独神も所詮は権力者。
少しその気を見せれば床に誘われることもあるかもしれない。忍はなんにでも使えるのだ。
無防備になった所で人格者などという下らない皮を剥いで本性をさらけ出してやる。
と、フウマコタロウは思っていたのだ。
簡単に陥落できると思っていた独神は隙だらけでありながら隙がなく、気づけば自分が取り込まれていた。
「コタロお疲れ様! 寒かったでしょ。中おいで」
炬燵の独神が隣を叩いた。真隣である。
コタロウは「はあい」と軽い口調で誘いを受けた。
肘や足が触れる位置でありながら独神は嫌がる素振りを見せない。
わざと当ててみたが逃げもしない。
「焼き芋食べる? さっき貰ったの」
「ありがとー。丁度お腹すいてたんだ」
忍であるならば流派問わず他人から渡された食事を口にする事はない。
例え主であっても。よっぽどのことでなければ口に入れない。
そもそも忍に餌を与える当主など今まで見たことがないが。
それは歴代の雇い主たちが実にまともな感性をしていたからだろう。
「……? 芋嫌いだった?」
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
独神が見る前で黄色い塊に齧りついた。
吐かずに飲み込んだのは、きっと独神に信用させる為だ。
「へえ、美味しいね」
「でしょ? これ、ククノチから貰ったものをカグツチに焼いてもらったの」
「これまた贅沢な組み合わせだね」
「ありがたいことだよね。それが珍しくないんだから」
滅びの最中であっても、独神の周囲だけは平和だった。
「芋のお礼にこれあげる」
「……丸薬? 食べて良いものなの」
「味は雑草だけど、元気にはなるから」
「へえ。…………っ…………。っく…………。ほんとに草の味だね。正直吐きそうだったよ」
新たな焼き芋を手に取り、ぱくぱくと上書きしていく。
(本当は毒薬なんだよ。って嘘吐いたら、どんな顔するのかな)
忍は人ではない。人としての要素を極限まで削り取ったものが優秀な忍になれる。
風魔の一族を束ねるフウマコタロウもまた、歪な最高級品である。
(信じられないって絶望する顔、見たいな)
何度も独神を襲おうと画策した。
泣かせてみたい。犯してみたい。壊してみたい。
「ありがとう。もしかして最近私調子悪いの知ってた?」
「当然だよ。忍は情報収集がお仕事だからね」
しかし、欲望とは裏腹に、独神には一度も手を出していない。
子供が喜びそうな悪戯までに留めている。
(会う度に毒気を抜かれちゃうんだよね)
独神といると捨てたはずの日常を思い出す。
隣にいるだけで安堵させられる。きっと自分だけではない。
「独神ちゃんはもっと警戒して良いと思うけど」
「なにを?」
「この距離を許されちゃうと勘違いしちゃうかもよ」
心外であるようだった。
「勘違いって?」
察しが悪いのは演技か。それなら可愛く思えるかもしれない。
「俺のこと好きなんじゃね、なーんて世迷言」
その辺の英傑なら信じてしまうだろう。
一般人と殆ど変わらない彼らは誰かを想う事に抵抗がないだろうから。コタロウとは違って。
「間違ってないよ。だって好きだから」
どちらの意味で。
コタロウの葛藤を揶揄するようにこにこしている。
聞いたら敗北を認めたような気がした。
「へー。そうなんだー」
その後は探りを入れられず、独神の話に相槌を打つだけで終わった。
(独神ちゃんはずっと笑っててほしいな)
(2022/12/23)