出会いの物語-モモチタンバ-


いつもとは違う、厳かな儀礼服を着用した独神は、あたふたしながら袖を揺らした。

「懐剣どこかに置き忘れちゃったみたい」
「ここに」
「ありがとう」

突如現れたモモチタンバから特殊な装飾が施された懐剣を受け取り、帯に差した。
それを見ていたハットリハンゾウが深い深い溜息を吐く。

「馬鹿か。何故そんなもの忘れられるんだ。タンバも何か言ってやれ。まあ、呆れて何も言えんかもしれんが」
「きっと忘れるだろうと、先んじて着替え中に回収した」
「え!? またあなた着替え中にいたの? びっくりするから用がないならやめてって言ってるじゃない」
「護衛はいつでも必要だ」

涼しげな顔のままで意見するが、独神もまた反論する。

「部屋の外に皆いたでしょ。なんなら忍のハットリハンゾウだっていたのよ?」
「念の為だ。気にする必要はない」
「気にしているから文句言ってるのよ……。なんで毎回着替えを覗かれなきゃならないんだか……」
「覗いているのではない。護衛だ」
「そうでしたね……はぁ……」

この、お節介気味で、独神のためのような、余計なような事をしているのが、モモチタンバ。
八百万界の忍者の祖であり、伝説の忍と言う者もいる。
かつての戦いで死んだと思われていた者であるが、ご覧の通り生きており、今は独神に仕えている。
それも、独神がまだ力もなく、仲間も少ない時からずっとだ。
当時は貧乏本殿であり、凄腕の忍を雇えるような財はなく、また周辺地域への権力もなかった。
それが何故、独神を主としようと思ったのか。

今回は、モモチタンバと独神の昔話である────





「本当にこれで良いの?」
「おれのいう事信じろっての」
「ふうん……」

シュテンドウジが自信満々で立てた看板には「道場破りかん迎」と書かれている。
それを見た独神は無言で「歓」と書き直した。

「おまえ……よく知ってんな。頭いーじゃん」
「うん。本で覚えた」
「偉いぞ。おれの子分の中でも優秀だな」

ぽんぽんと、若干乱暴に頭を撫でた。

「(……なんなんだ、あいつらは)」

そんな様子を、本殿を囲う森の中から観察していたのがモモチタンバである。

「(独神が世に出てきたと聞いて探りに来たが……。情報通りならあのか弱そうな者が独神だ)」

モモチタンバは息を潜め、二人の様子を観察する。

「これ見たらいっぱい英傑来るの?」
「来るに決まってんだろ。おまえの噂は界中に流れてるらしいし」
「でも、私がここにいる事まで知らないだろうし、この看板見られないんじゃないの?」
「あ? ……確かに。一理ある」

「(一理どころか、自明の理だ。大江山のシュテンドウジ……とんだ阿呆だな)」

程度の低すぎるやり取りではあるが、モモチタンバは気を抜かない。
どんな時であっても、油断は禁物。忍に驕りは許されない。

「お二人とも何を……。いえ、語る必要はありません。察しました」
「ああ? なんか文句あるってのかよ」
「文句はありません。努力……なさったんですよね」
「生暖かい目で見てんじゃねェよ!」

「(あれは、神族のオモイカネ。知恵を神格化した神だ。面白い者がいるじゃないか)」

「発案はシュテンドウジで、私じゃないよ……?」
「おい、おれを切り捨てるな」

シュテンドウジと独神がやいやい言い争うのを、オモイカネは呆れて見ている。

「(まるで子供の集まりだな)」

モモチタンバもまた同様に呆れかえっていた。

「おい、主殿。……ああ、説明しなくていいぞ。察した」
「おまえもかよ!」

「(あれはミチザネ。流罪の貴族だ。知略に秀でており、文化にも精通、貴族に顔が利く……。ふむ、悪くはない)」

「主殿。俺に任せろと言っただろう。
 貴様や鬼のような小さすぎる頭は役立たずだ。精々身体を動かしていろ。俺の指示通りにな」
「……おい。人風情が、うるせェぞ」
「愚かな鬼め。……だから貴様は討伐されるのだ。人風情によってな」

間髪入れず飛んできたシュテンドウジの拳を避け、即座に矢で射抜いた。
──が、シュテンドウジは僅かに身体を傾けてそれを避ける。
二射目を用意するよりも速く、シュテンドウジはミチザネを蹴りだした。

「っぐ!」

大きく身体を飛ばされ、身体を起こす最中にシュテンドウジの巨大な体躯が見下ろす。

「はっ……鬼族舐めてんじゃねェよ。同族に裏切られた流刑人が」
「俺が、人、だと? 俺はもう、そんな矮小なものではない」

──途端、本殿の上空に重々しい黒雲が集まり、臓腑にまで響き渡る轟音が今か今かと構えている。

「何が鬼族だ。俺の前では人も妖も等しく愚かで、無力な存在だ!」

痛烈な雷が鳴り響き、荒れ狂う稲光はシュテンドウジを目掛けて空を走る。
シュテンドウジは右拳を一度引き、小さく呼吸をし気を溜めると、迫り来る稲光に向かって拳を押し出した。
拳と光がぶつかり合う。

ばぢぢぢぢぢぢっぢぢぢぢぢぢ────

柔らかな草が茂った地面が放射状に割れ、放電により周辺の空気が急速に膨張、全てを溶かすほどの高温になり、
──は、しなかった。

「……喧嘩はやめて」

凛とした声が響き、独神の瞳が二人を刺した。

「ミチザネが先に挑発したのが悪い。シュテンドウジも、気に入らない事がある度に殴ってたら何もかも壊れちゃうよ」
「……主さんの言う通りです。ミチザネさんも一度蹴られていますから、お相子ということで。雷雲にはお別れしましょう」

オモイカネが雲を指し、ほいっと投げるとそのように雲は散り散りに消えていく。
やりあった二人は不満げな様子であったが、瞬きもせず捉え続ける独神を一瞥し、和解の体をとった。
すると、独神は満足そうに笑う。

「(今の力はなんだ。何故突然消えた。
 シュテンドウジと雷は確かに接触した。
 だがそれらが爆発を引き起こす前に、空間に穴が空き全てを飲み込んだ……いや、潰した?
 断言は出来ない。俺の目でも見切れなかった)」

モモチタンバは、シュテンドウジに小突き回されている独神を見つめた。

「(……あれが独神の力だというのか。なかなか面白い技を使う。興味深い)」

「道場破りかん(歓)迎」の立て札に目をやり、表情筋を動かさずに笑った。





「はーい、ちゅーもーく! 今日から仮参加が決まりました。忍のモモチタンバさんです!」

独神の紹介により、大きな鍋を囲んでいた十人の英傑がそれぞれの反応を見せた。

「おおおお、おぬおぬ、おぬし! さては刀剣を持っているな! 匂う! 匂うぞ!
 鋭そうな刃先の匂い。念入りに手入れされた刃物の匂いが!!」

新入りにずいずいと無遠慮に近づいていくヤギュウジュウベエを、サンキボウは無理やり座らせた。

「このやり取り何度目だよ。好きなのは知ってるけど、新入りがびびっちまうぜ。
 あ! 俺、天狗四十八傑のサンキボウ! よろしくな!」
「ああ(……剣豪ヤギュウジュウベエ、大天狗サンキボウ。どちらも実力は折り紙つき)」

「俺は、シュテンドウジ様の一の子分。泣く子も黙るイバラキドウジだ!」
「そしておれが神代八傑の一人、シュテンドウジ様よ。……一番偉いのがおれだ。ちゃんという事を聞けよ」
「……(どちらも大江山の鬼だ。シュテンドウジは酒乱でおつむは弱いが、実力は確か)」

「ははっ! こいついっつも偉そうな事ばっか言ってるけどあんま気にしなくていいぜ。
 鬼族はこういうもんだからよ。でもって、オレはチョクボロン。見ての通りお酒を愛する妖だ」
「(……聞いたことが無い。僧のようにも見えるが)」

「私はオモイカネと申します。神族です。以後お見知りおきを」
「こちらこそ。今後厄介になる(実力は未知数。油断は禁物)」

「あ、あの……な、なき、ナキサワメ……です。あの……ごめんなさい、涙が……」
「おい。貴様泣くな。雨が降るだろう! ほら、オレの式神を見ろ。貴様好みの動物にしてやったんだから感謝しろ」
「ふえ、すみません、ありがとうございます。感動で……泣けて……」
「まず泣き止め!」
「おれはゴトクネコ! 付喪神だからってニャめんなよ! シャー!」
「(ナキサワメは水の精霊神、ゴトクネコという付喪神は……これも聞いたことが無い。
 そして赤毛はアシヤドウマンだ。陰陽師で妖術の腕はなかなかだと耳にしたことがある)」

騒々しい中、自己紹介をしようともしないのが一人。

「おい、おまえ。普段口うるせぇくせに、自分の名すら言えねえのか?」
「……こいつに、俺の名を聞く資格があるかどうか判らんからな。わざわざ言う必要はあるまい」

と、ミチザネはシュテンドウジを避けるように、椀の汁を飲み干していく。

「ごめんなさい。彼はミチザネ。……そこそこ気難しい人なの」
「構わん(戦闘能力は見せてもらった。正面からやり合うなら、忍の俺の方が優位)」
「そして、私が独神です。わりと有名らしいけど、それほど特別なことはないただの……ただの……なんだろ?」

「ま。いいや」と軽く流したのが、独神──八百万界に危機が訪れる時に現れるという説があるが、定かではない。
情報収集が得意なモモチタンバでも、詳しい口伝、文献を見つける事が出来なかった。

「私たちのやっている事を体験したいって事だから、皆仲良くしてね。喧嘩は厳禁。……と、言う感じです。
 モモチタンバさんは質問あるかな?」
「いや。忍の俺は与えられた任務をこなすだけだ」
「貴様、モモチタンバと言ったが本物か?」

ナキサワメをあやし終えたアシヤドウマンが探るようにじろじろと見る。

「……本物とは、どういう意図か計りかねるな」
「隠すな。貴様の名は貴族の間でも知られていた。伊賀忍のモモチタンバ。
 死んだと聞いていたが、まさかこんな所で目にする事になるとはな」
「俺の生存で貴様に何の影響がある」
「いや、ないぞ。……今のところはな」

含みのある言い方をするアシヤドウマンに、すかさず独神が飛び出し横面を押しやった。
ごきりと首が九十度曲がる。

「嫌な言い方しない。過去の事は関係ない。協力してくれる人に失礼はやめて」
「判った。判ったから止めてくれ。オレは鬼どもと違って繊細なんだ」

モモチタンバは思った。
このまとまりのないように見える集まりは、一応独神を中心としてまとまっているのだと。
あくの強い英傑ばかりで諍いも多いが、独神の制止でぴたりと止める程度には統率は取れている。

「では独神殿、命令を。俺に何を望む。何をすればいい」
「命令!? ……えっと……ご飯食べる?」
「忍の俺は貴殿らが食すものは口にしない。匂いが移っては隠密行動に支障をきたす」
「じゃあ……。わかんないや」
「……判らない、とは」

本気で意図が判らず、モモチタンバは聞き返した。

「あなたのことも、忍って仕事もよくわかんないもん。だから教えてよ。ご飯食べた後、話を聞かせて」
「それが命令ならば」
「それだと、なんか私偉そうな人みたい。ただのお願いなのに」

独神は不満げに言うと、ぶつ切りの魚や野菜が放り込まれた汁を掻きこんでいった。

「(先が思いやられる……だが構わん。
 今の戦力であれば、俺の生存を知ったこの者たちを皆殺しにするくらい容易い)」

食事が終わると、各自片づけを行ったり、風呂を沸かしたりなんだりと動き出す。
その間に、独神とモモチタンバは火を囲って話を始めた。

「忍って何が出来るの」
「斥候、暗殺、情報収集、情報操作、潜入など多岐に渡る。出来ない事はない」
「ほえー……」

判ったとは到底思えない情けない声が漏れていた。

「……私たちね、八百万界を救う気がある英傑を探しているの。
 皆にはそれぞれの繋がりから情報を流してもらってる。
 そういうのってあなたも出来るの?」
「容易い事。何か条件はあるのか」
「大事な事は、独神が既に八百万界に存在していて、界を助けるために活動しているって事を広く知らせて欲しいの。
 一血卍傑って私との信頼関係がないと使えない術だから、出来ればその……独神とやっていく気がある人がいいなーって。
 術には細々とした条件があるから、数だけいても駄目なんだよ」

モモチタンバは少し間をおいて尋ねた。

「……一血卍傑とやらは秘術なのだろう。仲間でもない俺にベラベラと話して良いのか」
「良いの良いの。だって、仮とは言え、あなたは私たちの仲間なんだもん」

指摘を受けても平然としているその見苦しさに、モモチタンバは”いらぬ世話”を焼いてやる事にした。

「独神殿、秘術とは秘めるべき意味が当然存在する。
 であるならば、そう簡単に一血卍傑の条件や、術の内容を他言すべきでない」
「……そっか」

頬に手を当てて黙り込んだ。だがすぐに口を開く。

「秘密にばかりする人って、信用出来る?」

真っ直ぐに見た。忍であるモモチタンバを。
これには鼻で笑った。

「なら、俺を信用する者などいないだろうな。俺は仲間とは言え、自分の情報をべらべらと話はしない」
「ふーん……。じゃあ、秘密があっても大丈夫だね」
「どういうことだ」

繋がりの見えない話に疑問を抱く。

「あなたがいくら秘密を抱えていたって、私はあなたのこと信用出来る。
 だから、私も一血卍傑の事、秘密にしてても大丈夫って証明出来た!」
「……随分と甘い事を言っている自覚はあるのか」
「甘いの?」

首を傾げる様子は決して惚けているようには見えない。
感情の起伏がないモモチタンバも、この反応には少しばかり脱力感を覚える。

「いや、独神殿がそう決めたのなら俺は従うだけだ」
「その、従うだけ、って言葉好きじゃない。私は、あなたに命令したくない」
「慣れろ。貴殿は英傑どもを牽引する存在となるのだからな」

独神が何かを言いかけると、

「おーい、ヌシ様。風呂入れよー!」
「はーい!」
「構わず行くと良い。俺は周辺を巡回する」
「え? ……はい、お願いします」

きょとんとし、言われるがままになる独神に、改めて失望する。

「(あれが本当に噂の独神なのだろうか。俺は騙されているのか)」

独神が寝支度を整えるまでの間、闇に紛れながら周辺を、そして本殿を探った。
相変わらず、英傑たちは自由気ままな共同生活を送っており、とてもじゃないが悪霊という脅威に立ち向かう様子が見えない。
────非常に惜しい。

「え」

独神が床につこうと、布団を敷いている真っ最中だった。
モモチタンバが、就寝時の護衛を進言してきたのは。

「寝食と言うのは最も隙が現れる。それを警護するのは当然の事」
「お、おっしゃる事は理解できるのですが……。うーん。苦手だな……」

試しに横になった独神と、壁を背に突っ立っているモモチタンバと。

「あ、あの……せめて隣にしない? 添い寝とか?
 じゃないと、圧迫感と緊張感で寝られる気がしないよ」
「断る。独神殿の警戒心程度では朝が来るまでには俺の前で無防備に寝ている事だろう」
「ええ……私が努力するのかあ……」
「慣れろ。権力者は常に警護されるものだ」
「ふうん。そっか……」

独神はすぐ寝た。モモチタンバが気配を消すよりも前に。

「(俺が寝首をかくつもりだったら、どうしていたのか……)」

今日会ったばかりの相手に無防備すぎる、この危機感のなさにモモチタンバは本日何度目か判らぬ失望を味わった。
本当にこれが、八百万界を救うと言われる『独神』なのだろうか、と。





英傑達が独神の情報を流した事で、本殿は毎日誰かが訪れるようになった。
協力したいと申し出る者、自分の村を守って欲しいという者、食料をくれという者と用件は様々。
だが、目的である英傑はなかなか現れない。

「定期的に悪霊が襲ってくるなんて大変! 今すぐ討伐しましょう」

近隣の町までぞろぞろと向かう英傑達。留守番はアシヤドウマン、ナキサワメ、ヤギュウジュウベエだ。
陰陽術による結界と、精霊神に呼応した水の精霊たちによる二重結界で本殿を守護する。
結界外で直接敵を倒すのはヤギュウジュウベエの仕事だ。サンキボウの眷属たちも手伝ってくれる。
彼らは本殿の形勢が怪しくなった時、サンキボウ含む独神一行に伝える役目も担っている。

「おい、独神殿が前線に来てどうする」

というモモチタンバの疑問にシュテンドウジが答えた。

「いーんだよ。おれがついてる。
 それに、こいつが見たいって言ってんだよ。兄貴分としては叶えてやらねェとな」
「だが、独神殿は要なのだろう。万一」
「万に一つもねェ」

傲慢としか思えない断言に、モモチタンバは渋々引いた。

「……後悔した時には手遅れだ」
「後悔? んなもんあるわけねェだろ。こいつはおれが守るっつー、他の八傑との約束を破る気はねェからな」

シュテンドウジの宣言通り、波のように押し寄せる悪霊たちを一度たりとも独神に近づけなかった。
殆どがその前に配置されていた英傑らによって潰され、運よくすり抜けた悪霊もイバラキドウジに切り伏せられていった。
だが相手とて愚かではない。不意を狙い直接独神を狙う悪霊だって存在した。
それら全てをシュテンドウジは木端微塵に粉砕した。
圧倒的な力ですり潰された悪霊からは返り血すらなく、独神は戦場の中でただ一人清らかに立っている。

「(一切の穢れもなく、おおよそ戦場とは思えんな)」

こんな事が成立するのも、シュテンドウジの桁違いの力があってこそ。
そして、それまでに悪霊の数を減らしていた他の英傑たちの実力によるものだ。
結果、悪霊との小競り合いは一人の負傷もなく終了した。
町の被害は家屋二棟で町民は無事なのだから許容範囲だろう。

「新入り……おまえなかなかやるニャ。でもおれの方が活躍してたけどニャ!」
「そのようだ。貴殿の方が多く悪霊を倒しているからな。称賛に値する」
「……褒めてくれるニャんて……おまえ……いいやつ!」

ニャーニャー鳴くゴトクネコを適当にあしらい、モモチタンバは耳を澄ませた。
蹄の音が響いている。目を凝らすと家紋を掲げた旗が見えた。
この地を治める領主だろう。モモチタンバはさっさと姿を消し、独神たちの様子を観察する事にした。

「おい、……ありゃ、ここの領主だ。どうする、逃げるならおれが抱えてやる」
「待って。様子見ようよ」

シュテンドウジの背中から前に出た独神は、じっと領主を見つめた。
領主が近づいてくる事に気づいた町民たちが次々と地に跪き、顔を伏せる。
あっという間に道の両端に肉団子が作られていくが、それも独神の前で止まる。
領主一行は未だ頭を高い独神たちの前まで馬を歩かせた。

「その方、名は」
「独神です」

領主の部下たちがどよめいた。だがすぐに静かになる。

「噂には聞いている。八百万界を救うとされる者が何故この町でのんびりとしているのか」
「悪霊退治です」
「確かに、悪霊は倒しているようだ。だが、本当の目的は違うのではないか」
「……え?」

場にそぐわぬ間抜けな声をあげた独神は、思わず手で口を覆う。
領主は顔をしかめた。

「最近は近隣の村や町に顔を出し、食べ物をせびり、金をせびっているそうだな」
「え!? だ、誰が!?」

英傑たちの顔を確認するが、誰一人として目が合わない。

「みんな……強盗してたの?」
「違う!」

一番に否定したのはサンキボウだった。

「誓って盗みはやってない。……けど、確かに色々と貰いまくってたよなって」
「そうそう、アシヤドウマンなんてちょっと歩けば貢がれてたもんな」

チョクボロンが笑いながら言うと、あれもそれもと皆口々に言い出した。

「シュテンドウジ様の方が貰ってただろ! あんなに綺麗で整った顔なんだぞ」
と、イバラキドウジ。

「私は橋の建設に携わりましたし、正しく対価を頂きました」
と、オモイカネ。

「おれがいくといつも飯くれるんだよニャー」
と、ゴトクネコ。

「少しばかり文字を教えただけだ。向こうから差し出した対価を受け取って何故悪い」
と、ミチザネ。

全員が不当な行為で巻き上げたのではなく、一応好意による譲渡だと判り独神は大きく胸を撫で下ろした。

「……と、いう事ですので、せびってはないです。一応……」
「そうやって領民に取り入り、領地を乗っ取る気なのではないか」
「え? ……なんで、です?」

これまた間抜けな声を上げ、今度はひどく訝し気に尋ねた。
ふざけたように見えるこの態度に、領主は声を荒げた。

「惚けるのも大概にしろ! もう良い! であるならば、私とて先祖が守ってきたこの地を守るのみ!」

領主の傍に控えていた家臣たちが皆武器を取った。
あわあわと慌てた独神は、早口で述べた。

「乗っ取る気なんてないです! それなら、私たちをあなたの下に置いて下されば良いじゃないですかぁ!
 そうすれば、私たちが何したって、そちらの手柄じゃないですかぁ!?」
「それが独神にとって何の益になる。そもそも私が得体のしれない独神なんぞに守られるなど、恥にしかならぬ!」
「利益はありますよお! 私だって襲われると困るんですから、この地を安全に保つのは大事です!
 それに私たちがあなたの傘下に入って、悪霊退治をすれば良い事ばっかりですよ!
 今の八百万界で悪霊の脅威に怯えていない人はいない。
 それなら、悪霊を退ける力がある領主に領民たちはついてくる。
 この地が評判になれば、他所の土地から領民は流れ、お金でも物でも沢山あなたの懐に入ります。
 そして、悪霊退治自体は独神と英傑に任せてしまえば、あなたの兵は傷つかない。お金もかからない。
 こ、こんなに良い事があるんですよ??」

絞り出せるだけ絞り出した言葉の数々に、領主は短く「刀を戻せ」と命令した。

「良いだろう。一度だけ、独神の案にのってやる。但し、私の下についたからと言って何の権限もない。私からの支援もない」
「問題ありません! 私たち、自給自足出来ているので!」

家臣らは独神と関わる事を諫めるように進言しているようであったが、領主は一度も首を縦に振らず、そのまま全員を率いて踵を返していった。

「……はあぁああああ」

領主一行が見えなくなると、独神は大きな溜息を吐いた。
そして、ミチザネとオモイカネが独神の前にひょっこりと現れる。

「……さて、主さん。さっきのやり取りに点数をつけてあげましょう。ミチザネさんは何点差し上げますか?」
「十点」
「私はニ十点です。逃げなかったので十点加点です」
「それって実質十点……」

独神は頭を垂れた。

「貴方の交渉もどきでは穴があり過ぎる。領主もそれには当然気付いています」
「これだから馬鹿は嫌いなんだ」
「ご、ごめん……」
「いいえ。いいのです。主さんのお仕事は堂々としている事ですから」
「きっかけさえ出来れば、あとは俺の頭脳でどうとでもなる。……いや、ここはオモイカネ殿の考えをお聞きしたい」
「奇遇ですね。私も貴方の策を聞いてみたいと思っていたのです」

含みがある笑顔を浮かべた二人は知将同士で意見を交換する。
相手にされなくなった独神に、チョクボロンが声をかける。

「おー、ヌシ様! 大丈夫か?」
「うん。何もな、うわお!」

両手でわしわしと頭を撫でる。

「よしよし、よく頑張った、よく頑張ったぞヌシ様!」
「……ほんとだよぉ、怖かったんだよぉ! なんで知らない人に疑われたり怒られなきゃならないの?」

つらつらと泣き言を言う独神……を見ていたモモチタンバは、

「(こいつら、大丈夫か……)」

と、”頭痛”が”痛”くてしょうがなかった。





数日の間、独神とその一行と行動を共にしたモモチタンバであるが、とにかく不安が付きまとった。
確かに英傑個々の能力は高い者が集まってきている。
だが、本当に、この八百万界の危機を救えるのか。今までの様子を見る限り信じ切る事が出来ない。
原因はそう。──独神だ。
何故慕われているのかもわからない。
本当にあんなどうしようもない者の肩に、八百万界の命運がかかっているのだろうか。

独神が考えなしに領主に言った、この領地全てを守るという約束を英傑たちは守っている。
サンキボウの眷属は数多く、そして天狗は高速で空を駆ける。
狼煙が無くとも、敵の位置が把握できた。
アシヤドウマンの式神たちも至る所で監視している。
とは言え、それだけでは限界がある。
そこは知将の二人が領地内で悪霊が出現する場所を絞り込んでおり、無駄な人員を削いだ。
現れた悪霊の討伐は他の英傑たちが行う。
いつも挙動不審なヤギュウジュウベエは戦場では人が変わったように、淡々と悪霊を切っていく。
自由気ままな付喪神たちも十分な戦力だった。
鬼族は大江山だろうと、オノゴロジマだろうと、やる事は変わらない。気に入らない者を屠るだけ。

何度も言うが、英傑たちの能力は高いのだ。
独神だけだ。その力を認められないのは。

「はぁ……。少し慣れたけれど、そうやってあなたが立っている中で寝るのは苦手」
「辛抱しろ」
「はーい……」

英傑が誰一人として独神に付き添わなくなる時は、欠かさずモモチタンバが護衛兼監視をした。
見られ続けるのは嫌だと良い顔をしなかった独神も、慣れたのかはたまた諦めたのか、文句の数は徐々に減っている。

「ねぇ、モモチタンバさん。あなたはこれからどうするの?」
「何の話だ」

もぞもぞと独神は上体を起こした。壁を背に佇むモモチタンバを、じっ……と見る。

「あなたは、私を値踏みしている。皆の事も、値踏みしてる」

その目には警戒心や敵対心のようなものはない。
がらんどうとも見える瞳に、モモチタンバは興味を惹いた。

「ほう。根拠は」
「ない」

無根拠。あてずっぽう。鎌かけ。
そんな事を考えるのだが、モモチタンバもそろそろこの生活に決着をつけたいと思っていた所だ。
独神の言葉に乗ってみるのも悪くない。

「そうだ。俺は貴殿らが……いや、貴殿が仕えるにたる人物かを観察させてもらった」
「どうして?」
「独神が本当に八百万界の救世主となるのであれば、その下につくことで忍としての評価が上がると考えたからだ」
「違う」

断言。また妙な所で力のある言葉を吐く。

「何故断言する」
「だって、あなたは私たちに賃金を要求しなかった。仕事じゃないんだって思ったの。
 も、勿論うちが貧乏過ぎるから遠慮している可能性もあったけど……。多分、そうじゃないと思った。
 技術を持つ者こそ、相応の対価を要求する。って、聞いたから。
 自分を安売りしない人が、力のない私につこうと思わない。
 あと……ほら、死んだと思われているあなたが顔を見せるのって変じゃない?
 それに死んだと思われている人が今更他人の評価なんて気にするかな……? ……なんて」
「少しは考えたようだな」
「毎日誰かしらに馬鹿にされる私って……」

はぁ。と、いじけた溜息を吐いた。

「……じゃあ折角だから、八百万界と独神の話をしましょうか。
 あなたはきっと、独神を知らない。調べても判らなかった。……違う?」
「答える義務はない」
「え、じゃあ教えなくても大丈夫って事?」
「……俺の情報と重複して構わん。話せ」

と言うと、口元を隠してくすくすと笑われた。

「ふふ。じゃあ、勝手に話すね。
 まず、────独神は救世主じゃないよ」

それは八百万界と独神の秘密のほんの一部。
文献に残っていない。誰も知らない秘密。

「私は八百万界によって産み出された。この世界に危機が迫っていたから。
 一血卍傑という秘術を使う為の道具、媒介として。
 でも変だよね。その『一血卍傑』は相手との信頼関係が無ければ発動しないし、
 なのに私は八傑のみんなと会った頃なんて、この界の常識すら知らない、戦いや術の知識だってなかったんだよ?
 そんな人の事、誰も信用してくれないのが当たり前だと思わない?
 他人を巻き込むような術じゃなくて、もっと手っ取り早く界を救う能力をつけて産み出せばよかったのに。

 ……きっとね、八百万界はここに住んでいる皆の事を値踏みしているんだよ。
 この界は続いて良いものなのか、それともここで終わるべきなのか。
 だから、独神は秘術を持ちながら、一人では何もできない者として産み落とされた。
 剣であり、盾である『独神』を、八百万の民がどう扱うのか。
 あなたたち次第なんだよ。この界の未来は────」

一呼吸置いて、独神は更に続けた。

「私は一切愛着のない八百万界を守る使命をこの身に受けた。
 だから八百万界の未来を憂いていないし、救済なんて他人事だと思ってる。
 なのに、八百万界が私に死ぬことを望むなら、今すぐに死んだって構わないとも思ってる。
 ……変、だよね。……あ、これは、他の子に言ってないから、黙っておいてね」

特にシュテンドウジには駄目だと念を押した。

「よく判んない事ばっかりだけどさ、毎日みんなと生活していると楽しいし、町や村の人たちと過ごすのも楽しいから、
 そんなみんなの為なら、八百万界を守ってもいいかなって……最近は思うよ」

おしまい。と独神は話を切った。

「ねえ、そろそろ教えてよ。なんで、私の所に来たの?」

その目は決して、詮索の為だといういやらしさはなかった。
ただの好奇心。それも、純粋にその人を知りたいという興味故のもののように思えた。
などと、戯言をほざいてしまうのは、少しだけ独神の奇人っぷりにあてられたのかもしれない。
情報収集の為にもここは少し、独神の歩みに合わせてやろう。

「俺は八百万界の危機を察知し、各地で情報を集めていた。
 だが、悪霊に打撃を与えられる可能性がある組織は存在しなかった。独神以外は」
「八百万界の為。それがあなたの動機?」
「肯定だ」
「……じゃあ、あなたが望むような志は私にはないね。
 私はこの世界が守れるというのなら、別に誰が救ったって良いと思ってるから。
 だから、あなたはもっとしっかりとした主を探した方が良いかもしれないね……。
 あ、でも、私はあなたがいてくれると助かるし、嬉しいけど!
 あなたは私にないものばっかり持ってて、学ばせてもらいたい事沢山あるの!」

前のめりにせがむ姿が、かつての弟子たちの姿と重なった。
そんな昔の記憶は儚く消え失せる。

「……独神殿は不思議な事をおっしゃるのだな。忍の俺にはそんな大層なものはない」
「そんなこと無いよ! 強い意志がなければ、一人で八百万界の危機の為に立ち上がるような事しない。
 あなたはとても、強い人なんだよ!」

意思のはっきりした瞳を見ていると、おべっかではない。と、疑うのが仕事の忍の自分が疑いなく受け入れてしまった。

「……現時点で独神殿の力がこの危機に最も有効だ。もう少し貴殿の力を把握したい」
「判った! なら好きなだけ見て下さい。なんならこのままずっと見続けてもいいよ。……なんてね」

どすんと敷布団に背を落とし、独神は布団を胸まで引き上げた。

「今日はもう寝るね。おやすみなさい」

そう言うとさっさと寝入ってしまい、無防備な姿を見せる”八百万界の手先”をモモチタンバは眺めていた。


朝起きた独神は今日は自分が当番だからと、寝ぼけ眼のまま適当に朝ご飯を作った。

「主人! また適当に汁に材料を入れたな! オレは味噌汁の具材は一つか二つで良いと言っているだろ!」
「えー。俺はごろごろが好きだけどな。だってその方がうまいじゃん。野菜の出汁がうまいぞ~」
「だから! その出汁が多すぎて喧嘩していると言っている!」
「喧嘩じゃねえって。これも一種の調和だって」

などと、アシヤドウマンとサンキボウは朝から言い合っている。
味噌汁戦争は二日に一度くらいの頻度で勃発するので、他の者は知らん顔だ。
独神が軽く諫める。

「はいはい。そこまで。今日も悪霊退治を頑張りましょう。
 一週間もしないうちに、戦況が変わるらしいので、それまで踏ん張って下さいね」
「わ、私……頑張ります」と、ナキサワメ。
「私は切るだけだ」と、ヤギュウジュウベエ。
「酒が足りねェ……」
「舎弟其の一! シュテンドウジ様の酒が足りていないぞ」
「泥水でも徳利に入れておけ」

順に、シュテンドウジ、イバラキドウジ、ミチザネである。

「独神殿。報告だ。周辺に悪霊はいなかった。オモイカネ殿とミチザネ殿の策は順調だ」

朝の見回りを終えたモモチタンバの報告に、独神は礼を言った。

「ありがとう。お疲れ様です。ご飯食べる……って、食べないんだったね。ごめん」
「……食事がいつも騒がしいな」
「うん。楽しいでしょ。ばらばらな私たちが同じご飯食べているのを見ると、やっぱり一緒なんだなって気がしない?」
「確かに。種族混在でよく成り立っているものだ」

成り立っているのは、独神がいるからだ。
どの種族にも属さないからこそ、反発が起きない。贔屓と見られないからだ。
……しかし、本当に、それだけなのだろうか。モモチタンバは思案した。


数日後、宣言通り知将たちの思惑通りになった。
オノゴロジマの全権を英傑率いる独神が手に入れたのだ。

「防衛費という事で、定期的に収入が入るようになりますからね。多少は」
「今なら傀儡として領主を操れるぞ」

権力を手にしたとの報告に、独神はあまりいい顔をしなかった。

「凄い……けど、それはちょっと違うと思う。私は支配者じゃない。独神を支配者にしちゃ駄目だと思う。
 私がすべきは界を救う事で、界をまとめる事でも、導く事でもないよ」
「……ええ。知っていますよ。主さん」
「貴様の理想論にはほとほと愛想が尽きる。……だが、どんな困難だろうと俺の頭脳なら解を導く事が可能だ」

独神の意見を鑑みて、改めて領主との間に設けた約定は二つ。
一、島の防衛は独神が行い。引き換えに、領主は独神たちへ多少の援助を行う事。
二、英傑と思しき者には島への上陸を許可かつ、直ちに独神へ報告する事。

勿論二つとも領主は良い顔をしなかったが、独神はともかく背後の参謀を敵に回す事は懸命ではないと判断し、全面的に受け入れた。
受け入れる他なかった。この数日で領主は格の違いを見せつけられ続けたのだ。
段違いの実力差を知って息を巻けるほど、愚かな領主ではなかった。

「貴殿らならもっと良い方策を立てられたはず。何故独神殿に合わせるのか」

何処まで行っても”おままごと”のような戦争に、モモチタンバは知将の二人に尋ねた。
だが二人は笑うだけで何も答えない。


その日の晩も変わらず、独神の就寝時にはモモチタンバが護衛についた。
畳んだ蒲団を敷き、独神は横になる。

「おやすみなさい。モモチタンバさん」

すっと目を閉じる独神に、モモチタンバは待ったをかけた。

「就寝しようとしている所すまないが、聞いてもらえるか」

むくりと独神は起きた。

「独神殿は、この八百万界をどこまで見た事がある。島の外の事だ」
「外は……あまり知らないかな。八傑のみんなに会った時に沢山歩いた気がするんだけど、まだほんの一部だって言われた」
「そうか」

この島で目覚めた独神は、本人が述べた通り本当に何も知らないのだろう。

「忍が仕える者に意見するのは控えるべきだが、言わせてもらおう。
 独神殿はもっとこの世界を知るべきだ。
 己が何を守ろうとしているのか、己と対峙する敵がどういう存在かを。
 ……ただ、その身で界中を回るのは困難を極めるだろう。一血卍傑の儀式もここでないと出来ないようだからな」

言われた独神は静かにモモチタンバの言葉を聞いていた。
本来使い捨ての駒としてしか扱われない、忍風情の進言を真剣に聞いていた。
そもそも、忍がどんな立場の者なのか知らないのだ。ならば、この反応も特別な事はない。
だがモモチタンバは独神をただの無知な娘として切り捨てる事は、もうしない。

「俺が独神殿の目となり耳となろう。忍の俺がこの八百万界を余すことなく見せてやる。
 引き換えに独神殿、……貴殿は俺が仕えるに値する主となってくれ」

現時点で主としての、独神の能力は低い。相当低い。
だが、伸びしろはあるのではないかと見込んだ。
八百万界に住まう三種族は交流こそあるが、心の奥底では異種族への差別意識が残っており、諍いがあれば真っ先に別種族を疑う。
悪霊との戦で絶滅寸前になっている今、異種族への警戒心が高まっているのが実情。
それ故小規模の組織ばかりで、大群で襲ってくる悪霊への対処が困難であった。
だが、独神と英傑達は違う。
種族も、思考も、知能も、産まれや生育環境も全く異なっているが、共同生活が出来るだけのまとまりがある。
それは、独神の手腕だ。本人は何とも思っていないが。
力で魅せるわけでも、知で魅せるわけでも、まして見た目で魅せるわけでもないが、
不思議と独神が纏う空気は、嫌だと思わせない何かがあった。

それに気づくと、オモイカネとミチザネの独神への接し方も得心した
そして、モモチタンバは忍の視点で独神を判断し、未来へ賭ける事を決めたのだ。

「……はい。お約束致します。命をかけてこの界を救いましょう」
「それは違う。命を賭すのは、この世界を知ってから己の意志で決めろ。
 ”独神”の運命に絡めとられる必要はない。
 ……それに、忍は主を守るものだ。
 主の目的を達成するための道具であって、主の自害を助ける道具ではない」

道具である自分が、道具である独神へ諭すと、素直に頷かれた。

「判った。これからよろしくね」
「ああ、任せておけ。”主殿”」

はっとした表情を浮かべた独神は、満面の笑みでこくこくと力強く頷いた。

「それと、……主と忍との会話は他言無用だ。良いな」
「判った! あなたとの秘密ね」

元気の良い返事を聞くと、昔の弟子たちを思い起こす。

「忍は幾人も育ててきたが、仕える主を育てるのは貴殿が初めてだ」





────そして現在。

「主殿、やれるのか」
「大丈夫。身代わりとしての役割は果たせる。祝詞も一字一句間違えずに唱えられるわ」

儀式用の化粧を施した独神は小さく頷いた。

「ああ。そうだろうな」
「何か心配事? 大丈夫よ。あなたたちがついてるもの。それに、私も自分の身は自分で守るわ」

とある村で、界力を高める儀式を行おうとしたところ、悪霊が攻めてくる可能性が浮上した。
儀式を行う巫女の代わりを、霊力の高い独神が引き受け、寄ってくる悪霊を英傑達で一網打尽にするという単純な計画。

「……何かあるなら、作戦前に全部言ってちょうだい。今ならまだ修正がきくわ」
「いいや。……少し気分が高揚していただけだ」
「珍しいわね。冷静沈着が売りなのに。ま、最後まで油断せずいきましょう」

きりりっと顔を引き締めた独神は巫女として、御本堂へと足を進めた。