推し


 頼れる人。

 それが独神が下す、サナダユキムラに対する評価である。
 大坂の戦で大きな戦果をあげたサナダユキムラは名の通った英傑であるのだが、当時独神はまだ八百万界に存在しなかった。
 故にサイゾウやサスケが興奮気味に勇猛さを語ろうともぴんとはこなかった。
 鶺鴒台で産魂《むす》び、実際に悪霊退治をさせてようやく忍二人の言葉を受け入れたのだった。

「これが、推し、という概念。か」

 独神の自室には六文銭の刺繍が施された赤い法被があった。
 真田紐が数十本保管され、六文銭を模した根付も十数個並べられている。
 他にもサナダユキムラが村に出したお触れの写しも数枚、暗所且つ風通しの良い所に保存している。
 裏の競売に身分を隠して入り込み、サナダユキムラに関する品々を収集しているのである。
 根付一つの頃は良かったが、今はもう誰も自室に入れることが出来ない。
 英傑を束ねる独神が、たった一人に行き過ぎた感情を向けることは許されない……
 からではなく。

「(誰かに見られたら恥ずか死する)」

 そんな独神でもこの趣味を語れる相手がいた。

「……呼ぶか」

 特定の者以外には聞こえない特殊な笛を二度鳴らす。
 少し経つと二人の者が部屋に現れた。

「サイゾウ参上!」
「呼んだか。頭《かしら》」

 サイゾウとサルトビサスケである。

「ちょっとだけ時間……良い?」

 二人は足を崩した。了解の合図である。
 独神はうきうきと酒を取り出した。
 普段の宴では嗜む程度であまり強いものを飲まないが、語りの時だけはシュテンドウジが好みそうな強い酒を浴びる。
 最初は自分が誰か推すことへの気恥ずかしさや馬鹿らしさを打ち消すためのものだったが、今は単なる習慣である。

「きのうね、ほんでんにちょっと悪霊がね、来ちゃったんだけどね、そしたらね、ユキムラさま来てね、なんかうまいことばーってやってね、すーごいんだよ」
「ユキムラ様はスゲーな!(その横に俺もいたけど)」
「全くだ(俺も斥候役を請け負った)」

 独神の長尺語りをの邪魔はせず、各々サナダユキムラの好きなところ、かっこいいところ、目撃したことを話していく。
 独神がべろべろに酔って、蒲団に寝かせてやるまでが二人の仕事である。
 そして忍たちは次の任務へと向かった。

「なるほど……。つまり独神様は戦闘中の拙者を好まれるのだな」

 ここは元雇い主であるサナダユキムラの自室。
 サイゾウとサスケは独神に仕えているが、今でもサナダユキムラを慕い、独神の道に支障がない程度の協力は惜しまなかった。
 独神と同じく、二人もサナダユキムラを主として気に入っているのだ。

「はい。特に首をとった時が”かっこよすぎて死ぬ”だってよ!」
「なるほどなるほど」
「でもお頭は逆富《ぎゃっぷ》も好きだからな。ユキムラ様が最近うどんずっぽ抜けたことが”可愛すぎて死ぬ”って二日くらい言ってたな。今でもうどんの時悶えてすぐに食えねぇし」
「近寄りがたいのではないかと思ってのことだったが功を成したようだな(ん~、主《ぬし》さん見過ぎぃ。おれ次うどん食べるの怖い)」

 このように、忍たちは独神の情報を横流ししている。

「(お頭が口止めしなきゃ、ユキムラ様が横を通る度に好きすぎて息が止まる……って言ってやれるンだけどな)」

 全てではない。最低限の分別はある。
 あくまで主は独神なのである。

「独神様の”推し”についての考えは日々の報告でおおよそ把握した。しかし、それは拙者と婚姻を結ぶ気があることと同義なのか」
「それは……どうかなあ?」
「調べる。但し頭《かしら》が答えを拒否した場合、無理に引き出すことは出来ない」
「構わぬ。拙者の興味本位だ(ほんとは暴いて欲しいけど)」

 サナダユキムラから密旨を受けた忍たちは、独神との推し語りの際に何気なく尋ねた。

「お頭はさ、ユキムラ様と結婚とかってどうなンだ?」
「推しと……結婚……」

 迫真の顔。
 忍たちは緊張を走らせながらも平静を装った。

「推しはみんなの推しであって、私のものにしちゃ駄目だから」
「……それはつまり」

 二人は身構えた。

「結婚はお断りします!!!!! 推しと夫は違うの!!!!」

 健気な忍たちはそれを元主にそのまま伝えた。

「お頭はガチ恋勢ってのではないみてぇだな。ユキムラ様の活躍を見ることで自分が元気づけられるけど、独り占めにする気はない。だってよ」

 サナダユキムラは項垂れた。

「推しのまんまじゃ駄目じゃん!!!」

 ついつい素が出た。

「ユキムラ様?(あーあ、出ちまったよ)」
「ごほん。なんでもござらぬ」

 忍たちは何も突っ込まなかった。
 今の流れを変えるべく、サイゾウが話を逸らした。

「お頭の言う事も判らねぇことはねぇな。言い換えりゃ、お頭はみンなのお頭。誰か一人が手にするってのはなあ……」
「同意見だ。頭《かしら》が英傑の頂点に立つ存在ならば、従えることはあれど英傑の物になどなるわけがない」

 サスケも頷いている。

「お頭の右腕にはなりたい。けど他の奴らほっぽって俺だけを選ンでくれってのは……なーンか違うンだよなあ」
「俺が一人殺せば頭《かしら》は一歩望みに近づく。俺は影で支えることが本望だ。物にしたいなど冒涜極まりない」
「冒涜ねえ……。確かにお頭はそういうもンだ。お頭自身は忍にも分け隔てなく笑ってくれるが、だからって踏み越えちゃおしまいだぜ」
「全くだ。頭《かしら》の慈愛が己だけに向けられていると勘違いする輩にはほとほと困る」
「ほンと、お頭はどんな奴相手でも平等だからな。もっと相手を選ンでくれたって罰は当たンねぇって」
「飼い犬に何度手を噛まれても、手を差し伸べることをやめない。頭《かしら》を愚かと評する者もいるが、それが頭《かしら》の強みだろう」

 忍たちが段々と独神の良さについて語り出していく姿にサナダユキムラは慄いた。

「(こいつら……。完全に主《ぬし》さん”推し”じゃねぇか。おれにとって最大の障害かもな)」

 この恋は前途多難である。
 サナダユキムラは楽しそうな部下たちを見ながら、ここにはいない、独神の事を思い浮かべた。

「(いつかは手にしてやるから。待ってろよ、主《ぬし》さん)」





(2022/12/23)