『くりすます』当日。
楽しい楽しい祭りであるが、誰もが愉快に盃を傾けているのではない。
誰もが憂いなく過ごせるように、多くの者が影で支えている。
その一人がサルトビサスケだ。
『くりすます』本祭は問題の一つもなく終えることが出来た。
騒ぎに乗じて侵攻してきた悪霊は秘密裏に処理した。
倒すだけなら誰でも可能だが、敵に呼吸すら許さず殺めることが出来るのは隠密に特化したものだけだ。
だから忍たちは全員裏方へ回っている。
サルトビサスケは祭り終了後は独神の警護を担当する。
多くの者と杯を傾けた独神はほろ酔い状態であるが、背筋を伸ばして部屋に戻り、自身で布団を敷いて横になるとすぐさま寝入った。
動かなくなったそれを窺いつつ、周囲の様子にも気を配る。
忍は悪霊だけでなく、不埒な輩からも主を守らなければならない。
とくに今日という日は、場の空気と酒を力にあてられた者が淡い期待を抱きながらそっと独神の部屋を訪ねる。
それらは徹底的に処理するよう警護担当の考えは一致している。
これは警護人が独神に手を出さない事を前提としている。
サルトビサスケは独神に不埒な真似はすまい。すれば甲賀の名に傷をつけることになるのだから。
と、周囲には思われていて、実際当人もそう思っている。
────思っていた。
先程までは。
(……っ! 何故俺は……!?)
夜這いを試みた愚か者を追い出した後、寝返りで乱れた服の乱れを直してやるつもりだった。
独神の傍らにしゃがみ込み、襟に手をかけて帯紐の方へ引き、襟をぴんと張る。
それが何故だか、襟があたる首にそっと唇を寄せた。
穢れを知らないであろう柔肌に吸い付き小さな花弁を散らす。
はっと気づいた時には後の祭り。
穏やかな寝息を立てる独神の首元には不自然な紅い痕がついていた。
築いた信頼を全てを壊すような真似だ。
サルトビサスケは思い悩んだが、黙っている事に決めた。
幸い鬱血は小さいもので、人為的に作られたものとは決めつけられない。
言って真実を知らせるよりは良いと思ったのだ。
それに、自分が犯した過ちについて納得出来なかったのもある。
どうして血迷った。
なぜ我を忘れた。
警備中、サルトビサスケは何度も答えを探した。
しかし隠し事は出来ないものだ。
翌日独神からサルトビサスケへの呼び出しがあり、年貢の納め時だと諦めがついた。
執務室へ行くと、独神が机に向かっていた。
「お願いがあって呼んだの」
「それで、俺に何を求める」
「ん~、犯人探し」
独神は「これ見て」と言って襟を引っ張って見せた。
首には小さな鬱血が浮かんでいる。
「これ。……一応私はここの最高責任者であるわけで、そんな独神に傷付けるってちょっと看過できないわけ」
「犯人を殺せば良いのか」
サルトビサスケは既に死ぬ覚悟は出来ている。
「いいや。その度胸を讃えていっそ付き合ってあげよっかなって」
なんの悪い冗談か。サルトビサスケは耳を疑った。
「ほら、犯したり暴行したりしたわけじゃないし、私を悪くは思ってないでしょ?」
想定外の考えに頭を抱えた。
ここで犯人は自分だと名乗り出るのか?
付き合うと言ったが、それははったりだろう。
独神はそういう軽い者ではない。
それだけ腹に据えかねているのだろう。
だが偽物を連れてくるわけにはいかない。
独神の世迷言が本当だった場合、とんでもないことになる。
やはり、道は一つしかない。
「頭、報告は今晩で良いだろうか」
「いいよ。それまでには見当をつけていて」
退室したサルトビサスケは天を仰いだ。
思えば短いような長いような日々だった。
独神に仕えらえたことは誇らしいことだ。
多数の戦闘経験を積み、同じ忍たちと張りあい技術を磨いてきた。
独神との言葉を交わす度に血に塗れた日々が光で照らされた。
素晴らしい日々を終わらせてしまったのが己自身である事が悔やみきれなかった。
だが仕方がない。忍として責任をとらなければ。
「早速聞かせてもらえる?」
夜、入念に人払いをして、独神とサルトビサスケは執務室に向き合った。
今夜は忍も周囲にはいない。独神自ら来てくれるなと命令したからだ。
「早速だが犯人は判明した」
「それで。誰?」
「……すぐ目の前にいる」
独神は微動だにしなかった。
「ちゃんと名前言って」
「不貞を致したのはこの俺、サルトビサスケだ。弁解の余地はない」
首を差し出すようにサルトビサスケは頭を垂らした。
「……。変な人」
独神は頬杖をついた。
「でも珍しいね。こういうことするなんてさ。どうしたの?」
「……」
「黙ってないで答えてよ」
「我が身の可愛さに黙秘しているのではない。俺にも理解できない」
はあ、と気の抜けた声を零した独神は不思議そうに言った。
「そんなに悩む事? 簡単な答えだと思うけど」
独神はサルトビサスケに近づき、頭を上げさせた。背伸びをして目線を合わせる。
「私ね、ちょっとびっくりした。サスケにそう見られているとは思わなかった。でも嫌じゃなかったよ。
だから私、サスケのことが好きなんだと思った」
ねえ。
独神は唇を突き出すように言った。
「サスケは私の事嫌い?」
「嫌いなどと思った事は……」
「じゃあ好き?」
部下に不貞を働かれたとは思えない、嬉しそうな顔で見つめた。
するとサルトビサスケは顔を歪ませた。
「俺は……。いや、確かに尊敬はしているが」
「じゃあ私が他の英傑と仲良くしててもいいの?」
いじけたように聞いた。
「それは頭の自由だ。俺の意思は」
「あっそ。じゃあちょっとモモチを捕ま、」
「判ったからやめてくれ」
にこにこにこにこ、笑みが止まらない独神がサルトビサスケの回りをくるくると歩いた。
「ねーえー、そろそろ言ってくれても良くない? 私なかなか積極的に頑張ってると思うけど?」
「色恋など不要だ。俺たちは主従なのだから」
独神は眉間に皺を寄せた。
「私に手を出した人が何か言ってるー」
「くっ」
独神がじろじろ見ようと、サルトビサスケはじっと立ち尽くして動かない。
反応のないそれに溜息をついた。
「本当に血迷っただけならしょうがないね。今回の事は全部忘れましょう。お互いに」
「……すまない」
サルトビサスケは頭を下げ、その場より去った。
「……モモチ」
「ここに」
どこからか独神の前にモモチタンバが現れた。
独神は先程とは違って声を荒げる。
「サスケには絶対責任取らす!! 協力して!」
「……」
「なによ。不満そうじゃない」
「忍はやめておけ。それも甲賀の」
「そういうのどうでもいいから! いかにあの堅物を落とすか考えてよ!!」
独神は舌を打った。
「そもそもなんでこうなの!? せっかくモモチに死んだふりのやり方教えてもらって、まあ、最終的には薬でなんとかしたけど、そこまでしたんだよ? なのになんで落ちないの? え? 私に魅力ってない? え? どういう目してんの? 硝子玉なの? 腐り落ちてんの?」
「……甲賀の肩入れをする気はないが、向こうにも好みがあるのだろう」
「私がサスケの趣味の範疇じゃないってこと?」
モモチタンバは鼻で笑った。もう一度独神は舌を打った。
「全く。主従じゃなければ殴ってるよ」
「主従でなければ殴らせてやらんがな」
口の減らない忍め。と独神は罵った。
「頭」
「はひっ!?」
思いもよらぬ声に独神は大きく飛び上がった。
モモチタンバはいない。
「な、何……。忘れ物?」
戻って来たサルトビサスケに独神は急いで取り繕った。
サルトビサスケの方は一度目を閉じ、溜めてから言った。
「忘れることは出来ない。さっきの件だ」
独神は頷きながら平常心を取り戻す事に苦心していて、半分くらいしか内容が耳に入らなかった。
「先程までモモチタンバと話していただろう」
「話してないよ。全然全然」
「誤魔化さなくて良い。向こうも敢えて判るようにしていたんだろう」
気配が云々の話は独神にはよく判らない。
だが先程のやり取りがいくらかはサルトビサスケに気づかれていることは理解した。
「普段ならば頭と親密に思われるモモチタンバには、遅れを取った事を恐れるところだが、そうではなかった。もしも本当にモモチタンバと頭に主従以外の関係があったらと焦っていた」
サルトビサスケは独神にはっきりと言った。
「認めよう。俺は頭を主以外としても見ていると」
独神は僅かに目を開いた。
「忍として恥だ。こんなこと。だが恥を呑み込んで頭に近づけるなら、俺は……私情を通す」
サルトビサスケは独神の目の前で跪いた。
「頭、俺は頭が欲しい。この先も傍で守らせてくれないか」
頭を限界まで下げて希う。すると独神の口が大きく吊り上がった。
「……いっやったぁああ!!!」
「頭……?」
大声に驚いたのかサルトビサスケは訝し気に顔を上げた。
「え。あっ、なんでもない。うふふ」
(20211231)
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【あとがき】
サスケが血迷ったら楽しいかなって。