「可愛げがない」
突拍子もなく独神が言った。
「其方の好みにはなれなんだか。仕方ない」
「そうやって残念そうでもなく言うところが可愛げがないんだよ」
ぶつくさと言うと、ヌラリヒョンは無遠慮に笑った。
「しかしなあ。儂も若者のようにはしゃげと言われてもなかなか難しいな」
「やってよ。これ命令だから。そのつもりで」
「儂は出来ぬが代わりの者を連れてこよう」
「いやいやそうじゃなくって! もう!」
主である独神が命令しようとなんのその。
上手く操れず、独神はただ疲労感を味わった。
「そういうとこ。尽くされている気がしない」
「しているつも、」
「実感がないの! こっちは! 努力が伝わらないの!」
声を荒げてみるが、ヌラリヒョンは平静を崩さない。
「やれやれ主は虫の居所が悪いようだな。茶でも出すか」
「またそうやって。誤魔化されないからね」
話題の茶屋の羊羹に、独神は美味しく誤魔化された。
「……私でも、ヌラリヒョンがここにいることの意味は判ってるよ」
すっかり冷静になった独神は、肘をつきながら壁を見た。
「町で連れてたら待遇違うんだもん。馬鹿でも判るよ。ヌラリヒョンが凄いひとだって」
ふざけていても、ヌラリヒョンは妖の総大将と呼ばれ多くの妖に慕われる。
生きた年月の長さもあり、異種族に名が通じることも多々ある有名人。
大いなる力があり、統率力があって、八百万界の権力争いへの参加権を所持している。
「…………ねえ、なんでここにいるの。どうして私に従ってるのさ。形だけとはいえ」
寂しそうに独神は尋ねた。
ヌラリヒョンは子供に言うように、優しい声色で説明した。
「それはな、世間の評価ほどの価値が儂にないからだ。くたばり損ねの妖でしかない。しかし其方は違う。其方は本物だ」
「おべっかはいらない」
顔を背けた。独神は持て囃されることが多い為その手の言葉が大嫌いだった。
「やれやれ」
ヌラリヒョンはそう言うと、独神に息がかかるほど近づいた。
「な。なに……」
顔を近づけると、独神は思わず目を瞑る。
小刻みに震えた独神の鼻を、指でつんと突いた。
独神は目を開けた。
「何をされると思ったのかな」
見透かしたような言いぶりでヌラリヒョンが口端を上げていた。
真っ赤になって狼狽える独神は言い淀みながらも言い返した。
「っ、反射! 近づかれたら普通に目を瞑っちゃうでしょ! 普通でしょ!!」
「そういう事にしておこうか」
ヌラリヒョンは笑っている。
「人で遊ばない。罰としてその羊羹もらっちゃうから」
「ああ、やろう」
独神の前に皿を滑らせた。すると言った張本人が顔をしかめる。
「冗談に決まってるでしょ……。食べなよ。美味しいから」
「では遠慮なく」
再び自分の方へ皿を引き寄せ、黒文字で切り分けて食べ始めた。
ここまで盛り込み済みだったような反応である。
「やっぱり気に入らない」
不満げに溜息をつく独神。
それを見てヌラリヒョンは口元を緩ませた。
(この些末なやり取りが好きなのだと。きっと信じてはもらえぬだろうな)
(2022/12/23)