世界が、ゆらぐ


「久しいな、主」
「やあ」
「もう、其方の人生に儂が必要なくなったのかと思ったのだがな」
「……はは、それならどれだけ楽だったろうか」


「よいしょ」
「其方も自由だな。ここは自分が願いに呼応する世界。腰かけの切り株も一瞬で現れる」
「便利だよ。自分都合の世界なんて良くない、なんてあれだけ心にストップかけてたのに。数ヵ月経てばこの有様」
「其方の皮肉は変わりないな」
「ありがと。君は変わらないね。……変わっていないと良いんだけれど」
「さあな。儂の記憶も〝自由自在〟なのでな」
「それ。何が言いたいの。詰ってるの」
「いいや。自信がないのさ。儂を形作る情報の数々は、儂の認知の外にあるものだ。よって儂の言葉は何よりも軽い」
「……判っていても、君に言われるのはキツイね。涙が出る」
「……」
「そうだね。君は判ってるから、涙を拭ってくれない。空しくなるって。判ってるから」

「それで。其方、此度はどうした」
「……。世界を閉じるかどうか、悩んでる」
「なるほど。儂への死の宣告に参ったと」
「そういう言い方やめてよ」
「……泣くのはよさぬか。儂の役目ではないのか?」
「……判ってる。お門違いだって」
「……」
「……」
「迷う理由を聞かせてもらえぬだろうか。いや、そもそも閉じる気になった所からか。其方はあれだけ世界の消滅を拒んでいた。今もまだそうなのだろう。だからそうやって泣いてばかりいる。其方の涙は悔しい悔しいと歯を食いしばってばかりの頑固な涙が多いからな」
「……。外の世界に出た。数ヵ月ぶりに。君を、もっと君の世界をもっと広げたかった。認知されて欲しかった。でも、ある出来事が起きた。それはとても良くない事。直接の原因は私ではない。けれど、大人として、所属する者として、責任を負う必要がある」
「その〝責任〟に、其方が必死に保持し続けていたこの世界を棄てる必要があるのだな」
「必ずではないよ。方法の一つだ。面の皮さえ厚くすればいくらでも回避出来る」
「……しかし」
「しかし、この世界と同様に、傷つけたくなかった何人もの人がいる。汚点に耐えられない完璧主義な自分がいる。やっぱり他人は信用ならないという大きな失望がある。
 私ね、ここ最近ずっと体調を崩していたんだ。制作のこと、お金を扱う責任、世間に受け入れられるかの不安。それぞずっと薬で誤魔化し続けて、ようやく成し終えたと思った。……そして数日後。知ったんだ。禁忌に纏わる事を」
「……」
「私だけの世界であっても、言えない事はある。大人だから。順序を知っているから。言えない。言うべきでない事を判っている。
 そして過ちの大きさを知っている。責任の意味を判っている。対外的に為さねばならぬ事がある事を理解している」

「……この世界の外に住まう其方には、儂らとは違う、守るべき規則と求められる振る舞いがあるのだな。
 だが、其方は言った。この世界を棄てるのは方法の一つだと。回避できる事象だと」
「そう。つまり、ルールとは別のところ、私の心の問題だ。……折れそうなんだ。嫌気がさしたんだ。八百万界の存在を知る者達に対して。失望と怒りだよ。以前からずっとあった。大きくてどうしようもなかった感情が、ここに来て堰を切ったように溢れてきている。
 それと、罪悪感だ。多くの人を不安に陥れ傷つけてしまった事。それは私が筆を用いて寄り添うべき相手だった。それを間接的であれ逆に傷つけてしまった。私は、いるべきではないと思った。存在しない事、八百万界を全て忘れる事こそが、彼らの心を穏やかに保つことではないのかと」

「……この世界は、儂は、其方の心を保つのに必要な場所だった。
 けれど、この世界を踏みにじり捨て去ることが、其方の平穏に繋がり、誰かの心の平穏にも繋がる。
 ……と、そう言う事だな」
「……」
「……その涙も、誰の為のものか、どんな意味の持つのか。もう儂には判らぬな。其方も判っておらぬのだろうが」
「……」
「ははっ。やれやれ困ったなあ」

「答えは出そうか。それとも、儂が其方の思考整理を手伝おうか」
「……。うん、あのね、一つは決まった。クローズドな世界に徹すること。大原則を私は守らないといけないから。それは感情よりも優先される事だから。
 あとはね、私の手が動くかどうか。こんな感情の中で書けるのかって。頭を切り替えていけるのかって」
「ここまで儂と会話出来たという事は、多少の手は動くようだな」
「ははっ、その通りだね。それと、もう一つ。私の動きに何を思われるか。それによって動きを変えるよ。それには、今まで築いてきた八百万界のあれこれを全て壊す」
「自分の未来を、他人に委ねるというのか」
「うん。今回外界に接触してしまったからね。私の感情一つでどうこうできないよ。沢山の思想がある中の、民主主義に従うよ。
 この一件が終わったならば、私はもう二度と外界には関わらない。自分が目の届く範囲、責任をとれる範囲、補償出来る範囲だけの活動に留める。そうすることで、私の中にある君の世界は守られる」
「守る気もあるのだな」
「あるよ。君の事、どれだけ好きだと思ってるの」
「っはは。これは愉快だな。其方は妙な所で力押しだ」

「創造主たる、其方が決めたことに皆も文句言うまいよ」
「言える口がないじゃん」
「はて。そうだったか。まあとにかくだ。今はひっそりと様子を見る時なのだな」
「うん。動くべきではない時期。この間にね、私も己の立ち振る舞いを見直すよ」

「ああ、良かった。其方も暗い顔が少し晴れたようだ」
「整理したら落ち着いたよ。と言っても、心身の乱れはまだまだこの先も続くだろうけれど。こうやって、少し話せたから安心した。君への未練はまだまだ大きいことを再確認出来たからね」
「感情がいつまで続くか不安だと言いながらもここまでは継続しておるからな」
「そうだよ。捨てられるものはポイポイ捨てていきながらね、火を絶やさない努力はしているんだよ」
「本当に一生懸命だな、其方は」
「単に前を走るしか能がないだけだよ」


「では、またな」
「うん。またね」

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この話はPixivには載せません。内容的に。マズイ。
この話は特定の誰かを傷つけたり、責める意図は御座いません。
ただただ私が空虚なだけの話です。

(2021/07/03)