つかのま


 
 午後の執務が一段落し、独神は休憩に入った。
 縁側までやってきて足を崩していると、サルトビサスケが斜め後ろからそっと湯呑を置いた。

「わざわざありがとう」

 独神は湯呑を両手で持ち上げてすすった。
 小さく息を吐く。

「主さま休憩? 遊ぶ!?」
「ごめん。今日は結構疲れちゃったから」
「そっかー。じゃあのんびりしてて!」

 英傑たちは独神が多忙な事を理解しているので退くのが早い。
 己の欲より、独神の都合を優先する者達ばかりだ。
 去って行った後、サルトビサスケが独神にだけ届くよう小声で呟いた。

「良かったのか」

 独神は頷いた。

「折角いてくれるのだから、優先したって良いでしょ」

 本殿に在籍する数百名の英傑達は二人が互いに一番の理解者であるとは知らない。色薄い関係だ。

「私は好きよ。こうしてただお茶を呑んでいるだけで」

 朗らかな笑みも、実はほんの少しだけ他とは違う。特別な人の前でだけ見せる特別なものだった。
 僅かな違いも見抜く忍にはこれ以上ない強烈な”言葉”で、サルトビサスケは一先ず手元の湯呑を傾けた。

「ご馳走様。もう一杯」
「判った。少し待て」

 おかわりを所望する程、サルトビサスケの茶は美味しくない。普通すぎる味だ。
 それなのに独神は何度も茶をせがむ。
 サルトビサスケが真剣に茶を淹れる姿を眺めるのが好きだからだ。
 サルトビサスケはそのしつこい視線には言及せず、大人しくされるがままになっていた。

「熱いから気をつけろ」
「どうもありがとう」

 満足そうに飲んでいる。

「……本当にいいのか」

 独神は不思議そうにしていたが、庭に視線を滑らせてその答えを知る。

「変な人。他人なんてどうでもいいじゃない」

 仲睦まじく話しているスサノヲとクシナダヒメを見ながらそう言った。
 夫婦である二人は本殿内で度々逢瀬を見かける。
 海を裂くまでの凶暴なスサノヲも奥方といる時は動きが繊細だった。相手を大切にしている。壊れないように。
 それが見ているだけで感じられる。

「目が合うだけで、私には何よりも特別なの」

 独神は笑った。穢れのない顔で。

「勿論。それ以上に求めるならば私もやぶさかではないけれど」

 ちらっと見た。サルトビサスケが目を逸らすとくすくすと笑う。

「全く。忍を動揺させるのが上手な事だ」
「駆け引きなんて一切していないわよ。全部本音」

 あっけらかんとする独神に深い溜息を吐いた。

「だから。そういうところだ」

 額に手を当てるサルトビサスケにくすくすと笑った。
 独神とサルトビサスケは主従の距離を常に崩さない。
 しかしそれでも心には触れられる。

「もう一杯、お願い出来る?」


(20210926)
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【あとがき】

 穏やか過ぎて話に起伏を作りにくいキャラ。
 一緒にいて落ち着ける、そんな人。