アマツミカボシと過ごすxx日-2-


天井に届くほど山になっていた大量の御統珠。
冷たく輝く青い鉱石たちは、一瞬で消え失せた。
これを集めるのに、多くの人と時間を消費したと言うのに、
何の成果も得られなかった。

「また駄目だったようだな」

いい加減にしてくれとヤマトタケルは続けた。

「これだけの資材と俺の力を浪費しておいて、一度も成功しないとはどういう了見だ」
「……言葉もありません」
「一度休んだらどうだ。なあに、お前の穴は他のヤツがどうとでもする。
 一血卍傑以外にお前である必要はないんだからな」

欠伸をしつつ出ていくと、部屋には私一人きりになった。
御統珠が消えてしまって、がらんとした部屋が私を責める。
お前は駄目だ、とヤマトタケルの幻聴までもが聞こえてくる。
そんなことない。あれは心配から出た言葉だ。
役立たずな私が悪いのに、否定的に捉えてしまうなんて、主としてどうしようもない。

けれど、流石に今日の言葉は気落ちする。
いい加減かもしれないが、わざわざ嫌な言い方をするようなひとではないので、
よっぽど私に対して不満を抱えているのだろう。
私を信頼して力を差し出してくれたのに、私は一切成果を出していない。
これでは八傑も力を失い損だ。

私は今日すべき案件を全て終わらせ、助言通り明日一日だけ休みを取る事にした。
お伽番のサンキボウにも暇を出した。
彼もゆっくりと羽を伸ばして欲しい。
私なんかの相手は大変だろうから。

翌日、私はいつも通り日が昇る前に起床したが、する仕事がないのでもう一度布団に潜った。
早起きの英傑たちが動き出した頃に二度目の起床。
三度目はない。上手く眠れなかった。
仕方なく身支度を整えたが、また時間が空く。
仕事をしたくても折角頂いた休日に筆を持つわけにはいかず、アマツミカボシが早く来てくれるよう祈った。
彼との静かな朝食を終え、自由時間がやってきたが、足は自然と執務室へ向かってしまう。
何も考えていないとつい仕事をしてしまいそうになるが、それを必死に耐える。

休日らしく過ごさなければ。
そう思えば思うほど、身体が仕事を求めて震えだす。
心身が休まるどころか、今の状況は拷問でしかない。
時間が空いても何をして良いか判らないし、休日を休日らしく過ごせない自分に苛立ってしまう。
外に出る事も考えたが、独神の私は一人で外出は出来ない。供が必要だ。
こんな私の暇つぶしの為に、英傑の時間を奪うなんて申し訳なく、更なる罪悪感に襲われるのが目に見えているので却下だ。

悩みに悩んでもがき苦しんだ結果、私は独神宛ての手紙や資料を仕分けていた。
これは仕事ではなく、掃除、掃除である、と言い訳しながら。

そうやって昼には無駄飯を食らい、掃除をし、夜にまた無駄飯を食らう。
十分な食事をとれない者が界には多いのに、何もしていない私が一汁三菜も摂取していいのだろうか。
”独神”をやっていない私に存在意義などなく、ため息がぽろぽろ落ちる。
何をするにも、罪悪感しか湧いてこない。

「主《あるじ》さん、少しよろしいですか?」

夕食中の私の目の前に、オモイカネが座った。
オモイカネは八百万界の思想や知恵を神格化した神で、知識は多岐に渡り頭脳明晰だ。
政《まつりごと》や戦の素人である私が独神でいられるのも、オモイカネの様な英傑が指導し支えてくれているお陰である。

「どうしたの? 珍しいね」
「貴方は私の主ですから、何らおかしな点はないと思いますよ」

そう言うが、仕事でよく関わるからか、わざわざ一緒に食事をとる事はない。
そもそも私は規則正しく食事をとらないからだ。

「主さんは今日一日何をされていたんですか?」
「ぼーっとしてたよ」
「なるほど。書類整理は呆けていると同義、という事ですか」

誰も部屋には来なかったが、やはり何をしていたのかは筒抜けのようだ。

「主さんは明日、本殿から出ましょう。気分転換の外出です」

美しい顔をした金色の神はにこにこと微笑んだ。

「え、っと……。いやもう流石に明日は働かないと」
「ええ。明日はゆっくりと散歩なさって下さい。都なんていかがですか? 珍しい物も多いですよ」

有無を言わせない。

「でも、英傑の誰かに頼むのは悪、」
「問題ありません。見回りに主さんがついていくという形なら関係ありませんよ」

反論出来ずもがもがとしていると、オモイカネは形の良い唇を細くして言った。

「約束ですよ」

彼はそう言い残して、部屋から出て行った。
こうなっては、彼の言うとおりにする他ないだろう。完全に押し切られてしまった。

では誰と行こうか。
できるなら明るい子が良い。一緒にいてこのもやもやとした気持ちを吹き飛ばしてくれるような、そんな子は。
あ、アメノウズメが丁度いた。

「独神ちゃん! ちゃんと休んでないって聞いてますよ!」
「休んだつもりだったんだけどね。ところで、明日の事なんだけど」
「明日!」

アメノウズメは周囲を見回し、ぐっと声を潜めた。

「明日はですね……久しぶりに二人きりで見回りなんです」

その眩いきらきらとした笑顔から察した。
そういえば、一緒に見回りをするのはサルタヒコだ。

「二人きりなんて良かったじゃない」
「はい! もう昨日からずっと楽しみにしてるんです!
 あ、でもちゃんと見回りはしますから安心して下さいね」
「そこは心配してないよ。二人きりの時間、楽しんでね」
「はい!」

花の様な笑顔をしたアメノウズメは軽い足取りで去っていった。
こんな時だからこそ、大切なひとと過ごす時間は大切にしなければならない。

幸せのお裾分けに和みながら部屋に帰ると、重要な事に気づいた。
他の見回りの子に声をかけるのを忘れた事を。
オモイカネの事なので、私が明日部屋にいたら理詰めで問い詰めてくるだろう。
それだけは阻止したい。

兵舎の方へ足を運ぶと、賑やかな声が外に漏れている部屋もあれば、明かりが消えている部屋もある。
まだ英傑が少なかった頃は、よく英傑の部屋にお邪魔して、一緒に騒いだり酒をあおって、翌日使い物にならなくなったものだ。
英傑が増えると戦の数も増え、独神として支える事も増え、次第に交流を減らすようにした。
話す機会といえば、任務の報告であるとか、霊廟に行った時くらいで落ち着いて話す時間はない。
英傑たちと関わる事は大好きだが、それ以上に仕事は大切だ。
いち早く平和を取り戻さなければ。
それが英傑たちの為だ。
その為には、戦で優位に立てるようにもっと数多くの英傑たちが必要だ。
一血卍傑さえ成功すれば、こんなに悩むことはないのに。

初めて一血卍傑で新たな魂を産魂《むす》んだ時、共に生活する者が増えて嬉しかった事を今でも鮮明に思い出せる。
戦力増強の喜びよりも、家族という概念に近しい者が出来るのが嬉しくて、毎日輝いていた。
そう、思い出してみれば、ほぼ毎日一血卍傑をして本殿に住む英傑が増えていた。
それがどうして、こんなに失敗するようになったのだろう。
霊力増幅器である御統珠は、以前よりも沢山用意している。
術者の私の体調だって万全だ。
何が原因なのか……。
二日続けてもらった休日で気分を変え、早く調子を取り戻したいものだ。
その為にも、見回りに同行する事を許可してくれる子を探そう。

見回りに行く英傑は全員頭に入っている。
その中から起きている子の部屋を訪ねるだけだ。
なのに、どうしてだか、私は誰の部屋にも入る勇気が出ず、気づけば兵舎の端まで来てしまった。
誰でも良いのだ。
まずは挨拶をして、尋ねて、駄目なら次へ行けば良い。
……と、頭では判り切っているのに、足が竦んで動かない
気の置けない関係であるはずの英傑達を、どうしてだろう、遠くに感じてしまうのは。
このまま諦めようかなと思えば、オモイカネの魔性の微笑みが頭を掠める。
もたもたしていられない。覚悟を決めよう。
そんな時、自室に戻ったアマツミカボシと遭遇してしまった。
もう日が変わろうとしているのに、随分遅い時間に帰るものだ。

「なんだ貴様。こんな所にまで来て暇なのか」
「暇ってわけじゃない、けど」
「今日は休息日だったのだろう。なら終日暇人ではないか」

その通り。そして明日も暇人である。

「ちょっと考え事してたらここまで来ちゃっただけ。
 今から見回りに行く子の所に行くつもりなの」
「見回り? 何かあったのか」
「ないけど……」

話にならないと言いたげな溜息が容赦なく吐き出される。

「とにかく、私は行くから。じゃあね、おやすみなさい」

何か言われる前にその場に背を向けた。
全く、何もなくたって兵舎を歩く事くらいあるでしょうに。
……いや、ないな。
最近の私は任務以外で兵舎に足を運ばない。
これも任務、任務だと自己暗示をかけながら一人目の部屋を訪ねた。

「え!? 主《あるじ》様が私と一緒に都に!? ですか!?」

ヌエは何故か飛び上がるほど驚いていた。

「駄目……かな?」
「い、いえ! 滅相もない!」

と言う割には、目は合わないし明らかに動揺している。
見回りは確か、イナバと二人で言ってもらう予定だったはずだが。

「……もしかしてだけど、何か悪い事でも考えてた?」
「そんなわけないですよぉ?」

考えていたのだろう。声がひっくり返っている。

「……判った。何も聞かなかったことにするから、ほどほどにね?」
「へ、えへへ……。はぁい」

はい、次。

「は!? なんでアンタがついてくるんだよ」

明らかに拒絶の意を示したのはジュロウだ。
ジュロウはそれなりに長く本殿にいるが、いつだって私に塩対応である。

「独神のアンタがノコノコ歩いてたら、殺してくれって誘ってるようなもんだろ!」

口は悪いが、七福神の一人である彼は優しい英傑だ。
私が考えなしにふらふらと出歩いていれば罵倒し、ご飯を抜き過ぎて青白い顔をしていれば罵倒し。
……そう、とっても優しい英傑なのである。

「オレは絶対アンタと一緒になんて行かねぇからな!」

はい、次。

「主《あるじ》、最近構ってくれてニャーのに、今更来たって私は絆されないニャ」
「そ、そこをなんとか……」

ネコマタは更に古株だ。よく膝枕をしてゴロゴロと撫でたものだが、最近は一切ない。
報告を面倒くさがって他の英傑に任せるものだから、日常会話ですらご無沙汰である。

「いやニャ。主はもっと私を大事にするべきニャ。反省するニャ~」

……はい、次。

もう心が折れてきた。
仕事にばかりかまけていたつけがここにきて一気に回ってきているのを感じる。
一回断られる度に部屋の明かりが減少しているので、そろそろ約束を取り付けたい。
だがこちらの思惑に反して、次の部屋でも、その次の部屋でも断られてしまった。
未だ明かりがついている部屋からも次第にいびきが聞こえ始め、見回り予定の英傑の部屋は暗くなっている。
討伐や見回り予定の英傑はそもそも夜更かしをしないので、余計に消灯が早い。
まさかオモイカネも、私がここまで断られるとは想定外だっただろう。

このまま廊下をうろついていれば、気配に敏感な英傑達は気になって眠れないかもしれない。
私は潔く諦め、部屋に戻る事にした。

「あ。スサノヲとモモタロウ」

二人はこちらを振り向いた。比較的早寝の二人が起きているなんて珍しい。

「どうしたの?」
「いや……」
「僕たちが何をしていようと君に関係ないよね。それとも何か命令?」

眉を顰めたモモタロウに私は身を竦めた。

「ごめんなさい……。おやすみなさい」

通ろうとする私を避けようともしない二人の脇を小さくなって通り、私は自室に戻った。
明日、見回り予定ではない子に護衛を頼むか、オモイカネに詰《なじ》られる覚悟で仕事をしよう。
断られ疲れたせいか、温かな布団の優しさに包まれるとすぐにうつらうつらとする。

私が不甲斐ないから、英傑達も失望したんだろうな……。
スサノヲも、モモタロウも。
あんなに冷たいこと今までなかったのに。
きっと、私が何かしでかしたのだろう。本当に申し訳ない事だ。
謝罪の言葉を胸に抱いて寝ると夢の中で罵倒された。
言われることはどれも正論で、私は謝罪を繰り返した。

「結果を出せ」「結果を出せ」「結果を出せ」「結果を出せ」「結果を出せ」「結果を出せ」けっかけっかけっかけっかけっかけっかけっかけっかけっかけっかけっかけっか







「主《あるじ》さん」

うっ。出た。金色《こんじき》の魔物。
私は黙って朝食の白米を掻きこんだ。

「私との約束、”独神”ならば当然守って下さいましたよね」

オモイカネの鋭い視線から目を逸らす。
いや。せめて言い訳をしておこう。

「あ、あのですね。オモイカネ様。あの後ちゃんと見回り予定の子たちに声をかけたんですよ。
 ですが残念な事に予定が合う方がいらっしゃらなく、」
「ならば最初から護衛として頼めばよろしいのでは」

その通りだ。外出するだけならば、見回りの子についていく形に拘る必要はない。
自分の都合で、護衛を頼む方法を選ばなかっただけ。
仕事抜きで、英傑に頼み事をするのが嫌……と言うより、出来なかった。
遠慮ではない。怖いのだ。
個人として関わる事が。
今まで英傑とどう接していたのか自分でもよく判らなくなってしまった。

昔は何の遠慮もなく、思ったことをなんでも言い合えた。
時には傷つけられるし、逆に傷つける事もあった。喧嘩をしたことだってある。
それでも次の日には謝罪し合って、笑顔を見せ合った。
そんなやり取りが記憶の中には沢山ある。
なのに、今の私にそれが出来るとは到底思えない。
だって八傑があの有様だ。……他の英傑たちなんてきっと更に…………
……なんて事を、オモイカネに言ったところで判っては貰えないだろう。
独神と英傑は、相互信用・信頼が当然なのだから。

「じゃあ、誰かに護衛を頼むよ。……ごめんね、手間ばかり取らせて」
「……絶対ですよ」

オモイカネはさっさと広間を出て行った。
私はちまちまと朝食を突いた。まだ緊張が解けない。
オモイカネは呆れてはしても、怒ってはいないだろう。
理屈では判っているのに、身体は委縮してしまう。
こんな事なら仕事の方が楽だ。
ただ集中しているだけで一日が終わる。
独神としての振る舞いを意識していれば、普通に交流する事が出来る。
休日なんて、私には不要だ。いつだって働くべきだ。私個人に戻りたくない。

私は食欲が失せたまま朝食を腹に押し込んでいった。
胃が拒否している。だから食べる事は嫌いなのだ。
動くための燃料でしかないくせに。
痛む腹を撫でながら、広間を出た。

さて、執務室と自室に行くわけにはいかない。見張られている事だろう。
どこか適当な所で一日時間を潰すべきだ。
……いや、最終手段がまだ残っている。サンキボウだ。
駄目もとでお願いしてみよう。
天狗がよく集まる森の方へと足を運んでみると、

「天狗の皆は集会があるんだって」

森のど真ん中でロクロクビに聞かされた。
結構歩いたというのに、まさか本殿にいないとは。
残念だが、手ぶらのまま帰ればまた何か言われてしまう。

無い知恵を振り絞ってみるが妙案は出ず、危険のない敷地内で隠れられる場所を思案する。
空き部屋も考えたが、室内ではすぐにばれてしまいそうなので、外の蔵に隠れる事にした。
私は誰にも見つからないようにひっそりと蔵に向かう。
堅牢な扉を見て、私はしまったと思った。
鍵だ。鍵がない。
今本殿に鍵を取りに行けば気づかれる。
やや自棄になっている私は適当に枝を拾い上げ、鍵穴を突いた。
そのうち開くだろう。……開くと良いな。
ポキポキと聞こえるが、気にしては負けだ。

「まるで盗人だな」
「ぎゃ!」

突然の声に驚き、飛び上がってそのまま地に座り込んだ。

「こ、こんにちは……」
「……」

アマツミカボシはなんとも形容しがたい凄みのある目で見てくる。

「あの、……私のことはどうかお気になさらず……」

アマツミカボシは黙っている。いや、睨んでいる。
私は蛇に睨まれた蛙のように、ただただその鋭い眼光を浴び続けた。

「……これ以上醜態を晒したくなければついてこい」

私の返事を待たず、アマツミカボシは身を翻す。
「待ってよ!」と心の中だけで叫び、足をもつれさせながらついていった。
本殿の方へ戻ったかと思えば、その先の厩《うまや》へ行く。
あれよあれよという間に馬に乗せられ、駿馬は大地を駆けていく。
どこに行くのと尋ねたが、黙ってついてこいとしか言わない。
私は一切考える事を止め、落馬しないように下半身に力を入れて上下に揺られていった。

お尻が壊れそうになった頃、アマツミカボシは馬を止め、下馬に手間取る私を抱き下ろしてくれた。
辺りには沢山の人がいて、ほぼ全員が馬を連れ大きな荷物を所持している。
ここは宿場町として栄えているので、地方から様々な人と物が流れてくる。

「もたもたするな。それともこの程度の乗馬で音《ね》を上げたのか」
「大丈夫。久しぶりだったから変な感じだけど、歩いていれば元に戻るよ」
「ならこのまま歩くぞ」

町の規模に対して堅牢な城門のすぐ傍に馬を預け、私たちは歩きだした。
この町には、独自の産業は一つとしてない。
それでも栄えたのは街道と街道が交差する地点だったからだ。
住民の殆どが商人たちで、大通りには両側に店がずらりと立ち並び、呼び込みの声があちこちで響いている。
この町の良い所は、他所から来た露天商たちへも簡単な手続きで出店許可が出され、場所まで提供してくれるので、各地より集まった掘り出し物が沢山あるのだ。
人の出入りが激しいため、残念ながら悪霊が潜むことも多く、この町には何度も英傑を派遣している。

「ねえ」

そんな町に連れてきて、アマツミカボシは何を考えているのだろう。
呼びかけてはみるのだが反応が悪く、話しかけるのは諦めた。
だが、今日は隣を歩いてくれている。
それが嬉しいから、言葉がなくても嫌じゃない。
そこら中に溢れる品に目を奪われつつ付いて行くと、町のど真ん中でアマツミカボシは足を止めた。

「俺は私用を済ます。ついてこられては堪らないからな。その間、貴様は好きにしていろ」
「あ、はい……多分このまま大通りにいると思います」
「そうか」

アマツミカボシは人混みの中へ消えていった。
言われた通り、好き勝手させてもらおう。

供もなく一人で外を歩くなんてしばらくぶりである。
私は店を一つ一つ訪ね、店内を見渡した。
この町には様々な物が持ち込まれるが、工芸品が特に多いのだ。
食べ物と違い見るだけで済むのでいくらでも楽しむことが出来る。
あとは、八百万界各地の人が集まっているのも魅力的だ。
世間話をするだけで本殿への手紙では見えない人々の生活状況が見えてくる。

────それにしても、アマツミカボシまだかな……

体感だが一刻程度はぶらついていると思う。
まだ店は沢山あるので時間潰しには事欠かないが、こんなに自由にしてて良いのだろうか。
そもそも、何故私を連れてきたのだろう。
”独神”が必要な場でもあるかと思い、それなりに構えていたのに。
まあ考えても仕方がない。折角だ。このまま楽しませてもらおう。

今度は露店を中心に見ていくと、綺麗な物が沢山あった。
鉱石をはめ込んだ飾り物は日の光に照らされてきらきらと光る。
装飾向けの鉱石は希少故に、値段もかなり高い。
値打ち価格となった傷物商品も同じように陳列されているのだが、十分高価だ。
一般的な町民なら手を出せないが、この町に限っては交易のお陰で裕福な者が非常に多いので、商売として成り立つのだろう。
不思議な話だ。ほんの少し離れた村は日々の食事にすら困っているというのに。
絶滅の危機に瀕していても、民は平等とは程遠く、種族間、種族内で格差が存在している。

「嬢ちゃん。随分な別嬪さんだね。どうだい、翡翠の簪なんてよく似合うよ」
「とっても綺麗……。でも私、好いひとに贈ってもらいたいので。自分では、ね」
「じゃあ次は一緒に来なよ! まだまだここにないものもあるからさ」

意匠を凝らした装飾品を次々とすすめられるが、私は適当に受け流していく。
残念ながら私にはつける機会がない。
独神が華美なものをつけていては反感を持たれるばかりだ。
質素に、謙虚に。私が心掛けている事だ。
露店を半分ほど見たところで、アマツミカボシと合流した。

「おかえりなさい」
「随分歩き回ったようだが、この町の品々を見て何か目を惹くものでもあったか」
「あるある。こっち来て」

露店の一つにアマツミカボシをつれていく。
こちらも装飾品を中心に出している店だ。銀細工が細かくとても綺麗だ。

「ほら。これ凄く繊細じゃない? こんなのつけてたら絶対に目を惹くって」

私が興奮気味に話しているというのに、興味があるのかないのか判らない「ふうん」という返事をくれた。

「ヤヲヤオシチに絶対に似合うと思うんだよね」

そして次は、二つ隣の物を指さした。

「それでね、こっちはモミジに似合いそう。知ってる? 髪を下ろしたモミジって綺麗なんだよ。
 だからこういう装飾が絶対に似合うと思うの!」

今度は「はあ」と生返事をくれた。
話を振ってきたわりにはつまらない反応である。

「本殿の英傑たちって可愛い子が多いよね。いくらでも買ってあげたいよ」
「頭《かしら》自身が身に付ける気になった品はあったのか」
「私? ないよ。生活必需品以外必要ないから」

合流した後も、暫くは露店を眺めて回った。
アマツミカボシは特に見たいものが無いらしく、私が行く場所へついて来てくれた。
帰宅の提案を一向にしてくれないものだから、結局全ての店を回ってしまった。

「あー、今日は楽しかった!」

お土産に日持ちしそうなお菓子を購入し、本殿に帰る事にした。

「あれだけ念入りに見ておきながら一つも買わないとはな」

結局お土産以外は何も買わなかった。
非難じみた事を言っているが、アマツミカボシだって何も購入していない。

「そりゃ綺麗だったけど、趣味に合わないものあげて気を遣わせるのは悪いでしょ」

食べ物なら好き嫌いがあっても、百何人といれば誰かが好んで食べてくれる。
不特定の者に買うのが楽でいい。個人に入れ込むのは平等主義を掲げるべき独神の行動として相応しくない。
それに断られて傷つくことも無い。

「店のヤツらだって生活の為にしている事で見世物ではない。
 なら貴様が私物を一つでも買ってやるのがヤツらの生活を守る事にも繋がる」

うっ。鋭い指摘である。
言っている事には概ね同意なのだが……。

「独神は着飾れないのに、買っても箪笥の肥やしじゃ物が可哀そうでしょ。
 それにお役目を果たしていない私に私物は過ぎた物だよ」

独神がすべきは八百万界の安寧を取り戻し、民の生活を守る事。
日々を楽しむのは民の特権であり、独神には不要。

「みんなが幸福に暮らす姿が一番の報酬だから」

その為にも、一血卍傑をもっと成功させなければ。
戦闘能力のない独神の存在意義はそれだけなのだから。

「アマツミカボシは平和に過ごす人を見て何も感じないの?」
「勘違いするな。俺は全て自分の為に戦っている。
 結果的に民が喜ぼうとも、それは副産物でしかなく俺には無関係だ」

アマツミカボシは自分の事だけで無欲だ。
一方私は独神のくせに欲ばかり。

悪霊がいなくなって欲しい。
民が幸せでいて欲しい。
英傑にも幸せに過ごしてもらいたい。
戦に勝ちたい。
皆には怪我をして欲しくない。
一血卍傑で有用な英傑を産魂《むす》びたい。
これ以上戦に投じる英傑を増やしたくない。

────そうか

「ふふふ」
「何がおかしい」
「あ、違うの。こっちの話」

だから私、一血卍傑が出来ないんだ。

「今日はつれてきてくれてありがとう」

私とオモイカネとのやり取りを知っていたであろうアマツミカボシに礼を言った。

「貴様が俺についてきただけだろう。礼はいらん」
「うん。ありがとう」

私用が本当にあったのかは判らない。
だが群れるのが大嫌いなアマツミカボシが無意味に他人を連れるはずがなく、

「……聞いていないのか?」
「聞いてるよ。ありがとね」
「くどいぞ!」

彼には感謝している。
町に連れてきてくれた事もそうだが、もう一つ。

──一血卍傑が出来ない理由に気づかせてくれた。

お陰で心の荷がなくなり晴れやかな気分だ。
理由が判明したからと言って、解決出来る類のものではなかったのは残念だが、
久々に町へ行けた事よりも、数々の交易品を眺められた事よりも、大きな収穫だった。







「お疲れ様です。助かりました……」
「ふっ。今回の戦場《いくさば》はなかなか楽しめた。礼を言うぞ、将軍」
「こちらこそ、マサカド公のお陰で予定より早く進軍できます。ありがとうございました。
 それであの……。こちら、なんですけど……」
「ん? ……ふふ。将軍……気が利くではないか。俺の方こそ感謝申し上げる」

以前マサカド公が漏らしていた呪術書だ。
町の古書店に声をかけて探してもらったのだが、こういう時独神の顔と人脈は便利である。
昔はよく英傑達の声を聞いて必要があれば応えていたのだが、仕事でてんてこ舞いな毎日でそんな余裕を失っていた。

夜の兵舎の一件で私は大いに反省したのだ。
仕事も大事だが、もっと大切なのは英傑達である事。
でもそれは言葉や行動で示していかないと相手には伝わらない事を。
このまま心の距離が離れていけば、彼らは私の事をただ偉そうに君臨する者としか見なくなるだろう。
私もまた英傑をただの駒として見てしまう日がきっと来る。
そうじゃない。
そんな関係でいる為に一緒にいるんじゃない。
私は表明する必要があった。
私なりに英傑の皆の事を想っているのだと。

英傑の皆も、私の突然の変化(掌返し)に戸惑っているように見えた。
私はそれを全て見なかったことにして無遠慮に関わっていく。
そうすると、皆も少しずつ以前のように気後れなく、私に関わってくれるようになってくれた。
以前ほどではないにしても気楽に話しかけてくれたり、時にからかわれたりしている。
方向性は間違っていないと確信した。

皆が私に冷たいように感じたのは、そもそも私の方が心を閉じていたせいだったのだろう。
気付けて良かった。
だがそれでも、以前のような関係に戻れないままの者たちがいる。
神代八傑達がそうだ。

「え。……えーっと……、引きこもりたいので、その話はまた今度でいいですか?」
「はいはい邪魔邪魔。今保湿に最適な時間なの。ワタシの邪魔しないでよね!」

三人だけで内緒の話をしたり、可愛い渡来の店に行ったり、時には愚痴を言い合って日々の憂さを晴らし合ったアマテラスとツクヨミ。
アマテラスは後ろ向きだが面倒見がよく、私が落ち込むと自分の事を棚に上げて太陽のように励ました。
ツクヨミははっきりとした性格で、私を罵倒しつつも最後にはしょうがないわね、と言って面倒事を引き受けてくれた。
八傑の中でも特に仲が良かったのだが、この有様である。
まず話を聞いてもらえない。
大きな討伐の時だけは渋々と行くが、基本的にはだらだらと過ごしている。
そうかと思えば、一血卍傑を断る事はない。

いくら私の事が嫌になっても、ここまでするような子たちではなかったと思う。
一、ニヵ月前は二人とも普通に話せていた。私が自覚がないだけで、この二人にもとんでもない事をしてしまったのだろうか。
理由を聞きたくても、会話を拒否されるので原因は不明のまま。

他にも、話しやすいスサノヲやシュテンドウジも、なぜだか他人の距離感を突き付ける。
あの二人はあまり根に持たない性質だというのに。
今までなら、何かあればはっきりと口にしてきたのに、どうして何も言わないのか。
相手にしていなかったからふてくされているとは違う。
私を見る目が冷ややかなのだ。
初対面よりも距離を取られているような気がする。
信用してくれていた分、最近の私の態度が腹に据えかねて、信用が零以下にまで振り切れたのだろうか。
一応こちらもしつこく理由を聞いてはみたのだが、言葉を濁してばかりで明瞭な答えは見つからなかった。
言いたくないのか。それとも言語化できないだけなのか。

八傑との関係修復は長丁場になるだろう。
誰一人として理由を言わない、要望も言わない、指示は聞かない。
何より問題なのは、私自身が彼らの心変わりの理由に一切心当たりがない事だ。

私がほんの数日行動を改めただけでは何も響かないだろう。
きっと小さなわだかまりが溜まっていった結果なのだ。
継続して努力する必要がある。
きっといつかは、前みたいに九人で笑いあえる事が出来ると信じて、頑張ろう。
……頑張ろう。独神なんだから。