消印のないはがき


────年末の大掃除。
自室の掃除が終わった独神は他の英傑の部屋の掃除を手伝っていた。

「シーサーは凄いね……。雑貨屋みたいで」
「大好きなものに囲まれると幸せサー☆ これなんてどうどう? ドクちん。ねえねえ!」
「わあ! 可愛い!」
「これ二つあげるからドクちんにあげるー!」
「本当に? ありがと! ……って掃除だってば!」
「えへへ」

何度もシーサーに流されそうになりながらも掃除を行う。全く片づけられていない訳ではないのだが、物が多く収納が出来ない分が零れ落ちている。

「これお手紙よ。大事にしないと……」
「琉球のみんなからサー! 見つけてくれてアリガト、ドクちん☆」

手紙を読み返すシーサーをやれやれと肩を竦めながら見守った。

「……へえ、琉球の消印って初めて見たかもしれないわ」
「んー? ドクちんあんなに手紙来るのに? それにあとちょっち寝たら皆からの年賀状もめちゃくるサー」
「まあね。そうなんだけれど……」

独神は小さく笑った。

「皆ここで出してから里帰りするから、消印がないのよ」

八百万界には飛脚問屋が各地に存在する。本殿近辺の町だけでなく、琉球から蝦夷まで当たり前のように点在している。悪霊襲来で一度は途絶えかけたが、英傑が各地を守るようになってからは復活を遂げた。正月になれば年賀状が縦横に行き交う。
ここ本殿には小さな町を形成できるだけの英傑が各々年賀状を出す。本来ならば一番近い町の飛脚問屋にまとめて持って行くところだが、繁忙期の正月時期は飛脚問屋の負担を減らす為に、本殿から本殿への手紙は内部でまとめて配るようにしている。だから独神が得る年賀状には消印がない。

「ふうん」

と、シーサーは呟きながら琉球の消印を眺めていた。



「主君。年賀状を届けに来たよ」

アタゴテングによる法力なのか、宙に浮いた大袋が広々とした執務室の中央へとゆっくりと降下した。独神が礼を言うとアタゴテングは次の配達があると退室し、独神は一人で大袋に向かった。
まずは一枚取り出す。

「あ、これミツクニね。……へえ、今年は真面目に水戸に帰ったのね」

普段の軽薄な態度からは想像出来ない達筆な年始の挨拶。本人は字が綺麗な方がモテるからと言うが、実際は家の厳しい教育の賜物だろう。

「あら、水戸の判子だわ。そっか、今年は早めに帰省してたものね」

本殿に滞在してくれる事は独神としては大変有り難いが、家族の事、領民の事も大切にしてもらいたいものである。
次の一枚を取り出した。

「モミジからだわ。信濃から。……あれ、でも……彼女居残り組じゃ……」

英傑の中には里はあっても様々な事情から帰れない者が沢山いる。モミジもその一人だ。
次の一枚を手に取る。

「オダノブナガ様まで……。あの方意外と律儀なのよね」

これもまた達筆な文字が目に入る。奇を衒う事を好むオダノブナガであるが、年賀状は普通だった。今年こそ独神殿ごと支配下に治める、と書かれている事以外は。

「尾張だ。……そういえば今年はノウヒメは連名じゃないのね。ランマルも」

今年は一人ずつ年賀状を用意したのか、それとも代表者のみになったのか。
あまり深くは考えず次の年賀状を引き抜いた。

「ノウヒメ。……消印は美濃」

少し考えた独神は袋の中をごそごそと探った。二百以上あるはがきの中、目当ての物を手に取った。

「モリランマル……。尾張。でも色が違うわ。……何かしら」

同じ地域の別の飛脚問屋なのだろうか。独神は少しずつこの事態を理解しはじめ唇を緩ませた。

「次はっと……サンキボウだ。やっぱり安芸。でも宮島仕様のだわ」

大鳥居の絵印に興奮しながら次の年賀状を抜く。

「これは他とは違うわね……。大きさも違う……甲賀って書いてある。……え?! 甲賀!? 忍の里に飛脚なんてないじゃない。こっちの年賀状も甲賀だわ! でも判子が全然違う。墨汁(いんき)の色も違うし……」

よくよく見れば甲賀を囲った円も少々歪んでいる。線の太さも不揃いだ。

「もしかして……芋版」

やはり独神が思ったように、甲賀の忍びの里には飛脚問屋がないのだろう。

「……ねこの手形。この肉球はナバリちゃんね」

次の年賀状を掴んだ。

「百地。……伊賀じゃなくて、敢えてそうしてくれたのね」

きっと伊賀の文字は爆炎の弟子に譲ったのだろう。と思って袋を探ると木炭で伊賀と大きく書かれていたであろうものを見つけた。多分大量のはがきの中で擦れてしまったのだろう。今はぼんやりとしか文字が見えない。
もう一人の弟子はどうしたのだろうと、次のはがきを探した。

「き、金の消印……。どう考えても自作。でも誰!? 黄金好きは二人思い浮かぶのよ!」

差出人はない。裏面には無難にあけましておめでとうと書かれている。金の墨汁で。
消去法で差出人を当てる為、独神は袋の中からあまりにも目立つはがきを取り出した。

「まさか金のはがき、とは……。これで判ったわ。この惜しげもなく金を用いる派手好きはヒデヨシ! そしてさっきのはがきがゴエモン!」

確認の為金のはがきの表面を見ると、ヒデヨシと書かれており独神は小さく声をあげて喜んだ。
さっきまできらきらしすぎていたので、今度は普通のはがきを手に取る。

「肥後? ……っていうと……あ! シラヌイ!」

とうとう海を越え、西街道の消印が手元にきた。

「そういえば南街道って誰かいたかしら」

袋の中を覗き込み、南街道の消印を探す。

「あった、土佐。ウラシマタロウからだわ。でも、彼のご実家ってあそこじゃなかったような……」

裏面を見ると大きく鰹の絵が描かれていた。添えられた文字には、時期じゃなかったとある。土佐の鰹は五月から十一月。そして戻り鰹が九月から十月である。漁師のウラシマタロウがそれを知らないはずがない。だとしたら、わざわざ縁も所縁もない土地に出向いたのだろう。

「そういう気遣いをさらりとするから、彼は好かれるのよね」

次のはがきを手に取る。

「出羽はナマハゲ。ダテマサムネは仙台って書いてあるわ。陸奥はカッパ、これは遠野。ヌラリヒョンも他の子と被らないようにしてくれたのね。常陸はヤト。江戸は……いっぱいね」

そして気になっていたはがきに手を付けた。

「……琉球。石像のシーサーの判」

独神は満面の笑みを浮かべた。声をあげて笑った。今ならシーサーの踊りにいくらでも付き合えそうな心地だ。
届けられたはがきは全て、消印が押されていた。
北は北海道、南は琉球。東山道、北陸道、東海道、畿内、山陰道、山陽道、南海道、西海道の全ての地方の消印があった。狭いようで広いこの八百万界各地の消印をこれだけ集めたのは独神の他にはいないだろう。

「皆にはかなわないなぁ……」

英傑達の気遣いに心を震わせながら、はがきの一つ一つに目を通していく。
あけましておめでとうとだけ書いたもの。無関係の事を書いたもの。
歌が書かれたもの、絵はがき、手形、拾ったものを張り付けたもの。
同じはがきは一つとしてない。どれもこれもそれぞれの英傑が独神を想って書いてくれたものだ。

「私も、この想いに報いないとね」