し、一階の廊下を駆けていく。
だが、死の文字はそんな二人をあざ笑うように大小と大きさを変えてついてくる。
は大の大人であるDTOを引き、泣きながら一段飛ばしで二階へ行き、廊下を全速力で走っていく。
パニック状態のは失念していた。
────この校舎がロの形ということは。

「ひやぁあああああ!!!」

廊下を一周し、後方だけでなく前からも飛んでくる死の言葉。
挟まれてしまって何処にも逃げ場がない。
咄嗟に生徒を抱いて庇うDTOであったが、『死』が狙うのは であった。
死の弾丸はにのみ撃ち込まれる。

「ぶごべべべべべべばあばばあばばばばば」

機関銃と遜色ない速さと衝撃では白目を剥いて踊る。

「やめろ!!!やるなら俺にしろ!!!」

廊下にあった『死』の全てが撃ち込まれた後、の身体は漸く動きを止めた。
DTOの腕の中でだらりと崩れている。

「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

DTOの叫び声は、何者かの笑い声でかき消された。







Side サイバーリュータ



「……なかなか来ねぇな」

時計がないため正確な時間は判らない。
立つのが疲れてくるくらいは、二階の廊下で待っていた。

「ちゃんと黒板には俺とサイバーの名前も書いたし、判ると思うんだけどな」
「怖くて黒板を見る余裕もないとか?」
「気持ちは判るけど、それ言ったら打つ手ないって」

以外は携帯電話を所持しているが、この学校に入ってからは電源すらつかない。
連絡手段としてだけでなく、電灯としても使わせてくれないようだ。

「ここってさ、二つ階段があったよな……。
 だったら」
「嫌だ」

サイバーが提案する前に、リュータは拒否した。

「でも」
「無理。一人なんて絶対に無理。お前といる今だってめちゃくちゃ怖いんだぞ!」

リュータは、さっさとここから出たかった。
その助けになるのならば誰かと合流したいが、必要以上に危険は冒したくない。
ずっとどこかで座ったまま、他のペアが見つけてくれるのを待つのも良いと思っている。
一方、サイバーは少々危険な道を渡ろうとも他の者の安否を確認したい。
もし何かあったのであれば、それを助けに行かなければと思っている。

自分の事で手一杯なのだから余計な事はすべきでないと思う者と、
自分も手一杯ならば他人も手一杯だろうから手を貸さなければならないと思う者の違いである。

「……頼むよ。それに階段ってこの廊下の先だろ?
 声も届くし、走ればすぐに駆けつけられる。懐中電灯はそっちが持ってていいからさ」
「無茶言うなよ!叫んだ時には遅いだろ!!
 現状も判ってない時に単独行動したって二人ともやられるのがオチだろ!!」
「でも、他の奴らの方がもっと危ねぇじゃん?放っておけねぇよ」
「こんな時まで、ヒーローぶるなよ……。落ち着いて考えろ。
 救う方が救う前にやられてちゃ意味ないだろ?」
「判ってる。でも、居ても立っても居られねぇんだよ!」

二人の意見は交わりそうになかった。
無言の攻防の末、折れたのはリュータだった。

「……俺、お前のそういうとこ、スゲーと思うけど嫌い」
「そう言いながらオレを信じてくれるリュータスゲー好き」
「気持ち悪い事言うなよ……。折れるかわりに条件は出させてもらう。
 300数えたらお互いが廊下の中央へ向かって歩こう。
 次、何かあったら俺の意見を尊重する事。……判ったか?」
「サイバー、了解致しました!」
「調子良くて溜息が出るよ……全く」

懐中電灯をリュータに渡すと背を向け、サイバーはもう一つの階段へと向かった。
黙っていると怖いので二人は大声で会話をする。

「なぁ、DTOってこういうの怖いって思うのかな!」
「怖がってるとうけるんだけどな!!だとしたらあのペアヤバイだろ!」
「ニッキーたちはどうだろうな!」
「意外とサユリ強かったりしてな!」
「かも !ニ  が  わそう!」
「はぁ??き  な  も    い  」

リュータの声はどんどん遠くなり、最後には相手の声が聞こえなくなった。
そう長くない廊下なのにである。
明らかにおかしいこの現象に恐怖を感じていたが、更に怖い事があった。
それは光がないことだ。
離れていく時、途中までは光がこちらに来ていた。
なのに、声が聞こえなくなってからは光も届かなくなった。
重ねて言うが、廊下の長さはそれほどないのだ。
加えて、暗闇の中の光であればどんなに遠くとも見える筈なのだ。
見えない事なんて有り得ない。

光を失ったサイバーは壁伝いに歩き、突き当りで歩を止めた。
音もない。光も無い。

「……頼む、誰か、早く来てくれ……」

誰かを想うヒーローだって怖いものは怖いのだ。
約束通り心の中でゆっくりと数を数えて気を紛らわせる。

しかし、数字よりも大きな恐怖が脳を埋めつくす。
『三人目』
今まではずっと小学生だと思われる子供が犠牲者であったが、次もそうとは限らない。
一人目も二人目も、ついさっき殺害されたように思えるくらい、温かみがあった。
変な言い方になるが、新鮮だと思ったのだ。
だとすると、自分たちが『犠牲者』の紙を手にした瞬間、彼らは死んだのだろうか。
ならばもし、一人になったリュータがうっかり紙を手に取ってしまったら。
『三人目』と書かれた文字を読み取った瞬間、今生きている自分がその三人目の犠牲者になってしまうのではないか。
強く打ち付ける心臓を抑えながらサイバーは、300までのカウントに集中した。
だが、300に到達する前に。

彼の予想が当たる。
彼の後頭部が何者かによって殴打された。







Side ニッキー・サユリ



「いない。な」
「一周したのにいなかったね」
「ンだよ、惑わせやがって」

黒板のメッセージを見た二人は階段を上り、二階を一巡した。
教室にいる可能性を考慮し、開く扉があれば開けて中を確認したが、それでもいなかった。

「ねぇ……やっぱりおかしいと思わない?」
「何が」
「だって、この校舎はそう広くないのよ。なのに誰とも会わないなんて」
「でも声がしてたろ。だから多分いるんだよ。すれ違ってるだけでさ」
「そう……かな」

特に目的もないので、もう一度二階を回る。
どの教室を見ても何の異常もない。
埃や塵が積もっていて、掲示物は焼けて薄くなっている。
火災が発生したと思われる教室の上の教室は床がすっかり焼けており、中には入れない。
その他の教室でも一部床が抜けている所があり、そこは安全の為にも入らなかった。
よって、入れる教室というのは本当に一部でしかない。
サイバー達が二階へ向かったというのならば会わない筈がないのだ。
サユリの言葉を否定したニッキーも、このおかしさには勿論気づいていた。

「ねぇ、あれって何だろう」

崩れた階段前の廊下にぽつんと置かれた黒いもの。
ここは先ほども通ったがその時には見落としていたようだ。
サユリが拾い上げると、それはサングラスであった。

「なんだかサイバーの物に似ているね。昔にも同じ型があったんだね」
「そう、だな」
「何か引っ掛かるの?」
「……あいつのグラサンって、パルに作らせた物なんだよ。ヒーローセットが云々って。
 だから同じものなんてあるはずねぇんだ。
 それに側面。怖くて確かめられねぇんだけどさ……」

訝しんだサユリは埃を指で払い、側面を見た。

「いひあっ!?」

小さな悲鳴をあげ、サングラスを床に落とした。

「……その反応って事は、そうなんだな」

コクコクと頷くサユリ。

「サイバー、って書いてあった」

だがありえない話である。
サイバーの物の上に何故大量の埃が乗っているのか。
同じ時間帯に入ったのならば、そんなことが起きる筈がない。

「サユリ……。オレたち、何処にいるんだ?」

認めざるを得ない違和感と異常。
二人の足場が音をたてて崩れていく。

「殺さないでぇえええええええええええ」

さっきから聞こえるの断末魔は、いったい何処から。
サングラスを落としたサイバーは、今何処に。

サユリとニッキーの心に、恐怖の炎が凄まじい勢いで燃え上がる。


to be continued




(14/08/12)