欺く


 独神は多分、英傑全てに好かれていた。
 特大の好意を集めた独神は、各々に愛情を返していた。
 他と同じでは物足りない者もいたが、分け隔てないのが独神の良い所でもあると渋々ながら納得していた。
 それがある日、独神がサルトビサスケと深い仲になっているのではないかという噂が一部で囁かれた。

 サスケをよく知るサイゾウは、これを笑い飛ばした。
 なにしろあの朴念仁である。
 見目の良い者、気配りに長けた者、胃袋を掴む者とより取り見取りな独神が、果たしてわざわざ選ぶだろうか。
 勘違いだ。と人に言いながらも、疑う気持ちはずっとあった。忍はそう容易く人の言葉を信じないものだ。
 疑惑が大きくなり、とうとう真実を確かめる為に一芝居うつことにした。

「頭《かしら》」
「おかえり、サスケ」

 サスケに扮したサイゾウは独神にゆっくり近づいていく。
 訴えるようにじっと見つめてみるが、独神に変わった様子はない。
 独神は小首を傾げた。

「どうしたの?」
「少しの間だけでいい。俺に時間をくれないか」

 身体に手をのばすと、独神はそれをぴしゃりとはたき落とした。

「触らないで」

 乞食の手も払わない独神が、まるで刃物のような鋭さで切り捨てた。

「言ったよね。誤解を生むようなことしないでって」
「すまない」

 素早く頭を下げた。演技だけではなく気圧されてだ。

「下がりなさい。報告は別の英傑から聞く」

 サスケに扮したサイゾウはすぐに退室した。
 頭を下げるのが精々で言い訳の一つも言えなかった。

「(二人が付き合ってるのはガセか? それともこれが普段の関係なのか? どっちだ)」

 謎が深まるばかりだがこの深淵を覗くべきではないと結論を下した。
 サイゾウはこの件には二度と触れることはなかった。

 暫くして、本物のサルトビサスケが執務室へやってきた。

「頭《かしら》」
「おかえり。……ねえ、今すぐ私に口付けてよ」
「笑えない冗談だな」

 双方表情はそのままで沈黙した。
 暫く続いた静寂はサルトビサスケによって破られた。

「何があった。話せ」
「少し前サスケの偽物が来た。誰かは知らないけど追い払っておいたから」
「ほう。よく見破れたな」
「簡単よ。だって甘えてくる時のサスケってもっと可愛い顔だもん」

 サスケは眉根を寄せ、大きく表情を崩した。

「待て。それはどういう意味だ」
「最近特に凄いの。別人みたい。彼女冥利に尽きるってものね」

 くすりと笑って独神はご満悦である。

「もういい判った」

 疲れた様子のサスケに独神は言った。

「私はね、サスケが変わっていくの好きだよ。だって私もサスケと会って変わってるもん」

 少し頬を染めた独神ははにかんだ。
 それを見たサスケは込み上げるものがあったが、忍の性で必死に押し留めた。

「頭《かしら》。……普段のことだが」
「勿論。判ってる。サスケへの好意はおくびにも出さない。意味なく触らない。私、ちゃんと守ってるでしょ」
「恩に着る。俺が忍をやめるのは指定した日時のみだ」
「そうしないと、サスケの威厳と尊厳が崩壊しちゃうもんね」

 独神はにやにやと笑った。

「理解しているならやめてくれ」
「はいはい。隠したいなら協力しますよ。なんたって彼女ですから」

 独神は愛おしげに目を細めた。
 次の瞬きで顔を引き締める。

「じゃあ、報告してもらっても良い?」
「御意」





(2022/12/23)